2025年2月27日木曜日

トイレの並び方

 確定申告の相談で並んで待っていたら、税理士一人に二人の相談者がつけられた。片方が相談しているともう片方はその人が終わるまで待つという仕組み。これ誰が考えたのかしら。ものすごく時間の無駄だと思うけど。

一見効率的?に見えるかもしれないけれど、それぞれ相談する時間の長さが異なるから遅い人のあとにつくと待たされる。それなら普通に一人ずつ終わった人のあとに案内すればいいことなのに。結局ゴチャゴチャになってかえって能率は落ちるはず。二人同時ということは相談する方には無駄が生じるはずで、空いたところに次の人を誘導すればなんのことはない。このやり方をする前に時間を計ってみたのかしら。ただ相談する方のトータルの時間は一緒なんですよね。よくわからない。面白いから少し考えてみよう。数学強い人考えてください。

日本の昔の公共トイレの並び方を覚えていますか?

自分の選んだドアの前に立っていると、隣のトイレは早く回転するのに、中には長い人のいるドアだと長蛇の列。しかもトイレの出入りがごちゃごちゃ混雑した。それが欧米式ですれば、トイレの入口に一列で並び、どの場所であれドアが開くと、一列に並んだ次の人がそこへ入るという形が定着したので、最近は非常にスムーズになった。

これは演奏会場などで休憩時間に一斉にトイレに殺到するときなどは、たいへん助かる仕組みなので。そうなる前はドア前の長い列に並んだ人は休憩時間内に用を済ませられずにヒヤヒヤすることが多かったのだ。いまだにそれと似た形式を取っているからこんなことになる。これが正しいかどうか、誰か計算で出してもらえないかな?数学強い人にきいてみたい。

サントリーホールができたとき、入場者数に対してトイレの少なさに危惧したことがあった。これではトイレ待ちで休憩が終わってしまい、ロビーでの会話の時間がなくなると。今はスタッフが誘導して上下のトイレの人数を管理、なんとか後半の開演時間に合わせるので事なきを得ている。もし、昔からの日本式の並び方だったら右往左往して混乱が起きる。ドアの前に二人ずつ並ばせてみよう。すると時間の差が出て使用者は右往左往するでしょう?

と、毎日怒ってばかりいるからお腹が空く。健康に良い。

けれど私はしばらく非常に緊張した毎日を送っていたので、ストレスが無くなった今健康にはなってきたものの、未だに本調子ではないから健康診断を受けることにした。

病院に電話をして予約、高齢者の特定診断の書類が送られてきていたから、それを大事にテレビの前に飾っておいた。二日前、受診票を探したら、あら、不思議、ない。どこを探してもない。慌てて病院へ電話すると、役所に電話して再発行してもらうようにと言われた。

オプションで付けた胃がん、大腸がん検診などの予約を無駄にしないように、書類がなくても予定通り受けてもいいというから、今日カメラを飲んできた。

何回受けてもカメラは嫌だから麻酔での検査を選んだら飲み薬で、これが恐ろしく苦くてまずい。この世にこんなまずい味が存在するのかと思ったけれど、あっという間に眠りに落ちたから、目が覺めたらもうすっかり検査が終わっていた。

それで家に帰ってきて郵便受けを見たら、受診票が届いていた。今年私の運勢は天中殺だから、すべてこの通り間が悪い。来年はなにか良いことあるかなあ。






2025年2月26日水曜日

確定申告クソ食らえ!

楽しい確定申告の季節、ことしこそ完璧にと思うけれど毎日することではなく、この時期の間だけなので、一年も経つとやり方はほぼ頭から消え失せている。それでも毎年ああそうだったのかという発見はあり、一つ進歩しては2つ退歩。いつも完璧とはいかない。それで今回は 一度だけでも税理士を頼んでやってもらおうと思ったけれど、探すのが難しい。

そう言ってこのブログで嘆いたら早速助け舟がきた。今年依頼した税理士さんをご紹介しましょうかと言う人がいて、少し前から申告書の作成に取り掛かっていた私は心が動いたけれど、税理士を頼むほどの金額でもなし、まずは自分でやってみようかと思った。

