2013年1月31日木曜日

なっちゃんと私は一卵性?

ほぼ同時期に胃腸障害を起こした猫のなっちゃんと私。同じような症状。でも私は仕事に行くとなんでも治ってしまうほうだから、郡山で治って帰ってきた。なっちゃんは無為徒食、なーんにもすることがないから、いつまでもグズグズ治らない。毎日獣医さんで点滴をしてもらってくる。それでも治療台に乗るとシャキッとするから、やはり緊張するのは体にいいことだと思っている。うちのなつめに出来る仕事はないものだろうか。昔の猫はよく働いた。天井裏でゴソゴソ音がすると目がらんらんとして、おう、仕事だとばかり野生の本性を現す。仕事で得た賃金を飼い主に上納しにくるのにはまいった。どう、よく働いたでしょう?いいから、あっちに持って行ってよ、きゃあ、気持ち悪い。猫としては褒めてもらえると思っているのに逆に叱られてさぞ不本意だったことだろう。昔の猫は具合が悪くなると物陰に身を潜めて自分で治した。それで治らなければそのまま人知れず死んでしまう。今の猫は狭い部屋飼いだから、身の潜めようがない。退院してきたなっちゃんは一日経つと又食欲がなくなり、ぐったりとしていたので、毎日点滴をしてもらいに行っている。その治療費たるや・・・・アワワ。でも、目の前に倒れていればどうしたって気になる。昔は大家族で家が広く、部屋数が沢山あった。隠れる場所はいくらでもあって、だれも猫の姿を見かけなくても表で遊んでいるのだろうとしか思わない。だから注射だ手術だと騒がれなくて、その方が良かったのではないかしら。猫にしてみれば背中に針を刺されて、理不尽な扱いを受けているとしか思えないに違いない。なっちゃんは病気がちだったから、獣医さんの常連。彼女にしてみればあそこに行くのはいやだけど、帰ってくると何となく元気になるわ・・・と思ってくれればいいけれど。私と顔つき、体型、性格がそっくりなのがなっちゃん。違うのは私には尻尾がないというくらい。もしかしたら本当に私の身代わりになって病気を背負い込んでくれているのかもしれない。

2013年1月29日火曜日

樫本大進ヴァイオリンリサイタル

サントリーホール
ベートーヴェンのソナタ3,4,9番

彼の音楽はスケールが大きい。それでいて、どの部分を取っても神経が張り巡らされている。弾き飛ばしたり、これ見よがしに名人芸を披露したり、情熱を剥き出しにしたりすることがない。それらは彼にとってはほんの枝葉のことらしい。それを超越した、すべてを含んで有り余るほどの容れ物を持っているらしい。初めてまだ10代だった彼の演奏を聴いたとき、なんというおおらかで落ち着いた音楽なのかと驚いた。たぶん胆力がよほど座っているのだろう。並外れた才能と努力、周りの環境が作り上げた傑作が彼なのだと思う。9番の「クロイツエル」が始まる前に会場で拍手がわいた。会場の一部でなにか動きがあるのでそちらを見たら、皇后美智子様がご来場になった。遠目にも気品の感じられる振る舞いを見ていると、今夜の演奏者も美智子様も並々ならぬ人であるが故に、我々凡人には考えられないような深い苦悩や困難を乗り越えて、常に人の前で自分を律して生きる、その苦労は計り知れないほどのものと思う。そしてベートーヴェンも又そうであったように、凡人の枠を超えられた一握りの人々は、凡人を幸せにしてくれる。

なっちゃん退院

なっちゃんはもう14歳。人間なら7,80歳。私の年齢を超えている。前より一回り小さくなってだっこすると軽い。啄木じゃないけどかろきに泣きたくなる。今日まで入院していた獣医さんの近所で拾って、歩いて30分くらいの道のりを私にしがみついて嬉しそうに鳴いていた可愛い子。ノラだから発育不全で体が小さく手足も短い。そういうところが、ものすごく親近感を覚える。食いしん坊で甘ったれで人間大好き。ほんとに私そっくり。獣医さんのところでもかわいがられて、つかの間の贅沢をしていたらしい。「鶏肉をやったら食べました」なにい、鶏肉!家では絶対そんな物食べさせないから、贅沢させないように頼んだけど、食欲がなくなったら大枚はたいてもおいしい物を食べさせよう。腎臓がかなり弱っているようだ。実は今回もうだめかと思って覚悟して家を留守にした。そのくらいやつれてしまった。以前ある人から言われたのは、「お宅の猫は時々病気になるけど、それはあなたの代わりをしてくれてるのよ。ねこの恩返しなんだよ」なっちゃん。恩返しなんかしなくていい。私の方があなたたちにいつも慰められているのだから。私の体調不良が大事に至らなかったのも、なっちゃんのおかげかな?猫たちは私を飛び越えて年をとっていくのが悲しい。でもこの子たちを残しては私は死ねないから、全員のニャン生を全うしたのを見届けないと先に行く訳にはいかない。うちに帰ったなっちゃんはそれでも安心した様子で私に甘えかかる。軽い軽い。顔もちょっとむくんでいる。腎機能を改善する薬をもらってきたので毎日飲ませないといけない。食いしんぼだった子がみるみる食欲が減っているので、全部飲んでくれるかどうか。でも治療はここまで。以前飼っていた猫たちは最後まであきらめきれない飼い主の犠牲になって、つらい治療を受けさせられたものだった。でも、今はもうそんなことはせずに、自然に消えるようにさせてあげようと思っている。私自身も無駄に延命されたくないと思っている。そんなこと言ったって、私は長生きする。「憎まれっ子なんとやら」だから。

2013年1月28日月曜日

そんなバカな!

