2016年11月30日水曜日

クラス会

高校のクラス会は東京丸の内ビルの36階で、眼下に丸の内周辺から千葉方面まで見渡せる絶景のレストランで開かれた。
良く晴れた穏やかな日が続いているので、外出が苦にならない。
私は嵐雷雪土砂降り、いつでも外出は苦にならないけれど、屋内の行事であってもお天気が良いのは気分が違う。

今日集まったのは全部で9人。
個室にちょうど良い人数で話が自然にできて、とても楽しかった。

前回、私が幹事だった時には同じビルの同じ階で中華料理だったけど、今回はイタリアン。
今回は参加者が少人数だったために、クラス会というより仲良しが集まってのお食事会の雰囲気で、なごやかに進んだ。
クラス会に初めて参加したのは、バレーダンサーのSさん。
バレーダンサーというと女性かと思われるでしょうが、れっきとした男性。

ご両親がバレー教室をやっていたので、彼も幼いころから踊っていたようで、作曲を専攻。
音大卒業後は舞台で踊っていた。
今でも踊っているの?と皆から質問が飛ぶと、今は動かないで済む王様の役で出ているよと、穏やかに笑って答える。
ずいぶん前に、自分はもう踊るのをやめるので見に来てほしいと連絡があったけれど、私はその頃は忙しくて行かれなかった。
ついに一度もステージを見てあげられなくて、残念な思いがある。
どんなにしても、行ってあげればよかったかと後悔している。

しばらくはバレーの話で盛り上がる。
私たちの高校にはダンスの授業があった。
社交ダンスの有名な先生が講師でみえていたけれど、指導の仕方が面白かった。
はい、それでは寮の方を向いてー、はい、今度は大学の方を向いてー、と言うので、寮と大学がないとどちらを向いていいかわからない。
その当時高校の生徒の男女の比率が7(女)対1(男)だから、男性と組めることはめったになかった。
女性同士で組んで、どちらかが男性役になる。
その中でもSさんと組めればラッキー。
リードが上手いから気持ちよく踊れた。
そうでないときには、仲良しのM子さんがパートナー。
彼女は背が高いから、男性の役。
私は当時手の汗がひどくて、それに文句を言いながらも、いつも組んでくれた。
そのM子さんが今回のクラス会の幹事さん。

こうして元気に集まれるのは健康であるからで、中には激務のあまり命を落とした人もいる。
私も一時期は突然死覚悟の仕事量だったこともあり、他人事ではないけれど、生きていられてこそ再会を楽しめるのはありがたい。
私たちの高校は、校風がノンビリしていることで有名だったけれど、社会に出てからの頑張りは皆すごかった。
しかもノンビリが幸いして人間関係が上手くいく。
業界のどこへ行っても、第一線で活躍している人が大勢いる。

中学までは学校は牢獄。
この高校に行って初めて自由な校風に触れて、我が世の春となった。
その後の学校生活は、これ以上ない楽しさ。
競争がなかったとは言えないけれど、それよりも協力しあうほが多くて、それが我が校の誇り。
大きな学長先生が長い両腕を伸ばして、生徒たちを愛おしそうに抱え込む姿をたびたび見かけた。
体格も性格も規格外の大きさ。
学校外では厳しくて有名だったようだけれど、哲学の授業では、真に大切なのは自由であると力を込めて教えられた。

高校には校則も制服も校歌もない。
まったくの自由な中で、自分を律して生きていくことの大切さを学んだ。
私の今の幸せは、この学校に入ったところから始まったと言える。

最近まで私は、クラス会というものに出たことがなかった。
過去の人たちに会ってどうするの?と思っていたけれど、参加してみると中々楽しい。
これは予想していなかった。
どうせダンナや子供の自慢か姑の愚痴とか聞かされると思っていたけれど、そんな人は誰もいなくて本当に良かった。













































2016年11月27日日曜日

ブラヴォー!マエストロ・ヤルヴィ

みなとみらいホール

シューマン:歌劇 ゲノフェーファ序曲
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲  ヴァイオリン 樫本大進
ブラームス:交響曲第1番

パーヴォ・ヤルヴィ指揮
ドイツ・カンマ―フィルハーモニー管弦楽団

ヤルヴィさんの指揮を生で聴くのは初めてだったので、衝撃を受けた。
今まで素晴らしい指揮者の演奏をたびたび聴いてそれぞれ感激をしたけれど、それらを超えた驚くべき指揮者だと思った。
まるでスコアがそのまま音を出しているような・・なんと言ったら理解してもらえるのかしら。
すべてのパートがすべて生かされていて、それは当然だと言ってしまえばそれまでだけれど、あまりにもクリアでいてまるでスコアをのぞき込んでいるような。

いやー、オーケストラってこういうものだったのかと原点に返る思いがした。
作曲家が生きていてこれを聴いたら、感涙にむせぶと思う。
特にブラームスの3楽章から4楽章に移る部分の美しさったら。
たいていの指揮者は非常に緊張感を持たせるけれど、ヤルヴィさんはひたすら美しく整った表現をした。
淡々としているようで、構成はがっちり。
細部に至るまで綿密にそれぞれのパートを生かして、今まで聞こえてこなかったような音を浮き出たせたり、新鮮な驚きで聴いた。

ヴァイオリン協奏曲の樫本大進のソロも、美しくて陶酔した。
一緒に聞いていたピアニストが「ベートーヴェンって本当に優しい人だったと思わない?」と訊いてきた。
デリケートで崇高で、名曲中の名曲が脈々と現代に生きていられるのは、こうした優れた指揮者とソリストがいるおかげ。
澄み切った宇宙の中で揺蕩っているような、心地よさ。
それだけではなくて、音楽の中に理性とか知性とかがゆったりと居座っている。
うーん、物書きではないので、どう表現したらいいのかわからない。

私は今年オーケストラを捨てて、今はソロと室内楽に専念しているけれど、もう一度生まれ変わったら、やはりオーケストラを弾きたい。
だから早く生まれ変わらないといけないのだけれど、生まれ変わるには1度死なないといけない。
憎まれっ子なんとやらで、中々死ねないのが残念なところ。
そう言ってもいつ何時コロッといくかもしれないから、そうなったらさっさと生まれ変わって、来世では3歳からヴァイオリンを始めよう。
現世では人より5年くらい遅くヴァイオリンを始めたので、そのハンデは中々埋められなかった。
5年の差は大変なもので、その間せっせと練習していたら今よりずっと上手くなっていたと・・・ほんとうかな?
とにかくもう少しはましになっていたと思う。

あまり早く生まれ変わると、人間になれなくて動物になってしまうと、以前聞いたことがある。
できるなら猫とか馬になりたいけれど、馬では蹄が邪魔で弾けない。
サルはいやだし困った。
ライオンでもいいか・・・なんて話が逸れていますが。

オーケストラっていいなあ。
私は子供のころオーケストラの演奏を聴いて、このオーケストラに入りたいと思ったら、夢が実現してしまった。
それが良かったかどうかはわからない。
それを聴かなかったら、ほかの道で活躍していたかもしれない。
でももう一度生きられるとしたら、同じ道を行きたいと思う。