フリーで仕事を始めてから約60年、その間忙しい合間にやっとの思いで期限内に間に合わせる。それでも昔の役所はのんびりしていて、向こうから電話をかけてくれて計算違いや書き落したものを補充してくれた。電話の向こうで「これはなんの数字かな?あ、そうか、これは少し払いすぎですから訂正しておきますね」なんて本当に親切だった。古き良き時代!仕事を終えたら急に暇になったので今度こそちゃんと書こうと思って、税務署の申告書作成相談を予約して出かけた。

去年行ったとき、あまりの署員の態度の悪さに立腹したことがあった。私を激怒させたそのときの税務署員は、私の書いている申告書を覗いて「おいっ!誰のを書いているんだ」と怒声を浴びせかけたのだった。私の名前は男女共通で使われることもあるような名前だから漢字一文字。それを見て私が男性の申告書を代理して書いていると思ったらしい。いくらなんでも納税者に対して「おい!」はないでしょう。怒りのあまり頭に血が登ってその場を去った。帰宅して書き終えた申告書を郵送、中身の点検も済ませてなかったから、間違えだらけではなかったかと思う。なんだかやたらに税金が高かったから、控除しないでいたものも多かったかと。

そういうときには役所は黙っていて、少しでも足りない収入のミスでもあろうものなら鬼のように言ってくる。こんな零細企業をいじめてどうする。そんな恨みがあるから今年は怒らないようにしようと心を静めていたのに、又々怒り心頭になって帰ってきた。

予約していったのでちゃんと順番通りに進むかと思ったら大違い。一人の税理士に二人ずつ待たせるので、その片方が長引くと並んだ順でなく後方の運の良い人が先にどんどん進むことになり、私は立腹した。なぜ、一人ずつ順に見ないのか?ものすごく遅い人の組になってしまって後ろからどんどん新しい人が終わって行くのを見ていたら、今年こそ我慢と思っていた気持ちは吹っ飛んだ。

いくらなんでも癇に障るから並ばせた人に文句をいった。そりゃあこんなときに怒られるのは理不尽なことと思うけれど、他の空いているところに次の人を入ればいいのに、あいているのでぶらぶらしている職員もいる。お役所仕事というのはこういうものかという典型。文句を言うとそれは悪かったと言って抱きしめられた。「おい!セクハラだぞ。なんてことをするんだ」と去年のお返しをしたい。

私は小柄で子どもほどの体格だから(ウエストまわりを除く)御しやすいとみなされるのだ。もう80才にもなるからセクシーな気分にはならないかと思うと、私だって好みの男性にされるならともかく、デブの中年男は趣味ではないのよ。振り払ってやっと自分の番になった。担当者は、はじめからこんなばあさんが納税者だと考えていないのはあきらかなのだ。この人たちは税理士であって職員ではないかもしれないけれど、本当にいつも腹立たしい態度をとる。

自分で今までやってきたけれどわからないところがあるというと、それをするにはまず所得を出してからでないとできないという。それはとっくにわかっているけれど、今書くのではなく計算の方法だけわかればいいわけで、その都度ことごとく馬鹿にした態度。こんな婆さんが何を訊いているのか。そして用紙をパタパタと叩きながらこれがあるか?というから、自分のものを探し始めた途端、後ろにいる次の人の相談にとりかかってしまった。それっきり振り向きもしない。

用紙が見つかったと言っても振り向きもしない。そこで私の怒りは更にメラメラと燃え上がった。今年こそは怒らないようにと思ってきたけれどもう帰ると言ったらグズグズ振り返って、先ほどと同じようなバカにした態度。「それで?収入はあるの、年金だけ?」収入はこれこれというとちょっと居住まいを正した。「それに年金は?」言うと急に態度があらたまっただけでなく言葉が敬語になったのだ。それにはこちらがびっくりした。