帰宅してすぐにやったこと。いそいそと体重計に乗った。丸4日間ほとんど食べていない。さぞや体重が減ったにちがいない。たぶん3キロは堅い。だが、全く出かけるときと一緒だった。というより、出かけるときより増えていた。病院から帰って計ったときには前の日から3キロくらいは減っていた。たった一日で?しかし、何回計っても同じ。計った時間や食事の関係もあるかもしれないけれど、もの凄い減り方。このまま行けばダイエット大成功。しかし、帰宅時の体重はその減る前の体重と同じだった。自分の行動を振り返ってみると、食べられないことでエネルギーがなくなることを考えて、ひたすら体力の温存を心がけたこと。オーケストラのリハーサルの時間以外には楽器を弾かない。もう練習は自分の出来る最大限を家でやってきた。とにかく下手にバタバタして本番にエネルギーがなくなってはいけないから、ひたすら消耗しないように。本番での集中力に賭けよう。ホテルにいる間中部屋を暗くして横になっていた。目を休めるために本も読まない。じっとしているといつものように、すぐに眠ってしまう。この3日間でどれほど眠ったか。そして本番前の楽屋でいすに腰掛けたまま少し眠る。お弁当はほとんど食べられなかったから、エネルギー補給のジェルをチュルチュルと飲んで、いざステージに。目もよく見える。気力も十分。本当に体力を使ったのは、このステージの時だけ。それなら体重があまり変わらないのも無理はない。ただ一つ残念だったのは、この人付き合いの良い私が、お酒の好きな東北の人たちのお誘いをお断りしたこと。普段なら夜中までお付き合いしたものを。人の体の仕組みは計り知れないほど複雑で、一時的にそう変わるものではないのかもしれない。今回3日間、倒れもせずに仕事が出来たのは、猫の病気の時の習慣を見習ったから。猫は具合の悪い時、必ず食事をせずに暗いところで体を休める。おかげでリハーサルも本番も無事参加出来た。しかも、ヴァイオリンを弾いた後はお腹がすく。それでも食べられないことには変わりないのだが、どれほどヴァイオリンのおかげで健康にさせてもらっていることか。ヴァイオリンと猫が私の健康を支えてくれている。

nekotama一大事続き

突然体調を崩し・・・といっても予兆は去年の秋あたりからあった。胸焼けや食道あたりの違和感、おくびが出るなどの症状があって、胃腸が疲れていると感じていた。10月には11月になったら検診を受けようと思った。11月に入ると12月になったら・・・12月には来年すぐ。そうやって引き延ばしていたら、郡山に出かける前の日、急に吐き気に襲われて立ち上がれなくなった。ノロウイルス?一瞬そう思ったが、救急病院で診てもらったら、そうではないらしい。出かける当日、もう何にもお腹には入っていない。でも、吐き気は少し治まってきているし、なんとか歩ける。とにかく水分を摂ってリンゴジュースを飲んで出かけた。郡山は雪が降っていた。駅でうどんを食べようと注文したけれど、目の前に置かれると食べたくはない。ほとんど喉を通らない。それでも意外と体は軽くて気持ちがいい。ホテルにチェックインした後、お迎えの車で練習場に。終わってからコンビニでもう一度うどんに挑戦。どん兵衛の特盛りを買ってきてお湯を注ぐ。できあがるとやはり食べられない。二三本食べて後は放置しておいたら次の朝、どん兵衛の容器の中はふくれあがったうどんでいっぱいになっていた。朝はホテルのバイキング。いつもならお皿に山盛りにして平らげるのに、トマトジュース、食パン半分、ほうじ茶、情けない朝食。昼中ずっとホテルにこもって眠る。具合が悪くなった日から暇さえあれば眠っている。よくまあこんなに眠れるものだと思う。夜の練習が終わってからもう一度どん兵衛に挑戦するも敗退。特盛りをやめて普通サイズにしても、やはりうどんは容器の中でふくれあがってしまった。おでんの大根がおいしそうだったので大きな容器に一個大根を入れてもらう。汁はどうしますと言うからいらないと言ったら「こんなに寒いのに汁がないとすぐ冷えちゃうから」レジのおばさんが独り言を言っていた。その大根もあまりおいしいと感じない。丸3日間ほとんど食べない状態でよく体力が続くと思ったけれど、案外平気なものだと言うことを発見した。その間ビタミン入りのジェルを飲んだり、水分は切らさないようにした。帰宅して電話で話した人によれば、彼女のお父様と全く同じような症状だそうだ。その方がお医者さんに言われたのは、絶食して水分を摂りなさいということだったらしい。特にうどんは麺に水分が含まれているから非常に良いとのこと。私のとった行動は間違っていなかったのだ。ほらね、野生の勘はまだまだ健在。

2013年1月27日日曜日

郡山市民オーケストラ

第45回定期演奏会。
難しいといって騒いでいたマーラーの「第5」
こんな難しい曲を選ぶとはどんなアマチュアオーケストラなのかと思っていたら、なんと、すばらしいメンバーが集まっていて、もう一年半がかりでしっかり形になっていた。はじめから練習に参加していたわけではなく、できあがったところに顔を出すわけだから、ラッキーといえばラッキーだが、初めての練習は周りの様子を見るために楽譜はおろそかになる。ひたすら観察する。どうやって弾いているのかな?そのうち、そうか、こうやっているのかと理解できるまでが大変。たった2回の練習でつかまなければならなかったので、ちょっと大変だった。この長大な難解な曲はテンポがころころ変わる。それにどうやってついて行けばいいのか。しかし、本番は実に楽しかった。このオーケストラは聞けば長い伝統ある市民オーケストラで、大震災の前までは、実にエキストラなしでコンサートが出来たそうだ。そのくらいメンバーがそろっていたのに、あの震災後移住者や被災者が出て、やむなく今回私たちがお手伝いに呼ばれたのだが、こんなところにも震災の影響をまざまざと実感した。今回の曲目は震災のために定期演奏会を一年中断した後のものなので、皆がかける意気込みもなみなみならないものを感じた。マーラーの前にはヴェルディ「シチリア島の夕べの祈り」ワグナー「ジーグフリード牧歌」この2曲も大変難しいのに本当に皆よく弾く。長い伝統を持つオーケストラだけに、外から見てもしっかりとした組織機能が働いているようだ。事務的な仕事も、それぞれがきびきびとこなしていて無駄がない。それが演奏にも練習態度にも表れていて、練習の時も無駄口はない。指揮者が棒を止めればさっと音がやむ。訓練が行き届いていて、見ていて気持ちが良い。昨日激しい吹雪になって、練習の帰りに当日の天気を心配したけれど、今朝は晴れ上がった。まぶしい日差しが雪に反射して輝いていた。これは祝福の日差しに違いない。

