2023年4月28日金曜日

恐怖の原因

先日北軽井沢に行ったとき、私の相棒である老猫の異常な恐怖体験を目の当たりにした。

今回も 素晴らしい天気に恵まれて気分良く山荘に到着、先日都内のスーパーで買った素晴らしくきれいな紫陽花の株を3本持参して行ったので、到着するやいなや長靴に履き替えてせっせと庭仕事。最近はすっかり道具を使うのにも馴れて穴掘りも上手になった。やっと3本のあじさいを植え付け、アザレアも2本追加。だんだん花が増えて明るい庭になってきたのを外側から眺めて満足。数日後には天候が崩れて雨模様らしいので、水やりも助けられる。よしよし。疲れていたので早く寝たのに、夜中に猫がやけに騒ぐ。

翌朝目覚めるとすぐに庭へ。でも、ああ、何たることか、すばらしく美しく咲き誇っていたあじさいが見る影もなくしおれて花は茶色になって首をたれている。葉っぱもだらんと垂れ下がり息も絶え絶えの様子に言葉を失った。そういえば夜になってから気温がぐんと下がったので家中の暖房をつけたのを思い出した。

庭には暖房がないからそのまま新参者のあじさいは凍えてしまったのだ。だいたい自宅と山の家の気温の差も考えずに初夏の花のあじさいを直植えするなんて、気違い沙汰だった。植物になれていないと言ってもこのくらいのことも考えないなんて。バカバカ!

次の日追分の友人の家にいくと「なんでも失敗しながら学んでいくのよ」と慰められてしおしおと帰ってきた。私の得意分野は動物。植物はどうも気持ちがわからない。疲れと気落ちしたのとで寝込んでしまったけれど、少し眠ると猫がやかましく泣き叫ぶ。山の空気がいいから元気に鳴くなあなんて、これも見当違いの考え。猫は玄関の上がり框と室内の間にあるガラスの戸の内側から靴箱の方を向いて大声で叫んでいる。多分ガラス戸に映る自分の姿に向かって吠えているのだろうと思った。でもいつものことなのになんで今回こんなにうるさいのかしら。

今回もこの森の中の一軒家に一人ぼっち。周囲の家は見事なまでに真っ暗で外を見るのも怖いくらい誰も来ていない。多分大型連休が始まるとドッと人が押しかけてくるだろう。お隣さんも連休明けから来るつもりだと思うので窓から眺めても無人の家はうつろに見える。そして夜な夜な猫が泣き叫ぶ。日毎にヒステリー度がましてくる。ほとんど半狂乱の体だからほとほと困った。数日間我慢していたけれど、ある夜中に泣き喚かれたときに帰宅する決心をした。こんなに鳴くということは体の何処かが痛いのかもしれない。もしかしたら重大な病気かもしれない。もし治療するとしてもいつものかかりつけの病院なら猫も安心する。

実は北軽井沢の家の近くに有名な動物病院があって、近隣だけでなく様々な地方から患者が押しかけてくるらしい。でも治療が長引いたら自宅付近の病院がいい。そこでまだ大声が出るくらいの体力があるうちに帰宅しよう。たくさんトマトを頂いて自分の冷蔵庫にしまおうとしたら、先住者のトマトが10個くらいあった。いくら冷蔵庫とはいえ次に何日にこられるかどうかわからないからここにおいておくわけにいかない。それで丑三つ時、トマトを剥いては鍋に放り込みひき肉や玉ねぎと一緒に煮込んでトマトソースを作り小分けして冷凍する作業に没頭した。

荷造りは何でもかんでも車に放り込めばよし。ところで一体猫は何に怯えていたのか原因はなにか。ふと気がついたのは、玄関のスリッパを入れる棚の上に木彫りのふくろうがおいてあること。この家を作った工務店の社長の義理のお父さんの趣味の作品で、大きさはかなり大きめの猫くらい。私が表札がなくて誰か作ってくれないかしらと愚痴ったら、これはどうですかと持たせてくれた。表札にはあまり適当ではないので靴箱の上に置きっぱなしになっていた。それがちょうど猫が上から見下ろしているように、うちの猫には見えたらしい。

そのネコモドキふくろうを隠したら猫はピタリと鳴き止んだ。なーんだ、彼女の恐怖の体験はこれが原因だったのだ。なるほど、猫にしてはかなり大きな猫のようなものにじっと見下されて、猫はどれほど怯えていたことか。早く気が付いてあげないで悪かった。しかしその御蔭で夜な夜な叩き起こされた私の身もなってほしい。その後猫と私は寝不足を取り戻すために眠り続けた。

