雨模様の多い日が続きやっと晴天になったその日、友人Hさんはなぜか大きな荷物を持って楽器を背負い我が家に来てくれた。前回は彼女の家にお邪魔してカレーライスをごちそうになったから、今回は私の手料理でおもてなし。しかし、これを食べたら不味くてもう二度と来てもらえないのではと思ってためらったけれど、もう取り返しはつかない。
彼女の大きな荷物の中からお菓子や楽譜や手品のようにたくさん出てくる。年齢は彼女のほうが若いけれど、それにしても私はこんなにたくさんのものを運べないから骨が丈夫なんだなと感心した。帰宅しても具合が悪くなったという知らせはこないから、私の手料理で中毒はしていないらしい。
やはり練習を始めると音が違う。しっかりと骨太、個性の強い説得力のある音楽性。いやはや現役は強い。私はといえば、この練習が決まった時点で慌ててヴァイオリンを弾きだしたから、心のないか細い音。この楽器は非常に良い音が取り柄なのに、あまりにも長く放って置かれて心底怒っているようだ。頑として鳴ってくれない。
しかし久々の演奏は本当に私の命を呼び戻してくれた。久しぶりに心の底から笑った。マックス・レーガーのデュオはなかなか癖のあるもので、練習を始めた時点で覚えるのに苦労すると思えた。初見で一通り弾くくらいでは覚えられないし、しょっちゅう鍵をなくす私は脳みその衰えを二重三重にも思い知らされた。
だがめっぽう面白い。こんなに面白いことを放置して、残り少ない人生を無駄に使ったことは返す返すももったいないことをしたとおもうけれど、実際に体を動かそうと思っても動かすパワーも枯れ果てていた。やっと息を吹き返したようだ。
Hさんには感謝しかない。彼女が粘り強く私を放置しないでいてくれたことが、なによりも私の復帰に関与した。もちろん指が曲がったために音程が定まらなくなってしまったが、なんとか修正しながらのおぼつかない復帰だけれど。
ピアノの調律は山田宏さんの引退で、非常に優秀な方が引き継いでくださることとなった。スタインウェイピアノの調律師。山田さんの調律に慣れていたのでそれぞれの個性の違いに驚いた。山田さんの音は弦楽器に近い森の中の木々の梵のような、えも言われぬハーモニーが深々と響く。新しいかたの調律はしっかりと主張する明るいピアノの楽しげな心踊る響き。どちらも納得の素晴らしさ。こんなに調律で個性が変わるのだ、お二人の名人の音比べを楽しんだ。本当に良かった。
それもきっかけとなって最近ピアノを弾き始めた。モーツァルトの幻想曲二短調、それと歌も歌い始めた。オペラ名曲集に載っている「ボエーム」より「私の名はミミ」Fの音から上は絶叫!表に聞こえると110番通報される悲鳴に聞こえるから、音楽室の防音強化工事が来週から始まる。
歌に関しては先生を見つけようと思って歌の友人に声をかけたら、とんでもない大物を紹介されそうになった。あまりにも恐れ多いから、ご辞退申し上げた。まさかこれからオペラ歌手になるわけでもないのに、でも名手に教わるのは大変興味深いからどうしましょう。
人生の終焉はやはり音楽でというわけ?残念だなあ、ほか才能の可能性も花開く前に終わってしまうのか。でもやはり音楽が好き。体が2つあるといいのにね。
兄は理系の研究者だったけれど、大変高齢になってもまだチェロを練習している。だから私も、ほかの職業であったとしても音楽を手ばなせないのかもしれない。
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