終演後、いつもならイタリアンとかフレンチとかおしゃれなお店に行くのだけれど、今日はチケットを手配してくださったMさんご夫妻に連れられて、野毛の飲み屋街へ。
中華料理の小さなお店。
Mさんのご主人の会社が近いのでよく行くのだそうで、行ってみたらものすごい混みかた。
日曜日の夜なのに人でいっぱいで、おそろしく賑やかなのでびっくり。
うるさかったけれどすてきに美味しかったし安かった。
せっかくの余韻が消えると思ったら、そんなことはなく、自宅に戻るとやはり心の中にコンサートの感激がしっかりと居座っていた。






































2016年11月25日金曜日

初雪

今日は相棒のピアニストと合わせがある予定だった。
練習場所は各自の家を交互に使うという、暗黙の取り決めになっていた。
今日は私の家での練習の番。
昨日から天気予報は雪。
最近の天気予報は良く当たるので、ひどく降らなければいいと思っていたけれど、朝9時も過ぎると本格的に雪の模様。
朝早く、ノラにエサをやりに出たときにはまだ雨だったのが、今は窓の外に雪がかなり激しく降っている。

相棒からはシンとしてなんの連絡もないけれど、今頃迷っているのかなと思いメールした。
明日早くそちらへ行くから、今日は中止にしてもいいよと送ったら、渡りに船とばかり返信が来た。
私だったらすぐに「今日は行けない」なんて中止するのに、なんたって学生時代からクソ真面目で優等生だったから、おいそれと言い出せなかったのか。
人間、もっといい加減に生きないと肩が凝る。
私の爪の垢を煎じて飲ませてあげよう。

いよいよスキーシーズン到来・・・と言ってもまだ一か月以上先の話だけれど、雪を見ると心が躍る。
かと言って、ゲレンデに出ても真面目に滑るわけでもない。
リフト2、3本滑ってはお茶、ゆっくりと休憩、見かねて仲間からゲレンデに引きずり出され、又2、3本滑れば昼食。
その後も又2、3本。それでおしまい。
自堕落な滑りを長年やってきた。

数年前カナダに行った時も3本滑って休憩していたら、現地ガイドが「せっかくカナダまで来て3本?」とびっくりしていた。
カナダのコースは長い。
日本のコースの3倍くらいあるから、9本滑ったことになる。
だから、それで満足。
疲れて膝がガクガクしてきたら怪我のもと。
怪我をするのが一番怖い。

万一手を怪我したら私の歳では、再起不能になる。
スキーに行くというと友人たちからは、足を怪我しても手は怪我しないようにと送り出される。
少ししか滑らないから、いつでも足も体もほとんど疲れない。
寒い吹雪の中にいると、自分の体の中に温かい血が流れているという実感があって、嬉しさがこみあげてくる。
以前若い女性を山に連れていったら、猛吹雪の中で言う事は「すてきですね、生きている!って思います」
私も「ほんとね、生きてるよね」

シーズンが始まって初すべりの時には「誰がスキーしようなんて誘ったのよ」と重たいスキー靴を履きながら、誰にともなく文句を言う。
来ると決めたのは自分でしょうが。

靴は宅急便の荷物の中で冷え切って、カチンカチンに硬くなっている。
足首を捻挫しそうになりながらやっとのことで履く。
ものすごく非力だから、頼みの綱は自分の体重のみ。
それだけは十分過ぎるほど豊富に蓄えてある。
この日のために・・・ではないけれど。
履くとワゴン車に乗るのが一苦労。
足が短いから車のステップに乗るのもた~いへんなのだ。
滑るし体は重いし力はないし。
ゲレンデに到着、今度は車を降りるのがた~いへんなのだ。

リフトのチケットを買うのも、重たい足を引きずってチケット売り場にいかないといけない。
たいてい、リフト乗り場ではなくて別の場所にあったりするから、靴を引きずりながらよたよたと買いに行く。
お金を出すのに手袋を外したりするのも寒くて億劫。

準備運動をして、さてリフトに乗ろうというところあたりから、段々機嫌が良くなってくる。
「わあ、あの山、今年は雪が少ないね」とか「空が黒いほど青いね」とか「うー、さぶっ」とか他愛もない話をしながら山頂へ。
さて、最初のひと滑り、体が重力を無くして段々スピードが増してくると、喜びが湧き上がってくる。
スキーの楽しさは年をとっても楽しめること。
板の上に乗ってバランスさえ取れれば、あとは勝手に落ちていける。
中年過ぎて登山やっている人を見ると、なんであんな苦労するのかしらと理解できない。
自力で重たい体を上に運んでいくなんて。
スキーなら自力はいらない。
ただ緩斜面は技術がないとうまく滑れない。
ある時、元国体選手を追いかけて滑ったら、急斜面ではなんとかついて行けたのに、緩斜面に来たら一気に引き離された。
技術の差とはこういうものかと思った。
スケーティングでもストックで漕いでも追いつけない。
ヴァイオリンだって早いパッセージはなんとかいっても、ゆっくりしたところでぼろが出る。
基礎的なことが丸見えになる。
単純な曲ほど難しい。

明日は久々のピアニストたちとの「弾き合い」
皆さんシーズン中は忙しくて、やっとメンバー6人全員が集合できることとなった。
スキーに思いを馳せるより、明日の演奏のことを考えないといけない。
こんな雪では家にぬくぬくと居て、ヴァイオリン弾くしかない。
















































2016年11月23日水曜日

今日も今日とて飲み歩き

私はのん兵衛ではない。
家にいるときはほとんど飲酒しない。
外でもビールをジョッキに一杯、その後ワインをグラス半分飲めば出来上がり。
あとはひたすら食べる。
それでも友人たちと飲み歩くのは、ほんとに楽しい。

歳をとってきて皆お酒の量は減ってきた。
昨日のたかしま先生のお別れ会の後、酒豪で知られた人と一緒にグラスを傾けていたけれど、彼女もずいぶん酒量が減ったという。
彼女は体も大きいし性格もあけっぴろげで、楽しいお酒を飲む。
他の人たちは食事のみだったけれど、私は彼女がいるならちょっとビールを一緒にお付き合いしたいと思った。
一人で飲むのはつまらないと思うし、私は夜はご飯を食べないので、では、という事になった。

以前彼女と一緒に早朝、車で埼玉県まで仕事に出かけた。
二人ともせっかちだから会場に到着したら、まだ会場が開場していなかった。
スタッフが私たちを見て大慌て。
もう来ちゃったんですか!
楽屋を開けてもらって、一息ついた。
その後11時間にも及ぶ仕事が終わって、彼女を途中まで送っていったけれど、自宅ではない方に帰るという。
仕事が終わったのが、夜9時。
都内某所に着いたのは11時ころ。
これから何をするのかと思ったら、行きつけのパブに行ってヴァイオリンを弾くという。
本当に驚いた。
何時に寝るの?と訊いたら、そうやな4時くらいかな。
こちらは体力の限界なのに、平然としている。
おそれいりました。