あんな大声が出せるなら我が家の婆さん猫は当分生きられそう。私のほうが先になったら皆さん彼女をよろしく。汚なくて気難しくてヨボヨボですが、あれでなかなか愛情深くかわいいのですよ。






2023年4月20日木曜日

相棒

私の相棒はもう普通の猫の領域を超えて本当ならとっくに天国に行っているはず。猫の天国ってどんなところかな?一時期もうだめだと思ったこともあった。餌が喉を通らなくなって毎週のように点滴に通った。その後高齢猫用の餌に変わり、今は介護用餌。水分が多いから水を飲むように食べられる。それでまた元気を回復した。今はそれも時々喉を通らなくなった。

シニア用の餌も噛むこと飲むことができなくなった。固形物を受け付けなくなってきている。いよいよかなあなんて勝手に決めていいると、時々びっくりするほど張りのある声で私を呼ぶ。こんな声が出るならまだ大丈夫とややホッとしてやや迷惑で、でも生きていてほしい。例えば北軽井沢の森の中でたったひとりでいるのは心細い。猫でもいいから温かい血の通った生き物と暮らしたい。話しかけるとじっと視線を上げて見つめてくる。まるで会話の内容がわかるかのように。私の年齢からいうとこの子が最後の猫になる。もうこれ以上は自分の寿命を考えると新しい猫は飼えない。通いで毎日我が家に来る猫はいる。でも彼女は自由猫。あちこちに餌場と寝床があるらしい。ノラにしては本当にきれいだから。

汚いのはうちの猫。毛づくろいもしない、ブラシをかけられるのを嫌がる。食べ物のかすを首の下のエプロンの部分にくっつけたまま。爪は切らせない。切ろうとすると大暴れ。ひと月に一度は猫と私との死闘がある。大暴れの末、爪切りが終われば何でもなかったように可愛らしくひたと見つめてくる。その目も白内障みたいになってきた。私の足が弱ってきた頃、彼女の足腰も危うくなってきた。同じように年をとって生き延びるのはどちらだろうか。

猫の最後を看取らないといけないから私のほうがほんの少し長生きしないといけない。先日知人が「年をとると生きているだけのことに大変な努力がいるのね」としみじみと言った。本当ね。こんなに大変だとは想像もつかなかった。足の治療はずっと続けているのにまだ階段がまっすぐ降りられない。横向きのカニ歩きで手すりを伝って降りる。どんなにおしゃれをしてもこれでは台無しだから早く治したい。

整体、ストレッチ、リハビリ、筋トレ、高周波治療などなど。何をやっても膝は痛い。もしかしたらストレスによる痛みかもしれない。今まで痛めた部分を神経が覚えてしまって、そこをトリガーポイントというらしい。ストレスを感じるとその部分に傷がなくてもそこが痛むということがあるらしい。私はある問題を抱えていて、それが解決しない限りそこの痛みがなくならないのかもしれない。

団体のお金を扱っているうちに自分のもののように思えてくるのはよくあるケースらしい。しかしそれがバレても平然としていられる神経を私は憎む。嘘を重ねても平然としている人は、宇宙人のように見える。すぐにバレるに決まっている見え透いた嘘なのに。そういう人は脳内にヘドロが詰まっているに違いない。どんなに上品そうに振る舞っても必ず見抜く人がいる。私は見抜ける人だからそれがわかるけれど、中には見抜けない人がいて私を嘘つきだと思って信用しない。それが一番つらい。そのストレスが膝に来ている。

悪いことは必ず表面に現れてくるものだから、実際ほとんどの人がもう理解している。結果ずる賢い人は誰からも相手にされなくなってきた。こんな輩なら猫のほうがずっとまし。














 

本物

 ヴァイオリンの扇谷泰朋さんとピアノの諸隈まりさんのリサイタル。

先日三鷹市芸術文化センターで弾いていた私は偽物で、コンサート当日に弾いていたのは本物。さすがに恐れ入りました。ああ、こんな風に弓を使うのかとか、決して大声で叫ばないのに伝わってくる表現の上手さ、品の良さ。

