2026年4月6日月曜日

映画「坂本龍一トリオ・ツアー・2012」

坂本龍一さんのトリオツアーが映画になって今上映中と聞いて、野次猫の私は飛んでいった。川崎の映画館チネチッタ。朝9時すぎに始まる。日曜日の上映にしては早すぎるけれど、今絶賛不入り中らしいから、観客のいない時間にしか上映してもらえなかったのか。

映写室に入ると観客は10人足らず。今までの最低観客数は、中学生の頃、家の近所に映画館があった。マーロン・ブランド主演「片目のジャック」を見に行って3人、しかも男性しかいなくて、私はずいぶん間の悪い思いをしたことを思い出す。

最近では「孤独のグルメ」松重さんのひたすら食べる姿が面白くて好きなので観に行ったら、それも観客は30人ほど。もう少しいたかもしれないけれど、気の毒に、これでは興行利益は大赤字だなあと思った。しかし彼は最近コマーシャルでもよく見るし、孤独のグルメも放送されているから生活は大丈夫なんて、他人事ながら(笑)

しかし、世界で活躍の坂本龍一さんの映画でこの体たらくではお気の毒に。御本人はそんなこと気にもとめず、天国でゆったりと作曲の続きを書いていらっしゃることと思う。その風貌は白衣を着せたら医者に見える。しかも私が子供の頃からずっとかかりつけだった近所のT先生。儲けることをしなかったために先生の病院はいつまでもボロで、しかし地域の人達からは絶大な信頼を受けていた。軽い風邪くらいなら「家に帰ってあったかくして寝ていなさい」というだけ。注射も薬もなし。だから儲からない。しかし名医だった。

先生がなくなったときに初めて知ったのは、先生は東大医学部の出身であったこと。驚いたことに近所のボロ医院の割にはご葬儀の時の参列者が2000人だったらしいこと。いったい何者︀だったのかしら、あの方は!皆泣いていたという。坂本さんは、私の家族からも他の患者さんからも信頼と尊敬を集めていた方と雰囲気がそっくり。

そして大きな手。オクターブを弾くとき、私ならめいっぱいに広げないと届かない。しかし坂本さんはほとんど普通の広げ方で済ませているようだ。穏やかでしかし気骨ある態度、アーティストというより思考の人。素敵だなあ。

共演者はヴァイオリンとチェロの二人。

ジュディ・カン(Vn)ーカナダ クラシックからポップスまで幅広く活躍する国際的ヴァイオリニスト、 LADY・GAGAのワールド・ツアー参加 ジャンルを超えた演奏で知られる。坂本のアルバム「THREE 」に参加しそのまま2012年のトリオツアーに参加した。

ジャケス・モレレンバウム(Vc)ーブラジル ブラジルを代表するチェリスト・アレンジャー      カエターノ・ヴェローゾ、 アントニオ・カルロス・ジョビンなどのブラジル音楽の巨匠たちと多く共演 坂本とは1990年代から共演を重ね「アルバム1996」や「THREE」そして今回の「THE Tour 2012」でも中心的存在として参加。

優れた腕前で存在の大きな共演者たち。しかし中心にいる坂本は涼しげに曲に没頭、時々のアイコンタクトでなんと地球上のすべての垣根は今はないと言いたげなお三人。チェロはコントラバスの音まで出してびっくりしてよく見たら5弦の楽器だった。ワオ、すごい。何という音!

私はクラシックが本業だからマイクを通した音はあまり好きではない。最初はこの音と2時間近く付き合うのか、やれやれと思ったけれど、進むうちにすべての偏見は取り除かれた。そこには音のジャンルも音楽のジャンルもない。限りなく磨き抜かれ集中力を極めた世界があるのみ。

坂本の音楽の根底にあるのはなんなのか。最初は東洋的なと言いたいけれど、もっとお大きな存在、自然?なんというか、目を瞑って聞いていると砂漠が目の前に現れる。初めてシルクロードを辿ってタクラマカン砂漠に足をつけたときに私は、自分はここが故郷だと感じた。そんな情景が出てくると私の中の血が騒ぐ。