2013年1月25日金曜日

nekotama一大事

昨日朝、目が覚めると恐ろしく気分が悪い。人と会う予定があったので少し焦って、電話をしても出ない。メールに返事が来ない。しばらくして電話が来た。のんびりした声で「今日約束してた?」約束したのがずいぶん前だったし、はっきり決めていなかったのかもしれないが、こちらはそのつもりでいたので、半分一安心、半分腹が立つ。とにかくひどい吐き気がする。しばらくすると本当に我慢できずに吐いてしまった。立ち上がることも出来ないので、布団に潜り込んで寝ていても気分が悪い。吐いたために食道から胃にかけて激しく刺激されて、白湯を飲んだらひりひりする。午後になってとにかく医者に行こうと思ったら、かかりつけの医院は定休日。困り果てて総合病院の救急外来で診てもらうことにした。こんな状態で車の運転が出来るかどうか心配だったが、なんとかたどり着く。救急車を頼もうかと思ったが、これしきのことで頼んではいけないという遠慮があった。無事到着。はじめはノロウイルスという言葉が頭をよぎったけれど、そうではないらしいのでほっとした。帰宅してから、よくもこんなに眠れるものだと思うくらい眠りこける。その間時々たまさぶろうのけたたましい鳴き声で目が覚めた。たまさぶろうはかまってくれない飼い主に大声で抗議している。別に何の用事もないのにたたき起こしに来る。具合が悪いのがわからないの?まったく。なっちゃんも具合が悪いのに、獣医さんに連れて行ってやれないどころか、自分のことで精一杯。今朝、薬が効いて気分は良くなっていたが、熱は相変わらず高い。食欲もない。昨日から何も食べていないのに、ジュースを飲んだだけで胃のあたりがむかむかする。いったいこれはなんなのだ。今日の午後から仕事で郡山に行かなければならない。大変だあ。とりあえずなっちゃんを獣医さんに預けに行く。昨日一日ろくすっぽ見てあげられなかったので、なっちゃんもぐったりしている。いつもならケージに入れるときに大騒ぎして抵抗するのに、今日はその気力もないらしい。3日間がんばって私が帰ってくる迄に元気になってね。私も空っぽの胃を抱えてがんばってくるから。

2013年1月23日水曜日

なっちゃん一大事

うちの3番猫のなっちゃん。いつもは一番元気で、くりくりお目々、短い手足、旺盛な食欲、陽気で好奇心旺盛な子が突然餌を食べなくなった。1週間ほど前からあまり食欲が無さそうだったが、それでも3、4日前までは食べていた。昨日は猫缶をあける音がしても、寄ってこない。変だなと思ったら夜9時過ぎに突然緑色の液体を吐いた。びっくり仰天、なんだこの色は。さては洗剤かなんか悪い物を飲んだか。かかりつけの獣医さんはもうしまっている。夜間診療所に駆け込もうと思ったけれど、まだ体力に余裕がありそうなので様子を見ることにした。時間が経つのがもどかしい。もし事態が急変したら動物病院に救急車を頼まねば。言葉をしゃべらないので、いっそう心配が募る。ぐったりしながらもちゃんとトイレは済ませ、水を飲みに行ったからまだ大丈夫。今朝病院開院と同時に電話をして連れて行った。獣医さんも緑色の吐瀉物と聞いてびっくりしたようだ。いろいろ事情を話すと、「それならきっと胃液を吐いたのでしょう」と言う。「お腹に何にも入っていないから吐く物がなくて胃液を吐いてしまったのでしょう。もし、洗剤か何かを飲んだら中毒症状が出るからこんな様子ではない」という。それで一安心。といっても胃液は強烈な酸だからのどなどもひどく痛いと思う。点滴で栄養補給、抗生物質でのどや鼻の腫れを抑え、食欲増進剤も混ぜてもらって帰ってきた。この子はちょうどこの動物病院のそばでで拾った子で、慢性鼻炎のためにいつも鼻水を垂らしている。冬場の暖房の乾燥で鼻炎が極度に悪化したりする。今年はそのために加湿器を二つ、ガンガン蒸気を出していたのに。部屋干しの洗濯物が乾かない位の湿度で、鼻炎が少し良くなっていると思ったのに。少し元気が出たようだが、まだ餌に口をつけない。食べようとするのに食べられないようだ。口や喉が痛いのかもしれない。生まれ変わったら人間になって言葉をしゃべってちょうだいね。でも、その代わり私が猫に生まれ変わってしまったらどうしよう。

2013年1月22日火曜日

うんざりして

マーラーの狂気にうんざりして(本当はこの部分が好きなんだけど)モーツアルトなんか引っ張り出して弾き始めた。ああ、一服の清涼剤。それが一段落するとパソコンを開いて、どうでもいいニュースのサイトや写真を眺め、そのうちにYouTubeに動画を見に行って時間つぶし。練習が煮詰まってくるとこうなってしまう。今日は一日だらしなくすごしてしまった。ちょっと外出はしたものの、後はどっぷりと動画鑑賞。それも最近、社会のえぐい面を見せられるような物にはまって(というよりそのような画像があふれているので)振り込め詐欺だの、中国の食品の危険さだの、暴力団のことなど、見ていて決して気持ちのいい物ではない物を続けて見てしまった。中でも特に気持ち悪かったのは、女性を殺して食べてしまった佐川という人の動画。相当優秀な頭脳を持っているらしいが、やはり恐ろしい気狂い。どうしてこんな人が大手を振って世の中で平然と、しかも相当裕福な生活をしていられるのかしら。淡々と殺したことや食べたことを語ることに、鳥肌が立った。気持ち悪いから見なければいいのに、続編まで見てしまったのはなにか人の心にある暗黒の部分に触れる物があるのではないか。私は平和主義者で動物好きで、ごく当たり前の常識人だと思っているが、その心の暗部は自分にもわかっていないのかもしれない。そんな狂気の部分をマーラーは音楽に昇華できたのかもしれない。さて、明日からもうひとがんばりしよう。なんだか胃のあたりがむかむかする。これは今朝いただいたチョコレートを食べ過ぎただけでなく、佐川という気持ち悪い人のせいとしか思えない。最後に彼は自分がまた罪を犯すのではないかとおびえていることを告白し、それを救うのは死でしかない。早く死にたい、それも沢山苦しんで死にたいといっている。自分に対してですら残酷で、彼の苦しみがふと可哀想になった。こんな奇っ怪な人でなければ、両親に愛され、教養も財産もある紳士として尊敬されて生きられたのに。ねじ曲がって生まれてきたことが彼の不幸だった。

