2014年4月30日水曜日

徘徊癖がついてしまったらしい。

昨日に引き続き、弥生にお住まいの弥生人の美智子さんと、四谷周辺を徘徊してきた。
その前は上野池之端の寿司や「英多郎」で気炎を上げたばかり。
まだ徘徊○人にはなっていないが、この調子だと2人とも間もなくそうなるに違いない。
ずっと前から今日は四谷のフランス料理のお店「テート・アテート」に行く約束をしていた。
昨日急に紀尾井ホールのチケットが手に入って、それならマチネーが終ってから食事にすれば良いと思ったら、テート・ア・テートは休日はお休み。
それで連日四谷通いとなった。
6時半に予約。
私が思っていたフレンチレストランとは少しイメージが違って、入り口に可愛いブリキ?の置物。気取ったところがない。
ヨーロッパのカフェのもう少しくだけたような。
入り口にずらりとワインが並んでいる。
すでにお客さんは数人入っている。
20人くらいの席数で、わたしたちが行ってから間もなく満席になった。
コースが決まっていて、オードブルはサーモンとアボカドペースト、ホワイトアスパラガスに生ハム、赤カブのピクルスなど。
もっとあったけれど、説明するのが難しい。
お店に行ってお試し下さい。
気取ったお店のように味が薄すぎるなんてことはなく、しっかりとついている。
ワインを注文してゆっくりと食べ始める。
スープは意外にも穴子と鴨の鰹節出汁のスープ。
これが全く違和感なく調和して、鰹だしはやはり日本人の口に良く合う。
フランスパンの皮がカリカリして香ばしく、すごく美味しい。
最近流行の糖質抜きのダイエットではないが、普段から夜は主食を食べないのに、おかわりまで食べてしまった。
メインは鯛など数種類から選べるが、私たちはラムチョップを頼んだ。
ラム肉は私の大好物で、牛や豚よりも好き。
脂の多い肉は苦手なので。
デザートは10種類もあって、その中から3種類選べる。
トマト味のクレームブリュレがあったので、珍しさで選んだが、内心では普通のクレームブリュレの方が美味しいだろうなと思っていたら、当たり!
美智子さんの普通のものをちょっと試食させてもらったら、やはりそちらの方が美味しい。
ま、物は試しで。
これで2時間半のコース。
エスプレッソで締めてすごく良い気分で、膨らんだお腹を抱えて帰宅した。
勢いがついた徘徊美(?)人たちは、この次はフグにしようと目論んでいる。

















2014年4月29日火曜日

伊藤恵ピアノリサイタル

紀尾井ホール
ベートーヴェン  ピアノソナタop.13「悲愴」
武満徹      フォー・アウェイ
ベートーヴェン  ピアノソナタop.31-3
シューベルト   ピアノソナタop.78「告別」

伊藤恵さんのピアノを聴くのはこれで3回目。
私はこの方の弾くシューベルトが大好きで、ご本人も本当に楽しそうに演奏する。
なにが良いって、音程が良い。
ピアノの音程は調律だけのことではない。
どの音をどう響かせるかによって、和音がガラッと変わってくる。
まるで弦楽器のハーモニーを聴いているような鳴らし方・・・純正調で調律されているかのような、響きが聞こえる。
私たち弦楽器奏者からすると、重音は一緒に鳴ればいいってものでもない。
ピアノはせっかく音程が決まっているのだから、それをどうハモらせるかというところまで追求したらいいと思うけれど、中々ここまでハモらせることが出来る人は少ない。
殆どピアノを弾かない私ですら、季節毎の調律は欠かさない。
アンサンブルの練習が始まる時には、必ず調律する。
弦楽器奏者は少し神経質だけど、毎日毎日レッスンでも仕事場でも、音程、音程と言われて育ってくるから、しかたがない。

今日一緒に聴いていた美智子さん(弥生人のほう)も帰り道で真っ先にそのことを言い出した。
やはり同じ事を考えていたのだ。

伊藤さんは演奏中の手と体の動きが、見るからに美しい。
ベートーヴェンの時も少し聞こえたけれど、シューベルトは特にピアノの音に混じって、彼女自身が思わず旋律を口ずさんでいる声も聞こえた。
のめり込んで、シューベルトを呼び戻しているかのように。
彼女は演奏が終るといつもステージから、少しお話をする。
今回のプログラムの内、やはりベートーヴェンが相当手強く、彼女にとっては冒険だったこと、ベートーヴェンの合間に武満さんの曲を入れたのは、二つのベートーヴェンを中和する?様な意味だったようで、この曲はガムラン音楽に影響されて作曲されたという。
ながれる雲を眺めているような、無心な気持ちになる。
無心になりすぎて心地よく、眠らせて頂いた。
武満先生、ごめんなさい。
数回お目にかかったことのある、武満さんの思い出もあるけれど、又の機会に。
とにかく素敵なコンサートでした。















2014年4月28日月曜日

狂気の自転車レース



よそのブログから拝借した動画。
すごいバランスとスピード。命知らずにも程がある。

とはいえ、私たちも、もう少し安全なところではあるけれど、山スキーを楽しんでいた。
この動画のように、八幡平の急斜面を連らなって横切る。
下から風が吹き上げて、天気が良ければ遠くの山々も見渡せる。
山開きの直後なので、まだらに雪が残っていたり、土が露出していたり、暖かい年には殆ど雪がなく、板を担いで残雪のところまで歩く。
林の中を、木に結んである赤いリボンを目印に滑る。
そうでないと迷子になってしまう。
一番最後が一番怖い。
自分の背丈より高い雪の壁を、まずスキーを下に放り投げ、背中でおりなければいけない。
下はアスファルトの自動車道。
ゲレンデでは味わえない、すったもんだの世界。

この動画を撮っている人は、危険な箇所で、いきなり前の人を追い越すのに、普通の道路では追い越されているのが可笑しい。
よくあんなにひどい道で突っ込んでいける。
最後まで大きな声で挨拶しながら、走って居る。

自転車大好きな私は、ママチャリでわざと歩道の縁を乗り越えたりしている。
若い頃に、こんなこともやっておけば良かった。
かつてのお転婆娘が本当のお転「婆」になってしまい、手遅れ。
残念無念!










2014年4月27日日曜日

兵士の物語

いつかは弾いてみたいと思っていた曲なのに、アンサンブルが難しかろうと今迄放置していた。
今年の音楽教室の新年会で、隣り合わせになったクラリネットの
U先生と演奏しようと盛り上がって、やっと実現する。
兵士が悪魔に魂を・・・・おや、又どこかで聴いたような。
タルティー二「悪魔のトリル」同様、あちらの方々は悪魔に魂を売る話がお好きなようだ。
悪魔に魂を売ると言うことはどういうことなのか、恐ろしいと同時に恍惚の世界が待っているのではないか。
もとよりクリスチャンでもなく、「宗教の形」を一切受け付けない私であれば、こんな世迷い言と切り捨ててしまう。
宗教家の立場なら、全ての悪事は悪魔のせいにすれば良い訳で、ずいぶん好都合なこと。
神の対岸に悪魔がいて、ただ、光と影は表裏一体だから、同時に存在しなければ意味はない。
影の無い光は薄暗い。
光の無い影はありえない。
一対であれば神も悪魔も必要。
心が光りばかりの人はいないし、影を持ち合わせていなければ、明るさは嘘になる。
神も悪魔もこの世に遍く存在するなら、同時に両方(共通項)を取り去ってもなんの支障もない。
残るのは自然のみ。
という理屈から私は特定の宗教は持たない。
私の神様は音でありモーツァルトであり大自然であり・・・
私の周りの森羅万象。
むしろ宗教の影の部分の恐ろしさは、想像を絶する。
今世界中が容認している宗教だって、その始まりには、いや、たぶん今でも、野蛮きわまる布教活動をやってきたのだから。
魔女狩りやって猫を殺してネズミが増え、ペストが大流行、なんて話を聞くと、ため息が出る。
今でもどこかで、同じような事をやっているかもしれない。
「赤毛のアン」のアンの言葉。うろ覚えだけど。
私は森の中で跪いて神様を感じるだけ。
これが本当じゃないかしら。

