天皇皇后両陛下がモンゴルに滞在され、ナーダムを楽しまれておられるという。この報道で私はかつて自分がモンゴルの大草原をかけ抜けた記憶が一気に戻ってきた。
いつの日からか私の夢はモンゴルの大草原を馬で走ることだった。夢を実現するべく名古屋空港からウランバートルの空港に向けて飛び立ったのはちょうど今から30年前の秋。日本には台風が迫っていた。名古屋駅で新幹線を降りて同じツアーの参加者たちと合流、名古屋空港へ向かうときには木々が大揺れに揺れていた。こんな風の中果たして飛行機が飛べるのだろうか。しかし、飛んだ!嬉しい。
揺られながら暮れゆく日本を離れてしばらくすると、もうあたりは漆黒の闇。星も月も雲に隠れ真っ暗。それなのにまもなく着陸のアナウンス。どこが空港?見ても真っ暗な中にぽつんと赤い光が見えるだけで建造物もあるかどうかわからない。あれが空港?いくらモンゴル人の目が良くても無理でしょう。でも着いてしまった。寂しい暗い空港が迎えてくれた。
一泊はホテル。次の日からは馬で草原を走りゲルに1泊、草原ではテントに泊まる予定。
来たぞ!モンゴル。夢がかなった。その数年前、私が初めて中国に行ってシルクロードを辿ったとき、タクラマカン砂漠で衝撃的な感動を覚えた。私はここが故郷みたい。前世はここで生まれたのかも。するとチンギスハーンはご先祖様?
それはないとしても、私の感じた懐かしさは何だったのか。気温は約15度前後。少し寒いかと思えるくらい。でも胸が踊る。二日目はゲルに宿泊体験。機能的で美しいゲルは真ん中の焚き火の煙が天井上の穴から抜けてゆく。グループで数人ずつに別れて泊まった。全員合わせてたぶん30人ほどのツアーだったような記憶。それよりも少なかったかもしれない。
同じ乗馬クラブの会員が全国支部から集まってきた。私のクラブからの参加者はなく、ほとんどの人が関西系だった。乗馬の経験を尋ねると皆さん立派なベテランなのに、私はやっと20鞍、これはほとんど初心者なのだ。鞍という数え方は乗ったレッスンの回数を表す。ひと鞍ふた鞍と数える。中には200、300鞍というベテランもいて私はいつも一騒動起こすことになる。私は出発前に駆け足がだせないと行けないからと駆け足の特訓を受けてきた。
その上、自衛隊や宮内庁の乗馬指導員に富士五湖のそばの木曽馬牧場につれていってもらい特訓を受けた。これは素晴らしい体験で、木曽馬とモンゴルの馬はほとんど同じ品種のように見える。体は小さいが耐久力に優れ頭が良く従順でおとなしい。まるで私のような・・・とは誰も言ってくれなかったけど。
走り方も側対歩と言って右足の前後、左足の前後の足が同時に動く。だから揺れが少なく乗りやすい。これだけ準備したから初心者といえども皆さんについていけると思ったけれど、結局落馬して怪我をしたのは私ともう一人だけ。初日から群れを離れ一人で楽しく走っていたらえらく叱られた。その後は、モンゴル人の少年が二人、わたしの監督がかりとして両脇にピッタリつけられた。巻いてしまおうと思って走ってもあちらのほうが乗馬はうまいから、すぐに捕まえられる。
二人の少年は私の両脇に並んで両側から私にモンゴルの数の数え方を教えたり、ものの名前を言わせたり、教育係にもなってくれて、私達はそのツアー中すっかり仲良しになった。お別れのときに二人が寂しそうにこちらを見ていたので思わず涙ぐんでしまった。
最近身辺の整理でほとんどの写真を捨てた。子供の頃のものや学生時代のものなどは未練がなかったけれど、モンゴルの写真だけはすてられなく未だにとってある。
そうやってひたすら馬で走っていたけれど、ある日朝起きたら馬がいない。モンゴルの馬子さんたちが大草原の何処かに馬を探しに行ってくれた。馬が来る間みんなで白い小さな花が咲く大草原に座り込み語り合った。「天国ってこんなところなのよね、きっと」私がそう言うとみんな頷く。「ネパールで飛行機が来るのを待っていたときと同じようだな」と変わり者の偏屈な男性が言う。あら、この人喋るんだ。初めて声を聞いたわ。
金の太いネックレスをして髪の毛を短く刈っている人は一見ヤクザさん。でも話をすると静かな穏やかな話し方。羊肉が食べられなくて食事の時間になるとどこかへ行ってしまう。どうしたのかと思っていたら、テントの陰で持参した日本のレトルトものなどを食べていたらしい。なんと可愛らしい。もう一人、馬が好きすぎて抱きしめている青年は馬乳酒の飲み過ぎでお腹を壊しずっと青い顔をしている。
ある日鞍が外れ落馬した女性が第一号のけが人。その次のけが人は偉そうによそ見をしながら馬を走らせていたこの私。タラバカンというネズミの穴に足を取られた馬がこけて、私は落馬、顔面を強打した。ツアーの最後まで大きなあざが赤から紫へ、紫から黄色に変わる七面鳥のような顔で過ごすことになった。
両陛下はいいなあ。今モンゴルにいらっしゃるのだ。
私にはもはや夢となったモンゴルと乗馬。本当に面白い人生だった。
0 件のコメント:
コメントを投稿