2013年1月21日月曜日

譜読みの早さを豪語していたのに

長い間仕事をしていたので楽譜を読むのは非常に早いほうだと思っていた。フリーで芸能路線を行っていたために、オーケストラから離れていた時期が長かった。友人から誘われて20年ぶりにオーケストラに仕事に行った時の曲が「英雄の生涯」。リヒャルト・シュトラウスのあの難しい曲を初見でかなりスラッと弾けたので、よしよし、まだ衰えていないと内心ほっとしていた。それから又年経て今、弾けない。何回練習しても弾けない。主な原因は前の日に出来たことを忘れてしまうから。一日取り組んで、これでよし、次の日に弾くともう忘れている。それでも徐々に覚えるのに、しばらくすると忘れている。それと、動体視力の衰え。楽譜は前に前に読み進んで行かないと、その場所に来て、あれっということがよくある。だから、自分が今弾いている小節の数小節先を頭に入れて弾かないと、左手指の運びとか、弓の上げ下げがうまくいかないことになる。ほんの数年前まで非常に忙しく仕事をしていた頃は、仕事場に行くとドサッと30曲くらい楽譜を渡されて、一回目は譜読とボウイング付け、次はもうカメラリハーサル、そして本番、だから、即譜読みが出来なければ仕事にならない。最近のポピュラー曲や歌謡曲などは伴奏も非常に難しい。その上歌手のコンデイションによって半音下げろ、一音上げろと指令が飛ぶ。それをすぐに出来なければ使い物にはならないから必死で応える。皆何食わぬ顔でこなしていく。一人ずつ楽器にピンマイクをつけているから、ミスれば周りに聞こえてしまう。非常にスリリングで楽しかった。やっと、のんびりと出来ると思ったらマーラーの「5番」を弾くことになるとは。この曲、若い頃には難しいと思わなかった。とにかくその頃の集中力はすごかったから。今は突然フニャッと折れてしまう。今年のお正月からずっと練習している。今までで一番練習しているのに、いまだ完璧ではない。オーケストラは沢山の音がするので、自分が完璧に弾いていないと迷いが出てしまうことがある。だから隅々まで完璧にしたいのに、譜読みはほぼ出来ているものの、いざオーケストラの中に入ると弾けないことも。ああ、しんど。

2013年1月19日土曜日

天は二物どころか・・・

二物を与えずというけれど、あれは嘘です。 

星野 桂チャリテイーヴァイオリンリサイタル
ピアノ  石岡 久乃      
トッパンホール

星野桂さんは私の旧友の吉川朝子さんのお弟子さん。
現在慶応大学医学部泌尿器科の助教。

ヴァイオリンの履歴もすばらしい。3歳からヴァイオリンを始め、全日本音楽コンクール小学生、中学生、高校生の部で入賞、審査員特別賞などを受賞、そのほか各地での演奏、音楽祭の参加など、そして医師として病院などでのボランティアで演奏。医学部卒業の際、カザルスホールでリサイタルをしたという。まさにスーパーウーマン。容姿端麗。これでもかというほど神様は沢山の美点をお与えになった。

パガニーニ    カンタービレ
モーツアルト   ロンド
ベートーヴェン  ソナタ8番
サラサーテ    サパテイアート
タルティーニ    悪魔のトリル
チャイコフスキー メロデイー
ラヴェル      チガーヌ

のっけから豊かな音が響く。たいていの人は緊張とホールの響きになれるまでなかなか楽器が鳴らないのだが、そんなこともなく伸びやかに歌い始めた。終始一貫して音は変わらず、集中力のすごさには恐れ入った。9月に曲目がきまったのに、ベートーヴェン以外はすべて暗譜。

今日のリサイタルは特に子供の虐待、特にネグレクト防止ネットワークに寄付するためのもので、先進国の中で最も再発率が多いのが日本だそうだ。それに心を痛めた星野さんは、今日の収益金を寄付するという。優れた人は心優しい。こんな人がいるなんて・・・。

2013年1月18日金曜日

ランチのお誘い

去年暮れにロンドンアンサンブルのホームコンサートを開いてくださったY邸にお招きを受けて出かけた。ここは南青山のすてきなマンションの一室。リビングルームは先日も45人もの人がコンサートを聴きながらお食事が出来、まだゆとりがあるほどの広さ。家具やピアノが同じ色調で統一されて、都会の喧噪を全く感じない静けさ。部屋の主U子さんが手料理で歓待してくださった。はじめはプチトマトのピクルスの冷製。ほんのり甘みのあるお酢が柔らかくトマトを包み込んで、ほどの良い酸味と甘さが絶妙。簡単なんですよとおっしゃるが、調味料の配合が決めてなだけに、センスの良さを感じる。次はチーズとハムが品良く盛りつけられた小皿。カリカリに焼いたフランスパンと一緒にいただく。バルサミコ酢のドレッシングのサラダの後はメインのハヤシライス。おいしいお漬け物が添えられている。牛肉にこだわりがあって、一度作ったものの肉の味が気に入らず、別の肉に変えたというこだわりよう。なんでもとことんきちんとしないと気が済まないU子さんらしい。デザートは彼女のお得意の虎屋の羊羹を水ようかんに変身させた一品。羊羹を煮て冷やしたもので、虎屋の羊羹のあまりにもずしりと重たい感じから、すっかりさわやかな水ようかんができあがって、満腹のお腹にもつるりと入る。そしてもう一つ、レモンケーキプデイング、アイスクリーム添え。レモンは皮も果実も全部使う。卵、ミルク、小麦粉などを混ぜて下半分だけ湯煎しながらオーブンで焼くと、上の方は焼けてケーキになり下半分はプデイングになるのだそうだ。客はロンドンアンサンブルの残留組の美智子・リチャード夫妻、お二人の送別をかねてのU子さんの心づくし。それにヴィオラのFUMIKOさんと私。リチャードは日本語は不自由、私は英語が不自由。それでも会話は弾む。結局4時間近く居座ってしまった。その後の騒動は私の新しいブーツ。出かけるときによその家を訪問するのだから着脱が不自由なブーツはやめてパンプスを履いて出かけた。ところが今日の寒さは厳しく、足下から冷気が上がってくる。これは大変、足から風邪を引いてはいけないと、今、バーゲン真っ盛りの渋谷でブーツを買って履き替えたものの、U子さんのお宅の玄関で脱ごうと思ったらきつくて脱げない。FUMIKOさんが手伝って脱がせようと引っ張る。足を引っ張られた私はズルズルと玄関先でいすから引きずり下ろされて、寝転んだ状態になってしまった。中から出てきた人たちは驚いて、話の顛末に大笑い。そんな大騒動から始まったランチはことの他おいしかった。ブーツをやっと履いてお別れをして夜の町に出てきたら、もう寒気ははそれほどでもなくなっていた。お腹がいっぱいなせいなのか、弾んだ気持ちのせいなのか、無理してブーツを買わなくても良かったかも。