さて、音楽の話に戻ると、今回演奏予定のストラビンスキー作曲の「兵士の物語」はピアノ、クラリネット、ヴァイオリンのトリオバージョン。
スネア、ヴァイオリン、トロンボーン、ファゴット、トランペットetc.の7重奏編成もある。
曲が面白いので、作曲者自身がアレンジしたものかどうかは知らないが(たぶんそうでしょう)リズム的に中々手強い。
数小節毎に拍子が変わる。
4分の2拍子の次に4分の3、4分の2、8分の3、4分の2、8分の3、4分の3・・・・とくるくる変わる。
反射神経を試されているようなものだから、今の私は大丈夫かな?
若かりし頃は、どちらかというと変拍子は得意なほうだった。
オーケストラでプロコフィエフだったか、変拍子の多い曲のリハーサルで、殆どの人がわからなくなって落ちたときに、私だけしつこく弾いていたと他人から言われたことがある。
自分ではすっかり忘れてしまったが、そんな事もあったらしいから、変拍子には強い(はず)。
ま、昔の事ですから。

この曲は語りがつく。
悪魔の言葉に
今持っているものに昔持っていたものを足し合わそうとしてはいけない。
今日の自分と昔の自分、両方を持つ権利などない。

と、あるから、私も昔出来たことを今さら言っても仕様がない。
練習あるのみ、ですか。

























2014年4月26日土曜日

dtabで読書

dtabには、ゲームや音楽や、私が沢山楽しめるようにと、色々な物をパソコン名人が入れてくれた。
そこに青空文庫というのがあって、ボランティア活動でできあがったらしい。
私が以前、目が悪くなって読書もままならないと嘆いていたのを覚えていての親切。
さっそく開いて見ると、作品はたぶん著作権の関係だと思うけれど、かなり旧い作品、例えば芥川、漱石などの文豪。
外国のものはカフカなど。
その中に泉鏡花の作品があって、「高野聖」も久しぶりに読み返してみた。
カフカの「変身」
芥川の「羅生門」
夢中で読んで気が付くと深夜になってしまう。
特に泉鏡花は、夢幻と現実の交錯する不思議な鏡花ワールドに、かつて酔いしれたことなど思い出して懐かしく、しかも今読んでも新鮮で、同じように感銘するのが名作たる所以。
明治頃の小説は文章も格調高く、しみじみと日本の文化はいかに優れていたかを思い出させられた。
漱石などは本がすり切れてぼろぼろになるまで、13才年上の姉から私まで読み継がれて、黄ばんだ紙の色が薄茶になるくらいの長い年月、本箱に置かれていた。
兄からは音楽を、姉からは文学の影響を受けた。
姉は毎年、私の誕生日とクリスマスには、必ず本をプレゼントしてくれた。
それが大事な宝物で、寝ても覚めても本を読んでいた幼い頃。
もう目が悪くて本も読めないと思っていたら、又最新の技術が私を読書に誘ってくれる。
こんなに幸運で良いのだろうか。
次々に読み返したい名作の数々が、思い浮かぶ。
この先全く退屈知らず、ばんざーい!
むしろやりたいことが多すぎて、虻蜂取らずにならないと良いけど。







2014年4月25日金曜日

恒例(高齢)弾く会

高校時代からの同級生のピアニスト、大学からの同級生、一度来てもらったらそのまま、仲間に引きずり込まれてしまった私より17才も若いFUMIKOさん・・・
からの構成による恒例の月例「弾く会」みなさんは弾き合いと言っているが、今日も又荻窪のとある豪邸で行われた。
ピアニスト達は何れ劣らぬ優等生だったし、お嬢様育ちで趣味も洗練されているのに対し、私は田舎育ち。
弦楽器の連中は色気ないなあ、などと男子たちに中傷をされながらの学校生活。
「住む世界が違うのさ」と思っていたけれど、この歳になると、いつしか同じように苦労して同じように楽しんでと、人生の終盤は殆ど同じラインに立っている。
違うところはピアノ科の人達は未だに大まじめで、弦楽器は冗談が好きだというところ。
昔から相場が決まっていた。
今日もピアノ奏者達はものすごい大曲に挑戦して、さらいこんである事を見せつけられた。
今回私はピアノのSさんから、ブラームスの「ソナタ3番」を弾くから練習しておいてとの指令が飛んだので「イエッサー」といやいや練習を始めたら、Sさんがお休み。
慌てて先日「天使のソナタ」と偽装表示をして、さるお方のお誕生祝いに弾いた「悪魔のソナタ」に急遽変更。
他のピアニストのNさんに手伝ってもらうこととなった。
この曲は私はものすごく好きで、何回弾いても飽きないけれど、Nさんはラヴェルの難曲に挑戦していたところなので、余計な曲が割り込んで、たぶんすごく大変だったと思う。
それでも文句を言いながら、快く?弾いてくれた。
Sさんのお宅は今改装中。
大きなピアノが2台部屋を占領していて、自分の練習には問題がないものの、他の楽器が入ると手狭だった。
彼女は合せ物が好きで、もう少し広ければ室内楽が出来るのにということで、今回の改装に踏み切った。
大工さんがいるから家をあけられないし、ピアノも弾けないそうで、今回は休みになってしまった。
私も広いレッスン室を持ってはいるけれど、クローゼットや水場があってサロンコンサートをするには(出来ないことはないが)狭い。
下に駐車場があって、そこを部屋にして物を置かなければ、優に40人くらいの観客が入れる。
ただいま考慮中。
皆の改築に影響されて、段々その気になってきた。





















2014年4月24日木曜日

桜子


嫋やかな若きヴァイオリニストは6才でうちに来て、それから6年間私が手塩にかけて育てたお嬢さん。
名前は桜子。
名前の通りのはんなりとした、日本的な美人になりました。
初めからオーケストラプレーヤーを目指すというので、それなりの訓練をすることになった。
まず初めは音楽を好きになるために、あらゆる曲を自由に弾かせ、どんどん合奏に参加させ、初見力のためのトレーニングも沢山した。
それで、初見は自由自在になった。
すっかりヴァイオリンに取り憑かれたところで、最初の難関は音階練習。
初めからカール・フレッシュの音階をガンガン弾かせる。
子供のうちに音階は可哀相だからとやらせない先生もいるが、私はそれには絶対反対。
子供のうちにやらないでどうする。
彼女は相当きつかったらしく、レッスンの帰り道母親に「この世に音階が無ければ良いのに」と言い、母親は「先生、このハ長調の音階、もう1年もやっています。まだ、だめでしょうか」
「まだまだ」私は冷たく突っぱねる。
それでも音階の訓練の結果はめざましく、今では重音の音階も蝶々が飛ぶように楽々弾く。
全ての基礎になるのだから、ないがしろにしてはいけない。
最近ロンドンアンサンブルが来る度にアンドラーシュ・タマーシュに聴いてもらっているが、彼からはテクニックは問題なしとのお墨付きを頂いた。
問題は音楽性。
見かけの通り、たいへん落ち着いた穏やかな性格なので、今音大で師事している先生からは「貴女の音楽は京都よね」と言われるそうだ。
おっとり、礼儀正しい、今時珍しいお嬢様に育っている。
内面のパッションを、どう表面に出していくかが今後の課題。
彼女の校外でのデビューコンサートです。
お近くの方はどうぞ聴いてやってください。













2014年4月23日水曜日

兄貴

私が未だにヴァイオリンを弾いていられるのは、兄のおかげ。
母は私が音楽の道へ進むのは絶対反対。
父はクラシックのレコードを沢山持っていたくらいだから、喜んでいたけれど。
ある日、ヴァイオリンを始めた兄の楽器を見て、私も欲しいと言ってみた。
父がすぐに澁谷の楽器屋さんに行って、買てくれたのは少し大きめの2分の1の鈴木ヴァイオリン。母は激怒。
ヴァイオリンを生まれて初めて手に取ったとき、なぜかすぐに弾けたのが不思議だった。
もちろんキラキラ星のような簡単なものだったけれど。
楽譜もすぐに読めた。
それは家にピアノがあって、自己流でバイエルからツェルニー、ブルグミューラー、ソナチネなどを一通り弾いていた。
先生にもつかず、誰からも期待されない末っ子は、好き勝手にヴァイオリンもピアノも弾いて居た。
弾きたい時に弾きたいだけ、好きなように弾く。
8才の時に兄に連れられて、歩いて10分くらいのところに住んでいるアマチュアのお兄さんに習い始めた。
私はすぐに、ヴィヴァルディの協奏曲が弾けるようになった。
末っ子の妹を可愛がってくれた当時大学生の長兄は、レッスンに通う道すがらに、色々な話をしてくれた。
その兄は電子工学の道に進んでヴァイオリンは趣味だったけれど、ちょっと科学的な話を子供にわかる様に話してくれる。
11才年上だったから、女子中学校の入学式にまで付いてきてくれた。

