2018年1月28日日曜日

怪我

北海道へ出発する。

ところが1週間ほど前、右腿後ろを強打。
すぐに治ると高を括っていたけれど、中々痛みが引かない。
歩くと悪化するので、ここ数日歩かないようにしている。

最寄り駅の階段で滑って尻もちをついたのは電車に飛び乗ろうとしたためで、良く考えればなにも急いでいたわけではないのに、粗忽者はこうやって自滅する。
出発のアナウンスが聞こえたから下りの階段でダッシュ!
次の瞬間靴の底がつるりと滑った。
同じ階段を隣り合わせで走っていた若い女性が手を差し伸べてくれたけれど、たいしたことないからと断って自力で起き上がって又ダッシュ!
出発には間に合った。

その日は何もなく帰宅して次の朝、あれ?どうしたのか脚が痛い。
脚と言ってもお尻の方が近い。
何が原因かわからなくてしばらく考えた。
ああ、そうだ、階段でコケたからね。
その日もそれほど痛くはなかった。
ところが夕方散歩に出て10分くらい歩いた所で、痛みが強くなってきた。
いつもの公園をぐるっとひと回りすると、だいたい30分くらい、その後商店街に行って買い物をして帰宅すると、だいたい1時間ほどになる。
それが日課のようになっている。
ところが公園の半ばですでに痛みが出たのでどうしようかと思ったけれど、無駄に我慢強いところがあって、ええい!我慢我慢。

最後の10分くらいは時々休まないと歩けなくなった。
次の日も我慢して歩くと絶えられないほどの痛み。
すごすご帰宅。
次の日又その次の日は家でおとなしくじっとしていた。
動かなければ痛みは薄らいでいく。

痛みが軽減したところでようやくホッとして、明日からのスキーはまあ、大丈夫だろうと思ったけれど、今朝又やってしまった。
わが家の北側に先週降った雪が残っていて、誰かが滑ると危ないと思ってスコップで陽の当たる東側に移していた。
やってみると案外簡単に雪が掬えるので、調子に乗って大きめの雪をガサッと持ち上げて体をひねった途端、ズキリときた。
シマッタ!

私の人生で今までどれだけのシマッタ!を言ったことか。
シマッタの数で地球7周分くらいになりそう。
考える前に走り出すのはどこの国の人でしたっけ?
走ってから考えるのではなくて、走っても考えないのは誰?
これは慌てた。
今まで治ると思っていたから使わなかった湿布薬をべたりと貼って、歩かないようにしている。
初日のスキーは休み、ワインを飲んで遊ぼう。

ホテルでは高価なものを除いて、終日飲み放題。
食事もお菓子も食べ放題。
危険極まりない生活をこれから4日間、体重が増えたら膝や腰に負担がかかる。
困ったことになった。

以前行った時に、雪の積もった広場でゴムボートを車で引いてもらって遊んだけれど、お尻が痛くてはそれも出来ない。
そのコースはけっこうアップダウンが激しくて、上下に揺れる。
下り坂でお尻を打ったら悲鳴が上がる。
プールに行っても泳げないかもしれない。
劇場で寸劇や歌や踊りが見られるからそこで暇つぶしかな。
おとなしく本を読むか。
2冊荷物に追加した。


























2018年1月27日土曜日

入居者募集中

優良物件

1戸建て、ワンルーム。

ベッド数2個、1個に暖房設備あり。
扇風機もついている。
LEDランプ付き、広さは何名でも充分だけど、皆さんなぜか1名ずつ泊まりに来る。
住宅の中は2段式の棚。
複数でも広々使えます。
敷金礼金家賃なし、朝食付き。
難を言えば、スチール製なので寒暖の影響が激しい。
ドアは開け放してあるので隙間風ひゅうひゅう。
ただし、車の陰なのでひと目につきにくく、隠れ家としてはもってこい。

こんな良い条件で今まで常に入居者が絶えなかったのに、最近朝食はなくなるものの暖房付きベッドには誰も寝た形跡がない。
野良達どうしたのだろうか。
今年は例年に増して寒さが厳しい。
皆元気なのかしら。
とても心配しているけれど、飼い猫と思われる太ったトラ模様が1匹、ニャアと言って朝食時に現れるのみ。
アンタはお家で食べなさい。
そんなに太っているのだから、野良の分まで食べるんじゃない。

常連さんのミケもすっかり毛艶が悪くなって、最近はぱったり姿を見せない。
まさか・・・・とは思うものの・・・ドキドキ・・・
去年川を隔てたアパートに大量の猫が産まれた。
まさに10匹越え。
沢山居る時数えたら20匹近い。
1階の部屋のドアが時々開け放されて、大量の猫が餌を食べたりのんびり日光浴をしたりじゃれたり。
それはとても可愛いけれど、近所の人はたまったものじゃない。
可愛がられていると見えて、皆落ち着いている。

通りすがりにチラッと中を見ると、普通に人が住んでいる気配はなくて、三和土に餌用のお皿が散乱している。
ここ1部屋猫用なのかしら。
それでも傘が干してあったり、時々男性が出入りしているからたぶん飼い主。
そこで産まれたホルスタイン模様の若猫たちが、時々橋を渡って来ているようだ。

猫も年を取ってくると若いものに押され気味。
それでテリトリーを荒らされているのかもしれない。
1度、茶トラの可愛い子猫が現れたので、しめた!手懐けて飼ってしまおうと思ったら、すぐに来なくなった。
野良社会の厳しい掟は中々破れないのだろう。

そんなわけで今私の貸し部屋は空いていますよ。
近所の猫さんたちの口コミでなんとか入居者を見つけて頂きたい。
オス猫は今頃メスを求めて寒風の中、さまよっているかもしれない。
春になると又大量の子猫が産まれてくる。
その全部がちゃんと育つわけではないから、なるべく不妊手術をしてやってほしい。
不幸な子が沢山出ないように。

2階は私の住居で猫1匹。
3階は人が3人と猫2匹。
だから1階にも猫がいないとバランスがとれない。
もっと暖かい場所があって、そこでヌクヌクしているのだったら良いけれど。
野良サン達苦労していないかなあ。

















2018年1月26日金曜日

身支度

スキー場に荷物を送りに行ったら、ヤマトのスタッフから、プレー日までに届けられる保証はないと言われてしまった。
もう少し早めに出すつもりでいたのに、私は明日にまわせるものは今日やらなくても良いという性格なので、呑気に構えていた。
それでも流石にこの猛烈な寒気で雪の量が半端ないというので、多少危機感を持って予定よりも一日早く出しに行った。
ヤマトさんに集荷を頼んでいたけれど、取りに来るのが夕方だというので一刻も早くと思い、朝自分で持っていった。

いつも頼んでいるお蕎麦が予約の一日遅れで到着。
昼ごはんはお蕎麦の予定が狂ってしまった。
それほど荷物がたまっているのかもしれない。

板のほうはスキーのメンテナンス業者から直接ホテルに送られて、無事到着。
ウエアやヘルメットなどが届かなければレンタルという手もあるけれど、私は小柄だからサイズが合わないかもしれない。
ストックが壊れたので近所のスポーツショップに行った。
サイズ合わせをしてもらったらジュニア用で良いというから、買ってきた。
ところが家でグラブをはめてホルダーの紐に手を通すと、紐が短くてストックの握りが握れない事が判明。
慌ててサイズ交換に走った。

やはり丈は短くても横幅は立派な大人。
手袋は二重構造でインナーと外側が分離できるので、その分厚みがしっかりある。
これではジュニア用の短い紐では通らない。

働いているからこそ遊びが面白いのだと最近の実感。
それに退屈でたまらないから、そろそろなにか考えないといけない。
仕事はやめないほうが良いですよと忠告してくれた人も居たけれど、とにかく自由になりたくて放り出してしまった。
最近、仕事の依頼があった。
どうしても弾いてほしいと言われて少しその気になって、カレンダーを見たらスキーの予定。
しばらく考えたけれど、仕事を断念した。
もう世間様に仕事はしないと宣言したことだし。
仕事に行ったら行ったで、せっかくのスキーをやめたと言ってブウたれるのは目にみえている。
スキーに行けば仕事が取れなかったと、仕事をしていればそのために遊べないと愚痴を言う。
どちらにしても超ワガママなのは猫の性格だから、いたしかたがない。

