2010年8月31日火曜日

私はネコの看護婦

ネコのなつめに薬をのませる。傷口の開いたところから薬を注入する。これがしばらく日課になる。薬はエサに混ぜて飲ませるけれど、これが意外に難しい。4匹のネコがわっと寄ってくるので、まず、なっちゃんのエサは別に取って、薬を混ぜる。沢山やると、全部食べないで終わることがあるので、ほんの少し。4匹がいっせいに食べ始めると、途中でなぜか入れ替わるのですよ、これが。何故なんでしょうね。ほかのお皿は美味しそうに見えるのか。でも、その前になつめは完食。薬はお腹に収まって、めでたしめでたし。ほかのネコの食べ残しを丁寧に全部平らげ、満足気に毛づくろい。病気以外は全く手のかからないいい子です。それから、頬に開けられた穴から注入器をつかって薬を入れる。皮をつまむと傷口がポッカリ開いて、そこに注入器で軟膏を入れる。簡単だけど、時には私が近寄ると喜んでクネクネするので、入れにくい。遊んでもらえると思ってゴロン寝されるとさあ大変。手を出すたびに喜んで、ゴロンと寝返り。こうなったら諦めるしかない。その仕草の可愛さ。ネコという動物は可愛がられるために、神様がこの世に送り込んだに違いないと思う。その他に何か役に立ちますか?ネコの手といえば役立たずのこと。私はネコの看護婦としてこき使われ、高い医療費払わされ、もう拾うまいと思いながら、病気のネコを見つけてしまう。困った困った。

2010年8月30日月曜日

なつめは又美にゃんになりました。

右頬が腫れ上がったなっちゃん。抗生物質投与だけでは治らず、結局切開して出た膿は太い注射器3本分。皮膚に穴を開けて、そこに薬を注入する。顔の半分位の膿のかたまりがあったのに、食欲も衰えず元気な様子。特に生命力が強く人懐こい性格で、獣医さんにまでなついてしまう。明るい二ャン生が送れて得ですね。

2010年8月29日日曜日

24時間テレビ続き

朝、今日の仕事の雰囲気は?と日テレを見た。生まれつきや病気などで障害の残ってしまった人たち。それを支える家族、友人、恋人などが次々と現れる。チャリティーを目的とする番組だから仕方がないが、朝から涙を流してしまった。目に見える障害はわかるけれど、外目にはわからない障害者もいることを、考えないといけない。世界一自殺の多い国としては、むしろ、内的な障害が見過ごされているのかもしれない。同じ仕事のチェリストが迎に来てくれて、武道館へ。昨日の朝とはうって変わって、人の長い列が会場を取り巻いている。暑いさなか大変だろうに、制服の警備員が誘導している。ご苦労様。楽屋は沢山の人で溢れ、絶えず動き回っている中で、のんびりしているのは私達だけ。出番までの時間をコーヒーを飲んだり、スマートフォンいじりで過ごしている。非常に展開の激しい生番組だけに、ステージに上がれば油断も隙もない。急に曲順が変わったり、曲のサイズや時には調子も変わるから、集中しないと置いてきぼりをくうことになる。今年のマラソンランナーのはるな愛の画像が時々ながれるが、今朝までは可愛いい女の子だったのに、化粧が剥げて苦し気な表情をすると、それは男の顔。いつものキャピキャピした態度が創り上げたものなのが、良くわかる。気の毒だけど、やっぱりアナタは男なのよ。キリッとした、誠実そうな青年の顔がそこにあって、なんだこのほうが素敵じゃない。でも、本人にはその言葉は残酷なのだろうか。

2010年8月28日土曜日

24時間テレビ

朝8時過ぎ、武道館へ。今日も暑い。いったい今年はいつまで暑いのか。武道館はまだ人が少ない。中へはいるとスタッフもまだのんびりした顔をしている。いつもの道場が控え室になっている。青いシートが床に敷き詰められているけれど、その下は畳だから、ブヨブヨした感触がする。いつもの黄色いTシャツが配られたが、私の分がない。Sサイズがほしいと言っておいたのに。結局Mサイズをもらうと、ミニワンピースになるのじゃないかとからかわれた。まあ、大は小を兼ねるから、入らないよりはいいか。リハーサルが始まると人気のあるグループなどが来ている。でも、お客さんがいないから静かなもので、これが本番となると大変、何事がおきたかとおもう騒ぎとなる。演奏する場所はステージにギチギチにセットされていて、ほとんど腕が伸ばせない状態。見てくれ重視だから、演奏する立場は往々にして無視される。去年はビッグサイトだったから、もう少しはマシだった。まあ、仕方ないか。楽しくリハを終えてお弁当食べて今日はお仕舞い。またあしたね。