今日はスキーの先生を囲んでの飲み会とあらば、出かけないわけにはいかない。
奇人変人のスキーの先生はこの時期、私たちのためにスキー用具の選定に付き合ってくれる。
以前はプロが使うのかと思うような上級者用の用具を勧められたけれど、最近は皆の体力に合った軽くて扱いやすいものを選んでくれるようになって、ほっとしている。
音階も弾けないのに、ストラディバリウスの作った楽器を持たされるようなもの。
私なんぞは力がないから、重たいビンディングを付けた板を持って歩くだけで青息吐息。
滑るときは力はいらないからいいけれど、坂道を担いで上がったら心臓はバクバク、足はガクガク。
お正月の志賀高原が滑り初めなんだけど、熊の湯の車の送迎所からリフトまでほんの少し上るだけで、もう二度とスキーなんかやるものかと毎年思う。

それで今年はもっと軽いビンディングにしてほしいと思ったけれど、まだ使えるからもったいない。
やっと私も経済に目覚めた?
そうではなくて、この時期の石井スポーツの混みようったら大変なものなので、ヘタレの私は風邪なんかうつされてはとしり込みをしている。
それで飲み会のみの参加ということで、又夜になると家を出ていく。
近所の人たちは夜な夜なでかけるあの人は、いったい何をやっているのだろうと興味しんしん?

ここに家を建てたとき、私の母がご近所に挨拶に回ってくれた。
けれど言うことが「うちの娘は夜の仕事なので・・・云々」と言ったらしい。
皆びっくりしていたそうなのだ。
へんなこと言わないで、と私は叫んだ。

どう見たって夜の蝶になれるほどの器量よしではない。
華やかさも皆無。
泥棒するほどの器用さもない。
道路工事するには体力ない。
夜警になるほどの度胸もない。

一度、夕方からの仕事に行くために車を出そうとしていたら「あ、おかえりなさい」とお向かいのご主人に言われたことがあったのがちょっと痛かった。







































2016年11月22日火曜日

お別れの会

たかしまあきひこさんの、お別れ会だよ!全員集合は、今日青山葬祭場でにぎやかに行われた。

東京マンドリンアンサンブルの演奏に迎えられ、8時だよ全員集合のテーマで始まった会は、お別れ会であることを忘れそうなくらい、さわやかなコンサートとなった。

自民党幹事長の二階俊博氏、作曲家山本純ノ介氏、NHKの番組部長の井上啓輔氏がご挨拶。
山本直純氏のご子息の純ノ介さんが時々声を詰まらせていたのは、幼少のころからたかしまさんとの絆が深かったからだと思う。

そして、こんな曲まで彼の作品だったのかと驚くほどの、作品の数々。
例えば
NHK FNNニュースのテーマ
   おはようラジオセンター 昼・夜のテーマ

映画・ドラマは
   野獣死すべし
   女駆け込み寺
   パパと呼ばせて!

バラエティ・番組・音楽番組は
TBS 8時だよ全員集合
   カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ
CX    ドリフの大爆笑
    志村けんのバカ殿さま
NHK  歌謡コンサート
   BS日本の歌
   英語で遊ぼう
   みんなのうた
日テレ24時間テレビ   

そのほか東京マンドリンクラブのコンサートのアレンジと指揮
天皇陛下在位10周年 20周年記念式典の音楽等々  
まだまだこれはほんの一部

ジャンルが多岐にわたるから、人脈も広く、今日も駆けつけて演奏した中に、二胡の奏者 楊興新さんなどもいて、そのすすり泣くような演奏を聴いていたら、たかしま先生への哀悼の気持ちがあふれ出ていて、思わず眼がしらが熱くなった。

たかしま先生はいつも物静かで、愛する家族に囲まれて楽しそうにニコニコしていた。
奥様からはクマさんと呼ばれ、息子さんは京都大学、東京大学大学院で哲学などを学んだはずなのに、いつの間にかお父さんと一緒に音楽の道を歩いて、いまや新進気鋭のアレンジャー。
一度は音楽から抜け出そうと思ったのかどうかは知らないが、やはり音楽が口を開けて待っていた環境だったのだと思う。

父と息子、普通は反発しあうことが多いのに、これほど仲良しの父子はみたことがない。
旅に行くと、二人で楽しそうにお酒を飲んでいる。
それを奥様の早苗さんが、うれしそうに見て居る光景を思い出す。

ずーっと以前、たかしま先生の芸大の卒業作品のフルートソナタを聞かせてもらったことがあった。
なぜそのCDを下さったのかわからないけれど、もしかすると、コンサートで弾いてみたら?と言う問いかけだったのではと思っている。
いつかこの作品の楽譜をお借りして、コンサートで弾いてみようかと思いながら、今日に至ってしまった。
フルートソナタだからヴァイオリン用には、少し手をいれないといけなかったかもしれない。
楽譜はそのまま弾けると思うけれど、フルートよりもヴァイオリンの方が重音などが使えて、より幅が広がる。
忙しい方に余計な負担をかけてはいけないと思ったけれど、余計な気遣いだったかもしれない。
もうすこししたらお願いしてみようかと思ったけれど、その前にさっさと天国へ行ってしまった。
今そのことが心残りになっている。

大好きな早苗さんと二人のお子さんを置いて、いったいなぜそんなに早くいかなければならなかったのか。
師匠の直純さんに「待ちくたびれたぞ、早く来い」とでも言って呼ばれたのか。
雨が上がって今日は温かい明るい日だった。
たかしま先生のお人柄みたいなお天気ねと、仕事仲間が言う。

今朝福島で地震があった。
NHKの阿部渉アナウンサーの緊張した呼びかけが、テレビからずっと流れていた。

夕方お別れの会に行ったら、阿部さんが司会者だった。
阿部さんとは、NHKのBS日本のうたでお目にかかっていたけれど、その時の淀みない司会が素晴らしかった。
今日も朝からあれだけのニュースをほとんど休みなく流していたのに、12時間後にも疲れを見せず、滑舌の良い司会ぶり。
私は何10年もテレビの仕事をしていたけれど、彼ほどのアナウンサーはめったにお目にかかれないと、いつも感心していた。

久しぶりにかつての仕事仲間と再会して、今日も又ビールのジョッキを傾けた。
最近出歩くことが多い。
































2016年11月20日日曜日

コール・ヒデ第一回演奏会

王子ホールにて。

作曲家の小林秀雄氏の作品と、特に「落葉松」のコーラス版が歌いたいというので結成されたコール・ヒデ女声合唱団。

ヒデはもちろん秀雄さんのヒデ。
奥様の安蒜砂智子(あんびる)さんからのお知らせで、前から行くと決めていたのにチケットを買っていなかった。

当日売りがあるさとのんきに構えて居て、2日前王子ホールのホームページを見たら、なんと売り切れ。
誘っていた人に断りを入れて、安蒜さんにはいかれないというお詫びのハガキを出しておいた。
その後コール・ヒデの関係者から電話で、1枚だけならなんとかなるという。
すると次の日に、もう1枚キャンセルがでたという連絡が入った。
それでなんとか2枚チケットを入手した。