途中私は、5年生から2年間ヴァイオリンを弾かなかった。
中学生になったとき、兄が専門の先生を探してきてくれて、又私をそこへ連れて行ってくれた。
中学2年になったとき、私は音大附属高校を受けることを決意。
そこで自分で先生を探し、ピアノも初めて専門的に始めた。
受験曲はヴァイオリンはモーツァルトの協奏曲四番。
ピアノはモーツァルトのソナタ。
音大附属高校に入ってから、余りにもボロヴァイオリンなので、先生からなんとかしなさいといわれた時、ボーナスをはたいて楽器を買ってくれたのもこの兄。
父親が道楽者だったので、このしっかりした兄が家族の大黒柱だったようだ。
その父親に、一番似ているのが私なのですが。
父は音楽が好きで楽しいことが大好きで、近所の世話役として生涯、周りに人がいっぱい。
母は近所付き合いもあまりせず、主婦の鑑で、整理整頓、掃除の達人だったから、我が家の廊下も階段もツルツルで、私はよく階段からころげおちた。
母は女学校では優等生だったとか、几帳面で習字が上手く手先が器用。兄はこの母にそっくりで、母の自慢の息子だった。
なにをやらせても上手にこなす。
ヴァイオリンも勿論兄の方が上手いから、母は私をいじめるのにヴァイオリンを利用した。
11才も歳が離れた兄と私を比べては、嫌味を言う。
理不尽な話だけれど、それでも音大付属高校の高い月謝をなんとかして出してくれて、反対しても邪魔はしないでくれた。
それは自分が、学問の道に進みたかったのが果たせなかったので、子供には好きなことをさせてくれたのだと思う。
それに母もまんざら音楽がきらいだったわけではなく、ハイフェッツが来日したとき演奏を聴いたそうなのだ。
羨ましくて歯ぎしりしたくなる。
結局家族の助けがあって、特に兄には本当に感謝している。
兄は自分が音楽家になりたかったのだと思うけれど、長男でもあり、父が超のつくお人好しで家計が逼迫していた頃、母を助け、祖母の介護の手助けもして一家の中心となっていた。
私が中学生の頃から、兄はしょっちゅう演奏会に連れて行ってくれた。
レニングラードフィルとかN響とか。
そこでオーケストラの魅力にとりつかれるのは、アッという間だった。
私がオーケストラに入ったことで、兄への恩返しに少しでもなったかと思う。
兄は一般企業を定年退職して10年ほど、大学で講義していたけれど、それも退任した後はチェロを始めた。
今楽しそうにチェロを弾いている。
私が兄の進みたかった道を横取りしたように思って、内心すまないと思っていたけれど、あんなに楽しそうに弾くのは、プロにならなかったからではないかと思っている。


































2014年4月22日火曜日

アラ探し

アラはアラでも魚のアラ。
魚屋さんに買い物に行くと真っ先に見るのが、今日はいいアラがあるのかどうか。
魚の煮付けはアラ煮に限る。
品の良い切り身は、見た目は良いけれどアラにはかなわない。
骨の周りの肉は美味しいと相場がきまっている。
アラを買ってくると、みりん、酒、しょうゆにショウガ、時々煮汁を上からかけながら煮込む。
その日は食べず、次の日に煮汁が煮こごりになっているのを、まず温かいご飯に載せて食べる。
冷たい煮魚がいやなら暖めても良いけれど、冷たいままの方が私は好き。
骨から実を剥がすのに、始めのうちは箸を使っているが、そのうちに面倒になってきて手でほぐし始める。
手が汚れる、細かい骨の間をこそげ取るのが面倒。
これがいやならアラは食べない方がいい。
猫の性格で生まれたから、骨の間からごそっと肉を見つけると、うにゃ~と歓声をあげたくなる。
昨日鯛のカブトを煮て、今朝はトーストに載せて食べた。
トーストにオリーブオイルをたらし、その上に甘辛い鯛の煮付けを載せる。
これは本当に美味しいから絶対お薦め。
ブリのアラはブリ大根。
ブリは魚の中では好きさから言うと、中ぐらいの位置にある。
けれど、ブリの煮汁の沁みた大根は、これはたまらない。
これも次の日、冷たいまま、熱々ごはんに載せて食べる。
鮭はカマのところを焼いて、これは焼きたての脂がジブジブ音を立てているうちに食べる。
だから、切り身はカマばかり選んで買ってくる。
ご飯もいいが、やはりトーストにレタスなどと一緒に食べるのも、中々乙なもの。
アラは見た目悪くても、実は一番美味しいところ。
アラ探しと言うけれど、隠れた良いところを探すのかもしれない。













2014年4月21日月曜日

風邪をひいても

先週、音楽教室にレッスンに行った時、なんだかジャンクな物が無性に食べたい。
教室のロビーにあるお菓子をポリポリかじって「こういう物がやたらに食べたい時って、風邪をひく前兆なの」と言っていたら、本当に風邪をひいてしまった。
頭が痛い。
寝ようかと思っていたけれど、少しヴァイオリンを弾いてからにしようと練習を始めたら、あら、不思議、頭痛が消えた。
動かないでいたせいで、鬱血していたのかもしれない。
こんな時、私の筋トレのトレーナーは「自分は絶対風邪をひかない」と決めるのだそうで「そう思うと風邪ひきませんよ」と言う。
病は気からと言うけれど、そういう面もたしかにあると思う。
先日肺がんの疑いありと書いたら「読み始めて泣いちゃったわよ」とお叱りを受けた。
すまんすまん、驚かせて。
でも考えてみて、当人が一番修羅場だったことを。
検査結果が来るまで、やはり気が気でなかったので、いらん物を沢山買ってしまった。
ひとつは、キンキラキン、金色のスニーカー。
通販のページで「わあ、これきれい」思わず購入。
でも足に合わないので、同じシリーズで多少模様の違う物を。
それもゴテゴテしているので、又同じ物で少し丈の短い物を。
結局3足買って、2足返品。
返品してから又、同じデザインで色の違う物が目に入った。
それも買おうと思ったけれど、さすがに私はイメルダ夫人じゃないと、断念した。
それでも前の分を返品して、それに換えようか悩んでいる。
無料で返品自由な通販なので、何回でも可能だけれど、ちょっと気がひける。
それに見ている分にはキラキラですごくきれい。
でも、履いてみると足元が浮き足立ってみえる。
ただでさえ、常識外れな性格なのが、これで決定的に「(ちょっと?)変な人」になりそうで履けない。
かと言って返す気もない。
スニーカーにしてはかなりの値段なので、浪費ってこのことだなあと思っている。
そのほかに色々取混ぜて、なんと靴だけでも計5足。
私はムカデか!
それでも修羅場に耐えるための買い物だったのだから仕方ないと、すぐに自分を許すのが、いつまでも甘ちゃんなところ。
風邪は珍しく昼寝をしたら、治った。
風邪をひく原因は食べ過ぎと水分不足と睡眠不足。
寝たくないのでいつまでも起きて居るのが良くないから、最近は仕方なくその日のうちに寝ようと思うのに、それが中々ねえ。
頭抱えて寝ているときに、友人からランチのお誘い。
そういうのは気分が悪かろうが、一向に頓着しない。
しかも、お腹はちゃんと空くのがなおさら怖い。
全ての欲望の中で、最後まで衰えないのが食欲らしい。
どこでランチを摂るか、楽しみだなあ。

























2014年4月20日日曜日

猫は可愛がられるために生まれてきた。

馬が猫を溺愛。
猫はなんの役にもたたないけれど、他の者を幸せにしてくれる。
というより、可愛がられる権利があると思っている。

2014年4月19日土曜日

dtab

パソコンの先生が新しく私に用意してくれたのが、かわいらしいdtab。
以前から旅行中にもブログの更新をしたいと思っていたので、去年は少し大きめのタブレットを持ち歩いていたけれど、旅行鞄に入れると嵩張るのと重くなるので、今度のdtabはちょうどいい大きさ。
画面が今まで使っていたスマフォよりも大きく、キーボードも付けてもらったので、旅先からのブログの投稿も以前より楽になった。
只今dtabから投稿中。
うちにあったCDも何百曲ととりこんでもらった。
これにもすごく時間がかかったらしく、時々私のせいで、先生はヨレヨレになっている。
パズルも面白いので、これさえあれば退屈しらず。
とにかく至れり尽くせりだから、全ての設定が出来ていて、後は私がしっかり利用すればいいように準備されたものが届けられる。
長い間あまりにも保護され続けてきたものだから、もう独立しようにも無理になってしまった。
引導渡されて面倒見を拒否されるまでは、コバンザメのように張り付いていることにした。
可哀相に、私が若い綺麗なお嬢さんなら彼もさぞうれしかろうに、古ぼけたタヌキでごめんなさい。