今までの態度は消えて「今日は申告書の作成はしていかれますか?」敬語に切り替わっておべっかを使う顔になった。はあ!税金を払う立場の人に対しては態度が違うのだとわかった。雀の涙でも税金を払う人にはころっと態度を変える。私の年代では控除の手続きの人が多いと思うけれど、私は曲がりなりにも去年までは仕事をしていた。税金もしっかり払っていた。

立場によってこんなに態度が変わるなら、運が悪く大変生活に困っている人などにはどんな態度を取るのか。人生の一瞬で浮き沈みのさなかに意地の悪い役人にあたったら、最初の私のように雑に扱われてしまうのだ。なんで税金を払う人より税金を払わせる方が偉いのか。私は運が良くて生活に困ることはあってもすっからかんとまではいったことがない。ある時期つまずいて生活困窮者になった人がいたとしても、犯罪者でなければそういう人たちを決して馬鹿にはしない。

ここまで露骨に態度を変えるとは。あまりにも不快なので帰って自分でやるからいいと断って帰ってきた。行くたびに不愉快な税務署。お金のために根性が腐ったとしか言いようがない。あなた達の給料を払うためにも私達は文句も言わず税金をおさめているんですよ。おわかり?

それで結局自分でいつも通りに計算することにして、昼の暖かさに誘われて時々うつらうつらとしていたらやはり税申告でお困りの友人からライン着信。だいぶ前のこと、彼女から紹介されていた青色申告のグループがあって、そこに行ってみない?と。ありがたい。

しかし青色となると領収書の確保が必要でしょう?私は買い物が済むといきなりレシートをポイ捨てしてしまうのが癖で、それでポイントが使えなかったりする。無意識にやってしまう癖だからまずそこを直さないといけないかなあ。とにかく財布に入れたものはお金以外すぐになくす。お金はないので入れていないからなくすことはないのですが。

今年はもう自分でやりかけたからもうこのまま出すとして、来年からお願いしようということになった。















引退してから

本当に何もしない日々。本を読むでもなくヴァイオリンを弾くでもなく、ひたすら時間を無駄に過ごしている。

7年前から生まれて初めての一人暮らしが寂しくもあり嬉しくもあり、どのように自分の生活を構成していくか心細い思いもあった。けれど今までの自分の生き方を考えると、なにもせずにいるのが一番というところに落ち着いた。ぼんやりとしているとあちらからなにかやってくる。

音楽家になるつもりは一切なかったのに、周りから押し上げられるように音楽の道に進んだのも、自力ではなく目に見えないなにかに道筋を辿らされたかのように思える。両親も私にヴァイオリンを強要したわけでもなく、自分の意思が働いたわけでもない。特に母は猛反対。死ぬ間際まで、もうヴァイオリンはやめなさいと。

これも極端な話だけれど、こんな下手くそでは業界で生きていくのはさぞ辛かろうと思ったのかもしれない。特に女の子は家庭に入るのが一番と考える人だったから。私の低い鼻を喜ぶような人だった。「女の子の鼻が低いのはいいことだから」なぜかというと人相学的に見ると、家庭に波風立たないから・・だそうで、何を根拠にそういうのか。兄弟で私だけ特に鼻が低いのを憐れんでフォローしてくれたのかも。

そんなこと言う割に母は女学校時代、ハイフェッツを聞きに行ったとか言う。私のヴァイオリンはいけなくてなんでハイフェッツはいいのよ。それはそうだ、あのハイフェッツのヴァイオリンは人類の宝、私のは、うーん残念。わかっていたのね。

母は常日頃、私の姉や兄たちに私の面倒を見るようにと言っていた。なぜなら私は末っ子で、両親と一緒にいられる時間が誰よりも短いのだから可哀想だと。だから兄姉で面倒見るようにと。私の立場は他の兄姉よりも一段低く、姪や甥のガキ大将的立場だった。それで次兄からは私が中年になっても毎年お年玉をもらった。時々お小遣いももらったし。

最近家にいる私のところに姪や甥が集まるようになった。彼らもその親達から言われているのだろうか。おばちゃんはおばかちゃんだから面倒見るようにと。そのまた子どもたちもくるようになって、今月の末に「ほーむこんさーと」が開かれた。