演奏の仕事は現場に居なければ絶対にお金はもらえない。
残業とか次の日に回すとかは出来ない。
エキストラを入れてしまうようでは信用に関わる。
だからフリーといってもぜんぜん自由ではない。
自由なのは仕事の依頼が来た時に引き受けるか受けないか、本人次第。
しかし、1度断れば2度めがあるとは限らない。
それで無理してでも引き受けることになる。
去年は好きなことだけやって張り切りすぎてえらく疲れた。
今年はペースダウンして休息の年にしようかと。
果たしてどこまで我慢できるかしら。

スキー場に荷物が届かないという時のために、水着を手荷物に入れた。
スキューバダイビングをやめてから水にはとんとご無沙汰している。
ダイビングのライセンスを取る時に、ボンベを背負って100メートル泳がされたことがある。
私はそれまで50メートルがせいぜいだったので、これは大変だった。
最後の数メートルは死にそうだった。
水の中にいるとゆらゆらしてリラックスできる。
けれどプールはたまに変なおじさんがいるから嫌い。
かと言って自宅にプールがあるような豪邸には住めそうもない。
やれやれ先立つものは何と言ってもお金ですなあ。


















2018年1月24日水曜日

スキーシーズン

本白根山の噴火の様子をテレビで見たけれど、怖しい。
テレビのスタッフが偶々白根山の撮影でゴンドラに乗っていたところに、噴火が起きて噴石が飛んできた。
ゴンゴンと石の当たる音や噴煙に包まれて真っ暗になる映像は、現場に居たらどれほど怖かったかと思いやられた。

草津スキー場は随分前に一度行ったことがあって、家族向けのとても良いスキー場だった。
私が滑れないほどの急斜面もなく、長い距離を一気に滑れる。
何よりも温泉が良かった。
地元の人が入る温泉があって、そこで湯婆々みたいな人が采配を振るっていた。
まず、かけ湯をしてからそこに座りなさい。
洗い場まで指定される。
お湯の入り方はどうのこうの。
あがったらちゃんと汗がひいてから着なさい・・・等々

こういうのを嫌がる人も居るかもしれないけれど、私は面白がって言うことを聞いた。
家族のおばあちゃんに言われているみたいで楽しかった。
それに何と言ってもお湯が良かった。
初めて温泉にも質の良し悪しがあることを知った。
草津は私が行った温泉の中でもピカイチだった。

訓練のために現場にいた自衛隊の隊員の方は、本当に運が悪かった。
お気の毒で言葉も出ない。
たまたま飛んできた石に当たってのことと思うけれど、日本を守るために自衛隊に入ってこのようなことで命を落とすなんて。
ご家族や同僚の無念が忍ばれる。

今週末から私も北海道へスキーに出掛ける。
帯広空港からバスでサホロリゾートへ。
サホロのクラブメッドのホテルで4日間、楽しみにしているけれど、スキーは大自然と向き合うので今まで多少危ない目にもあっている。

2,3年前に行った志賀高原。
夕暮れに一人でこっそりコブの急斜面に入った。
他の人がいると気を使うから内緒で。
滑り始めて、しまったと思った。
このゲレンデは以前はしっかり圧雪されていたので、夕方になるとテカテカに凍って良く滑った。
最近は経費節約か、雪の量が多すぎてか、あまり圧雪されていない。
こういうボタボタ雪は私の脚力では手(足)に負えない。
ゲレンデは閑散としているから好きなように行けばいいとおもったけれど、3分の1ほど降りたところで雪だまりにスキーの先が入ってびくとも動かない。
抜くことも進むことも出来ない。足首が変なふうにねじれてこのまま引くと捻挫するから動くわけにはいかない。
ビンディングを外すことも出来ない。
偶々一人滑り降りてきた人に声をかけたけれど、気がついてもらえない。
ああ、夕飯に間に合わない!
こんな時にもご飯のことが気になるなんて。
仕方がない、そのうち気が付いて誰か迎えに来てくれるさと思った時、又一人救世主現る!!
大声で呼びかけるとやっと気がついてもらえてスキーを引き抜いてもらった。
地獄に仏とはこのこと。
やっとホテルに帰って話すと、仲間はなにも言わないけれど非難の眼差し。

菅平スキー場では、ウェーデルンの練習中。
調子に乗って滑っていたら、木の根元の穴に突っ込んで出られない。
仲間がすぐそばを滑っていくのに誰も気が付かない。
いくら叫んでもゲレンデの両サイドが緩やかに落ちているので、ひと目につかない。
大声で喚いてやっと通りすがりの人に引き抜いてもらった。
天神平スキー場のコブの下で転んだら、私の顔の上を通った人がいた。
口の周りが切れた。

普段口では威勢のいいことを言うからずいぶん無鉄砲だと思われがちだけれど、本来非常に臆病者。
君子危うきに近寄らずを決め込んでいる。
君子でもないのに。
今まで無事にこられたのは、決して怪我をしてはいけないと言う配慮から絶対に無理をしなかったから。
天候が悪ければ即中止。
体調が悪ければ宿で休息。
急斜面では安全を優先に、どれほど格好が悪くても1番安全な方法で降りる。

カナダのカルガリースキー場では午前中3本滑ったらおしまい。
もっともあちらの1本は日本のリフトの3倍くらいの距離。
ガイドさんが「わざわざカナダまできて3本ですか」と呆れていたけれど、次の日になったら「こういうのもいいですねえ」と共感してきた。
ガツガツ滑るだけが能じゃない。
その時のこと、山々に谺する鈍い爆発音。
「あれ、なんの音かわかりますか」とガイドさん。
「あれはダイナマイトで雪崩を起こしているのです」
カナダはスケールが違う。
もし日本のゲレンデであんなことをしたら、麓の街まで巻き込まれてしまう。

谺で思い出した句。
   谺して 山ほととぎす ほしいまま  久女 

去年サホロで私達の仲間が立ち往生して、スノーモービルで迎えにきてもらったらしい。
彼女はベテランだけれど、高年齡で足腰がきかなくなってしまった。
私も10年後にはそうなるのは必至だから、そろそろ覚悟決めないと。
それにしても我がクラブの会長恐るべし。
彼はもう米寿に近いのに、未だに誰よりも早い。
















2018年1月23日火曜日

雪で雑談

初めて札幌に行ったのは真冬。
公園に行ったら雪まつりの準備の真っ最中だった。
どうやってあんなに大きな像を作るのかと思ったら、雪を運んできてブロック状のものを積み上げてそこに水を撒いて氷らせる。
表面がピカピカになって仕上げにかかる、とまあ、こんな具合らしい。
私が行ったときには夕方で、作業が終わっていたから詳しくはわからない。

札幌の繁華街に繰り出すと驚いたことに、薄いコートを着て帽子をかぶりストッキングとハイヒールの女性がスタスタと交差点を渡っていった。
目が点になった。
私はといえばブクブクに重ね着をして毛糸の帽子、底がぺったんこのスニーカー。
それにすべり止めの金具を取り付けて恐る恐る摺足で歩く。
能役者ではないけれど。
ここで鼓をポン!なんて鳴らされたらスッテーンと転びそう。

女性がおしゃれなのが札幌人とみた。
その後、薄野近くの木彫りのお店に立ち寄ったら、店の名が私の名前と同じ。
誰の名前か訊いたらオーナーの女性だとのこと。
彼女は店に居なくて、木彫りの職人さんが居酒屋に行ってご馳走してくれた。
大した買い物をしていないのに、これはどうしたことか。
一応断ったんですが・・・
一緒にいたチェロとヴァイオリンの女性たちに特別美人はいなかったし、そうか、場所が狸小路だったから私がシンボル的存在?
その職人さん、大きな人でマントを着て高下駄はいて、ずんずん歩く。
一種の変人だったのかもしれない。
私たちは訳がわからず、戸惑いながら従いていった。
なにが気に入ってくれたのかは謎???