雨の降る寒い日だった。こんな日にはヴァイオリンもご機嫌が悪い。弾く当人も意気が上がらない。けれど音響の良い会場はちゃんとそれらをカバーしてくれる。ピアノは私の好きなベーゼンドルファー。先日代理リハーサルでステージに顔を出したとき、おや?今日のピアノは何?いい音ね。ああ、やっぱり。と言ったばかり。もし私がピアニストだったらこのピアノを買うかもしれない。残念ながら一般的なコンサートホールはヤマハかスタインウェイ。残念と言ってはヤマハとスタインウェイに悪いけれど、ベーゼンの独特の響きはすぐにそれと分かる。ピアニストに3つの楽器の違いを訊いたことがあった。

ヤマハはまず無難、スタインウエイは万能選手、ベーゼンドルファーはやや扱いにくいけれど、その魅力に取りつかれるのだと。ハンス・カンというピアニストがこのピアノを弾くのをそばで見て、こういう人が弾くべき楽器なのだと感銘を受けたことがあった。私が弾いたらこのピアノの魅力は出せない。もっとも、毎日私がピアノに触るのはヴァイオリンの調弦をするときにAのキーを叩くときだけ。可哀想な私のピアノさん。それにこのピアノを入れられる家もない。買えるお金もない。弾ける腕もない。おやおや、ないないづくし。

素敵な音を聴いて満足はしたものの体調が良くない。思えばベートーヴェンのソナタを4曲、短時間でピアノ合わせでかろうじてついていけるまでに仕上げるのは老体にはちときつかった。古典音楽協会の定期演奏会で小さいながらソロを弾いた直後だったし。若い頃のように両方同時進行でというのはもうできないとつくづく思った。帰宅して眠った。次の日は他のコンサート会場に足を運んだけれど、帰宅してすぐバタンキューと眠った。また次の日も眠った。時々自分がピチピチと飛び回っていた頃のことを思い出す。若さは偉大だった!

大きな紫陽花の株を2つ買ってきた。これを北軽井沢の家に植えよう。10年くらいかけてあの庭をイングリッシュガーデンに仕立て上げようと思った。なのになかなかヴァイオリンから離れられない。そろそろミス・マープルのようにピンクの編み物の似合うおばあさんになりたい。年齢だけは立派にとっているのに生活は修羅場。

膝も痛い。そこだけがミス・マープルと一緒。












2023年4月15日土曜日

代理演奏家

三鷹市芸術文化センターでリサイタルのお手伝い。

ピアニストからベートーヴェンの連続演奏会のリハーサルのために会場をとったけど、ヴァイオリンが来られないので代わりに弾いてくれない?と頼まれてホイホイと承知した。会場に到着するともうステージからはピアノの音がする。

ベートーヴェンの連続演奏会で今回が最後になる。曲目は第5,6,7,8番の4曲。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタは全10曲、1,2,3,4,、9,10番も練習の代理人として弾かせてもらった。有名な5,9,10番は今までよく弾いていたからいいけれど、1,2,3番などはご縁がなくて弾いたことがなかったので喜んでお付き合いさせてもらうことになった。これで私も今まで弾かなかった曲を含めてベートーヴェンのソナタ全曲を弾いたことになる。

若い番号の曲は素敵だけれどなんとなく弾きにくい。そこへいくとテクニックは難しくなるけれど9番のクロイツェルのほうがずっと弾きやすい。理にかなっているというか構成がはっきりしているというか、やはり若い頃の曲より自然な動きで進めることができる。クロイツェル・ソナタは王者の風格があって難しさから言うと他の曲の上を行くけれど非常に弾きやすい。

ベートーヴェンをリサイタルのプログラムに載せるとするとやはり後半の番号が人気だから、5番以後になることが多い。連続演奏会のお陰で私もすべての番号が弾けたのだから感謝感激。しかも三鷹市芸術文化センターのステージで弾けたのもラッキーだった。朝一番の音出しは調子が悪いけれど、ここのステージではのっけからいい音が響く。わお!気持ちいい!

