2026年9月21日月曜日

台風接近、三原綱木さん訃報

私の居住区ではまもなく線状降水帯接近警報が出ている。今日は東京ベートーヴェンカルテットのコンサートにご招待いただいているけれど、これから接近する台風におびえて外出はできない。明後日は自分たちのコンサートなので、今日万一のことがあったら取り返しつかないし、本番が行われるかどうかもわからない。

ほぼ毎回聞かせていただいているから、今日は仕方がない。お休みさせていただこう。うちのほうはもう数時間とないくらいの猶予らしいのだけれど、一向に雨風が強くならないから、同じ県内でもコースが外れているのかもしれない。そう思わせていきなり風雨が襲ってきてえらい目に合わないとも限らない。最近の気象異常は手加減なしの暴風雨。

ここ数日リハーサルのため三鷹の風のホールに通っている。一か所気になる場所がある。盛土した住宅の外側のコンクリートが曲がりくねっていて、いかにも内部の土が押し出しているような気がする箇所が。深大寺付近の静かな公園などのあるところで、毎回車で通ると思わず凝視してしまう。

一時間ほど前にテレビでまもなく私の住居あたりに接近すると警報を出していたけれど、まだ雨は静か、時々猫が外を覗いては帰ってくる。・・・と、今にぎやかにテレビから警報音が鳴った。まもなく台風接近だそうでドキドキ。猫はとみればベランダのエアコンの室外機にのんきに座っている。彼らがのんびりしているうちはまだ大丈夫かな。

実は最近はもう引退するのしないのと迷っていて、ステージドレスもステージ用の靴もほとんど処分してしまったので、手元にあるのはほんの少し。お気に入りのものはたいていウエストサイズが合わなくなっている。靴も現役時代は9センチのヒール、いまや不格好なロウヒール、いつまでも素敵でいたいと思っても現実はどんどん魔女化。

そうそう、北川曉子さんの訃報の数日前、ブルーシャトーのヒット曲のある三原綱木さんの訃報も聞こえた。綱木さんは私の二つ年下、一世を風靡したころからの同業者だから、これもショックだった。彼の類まれなテンポ感はバンドのメンバーたちの絶大な信頼を得ていた。長年ビッグバンドのリーダーとして人気を博していた。紅白歌合戦の音の責任者としての立場はすごくプレッシャーもあったと思うけれど、常にニコニコと明るく機転が利いて、時々放送局側に歯に衣着せぬ発言をした。時にはハラハラしたけれど、メンバーたちはそれで自分たちの代弁者としても彼に頼っていたと思う。稀な才能だったなあと思う。

ご冥福をお祈りします。









 

北川曉子さん

 訃報がとどいた。私と曉子さんは同世代。学生時代からその演奏の優秀さは聞かされていた。武蔵野音楽大学で学ばれていたけれど、のちに東京芸術大学の教授として数多くの演奏をされていた。私は何かとご縁があって、時々コンサート会場などで出会うと「あら、今日はなんでいるの?」なんて立ち話。

その後妹さんの靖子さんと非常に親しくお付き合いさせていただいた。このnekotamaには亡くなった靖子さんとの悲しいお別れを投稿したので読まれた方もいらっしゃるかも。

もともとは私がオーケストラに入ったころ、新人の私を特に認めてくださった彼女たちのお父様との交流が事の始まりだった。

当時、お父様の北川さんはNHK交響楽団を定年退職、私が新人オケマンだった東響にエキストラとして時々来られていた。温厚でやさしく、新人の私に貴重な演奏の知識を教えてくださった。「ここの指使いはこうやると簡単なんだよ」「この形は全部シフトを同じにするとどこにあっても使える」など。本当に現場での知識はのちに私の貴重な財産になった。

それから数十年後、立派なヴァイオリニストとして出会った次女の靖子さんとは、彼女の最後の日までメールをやり取りするほど仲よくしたいただいた。彼女が亡くなる直前に京都や奈良のお寺を巡る旅をした。そしてお姉さまの北川暁子さんとは某演奏団体でのご縁や妹さんとの交流で、曉子さんのベートーヴェン連続演奏という偉業にも参加できた。