きっかけは今までおよそ音楽には関係のない甥が、最近ギターを始めたというのでみんなで聞いてあげようではないかということに。それに姪の娘がヴァイオリン初心者でチイチイパッパやっている。その子の母親である姪は、最近沖縄の三線をはじめて、涙そうそうが弾けるとか。ドラムもやっているしピアノも弾ける。私もちょっとだけヴァイオリンが弾ける。メンバーがそろった。

他の関係者に連絡すると、その日は来られないけど次は絶対に行くから決まったら教えてという諏訪に住んでいる甥の息子からのメッセージ。私はまだその子にあったことがないから初お目見え、というわけで親戚の2世代年下の子どもまで来るようになるかも。するとその両親も来ると思えるし。世捨て人しているつもりが、なんだか賑やかになりそう。

第一回目はつい先日、甥のYはギターを下げて登場。姪のNは三線、その娘二人はリコーダーとヴァイオリンを持ってきた。

まず言い出しっぺのYがサザンの曲。いとしのエリー?かな。私はよく知らないので多分ということで。聴いたことはあるのでなんとか一緒に歌えた。あれほど仕事で音楽番組をやっていたのに、何にもわからない。けれど、こういう曲も素敵だなあと思う。いつもベートーヴェンだのバッハだのでは長すぎて気軽には歌えない。甥が音楽に目覚めてくれたのは何より嬉しい。

三線は涙そうそう、ヴァイオリンはメヌエットと楽しき農夫。

今「のうふ」を変換したら納付とか納付期限とか、どこまでも確定申告に追い回されている。姪とその娘二人はリコーダーで合奏。驚いたことにすごくうまい。音も音程もしっかりしていて、聞けば今どきの小学校ではリコーダーの授業があったらしい。これはすごくいいことで、楽器が安くて手軽に持ち運べて技術は易しいけれど、かなり高度な曲も演奏できる。いいところに目をつけた小学校教育はでかしたと言いたい。もちろんフランス・ブリュッヘンのような名手になるのは恐ろしく大変だけど、最初の楽器演奏の入門としてはなかなか優れた考えだと思う。

姪は子供の頃ピアノを習っていた。ショパンのエチュードくらいまでは行ったらしいから簡単な伴奏なら弾ける。ジャズで愛のあいさつを弾いたけど、根が超生真面目だからクラシック弾きで超真面目。これからグズグズにくずしていかないと、ジャズっぽくならない。姪の娘にはきちんと弾けと言って、姪には崩せといって、たいそう忙しい。

皆で合唱したりしたあとは一斉に昼ご飯。飲んだり食べたり、話しが弾む。夕方少し気温が下がってきたので暗くなる前にお帰りと言って帰らせた。近所に住む姉とその長男も次男坊のギターデビューを嬉しそうに見ていた。

姪のNのドラムがそのうちこれに加わるなら、部屋の防音をもっと強化しないと近所迷惑になる。防犯も兼ねてもう一度防音の見直しをしないといけない。








2025年2月23日日曜日

野良の恩返し

最近野良の雰囲気がやっと家猫らしくなってきた。穏やかな眼差しが艶々した毛並みとよく似合う。昼寝する姿はもうあけっぴろげ。お腹を無防備に見せてひっくり返っている。私が撫でようとすると、以前だったら少し身構えていつでも逃げ出せる態勢ををとってから、撫でられるとほっと力を抜くところがあったけれど、今や触っても目も開けないで伸びをしたりあくびをしたり。

この野良たち二人とも 同じくらいの年だからそろそろ猫としては中年すぎで、長年の暮らしが変わっても、そうそう本人たちは変われない。最初に写真が残っているのが2017年でその時すでに大人だったからかれこれ9歳から10歳、いやもう少し上かも。野良猫としては相当な長寿で健康で幸せな方だけど、それでも厳しい生活をしてきたのだった。