私は結婚当初は三鷹市上連雀に住んでいた。大きな芝生の庭の片隅に持ち主の奥さんのアトリエが建っていた。奥さんが亡くなってそのアトリエが空いていたのでここが良いと私が選んだ。ボロボロで使いにくいけれど、大きな芝生の庭付き、車が止められる、大家さんは年取ったおじいさんで小うるさくない。夜中に友人達が一升瓶抱えて来て騒いでも周りが離れているから迷惑ではないなど、良い条件が揃っていた。時々人恋しくなったおじいさんが家賃の催促に来てぐちをこぼすのに付き合えばいいし、催促もお金持ちの大家さんにとっては形ばかり。おじいさんも私達もうまく付き合っていたのに、私の母が小屋のあまりのボロさに驚いて私たちは実家のそばによびもどされてしまった。

本当は上連雀にずっといたかった。井の頭公園や深大寺に近い三鷹の独特の文化的な雰囲気が大好きだった。大家さんが亡くなって跡地に行ってみたら百坪の芝生はズタズタに分断されて見る影もないのが悲しかった。

練習とはいえ、良いホールで弾くのはこの上ない喜びで、時間がなく練習不足ながら4曲弾かせてもらえたので本当に満足。音が延びるから余計な力はいらないと思っていたけれど、終わってみると本番でなくてもかなり緊張していたらしく、疲労困憊、帰宅してからよろよろとベッドに倒れこんで眠り続けた。時々目が覚めて食事を摂ってはまた眠り、やはりベートーヴェンは手強い。

今日は本物のソリストが出演するので、聴く側になって客席で楽しませてもらう。どちらがいいかというとやはり弾いている方がいいけれど、流石に体力・気力ともに衰えて1ステージでこれほど疲れるとは以前になかったから、もはや退け時とは思うけれど。














2023年4月5日水曜日

浅間は活動期

 去年は色々あって楽しい予定はほとんどキャンセル、憂鬱な日々で自分を分析したら立派なうつ病だった。秋の日々は北軽井沢の最も美しい季節、それなのに野暮用ばかりで人間関係もぎくしゃく、せっかくの冬の楽しみもキャンセルばかり。ことしこそ冬の山小屋ぐらしを楽しもうと思っていたのに急ぎの用事ができて走り去るように森をあとにした。それから約4ヶ月、やっと数日の休日ができたのでさっそく森へでかけた。

去年はまだ家を閉める気がなかったのに急いでしめることになったので家の中は大荒れかと思ったけれど、案外きれいになっていたのでホッとした。こういう家は水抜きやなにか冬支度などで職人さんたちが留守宅に入るから、まずいものを見られてはいけないので緊張する。食器も全部きれいになっていたし、下着を干したりもなかったし、ほっと安堵のため息が出た。

日曜日の昼過ぎ、山道を登り始めると木々の周りにうっすらと烟る霧状の物体。今まで抜けるような晴天だったのにおかしいなともう少し登ると浅間山が見えてきて、その頂上に黒煙がちょうど帽子をかぶったように覆いかぶさっていた。最近浅間の噴火警戒レベルが2になったと聞いてはいたけれど、間近に見るとけっこう恐ろしい。それでもなお浅間山は高貴な佇まい。噴煙は私のいるちょうど裏側にあたる山頂付近から吹き出している。音もしない。ただ静かにもくもく煙を吐き出している。山肌は少し雪が溶けて流れたような跡が見える。山全体が熱いのだろうか。

別荘の管理事務所に明日から行きますと電話したら、管理人さんが微妙に声を揺らしていたのでおや?と思ったのはこのことだったのかしら。でも管理事務所に到着するといつもの明るい声で出迎えてくれた。浅間の噴火は大丈夫?と訊くと「大丈夫です。私達誰もしんぱいしていませんから」と。レベル3でもずっと暮らせましたからとも。管理事務所の隣りにあるピザのお店がオープンしていたので昼食にジェノベーゼのピッツアをいただく。このお店は開店当時はいささか?だったけれど、今はすごく美味しくなった。ここのご主人は雪と山に憧れて東京から移住、ピッツァのお店は週の後半だけ、他の曜日は木に関する仕事、木彫りとか伐採とかのしごとをしている。

私の家はまだ表札がない。元の持ち主のんちゃんの田畑さんのままになっているから彼に相談してみた。表札できる?できますよ、この辺の家はたくさんつくりました、というからお願いしておいたのにまだできない。あれ、何でしたっけ?もう数年経つのにできない。どうやらピッツァのついでに頼むと頭に入っていかないらしい。それほど集中しているから美味しいものがたべられるのかも。

猫は馴れたもので山荘に到着するとさっさと自分の寝床に入ってぐっすりと眠る。ここに来ると庭も歩くし鳴き声も静かで良い子になる。それでも夜中に大きな声を出すので目が覚めた。家が微妙に揺れている。床からかすかに振動を感じる。それまで感じなかったのに浅間が噴火しているのかしら?管理人さんとお話をしたとき「危険になったら知らせてね」と頼んでおいたけれどもう夜中だし連絡はつかないなあと頼りない思い。しかし本当に危険だったらこんなことでは済まないはずだから諦めて起きて、ヴァイオリンを弾く。