2013年1月16日水曜日

リボンやフリル

子供の頃から女の子らしい花柄やリボンやフリルの付いた服が大嫌いで、おままごともお人形遊びもしなかった。ところが、今日の自分の着ている物を点検したら、コートにはビーズの大きな刺繍、雪解け道のために履いたレインシューズの後ろには可愛くリボンが付いている。やはり大きなリボン付きの帽子をかぶっていると、後ろから見たらちょっと太めのかわいらしい小学生に見えそう。願わくば前に回って顔を見ないでほしい。最近少し服の趣味が変わってきたような気がする。相変わらずシンプル イズ ベストではあるけれど、同じシャツにしても前立てにフリルのあるのも着るようになった。前だったらフリルが付いているだけで拒否していたものだけど。今欲しいのは大きな花柄のワンピース。デザインも頭の中に浮かんでくる。生地と作ってくれる人がいれば是非とも欲しい。今はおデブさんになってしまったが、かつてはあまりにも細いので、サイズの合う服がなくていつもオーダーメードだった。デザインも自分でしたし、生地も自分で選んだ。当時着ている人はほとんどいなかったアニマル柄をいち早く採り入れたりしていたので、よく「服飾関係の人でしょう」などと言われた。親元にいたから、服を作るたびに帽子とバッグと靴をあわせて元町に買いに行くなんてことも・・・贅沢だったなあ。今それが出来ればいいけど、そんなことしたら破産する。そうしなくても破産寸前ではある。趣味は変わらないが、守備範囲が広がったのだろうか。だんだん女性的な物も好むようになってきた。仕事があまり忙しくなくなって気持ちに余裕が出来て、女性らしくなったのかもしれないが、今頃女性として生きるのはちと手遅れ。男女平等はもちろんその通り。でも女性が男性と対等に仕事することで女性らしさを出さないようにするのは、ある意味で少子化につながり、国家力の衰退につながると言ったら、ウーマンリブの人たちにしかられる。でも、私自身が男性と同等に仕事してきたのでよくわかることは、仕事場で女性として振る舞ってはならないと言うこと。一個の人である以外にあってはならない。この枷が取れたから、時すでに遅しだけど、女性らしくありたいと思うようになったのか、あるいは惚けてきて物事どうでも良くなってきたのか、その辺がはっきりしない。

2013年1月15日火曜日

雪やこんこん

最近この辺ではまれなほどの雪の量。昨日は夜にはいるまで降り続いた。野良の姿が掻き消えていた。いったいどこにいるのかしら。住処の駐車場に時々行ってみると置いてあった餌は食べられているので、どこかで寝ているのだと思う。ベッドの中には暖かい電気アンカが入っているが、物置の扉は北向きなので、情け容赦なく冷たい北風が吹き込む。かと言って猫は自分で扉を閉めないから、しかたがない。もうすこし進化して扉くらい自分で閉めてくれればいいのに。昨日午後降り続く雪の中を出てみたら、天気予報では朝のうちはそれほどひどくならないようなことを言っていたので、軽装の人も多い。ハイヒールを履いて足がびしょ濡れの人がいる。道路が滑りやすくなっているので、見ているだけで危ない。もっと勇敢なのは自転車でカッパを着て買い物の荷物をわんさと荷台に載せて走っている人。女性が多い。忙しい主婦がやむにやまれず買い物をしているのだと思うけれど、私などはこんな危険なことはとてもできない。意外と気が小さいのです。雪だからというのでかつて履いていた雪用のブーツを履いて出かけた。スキーに行くのになんで最近この靴を履いていかないのかと思っていたら、まもなく原因が判明した。しばらく歩いたら水が沁みてきた。駅まで約8分くらいの間にもうぐちょぐちょになってしまった。デザインに惹かれて買ったものだから、機能としては多少のことがあってもと思ったけれど、これではスニーカーの方がまだまし。どおりで履かなくなってしまったわけだわ。初めて冬の札幌にいったとき、カチカチの凍った雪の道をスーツを着てハイヒールで闊歩している女性を見てびっくり仰天したことがあった。稚内では後ろから猛スピードで追い越されて転びそうになったこともある。雪国の人はこちらの雪なんか積もったうちにも入らないのでしょう。

2013年1月14日月曜日

新年会の置き土産

昨日は音楽教室の弦楽アンサンブルのメンバーが練習の帰りに楽器を持って訪れてきた。本当は私が指導しなければいけない日だったのに、宴会の準備をするからという理由にもならない理由で下ろしてもらって、せっせと食べ物の用意。お酒を飲んでから最後にと思っていたおにぎりがあっという間に食べ尽くされたのには驚いた。皆お腹がすいていたらしい。うちのパーテイーは演奏しないと食べられないという掟があって、一人または数人でなにか一曲弾けば飲んだり食べたり出来る。楽譜はうちにいくらでもある。たいていの曲はそろっているから、楽譜がないとかいう言い逃れは出来ない。弾かないつもりで楽器を持たずに来たら、餓死することになっている。人の楽器を借りてでも弾かなければいけない。短い曲をさっさと弾いて食べ物にありつく人や、グズグズ言って結局餌につられて仕方なく弾く人、弾きたくてたまらない人、それぞれがなんとか掟の演奏してその後は、飲みながら食べながら演奏する楽しい時間となった。Sさんはヴァイオリンを始めたばかりの小さなお嬢さんを連れてきて、彼女の演奏が終わるとやんやの喝采。弾くときは恥ずかしそうだったが、大人に混じって楽しそうにお行儀良くふるまっている。ヴィオラのFUMIKO先生も(実は彼女はルフォスタの講師になりました)参加して私とデユエットしたり、バッハのソロ組曲を弾いたりして皆さん大喜び。ワインが7本、料理は完食、見事に平らげた。いつもの「雪雀連」の食べっぷりとは違う。世代が若いことで納得した。それでも足りないと困るから用意してあったのを忘れて、冷蔵庫に山のようなソーセージが残った。しまった!と思ったが後の祭り。これから毎日うんざりするほどソーセージを食べなければならないのだ。

2013年1月13日日曜日

新年会

音楽教室のレッスンの中に弦楽アンサンブルというコースがあって、その生徒たちが今日我が家で新年会をするという。私に断りもなく会場をうちに決めてくれて、私はこれから準備をしなくてはならない。なんてこった。しかし、こうして来てくれるのが実はとても嬉しい。まだ若くて勢いがあった頃には毎月のように生徒を集めて「バッハ会」と称して飲んだくれていたものだった。生徒たちも若かったから、午後からずっと飲み続けて弾いたり食べたり大騒ぎ。飲み過ぎて寝てしまう人もいて、夜中まで帰らないことが多かった。今は私はそんな元気はないけれど、このアンサンブルの生徒たちは若者が多いから、きっと賑やかになるのだろう。人が沢山集まるのには慣れている。毎年の「雪雀連」のお花見では20人以上がこの部屋に集う。ギュウギュウ詰めれば30人くらいまでは大丈夫だけど、いすの数もスリッパも足りないから、今日は20人までとしてもらった。ワインが6本、足りるだろうか。メニューはいつも同じ。サラダ、唐揚げ、スモークサーモン、生ハム、ソーセージ、チーズ、ジャガイモのサラダ等々。いわゆる居酒屋メニュー。他に各々一品持ち寄ってもらうことにした。面倒くさいから大皿にこれでもかと盛りつける。食の細い人なら見ただけでお腹がいっぱいになりそう。こんな場面を想定して大皿は何枚も揃っている。それでも少し欠けてしまって捨てたこともあるのに、まだまだ、沢山あるのは、いかに宴会に明け暮れたかという歴史を感じる。この部屋で大勢の人が楽しんでくれた。2階の窓からは、眼下にすてきな桜並木が続く。家はぼろでもロケーションは最高。花見の頃には大勢の人がゆっくりと歩いて花を楽しむ。うちで花見の宴たけなわとなると下から人が見上げる。それを呼び込む人がいて、客人の一人が道行く人に声をかけた。「上がって一緒に飲んでいきませんか」すると、その人は笑って答えた。「私このうちの者の姉なんです」