2010年8月27日金曜日

ヴァイオリンを弾く耳鼻科医

歯の治療が終わってもまだ痛いので、もう一度歯科医へ行った。歯自体に問題はなく、レントゲンを見ると右頬に白い影が見えるので、耳鼻科で見てもらったらと言われた。鼻の炎症がある場合、歯が痛む事があるという。そこは、メディカルプレース、一軒の建物に専門医が何軒かはいっている。大変便利なことに、すぐとなりが耳鼻科なので、そちらにすぐ回ってみた。陽気な先生が待ち構えていた。私が腕にしていたダイバーズウオッチを目ざとく見つけ、おや、若々しい時計じゃないの。あれっ、ダイバー用だね。私も潜っていたんですよ、どんどん話が発展していく。そのうち手相を見始めて、これがよくあたるので、ビックリ。30歳までは苦労したでしょう。 そうね、勉強が大変だった。 なんの? ヴァイオリン、と言ったらなんと、カーテンの奥からヴァイオリンが出てきた。ちょっと弾いてみて、というから、バッハの無伴奏のさわりとかチャルダッシュのさわりとかを弾いた。診察室でヴァイオリンを弾くのは初めてだけど、他にお客さんもいないので、遠慮無く大きな音をださせてもらった。お医者さんで楽器を弾く人は沢山いて、名器を持っている。私たちより断然お金持ちだから、すごい楽器をもっている人も多い。ヴァイオリン弾きにならず、医者や弁護士になれば楽器は買えるけど、ずーっと楽器を弾いているわけにはいかない。そのへんがジレンマ。

幽体離脱

先日暑さも峠を越したと書いたけれど、まだまだ一向に涼しくならない。それで、あるとても暑い夏の出来事を思い出した。昭和天皇が御隠れになる前後だったと思う。やはり耐え難く暑い夏があって、私はヴィオラの新作の演奏を頼まれていた。無伴奏の超難曲でヴァイオリンが専門の私は譜読みに苦労していた。毎日2時間ヴィオラを練習、もちろんヴァイオリンも練習しなければならないから、その夏は暑さにもかかわらず、長時間の練習を強いられた。その頃ヨガを習っていて瞑想のコースにも参加していた。疲れきっていたけれど、瞑想をしてリフレッシュすると、元気がわいてきた。その日も大変暑い日で、練習に疲れ瞑想状態に入ると、閉まっているはずのドアが開いていて、外の窓から光がさしている。それでドアを閉めなくてはと思って立ち上がり、しめに行ったのは私の本体ではなかった。というおはなし。瞑想状態に入るといろいろな現象が起こる。この世のものでないような美しい青い光が、差し込んで来たり、明るい大きな孔が天空にあって、そこからまばゆい光がさしたり、一種の臨死体験みたいな状態になるようだ。初めの頃、自分の姿が光の中に収まって、宙に浮いてるのを見た。このごろすっかりご無沙汰で、そんな素晴らしい体験もとんと味わっていない。人間の脳をある状態にもっていくと、いわゆる「悟り」状態になるみたい。でも、初めて瞑想で素晴らしい体験をしたとき、これは演奏がうまくいっている時の状態と同じだと思った。楽器を弾くのも修行のうちだとしても、修行と違って決して苦しくはない。人の脳の不思議さは限りない。

2010年8月25日水曜日

ラサへの旅

今日やっとラサへの旅行が決まった。来月27日出発する。中国の旅行社で手配、ガイド一人と私一人の旅。名前は別那さん。日本から上海経由で西安に飛んで、空港へ迎えが来ることになったが、中国の国内線は初めて乗るので、乗換はすったもんだするのでしょうね。不安いっぱい、嬉しさもいっぱい。IS01の翻訳機能が、うまく働いてくれるといいけれど。憧れの九寨溝、黄龍、ヤムドュク湖等々。そして、ジャーン・・・青蔵鉄道。乗ってきます。年齢から言ってもこれが秘境を旅する最後(?)になるかも知れない。とかなんとか言って、又行くかも。  子供の時は、電車に乗るのも緊張するような、内気な子でした。それがどうしたことか、大人になったら、跳び回っているようになってしまった。でも、うちでジッとしているのも嫌いじゃない。一人で本を読んだり、パソコンいじったり、何日も人としゃべらなくても平気。もちろん、おしゃべり大好きだけど。どちらが本当の自分かと聞かれたら、たぶん、家にこもっている方と答えるでしょう。でも、この旅行だけはどうしても実現したかったので、ようやく決まってホッとしている。来年こそおとなしくしていよう。だから、今年は大目に見てください。みなさん。ん?誰も引き止めてなんかくれないのね。どこへでも行ってしまえなんて、冷たいわね、世間は。