コーラスの第一声は、うーん・・・
音程が下がり、力みすぎた声が時々耳障りに入る。
やはり緊張がものすごいのかも。
指揮は安蒜さんで、黒のドレスを身にまとい艶やかな髪の毛をアップに結い上げ、堂々と登場した。
指揮も素晴らしい、ピアノ伴奏の人も上手い。
合唱も3曲目くらいからどんどん良くなって、きれいにハモッてきた。
なによりも発声がきれいな合唱団で、会を重ねるとどんどん良くなっていくと思う。
今日も良かったけれど、今後も大変楽しみ。
  朝明けのうた
  愛のささやき
  花の子もりうた
  ダンツィク
  まっかな秋
  ビタミンI
そして、ピアニストの森裕子さんが「落葉松」をピアノ用に編曲したものを独奏。

休憩後は合唱コンクールのために作曲された3曲
  歌がうまれる
  白い雲
  千年の樹
そして女声合唱曲集「落葉松」
      飛騨高原の早春(はる)
  あなたとわたしと花たちと
  瞳
  落葉松
  
落葉松は作曲者・小林秀雄氏自らのピアノと合唱の共演。
普通ピアノ伴奏というけれど、歌曲の場合はピアノと歌は同等ですと小林さんはおっしゃる。
その言葉のとおり、彼の弾くピアノは大勢の合唱の声を超えた、大きな存在感となって胸に迫ってきた。

合唱の伴奏者とソリストと達者なピアニストが二人いたけれど、小林氏の素晴らしい演奏には本当に感激した。
ご自身の作曲だから、どの音がどんな意味を持っているかわかるのは当たり前だけれど、それをこんなにもうまく表現することは上手いピアニストであっても中々できるものではない。
音の透明感と瑞々しい感性は、訊く人たちの心を揺さぶった。
感激のあまり泣き出しそうになった。

彼は足元もおぼつかなく奥様に手を引かれて登場したけれど、ピアノの前に座った姿勢は背筋がまっすぐに伸び、高齢なのにこんなに美しい男性もいるのかと感嘆した。
まさにジェントルマンを絵に描いたような。
安蒜さんは張りのある素晴らしい声で、最後に合唱のオブリガートを歌った。
一緒に聞いていた友人は、あれがなかったらこのコンサートはもう少し印象がうすかったわねえと言う。
小林氏と安蒜さんと、お二人に敬意を表したい。

さてコンサートが終わると銀座でビール!
白ワインと生ガキ。
二人とも感激が冷めやらない。
なんて素敵なコンサートだったんでしょう!と相棒が言う。
誘ってくれてありがとうと言われて私も嬉しい。

安蒜さんと私は親しい間柄だと思われるかもしれないけれど、実は40年ほど前にたった一度だけ共演したという間柄で、それなのにずっと彼女は私を忘れないでいてくれた。
先日電話で話した時も、空白の時間はまったく感じなかった。
つい最近会ったばかりのような気がした。
音楽は時空を超えて、人と人を結びつける力があるようだ。
ずっと疎遠だった人とも楽器を持って集まれば、言葉はいらない。
不思議な世界に私たちは生きている。

















2016年11月19日土曜日

全員集合!

知人が亡くなった。
たかしまあきひこさん。
作曲家、アレンジャーとして、多方面に八面六臂の活躍をされていた。

彼の奥様とは、公私にわたってのお付き合いがあった。
お嬢さんが大学卒業後、専門技術を習得するために稚内に逗留していたころには、一緒に酷寒の北海道へ飛んで彼女に会いにいったりも。
同じころ私の姪が稚内にいたという偶然もあった。

NHKで仕事をしていたころには、ご主人の明彦さんと奥様の早苗さんとは度々顔を合わせた。
早苗さんはマンドリ二スト。
旅の時には、髙島ご夫妻とその息子さんのKANTA君と、仕事の後で夜の街に飲みにでかけた。
一番印象に残っているのは、名古屋で手羽先を山のように食べたこと。
手羽先にはあまりお肉がついてないとはいえ、4人で黙々と骨をしゃぶって、その骨がうず高く積まれていったのは、少しホラーだった。

8月の最後の日曜日、髙島家の屋上でのバーベキュー大会は、毎年恒例の行事だった。
ところが私はたいてい、日テレの24時間テレビの仕事がぶつかってしまうので、中々参加できない。
日程がずれると参加できてラッキー!と喜んだ。
たかしま先生も24時間テレビのアレンジャーなのに、当日は現場に来ないで自宅でバーベキューを楽しんでいるのは、少し不公平じゃない?
マラソンランナーが制限時間になっても到着せず、私たちは帰るに帰れず今か今かと待っているのに、屋上ではワイワイ楽しんでいるのかと思うと、うーん喉が渇いた・・・ビールの幻想が頭をよぎる。

広い屋上には仕事仲間が集まって、盛大に盛り上がる。
思い思いに飲んだり食べたり、疲れるとリビングでまったりとして、なにをやっても寛げるお宅。
たかしま先生はいつもニコニコして、何事にも動じない風。
でも、大変な売れっ子だったから、少し無理をしてしまったのかな。
今年の夏、東京マンドリンアンサンブルのコンサートの時に指揮をしている姿を見たら、ずいぶん痩せていた。
いつもはニコニコしているのに、その時はほとんど笑わずしゃべらず、打ち上げをそそくさと帰ってしまったので、あら?っと思った。
あの時には相当悪い状態だったのかと思うと、本当に最後の気力を振り絞って指揮をされていたらしい。

来週お別れの会という案内状が届いた。

発起人は自民党の二階俊博氏。
そのほか音楽業界、放送関係のそうそうたる面々。

タイトルは お別れ会だよ!全員集合
ドリフターズの全員集合の音楽担当は、たかしま先生。
時々幼稚園児の姿でオルガンを弾いていたり。

ああ、寂しいなあ。






























2016年11月17日木曜日

小春日和

2つ前の投稿で紅葉も散って・・・などと書いてしまったら、今朝散歩に行った公園の木々が、紅葉真っ盛り。
そういえば昨日のテレビでも、代々木公園の紅葉を上空から写していたっけ。
いつもは夕方から散歩するので、薄暗くなった景色は視力の落ちた私には、セピア色にしか見えない。
今日は小春日和の輝くようなお天気。
思わず表に出たくなる。

公園に行く途中の原っぱに、猫が大勢日向ぼっこをしていた。
おかあちゃん猫が真ん中であたりを警戒している。
そばに子猫が1匹、2匹、3匹・・・あらまあ、6匹。
ところが、隣の家の生垣の中に、もう2匹発見。
そのうえ、空き地のわきのアパートに置いてある自転車の上に、大きなおとうちゃん猫が。
最初に見た6匹はほとんど大きさが変わらないから、兄弟とみた。
生垣の中の猫は少し大きいから、叔父さん、叔母さんかもしれない。