昨日夜中まで雪かきをしていたお隣のご主人。
10年ほど前、雪道でころんだ女性を助けたら自分が転倒して脳震盪を起こし、病院行きとなったと言う。
その女性は雪道でゆるい傾斜の下り坂を「こ~んなに高いハイヒールで歩いていたんだから」とご主人。
指で10センチ程の高さを示した。
「本当に迷惑だよね」と。
その女性も会社に行くのにハイヒールが履きたかったら、靴を別に持っていけばよかったのではないかと思うけれど。
ニューヨーカーがハドソン川?をスケートで通勤、会社に着くと靴を履き替えるとか聞いたことがある。
これは格好いいなあ。
















雪かき

昨日朝からちらほら雪の気配。
雪が降る時は、いつもの日とは雰囲気が違う。
重く垂れ込めた雲が冷気を孕んで、やっとのことで上空に留まっている感じがする。
一つきっかけがあればすぐにでも雲は雪に変わって落ちてくる。
朝のうちに買い物を済ませてゆっくり歩きながら時々上を見上げると、降り始めてしまえばそこには軽やかな雪の乱舞。
冷たい風が心地よい。

この風を受けると私は急に元気になる。
やっと本格的な冬到来。
家に帰って時々窓の外を眺めるとどんどん降り積もって、見ているうちにどこもかしこも真っ白。
雪はどんな汚いものも無垢にしてしまう魔法のようなもの。
この雪を自分の内に入れたら、私も心が綺麗になるかしら。
雪の降る間も雀さんたちがベランダに飛んでくる。
彼らは羽毛で武装しているから、少しも寒そうではない。
野良猫たちはどうしているのかなあ。

夕飯が終わって外を覗くと、かなりの積雪。
今のうちに雪かきをしておかないと、明日の朝は玄関が凍ってしまうと思った。
スキーのヤッケとグラブ、キャスケットをかぶり足元は深い編上げのアウトドア用の靴。
何をするにも大げさな気がしたけれど、仕事は雰囲気から入らないとね。

毎年雪かきはするけれど、実を言えばしないほうが良い。
何故かと言うと、たいてい次の日は晴天で、お天道様がゆっくり溶かしてくれる。
それまで待ったほうが良いのに、嬉しくなってつい雪かきをする。
かなり強く降っているので、掻いたそばからすぐに降り積もっていく。
お向かいのご夫婦も出てきて、あちらは夜中まで楽しそうに働いていた。
私はすぐにイヤになるので、途中で諦めて、面白い雪遊びをやめた。
時々近所の人が出てきて、子供がはしゃいでいる。
そのうち若い女性が何度も行ったり来たりして、雪の中を走っている。
これはなんなんだろう。
雪道のマラソンのトレーニング?それとも単に嬉しいから?

数年前の大雪のときには、スキーの板を担いで嬉しそうに歩いて来る男性を見かけた。
「あら、スキーですか、どこで滑るの?」と訊くと「動物公園の坂道で」と答えた。
近所に小さな動物公園がある。
小高い丘の上にあって、レッサーパンダや輪尾狐猿など小さな動物がいる。
そこのスロープはなるほど丁度いいゲレンデになる。

雪国の人に言わせれば、雪なんか珍しくも降られて嬉しくもない。
都会の人にとってはワクワクすると同時に甚だ迷惑なこと。
電車は遅れ道路は渋滞。
今朝のニュースはその話でもちきり。
昼ころにはかなり日差しが強くなって、交通渋滞も解消したのだろうか。
毎年雪の季節に知らされる混乱の様子には、少しうんざり。
最近の天気予報はよくあたる。
わかっているなら、事前に対策はいくらでも出来ように。

今朝は珍しく寝坊をした。
目が醒めると明るい。
いつもは日が登る前には起きているからこれはどうした異変かと考えたら、雪かきが私にとっては重労働だったらしい。
たぶんやりなれないことをやって疲れたのかも。
たまには体を動かしてみるのも悪くない。
私は体を動かすよりも頭で考えている方が好きで、それもろくでもないことばかりだから、しょうもない。

今朝仕上げの雪かきをしていたら、通る人がお礼を言ってくれる。
「ありがとうございます」「いいえ、お気を付けて」なんて会話が。
そして昼ころには日差しのあるところはすっかり溶けてしまった。
別にしなくても良いけれど、時々近所の人と交流できるのも雪のおかげかな。



























2018年1月20日土曜日

華のある人

今日やってきたのは以前教えていた女性。
私が13年前にリサイタルをした時に聴きに来て、それ以来会うことはなかった。
つい数日前、電話がかかってきた。
明るい声で「Fです」と名乗る。
声ですぐに分かった。

最近は年賀状のやり取りのみの付き合いだったが、元気にしていると思っていた。
ある時結婚式の素敵な写真付きの年賀状。
まあ、綺麗!
でも、電話でしばらく話していたら「私離婚しました」
そうなんだ、なにが彼女にあったのか。
口調はどうも嬉しそうで、どういう経緯かは知らないが、めでたく離婚?

男性が、パワハラ、モラハラ、マザコン。
女性も自立してきたから、わりと簡単に離婚が出来る世の中になった。
昼過ぎニコニコと現れたのは、ほんの少し大人っぽくなった彼女。
一別以来、ほとんど年をとっていないような雰囲気で。
教えていた頃はまだ高校生だったからお嬢さんだったけれど、今はキャリアウーマン。
小顔で、スラリとした手足。
ヴァイオリンを背負ってきた。

よし、今日は一緒に飲もう!
ちょっとしたツマミを用意しておいたので、ワインを開けて乾杯!

タコとかぼちゃ、大根のカルパッチョ風。
スモークサーモン、生ハム、玉ねぎ、柿の前菜。
ローストビーフと生野菜。
アボカドとクリームチーズのペーストにナッツをトッピング。
去年の11月に解禁のボジョレーヌーボー。
甘いワインが好きというのでドイツの白ワイン。
ゴマとレーズンのパン2種。
冷蔵庫にあるものを寄せ集めたらこうなった。

飲みながら話していると、彼女が高校の文化祭で弦楽アンサンブルの指揮をしたことに及んだ。
Fさんともう一人、彼女の同級生のKさんにヴァイオリンを教えていた。
KさんはFさんより大柄で、目がぱっちりとしたひときわ目立つ美人だった。
それに比べてFさんは、美人ではあるけれど、ほっそりとして地味な感じ。
2人とも文化祭の花形で、交代で指揮をした。
その日私は彼女たちの高校へ行って、二人の登場ををワクワクしながら待っていた。
意外なことに、近くで見ると断然Kさんの方が目立つのに、ステージで見るFさんはそれ以上に輝いていた。
細身の彼女が大きく見えた。

私はテレビやステージの仕事が多かったので、こういう場面に度々遭遇している。
女優Nさんはカメラテストの時の素顔はなんとも生気がないのに、レンズを通すとすごくきれいなのに驚いたことがあった。
越路吹雪さんがリハーサルのときと本番では、まるで別人だったことも体験している。
華のある人というのは内部から光を放つものだと思った。
姿とか顔だけでなく、全身から発するエネルギーがオーラとなって見る人を魅了する。

Fさんのヴァイオリンは随分使っていなかったわりには、綺麗に保存されていた。
ただ最近の乾燥で弦を巻く糸巻きが緩んでしまって、音が下がる。
調弦が難しいので専門家の手入れが必要。
楽器を持ってきて「離婚したので、これからは自分の好きなことをします」と言うから又ヴァイオリンを弾いてくれるかと期待している。
教える側からすれば、せっかくこんな魅力的な楽器に出会ったのだから、生涯どんな形でもいいから弾き続けてほしいと願う。




























2018年1月17日水曜日

女子会

今年初の女子会。
12月に忘年会をやったので裏を返して新年会。
いそいそと集まる中、一人だけ忘年会、今回と風邪でダウンした人が居て少し心配。
風邪とは言うけれど、あの飲ん兵衛が飲み会を続けて2回も欠席とは・・・

年をとると愚痴や健康の心配ばかり口にする人が多い中で、このグループは集まったときには徹底して楽しく会話する。
誰が決めたわけでも無いけれど、それぞれの人の病気の治療が終わってからそのことを知る事が多い。
リーダー的存在のKさんは、ある時期急に音信不通となった。
誰に訊いても彼女の所在がわからない。
1年が過ぎ、誰もが心配していたらひょっこりと姿を現した。
実は病気の治療をしていたとか。
ガン告知を受けた時、あら、そうなの?と思ったけれど、まあ、仕方がないかと思ったと言う。
聞けば恐ろしく痛い検査があるとか。
それをケラケラ笑いながら話す。
男は愛嬌女は度胸?