2010年8月23日月曜日

思い込み

歯科医に出かけた。朝からずっと冷やしていたのに、昼ごはんを食べるとなお痛くなって、もう限界と思ったが、出る前にヴァイオリンの練習。すると、弾いているときは痛くない。というか、忘れている。痛みが治まったので、もう行かなくてもいいかと思うくらい。ところが、やめてしばらくすると痛い。ものすごく。顔が歪むかと思うくらいに。自転車を引っ張り出して、カンカン照りの道に飛び出した。とても自転車が好きなので、漕いでいるあいだは痛くない。暑さも峠を超えて、風が気持ち良い。今日は初めて行く歯科医。今まであまりにも遠い医院に通っていたので、通いきれなくなってきた。そこで近くを物色してみると新しくて、診療時間がきちんとしていそうなところを見つけた。とりあえずそこに行ってみることにした。結局以前治療した詰め物が取れて、神経を刺激しているだけだから、もう一度詰めれば大丈夫らしい。あの痛みから、かなり大変な治療になるとおもっていたので、一安心。いつも治療台の上では緊張するが、治療は滞りなく済んで痛みは消えた。会計を待っていると、急に激しい痛みが襲ってきた。今までで一番激しい痛み。頬の骨まで痛い。頭も痛い。それですぐ先生に訴えて、痛み止めを出してもらうことになった。薬が出るまでも、ものすごく痛い。耐えられずその場で、会計もすんでいない薬包をベリベリ破いて、お水をもらって飲んだ。ところが、まだ胃にも到達していないのに、あら不思議。痛みが突然なくなった。オイオイまだ効くのは早いぞ、と言ってももう効いちゃったもんね。あっという間に痛みは去った。それっきり痛くない。なんなのさ、これって。

歯が痛い。

うちの猫ナツメが具合悪くなってから、ちょうど同じ右側の歯が、急に痛み出した。考えてみると、歯の痛みを初めて体験した。子供の頃から、全く歯医者しらずで35歳まで過ごした。初めて虫歯で歯科医に行ったときは、恐怖で縮こまった。その虫歯もなんでなったかというと、その頃ひどい気管支炎になって、咳がひどくて眠れない。それで何日か続けてのど飴を舐めながら寝たら、てきめんに虫歯になった。歯が黒ずんできたなとおもったので、歯医者に行って削ってもらった。その時はほんの少し黒くなっただけなので、痛みもせずにそれからウン十年。歯石などのケアはこまめにやっているので、歯は大丈夫と思っていたら、なっちゃんと一緒に痛み始めた。やはり、親子(?)は似てくるのか。最近知覚過敏が出てきたので、そろそろ治療にと思っていたらこの痛み。昨夜は痛さのあまり、よく寝付けなかった。冷蔵庫から保冷剤を取り出し、タオルに巻いて頬に当てると、痛みが和らぐ。ところが、車を運転したり、パソコンに夢中になっていると、歯の痛みを感じ無い。不思議なものです。なっちゃんはかかりつけのお医者さんの所で、私の迎えを待っているにちがいない。けっこう人懐こいので、獣医さんに甘えているかもしれない。ネコと飼い主がそろって右頬を腫らしてウンウン言っている。今年の夏の暑さのせいかにゃ?初めて体験した歯の痛み。けっこう、大変なものですね。

2010年8月22日日曜日

なつめ、大嫌いなお医者さんへ

この可哀想な顔を見てください。うちの箱入り娘のなっちゃん。右の頬が異常に膨らんでいます。もともと野良猫だったなっちゃんは鼻炎持ち。お医者さんを渡り歩いて診てもらったけれど、どこでも鼻炎が治らず、いつも鼻をグズグズ言わせていた。2,3日前から頬が腫れ始め心配していたのに、忙しくて昼間お医者さんに連れて行けなくて、とうとう夜間の動物病院に行くことにした。川崎市の獣医師が集まって、夜間の診療をしてくれるところが出来て、助かっている。以前は近くの動物救急センターに行っていたけれど、恐ろしく診療代が高いので大変だった。レントゲン血液検査、点滴で6万、7万円はすぐに飛んで行く。、それでも仕方なく払っていた。でも、この夜間診療所は半分から3分の1くらいで診てもらえる。うちの猫たちはノラの行き倒れを拾ってくるので、みんな病気持ち。忙しい時や土日に、タイミングよく(?)具合悪くなってくれる。獣医さんはおやすみ、仕事は忙しい、となって泣きたくなる。かかりつけの獣医さんにここを教えていただいて、最近は安心できるようになった。ネコでもそうなのに、人の子ならもっと大変。小児科はすくないし、夜間の救急病院もたらい回しにされて、お子さんのいるお母さんたちはさぞ、大変な思いをしていることでしょう。子供手当てなんてもらうより、保育園、小児科など充実のほうが先では」ないのかと思う。