公園に行くと、大きな銀杏が黄色く色付いて、その周りを赤い葉をつけた木々が取り囲み、青空の下で子供や犬たちが気持ちよさそうに遊んでいた。
いつも犬の飼い主たちがたまっているところに行くと、大型の黒い犬がいた。
大型犬大好きな私が思わず寄っていくと、それまでリードを離していたのに、あわててリードを付ける飼い主。
チェッ、こっそりと触ろうと思っていたのに。

飼い主にしてみれば、なにかことが起きて人を噛んだら大変だから、そうするのが当たり前なんだけど、私は心の中で舌打ちをする。
自信過剰かもしれないけれど、今までおよそ私にかみついた犬はいない。
すごく気が合うというか、ワンちゃん、特に大型犬とは心が通う。
もう大好き!
ドイツのガソリンスタンドで、見たこともない巨大な黒い犬に出会った。
しばらく一緒に座って話をしたけれど、彼(?)はドイツ語しかわからなかったかもしれない。
今日は変な言葉をしゃべる変なオバサンに会ったよと、仲間に話したりして。
そいつは俺よりもちっちゃかったのさ、なんてね。
立ち上がったら、わたしの頭上をはるかに超えていたと思う。

ミュンヘンで出会った犬はリードを付けないで散歩していた。
飼い主の左わきにぴったりと寄り添って向こうから歩いてきた。
飼い主が私を見て、犬になにか言った。
おい、変な女が来るぞ、気を付けろ・・とでも?
すると犬はそれまで普通に歩いていたのに、突然耳を伏せ、尻尾を後ろ脚の間に入れて、匍匐前進みたいに歩き始めた。
これにはびっくり。
すれ違う人に危険を感じさせないための訓練された犬だったようだけれど、あまりのことに唖然とした。
いかにもドイツ人、ここまでやるか?と少し犬が気の毒になった。

でも犬は厳しくされても、飼い主に従うのが好きな動物だと思う。
稚内に犬ぞりレースを見に行ったことがあって、これは動物虐待?とも思ったけれど、走りたくてたまらないで大騒ぎする犬を見たら、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
早く早く、ご主人さま、走りましょうよ。
スタートの合図で喜々として走り始める。
それはもう嬉しくてたまらない。
見ていたこちらも嬉しくなる。

その点猫とは大違い。
猫は飼い主をこき使う。
感謝の念がない。
自分がしたいときにしたいことだけをする。
すぐに贅沢に慣れる。
これって!なにか自分の性格を表しているような。


























2016年11月16日水曜日

小休止

この数日何もしなかった。
私が何もしないという事は、必要なこと以外本当になにもしない。
朝起きて寝るまで歩くこと、食べること、ネットを見ることで明け暮れた。
特に3日間ヴァイオリンも弾かず、本も読まず、夜も眠くならないのにあまり不摂生をすると風邪をひきやすくなるから、仕方なく寝るだけ。
ベッドに入って横になればストンと眠れるから無理に眠る必要もないけれど、ただでさえ短すぎる睡眠時間には罪悪感があるので、とにかく寝る。

時々こういう時期がある。
仕事や勉強には意外と生真面目なところがあって、こんなに緊張していなくてもと我ながら思うところもあるけれど、今は丁度次のコンサートへ向けての準備期間に入った。
ちょっとだけ怠けてもいいよと、自分を甘やかす。
私はヴァイオリンを始めるのが他の人より遅かった。
約5年は後れをとっている。
音大には間違って入ってしまったと思えるくらい。
音大を卒業するころになって、やっとスタートラインが一緒になったかならないか。
卒業してからが本当の勉強開始になった。

友人に言われたことがあって、あなたは卒業してからの修業がすごかったのよねと。
私がすごいわけではなく、そのころから周りの人たちの援助がすごかった。
周り中が教育ママ・パパ・フレンド。
本当になにもかも周りの人たちが後押ししてくれた。
それとヴァイオリンを弾いてお金をいただくようになったことも、自分に責任を持つことに拍車がかかった。

そんなわけで、仕事があるうちは常に緊張の中での生活。
それを支えてくれる多くの人たちが、心の支えとなった。
本当に感謝してもしきれない人たちの顔が目に浮かぶ。
なにか始めようと思うと、周りからサッと手が差し伸べられて、とても上手く対処できる。
このブログだって自分一人では書けなかった。
私もお返ししなければと思うけれど、猫だから役立たずの手しか持っていないのが悲しい。
私の飼い猫たちにまで、支えられ続けてきた。
猫は本当に賢くて、私が困っているとそっと手で顔をなでてくれた。
どんなに救われたことかと思う。

健康で安穏と日々が送れていても、私の努力など微々たるもの。
それでも少しは休息してもいいかな?
ほんの3日間だけでも。
今日から練習再開。
さて、来年のコンサートも乞うご期待!
老骨に鞭打って・・・というのは嘘で、鞭打たないけれど最大限の努力をお約束。
私の努力というのはせいぜい、毎日一応ヴァイオリンを練習するという程度だけど。

そういう舌の先から、1月のスキーシーズンには又ちょっと休息。
ずいぶん計画が入っておりまする。
でもその後、来年は怒涛の大曲が。
乗り切れるだろうかと不安は尽きない。

まったりしていたら、先ほど喪中のハガキが届いた。
母・・・と書いてあったから、あの方のお母様はずいぶんご長寿だったのだと思って、差出人の下の名前を見たら・・・お嬢さんからだった。
友人がなくなったのだった。

小学校の同級生で、一年生の時からの仲良し。
小学校を卒業するときに、一年生の時の担任だった優しい先生へ、二人で絵とお話しを書いて贈った。
彼女が絵をかいて私が物語を・・・なぜか登場人物が皆ロシア人の名前だったのは、そのころ生意気にも私はすでにドストエフスキーなんかを読んでいたから。
先生は訝しげに私たちの差し出すノートを受け取った。
恥ずかしいので手渡すとすぐに二人とも逃げるように玄関へ。
校庭を出ようとしたら、先生が窓から大声で「ありがとう」と叫んで手を振った。
彼女はその後デザインの道に進んだ。

小学校時代、その人の家に遊びに行ったことがある。
本がずらりと並んでいた。
お父様はそのころもう亡くなって母子家庭。
沢山の本は亡きお父様のものだという。
文学者だったのと友人が言った。
なんでも村岡花子さんともお知り合いだったとか。
この辺の記憶は曖昧。

わあ、すごい、文学者!
私は幼少から本の虫だったから、文学者という言葉の響きに感動した。
すごいお父さん。
私の父は機械やだったから、文学者はものすごく高尚な職業のように思えた。
私も文学者になりたい!でも今は音楽家のはしくれ。
どこでどう道を誤ったのか。
お嬢さんにお悔やみの手紙を書いていたら、涙が出た。

これは思いがけなかった。
小学校を出てからは一度しか会っていない。
電話で少し話したことがあるだけのお付き合い。
年賀状だけは毎年欠かさなかったけれど、小学校の同級生で思い出すのは彼女だけだった。
それでもこんなに悲しいとは。
なにか特別な存在だったのかと、いまさらのように感じた。
もう一度会っておけば良かったとも。


