他のメンバーも似たり寄ったり。
あら、手術したの?まあ、知らなかったわ、なんて会話が。
私も乳がんの手術の前日まで仕事をして、ステージが終わってから「実は明日手術なの」と言ったら、主催者が絶句していた。
手術の2日後には、名古屋で10時間に亘る仕事を何食わぬ顔でしていた。
だから、私がガンだったとは未だに知らない人も多いと思う。
んなことないか、ここでさんざん書いているしね。
猫は気分がわるいと黙って押し入れに篭って回復を待つ。
そんな感じでお互い自分の辛さは他人に話さない。

そうそう、私もがん告知された時は、へえ!と言う感じだった。
看護婦さんが深刻な顔をして慰めてくれたけど、大丈夫、私は死なないと思ったし。
流石に夜ベッドに入ると考え込んだけれど、当時飼っていたモヤという猫が優しく慰めてくれた。
モヤは自分も病気で苦しんだから、他人の痛みもわかるらしい。
皆さん動物を飼いましょう。
彼らは、本気で心配してくれる。

今回、この集まりでは珍しく私が愚痴を言った。
子供のいる人は良いわねえ。
私なんかだんだん兄姉に死なれてさびしいわ。
そうねほんとよね、寂しいわよね。
こういう時に共鳴してくれる。
あらそう、私は大丈夫よ、寂しくなんかないわ、貴女も元気出しなさいなんて叱咤激励されたらムッとする。
ひたすら共感を現してくれるのが優しい。

前向きに生きなさいなんて背中ポンと叩かれたら本当にいやだわねえ。
人は落ち込むことがあっていい。
愚痴を言ってもかまわない。
ときにはおいおい泣くのも良い。
いつもいつも元気でいないといけないなんて誰もできるわけない。
暗いことを悪いなんて誰が決めた?

このメンバーたちも、それぞれ親の介護や自分の病気で大変なこともあるけれど、素直に受け入れる。
プラス思考とか言うけれど、自分の信じる道を真っ直ぐに深く進んできた人たちは、そんな言葉を必要としないくらい強い。
自分の人生を肯定しないでどうするの。
自分を愛さないで他人を愛することはできない。

このメンバーの中で1番若い人は、自身の仕事が忙しいのとご主人の赴任先が海外なので中々参加できないでいた。
最近ご主人が赴任先から日本に帰るので、今後は飲み会に参加したいという。
この会が始まった初めの頃に参加したものの、その後日本、ヨーロッパ、アメリカと飛び回っていたらしい。
そんなわけで、今後は少し人数が増えて賑やかになりそうで嬉しい。
女子会改め「男勝りの会」とでも言うほうが良いかもしれないけれど、芯は皆女性らしい人ばかり。
強さと優しさは表裏一体なのだ。




























2018年1月15日月曜日

悪魔のトリル

タルティー二のソナタ「悪魔のトリル」
私はこの曲が好きで時々弾いていて、久しぶりで楽譜を取り出した。
2月の同級生の勉強会で弾いてみたいと思った。
このソナタの冒頭部分が特に好きで、格調高い調べが琴線に触れる。
そこが終わると最初の忙しいトリルが始まるけれど、ここはまあなんとかいける。

しかし4楽章のずっと同じ音でトリルを入れながら、そこに旋律を浮かび上がらせる部分が非常に大変。
私は左手の幅があってヴァイオリンを弾くのには便利だけれど、それでも目一杯指を伸ばさなければならないところがある。
左指に力が入れば当然右手にも影響するし、中々のくせもの。
you tubeでパールマンが弾いている動画を見たことがあるけれど、なんの苦労も無いように弾いている。
左手の指も、私なら目一杯伸ばさないと届かないところが、彼はごく普通に指を曲げて取れてしまう。
手の大きさが全然違うのだ。

本当かどうか知らないけれど、パールマンが日本に来た時の逸話がある。
某オーケストラで協奏曲をひいた時、足のわるい彼を労ってのつもりか「おみ足が悪くてご不自由ではありませんか?」と訊いた人がいたそうな。
要するにヴァイオリンを弾くには手だけでなく、足の踏ん張りも必要なので。
本当にこんなこと言うかなあと疑問だが・・・
するとパールマンは「別に不自由はありませんが、あなた達は手が不自由ですね」と切り返したらしい。

トリルの難しさよりも、この曲の風格が素晴らしいと私は思っている。
今を去る数百年前(1740年)にこんな難しい曲が書かれて受け継がれてきた。
この曲が有名なのは作曲者自身の言葉として「夢の中に悪魔が出てきてヴァイオリンで素晴らしい曲を弾いてもらった。目が覚めてすぐに楽譜に書き取ったけれど、それは夢の中の曲ほど素晴らしくはなかった」
このエピソードは後の人の創作ではないかと言われているけれど、バロックソナタの最高峰に立つものと思える。
このエピソードがなくても名曲中の名曲なのだ。
うちに秘めた豊かな情熱が心を打つ。

いつもの相棒のSさんがから、次回の勉強会では久しぶりにソロが弾きたいから、貴女は無伴奏でやってと突き放されたから、う~ん。
年明け早々バッハの無伴奏はきつい。
半月以上怠けていたから楽器も鳴っていない。
それでこのメンバーのもう一人のピアニストのNさんに声をかけた。
Nさんとは以前この曲を一緒に弾いたことがあるので、どう?と声をかけたら受けてくれた。
決して無伴奏より易しいとは思わないけれど、この曲は何回か弾いているから譜読みに時間がかからないと思ったら、どっこい、すっかり記憶が抜けていた。
私の脳に住む海馬は冬眠中のようだ。
馬も冬眠するって知らなかった。

今譜面台に載せてあるのは、最近譜読みを始めたプロコフィエフのデュオソナタ、ヴィヴァルディの4つのヴァイオリンの協奏曲、モーツァルトのディヴェルティメント17番。
それとベートーヴェンのクロイツェルソナタとタルティーニの悪魔。
これらが並んでひしめき合って、手招きされている。
おいでおいで、早く弾いてよ。
困った!
気が付かないふりして慣れない掃除をしたり、ハリー・ポッターを読んだり、ゲームをしたり。
それでも気になって時々譜面台に近付いて、パラパラとめくり時々音を出す。
時々では歯がたたないほど大曲ばかりで、どれから手をつけてよいやら。

とりあえず時系列で並べて、先に本番があるものから練習しようと思っても、どうしても大好きなモーツァルト、プロコフィエフの順になってしまう。
モーツァルトはこの先まだコンサートの当てもないのに。
いつかもう一度という憧れだけで。
まずヴィヴァルディ、ベートーヴェンから練習しないといけないのに。

まだお正月の怠け癖から抜け出られない。
本番が終わって一旦火を落としてしまうと、再燃までが難しくなる。
チロチロとでもいいから火種を絶やさないことが秘訣だけれど、どうもお正月というのは特別なので。
単に時間の経過であると言ってしまえばそれまでだけど。

そして3日ばかりかけて練習量を徐々に上げていった。
すると、体の細胞が生き生きとしてくるのがわかる。
どんよりしていた脳細胞が動き出す。
お菓子を食べる量が減る・・・食べ尽くしたからなくなっただけのはなし。
良いことづくめ。
でもまだ「悪魔」は発展途上。

























2018年1月14日日曜日

ミシュラン三つ星返上

私がオンボロ車にミシュランのタイヤを着けた途端に、この話題。

今朝のMSNネットニュース。

昨年9月、ミシュランガイドで星3つを獲得し続けてきたレストラン「ブラス ル・スーケ」のシェフ、セバスチャン・ブラス氏が、次年度版ガイドブックへの非掲載希望を表明した。
抜き打ち検査、評価に対する重圧からの開放を求めてのことだという。
反響は想像を遥かに超えるもので、その多くは決断を支持するものだった。
ブラス父子はフランス料理界を代表する、自然から料理を創造するアーティストとして知られている。

父親のミシェル・ブラス氏は語る。
「私はミシュランを否定するものではありません。
ミシュランやそれ以外の有名ガイドも調査方法や評価にルールを設けているけれど、それは私と息子の思い描く料理店のありよう、料理のスタイルに沿うものではない。
画家や音楽家のように私達も24時間、常に料理のことを考えている。
純粋に作りたいものを作り、自由に表現することにこそ、料理人としての喜びがある。
そこに他者の決めたルールはいらないのです。
私は一度たりとも星を得るために自分を曲げたことはありませんでした」