中年過ぎてからパソコンを始めたのも、近所に不思議なお店があったから。
いつ見ても店に人の姿がなく、携帯電話がぶっきらぼうに数台並んでいるだけ。
時々お客さんがいて、対応している人が見える。
その頃私は仕事を電話で受けていた。
留守電の調子が悪くて、事務所とトラブって、携帯を持つように強く言われていた。
まだ世の中、携帯を持つ人も少なかったので、何事にも乗り遅れる私が持っているわけもなく、あまり乗り気ではなかったものの、相談してみるだけならとお店に入ってみた。
その時対応してくれたのが、それ以来アホの面倒を見ることになってしまった可哀相な先生その人だったのです。
初めての印象は、ン、おぬし出来るな!だった。
とにかく頭がものすごく良くて、白皙の青年で、私はすっかり惚れ込んでしまった。
全ての手続きが滞りなく進んだ。
その時店にはってあった紙にパソコン貸しますと書いてあった。
ワープロは触っていたがパソコンは未経験なので、ムラムラと好奇心が沸き上がった。
しばらくして、パソコンを借りることになって、何もかもわからないことだらけ。
それで店に電話して質問すると「メーカーのサポートセンターに電話して聞いてください」と冷たい返事がかえってきた。
言い方がぶっきらぼうだけど、私には同じような口のききかたをする兄が居るから馴れている。
それでめげていたら今の私はいないわけで、食い下がる。
とても電話が混んでいて繋がらないからとかなんとか言って、サポートしてもらうことに成功した。
彼はサポートするとなると心底仕事熱心で、何時間もかけて熱心に色々な設定をしてくれた。
本当に楽しそうに仕事をしているから「パソコンがお好きなんですね」と言ったら「好きじゃないですよ、こんな面倒なこと」と返されてしまった。
普通の人はそこでめげる。
でも私はめげずに(そんな面倒なこと)をそのあと10何年もやってもらっている。
信じられないような緻密で根気のいる仕事を、コツコツとする。
私とは正反対の性格で、仕事ぶりを眺めていると、こういう人が居るから日本の技術は優れているのだと思う。
私がヘマばかりするので時々投げ出したくなるらしい。
私だってそのくらいは気がつくけれど、コバンザメはサメがいないとパソコンが使えなくなってしまうのです。



猫缶

今朝も大量の猫缶が届く。
猫缶といっても、猫を缶詰にしたわけではない。
お猫様の召し上がる缶詰なのだ。
でも、缶を開けたら子猫がにゃあ!なんて出てきたら、可愛くて萌え死にしそうだけど。
なにしろ家猫3匹、外猫1匹、その他不定期に通ってくる猫もいて、毎日の消費は半端でない。
去年ねこ天国へ行ってしまったなっちゃんがいないので、少し量が減ったものの、外猫のチャアはものすごい大食漢。
うちの猫3匹がつつましい食事をしているのに対し、一回につき猫缶1個とカリカリを大量に食べる。
それを朝晩2回。
ほとんど残さずペロリと平らげる。
私は良く食べる人も猫も好きだし、自分でも大食いのほうだが、チャアにはかなわない。
体の大きさの比率からいっても、人間が2㎏くらいのステーキを平らげるのと同じくらいなのだから。
ノラは過酷な生活を送っているのだから、そのくらい食べられるようでないと、生き延びられないのかも知れない。
それでもチャアは最近太りすぎのようで糖尿病が心配だから、少しずつ量を減らそうと思っている。
あっという間に猫缶が減っていくので、しょっちゅうネットで安売りのショップを探す。
ある時もうすぐ届くはずの日が迫ってきたら、急に入荷出来なくてキャンセルのメールが届いた。
明日にも家のストックが底をつくので、こちらもパニック。
あわてて近所のペットショップに走った。
今はこうして通販で、重たい缶詰も届けてもらえる。
若い頃ならともかく、今の私には缶詰数個でも重たすぎる。
宅配便の配達員に、レスラー並の力の持ち主がいて、猫缶数十個と猫砂8個などをいっぺんに2階まで運んでくる人がいる。
私ならビクとも動かないのに、息も切らさず階段を上ってくる。
他の人だと猫砂4個くらいでも、ハアハア言う人もいる。
私はそれでも持ち上げることも出来ない。
天岩戸を開いた手力男の命みたいな人は、いつも無愛想で世の中くそ面白くも無いみたいな顔をしていたが、ある夏の暑い日、汗だくの顔を見て思わず冷蔵庫からコーラを出してあげたら、すごく嬉しそうに笑った。
それ以来挨拶も和やかになって、ネットの買い物もやはり人が関わってくるものだとつうはん、いや、痛感した次第。
























2014年4月18日金曜日

素人が口をだすと・・・

髪の毛が大分伸びてしまったので、仕事場に行く前の時間に美容院に寄ることにした。
ここ1年位前から通い始めた美容院で、担当者の腕も中々確かで気に入っているのだが、以前かかりつけだった美容師さんを時々
思い出す。
kさんはバブル期は原宿で大きな美容院を経営して、当時はN響や俳優さんたちのお気に入りだった。
名のある女優さんやモデルさん達の専属で、有名な音楽家とお友達だったり、歌舞伎の世界にもお客さんが沢山いるという、飛ぶ鳥落とす勢いの人だった。
天才肌なので、見事なカットをするかと思うと、気が乗らないときには悲惨な髪型になる。
悲惨な時でも、そんじょそこらの美容院よりはマシ、といったところなので、私は長く通った。
カットに集中しているときには、話しかけることも出来ないほど真剣で怖かった。
その美容院が閉店になり、後任者は彼の行方を教えてくれない。
その後何年も経って、やっとkさんに再会して又通い始めたが、すっかり話好きのおじいさんになっていて、鋏より口の方が良く動く様になってしまった。
それから又数軒のお店を渡り歩いて、今の店に落ち着いた。
中々おしゃれな今時風なうちで、若い美容師さんたちがおしゃれなのもいい。
昨日は気温が高かったので、久々にベリーショートにしてもらった。
できばえは上々だったのに、私が余計な口をはさんだ。
いつも混んでいるお店が、珍しく空いていたのも良くなかった。
私が言ったのは、自分の耳が後ろにねているので、髪の毛の線と耳が一致しないのでスッキリしないということだった。
別にできばえに文句を言ったわけではないのに、大まじめな担当者は「それではもう少し切りましょう」と又カットのやり直しが始まった。
耳の線と髪の毛の脇をそろえ始めた。
耳がねているから、当然横の毛もどんどん短くなる。
なんだか、近隣の某国の将軍様の髪型に似てきてしまった。
それで私がその将軍様の話をしたので、敏感な美容師さんはたぶん「しまった」と思ったみたい。
いつもなら出来映えを満足げにチェックするのが、なんだか叱られた犬みたいな風情で離れて立っている。
素人が余計な口出しをしたばっかりに、彼は不本意なカットを悔やんでいるに違いない。
悪いことをしてしまった。
しかし、髪はすぐ伸びる。苦労が多いから。
よく、苦髪楽爪っていうでしょう?




















びっくりさせてすみません。

前回の投稿が、みなさんを吃驚させたようですみませんでした。

原稿は初めとお終いの部分は、最終検査結果がきてから書き加えた。
中程は肺がんのリスクを示した検査結果が一ヶ月ほど前に来た時に書いて保存、後は精密検査待ちで、投稿するつもりだった。
結果が出るまで最後の部分を残しておいたので、たっぷり時間をかけて推敲が出来たのが、長くなってしまった原因。
いつもならほんの10分くらいで書き上げるのが、毎日保存された原稿を見る度に、あれもこれもと付け加えたので。
本当にガンだったなら、この先闘病生活を書く予定だったが、このしぶとい私がよもやそんなことはあるまいと、多寡をくくっていたようなところもあって、しかも良くいうでしょう、美人薄命って。
私は自分の顔は結構好きだけど、決して美人でないことは百も承知。とても面白い顔だと思っている。
その「面白い」というのが私の人生の最も重要なテーマになっていることに、最近気が付いた。
あまり好き嫌いしない方だが、人を好きになる条件として「面白い」というのが第一条件になる。
面白い人は押し並べて頭がいい。
私の周りには、これでもかと言うほど「面白い」人が溢れている。
私が特に親しくしている人達は、良く言えば個性的、ひねって言えばアクが強い。
人間は頑固でも怒りっぽくても構わない。ずるくなければ。
食べ物だって、においの強い味の強烈なものがいい。
いつぞや、若い女性に問い詰められた。
「セロリお好きですか?え、本当に?本当に好きなんですか?」
何度も詰問されたけれど、「ええ、本当に好きよ」と言うと、信じられないという顔をされた。
野菜は特に好きだけど、臭いのあるものの方が好き。
セロリは食べると、体の中に清涼な風が吹くような感じがする。
だから「せいりょうり」と言うのです。あはは、これはガセ。