2016年11月11日金曜日

晩秋のたわごと

紅葉も散って、木枯らし1号も吹いて・・・と、少しロマンチックな気分でいようと思ったけれど、我が家の前の桜並木はいまだに葉を残している。
しかも私の家の角にいつの間にか生えていた木は、まだ青々と落葉の気配もない。
この木は今頃になると、わりと大きめの葉がそこいら中に散って、ご近所のひんしゅくを買う。
すみません、すみません、と頭を下げて落ち葉を掃いている。
「もう切っちゃったら」と言われ続けているけれど、せっかく生えてここまで大きくなったのにかわいそうで切ることができない。
お隣さんは治療院をやっていて、この木が邪魔。

駅の方からここを訪れる人は、この木の葉が看板を隠してしまうので、わかりにくいと苦情がくる。
夏、お隣のご主人がノコギリでせっせと枝を切っているところに遭遇すると、しまった!先を越されたかと、ワインなど持ってご挨拶とお詫びに向かうこともある。
うちの木なんだからお隣さんが断りもなく?と思うかもしれないけれど、もうお好きなようにとこちらは低姿勢。
けれど、この木は夏にはベランダの影となって、涼しげにみえるし、秋には小鳥たちがわずかな実を食べにあつまる。
都会のほんのささやかなオアシスとなっている。

近所の嫌われ者だから、本体は枝をどんどん切られ、中央の太い幹だけになっている。
いい環境で生えていれば、さぞ見事な大木となるだろうにと、気の毒に思う。
元気が良いので、春先からどんどん枝が伸びるので、気が気ではない。

その木がまだ紅葉すらせずに葉っぱを落とさないのは、異常に長雨が続き、水分をたっぷりと吸収しているからなのかもしれない。
ということは、人も水分を蓄えておけば、アンチエイジングに繋がるかも?
それほど人体は簡単ではないから、腎臓の負担なども考えると無理かな。

今年はおよそ晩秋という感じのしない11月。
晩秋にブラームスは良く似合うなんて言ったこともあるけれど、今年はブラームスよりはスメタナ。
モルダウが一粒の水滴からどんどん水かさを増して、最後には滔々と流れていく様を思い浮かべるにはこじつけで無理があるけれど、今年の雨の多さはどうしたことか。
今年の8月は日照時間が延べで2日とか。
ナメクジさんが大喜び!
カタツムリさんと腕を組んで喜ぶさまが目に浮かぶ。

元々ナメクジとカタツムリは同種らしい。
一方は殻を脱ぎ、もう一方は家を背負って生きていく、その進化の過程で何があったのか、訊いてみたい。

「話せば長い話になりますが」と、ナメクジが言う。
「私はもともと幸せな家庭に妻と3人の子と暮らしておりまして、ところがバブルがはじけたあのころ、以前の贅沢な生活に慣れた妻が、どんどんサラ金からお金を借りて返却できなくなり、それで家を売って・・」あはは、そんなわけはないけど。
でも人間社会ではありそうな話。

さて、私がブラームスを好きになったのは、中年過ぎてから。
それまでは、ヴァイオリン協奏曲以外の曲は好きではなかった。
なにを聴いてもぐずぐずモジモジ、行くかと思えば又戻り、ウジウジしてじれったいことこの上ない。
これでは、どんなにクララが好きでも受け入れてもらえなかったワケだわ、と納得。
それがある晩秋の日に、ブラームスの弦楽四重奏を聴いていたら、急に胸が締め付けられて、それ以来私はブラームスが大好きになった。
それまでは私の感性が成熟していなかったという事。
私も人生が晩秋に差し掛かって、やっと共鳴できるようになったらしい。

今年は早くも雪の便りが聞こえてスキーヤーとしては嬉しいけれど、気温が下がらないと良い雪はのぞめない。
なんとか早く寒くなりますようにと言うと、袋叩きにされるかも。
スキーシーズンが近いから、晩秋が好きなのかもしれない。
現実的でロマンチックではない理由でごめん!
































2016年11月10日木曜日

泥沼

このブログは、政治や経済など社会的な問題は一切抜きの、私の気軽なつぶやきを目的としていた。
猫と音楽と友人たちのこと以外は書かないつもりだった。

しかし、今回のアメリカの大統領選挙には少なからず関心と疑念を持っていた。
はじめて社会的なことをここに書くけれど、今回のヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏のあまりにも最低なふるまいを見て、アメリカと言う国の品位も地に落ちたと言わざるを得ない。

国力が落ちているとは言え、アメリカの大統領と言えば世界のリーダーとなるべき人なのに、その下品なことには驚く。
こんな人たちが世界のリーダーとなったら、どんなことになるのか。
どちらか一人でも悠然と構え、相手の欠点をあげつらうのではなく自分の政策を述べるのであればまだ許せるけれど、ユーモアのかけらもない相手を罵り合う姿を見て絶望した。
史上最低の大統領選と言われるのは本当だと思った。

このような候補者しかいなかったのが不幸のもと。
又、それを選ぶ国民も同じような品性の人たちなのかと疑ってしまいそうになる。
この選挙でアメリカは二分され、今後禍根を残すのではないかと心配している。
アメリカは日本にとって同盟国であり、利害関係も深くかかわっているから、日本の将来も心配になる。

特にトランプ氏の顔や立ち居振る舞いの粗野で醜いこと、この上もない。
女性蔑視、経済のみの悪辣な人ではと疑ってしまうので、立派な実業家としての顔をつい忘れそうになる。
お金儲けは上手いけれど、マイノリティーに対する同情心のかけらもない言葉にぞっとする。

そのような人たちを排除するというのが、どうか、選挙用だけの言葉でありますようにと、祈りたい。
メキシコの国境に壁を作るなど、第二次世界大戦のころに戻ったような考え方で、世界平和を望んでいるようには見えない。
広大なアメリカを統治するのは、強い力が必要なのはわかる。
日本のようになあなあで、言わなくても分かるなんて甘い考えが通らないのも分かる。
中国と組んで、なにかやりそうないやな予感がする。
今の中国とは、きっとずいぶん気が合うと思う。

元々は人柄の良い人かもしれない。
粗野で女好きで金儲けに長けていて、男性にとっては憧れの存在かもしれないけれど、大統領となると・・・
会社の社長さんにおさまっていれば、やり手の実業家で尊敬されていただろうに、大統領ではね。
日本の隣国韓国の大統領もひどい。
なんでこんな人たちが世界をリードしていくのだろうか。
不思議でならない。

結局民意が低いということに尽きるのかもしれない。
本当にトランプ氏でいいのだろうか。
クリントン氏も嫌だけれど、少なくともセクハラおやじよりはまし?
いや、どうかな?
日本にとってはつらい日々が始まるかもしれない。
日本の政治家の脆弱な言動、井の中の蛙、お友達的な自分たちの利害のみを追及する議会を見て居ると、とても彼に太刀打ち出来そうもない。
安倍さんが夜陰に乗じて、日本を軍国にしかねない。
それでもトランプ氏とうまくやっていけばいいけれど、あのあくの強さに太刀打ちできる人は世界でもそういないと思う。
あの人にだけはなってもらいたくなかったというのが、私の本音。
世界中の白人以外の人たちが震えているような気がする。