その当時、私は彼女に訊いたことがる。「どうしてこんなに膨大なベートーヴェンの曲をおぼえていられるの?」彼女は何事もない様子で「うん、脳みその抽斗を開けると全部入ってるのよ。それを時々ちょっと取り出すだけ」抽斗ほしい。でもそんなものを持っている人は世界にも稀でしょう。

妹さんが逝ってしまってからも何回かコンサートは聞かせていただいた。バッハの有名なシャコンヌをブゾーニ編曲で東京文化会館で演奏したときは暗譜でなかったので、珍しいことがあるものだと思った。さすがの曉子さんもこの複雑な曲を演奏するのは大変なのかと思った。

最近北川さんが亡くなったと聞いて、まさかと半信半疑でいたけれど、今朝電話で訃報を知らされた。本当に寂しく悲しい。特にお父様からのご縁と二人の姉妹との交流があった華やかな時代の楽しい思い出は尽きない。まもなく私も行くのでまた仲良くしてくださいね。

ご冥福を心からお祈りします。






2026年9月19日土曜日

シルバーウイークの天気は?

私の相棒のピアニストSさんが、台風の影響で20日のコンサートの中止をやむなく決定したという知らせ 。一年かけて準備したコンサートがなくなるというのは、本当に気の毒で胸が痛む。

いつも共演を誘ってくれたけれど、今年は私はほかのメンバーとのピアノ五重奏のコンサートが重なり、また次回一緒に弾こうねと別々に弾くことになった。私たちの23日のコンサート直前で、Sさんのほうの中止の知らせを受けたときには人ごとではなくがっかりした。

彼女のち密な演奏は常に周りを凌駕している。私の演奏のいい加減さを彼女がいつも手綱を取って修正してくれる貴重な存在なのだ。去年、彼女からブラームスを弾かない?ということになったときに私はまだ引退の考えでいたので、引き受けるのを躊躇していた。ほかのグループからの気楽に弾けるピアノ五重奏曲の話に乗って、ブラームスはもう少し復活してからと断った。ピアノ五重奏のほうは曲が楽しい。シューベルトの「ます」以外は気楽だし、老後の楽しみとして弾けるかと思ったけれど、いやはや、これがちょっと辛いことになった。

年齢はみな70~80代。かつて華やかに活躍した時期はすでに過去のこと。練習がなかなかすすまない。譜読みの遅さがまず気になる。長年オーケストラで演奏していた人たちも、もはや現役から遠ざかり、おい、生きてるかと揺さぶりたくなるくらいのんきになってしまった。休憩時間の元気さとは反対に、変拍子の続く新しい曲では途方に暮れたようになっている。やっとその段階から脱却したのがついこの間。

ようやくなんとか本番ができるかなと、昨日は会場の三鷹市芸術文化センター「風のホール」で最後の音合わせがおわった。幸い私たちは23日が本番なので、台風は過ぎ去った後、これは非常に幸運だった。21日には東京ベートーヴェンカルテットの演奏会が武蔵野市民文化会館であるので、それも聞きに行く予定だったけれど、台風真っただ中でどうなりますことか。ベートーヴェンカルテットのチェリストのNさんも同窓生で他人ごとではない。

私は非常に晴れ女で、ほとんどの本番は晴れる。長野県の松原湖のコンサートの時は、本番開演と同時に青空が広がった。たいていそういうことになるので今度もなんとか晴れると期待しているけれど、最近の気象事情は生易しいことではないから、期待しないほうがいいかもしれない。

9月23日(水)14時開演 三鷹市文化センター「風のホール」

1)ステファン・シェーファー: ピアノ五重奏曲「ふくろう」

2)ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 イ長調

3)シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」

「ふくろう」とは聞きなれない曲名と思いますが、AIによればドイツ系?の作曲家であるらしいシェーファーさんの大変楽しい曲です。あまり情報量がなくて私たちも良くわからないけれど、日本的なふんいきもあり、非常に魅力的です。

怖いもの見たさに駆けつけてくれる人たちもいれば、生存確認の同年齢もいれば、会場でお目にかかれればうれしいです。















2026年9月16日水曜日

ああ、渋谷駅

 音楽教室の発表会は毎年渋谷の伝承ホールで行われる。今回も弦楽アンサンブルを聴きにいって、久しぶりに渋谷駅の構内を歩いた。去年渋谷駅に来たのは白寿ホールのコンサートを聴くためだった。