2010年8月20日金曜日

中国からのファックス

ついに返事が届いた。結局2通出したEメールはどうなったのか分からないが、ファックスの方には早速返事と電話を頂いた。担当者は今フランスに出張だというので、多少たどたどしいけれど、ちゃんと日本語が話せる人が出てきて対応してくれた。いよいよとっかかりが出来て旅への期待は膨らむ。ただ、一人で行きたいという超ワガママな希望が叶えられるかどうか、費用がものすごくかかるのではないかと、ドキドキしている。一人のいいところは、体調や気分でアレンジしてもらえるところ。ツアーだと盛り沢山な上人任せとあって、案外帰ってきてから記憶に残っていない。一人なら疲れたら早めにホテルに帰ることも出来る。食事もすき放題。現地の変な物もたぶんたべられる。ツアーで行くと安全重視で、外で食べさせてもらえない事が多い。多少お腹をこわしても、食べたいと思ったものを食べたい。街の裏側を見てみたい。現地の人の行く、お店や食堂に行ってみたい。
特に高山病になる危険があるので、高地順応はしっかりとやらないと、歳も歳だから危ない。その辺もマイペースでできそうなので、一人がいい。旅行の日程は決まっていないのに、このブログに投稿の準備はバッチリ。携帯、デジカメ、IS01それらの充電器。勢ぞろいして武者震いしている。あとは本人がどれだけそれを使いこなせるかにかかっていて、それが一番心もとない。

2010年8月19日木曜日

中山朋子先生

中山先生は私がオーケストラにはいってから師事した先生。大柄で親分肌。生徒をとても可愛がってくださった。でも、とても物事をはっきり言われるので、敵も多いとご本人の言葉。私は非常に小型で、身長は145センチあるか、ないか。先生はいつもずば抜けて大きい。セントバーナードとチワワ位違いそう。スケールが大きくて、先生の門下からは、優秀な生徒が飛び立って行った。面倒見が良いので、私生活の相談までひきうけていらしたようだ。私は大人になってから師事したので、生意気な口をきいてはよく叱られたけれど、私には言いたいことを言わせて、楽しんでいらしたようだ。先生の上着がハンガーに掛かっていたので着てみると、丈は膝くらいまであるし、肩は肘の半分くらいまで落ちるし、おもしろがってそれを着て、歩きまわったり、いたずらし放題だったのに、いつも大笑して見ていてくださった。その先生のお誕生会が今日。まだまだお元気で演奏していらっしゃるので、私たちもやめることが出来ないでいる。でも、先生のおかげで、どれだけ沢山勉強させていただいた事か。プロの演奏家になってから、先生の後ろ姿を見て、怠けてはいられないことを痛感。一生勉強。怠け者の落ちこぼれの私でも、先生の前に出ると、頑張ろうという気になるから、不思議。帰り際に「本当にアナタはよく言ってくれるじゃないの」と、背中をどやされた。ああ、懐かしい、昔のままだわ。

2010年8月18日水曜日

難航するラサ行

昨日中国へファックスを送った。まだ、返事は来ない。今は中国時間の7時台、返事がくるのは今日中なら御の字ですね。もしそれでも返事がなければ、中国語で書いたファックスを送るつもりでいる。私が中国語が出来るワケはないので、パソコンのの翻訳機を使ってみた。調査の達人が翻訳機サイトを教えて下さって、使ってみるとこれは便利。翻訳したものを丹念に写しとって、万一に備えている。早く送ってみたい気がするけれど、これを送って、中国語が出来ると思われても困るので、一応私は中国語が出来ない、と断りを入れる。今電話のベルがなったので、スワッと飛びついた。でも、明日の昼食会のお知らせ。いつになったら連絡がとれるのかしら。連絡がとれても、その後どうなるのか・・・不安と好奇心が渦巻いている。ちょっと小淵沢に行くのとはワケが違うから、安全に日本のツアーで行けばいいものを、どうしても物事を面白くしたいという性癖が災の元。好奇心がネコを殺すって云うじゃない。やつれ果てて帰って来られれば儲け物。ウフフ。どうなるのかなあ。ラサで修行してくるのもいい。少しは性格が落ち着くかな?