この20年、昼も夜もテーブルは満席。不便このうえない砂漠の地に世界中から客がやってきた。
ゼロから星を増やしてきたミシェルに対し、世代交代によりいきなり星3つを背負ったセバスチャンのプレッシャーは想像を絶するものだった。
失敗を待たれていた節もある。

父の言葉
「今なおブラススタイルを守りつつ、彼(セバスチャン)らしく新しい挑戦を続けているけれど、そろそろ星に煩わされることなく、自由に雑念を払って進むと良い。時は満ちました」

星3つを獲得したからこそ不便なエリアへも客は殺到するけれど、それはどうしてかというと、ブラススタイルといわれる素晴らしい料理があるからで、それはミシュランの格付けがあったから・・・ロンドのように言葉はぐるぐる廻る。

一度でも超一流の評価を得た人が言える言葉であり、今ガイドブックに掲載されなくなっても、歴史が客を引き寄せる。
味というものほど各自の評価が別れるものはないと思う。
生まれた国、幼いころの味覚の体験など、様々な違いを乗り越えてなお世界的な評価を得るのは、海辺の砂粒一つを拾うようなもの。
しかし外側から星をもらうのは不本意なことかもしれない。










2018年1月13日土曜日

楽器

持っていてもこの先弾かないと思える楽器は売りに出すことにした。
世田谷の弦楽器工房へは、私の長兄の関係で最近行くようになった。
兄が勤務していた会社の後輩の息子さんがマイスター。
兄は定年退職してから70歳の手習いで始めたのがチェロ。
その息子さんにお世話になっていた。

鑑定では私の2つのヴィオラはいずれ劣らぬではなくて、どちらも大したものではなく、あまり高価には売れないそうでちょっとがっかり。
片方は買った時の2倍の値段、片方は買ったときよりやや安くなるので差し引き0に近い。
それでもこの楽器で随分稼がせてもらったから良しとしよう。
まだ売れるかどうかもわからないので、買い手を見つけてもらうようにお願いしてきた。

兄は高校時代、ブラスバンド部を作ってトランペットやフルートを、社会人になってからはヴァイオリンなどを弾くほどの音楽好きで、本当は音楽家になりたかったのかもしれない。
しかしわが家は貧乏人の子沢山、下にゾロゾロ弟妹がいるから不安定な職業に就くわけにはいかない。
まともな会社に勤務するようになった。
なにをもってまともというのかしらないけれど・・・なんたって私は道を外してガクタイになってしまったので・・・兄は某大企業に勤務して出世街道まっしぐら。
その御蔭で私が音大に入れたようなものなのだから。

渋谷の佐藤弦楽器の佐藤さんが亡くなって、私は行き場がなくなった。
どこの工房にいけば自分にピッタリの調整をしてもらえるのか。
調整はそれぞれの人の好みがあって、自信を持って紹介してもらったのに気に入らないとか、相性がわるいとかあるので、簡単にはいかない。
わが家の近所の弦楽器工房に持っていったら、楽器を殺されそうになった。
あれよあれよと言う間にどんどん鳴らなくなって泣きそうになった。
2度とその工房には近寄らない。

佐藤さんの調整は素晴らしかった。
楽器が生き生きと鳴り始める。
その後佐藤さんは難病を患って亡くなってしまった。
その頃、私の生徒が楽器を選んでほしいというので行ったのが、世田谷の工房だった。
その時に兄の後輩の息子さんだというのに気がついた。
兄からは話に聞いていたけれど、そんな偶然が重なって私もお世話になることにした。
まだ若いTさんは楽器職人にありがちな頑ななところがなく、淡々と静かに仕事をする。
職人さんはアクの強い人が多く、血の気の多い私はよく喧嘩をした。

田園調布のUさんは高校時代から長年のお付き合いだったけれど、ある時あまりにもひどい態度だったので怒って2度と敷居をまたがなくなった。
コンサート会場でUさんに偶々出くわしたら、私に気づかないふりをして壁に向かって顔を隠している。
あまりのおかしさに笑って肩をポンと叩いて「Uさん」と呼びかけるとはじめて気がついたふり。
芝居が下手だなあ。

墨田区の職人さんは私に断りもせず、楽器にコーティングをしてしまった。
イ・ムジチのメンバーから譲り受けた古い楽器でひどく汚れていたけれど、コーティングはないでしょう。
出来上がって受取に行ったら、時すでに遅し。
楽器はてきめんに鳴らなくなっていた。
仲間のチェリストが私の代わりに激怒した。

千葉の人は腕は良いけれどなにしろ遠すぎる。
アクアラインを通って木更津付近まで。
強風が吹くとアクアラインは通行禁止。
車でないとバスで行かなければいけない。

京都に昔なじみの職人さんがいる。
Oさんといって、私が喧嘩をしたUさんの工房で働いていた人。
白皙の青年だったOさんは、ある時失踪して行方知れずになった。
その後関西で仕事をしていると聞いて、訪ねて行った。
すっかり田舎のおじさん風になって、切れそうなくらい鋭かった容貌が穏やかに変化していた。
再会をよろこんで、その後は年に数回は通っていたけれど、息子さんの代になってから私は関西の仕事が減ったので行かなくなってしまった。

弦楽器奏者は皆自分のお気に入りの職人を探すのに苦労している。
中には自分で調整をする人もいるけれど、私は不器用だから怖くて出来ない。
弦を張り替えるだけで調子が悪くなってしまう。
今回Tさんに弦の張り替えと調整をしてもらった。
音の立ち上がりがクリアになって、最近怠け放題だった私もやっとヴァイオリンに戻る気になった。
去年あまりにも疲れたので、もはや年貢の納め時と思っていたけれど、もう少し頑張ってみようかと。
3月の「古典音楽協会」の定期演奏会では、ヴィヴァルディの4つのヴァイオリンの協奏曲の第2ソロを弾く。
そろそろ練習の日程合わせも始まって、現実に戻り始めている。































2018年1月12日金曜日

ミシュラン

レストラン星いくつとかいうミシュランもタイヤのミシュランも同じ系列だそうで、タイヤと食べ物はどうも結びつかない。
以前オンボロのカローラにミシュランタイヤを着けて走っていたら、この車にこんな良いタイヤ、アハハと笑われた。
でも笑った人は間違っている。

車はまず足元のタイヤ、エンジン、ブレーキ、これがしっかりしていればボディーの傷や塗装の剥がれなど全く気にならない。
内装にも拘る必要はないというのが、私の持論。
だいたい外観などは乗っている自分には見えないのだから、ボディはシートの座り心地が長時間の運転で疲れないものであれば、どうでも良い。
それでもミニやシトロエンなど、好きなデザインの車は乗りたいと思うけれど。

雪の便りがあちこちから聞こえててくる。
北陸や東北は大雪、九州までと言うのでビックリ。
関東地方は晴れた穏やかな日が続く。
それでもいつ雪が降るかわからないから、タイヤはこの時期に毎年スタッドレスに履き替える。
それでいて、チラッと雪でも降ろうものなら慌てて帰宅してしまうから、いまだかつて雪道を運転したことはない。
根がすごく臆病なので。

運転は性格に反してたいへん穏やか。
ハンドルを握るとこの上なく慎重になるし、気分が愉快になってイラつかない。
本当に運転が好きなので。
長時間の仕事のあと、数時間の道のりを運転して帰宅するときなど「あんなに仕事したあとで運転するのいやじゃない?」と訊かれるときもある。
いえいえ、私は運転している間に仕事の興奮が収まって、鼻歌交じりにのんびり帰るこの時間が1番好き。

スタッドレスにする必要がないのが今までだったけれど、この先北軽井沢での生活もありかと考えている。
それなら雪道は避けて通れない。
その北軽井沢も、そろそろ家のことなど具体的にしなければいけないのに、なかなか決まらないので私は少し焦り気味。
北軽井沢用のパソコンも出番がなくて大あくび。
「姐さん!北に行くのはいつですかい?あっしはずっとまっているのに」なんて。
「まあまあ、おまいさん、落語のあくび指南なんぞ聞いてあくびの練習でもしておおき」なんて応える。