驚いたことに、今朝の彼のあいさつは優等生的な、いかにも原稿通りの演説だった。
顔つきまでがキリッとしていた。
どこまでがブラフでどこまでが本音かわからないけれど、さすが商売上手だけあって選挙戦略も完璧だったのは、たぐいまれな能力を感じるけれど。

何を言っても引かれ者の小唄になってしまいそうだし、他国のことをとやかく言うのは失礼だから、この辺で。

















2016年11月8日火曜日

東北の秋

チェロフェスタは出演者が溢れかえって、時間オーバー。
私たちの出る幕はなく、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲を一楽章だけ弾いて終わりにした。
あまりにも長時間の会だったので、もはや集中力も途切れがちだった。
時間が足りなくなって、新幹線に乗るために途中で演奏放棄して大慌てで帰る人もいる。
後片付けに走り回る人たちをしり目に、とっとと会場を後にした3人組。
水沢から一ノ関に向かう。
6時半ころ一ノ関のホテルにチェックインして、ホテル裏の居酒屋へ向かった。

一ノ関駅周辺は人影もまばら、冷たい夜気が迫ってくる。
一昨日、出かける前に見た天気予報では仙台の気温20度。
初めはダウンジャケットを着て出るつもりで用意してあったのに、急遽薄めのコートに変えてしまった。
その薄いコートの下はブラウス一枚。
芯から冷えてしまった。
ホテル裏の居酒屋のドアを開けると、思いがけないほど大勢の人がいる。
中は温かい。
お店のご主人はどこかで忙しく働いているらしく、姿が見えないのでどうしようかとまごついていたら、カウンターの常連さんらしい女性が、入っていいですよ、好きなところにお座りくださいと、店主のようなことを言う。
そのうち店主が現れて、お世辞もないけれど不愛想でもなく、感じの良いおやじさん。

さっそくお刺身を頼みビールで乾杯。
そこから一気に次の日からの遊びモードに入った。
料理は味も良く素朴で、ご主人の人柄の良さが店中を穏やかに温かくしている。
いいなあ、こんな店。
さっきのカウンターの女性が、私たちの注文を取り次いでくれたり、面倒をみてくれた。

ご機嫌でホテルに帰り、それぞれの部屋からカップを持ち寄って一部屋に集まってコーヒータイム。
確かに女三人よれば姦しい。

次の朝は、明るい日差しが溢れ風もなく、絶好の観光日和。
レンタカーを借りに行くと、受付の女性が親切に案内してくれた。
その人のお勧めで、猊鼻渓舘の森アーク牧場に行くことにした。
猊鼻渓は、数年前高校のクラス会で川下りを楽しんだ所。
とても良かったので、今回、他の人にも楽しんでもらおうと思ったけれど、私たちはいつも楽器を持っているので、それをどうするかが悩みの種だった。
車の中に楽器をおいていくのは、温度の上昇や盗難などが心配でできない。
かと言って、ボートにヴァイオリンを抱えていくのはもっと危険。
うっかりチャポンと水に落としたらと、想像するだに恐ろしい。
チケット売り場で楽器は預かりますよと言われたけれど、それはとても心配。
結局、川下りは諦めて、近くの店で和紙の紙漉き体験をすることにした。

楮と三椏の枝の皮をはいで細かくしたものに、さらに熱を加えて和紙の原料にするらしい。
大きなバケツに入っているドロッとした液体を柄杓で掬って、細かい網目の平らな木枠の上にまんべんなく流し込む。
水が下に落ち繊維が残って、何回もかけ流していると、膜が全体に広がっていく。
ある程度の厚みが出たところで、次の段階は色付け。
色のついた液体を好きなようにかけて、そこに楓の葉やコスモスの花などを載せて、もう一度白い液体で上から固めて出来上がり。
これを天日干しして出来上がったものを、郵送してくれる。
約一週間ほどで届くというので、楽しみにしている。
川下りは残念だったけれど、自分の手で漉いた和紙がどんなふうに出来上がってくるかワクワクする。

そこからかなりの距離の山道を走って、館の森方面へ。
お目当てはファームでのランチ。
紅葉はもう終わりに近く、時折、真っ赤に色付いた葉が見えるだけ。
それが青空に映えて、思わず歓声が上がるほどきれい。
本当にたどり着くのだろうかと心配になったころ、美しい丘陵地帯にある牧場が出現した。
駐車場の入り口に一人の女性が立っていて、パンフレット片手に滔々と説明してくれた。
休日ならともかく、ウイークデーには来る人も少ないので、やっと来た客と話すのが嬉しいようにみえる。
広い敷地には、こぎれいな山小屋風の食堂や売店が立ち並んでいる。

ランチは豚肉のハーブ焼やカレーライス、トロトロに柔らかい三枚肉の角煮など、とても美味しかった。
豚や羊などの他にハーブティーもそこで栽培しているので、葉の量も自分でたっぷり淹れられるので、特別美味しかった。
レストランの庭の前に羊の放牧場があって、緩やかに下る牧草地に顔の黒いかわいらしい羊さんたちも、ちょうどランチタイム。
美味しそうに干し草を食べていた。

以前イギリスのコツウォルズに行ったときに見たような、なだらかな景色が眼下に広がっている。
日本の東北の景色は、イギリスより繊細で優しい。

すっかりお腹もいっぱいになって、美味しそうな加工肉やパンなどの売り場でしばらくお土産探し。
試食したウインナーソーセージが、とても美味しい。
パンも野菜も美味しそうで、あれもこれも欲しかったけれど、荷物が増えるので断念した。

一ノ関へ戻るルートは西に向かうので、夕日が眩しい。
カーブを曲がったとたん明るい陽光が目に飛び込んできたりすると、一瞬目が眩む。
これには参った。
サングラスの用意がなく、帽子のひさしで陽をよける。

夕方の新幹線で東京へ帰った。
さすがに疲れが出て、私は爆睡。

私たち女性3人、世間の人はもう悠々自適で毎日のんびり過ごしている年だというのに、重たいキャリーバッグを引きずってあちこち飛び回っていられるのは、全国の音楽仲間のおかげ。
良く食べ良く飲み良く笑い、楽しんで楽器を弾く。
これが生きるパワーとなっている。
足が痛いの記憶が飛ぶのとか言いながら、東北地方にまで徘徊しておりますが、お許しを。







































2016年11月4日金曜日

水沢チェロフェスタは大盛況だから・・・

奥州市でのお楽しみ、チェロフェスタは今年は出演者がひしめき合っているので、我々プロは遠慮して、みたいなことになった。
去年に比べて出演希望者が多く、新潟からもやってくるそうなので時間が足りなくなった。
アマチュアのテリトリーを荒らすのは良くないので、私たちのメンデルスゾーンは大幅にカット。
一楽章のみの演奏になったので、一気に気楽になったけれど、せっかく集まって練習していたので少し残念ではある。

