雪の便りといっても遊びの情報ではなく危険信号。
北軽井沢の別荘の管理人から電話が来た。管理費未払いの請求かな?あるいは去年の秋に作った猫の家が雪で潰れた?いやいや、随分しっかりした家で、雪はあまりふらない北軽井沢ではびくともしないだろうし。
それは庭の道路に面した木が倒れそうという知らせだった。ここ数日の北軽にしては珍しいほどの積雪で、電線の上に張り出した木の枝が雪の重みで線に触れそうになっているらしい。危険だから東電に頼んで切ってもらわないといけない。それについては家の所有者からの依頼が必要なので私が電話しないといけないと。
そのことは気になっていた。去年末に庭木の伐採を頼んだ業者さんからも、来春に来たときに東電に知らせて切ってもらうようにと言われていた。電線に関する木の伐採は庭師さんでなく電力会社にお任せしないといけないらしい。電線の近くの仕事は危ないということで。
それでも毎年積雪量は少ないから冬でも来られますよという管理人さん。それが今年は異例の雪の多さでこういうことになった。今日あたり調査が入って次に行ったときはあの木はもうなくなっている。木を切るのは本意ではない。切られる木の悲鳴が聞こえるようで、心が騒ぐ。しかしあまりにも鬱蒼と茂っていたので家の周りだけ少し切らせてもらった。
私の前に家の所有者だったノンちゃんは自然にあるがままが好きだった。それで彼女が住んでいた10年間、木は伸々と葉を茂らせていたので、新芽の時期の庭は若葉色の海のようだった。それはそれは美しかった。私がここに住みたいと思ったのはそのせいだったかもしれない。しょっちゅう遊びに行って泊まらせてもらって、ヴァイオリンを弾いていたからノンちゃんはこの部屋に音楽が流れるのをよろこんでくれた。そして彼女は私をこの家の跡継ぎにと考えたのだと思う。
ある日一緒に中華料理のお店で食事をしていたとき、彼女が急に箸を置いて膝に手を揃えた。背筋を伸ばして「nekotamaさん、あの家買ってください」
びっくりしたしもとより買えるほどのお金の用意もなかった。でもいつかはこうなるだろうという覚悟はあったと思う。そういうときに私はものを、考えるのをやめてしまう。なんとかなるさ!そして家を私に譲ったあと、あっけなく彼女は天国へ旅立ってしまった。今でもノンちゃんの大好きだった庭の大木に手を合わせて「ありがとう、ノンちゃん」と事あるごとに感謝の気持ちを口にする。
暑い季節には北軽井沢の気温がありがたい。朝夕は下界より10度も低い。流石に昨今の気温上昇で日中は暑く感じることもあるけれど、都会のジメッとした暑さではないし、夕風が吹く頃には本当に快適になる。移住を模索していたけれど、ここ数年の体力と気力の低下が著しく断念した。けれど、思い切って引退し数ヶ月の無為の時間を過ごしているうちに、少しずつ気力を取り戻し始めた。
いつも痛かった膝が快方に向かい心の傷も癒えてきた。笑うことも忘れていたけれど、最近は声を上げて笑っている自分を発見する。ああ、笑っている。自分でびっくりしている。笑うとどんどん体調も良くなってきた。
今日はきれいな夕焼けが家々のシルエットの間から見えた。その温かい赤は戦争や山火事などの災害のそれでないことに心から感謝した。今もどこかで恐怖と飢えや寒さに苦しんでいる人たちがいることに心が痛む。他人の痛みにようやく思いやれるようになった。私は元気になりました。