最近は温かい家にいれてもらい、餌にも不自由なく穏やかに生きられるようになってきた。そのことに御礼を言うつもりなのか、二匹で勢いよく外から飛び込んできたと思ったら、私の足元にぽとりと落としたものがあった。黒っぽい塊でなんだろうとよく見ると、きゃあー!小鳥さんだった。

雀ほどの大きさだけどもう少し小ぶりなので、子雀かとも思えるけれど毛色が違う。背中が薄緑。ピクリともしないからもう死んでいるのはわかるけれど、この二匹の中年カップルがこんな小さな鳥を素早くゲットできるとは思えないから、他の猫が落としていったものを拾ってきたに違いない。それを私に持ってきてくれたのは日頃の感謝のしるし?ありがとう。でもこんな恩返しはご遠慮させていただきますよ。コトリさんがかわいそうでしょう。

小鳥が活発に餌を探して飛び回る頃、人間たちは税金の確定申告で大わらわ。私は昨年と一昨年は体も脳も死んでいたから、ひどく雑な申告をしたために容赦なく税金を取られてしまった。計算間違いもあり、説明不足により経費が認められなかったりして、生活苦に拍車がかかった。今年はそうなるまいと密かに備えていた。

今までは忙しさのあまり、領収書などをポンポンと抽斗に放り込んでいたので、いざここというときに見つからないことが多く、なきたいほど嫌な作業だったので今年は少し頑張ってみた。その結果、昨年までとは見違えるほど楽に見つけることが多くなって、なあんだ、こんなに楽にできるじゃないと思って、またすぐに油断をしてただいま休憩中。

ちょっと見通しが良くなったので、もう怠け癖が出てネットの漫画なぞをぼんやりと見ている。これが実にくだらないというかどれもが嫁姑問題、夫婦の浮気や離婚などが題材で、それを毎日見ているうちに面白くなってきてついつい続きを待ち構えるようになってしまった。それもこれも暇で時間がたっぷりあるので。面白くて絵がうまいというのはほんのひとにぎり。うーん、漫画の世界も厳しいのだろうなあ。

こうしてうだうだしているとあっという間に時間が流れて確定申告の書類提出期限に遅れてしまうのだろうなあと、毎度のことながら今年も嫌な気分で過ごす羽目になっています。なぜこんな面倒なことをしなければいけないのかと毎年考えていたので、今年は税理士を頼もうと思った。

一体どこで頼めるのか、全くのド素人なので市役所に訊いてみた。すると役所近くの商工会議所の電話を教えてくれたから電話してみると、「ここは税理士さんの紹介所ではないから税務署に訊け」という。税務署では親切ではあるけれど一向に結論が出ずに日が暮れてしまいそうな長話しとなって、結局申告書作成会場に予約して税務署の相談会場に来るるようにと。こんな人でもお給料をもらえるのかなと思えるほどのトロさ。これなら私にもなれる!

ネットで探した税理士の料金がえらく高いのにはびっくり。いくらなんでも普通の家庭人が確定申告書の作成に20万とか出せます?それにそのサイトの電話が頭に+のついた番号で、詐欺事件などで外国から指示している番号もそのような番号ではなかった?最近はなにもかも怪しいので、古いと言われようとアナログな手段で探すほうが良さそうですよ。これ本当に大丈夫なのかしら。知っている人がいたら教えてほしい。

もし私の確定申告を代行してくれる人がいたら、私は小鳥なんかではなく大きな鳥を恩返しに差し出すのに。ハシビロコウなんか私は好きなんだけど、どうかしら?今の私はハシビロコウに変身しかねないほど暇で。漫画の悪口言ってるけれど、このブログだってそうとう退屈なのによくいらしてくださいました。御礼申し上げます。










2025年2月8日土曜日

野良たち、やっと遊び始める

元というか今でも野良なんだけど、うちに入り込んできたのんとグレの二匹。

のんは殆ど家猫になり、かなり落ち着いてきた。甘え方もすっかり家猫らしくなって可愛い。グレの方はやっと家に入ってきても警戒心が強く、ベランダの窓を少しだけ開けておかないと、ソワソワし始めて逃げ道の確保に努めるので家中が寒い。彼がいるうちは窓を10センチほど開けておくので寒風がヒュウヒュウと部屋を横切っていく。以前はそのうち猫の通り道を作ってやろうと思っているうちに猫が全滅したのでそのままになっていた。