2010年8月17日火曜日

小淵沢も暑い

今日は長野県側のグリーンエッグへ昼食をたべに行った。車は、ご当地在住のゆきちゃんの運転するアルファロメオに載せてもらう。ゆきちゃんはカフェ・レン(Cafe Len)の美人オーナー。現役のボーカリストでもあるので、お店は原則として土日休日のみ営業している。今回はそのお店の大掃除が目的だったけれど、それは昨日のうちに片付いてしまったので、今日は少しだけ遊んで帰ることにした。真っ赤なアルファロメオは幌を外し、オープンカーにして、颯爽と走る。車高が低いので地面が近い。草原をかき分けて走り抜ける感じが心地よい。 不意に道の傍らに現れる、可愛いレストラン、グリーンエッグ。知る人ぞ知るお店で、今日のようにウイークデイでもお昼時には、続々とお客さんが入ってくる。大きな木の下に設えられたテーブルで昼食。ここは、お菓子も美味しい。デザートはとうもろこしのアイスクリーム。そよ風に撫でられて、しばし、気分よくゆったりと過ごしていたが、実はこのへんでも33度。ビックリ。でも都内では38度を記録したそうで、ウワー帰りたくない。

2010年8月16日月曜日

小淵沢続き

夕方韮崎まで食事にでかけた。ラ、キュイエットというフランス料理のお店。ぶどう畑の中にヨーロッパの田舎風の建物。以前行ったイタリアのトスカーナ地方を彷彿とさせる。料理はコースで野菜の前菜はトマトのシャーベット、スープは桃のスープ、ほのかに甘く絶品、メインはホロホロ鳥、外では花火が打ち上げられている。デザートはクレームブリュレにアイスクリーム、デコレーションは木苺、ブルーベリー、ヘーゼルナッツなど、エスプレッソで〆め。大満足。あちら方面にいらした節は、お立ち寄りをお勧めします。今日も1日良い日でした。

小淵沢に

今朝中央高速に乗って快適なドライブ。お盆休みが終わって、すっかり渋滞も解消、今日は小淵沢にある友人のお店の大掃除。でも、私はネコの手なので、役にはたたないとおもう。小淵沢ICに着くとまずは八ヶ岳ロングライディングに顔を出して、馬をナデナデして、掃除の会場に到着。3人の美女と15才の中学生、それにお掃除好きのオジサン一人。はじめは私はネコの手と言っていたけど、段々面白くなってきてつい働いてしまった。でも、やりつけないことなので、すぐバテてあとはお昼ご飯をご馳走になったり、コーヒー飲んだり、何をしに来たの。その内ロングライディングのオーナーの高鳥さんがお迎えに来てくださって、少年と私が馬上に。去年までは疲れはてて馬を御することもできなくなっていた。でも、この頃は楽しているので、リラックスして乗っていられる。一度やめたけれど、もう一度乗馬始めようかな。

2010年8月14日土曜日

くにたち

国立と書いてくにたち。
国分寺と立川の間に出来た駅だから。国立音楽大学は以前は、本当に国立にありました。今は玉川上水に引越してしまった。私は国立に校舎があった頃の学生。駅前からまっすぐに一橋大学に向けて、通りが伸びている。両脇に並木のある、美しい道。お店もオシャレ。美味しいお菓子やさんが沢山あって、ほかの街には無いゆったりとした雰囲気。それはそのまま、かつての国立音大の雰囲気だった。国立ボケと揶揄されながら、あたたかく伸びやかな校風は、明るく仲の良い学生を育てていた。音大は競争社会の先端。友人といえどもライバルという他校に比べ、助け合っていこうね、というのんびり屋さんが多かった。そのために、世間に出ると、芸大や桐朋に一歩先んじられてしまう感が否めない。でも、私はこの学校で本当によかった。学長だった故有馬大五郎先生は哲学者。体も心も大きな方で、生徒を見つけると、長い両腕に左右一人ずつ、肩を抱き寄せてくださった。親鳥が子鳥をかばうように。そして、何よりも自由を重んじられた。今日はその懐かしい国立での同窓コンサート。毎年8月14日と決まっている。ずーっと先輩からずーっと後輩まで集まって、各自自分の好きな曲を弾く。終わると打ち上げ会場でも、延々とアンサンブルを楽しむ。気分は皆同級生。いいなあ、くにたちは。