それでも久々に弦楽四重奏曲が弾けたので嬉しい。
せっかくだから、どこかで披露したいので考えた。
我が家での忘年会コンサートに出演しよう。
チェロのT氏は焼酎で釣れば必ず弾いてくれると見た。
ヴィオラさんが予定が入っているとかで、それなら「雪雀連」に強力なヴィオラ弾きがいる。
もう一人のヴァイオリンさんはオーケーだから、これは実現可能とみた。

私たちは長年仕事として演奏をしてきたけれど、心底楽器を演奏するのが好きなので、ずいぶん幸せな人生だったと思う。
仕事はもうほとんどしなくなっても、こうして集まればいつでも演奏できるのが最高の楽しみ。
もはやお金のことは度外視で、隙あらば音が出したい。
まわりの迷惑顧みず、と言ってもまだ立派に演奏家として通用する人たちだから、高いスキルを保っている。
本当のところは、入場料をとらずに聴かせるのは惜しいくらい。
ケチなことは言わないで、自分のために練習のつもりで弾いていると言ったら失礼だけれど、若いころから私の姿勢は変わらない。

時々ひどい条件での演奏依頼が舞い込んでくることもあった。
恐ろしく安いギャラだったり、とんでもなくへんてこりんな仕事が。
最低限の線はまもったけれど、心情的に共鳴するものがあれば、お引き受けした。
それに私はなんでも面白いことに目がない。
変わった条件なら飛びつく。
一度ワインの宣伝のためのパーティーに行った。
条件はもちろんギャラのほかに、ワイン飲み放題!
休憩時間に美味しく飲んで、さて楽器を構えたら、弓がどうしても弦の上に乗らない。
それ以来、そういう条件の仕事でも絶対禁酒を自分に課している。
ボランティアであれば、それはそれでもかまわない。
そのかわり自分の勉強にと、好きな曲を弾かせてもらったりもした。

高額のギャラをいただくときもあるけれど、その時の演奏姿勢と安い仕事の姿勢とは全く変えないようにした。
というか、弾き始めるとそんなことはどうでもよくなる。
とにかくちゃんと演奏しようと思う。

時にはコンディションが悪く思うようにいかなかったときには、みじめな気分になった。
オーケストラの仲間の言った言葉が忘れられない。
「俺たちはステージが終わると、ある時は王様の気分、ある時は乞食以下だよな」
上手くいかなかったときには、涙が出た。
大好きなクラリネット奏者の北爪先生は、いつもコンサートが終わると、「あ~あ、又音がひっくり返っちゃった」なんて溜息ついていたっけ。

どんな安い仕事もどんな高い仕事も、仕事にはかわりない。
ありがたく弾かせていただいた。
この積み重ねが、未だに声をかけていただけることに繋がっている。

今回はお遊びでと思っていたけれど、それでも真剣に練習をする。
4人とも(くそ)真面目。
全然手抜きなし。
けれど、時間が足りないとあれば、しゃしゃり出る気はない。
ちょっと混ぜてもらって、少しだけ弾いて楽しもう。

時間もたっぷりあるし、帰りにレンタカーで観光するのも楽しみの一つ。
もう雪の便りが聞こえてくるので、それだけが唯一の心配だけれど、東北の秋は本当にきれい。
去年は平泉を中心に中尊寺、毛越寺、厳美渓などを回った。
今回は一関の周辺、猊鼻渓の川下り(おお、寒そう)とか岩手サファリパークとか花と泉の公園とか。
今年は紅葉が遅れているから、あわよくば、見事に燃えるような山々がみられるかもしれない。
お天気が良いといいけれど。













































2016年11月1日火曜日

切羽詰まって

見かけによらず私は小心者で・・・と何回も言うけれど、少しも他人からは信じてもらえず。
今度という今度は、さすがに切羽詰まっております。
奥州市水沢のチェロフェスタでモーツァルトの「弦楽三重奏曲」を弾くつもりでいたのが、もう一人ヴァイオリンの参加希望者が現れて、メンデルスゾーンの「弦楽四重奏曲」に変更。

この曲はとても颯爽とした素敵な曲だけど、なにしろテンポが速い。
特に弾きにくいというわけではないけれど、急に曲目が変更になったので、譜読みがまだできていない。
本番はもう目の前なのに。

若いころならいざ知らず、最近の脳味噌では中々音が覚えきれない。
毎日新たな気持ちでというと聞こえはいいけれど、昨日の練習はもうすっかり抜け落ちて、最初からやり直し。
同じところを何回も間違える。

生徒に言う時には、できないところはそこだけ取り出してゆっくりと何回も弾きなさい~なんちゃって。
自分が練習するときには、あいまいに通過、結局毎回つまずくという体たらく。
じっくり型の性格だから、普段の練習は完全に弾けるまでするけれど、今回は日が迫っていると思うと泡喰ってしまう。
良い練習にならない。
全体なんとなく弾けるけれど確信をもって弾いてはいないという、一番危ない状態に置かれている。

お楽しみの会だから、そんなに目くじら立てなくてもと思われるかもしれないけれど、どんなに小さな本番でも絶対に手を抜いてはいけない。
毎回同じ気持ちで弾かなければ、いざというときに実力は出せないということを長い経験から学んできた。
昨日4人で最初の練習をして、非常に楽しかった。
せっかく集まってくれたのに私が完璧でないと台無しだから、ここ数日が勝負と思っていたら、明日は英語のレッスンが入っていた。

10月が終わって11月の予定を見ようとカレンダーをめくったとたん、目に入ってきた。
どっと冷汗が出た。
ハリー・ポッターの講読日はもっと先だと思っていたので、すっかり失念していたのだった。
どこまで読んでいたのだろうか。
あわててコピーを探したら、なんとか読み進んでいたようで、明日の朝早起きして少し辞書を引けば間に合いそう。
ああ、よかった。

メンデルスゾーンはまだ譜読みが完璧ではないけれど、今日からプロコフィエフのピアノ合わせを始めた。
練習が終わってから、ピアニストと共に川崎ミューザへ。

梯剛之さんのピアノと
ヴァイオリン  濱田協子、井上直子 
ヴィオラ    梯孝則
チェロ     宮澤等
コントラバス  駒井朗

ロッシーニ
  チェロとコントラバスの二重奏曲               
  弦楽のためのソナタ    
シューベルト
  ピアノ五重奏曲「鱒」

非常に良いアンサンブルで、とても楽しかった。
すっかり満足して帰ってきたけれど、現実は明日の英語とメンデルスゾーンが不完全だということで、切羽詰まっているところ。

最近はあまりなくなったけれど、以前はよく悪夢を見た。
ステージに出なくてはならないのに、なんの曲を弾けばいいのかわからない、とか、電車が遅れて本番に間に合わない、とか、暗譜ができていないのに楽譜がない、とか、会場の入り口が見つからなくて入れない等々。
目が覚めると「ああ、夢で良かった」と思うけれど、今回は夢でなくて現実なのだ。

とりあえず明日の英語をこなしたら、猛練習しないと・・・と、思いながらこんなブログ書いてます。