万一本当に病気になっていたら、治療状況や自分の心の葛藤なども面白がって観察したことだと思う。
元々物事に驚かない方だから、ガンが見付かったからと言って大騒ぎはしないと思うけれど、やはり肺がんは最もいやな病気の一つなので、罹りたくはない。
怖くないと言えば嘘になる。
アミノインデックスの値が大変高いのは不気味で、今回ガンの可能性が見付かったのは、むしろラッキーだったかも。
これから発芽するところかも知れないし、こうなると毎年ちゃんと検査をするようになるから、この騒ぎはムダにはならない。
それも、小田部さんのお陰で。
彼女とは喧嘩ばかりしていたのに、何かを始める時はいつも一緒に協力し合った。
生き生きと目を輝かせて楽しげに、次々とアイデアを出してきた小田部さん。
彼女も私に負けず劣らず、面白がり屋さんだった。
リンパ節をとらないとどうなるかわかっていながら、クラリネットを持てなくなるという理由で手術を拒否した彼女は、一足先に天国に行ってしまった。
せっかちなんだから、もう!

























2014年4月16日水曜日

肺がんの脅威

2月に受けた人間ドックの結果が一ヶ月後、ようやく届いた。
2週間後に郵送と言われたのが半月も遅れたので、これは何かあるのかと思っていた。
ほとんどの項目が基準値内であるのに、一つだけ引っかかったものが、肺の怪しい翳。
アミノインデックスの数値も高い。
3月末の古典音楽協会定期演奏会の2日前に、郵送されてきた書類は、肺がんが疑われるので、至急再検査との指示。
ただでさえ、本番を2日後にひかえ一番緊張の高まる時だから、その上肺がんとなると、これは七転八倒もの。
一番なりたくない病気が肺がん。
手術後の5年生存率が30%強。
手術しても3分の2は5年もたないということだから、これに罹ったらもう死ぬことを覚悟しないといけない。
私はまだまだ死ぬつもりがなくて、この先どのように楽しく生きるかを模索していたので、5年は想定外。
文化会館のステージでよれよれになってしまい泣きじゃくる自分の姿を想像したり、私が居なくなった後のノラが悲惨なニャン生を生きる姿を思い浮かべては、心の中は大パニック。
ところがこういう修羅場であっても、良く食べ良く眠れるのが私の特技で、5年かあ、5年でもいいか、と不思議に心が落ち着いてきた。
なんたって、好きなことだけしかしなかった人生だった。

検査を受けようと思ったきっかけは一つのだった。
数年前に亡くなったクラリネット奏者の小田部ひろのさん。
彼女が急にある夜、夢に出てきた。
暗い広い部屋の中に一カ所だけ明るく輝く場所があって、そこに小田部さんが座って、こちらを見てニコニコしている。
目が醒めた時に、これは小田部さんがなにか知らせてくれているのだと思った。
以前、乳がんになった時は、亡くなった古い友人たちが次々と週替わりで出てきた。
その時に霊感もなにもない私が、こんなに立て続けに5人の逝去した人達の夢を見るのはおかしい。なにかある。
それで検査をうけたら、ガンだったという経緯。
今回もなにか外に現れていたのか、うちの不思議猫モヤがその日から、私の枕元にピタリと座るようになった。
この子は9年前私が乳がんになっておびえていたときにも、私の顔にそっと手を当てて慰めてくれた。
ここ数年ずっと私のベッドには来なかったのが、この数日、頭の上でゴロゴロ優しく喉を震わせている。
さて、文化会館での演奏は無事終り、私は泣きじゃくることもなくみなさんから祝福された。
一つは無事解決。
コンサート後はお花見の準備に追われて、このことを考えるヒマがなかった。
お花見の次の日は、友人との楽しい1日だったし、次の日は食べ損なったチラシ寿司を食べに、上野池之端までお出かけ。
面白く日々を過ごしていると、気分は上々。
そもそも病気かどうかもハッキリしないのだから、気にすることはない。
次の週、CTスキャンを受けに行くことになった。
そこで万一病気が発覚したら、それはその時に考えよう。
予約のため病院に行って周りを良く観察してみると、入院患者の着ている病院お仕着せのパジャマが冴えない。
自前のパジャマで良ければ、素敵なパジャマを着たい・・・とすでにその気になっている。
入院する前に髪の毛をベリーショートにすれば、万一抗がん剤の副作用で髪の毛が抜けても、枕を汚すことも少ない。
結構楽しみになってきている自分に気が付いて、唖然とする。
どこまで能天気なのかしら。
今から何十年も前だけど、肝炎で1ヶ月半入院した時は、これで買ったまま読んでない本が読める、ラッキー、と思った。
今回、これで何でもなければ幸運だし、なにかあっても受け入れて病気とお付き合いしよう。
実は何回も大病しているから、病気は子供の頃からのお友達。
虚弱なわりに気持ちが元気なのが、アンバランスなところ。
体が丈夫なのに気持ちが暗いよりはいいのかもしれないが、体の耐久力以上の事をやってはひっくり返る。
もう少し我慢ということが出来ないのかと、我ながらあきれている。

そして今日、判決が下された。
ガンは見つかりませんでした。
肺の怪しい影は、いつの間にか罹って、いつの間にか治った炎症、すなわち肺炎でしょうと言われた。
肺炎が知らない間に治るって・・・あるのかなあ、そんなこと。
でも良かった。
肺がん宣告されたら、弁護士さんに遺言状を作成してもらおうと思っていた。
なんたって術後5年生存率30%だから。
しかし、あるいはということで、どんな治療をするのか、少し好奇心はあった。
病室に花をいっぱい飾って、みんなに遊びに来てもらおう、髪が抜けたら今までしたことの無い髪型のウイッグをかぶってみよう、なんて考えたり。
昨日手に入れたdtabが早速役に立つ、ラッキーなんてことも。

これが不思議猫もやちゃんです。







































2014年4月15日火曜日

たまさぶろうの動画

うちのたまさぶろうの動画を久々に見つけました。
これは5年位前のものです。
今はもう年取って毛並みもつやを失っていますが、この頃は若いですね。
画面に写っている荷物がゴチャゴチャなのを恥じて、公開していなかったものですが、そこのところは見ないふりしてご覧ください。見たらすぐに忘れてください。

2014年4月14日月曜日

春スキー

予定では、今頃天元台に居るはずだった。
同行者が集まらず断念。
さすがの「雪雀連」も皆さんだいぶ歳を重ねてきて、なにがなんでも行くという人は現れない。
予定は遊びモードに入っていたので、ここ数日は遊んでいる。
この切り替えが私には必要なのだ。
人一倍緊張体質なので、コンサートに向けての緊張はただごとではない。
いくら練習しても心配でたまらない。
気が狂ったように練習して、最後には吐き気がしてくる。
お腹は壊しっぱなし、しかもストレスから来る過食で胃は焼け付く。
一山越えると、開放感からくる気の緩みで、あとは遊びまくるので、それもやり過ぎる。
という悪循環が今までのパターンだった。
さて、もういい歳なので、ゆったりと、遊びも優雅にと思うのだがどこまで出来るか。
春から初夏には天元台、月山、八幡平でよく滑った。
梅と桜が同時に見られる北国の春。
山は青く川は清涼で花が咲き乱れ、それはそれは美しい。
自然はこちらに合せてくれないから、時にはゲレンデは蕗の薹だらけだったり、強風でゴンドラが動かず長靴を借りて山道を登ったりさせられる。
蕗の薹を摘んで、ホテルで天ぷらにしてもらうこともあった。
雪がなければ遊びの天才である「雪雀連」は、あらゆることを考え出して遊ぶ。
前にも書いたが、時には怪我をする人もいるけれど、軽い症状なら意に介さないで、運転手としてこき使う。
ある年、このグループに初めて参加した人が怪我をした。
雪が少なくてゲレンデの幅が無く、ちょうど雷も鳴り始め、急いで降りようとして切り株に衝突、脇腹をしたたかに打った。
怪我人に会長は「Nさん、運転はできるね?じゃあよろしく」と、幸い(?)手足は怪我をしていないこの人に運転してもらう事に。
山スキーは、車で皆を上に運び、そのまま戻って下で待機、降りてきた人を又上に・・・という具合に1人は滑れない人が出る。
滑りたい人ばかりだから、この役目は気の毒なのだ。
あらあら、あんなひどいことを言ってと思ったけれど、言われたNさんは喜んで運転してくれた。
もう二度とこのグループには来ないと思ったら、どういたしまして、その後一番熱心な会員となった。
八幡平では皆の持ち寄りの缶詰やパンで昼食を摂る。
ホテルの広いベランダで寒さに震えながら、冷たいビール。
これも又、乙なものです。
打ち合わせがないから、それぞれ勝手に持って行くので、ある年はソーセージやハムばかり、パンがたりなかったことがあった。
次の年はパンばかりになって笑った。
こういういい加減さが取り柄。
もっとちゃんと打ち合わせれば?と思うでしょう。
それでは面白く無い。
なにが起きるかわからない、一寸先は闇が面白い。