2013年1月12日土曜日

バーゲンの季節

渋谷の教室に出勤する前にデパートに寄った。それが間違いの元だった。うかつにも1月も10日過ぎれば全館バーゲンになると言うことをすっかり忘れていた。売り場に足を踏み入れてすぐに「しまった」と思った。こういうところに来てはいけないのだ。とんでもないことになるぞ。デパートは人であふれかえっていた。去年の暮れに結婚披露宴に着ていく物を探し歩いたとき、気に入った物を次々に買いあさって経済が逼迫しているのに、その回復も待たずにこんな場所に来てはいけなかった。しかし、もう遅い。来てしまったのだから。時間はたっぷり余裕がある。それもいけなかった。そして、お気に入りのデザイナーの店にちょっとだけ見るつもりで入ったら・・・、すぐ、すてきなコートが見つかった。コートは売りたいほどある。去年震災の被災地に山のように送り、人形作家のノンちゃんが福島の子供たちのために人形の素材を集めているというので、一番上等なコートを寄付したにもかかわらずクローゼットは満杯。その4分の1くらいはコートで占められている。そのデザイナーの作品は私のおしゃれの琴線に触れる物があって、瞬く間にいくつか気に入った物が見つかってしまう。売り子さんたちが又お上手で、人を乗せに乗せて、どんどん品物が売れていく。見ていると常連らしい人たちが何着も買っている。どうもこのお店には魔力があるようだ。ざっと見回して、これとこれ、試着をすると、どれも楽しい色使いと変わったデザイン、カットに秘密があるらしく巧みに体型が隠れるようになっている。うーん、やっとの思いでブラウスを一枚返す。でも他の物はどうしても欲しい。特に最初に見つけたコートは本当にすてき。コートの上からマントを羽織っているように見える丈の長いデザインだから、コンサートを聴きに行くときなどに羽織るといいかも。袖が短いので長手袋が必要になりそう。数点の買い物の後、教室に向かう途中、悪いことにまだまだお店が続く。そこでうってつけの長手袋を見つけてしまった。しかし、その店はまだバーゲンが始まっていないのでぐっと我慢。バーゲンになったら買おう。でもバーゲンが始まったらあっという間に売れてしまいそうな予感がする。どうしよう。明日にでも行ってみようか。悩みはつきない。

2013年1月11日金曜日

ピアニストは超まじめ

今日は月例の「弾く会」。ピアニスト3人、ヴァイオリン、ヴィオラ各1名ソプラノ1名。これが常連で、私は去年暮れから忙しくて体調不良だったので、久々の参加となった。その間ピアニストとヴィオリストは着々と爪を研いでいたらしい。今日行ってみたらもう以前のプログラムとはがらっと変わって、皆さん新しい曲に挑戦している。ピアニストという人種は本当に勉強が好き。私は新しい曲を発掘出来ず、先日ケアハウスで弾いた「ケーゲルシュッタットトリオ」を弾いてお茶を濁す。私の不調は咳が止まらないことで、せっかく加湿器を入れてやっと良くなったと思っても、又ぶり返すの連続。しかも、私が咳き込み始めるとたまさぶろうが図に乗って「もう起きたよね。ご飯食べたい」とうるさくわめき立てる。あんないい子だったのに、たまはどうしてこんな子になってしまったのか。親の顔が見たい。それで睡眠不足と疲労のため、なかなか咳が抜けない。風邪の症状もない、熱も出ないのに、なんだか弱ってきている。さて、今日の「弾く会」の会場のOさんの家は荻窪の閑静な住宅地にあって、広いピアノ室には書画骨董が美しく飾られている。ところが去年お母様が亡くなって、もうこんなに沢山の部屋は必要なくなり、維持が大変なので減築することになったという。100坪の広い敷地は二つに分けられ、半分は庭にして部屋数を大幅に減らすらしい。お姉様とそのおつれあいとの3人暮らしには家自体が大きすぎる。それで、改築の間「弾く会」はここでは出来なくなる。もう一人のメンバーNさんのお宅も広々としているけれど、私の家からは遠くなる。反対に私の家まではNさんが来るのが大変。Sさんのお宅のピアノ室はグランドピアノが2台入っていて、あとのスペースにはこれだけの人数は入らない。先年ご主人を亡くされて大きな家に一人暮らしだから、部屋を広げればいいのにと言ったら、それも考えたけど工事をしたら防音効果が心配だという。新築の時にピアノ室だけは専門の業者が入ったので、他の建築部分とうまくつながるかどうか心配らしい。さては一人で夜中に練習しているな。がっしりした家だから昼間なら音はほとんど気にならないと思う。夜中だとそうはいかない。ほんの少し漏れても近所迷惑になる。彼女の家の隣が引っ越して更地になっているから、あれを買ってホールを作って!と提案したけど却下された。我が家は広さは十分だがピアノがスタインウエイではないし、皆の家から遠くなるのが難点。やはりピアニストたちはいい楽器で弾きたいと思う。だれか私にスタインウエイを買ってくれないかなあ。

2013年1月9日水曜日

nekotamaの写真

はじめまして。こんな顔をしています。実は顔の下の部分はブックカバーなんです。おもしろいでしょう。

2013年1月8日火曜日

野生の勘をあてずっぽうとは!