2010年8月13日金曜日

中国へ電話する。

旅行のためのメールを再度だしても返事が来ない。しびれを切らして電話をすることにした。観光会社のホームページには日本語オーケーの記載。で、つながってみると、まずニイハオ。ここまではよかった。でも、全く日本語は通じない。それならばと、拙い英語に切り替えて話してみるが・・・それが全く通じない。いつまでも、ニイハオ又ニイハオ。一日ニイハオを言ってもらちがあかないから、リーベン、ジャパニーズ、など、私が日本人であることをアピール。でも、そのうちワケが分からなくなった相手にガチャンと切られてしまった。ああ、どうしよう。旅行の為にカメラも電池を4個用意。向こうからnekotamaに投稿しようと買ったスマートフォン。携帯などの電池も4個用意。ブログの用意はバッチリ。肝心の旅行の計画が出来ていない。日程も決まっていない。これも最初に、とても良い中国人ガイドさんを紹介して下さった方からの手紙を私が紛失したせいです。身から出たサビ,なんだってこんな大切な物をなくすのだろうか。いつも肝心な時に必要なものが無いのは、私の悪習。どうしてこんなにドジなの。泣きたくなってきた。幻の九寨溝、待っててね。

2010年8月12日木曜日

24時間テレビ

今年も恒例の日テレの24時間テレビ。もうリハーサルは着々と進んでいて,今日は本番用の音合わせと,録音。スタジオの駐車場の入り口に守衛さんがいたので「24時間テレビの音合わせです」と言って車を入れようとすると、「24時間テレビはここではやっていませんよ」と云う。一瞬血の気がなくなった。しまった、場所をまちがえたか。でも、たしかここと言ってきているはず。あわててメールの着信記録を見ると、確かに場所はここ。ほら、と見せると「失礼しました。聞いていなかったので」と云う。私たちは遅刻や場所を間違えるのは命取りとなる。ほんとにたのむからー、ビックリさせないで。この番組も始まって以来ずーっとやっている。途中こちらの都合で出来ない時期が続いたけれど、ブランクがあっても又声をかけていただいて復活。現場にいると、とても楽しい。お仕着せのTシャツを来て、気分まで若やいでくる。仕事場はいつでも、心が浮き立つ。テレビ、ステージ、スタジオと雰囲気はそれぞれ違うが、私はステージが大好き。お客さんが多ければ多いほどやる気がでてくる、生まれながらのお調子者なんです。テレビも時間に追われる緊張感、裏方さんの一生懸命な仕事ぶりを見るのが好き。例えば、紅白歌合戦、大道具さんたちの懸命な仕事ぶりには、ジーンときます。舞台転換の時間が数十秒しかなくて、リハーサルで一度も間に合わなかったのに、本番で見事に決めたときは、弦楽器サイドから大きな拍手が沸いて、大道具さん達も満足気。よくあれでケガをしないものだと思うほどの、激しい仕事です。みなさんがお茶の間で楽しんでいる裏で、どれだけの人たちが汗をながしていることか、少し知って頂きたいと思います。最近はあまりにも装置が大きくなりすぎて、弦楽器の居場所がなくなり、別のスタジオから音だけ送る、臨場感がうすれて、さびしくなってしまったけれど。

2010年8月11日水曜日

せっかち

中国の旅行社に送った、秋の旅行に関するメールの返事がない。日本の旅行社なら、即日返事がくるはず。メールを相手に送ったよというメールは届いているから、ちゃんと届いているはず。大体私はいつも立ち上がりが遅く、なかなか仕事に取りかからないのに、自分が始めると相手にグズグズされるのはイヤという超ワガママだから、もうしびれが切れている。大体、九寨溝に行くのに西安発というコースはあるのだろうか?自分で調べればよいのに、調べるのは億劫。一人旅を希望するなら、調査をしないと危険でもあり、体調などが悪くなった時どうするかなど、それなりの覚悟と準備がいるのに、この体たらく。どこへ行くときも殆ど事前調査なしで行ってしまう。直接肌に触れてみないと、わかる訳ないという理由でだが、本当はめんどくさいから。字面で読んでも決して頭にはいってこない。演奏するときも同じ。スコアというものはめったに見ないけれど、一度弾いてみると構成は頭にすっぽりと入る。2度目に弾くときには、どこで誰がメロディーで、誰が伴奏に回って、管楽器がどこで出るなどの脳内スコアはもう、出来上がっている。ヴァイオリンは下手だけど、これは一種の才能だと思っている。多分右脳のほうが発達しているのだろうと思われる。だから、旅も本で調査しても役にたたない。現地で風に吹かれないとだめ。予備知識がなくても、本能的に安全に行動できる・・・と自信をもっていると、いつか痛い目に遇っちゃうかな。