夜中の2時ころ、普通ならこんな森の中でも近隣に遠慮して弾くわけにはいかない。たとえ聞こえないとしても。しかし今回は本当にだれもいなかった。点在する家の数軒は常住している。常に車が停まっているからわかる。しかし今回は車すら森の出入り口近くの家にあるだけ。ヤッホー、森は私の思うがまま。大音量でプラシド・ドミンゴがアイーダを歌う。下手くそなヴァイオリンがきゃあきゃあと喚く。あら、また同じフレーズ?おや?また間違えた?森のおばけたち両手で耳を塞いでいる。ここぞとばかり夜中にヴァイオリンを弾く夢を叶えた。

朝は日の出から始まる。たっぷりとお日様を浴びて、長靴を履いて庭に出る。茫々に荒れ果てていた庭木を剪定すると、いままで日陰だったところが明るくなる。見違えるほど日当たりが良くなった庭にすみれを植える。やっと庭らしくなりましたよ、のんちゃん。でものんちゃんは喜んでいない。のんちゃんは手つかずの自然がお好みなのだ。一日中庭に出ていても飽きない。膝がガクガクになるまで歩いても不快ではない。こうやって楽しいことをしていれば体が喜ぶのだ。

いつもは人がいっぱいでめったに席がとれない食堂へ行くと、あらまびっくり、客がいない。訊けば今朝からだれも入ってこないという。でも私はラッキー、いつも一人だから遠慮して席を取らずに自宅に持ち帰って食べる。久しぶりにマスターとお話をしながらの昼食。「でもね、私は招き猫なのよ。一人もお客さんのいない店に入ってもあとからたくさん人が入ってくるの」すると数分も経たないうちにどやどやと男性が四人、その後に更に二人のお客さん。「ほんとなんですね」マスターが驚いていた。お気に入りの温泉に行くと張り紙がしてあった。メンテナンスのために休業しますと。これはがっかり。

朝日が木々の間から登ってくるのを眺めていてふと気がついた。うつ病治ってる!












2023年4月2日日曜日

オープンリハーサル

三鷹市芸術文化センター風のホール

4月15日(土曜日)14時

ヴァイオリン  扇谷泰朋 

ピアノ     諸隈まり

ベートーヴェン ソナタ 第5番・6番・7番・8番

以上のプログラムで演奏会が開かれる。

彼らはベートーヴェンのソナタの連続演奏会を開いていたけれど、すでに1・2・3・4・9・10番と演奏は終わり、これが最後のプログラムとなる。風のホールでのリハーサルを13日に行う予定だったが都合で扇谷氏が来られなくなった。彼は日フィル、九響とソロコンサートマスターを務め超多忙、この日は本番が入ってしまって会場が空いてしまった。それで急遽私にお鉢が回ってきてピアニストの諸隈さんから私にお声がかかった。練習に付き合ってと。

13日(木曜日)11時ころから風のホールでオープンリハーサルを行います。

私が代役というのは非常に心もとないけれど、コンサート会場でベートーヴェンを4曲弾くというチャンスあまりないから喜んで引き受けた。当日お暇な方がいらっしゃいましたらご自由に聽きにいらしてください。流石にベートーヴェン4曲は大変でちょっと青ざめてはいるけれど、すごく楽しみでもある。もちろん15日の扇谷氏がメインですからそちらはぜひ足をお運びください。

ベートーヴェンのソナタは番号の大きい方は何回か演奏しているけれど最初の方はなかなか弾く機会はない。やはり人気のあるソナタは注文が多いけれど、さすがにベートーヴェンはどの曲もそれぞれすばらしい。実はわたしはこの彼らのコンサートの練習にはずっと付き合っている。だから私もこれでベートーヴェンのソナタを10曲全部ひくことができた、去年の夏には軽井沢の大賀ホールでも弾かせてもらったという経緯がある。

今、モーツァルトのソナタもずっと勉強していて最後に近づいている。こうやってなにか店じまいしているようだけれど、これらの大作曲家との長いお付き合いを感謝の念とともにたのしんでいる。

お付き合いしてくださったピアニストたちにもお礼を申し上げたい。もう大曲を弾くちからはないけれど、ドヴォルザークやシューベルトのソナチネなど、一緒に弾こうと待っていてくれる友人がいるので楽しみは尽きない。