オーケストラ内でも気の合うのや合わないのや色々いたけれど、しょっちゅう一緒にカルテットを弾いたりなにかにつけて合わせものをしていた人がいた。私がオーケストラを辞める前にしばらくオーケストラでも並んで弾いていた事があった。
彼女Hさんはセカンドヴァイオリンのトップだったし私はファーストヴァイオリンの一兵卒だったから、入団後の10年ほどは並ぶことはなかった。けれど、10年もやっていると飽きっぽい性格の私は変化を求めたくなる。
ファーストヴァイオリンはオケの花形!と言ってもほとんどの場合旋律を弾くだけで慣れてしまうと退屈でもあった。私は当時のコンサートマスターの鳩山寛さんという方に影響を受けて、内声部の面白さに目覚めて好んでヴィオラやセカンドヴァイオリンを弾くことに喜びを感じるようになっていた。けれどオーケストラではメンバーはポジションが決められているためおいそれと他のパートは弾けない。
鳩山さんはハトカンさんと呼ばれていたから以後はハトカンさんで。入団直後から様々なアンサンブルに参加させていただいて、ハイドンの弦楽四重奏曲全曲演奏のコンサートにも参加させていただいた。他の室内楽のコンサートでは私にファーストヴァイオリンを弾かせて、ご自分はセカンドやヴィオラを弾いてくださる。その時の楽しそうな様子ったらなかった。そしてハトさんは内声部の名手でもあった。
それを見ると私もセカンドヴァイオリンやヴィオラに意欲が湧いてくる。それぞれの面白さに目覚めると内声は本当に面白い。鳩山さんに内声部を弾かれると自分の実力以上のものが表現できることがあった。いかに内声部が重要であるかがよくわかった。
それでもオーケストラの中では鳩山さんをよく言う人は少なかった。アメリカ生活が長く個人主義的で歯に衣着せず我関せず的なところが当時のメンバーには癇に障ったのかもしれない。その中で私やセカンドヴァイオリンのトップ奏者のHさんは彼の恩恵を受けたメンバーだった。室内楽が好きというのも共通点だった。
私がセカンドヴァイオリンが弾きたいといったのも彼らの影響もあった。しばらく弾きたいと言い続けたけれどなかなか許可がおりなかったので脅すことにした。それでは私はオケを辞めるといったらようやく当時のコンマスだったTさんからお許しが出て、晴れてセカンドヴァイオリンにしてもらえ、Hさんと並んで弾くことになった。それからが面白すぎて大変!
大抵の人はファーストヴァイオリンになりたがる。オケの顔とも言える華やかなポジションだし。でもせっかくアンサンブルをやるなら内声の面白さに気付いてほしいと常々思っている。ファーストヴァイオリンの人たちで細かく内声を聞く人はあまりいないけれど、よく聞くとどれほど内部の力が働いているかよく分かる。
それから約2年ほどセカンドで幸せに演奏していたのに、オーケストラでは時々ファーストに戻されてしまう。それなりに面白いけれど、私は密かに内部工作をするスパイみたいなことが好きなのだ。だんだんとファーストに戻されそうになってついに戻ってしまい、楽しみがなくなった。
Hさんとのコンビはこれほど面白いことはないと思うほど。セカンドヴァイオリンは不慣れで長年演奏したファーストヴァイオリンが身についてしまっていたため失敗も多かったけれど、実に幸せな時間だった。その間ずっと毎日ニコニコしていたような気がする。なによりもべートーヴェンの第九はセカンドの面白さを十分に味あわせてくれた。それを捨ててまたファーストを弾けと言われる。でも本当のことを言えばファーストヴァイオリンは内声部よりも楽ではあり、ちょっとした虚栄心も発露できる。
セカンドは難行苦行、まず音の進行が不自然。しかも思っても見ないところに難所があって指揮者からいじられ、あんな易しい音なのにどうして合わないのなんて非難される。こんなことはご存知ないでしょうがこれ本当の話です。私のような天邪鬼でない限り弾きたいと思う人は少ない。とにかく面倒だから。怠け心が出始めて最近はファーストを弾くことが多いけれど、Hさんとポジション争いをしている。
Hさんが古典音楽協会の定期演奏会に来て、私も引退したので客席で出会った。デュオをしようと持ちかけたら二つ返事。一年に一度位の頻度でやっている。今年は私は暇になってやっとヴァイオリンを弾く気になった。なんかすごく嬉しい。
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