2010年8月9日月曜日

臓器移植

法改正があって、書面でなくても本人の意思を家族が聴いていて、脳死状態と確認されれば、移植が出来るようになった。第一号は20代の男性。事故でなくなったという。家族としては脳死の判定があっても、心臓が動いていれば死んだとは認めたくないでしょう。でも、かねてから息子さんの意志をきいていれば、尊重してあげたい。体の一部であっても他人の中で生きていれば、息子が生きているという思いができるかも知れない。私も若い頃から臓器移植か献体を考えていた。実際に日医大の先生に頼んで書類を取り寄せた。しかし、それには家族全員の賛成の書類が必要であったため、実現しなかった。私は死というものを非常に即物的に考えるから、死んだらなにも必要はない。体も出来ればコンドルか狼にさし出して、彼らの餌食となってもかまわない。私を食べた狼が食中毒になったら気の毒だけど・・・お墓はいらない。魂があったとしたら、それこそ物質は必要ではない。死にたいと思ったことは一度もなく、生きていることが大好き、楽しんで生きている。もし、霊となって浮遊していても、墓や仏壇などは余計なものと考える。だって、そんな狭いところに好き好んで入る人がいると思いますか?

仕事疲れ

クタクタじゃよ。えっさかほいほい、筑波まで行ってきました。この暑いさなか、筑波のノヴァホール。なかなか良いホールでした。開演が4時、終演が7時をかなりまわっていたので夕飯をたべそこね、開演前に用意してもらったお弁当は手付かず。しかも、上りのつくばエクスプレスにすぐに乗れたので、お弁当はボックス席でたべようと思ったのに・・・・なかった。でも、お腹すいてる。電車はすいていたし、ここで食べちゃおう。7人のヴァイオリンを抱えた美女?軍団が恥も外聞もなく座席でお弁当を食べてしまった。みなさん、生まれもお育ちも素晴らしい人達なのに、茶目っ気と大胆さも持ちあわせているらしい。あの、私は全くの野生児ですから除外です。2年前も同じ仕事で筑波へ行った時、帰りの電車の中から花火が見えて、しかも、それがどこまでも続いて大変キレイだった。花火街道と称して電車の通り道で軒並み打ち上げている。今年は残念ながら、日にちが合わなかったので、花火はなし。筑波の音楽家と音楽家予備軍のためのコンサート。今年30周年だそうで、沢山の参加者があったけれど、大変才能のある男の子がいた。すくすくと伸びていつか彼がソリストになった時一緒に弾けたらと思うが、その頃私はあの花火のように、天国に打ち上げられているかな。天国が無理ならネコの国に送って欲しい。ネコだけでなく、犬も、馬も、カラスも、イルカもいたらいいな。帰ってから真夜中、この秋に予定しているチベット旅行の手配をするために、中国の旅行社にメール送る。青海チベット鉄道、天国に一番近い列車。世界最高地を走る列車に乗る予定。ワクワクするなあ。仕事疲れも心地よい。だって、仕事しなければ行かれないのだから。

2010年8月6日金曜日

お世話になります。

末っ子で育ったせいか、他人から面倒を見てもらうことが多い。他人の世話はめったにしない。大して才能もないのに、年上の人に可愛がられるために、ずいぶん得をしてきたと思う。まず、両親、兄弟から沢山愛情をかけてもらった割に、なにも恩返しはしていない。母が亡くなる前に、看病が出来たのが、唯一の恩返し。仕事の上では、オーケストラの先輩達。慣れていなくてミスも多かったと思うけれど、本当に可愛がっていただいた。自分で云うのもなんだけど、一生懸命が服を着ているようなものだったから、かわいそうで叱れなかったのでしょう。感情が激しくよく泣きよく笑い、周りからみてとても分り易かったと思う。だから扱いやすかったのかもしれない。そんなわけで波はあったにしても、マアマア順調な人生を送ってきている。フリーになってからもオーケストラの先輩諸氏にはずいぶんお世話になった。ところが最近は、年上だけでなく年下からもよく面倒をみてもらえる。最近の若者は(昔は知らないけれど)とても優しい。日本は今中国を筆頭に、溢れんばかりのパワーのある国に圧され、やや元気がないと思われている。でも、今穏やかで優しい人達が平和に暮らしているという点では、世界に誇れるレベルにあるとおもう。景気の低迷や就職出来ないことで悩んでいる人が多いにも拘わらず、表面的には暴動も起きず治安も悪くない。これは良いことなのか、それとも、それほど元気がないということなのかはさて置いて。私の年齢で・・・エート、いくつでしたっけ。最近記憶が・・・新しいものに挑戦するのは難しいと思われている。記憶力、視力、集中力の低下は致し方ないとして、若者のサポートがあれば少しは挑戦できる。飲み込みが遅いのは勘弁してもらいます。だから、いつまでも好奇心を失わなければ、誰か助けてくれる人がいるはず。私は若い世代に助けられて、本当に退屈知らずの生活。ありがとう。