私は勘がいい。野生の勘を持っている。おほん!初対面でほとんどその人のことが見抜ける。それはいっさいのラベルをはぎ取って直接その人となりを見てしまうから。どんなにブランド物を着ていようが、どこかのお偉いさんの肩書きを持っていようが、一切気にしないでその人の芯に迫って見ることが出来る。今から十数年前、占い師の言うことを信じた友人が私に連絡してきた。「もうすぐこの世の終わりがやってくるから、そのときに助かるように、ある人に会ってみないか」と。その人は大変な力を持っていて、この世の終わりに助かる方法を教えてくれるのだそうだ。そりゃ、すごい!ぜひ教わりたい。でも、この世が終わって自分だけ助かってしまったら、後、困るだろうな。お米を作る人も電気を起こす人もいなくなって、自分だけで生きていくなんて絶対出来るわけないのに。どうしてその人は皆に教えないのだろうか。まあいいわ、おもしろそうだから行ってみよう。というわけでのこのこと野次馬は友人宅に出かけた。そこには異様な祭壇が設えられていて、布袋様のように太った神様が笑っている。まあ、ずいぶんおおらかな神様だこと。そして件の占い師登場。髪はチリチリ、太ったおばさんだった。私の勘では全くなんの力も持ち合わせていない。ああ、もう、全くどうしてこんな人の言うことを信じるのかしら。きまじめな友人は心底信じているらしい。深々と頭を下げている。ここで騒いでも仕方がないから、同じように振る舞っていたが、ばかばかしくて思わず占い師の顔をじっと見つめたら、彼女は私の視線に耐えられずふっと目をそらしてしまった。その後この世はいまだ健在で、友人は何事もなくコンサートをしていて、会場にはその占い師も来ていた。この世はどうして終わらなかったのかなあ。時々私の勘がいいことをおちょくる人がいる。私が自分で「野生の勘がある」なんて言うけど、あてずっぽうなんだからと。でも、その人に初めて会ったときに私の勘が言った。「こんな頭のいい人見たことない。この人を逃す手はないぞ」その勘が当たったおかげで私は今、たいそう楽をしている。どう、あてずっぽうじゃないでしょう?

2013年1月7日月曜日

加湿器

昨年暮れからの風邪が治りそうでなおらなかったので、加湿器をもう一台入れることにした。今まで使っていた物は加湿機能が低下したので、うちはカラカラ。猫のうち一匹の鼻炎が乾燥でかわいそうなくらい悪化してしまう。苦しそうに鼻水垂らしている。何度も病院で治療してもらったのに治らなくて、医者からさじを投げられ「いつも鼻水を拭いてやってください」といわれた。私も咳がひどくて薬を飲んでも明け方咳き込むことが多かった。これでは困るのでもう一台と思って「たまトラ」サイトに加湿器のおすすめを上げてもらった。いろいろ説明文はあるのにご推薦はたった一台。象印の湯沸かしポットの親玉のような物。このサイトの投稿者が私の性格を知っているとしか思えない。説明書も読まないずぼらな使用者にはぴったりの、お湯が沸いたらそのまま蒸気が出るという最も簡単な仕組みで、なるほど、これならどんなにあほでも使いこなせるわい。昨日まで郡山に仕事に行って留守にしていたので、猫の世話を姉に頼んで出かけた。その際この加湿器のことも頼んで出かけた。湯気が沢山出て、すぐにお湯がなくなるので何時間かすると水を足さないといけない。給水したら又セットしてね、と頼んでおいたのに、帰宅してから見ると作動していない。中を見るとちゃんと水はいっぱいになっている。コンセントも差し込んである。でも、ランプはついていない。結局姉はコンセントさえ入れればお湯は沸く物と思っていたらしい。なにもそこまで説明しなくてもと思っていた私がバカだった。さすが我が姉上。私の上を行く。この加湿器を使ったら今朝はほとんど咳が出なかった。今いろいろ機能が満載されている機械が沢山会って、その機能の中の何分の一しか使われていないことが多い。だからこういった、ストーブの上にヤカンでお湯を沸かして加湿するような、最も単純なものは貴重な存在。ただし、お湯がなくなるのが早いので、もう1,2台買ってタイマーを使って時間差で加湿しようかと考えている。

2013年1月5日土曜日

ホームエレベーター

私が住んでいるのは3階建ての集合住宅の2階。家を留守にするときには近所に住む姉が猫の世話をしてくれるが、階段を上るのがいやだと言う。そのうちに猫の面倒を見てもらえなくなると困るから、エレベーターがつけられないかと思って調べてみた。木目調の個人住宅向けのすてきなエレベーターを見つけた。あるある。これいいじゃない。ただしスペースがとれるかどうかは業者に見てもらわないとわからない。でも、これさえあれば姉は喜んで来てくれるだろう。さてお値段は?あら、安いじゃないの、これなら。でもなんだか数字が長い。よくよく見たら・・・がーん、た、高い。優に300万から400万円。ため息が出た。お猫様のためにこんな出費は出来ない。しかし、私もそのうち足腰弱って階段の上り下りが出来なくなったら必要になる。上がって下りるだけのものだから安全であれば、そんなに立派な扉や広さもいらない。それにエレベーターがあれば、猫砂をうんうん言って2階まで運んでくれる佐川のお兄さんも助かるに違いない。いつもチャイムが鳴って玄関を開けると、そこにハアハア肩で息をしているお兄さんがいるので気の毒に思っていた。それでも自分で運べないから申し訳ないけど宅配で頼んでしまう。3階に住む子連れのお母さん。両手に買い物の荷物をもって階段を上っていく。若いからまだ大丈夫だけど、そのうち住人が変わってお年寄りになったら気の毒だし。などと考えていたが、もしかしたらこの階段で、わずかな運動が出来ているのかもしれない。運動不足だと言ってスポーツクラブに入って余計なお金使うより、喜んで階段を上ることが健康に役立つ。家事も結構体力を使う。マシーンで鍛えるよりも窓ふきや雑巾がけで筋力が付くかもしれない。でもね、家事はやっぱりおもしろくないのよね。これが好きな人はそれだけで、幸せです。好きなことをやって、うちがきれいになって、健康な生活が出来るのだから。

2013年1月4日金曜日

明けたとたんにもう4日目

1月の時間はいつも過ぎるのが早い。大晦日からお正月、そして仕事始めまでの時間の経つ早さったら、あっという間。うかうかしているとすぐに2月に入ってしまう。明日からの仕事始めのせいで少し緊張が戻ってきた。今年はしょっぱなからマーラーの5番だから、暮れから譜読みに余念がなかった。元旦も朝から譜読みに入っていた。あとはワグナー、ヴェルディの序曲だから、ぜんぶ難しい。思えば去年はシューマンの「ゲノフェーファ」だった。あれも超難物だったなあ。なぜ年の初めにこんな難しい物を弾かなきゃいけないのかと思ったもの。ベートーヴェンの7番とかだといいのに。8番もいいなあ。それかモーツアルトの40番とかでもいいな。しかしそんなに世の中自分の思い通りには行かないもので、手こずりながらも大好きなマーラーを弾ける喜びと気持ちは半々。すっかり忘れていたこの曲のある箇所を繰り返し練習していたとき、急にどっと思い出がよみがえってきた。ああ、この箇所、前に弾いたときにも手こずったけ。そのときもこうして何回も何回も繰り返し練習したなあ。たった一拍の5連音符が突然記憶をよみがえらせた。12月はロンドンアンサンブルとのお付き合いで体力も気力も使って、その後疲れが出たらしく風邪が長引いている。咳が止まらない。明日から仕事に入れば風邪も治ってしまうと思う。今まではそうだった。しかし、もはや若くはないからそうできるかどうか。考えが甘いかもしれない。仕事をしないでうちにいることなど、とうてい耐えられないと思っても、そんな日は確実にやってくる。それも近い将来に。忙しすぎる時にはゆったり暮らすのが夢だったのに、実際そうなったら退屈で悪いことしでかすかもしれない。「小人閑居して不善をなす」っていうじゃない。それもいいかもしれない。どんな悪いことをするか、小人だからどうせ大したことは出来ないと思うけれど。