その時の駅構内はあちらこちらに塀ができて通い馴れたはずの渋谷が迷路になっていた。バス乗り場も見当をつけていったはずなのに、いつの間にか地下に降りてしまったり、見慣れぬエレベーターに乗ったら歩道橋の上だったり。結局他人が呼んだタクシーを横取りしてやっとコンサートの開演に間に合った。

今年は去年よりも進化していた。渋谷はもう70年以上もきているのだから方角はだいたいわかっている。それで私のように高齢であってもほとんど迷うことはないけれど、これが若くても初めて来た人には途方もない苦労の種になるのでは。まだ高度成長期以前ならば、渋谷駅構内は渋地下と二階建て。その後はさらに地下が深くなり上下の関係も考慮に入れないと歩けない。

今年はさらに歩道橋が四方八方に伸びて、うっかり降りる所を間違えたらえらいこっちゃ!交差点は徒歩で渡れないからまた歩道橋を上がって・・となる。昔の渋谷は新宿、池袋などと比べるといかにも田舎っぽくて原宿の竹の子族が出没し始めたあたりから、若者が渋谷の中心になった。

私は仕事場が渋谷のNHK、音楽教室も渋谷、通う電車は東横線だったから、渋谷駅までは自分のテリトリーと考えていた。パルコができて渋谷は若者の街となって、その後ヒカリエができてこれでおしまいかと思ったら、とんでもない、ずっとさえなかった井の頭線の駅構内はいまや高層ビル。5階あたりからバスが出るのってご存じですか?草津行きのバスは北軽井沢にも停まったけれど、いまでもそこから出ているのだろうか。

私のように新しもの好きでどこでも行きたいという人なら楽しいけれど、安穏と暮らしている高齢者にはほとんどいじめに等しいのではと思える発展途上地、時々憎々しげに渋谷は大嫌いとおっしゃるご婦人方、そういわずに迷路の散策と思っていけば案外面白いですよ。ただし、急ぎの用事は作らないこと。迷ったらえらいこっちゃだからね。

時々考える。こうして百年目の大改造をしている渋谷駅、今日本は平和だからできるけれど、戦争でも起きたらあっという間にがれきになってしまうのかしら。戦争の好きなおじさんたちが暴走でもしたら、もう世界中でそうなっているし、一瞬にして消えてしまう大都市、恐ろしい話です。












成長する教え子たち

 先日の音楽教室の発表会を皮切りに、今後続々とコンサートが続く。

音楽教室「るふぉすた」の弦楽アンサンブルは生徒たちの入れ替わりがほとんどない。メンバーの気心が知れていて穏やかでまじめな人が集まっているから。こういうグループが長く続くと、中にはだんだん威張り始めたり、知識をひけらかせたり、時にはそういう人も参加してくれるけれど、あまりにも大人たちが集まっているので手ごたえがなくてつまらないらしい。しばらくするとそういう人はいつの間にか消えている。

うれしいことに今年の音は上々の出来、曲はハイドンのシンフォニー「エコー」最も単純で最も難しい。そしてそれを純粋な音で本番を終えた。ウルウルするほどの音の美しさ。良かった良かった。なんでも長くすればいいというわけではない。アンサンブルの場合、それもアマチュアであれば技術の差が出るのは仕方がないけれど、皆がしっかりと目標に向かえば無敵になる。その音ときたら、モーツアルトが聞いたなら絶賛してくれたであろうと・・・ちょっとほめすぎだけれど、ハイドンを崇拝するモーツァルトに聴いてもらいたかったなあ。

ほめておくと来年はもっともっと上達すると期待しているのだが、来年は私はもう教えられるエネルギーがないかもしれない。本質は健康そのものだけど、日によってコンディションの差が大きすぎて、つらい時がある。例えば今年のように異常な大雨とかでは歩けないと思うので。

今年もアンサンブルの練習が集中した8~9月、私はひどく不健康になって、インフルエンザや風邪になやみ食事ができない日々が続いた。手足に力が入らず、それでも不思議にヴァイオリンを弾くだけの気力が残っていたためになんとか練習に参加できた。引退するといいながらいまだに未練がましく練習は欠かさない。こればかりは呼吸と同じで、本人が望むと望まないに限らず自然にできてしまうものらしい。