2010年8月4日水曜日

犬も熱中症対策

昨日うちにみえた方が、白い襟ぐりの大きなTシャツにグレーのスカート、スカートと同色のスカーフを巻いていた。ほう、オシャレだなあと思って見ていたら、熱中症予防の冷却首巻きだそうで、最近スポーツ用品コーナーなどで、売っているそうです。毎日のように、熱中症の死亡事故のニュースが流れている。今年は特別に暑いので、うちのネコたちもクーラー三昧。この贅沢者め。飼い主は暑いさなか、買い物に仕事に駆けまわって(どちらかというと、這いまわって)いるというのに。     
今朝散歩の途中で、シェパードとラブラドールを散歩させている人を見かけた。大型犬が大好きなので、近づいて話しかける。アラッ、ワンさんの首に昨日の人と同じような首巻きが・・・ついに、犬にまで熱中症対策をするほど、今年は暑いのだ。 雀の群れが道でなにか騒いでいる。通りかかり一斉に飛び立ったあとを見ると、餌食になったセミがまだ生きていて、もがいていた。自分の何倍もの大きさのセミを、たぶん集団で襲ったのだろう。雀もけっこう、獰猛。鳥を怖がる人が多いのは、鋭い嘴と性格の猛々しさにあるようだ。一見可愛らし風の雀でも、一年にめったにない大御馳走を見逃すはずはない。セミもかわいそうだけれど、雀にしたって、生きなければならない。自然界はかわいそうなどという軟弱な感情は受け入れないようだ。

2010年8月2日月曜日

軽井沢バーベキュー大会

昨日ウグイスが鳴いているとお知らせしましたが、ホトトギスだそうです。(てっぺんかけたかって聴こえるでしょう。)と、言われました。なるほど、そう言えばウグイスとは少し違う。失礼しました。昨日は絵本作家と人形作家の田畑さんご夫妻の別荘でバーベキュー。お隣に住む映画制作家のお2人もみえて、朝から準備が始まる。山のような野菜とお肉が用意されていた。近くに住むメンバーも車で駆けつけ、30人余りになった。ラブラドールのなっちゃんも参加、キュウリやトマトを美味しそうに食べるので、びっくり! ベジタリアンのワンちゃん? 皆食べる食べる、気持ちよく雑木林の中で大パーティー。子供たちもお手伝い、年上の子が小さい子の面倒をよくみるので、感心した。一番年上は10才の翔君。小さい子たちの世話に感じるものがあったらしい。「大人が子供を育てるのは大変なんだなあ」と言う。本当にそうなのよ。なんて賢いの!  例によって、木陰で麻雀が始まる。途中雨がパラつくのも何のその。勝負は延々続く。遊歩道に散歩に出かける人もいれば、部屋で話しをする人や、ずっと肉を焼く人、それぞれ勝手に遊ぶ
。手伝ってもいい、遊んでいてもいい、その自由さがこのグループの一番良いところ。

2010年8月1日日曜日

軽井沢にて

あまり暑いので、軽井沢に逃げて来ました。若い頃から、避暑といえば箱根か軽井沢だった。今は多様化して外国に行く人も多い。私たちは気軽に外国へ行ける世代ではなかったけれど、今や子供たちまで夏休みに海外に出かける。軽井沢には、ほぼ3年ぶり。やはり日陰に入るとずっと涼しく感じる。今朝はなんと鶯の声に目覚めた。昨日三々五々集まった遊び人グループの雪雀漣(せつじゃんれん)文字通り雪と戯れ麻雀を楽しむ会。下は産まれたばかりから、上は80才台の多種多様な人達が集う。職業もバラバラ。集まるけれど、皆勝手に遊ぶ。暗黙のうちに他人に干渉せず、でも、集まれば和気藹々のルールが出来上がった。率いる山田会長の人柄で、集い始めて来年40周年を迎える。初めのメンバーからすでに2、3 世が参加し始めている。遊ぶからには目一杯楽しんで楽しんで、大満足で解散する。今日はメンバーの田畑ご夫妻の別荘でバーベキューを楽しむ予定です。