人の世のすべてのくだらない争いごとなど雲散霧消して大きな意味での知恵の壮大な力に打たれる。今戦争している誰かさんたち、なんと「くだらない」争いをしているの。そしてこの私もちまちまと生きていないで大空に飛んで行きなさいと教えられているようだ。

誕生日を送ってまた一つ歳を取った。体は動きにくくなって、頭も少し怪しくなって、でも若い頃からの放浪癖を経て、私は今豊かな想像の世界に遊んでいる。感動しない日はない。何を見ても聞いても感激と感謝の時代に生きている。だれも自分の胸のうちに年を取らせてはいけない。いつだって若々しい感情は持てるのだから。











 

また年取っちゃった!

私の誕生日は桜の季節。ほんの数日前。今年は明るい日差しの穏やかな 。友人のH さんが私の誕生日のお祝いをしてくださるというので会うことに。

場所は小田急線の鶴川駅。ここで以前にも数回待ち合わせたから心配ないと思っていたのに、私の車のカーナビは急にいつもと違う案内をした。え?曲がるの早いんじゃない。

でもナビは言い張る「ここを曲がります」そこを曲がると見知らぬ世界、おかしいな、こんなに工事中ではどこに行ったらいいかわからない。見たこともないクレーン車が工事現場に停まっている。やり直そうと思ってもう一度元の道に引き返そうと思ったら、カーブした先に陸橋が現れて、あっという間に私は別世界に連れて行かれてしまった。

陸橋から飛び降りるわけにはいかないから、それが終わってまたUターン。やっと約束の場所に戻って緑色の髪の乙女(元)に出会ったときは、エネルギーは消耗され尽くしていた。

Hさんは実は墓友で、いつの日にかは同じ墓地の樹木葬に住むはずで、私の友人たちもやがてはここに入るし、他の友人のご両親も眠るこの墓地は猫や犬も一緒に行き来ができることになっている。死んでもなお賑やかなのはすごくいい。墓地のある全山は春爛漫、桜の花で埋め尽くされ、それはそれはきれいだった。

墓参がすむと次は食い気。鶴川駅近くの鶴川香山園、ここは寛永6年創設されたお灸点と呼ばれる中風の灸治療所があった場所で、当時は全国から治療を求める人が詰めかけたという。毎月1日の灸治療の日には鶴川駅に特別列車が止まったというほど盛況だったという。

その後は私設美術館として公開されていた母屋と庭園を町田市が譲り受けリニューアル、町田香山園として令和7年に開園したという。

鶴川駅の目と鼻の先で徒歩5分ほどの香山園、その庭園に瑞香殿という立派な建物がある。明治39年に建てられた寄棟造、本瓦型銅板葺の平屋の建物は神社のような雰囲気で、中に入ると30畳の広間と周りに客室がある。各部屋はそれぞれゆったりとした個室になって広間を囲んでいる。食事処は「桜梅桃季」といって、その30畳の大広間とその周りの少し小さな部屋と個室などは、昼過ぎてもなお客で埋まっていた。

小さな器にそれぞれ手の込んだお菜が並ぶ。よくもこれだけの数を作るものだと感心していたらつい食べすぎてしまった。最近は胃が小さくなって普段なら途中でやめておくものを、ご飯もいつもより多めになってしまい、その上デザートのわらび餅までしっかりと。食後きれいな庭園を散歩したものの、それくらいの運動量ではカロリー消費はしれたもの。

その上、誕生祝いの様々なお菓子をいただいて帰宅してからもポリポリとかじって止まらない。ああ、止まらない。またこれで1キロ増量。

Hさんと一緒にいるといつもろくでもないことに遭遇することになっている。最たるものは江の島訪問、これでもかと強風に煽られ、私は歩くのもやっとだった。イルミネーションは素敵だったけれど、思い出すのは強風のことばかり。

中華街に食事に行ったら強風と土砂降り。中華街の道路は川となっておりました。しかし、どうしたことか、今回は穏やかな春の日、最後までなにごともなく・・・いやいや最初の場面ですったもんだ。やはり彼女との相性はなかなかなもので、同じ敷地内の墓に入ったらどうなることやら、死後もなお、ドタバタは続くのか、前途多難な来世であります。