8月のほとんどを病んで過ごした。やっとご飯がのどを通ったら、すぐに体力が戻ってきた。考えれば70年以上も弾いているのだから、もはや呼吸と同じで自然にできてしまうのかもしれない。しかし筋肉は確実に弱っていくのだからいつかは弾けなくなる時が来ると思う。楽器を持ち上げられなくなったら・・・うーん、考えたくもないけど。

その時のために私は声楽の練習を始めることにした。おととしころ、不思議と誤嚥が続き、しょっちゅうむせていた。口の周りの筋肉を鍛えるといいと思ったから、時々やっていたけれど、実に退屈でいけない。それで歌が好きなのでいっそのこと声楽家に華麗に変身する野望が芽生えてしまった。

9月23日のコンサートが終わったら、最初のレッスンが始まる。先生は若く美しいソプラノ歌手だそうで、私はもうワクワクして待ち構えているのです。呼吸器の弱さや、気管支炎気味の私がもっと健康になれることを期待している。

レッスン室の防音を強化しておいてよかった。私の絶叫が外に漏れたら毎日救急車か警察がとんでくるかも。









2026年9月9日水曜日

線状降水帯

毎日毎日・・・なんでこんなに不快な気候が続くのか。まったくおひさまにお目にかかれない日、日本のどこかで車が水没して人が亡くなる。私のインフルエンザはどうしても私を見放してくれない。食慾がない。もう1週間以上ご飯がのどを通らない。果物は卒業したものの、固形物が食べられる日はくるのかしら。

昨日線状降水帯が発生するというので、猫たちをしっかりと家に閉じ込め、眠れぬ時間を過ごした。けれど、テレビ放送の騒ぎにも関わらず、ほとんどしょぼしょぼの雨がわずかに通り過ぎたに過ぎない。今朝勢いよくグレちゃんが入ってきて、おいてあった餌をむしゃむしゃ食べてまたすぐに出て行った。今日も午後からは線状降水帯がお通りになるというから、早めに買い物に行く。

やっと今朝からおはぎがのどを通った。1週間ぶりの固形物。近所のお米屋さんがおはぎを売っているのを思い出したら食指が動いた。お米屋さんの若主人が出てきて、餡と黄な粉を出してきたので両方いただいて帰ってきた。久しぶりでコメを食べる。普通のご飯にしてはずいぶんおいしくない。お米屋さんだからもう少しおいしいかと思ったのにと、胸の内でつぶやきながら。炊き方が悪い。

たぶんお兄さんは普段自宅のご飯も炊いたことがなさそうな。米屋の跡取り息子、だいじょうぶかい?本当のこと言えば、少し歩けばすごくおいしい和菓子屋さんがあって、そこまで往復できる体力がまだないのだ。それでも味が変わるのはいいことで、久々のおはぎはのどを通過してくれた。もうそろそろ元気にならないと練習にも差し障るので、無理しても食べることにした。

しかしコメの威力は絶大で、急に食事をした気分、間もなく元気になれるでしょう。インフルエンザに罹ったのは思うような練習の進捗がなく、それを気に病んでのことと思う。熱帯性の気候は穏やかな秋の日を期待していた日本人の心を折るのに十分だった。いまだに楽器を持ち上げる気力もわかない。困ったことで。これほど毎日湿度の高い熱帯性気候が続くと、日本はこの先やっていけるのだろうかと心配になる。

ヨーロッパを旅行している私の英語の先生のルースさんからメールが届いた。そろそろ日本に帰るからお目にかかりましょうと。彼女は本当に旅が好きで、私だって英語ができれば一人でさっさと旅するさ。でも私は語学力がないからきっとどこかで路頭に迷うだろう。彼女は世界中どこでも大丈夫だからうらやましい。

それならルースさんと一緒に行けばいいじゃないかと思うかもしれないけれど、二人とも超マイペースだから勝手に行動するに違いない。私も周りをはらはらさせるのがいつものことで、エジプトでもニューヨークでも、とっとと一人で出かけて周りの人たちをはらはらさせてしまう。なに、人類みな兄弟ですからね。

一番はモンゴルで初めて大草原を馬で走ったとき、あまりの嬉しさに一人で疾走したとき、現地の子供につかまって、それ以来単独行動禁止にされた。といっても現地の人方見ればほんの駆け足程度の速さ。現地人の乗馬テクニックはとんでもなくすごいので、私が走ったのは猫の散歩程度の速さだったと思う。