2月に北軽の氷と花火のまつりに行く計画をたてていて、友人が新しい四駆に乗せて連れて行ってくれるというのでお願いしたけれど、本当は自分で慣れないといけない。
以前からタイヤの交換を勧められていた。
去年春、ノーマルタイヤを新しく装着、そのまま必要なければ冬を越してしまおうと思っていたけれど、万一の事を考えてスタッドレスを履くことにした。
すすめられたのがミシュラン。
以前使ったことがあるのでわかっているけれど、運転していて楽しい。
手応え(足応え)がすごく良い。

元々ヨーロッパの車は日本のタイヤに比べて、より寒冷地仕様。
だからミシュランは日本のスタッドレスのように、ふにゃふにゃしていない。
柔らかすぎず、それでいて接地感はすごくしっかりしている。
車自体も日本と欧米車は全く考え方が違うようだ。
以前兄が乗っていたフォード・タウナスを借りて成田まで行った。
スピードが出れば出るほどグーッと路面に沈むように安定してきたのが、新鮮な驚きだった。
日本の車はスピードが出るとやや不安定になるのとは全く違う感覚だった。
元々のスピードに対する考えが違うようで、日本ではせいぜい100キロ前後、あちらでは無制限。
先年、イギリスで借りたレンタカーはフォルクスワーゲンのゴルフ。
ハンドルやアクセル、ブレーキなどすべての装置が重く、非力の私は運転するのが大変だった。
日本の車は全てが軽く、女性に優しい。
根本的な体力の差もあるだろうし。

今年はもし雪が降ったら雪道デビューをしたいと思っている。
できれば北軽の氷のまつりのあと、そのまま志賀高原に行けば慣れると思うけれど、やはり勇気がない。
一人で僻地へも行ってしまうような無鉄砲さとは裏腹の臆病さがあって、それだからいままで大した事故にも遭わずにいられた。
事故っても単独事故ならまだしも、他人を巻き込んだらとんでもないことになる。
それが怖い。

ミシュランのマスコットはムッシュ・ビバンダム。
その画像の変遷も面白い。















上は初期の頃。
下は最近。
タイヤ男のビバンダム君もタイヤの太さの変化によって、随分可愛くなった。
始めの頃は自動車のタイヤが細かったのでこうなったそうで、ちょっと不気味。












2018年1月11日木曜日

視点

駅で電車待ち。
隣の背の高い人が急に膝を曲げて、私と同じ位の高さになった。
「ふーん、世の中こう見えるのか」
そうか、彼の見る景色と私の見る景色は違うんだ。
笑った。
あいにく私は彼の高さには行けないから、彼の視界はわからない。
猫の視点になってごらんと言いたかったけれど、言うと本当にやりかねない人だからぐっとこらえた。
私の家に来た人が「冷蔵庫の上汚れてますよ」
私には冷蔵庫の上は見えないから、気にしたことはなかったけど。

去年、猫の視点で撮影された映画が公開された。
名前を思い出せないけれど、確かトルコの映画。
カメラは地面を舐めるように這っていくらしい。
カメラマンはどうやって撮影したのかな?
キャスター付きの板の上に腹ばいになってかもしれない。
見たかったのでチェックしておいたけれど、あっという間に日が過ぎてしまった。
どこかで上映されていないかなあ。
ご存じの方はいらっしゃいませんか?

トルコに行った時驚いたのは、どこにでも猫がいて日本の猫のように人を警戒しないこと。
繁華街のお店の前でゆったりと寛いでいる。
トルコの男たちは大きな髭を生やしている人が多い。
その大きな男たちが身をかがめてそっと猫の頭をなでていく。
見ていると撫でるのは男性が多い。
これには感動した。
緩やかに下る坂道の先に青く光る海。
猫を可愛がる人々。
素敵な国だなあと思っているけれど、頻繁に政治的なあるいは宗教的な争いが聞こえてくる。
駄目なのは人間なのだ。

ある時友人と並んでおしゃべりをしながら歩いていた。
私が話している時に友人がまっすぐ前を向きながら無表情に「チ~ビ」
口を動かさないように言った。
本人は声を出さないで言ったつもり?
たぶん私に聞こえないように言ったつもりだと思うけれど、どっこい私は地獄耳。
小さい音もよく拾う。
聞こえましたよ。
ほんとにチビだから、チビと呼ばれることには抵抗感はない。
正面切って言われたら全く意に介さなかったと思う。
けれど、こんな風に言うような人とは思わなかったから、心底がっかりした。
ほう!バカにされていたのかあ、私は彼女のためにずいぶん色々心配していたのになあと。

以前背の高い男性に背の高いお嬢さんを紹介したことがあって、結局この話は男性側から断ってきた。
男性の言い分は「僕はnekotamaさんみたいな小さい女性が好きなんです」
ほらね、世の中には物好きがわんさかいるのよ。

美人で頭が良くて、なにをやらせても優秀で。
その人の心の闇を見て(聞いて)しまった。
ご両親の掌中の珠、きっちりと教育されてどこへ出しても恥ずかしくない様に躾けられたに違いない。
けれど、それが反対に彼女を囲い込んでいるのでは?
外見から作り上げた人格を、日常的に保っていないといけない。
いつでも良い子やっていたら中は欲求不満の坩堝。
ちょっと気の毒だと思う。

どこかではけ口がないと壊れないかと心配になる。
彼女の視点は外側にあって、自分の人格を外側から作り上げているのだろう。
こうであらねばという枠にきっちりと自分を嵌め込んでいるのかも。
あるいは親御さんの理想の具体化かも。
けれど、人間は内側から作り上げていかないと、メッキが剥がれる。
剥がれた時のガッカリ感は半端ない。
和音を作るときも同じ。
一番下から徐々に積み重ねないと崩壊する。
音楽も同じ。

























2018年1月7日日曜日

ダイエットは明日から

無防備に怠惰を泳がせていたら、体脂肪率がMAXに。
これ以上増えたら病院へ行かないと、というところまでになってしまった。
食べる量はそれほど増えてはいないのに、運動量が減少。
要するに楽器の練習量が少ない。
ヴァイオリンは数時間立ったままで練習する。
ピアノやチェロは楽器の構造上、どうしても座ることになるけれど、ヴァイオリンは座って弾く言い訳は出来ない。

歩く時間は減っていない。
練習が少ない分、かなり歩いてもほとんど疲れない。
それほど楽器の練習にはエネルギーが必要なのだと実感。
長年体力は楽器に吸い取られていたのだ。

体脂肪率にショックを受けたわりには、今日も渋谷のイタリアン。
セルリアンタワー東急ホテルの中にあるイタリアンで待ち合わせてランチ。
相方は元生徒。
彼女の事務能力の有能さを見込んで、去年11月のコンサートの手伝いをしてもらった。
お礼をしようと思ったけれど、それならなにかごちそうしてくださいと言うので二つ返事、勿論私も便乗して美味しいものが食べられるから、こんなお礼ならいつでも、毎週でもよろしい。

ネットで調べると、レストランは星3つとやや低めの評価だけれど、渋谷駅のいわば裏側の桜ヶ丘にあるので空いていると見たので予約した。
桜ヶ丘は渋谷とは言え、人の流れは少ない。
約束の20分も前に到着。
時間は読んで来たけれど、音楽教室を辞めて以来しばらく渋谷に行ってないし、少しブラブラしようと思ったので早めに出発した。
ところがホテル周辺はあまり賑やかではなくてめぼしいお店もなく、いくつもの陸橋で分断されているために行き来が面倒なのでホテルへ直行した。

予約の20分前だけど座っていてもいいですか?と訊くと、テーブルに座っていて良いという。
日曜日のランチタイムなのに、テーブルは空いていて静かなのが良い。
こちらは良くてもレストラン側としては、これはかなり問題かもしれない。
そばを通るたびにウエイターがなにかと気を遣ってくれる。
相方は時間通り、息せき切って現れた。
私が時間にうるさいからかもしれないけれど、いわば遊びなのでそんなに走らなくても。
先日まで体調を崩したと言って寝込んでいたのに、走って喘息を起こされたら困る。