2014年4月13日日曜日

ねことヴァイオリン

猫とヴァイオリンは本当に良く似合う。
だからよく猫がヴァイオリンを弾いているイラストがあるでしょう?
手がしなやかでボウイングにはぴったりのフォーム。
どこにも力が入らない理想の柔らかさ。
ヴァイオリン音楽に付きものの気まぐれさや、遊びの精神など、猫の特性とヴァイオリンは相似形。
父は戦時中は発明関係だったので戦後もなにやら開発していて、うちの廊下で電気洗濯機やポップコーン作りの器械とかの実験をしていた。
その時の同僚が結核を患い、サナトリウムに長期の入院をした。
時々家に見えていた人だから、父からその話を聞いた私たち姉妹は、彼に手紙を書いて送っていた。
それは10年ほどにも及んだ。
当時は結核と言えば死の病。
治るまで隔離されて、外には出られない。
その後、自宅に戻れたかどうかは忘れてしまったけれど、私は毎回、猫がヴァイオリンを弾いているイラストを手紙に添えていたので、彼の中では私は小学生から成長していないと思われていたようだった。
字も下手くそだったし、文章も我が家の家風のため、おふざけが多かったし。
彼からは私たち姉妹に万華鏡とか、変わったガラス細工とかがプレゼントされた。
あるとき大学に入りましたと書いたら、彼にとっては青天の霹靂だったみたいで、急に改まった返事が来て、お互いに手紙が書きにくくなってしまった。
そして暫くして彼が亡くなったと聞かされた。
私の後悔は、彼に対し、私がいつまでも子供のままでいれば良かったということ。
長い間、隔離された空間で時間が止まったままでいた人に、そとの時間の経過を知らせなければよかったかと。
我が家に来た時に、小さかった私たちにも会っていたから、そのイメージのままでいたのだと思う。
トーマス・マンの「魔の山」を読んだ時、ああ、彼もこんな風だったのだなと思った。
「魔の山」の主人公ハンスは恋もしたし、スキーに夢中になったりずいぶん活動的だが、たぶん日本のサナトリウムでそんなことが許されるワケも無かったでしょう。
同僚の娘達から来る手紙を楽しみにしていてくれたと思うのに、それが大人になっているのに気が付かず、子供の喜ぶ物や子供に対するような手紙を送っていたことを恥じたのだと思う。
最後の手紙には「失礼しました」と書かれていた。
私たちは彼からの贈り物を本当に喜んでいたのに、あちらはすごく恥じ入っているようで、私は辛かった。
大学に入ったことで、喜んでもらえるかなと思ったのが、浅はかだった。
人生後悔が付きものだけど、自分だけの事なら後悔はしない。
でも他人を辛くさせたのは残念でならない。



















2014年4月12日土曜日

お邪魔ねこ

以前飼っていた奈緒子ちゃんという三毛猫はチェロが好きだった。
我が家で弦楽4重奏の練習をするときは、輪の中に入りチェロの前にでんと陣取って、聞いていた。
チェロで爪研ぎをされたら困ると思ったけれど、ただおとなしく聴いていたから、きっとあの低音の何とも言えない癒やされる音に聞き惚れていたらしい。

こんなに賑やかなエレキ音でも大丈夫なのは、耳の良い猫には珍しいかも。



この男性がよほど猫が好きなのか、猫が男性を好きなのか、それともギターが好きなのか、その辺はニャンとも言えない。

奈緒子ちゃんはいつもヴァイオリンを弾いて居る私の足元で眠っていたけれど、音程を外すとキッと頭を上げるので、油断できなかった。
何と言っても人間よりも耳がいいのだから。








2014年4月11日金曜日

花粉様そろそろお引き取りを

昨日は気温が高く風も強かった。
花粉情報は「やや多い」程度だったので、油断してマスクをかけずにノラにエサをやりに行ったら、夜になってから鼻が怪しい。
風邪の症状みたいなそうでないような。
今仕事もコンサートも中休み状態なので、5月の西湘フィル定期演奏会に向けてフランクの交響曲の譜読みに入ったところ。
とっくに送られてきていた楽譜をやおら開けて見ると、こんな曲弾いたことあるかしらと?記憶がない。
はるか昔に2,3回弾いたかどうか。
少し弾いてはゲームをしたりお茶をのんだり、nekotamaに投稿したり、ダラダラと1日過ごしていたら、夕方になってくしゃみがやたらと出る。
風邪か花粉か区別がつかない。
一夜明けて今朝はもう治まっているから、ノラのエサやり時にマスクをしなかったせいだということになった。
この季節、子供の時から熱を出したり皮膚炎を起こしたり、とにかく調子が悪い。
自分の誕生日には、熱を出して寝込んでいるのが恒例だった。
最近は反応も鈍くなってきているようで、そこまで過激な症状はないけれど、今年も顔に湿疹状の赤みが出て大変だった。
こんな科学の発達した中で、花粉症ごときの対策が出来ないなんて、政治が悪い!
しかし日本は平和でいい。
花粉で政治が・・・なんて言っていられるのだから。
他の国は紛争に次ぐ紛争。
聞いているだけで胸が痛くなるような有様。
花粉がどうのこうのが一番の問題なんて言ったら、なにをねぼけていると叱られそうな気がする。
今世界中が激しく変動している。
日本もいつかは、巻き込まれそうな気がする。
どうかいつまでも、花粉症をグチグチと言っていられる世の中であってほしい。
桜が咲いたの散ったの、芸能人の誰それが結婚したの離婚したの、せいぜいそのくらいの話題がニュースになるくらい、平和であってほしい。
私たちの母がしたような苦労を、この先の人達がしないでほしい。
木の芽時で精神が不安定になっているせいか、少し将来が心配なきざしを感じている。
















2014年4月10日木曜日

小保方さんの記者会見を見て。

小保方晴子さんの記者会見を見ていて、彼女1人が矢面に立っていることに疑問を抱いた。
山中教授のノーベル賞をも越えるという触れ込みで、発表された研究結果。
そんな重大な研究を彼女1人で出来るわけはないし、当然発表の前に審査が行われたと思うのに、誰1人責任を取ろうという人が現れない。
理研の野依教授は立派な科学者だと思うけれど、小保方さんを「未熟な研究者」と吐き捨てるように言った言葉がひどく不快に思える。
だれだって初めは未熟です。
あなただってそうではありませんでしたか?
30才台で未熟でなかったのは、モーツァルトみたいなごく一部の天才たち。
小保方さんの研究が本当か嘘かは、これからじっくり検証すればいいわけで、今の時点で私生活のあること無いことまで指摘され、彼女が今後この世界から放逐されなければいいなと思っている。
会見を見る限りでは頭の良い、しっかりとした、育ちの良い女性だという印象で、女性だからなおさら好奇な目で見られるのかも知れない。
しかも顔も可愛いし、ファッションにも気をつかう、およそ研究者のイメージ(頭ボサボサ、白衣は薬焼け、サンダルは左右取り違えてみたいな)からかけ離れておしゃれなのが、余計人々から反感を持たれているのかな。
理研としては彼女を切って、これでお終いとしたいに違いない。
もし、彼女の研究が本当に成功していたことが実証されたら、手の平を返すと思う。
今のところ写真の使い回しと他人の論文のコピペという杜撰な論文のことで非難されているだけで、研究そのものが嘘だという証拠はない。
勿論、本当という証拠も無い。
この時点でこんなに大騒ぎをして彼女の私生活までとやかく言って、社会的に葬ろうとしているのには、なにか陰の大きな力を感じる。
野依さんのおっしゃるとおり「未熟な研究者」だったら成熟するまで待っていることも、科学の進歩に役に立つのでは?
男社会で頑張ってきた彼女は、日本では風当たりが強いのだろうか。
私も仕事場で、さんざん男達から嫉妬された経験がある。
彼らにしてみれば、私の様な美人でもなく若くもなく、とりたてて上手いわけじゃないのに沢山仕事がもらえるなんて、と思っていたようだ。
こんなおばさんに仕事させないで、俺たちに回せと言わんばかり。今だから言えるけど、それはすごかった。
小保方さんもアメリカにいれば、こんなに悪くは言われなかったのではないかと思う。
早くアメリカに戻って研究に邁進することをお薦めする。
成熟して見事な結果を残すように期待している。
第三者の研究者が実験に成功しているそうだけど、その人に証言してもらうわけにはいかないのかしら。
なにかしっくりしない、奥歯に物が挟まった様な会見だった。
表に出てこない黒幕が存在するように思える。
その人の名前を明かさないのは、その世界では高名な実力者だからではないだろうか。
その人の名前を言うと、日本では研究者として生きていけないから?
彼女を生け贄として隠れている人達は、いまごろじっと鳴りを潜めているにちがいない。
たとえ実験が成功していなくても、何回でもやり直せばいい。
一生その研究に自分を捧げて生きていけばいいのに、たった一度のフライイングで全てを否定される人を見ているのは辛い。