2013年1月3日木曜日

箱根駅伝

今日は2日目。様々な気持ちで走る学生たち。往路の途中棄権があって、記録に残らなくても復路を走る選手。何十年も続いた完走が途切れ、シード権をなくし悔しい思いは全員にあると思うけれど、その原因になってしまった学生の気持ちはどんなに惨めなことかと思うと、駅伝は残酷だと思う。その人は生涯このことを夢にまで見て自分をさいなんでしまうだろう。怖くて次の年には走れなくなってしまうのではないか。本来マラソンは個人プレーのはず。といってもサポートするたくさんの人がいて成り立つものだけれど、それでも個人が勝つか敗れるかで終わる。しかし、駅伝は一人の肩にそのほかの選手の分まで重荷を背負わされる。猫的性格の最たる私などは、もし、足が速かったとしてもとうてい耐えられない。こんなことは絶対いやだ。と、言いつつ、オーケストラなどという全体主義的な音楽のジャンルが好きというのは矛盾しているかもしれない。オーケストラに所属していた頃は若くてものすごく勢いのいいおねえちゃんだったから、私がこのオーケストラを肩に背負っているのよ、位の気概で演奏していた。所属を離れ野に出てみると優秀な人は沢山いて、若い人たちが冷静に仕事をこなしていくのを見ていると、自分の思い上がりが恥ずかしかった。オーケストラの弦のセクションは10人以上がシンクロして動く。弓の上げ下げ、音程、何よりもパート譜をきちんと弾くことを要求された上で、他の人とのバランスや指揮者とのアンサンブルをしなければいけない。しかも全員が同じように動かなければ、パートのなかで軋轢が生じる。その怖さはやったことのある人でないとわからないと思うが、一流のオーケストラでも震えてしまう人が沢山いる。日本でも屈指の某オーケストラのメンバーと電車の中で出会ったとき「昨日は新世界でした。僕は震えたけど、まわりも震えていました」と話を聞いたことがある。震えは伝染する。右手のヴィブラート?これだけはごめんなさい、かけたくない。オーケストラの怖さが駅伝の選手たちに結びついてしまう。勝者は感動を呼ぶが、敗者は歯牙にもかけられない。もし、一人だったら負けても次があるさとがんばれる。でも途中棄権してチームをどん底に突き落としたら・・・・考えただけで震えそう。

2013年1月2日水曜日

今年は天中殺

今年の運勢は「天中殺」一昨年から今年にかけて「大殺界」だそうなので用心するようにと占いに出ているけれど、どうやって防いだらいいのかわからないから、いつも通りで暮らしている。そういえば何年かに一度は結構な大病するし、仕事があまりなくなってしまう年や、人とのつながりがが突然消えてしまうことも何回かあって、そういうときはこれから新しい展開があるのだとおもしろがって期待する方だから、天性ののんきさで救われているのかもしれない。それでも感受性は強いから、へこむときには思いっきりへこむ。それをしないで、いつも明るく前向きになんて言うのは出来ない。悪いことが起きたら今年の運勢が悪いのだからと思えば、あきらめがつく。占いというのはとても便利なものなのだ。12年前天中殺だった時期には大事な人とのつらい別れがあった。その他には、ある人との諍いが絶えず、占ってもらったらたいそう悪い時期だからと言われたので、少し納得した。その人とは次の年には仲直りが出来て、それから仲の良いお付き合いになった。一昨年暮れにはその人が亡くなるということがあり、これも運命かと悲しみをこらえた。今年一年何事もなくというのは虫の良い話かもしれないが、悪いことがあっても「天中殺」なんだから我慢しようと自分に言い聞かせられる。そういう意味でも占いは役に立っている。どこかのタレントさんのように、何もかも信じて占い師に身を委ねるなんてことは金輪際ないけれど、女性たるもの、少しは占いを信じたっていいじゃないかと思う。それも自分に都合良く解釈すればいいのだから。それに悪い運勢は今年までだそうだから、来年からは大輪の花を咲かせるかもしれないでしょう。明るい未来が控えているなあ。楽しみだなあ。いったいどんな幸運期が訪れるのだろうか。我慢我慢。今年はさえないかもしれないけど、どうか皆様お見捨てなく。12月からずっと咳がとまらない。これも天中殺のせいかしら。健康診断を受けないと。

2013年1月1日火曜日

新年明けましておめでとうございます

今年もどうぞよろしくお願いします、と、たまさぶろうが申しております。もちろん私からもどうぞよろしくお願いします。たまさぶろうもすっかり年をとりました。今年16歳、人間なら90歳くらいでしょうか。写真を撮ってお見せしたかったのですが、テーブルの下の奥まったところで眠っていて撮れません。機会を見て撮影してご覧に入れたいと思っています。なんたってこのブログの初期の語り部はたまさぶろうなんですから。たまさぶろうがこのブログを立ち上げたので私が便乗して、そのうち私が乗っ取る形で今日まで。こんな日記のような物を誰が読むかと思っておりましたが、意外にも大勢の方が見てくださっているようで、ありがとうございます。たまさぶろうも餌をくれる飼い主には逆らえず、私に投稿者の座を譲り渡して今は惰眠をむさぼっています。夜中に目が覚めると寂しいらしく、大音声で叫ぶので、飼い主は眠れない夜を過ごしています。眠れないと言っても飼い主は睡眠の達人ですから、睡眠不足にはなりません。それとやたらにべったりとくっつきたがる。もう、必死といっていいほどの形相で甘えてくるのも一種の惚け症状でしょうか。今食べたばかりなのにすぐに餌を要求するのも。この先数年の命をいとおしく思いながらも、こちらも年経て怒りっぽくなっているのでフーッなどと威嚇しながらの毎日。どちらが猫だかわからなくなってきました。今年も猫世界と人間世界を行ったり来たりしながら書き続けていきたいと思っております。ところで私は去年と今年は天中殺、もの凄く悪い運勢らしいのですが、昨日までは何事もなく相変わらずののらりくらり、それではその分今年に上乗せかとおびえています。でも、私の悪運はたいていお腹壊し程度がおちなので、皆様のお助けをお借りして今年の悪運を乗り越えて行きたいと思っております。皆様もどうぞお元気で良い年になりますように、ご幸運をお祈りしております。