あの元気さはいまや私にはない。いまや、インフルエンザでゴホゴホとせき込みながら明日の練習を気に病んでいる1人の老人に過ぎない現状。早く元気にならねばという思いは、もうそれだけのエネルギーが枯渇し始めている証拠なのだ。若いころ、もっともっと世界中を暴れまわればよかったなあ。

チェスタートンやクリスティーやコナン・ドイルものを原書で読むのが来年のテーマなのだ。読めたからと言ってどうこうするものではないけれど、原書で読むと本当に面白い。これは翻訳者のせいではなく、これが長年の歴史によって作られた文化というものなのだろう。中国語なんかはもう手遅れだと思うけれど、あと10年あれば勉強してみたい。









2026年9月5日土曜日

主食は果物

インフルエンザは完治したけれど、食慾はまだ戻らない。 ひたすら水分と糖分が欲しい。心の声に従って朝ごはんは大きな桃1個とイチジク2個。コーンスープ。昨夜、会場練習のあった三鷹の風のホールからの帰宅途中で買い物でもしようかと思ったけれど、食慾がないのでさっさと帰って久しぶりに髪を洗って寝てしまった。あらったのは4日ぶり、やっとさっぱりしたのでぐっすりと、しかもあまりにも疲れていたのでほとんど途中で目を覚まさなかった。

ごはん、パンの類の主食もいらない。しかし途中でふと頭をよぎったのは、焼いたサケの切り身、珍しい。数日肉も全く興味なく卵もいらない。普段は必ずタンパク質から献立を考えるのに、今週はまったく興味がわかない。こういう時は自身の内なる欲求に従うのが一番いいのではと考える。でもサケが出てきたので今日の昼あたりから普通にご飯、みそ汁焼きサケにしてみようかと思う。お寿司がいいかもしれないとも。

昨日は珍しく家に早めに戻ってきたのんちゃんが一緒に寝てくれたので幸せに就寝。こんな小さなことでこれほど幸せな気分になれるのかと思った。信じられないほど疲れたリハーサルの後でのドライブも快適で、車好きの私には運転は最適の気分転換。周りでは高齢の私が運転するというと必ず心配するけれど、私は結構面倒くさいことが好きなのだ。あれこれ考えながら運転していると家に戻るまで退屈しない。逆にリラックスしてふんぞり返って運転していると疲れる。

物事すべてパズルを楽しむ風に解いていけば退屈知らずで注意力も落ちないというわけ。だから日頃から緊張するのはいいことだと思っている。ヴァイオリンを弾くのも謎解きだと思えばいい。でも昨日はさすがに限界だった。4日間楽器に触らず食事もせず、とにかく行かないといけないという義務感で参加したリハーサル、最後はもう何を弾いているのかわからないボロボロで、背中の筋肉が悲鳴を上げる。あら、あなたたちこんなところにいるの?と再確認したほど背筋が存在をアピールしてきた。

隣で弾いていた若者がわれ関せずとサクサクと弾いてくれたおかげで私はやっと生きていた。6歳のころから私が教えたSちゃんは、いまやもう立派なプロとして今回の老人クインテットの一部を担当してくれる。頼もしく成長した彼女は私の世話を焼きながらしっかりと演奏して揺るがない。こんなうれしいことってあります?いつも自分の幸運を感謝している。

私の音程の悪さ、リズムの乱れなどをさりげなくカバーするところなどはもう立派な名プレイヤー、そして彼女は今メンバーとして「古典音楽協会」のステージに立ち始めた。次回の定期演奏会が9月25日横浜みなとみらいホールにて行われる。毎回上野の東京文化会館での定期演奏会だったけれど、文化会館がしばらく改修工事に入るため、来年からもしばらく様々な会場を使うことになる。今回の定期ではSちゃんもソロを弾く。すでに数回のソロを体験させてもらってのびのびと成長する姿が頼もしい。

これでもう私の世代が間もなく終わる。今日の果物は梨。そして今日は驚くほどの美しい夕焼けまで見せてもらった。これで世界が平和だったらどれ程よかったかと思う。まあ、仕方がない。自分の周囲のことのみだけど 、穏やかな夕暮れの残照が消え入りながら夜になってゆく美しさを堪能した。