2014年4月9日水曜日

ビーグルのおもしろ顔



又動物の話題ですが・・・
ヴィオラのFUMIKOさんはビーグルズ(2匹)の熱狂的飼い主。
面白い動画を見つけたからメールに添付しようと思ったけれど、
みなさんにもお披露目をと思って貼付。
ちなみにこの子は外国の知らない子です。

2014年4月8日火曜日

猫差別

no titlehttp://www.petoffice.co.jp/wpn/news.cgi?shop=honten&no=n2014040301

世界一体高の低い猫だそうです。要するに足が短い。
マンチカンだから当然だけど。
でも、かわいい!
私もすごく背が低いけど、誰も可愛いと言ってくれない。
これ、猫と人間の差別じゃない?
猫だと足が短くてもいいわけ?
人だと悪口言われる。
ひどいわ!



これだって人間がこんなことやったら叱られるのに。
この子なんか頭までなでてもらって。
猫ならなんでもゆるされるわけ?
ひどいわ!

2014年4月7日月曜日

サルでも反省するのだ。

南青山の豪華マンションでのサロンコンサート。
主人公のYさんは音楽教室のチェロ教室に通っていて、先生のSさんに師事。
Sさんは私の楽友でもあることから、時々私もご相伴に預かることが多い。
Yさんのお誕生日ということで、Sさんがお祝いの演奏をした。
それで私もお声をかけられたのだが、私は呑気にご馳走だけ食べればいいと思っていた。
ところが昨日になって急に、演奏をしてくれないかといわれて慌てる。
がさがさと2,3曲小品の楽譜をあつめて持参した。
チェロという楽器は音が人間の声に近く、アルファー波が沢山でるのだそうで、聴いていると心地良いことこの上ない。
曲目は日本の歌曲や、ポピュラー系の歌の旋律など、そしてメインはチャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」
この大曲を優雅に弾いてのけられると、もうヴァイオリンの出番は無い。
ここで甲高い音を立てるのは悪いから、お食事が終って皆がいい加減酔っ払ってきたところで演奏すると言い逃れて、ワインを飲み始めた。
今日のメニューは「英多郎寿司」のつまみと刺身、チラシ。
つい先日たらふく食べて動けないくらいだったのに、今日も又、意地汚く満腹になるまで平らげた。
先日お誘いした弥生の美智子さんに、もう一度このチラシを食べたかったらYさんのパーティーにいらっしゃいと勝手に誘っておいた。
脊椎圧迫骨折でコルセットをしているにもかかわらず、チラシ寿司の誘惑に負けておびき寄せられた美智子さんに、ヴァイオリンを弾くように強要して、お茶を濁すことにした。
私はもうへろへろに酔っていたから、バッハの無伴奏を弾こうと思ったら、なにがなんだか音程がとれなくなって途中挫折。
音程の心配の無いピアノに切り替えて、美智子さんの伴奏をはじめた。
そんなこんなで楽しく歌い楽器を弾き、飲んで食べて、今回は少人数の限られた人達だったので、すごく家庭的で楽しい時間を過ごした。
最後にYさんが先生とデュエットの小品を披露。
毎年数回ここのホームパーティーで初心者の頃から訊かせてもらっていたが、今回は特に格段に腕が上がっていたのに驚かされた。
ゲストも皆口々に驚きの声を上げた。
音が良くハモっていて体の使い方がしなやかになってきた。
初めの頃は棒弾きでコチコチだったのが、伸び伸びと腕が伸びる。それで音も伸びる。
今回そのこともだけれど、もう一つ、ゲストの中に92才のご婦人がいて、その方は83才でパソコンをはじめられたとか。
「今はゲームが楽しくて、ずっとやっているの」とおっしゃる。
美しくて70才台にしか見えないその方は、「老人ホームにボランティアで行くのよ」とも。
だって、老人ホームにはその方よりも20才くらい若い人もいるでしょうに。
世の中には自分をキチッと管理して、背筋を伸ばして生きている人がいるものなのだ。
みんなすごい。
自分がそんな風になれるかと問えば、自信はない。
小柄だから多少若く見られるけれど、内面はもう歳だからとか、もっと楽したいとか常に思っている。
うーん、改めて考え直さないといけないと、反省した。
猛烈反省したわりには、食欲は抑えられない、睡眠はとらない、不規則な生活をする、これではね。
















2014年4月6日日曜日

キラキラ星を歌う猫



   飼い主の誘導だけど、タイミングも
        大体あっている。
     ゴロンニャしながらが可愛い。

2014年4月5日土曜日

コピペ

昨日の投稿の初めの方は、他サイトからのコピペ
日常的にやっているから小保方さんも普通に悪意なくやってしまったのかな。
世界に衝撃を与えるような発見にしては、お粗末な論文だったようだ。
たしかに杜撰だったかも知れないけれど、あそこまで彼女1人を叩くのはいかがなものか。
華々しく新発見を発表した時に同席していた京大教授はすっかり影を潜め、表に出てこない。
彼は小保方さんのなんだったのだろうか。
研究のサポート又は結果の審査をしたのでなければ、同席するはずもないのに。
世界中で血眼になって新しい研究をしている中で、ちょっとフライングしてしまったのは彼女が功を焦ったからかもしれないけれど、そんな例はいくらでもある。
フェルマーの最終定理だって長年に亘り、数限りなく解答したという誤った発表があったはず。
それが間違ったとしても冷笑を浴びせることはない。
そこから又出発すればいいのだから。
小保方さんの場合はコピペと画像の使い回しやなにかで、あまりにもお粗末だったから叩かれているのかも知れないが、もし研究自体が良い線行っていたとしたら、それをたたき壊すことになる。
有力な教授にすり寄ったとかなにやら芸能ニュースみたいになって、可哀相だと思っている。
だれだって実力のある人には近づきたいと思うでしょう。
自分の研究に熱意をもてば持つほど、優れた研究者の身近にいることは刺激を受け、知識欲を満足させられる。
そんなことはあたりまえなのに、まるで色気で教授たちを取り込んだかのように書くなんて、下品でやりきれない。
私だって一緒に弾くなら、世界の名手と弾きたい。
そんな人からは鼻も引っかけられないから、一緒に出来ないのはしょうがないけれど。
若くて可愛らしい女性が新発見をしたから大騒ぎして、それが怪しくなってきたら引きずり下ろしてたたきのめす。
見ていると気分が悪くなる。
こんな例は世界中にいくらでもあって、くたびれたおっさんがやらかしたとなれば、フン!の一言で済んだものを。
わざわざピンクの割烹着着せて写真をとったり、興味本位で騒いだのは、マスコミの罪。
発表はミスでした、もう一度出直して研究やり直します、でいいではないか。
発表してミスを指摘され、それをやり直して行く事に依って実績を積み重ねるのではいけないの?
そんなこと今までいくらでもあったでしょう。
後ろに理研という組織を背負っているので、発表前に審査する人が居なかったとは考えられない。
彼女1人に全部罪をなすりつけていませんか?
なぜ、発表前にわからなかったのかが不思議。
世界を驚愕させた研究が、こんなお粗末な結果を迎えるとは。
それを叩くマスコミの下品さもがっかり。




