一時期私が死んだら猫たちが取り残されて可哀想と思い、もう飼わないことにしてあったのに、いつの間にかまた増えてしまった。これはやはり猫の持っている類まれな魅力と、野良の環境の悪さへの同情とがあるので仕方がない。それでも二匹は片時も警戒を怠らない。いくらかわいがっても私に対してさえも気を許さない。

近所の人に聞いたところではこの二匹は兄弟で、ある日その人の家に母猫が連れてきておいていったそうな。母親が毎日餌をもらっているうちに大きくなった子猫たちは、そのうち兄の方だけ母猫から邪険にされて追い出されたという。近親相姦を避けるため?かもしれない。

女の子はその後も母猫と一緒にいたけれど、母親はいつの間にかいなくなった。そしてずっと兄弟で地域の人達から可愛がられて大きくなった。けれどいくら優しい人たちが多くても中には意地悪な人もいる。猫の嫌いな人がいるのは当然のことで、さんざん辛酸を舐めたに違いない。

のんはすっかり甘えん坊になって可愛いけれど、未だに私が急に手を動かすと怯えてしまう。だから私はのんの前ではあまり体を動かせない。その代わり抱っこしてほしいときには膝に乗ってくるのでぎゅっと抱きしめても怖がらないようになった。

二匹とも今まで猫の遊びをしたことがまったくなかったらしい。猫はどの子も遊ぶものだと思っていた私は、朝の散歩の帰り道にすすきの穂や猫じゃらしを摘んできてお土産にしたけれど、のんは怯えて逃げ出してしまった。これはショックだった。

そのうち男の子のグレが来るようになっても、二匹とも遊びをしない。紐やアルミホイルを丸めたものを投げると怖がるのでびっくりした。以前は常に4.5匹の多頭飼いだったから、おもちゃには家中を猫が走り回って壯觀だったけれど、こんなに怯える猫がいたのにはショックだった。

彼らは毎日、餌を探すのと安全な寝床にありつくのに一生懸命で、こんな意味のないことをやっていられなかったのではないかと思う。のんは飼い始めてからもあまりの警戒心の強さにがっかりさせられた。私にも明らかに敵意を見せたりする。

それでも毎日同じベッドで寝るようになってからは随分警戒心が溶けたようだけど、目が覚めると私の腕や足には引っかき傷が絶えない。こんなに引っかかれても目が覚めない自分にはびっくりする。

先日ペットショップで猫のおもちゃを買ってきた。すると、それには二匹とも激しく反応して大喜び。ずっと遊んでいる。そして交代に遊ぶのがどちらかが待ちきれず取っ組み合いになる。初めてこの子達が遊び始めたのだった。さすが人間の悪知恵はすごい。

遊び疲れて夕方になった頃、グレがその玩具を口に咥えてベランダから逃げようとしているのを発見した。「こらっ!」と言うと慌てて飛び降りて隣家の塀の中に落として逃げていった。お隣さんへ行って拾わせてもらって奥さんと立ち話をすると、皆この子達はよく知っていて、特にグレは人気者らしい。兄弟猫でものんは頭が良くて警戒心が強く、グレは太って巨大になりのっそりとしているけれど、気が良くて可愛がられている。

二匹で遊ぶにはやはり2つ必要なので、次の日ペットショップに行ってもう一つ同じ猫じゃらしを買った。これで安心と思って外出して帰ってきたら2つともおもちゃが消えていた。どうやらグレがどこかに持っていったらしい。それではとアルミホイルをボールにして転がしてみたけれど、二匹とも反応しないばかりか、少し怯えてしまうのだった。やれやれ、猫のおもちゃって結構高いのに。私はやすいシャツを着ているのに、猫は随分お金ガかかるのよね。

でもこの二匹が遊び始めたのは大した進歩。衣食足りて余裕が出てきたのか、人間への信頼ができたのか。







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