ビールで乾杯して、私は魚料理、彼女は肉料理をメインディッシュに選び、デザートとコーヒーで満腹、次の約束の場所へ出かけた。
貸していた楽器が戻ってくるので待ち合わせたのは、音楽教室の講師のNさん。
待ち合わせのヒカリエに着くと、まだ少し時間があるから8階の川本喜八郎人形ギャラリーへ行ってみた。
NHKの人形劇「三国志」「平家物語」で使用した人形たちが、きらびやかに「けん」(この変換が出ない)を競って並んでいるのは圧巻だった。
(研の偏が石でなく女の「けん」なのだけど)
しかも入場料はなし。

私はヴィオラを2台持っている。
1台はよく使うけれど、貸したもう1台の方はめったに使わない。
楽器は音を出すためのものだから、使っていないのは可哀想。
それでいわば里子に出していた。
戻ってきた楽器には新しいケース、スペアの弦などが付いてきて、結果として儲けてしまったようで。
なんだか申し訳ないことをしたような気がする。

最近自分の身辺の整理のために余分なものは処分しようと思い、戻してもらうことにしたのだけれど。
楽器の鑑定と価格の査定、販売ルートなども調べておけば今後の予定がたつというもの。
楽器、楽譜の整理、よくもまあこんなに買ったと思えるほどの衣類やガラクタ類。
経済観念に乏しいから余計なものを衝動的に買う、この癖も捨てないと。

実のところ、節目の年ごとに体力はがくんと落ちるけれど、それでも想像していたより遥かに体は良く動くし気力もある。
これは食欲が落ちないので栄養状態が良いからなのか。
私のタヌキのお腹は脂肪がたっぷりのエネルギーの宝庫。
多少の肥満の方が元気と聞いているので、むやみにダイエットはしないほうが良いとか、食欲の言い訳はいくらでも考えつく。
意志薄弱でお菓子をつまむ癖さえなくなればなあ。

とりあえず今日はもう夜だし、ダイエットは明日からね。
決意はルーティーンになっていて、明日もほざくさそのセリフ。
ヤレヤレ!



























最高値

去年後半は大忙し!
忘年会コンサートが終わってヤレヤレと急に気が抜けたら、再起不能になってしまった。
元日から今日七草まで、なにもかも放り出して運動もしないでのんびりしていたら、今朝体重計の数値を見てひっくり返りそうになった。
体重がじわじわと増えていたのは分かっていた。
食べ過ぎで体脂肪率が上がっているのも予測できた。
脳がドヨンとしているけれど、足が軽くて歩くのは少しも疲れない。
長時間歩いても疲れないし、膝、足首の痛みもない。
関節は柔らかい。
だからまだ大丈夫なんて油断していたら、ウヒョ~!なにこれ。

過去最高値の体脂肪率。
その代わり基礎代謝率も高いので身体年齡は、実年齢より17歳若い。
この数値はあくまでも数字であって、実際には自分が年を取っているのはわかる。
特に運動不足になっていたこの2週間ほどは、じわじわと老いが蓄積していくような気がしていた。
それでも現実に数字を突きつけられるとショック。

若い頃だったらすぐに手を打つべく策を練ったと思うけれど、今は「ま、いいか」
つい最近かなり痩せて服のサイズが一つ下がった。
それで何着か下のサイズで買ってしまった。
その数着は今、怖くて着ることが出来ない。
たぶん着たら息が苦しいかファスナーが閉まらないかとも。
足も太るから、去年買ったサイズピッタリの靴もだめでしょうね。
気長につぎに痩せることに期待したい。

こういう時は今までに何回もあった。
たいてい、人生の転機が訪れる。
なぜか妙に暇になって、お付き合いの流れが変わって行くような時。
急に疎遠になったりするので寂しいと思っていると、いつの間にか人脈が入れ変わり、新しい展開に導かれていく。
暇だからと言って習い事を始めたりすると、急に忙しくなるのがいつものことだった。

スケートを始めてアイスホッケークラブに所属したら、とたんに仕事が殺到。
クラブの練習は深夜に終わるので、仕事との両立は難しくなってしまった。
個人競技ではないので、時間は自由にならないから不可能となった。
乗馬を始めたときも、あまりにも暇だったのでパカパカ乗っていたら、そのあと猛烈なスケジュール。
ダイビングのときもやはり暇だからと思っていたら、すぐに大忙し。
結局あんまり遊ぶなということらしい。

暇だから、またゾロ虫が囁く。
ねえ、なんか始めようよ。
うんにゃ、今回は少し様子見、あっという間に多忙になるのはもうごめん。
今自分の候補に上がっているのは、筋トレ再開、水泳。
それと去年の忘年会コンサートで「雪雀連」のメンバーでコーラスをしたら、あんまり楽しくてボーカルもありかなどとチラッと思っている。

声は生まれつきカラスのような。
ああ、違いますよ、あのM.カラスではなく黒い鳥のカラスね。

これ若い頃の私の写真・・・なーんちゃって
これが伝説の歌姫マリア・カラス。
この美貌とあの声と。
天は二物を与えることもあるんだ。
無物の私がぼやきますよ。











2018年1月5日金曜日

ハッピー・ニュー・ドッグ・イヤー


ロサンゼルスで仕事をしている私の元生徒。
有能なキャリアウーマンだから、アメリカで生き生きと暮らしているらしい。
彼女はアメリカの大学を卒業して、グリーンカードと言うのかな?現地で仕事が出来る資格をとっている。
暫くの間日本に戻り、アメリカの企業の支店に勤務していた。
その間、私が教えていた音楽教室にヴァイオリンを習いに来た。
はっきりした目鼻立ちとテキパキした態度がいかにも出来る女。
陽気で美人で頭が良い。
レッスンの時、間違えると「Oops!」とっさに出るのは英語。
1年足らずのレッスンだったのでヴァイオリンはそこそこの進み方だったけれど、とても仲良くお付き合いをしていた。

アメリカに帰る時に彼女が使っていた冷蔵庫とワゴンを頂いた。
冷蔵庫はお酒用に、ワゴンは宴会用に、大変便利に使わせてもらった。
時々、ロスに来てくださいよと言っていたけれど、最近は言わなくなった。
仕事が大変なのと、現地で友人が出来て寂しくなくなったのかもしれない。

彼女は数年前に、子犬を飼い始めた。
Codyと名付けられたその子が去年亡くなった。
悲しみに暮れる彼女のメールに私は「すぐ次を飼うと良い」と助言した。
冷たいようだけれど、ペットロスは次の子を買い始めることで治る。
忘れるわけではないけれど、次の子の世話で忙しくなるから。
沢山の猫を続けて飼っていた私のペットロスは最初の1匹が酷かった。
約1ヶ月泣いて暮らした。
その後雨の降る日、びしょ濡れでお腹を壊した三毛猫がうちに来た。
その子を飼うことで、悲しみは少し和らいだ。
次々と現れるノラの保護で、泣いている暇はなくなった。
それでも悲しみの深さには変わりないけれど。

Codyをなくした人はすぐにCody jr.を飼い始め写真を送ってきた。
なんと同じ犬種かと思うほど似ているけれど、雑種らしい。
私は実物を見たことがないけれど、jr.の方が体が大きくなりそう。
彼女はすっかり元気になって、暮らしているようなので私は嬉しい。

こんな画像が送られてきた。
綺麗に手入れをされ愛されている様子がこの子の表情から見てとれる。
今年人も犬も猫も、幸せでありますように。




2018年1月3日水曜日

ウイッグ

最近の髪の毛の伸びる速さったら、取り入れた栄養分が脳を素通りして髪に行ってしまうのかと思うくらい早い。
美容院でカラーリング、2週間もすると頭の天辺の髪の分け目が白く目立ってくる。
非常に見苦しいから、いっそのこと染めないで全部白くするかグレーにするか。
美容師さんに相談すると、まだ黒い毛の方が多いから無理だと言われる。
それで仕方なく毎月、時には2週間目に染めているけれど、それも煩わしい。

美容師さんと話していると、部分的なウイッグを使ったらどうかという話になった。
ツムジのところにポンと載せて、ウイッグのスリットから自毛を引き出して固定。
コンサートの前は気もそぞろだから、美容院に行くのも煩わしい。
部分的に隠せるならアクセサリー感覚でつければ良い。
これは便利。