2014年4月4日金曜日

無理に頭は使わない方が良いという嬉しい研究結果

カラパイア というサイトで見つけた記事。
新しい環境を探索しようとしたり、難しい内容を理解しようとしたとき、脳細胞でDNAレベルの物理的な損傷が生じている可能性があるという研究結果を、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームが、「Nature Neuroscience」誌に発表した。
 
 遺伝子操作によって認知症状態にしたマウスを使って研究実験の過程で、マウスの脳のDNA損傷の兆候を確認したところ、脳が激しい活動状態にある時(新しい環境を探索させるなど何か複雑なことを考えている時)、DNA損傷の兆候が増加することがわかった。                             
健康なネズミでも、脳が活動状態にあると、DNA損傷の兆候が増加したという。(ただし、アルツハイマーを発症しやすくしたマウスに比べてレベルはやや低かった。
 
このとき生じたDNA損傷は、「二重鎖切断(double-strand break)」という種類のもので、DNAの二重らせんが両方とも切れ、1個のDNA分子が2つに分かれてしまう損傷だ。
 
さらに実験を進めた結果、より刺激の多い環境におかれたマウスには、DNA損傷がより多くみられることが確認された。そのようなマウスでは、40%もの細胞に損傷の兆候を示すDNAが見つかった。
 ただしこの現象は長期的な損傷を与えるものではないそうだ。このDNA損傷は1日以内に修復されるため、問題は一時的なものに終わるはずだと考えられている。
 これまでのいくつかの研究から、老化に伴う認知機能低下には、頭や指先などを使った知覚能力を高める学習が効果的であるとされてきた。今回の研究では、あまり頭を使い過ぎると、逆にDNAが損してしまうというもので、修復されるとはいうものの、修復システムによる修復が追いつかなくなり、病気の進行に寄与する可能性もあるということを示唆したものだ。via:wiredreddit

自分のキャパシティーを考えて、実力以上に頭を使わず、適度に頭を使い、適度に体を動かすといったレベルが一番脳に良いってことでいいのかな?ということで微分積分とか、対数関数のことは二度と考えないようにするよ。というか数学のことを考えようとした時点でパルモの脳が激しく音をたてて崩壊していたように感じていたのは気のせいじゃなかったんだね。       [ここまでガラパイアから引用]

nekotamaの感想
自分のキャパシティーを考えてというところがうれしい。
あまり物事を深く考えない方だけれど、周りでサポートされて、結構結果オーライが多いのは無理をしないからなのだ。
わからないことはわかる人に任せ、出来ないことは無理してやらない。
それでかなり幸せに生きてこられたと思っている。
欲張らない、見栄を張らない、上手くいかなくてもそれが自分の実力だと思ってくさらない。これでいいのだ!
私のために書かれた記事のような気がして、嬉しい。

これからこの研究を錦の御旗と掲げ、努力しないで寝て暮らそう。あはは・・・・



2014年4月3日木曜日

誕生日

フェイスブックから、メッセージのお知らせが沢山届いたので何事かと思ったら、今日は私の本当の誕生日だった。
みなさんからお祝いのお言葉を頂いた。
ありがとうございました。
前にも言ったように、私の誕生日は戸籍上と実際生まれた日があって、子供の時に家では毎年4月3日にお祝いをしてもらった。
戸籍上は3月、1年早く学校に入れられて苦労したけれど、
大人になればその1年があったから多少人の痛みがわかるようになったのかなと、思っている。
大人の中で育ったから知識は豊富で成績は良かったけれど、体力や運動能力がついていかない。
家の中にいるのが好きで表で遊ばなかったから、子供らしい遊びが出来ない。
学校の昼休みも1人で本を読んでいる。
それで3年生の時の内申書に「子供らしくなくて可哀相」と書かれた。
歳をとってからは「子供らしくて可哀相」かな。あはは。
親は6人も子供がいるから、多少変な子供がいるのは仕方が無いと思っていたらしい。
それでも小学生のくせに、クラシック音楽を一日中聴いて本ばかり読んでいる末っ子はどこか変だと思ったらしく、近所の子のところへ連れていかれ、遊んでやってねと頼んでいた。
私は子供はつまらないから、5分もすると家に戻ってしまう。
見つかるとうるさいから、裏庭のびわの木の枝に登ってそこに座蒲団を載せ、木陰の昼寝を楽しんだ。
目が醒めるとびわの実をもいで食べる。
お日様に当たった実は温かく、果汁が溢れて本当に美味しかった。
サルそのままの生活だった。
流れる雲を眺めて一日中ボーッとしていられたのが、今の私にとってすごく良いことだったと思う。
何かに集中することや、イメージを持つこと、なによりも美しい物を心に染み込むまで見ていられたのが、後に自分の音楽を作り出すことに役立っているのではないかと。
子供の頃から管理され、良い先生についてしっかりと基礎を学んだ人達は、先生の言う通りに弾けるから一流校に入る、私はそう言う意味では落ちこぼれ。
それでも私には枠はないから、自分の思うことがすぐにイメージ出来る。
新しい楽譜を見ると、寸時にテンポ、曲想が浮かぶ。
これもびわの木の上で、サル生活を送った賜。
惜しいことに基礎があやふやだから、中々楽器に思いが伝わらない。そこが基礎の重要なところなのだと痛感している。
今日しみじみと生まれて良かったと思う。
周りの人達に支えられて幸せに生きている。
最近自分は、周りの人達の作品に過ぎないのではと、思うことが多い。
自分1人で生きられるわけがない。
自分が頑張ったから今があるのではなく、周りの人達が私を作り上げてくれたと思うけれど、不出来なのは私の素質と努力が足りなかったせい。















2014年4月2日水曜日

毎日浮かれてお花見

今はつかの間の弛緩。
間もなく次の仕事や本番の準備に追われるので、目一杯遊んでいる。
今日は上野池之端の「英多郎寿司」に2月に食べそびれたチラシ寿司を食べに出かけた。
相棒は弥生人の美智子さん。
いや、古代人ではなく文京区弥生、すなわち池之端にほど近いところに住んでいるという意味です。お間違えなく。
2月に南青山のY邸で演奏した時に、私は絶不調。
右の肋骨下に痛みがあって熱を出していた。
その時に、出された「英多郎」のチラシ寿司。
目の前に置かれても全く手が出ない。
気分が悪くて一口も食べられなかったのが悔しくて、いつか食べに行こうと思っていた。
食に対する執念は人一倍。
音楽にもこうなら、もう少しマシなヴァイオリン弾きになっていたかもしれない。
美智子さんは6月生まれ、去年の6月にお祝いしようと思っていたのが、伸びに伸びて年を越えてしまった。
間もなく次の誕生日が来ようという今頃になって、やっと2人の都合が合って実現の運びとなった。
しかも美智子さんはチラシ寿司に近いところに住んでいる。
これは好都合、私の食べたいものとお祝いが同時に出来る。
お店は上野動物園の池之端口の目の前にある。
事前にYさんが予約を入れておいてくれたので、行くとすぐにコースが始まった。
ビールで乾杯。
出てきたのはコゴミの酢味噌和え、牡蠣、ホタルイカ、菜の花などの前菜がいかにも春らしい。
すぐに日本酒に切り替えて、さより、まぐろ、関サバ、関あじなどをつまんで、いよいよチラシ寿司。
おお、会いたかったよチラシちゃん。
やっと私の元に来てくれたんだねえ。
ここのお寿司はバルサミコ酢を使っているので、こくがあって全く醤油を使わなくても十分美味しい。
最近アルコールは飲めなかったのが、今日はやたらに日本酒が美味しい。
人間ドックで逆流性胃炎と診断されて薬を飲み始めたせいか、胃腸はすこぶる元気が良い。
美智子さんは元々酒豪で、お酒の上のエピソードにことかかないけれど、今は脊椎の圧迫骨折でコルセットをしている。
そんな風でお酒は大丈夫かと訊いたら、全然禁酒はしていないという頼もしい答えが返ってきた。
チラシ寿司が終って、本当ならここでデザートへと行くところだけれど、勢いが付いてしまった2人はもう止まらない。
煮ハマグリ、鰹、トロ、ウニを注文。
〆はやはりウニでないと。
ここでさすがに、お腹はラッシュアワーの電車なみ。
もうダメだと思ったらデザートが出てきた。
これは別腹だから、ペロリと平らげ、立ち上がれない位苦しい。
うまく歩けないから、近くの店でコーヒーを飲んでしばし休憩。
不忍池を眺めながらの帰り道、池の向こう側には満開の桜が咲いていた。
今年はよくお花見が出来る。
こんな贅沢なことはもう出来ないから、目一杯楽しませてもらった。時々自分にご褒美あげなくちゃ。