早速見本に数種類取り寄せてもらったら、私の髪色にピッタリのウイッグがあった。
ちょっと載せてみると中々良いから購入。
買うと安心してしまう安易な考えだから、使わないままウイッグは年を越した。
今年は珍しくお正月のスキーも行かないので、うちでのんびりしていてふと思い出した。
私はとても不器用で、ウイッグを載せて固定するという単純な作業も一仕事。
ウイッグの隙間から自毛を引き出すということすら、上手く出来ない。
結局、美容院に持っていってやってもらうしかいかないもと思っていた。
美容院に行くのが億劫で買ったのに、これではなんの意味もない。
暇だから練習しようと思って鏡の前へスタンバイ。

頭に載せる場所が決まらない。
前すぎたり後すぎたり。
オットット!横にひしゃげる。
スリットから自毛を引き出すのはコームの後の尖った部分で。
それが上手くいかず、自毛とウイッグの毛が絡まってやり直そうと引き剥がしにかかると、中々取れない。
最後はエイっとばかり引き抜く。
新品のウイッグはもはやズタズタ。
私みたいな不器用にはこんな簡単なことすら超難しい。
この不器用さでヴァイオリンを弾いているのが不思議。

やっと着けて鏡を見ると、たいして代わり映えのない姿。
暖かいから帽子の代わりになるかも。
又無駄遣いしたかなあ、新年早々反省!

なんだかどんどん体重が増えていく。
間もなくこうなるでしょう。
次回お目にかかったら、餌を与えないようにしてください。
特にお菓子類、いえいえ、大好物なんですけどね、いやいや、そんな・・・請求しているわけでは・・・えーと、私が好きなのは・・・













2018年1月2日火曜日

箱根駅伝

暖かい部屋でぬくぬくと、他人が走っているのを見て楽しむのもお正月の恒例。
朝8時、一斉にスタートする若きランナーたち。
見れば、すっかり大人っぽい人もいればまだあどけない少年のような顔もあって、成人したとはいえどこか頼りない。
その青年たちが気力を振り絞って走る。

いつも思うのは駅伝の残酷さ。
自分のせいでタスキが繋げなかったとか、首位にいたのにドンドン順位が落ちてしまったとか、色々悲劇的なことがあるかもしれない。
そんな時、一生のトラウマにならないかとハラハラする。

今回、第一走者はダントツ東洋大学の勝ち。
姿が自然で力が抜けているので、これはいけると思った。
そのまま往路優勝につながった。
青学はあまりにも策を弄したというか、集団を抜けるタイミングでの行動がやりすぎだなあと思った。
ド素人の私が言うのもなんだけれど、ちょっと焦り気味。
もう少し待って、他の人を押し出せばよかったのに。
それが最後まで影響したけれど、30秒少しの差で2位だから優勝は狙える。

青学は最後の山道で走者の脹脛が攣らなければ、追いつけたかもしれない。
どちらにしても時の運もあるし、一生懸命走っている姿にちょっとホロリとくるものがある。
もし自分の息子が駅伝に出たいと言ったら、即座にやめなさいと言いたい。
ま、うちには猫しかいないので良かったけど。
一人で黙々と走るマラソンならやってみなさいと言うけれど、連帯責任のある駅伝は走ることと駆け引きと仲間への責任と、考えたら夜眠れなくなりそうで怖い。
今頃仲間に申し訳ないと泣いている学生がいるに違いない。
神奈川大学は3位をキープしていたのに、往路が終わってみれば後ろから数えた方が早い順位。
山の神が居なかったせいでとなると、山道の走者はいたたまれない気持ちになる。
可哀想。

とにかくご苦労さん。
今日はコンディションは最高。
風も穏やか、気温も寒すぎず快晴で視界は良好。
明日の復路の走者たちは緊張していると思うと、私達のコンサートの前の緊張を思い出す。
何ヶ月も前からドキドキ、どれほど練習してもし足りなく思える。
本番3日前には体が硬直して、ほとんど弾けなくなる。
練習が足りていれば、本番前日になるとピタリと治まる。
練習に不安があると本番までドキドキしてしまう。

なまじ自信があって本番まで落ち着いていると、いざその時に急に緊張が襲ってくることがある。
そういうときは最悪の事態となる。
もう収集がつかなくなって奈落の底へ・・・・
スポーツ選手も同じでしょう。

随分以前だったけれど、オリンピック選手たちが出発する時のインタヴュー。
どの選手たちも口をそろえて「楽しんできまーす」と言って、ニコニコして出かけたことがあった。
たぶん、その時の偉い人がリラックスして楽しめとか言ったのだと思う。
私は「おいおい、こんなことでいいのかい?」と思っていた。
お気楽に出来ることとは訳が違う。
そして、その時のオリンピックは軒並み惨敗だった。
楽しんでと思ったら、突然来る緊張の嵐。
そうなったら最悪と肝に銘じないと。

3月「古典音楽教会」の定期演奏会で4つのヴァイオリンの協奏曲の第2ヴァイオリンのソロを弾く。
第2ヴァイオリンのソロは途中難所があって、半ページ位続く。
第1ヴァイオリンよりも少し音が低く目立たないのに、音形が難しいという最悪のソロ。
12月の半ばからすっかり無気力になってしまって、あまり練習をしていない。
これはまずいと思うのに体が動かない。
しかもスキーシーズン。
1月2月はスキーに行く予定。
プロコフィエフのドゥオの約束もあって、そろそろ始動開始しないと。

         今、こんな感じでマッタリしてます。





















2018年1月1日月曜日

新年の第一報

今年は喪中で殆どの方たちにはお知らせしてあるので、年賀状はほとんど届かない。
新年の第1報はアメリカの服部さんからだった。
数年前、服部さん主催の松原湖でのコンサートに数回参加させていただいた。
松原湖は、ヴァイオリニスト(ロサンゼルスフィル?もしかしたらサンフランシスコフィルだったかも)の服部康子さんのお母様の故郷で、お母様のために始めたコンサート。
今はアメリカでご家族と猫さんと一緒に暮らしていらっしゃる。
息子さんの結婚式の写真は、自然の中の水辺のコテージのようなところで、ご家族、お友達との楽しそうなものだった。

子供のいない私には本当に羨ましい。
私は大家族で育ったから、お正月の行事はとても賑やかだった。
人並みに着物を着てお雑煮を食べて、かるた、百人一首、福笑いなど、単純な遊びで家族が大騒ぎしながら過ごすのは楽しかった。

多少孤独を好む性質もあって一人で居るのも好きだから、あまり寂しい気持ちはないけれど、時々、子供がいたらなあと考える。
いればいたで、自分の好きなことが出来ないでうるさいと思うのは予測が出来る。
それでも、愛情のはけ口がないのが困る。
私は両親兄姉たちから、有り余るほど可愛がってもらえた。
子供の時から捨て猫や行き倒れの猫を拾ってきては可愛がった。
野良犬やアヒルや鶏や小鳥たち、なんでも面倒見た。

今飼っている猫は最後の1匹。
この子がいなくなったら、もう新しく子猫から育てるには私は年を取り過ぎている。
飼った動物たちの最後まで自分の命があるなら、本当のところ新しい猫も犬も飼いたい。
北軽井沢に時々行くけれど、あちらの森では犬がいたらいいなあと思う。
私の体内には他の人達から受けた愛情がいっぱいで、これを誰かにもらってもらわないとどんどん膨らんでくる。
でも好き嫌いが激しいからだれでもと言うわけにはいかない。
出来れば猛獣がいい。

ずっと憧れているのは大型犬の飼育。
性格が不精で体力が無いので犬は無理。
それで猫ばかり飼うことになった。
猫は文字通り猫っ可愛がりできる。
人間の子供のように躾けなくても、表に出さなければ人の迷惑にはならない。
20年ほど前に馬が飼いたくて山を買おうと、あちらこちら探しまくっていた。
馬を飼っていたら、今頃持て余して大変だったとは思うけれど、若さはなんで実行できる魔法の薬。
若いから幸せとは限らないけれど、もう一度あのエネルギーが手に入るならと思う。

端っからバカな話ばかりで申し訳ない。
今年も皆様がお幸せでありますように、そして私にも旧年に増して良いことがありますようにお祈りいたします。

それではご一緒に鬨の声を!
エイ・エイ・ニャー!



こんな肩身の狭い思いはしたくないにゃ~







       僕達の年だから頑張るワン