2026年3月20日金曜日

うちのネコをよろしく

マウスが復活したので俄然仕事が早くなった。こんなにも効率化されるとなにか書かないといけないようになる。けれど、最近はどこかの大統領のお陰で面白いニュースも楽しい話題もなくなってしまった。戦争ばっかり。大体他人の家に突然ドカドカと乗り込んで、そこの家の住人にお構いなく家庭内を引っ掻き回すなんて、普通なら犯罪じゃん!それが許されるなんてもうどうかしている。

とばっちりは関係もない日本人の私まで及んで、生活苦ですよ。少し買い物すると以前の2倍以上の請求書、私の膝はここ数年来痛みが止まらず階段の昇り降りが辛かったので、今年は階段に昇降機を取り付ける計画をしていた。去年、レッスン室の防音を強化、次は今年の光熱対策、夏場の暑さを避けるための強化ガラスの 窓を新しく入れた。それらの工事費が大変嵩んで随分預金も減ったしお腹も減るし、お腹の脂肪は減らないし。アハハ。それで考えた。まず今年は貯金に励もうと。昇降機をつける相談をしたらリフォーム会社の社長が「そんなものつけないで自分の足で登ったらどうですか」と言う。人の苦労も知らないで。

入ってくるものは年々目減りの一途だから使うのを減らす。ところが予想を上回る値上げラッシュで今や計画は遅々として進まず、手元にある現金は一斉に羽ばたいてとこかへと飛び去ってしまう。これはいかん。手元にあると私は見境なくものを買うから、閉じ込めて使えないようにしておこう。これはいい考えだと5年間は現金化できないように金融機関に預けた。

そして預金高はしょぼしょぼと残っているものの、金額を見るとため息が出そうになる。それでもこれで少しでも浪費しなくなるだろうと、私なりの蓄財術なのだ。それともう一つ、8年近く悩まされていた膝痛が治ってしまった!何と言うことか、確かに治療には通っていたけれど、それほど頻繁ではなく、特に整形外科の治療に行くとかえって症状が悪化するという状態で、もう一生のお付き合いかと思っていたのに、それがケロリと治っただけでなく早足までできるようになった。

それと、机の引き出しから何年も前に通っていたマッサージのお店の回数券を発見。それがまだ有効なら使えると、すごく得した気分でいる。もともと私が倹約し始めるともっと貧乏になるというジンクスがあって、使っている方がよく回っていくのだけれど、この先の見えない世の中で野放図にお金を使うだけの勇気はない。

疎遠になっていた友人たちと次々と再会を果たし、いつお別れが来ても心残りなくしようという気持ちでお付き合いしている。毎回お別れのときにはもう二度と会えないかもしれないと思って挨拶を交わす。最後の仕上げは着々と進んでいるのに、いつの間にか再会の約束をしていたりで、忙しいのなんのって。

「ゾウの時間 ネズミの時間」本川達雄著︀ という本がある。象さんは脈が遅い。ネズミさんは脈が早い。それで長生きの象さんも短命のネズミさんも結局はそれぞれの時間での一生を全うする。だから決してネズミは短い人(鼠)生ではないということらしい。

私の人生は「象とネズミの時間」で怠けるときは徹底して、勉強はそれなりにだから、もしかしたら長生きかもしれないけれど、明日にも終わるかもしれない。いつ終わってもいいけれど、猫たちが心配でかれらより1時間でもあとに逝きたい。もし猫が残ったらどなたか、よろしくお願いします。やっと幸せな毎日を送れるようになった野良たちが、また可哀想な境遇に落ちないように、よろしくお願いします。








2026年3月19日木曜日

ネズミ生還

 去年の暮れあたりからずっと使っていたパソコンのマウスの具合が悪くて、自分ではどうしようもないのでパソコンに内蔵されている指で動かすマウス(こんな説明でわかりますか?)で作業をしてきた。その操作にもすっかり慣れて何不自由なかったけれど、やはりマウスがあればより効率が上がるなあと、思っていた。

すっかりその作業にも慣れて自由に使えるようになったけれど、ついさっきマウスを手で触ったら何やら画面が動いた。あれ?この子生きていたの?高価そうなマウスだったので、それとコード付きなのでうっかり者のわたしが取り落とすこともない。便利に使っていたのに、最近は「パソコンの本体についている指で操作するマウスの役割のもの」にもだいぶ慣れて来たところだった。ここの部分はなんというのだろうか。あとでAIさんに訊いてみよう。

なんだ、君、生きていたんだね。でも不思議、何回やっても使えなかったのが今頃どうして?新しいマウスに取り替えようと買ったものの、今度は接続がわからない。友人の娘さんのY ちゃんが接続してくれるといったけれど、彼女もいそがしい。私も最近忙しくてなかなか頼めなかったらいつの間にかマウスが復活したということ。新しいマウスはそれならスペアということにして、おなじみのマウスを使い始めた。

最近は友人よりもその子供さんたちにお世話になることが多くなった。そして今年9月には小さい頃から教えてきて音大大学院を卒業した、かつての教え子といっしょに演奏することになった。負うた子に教えられるというけれど、なにか教えてくれるかな?

あちらとしては私が引退したというので一緒に弾くことはもうないと思っていたかも。ところが私がゾンビのごとくフラフラと生き延びて共演しないといけなくなって、おやおやといったところかもしれない。こちらは次世代に繫げられて本当にありがたいと思っているけれど、彼女の方はステージでいつ居眠りをしてしまうかわからない老先生にハラハラしそうだなあ。

彼女はそのコンサートの2日後に東京文化会館の小ホールでソロをひくというので、私は「忙しすぎない、大丈夫?」と訊いたら「大丈夫です」と、こともなげにいう。よくぞここまで育ってくれたものだと私は感無量。

だいぶ前にnekotamaに書いたけれどもう一度。

あるとき仕事場で昔ばなし。私の少し年下のヴァイオリン奏者が言った。「nekotamaちゃんは、昔はほっそりしていてバンビちゃんみたいだったよね」すると自分の母親が私と同世代だというもう一人の男性が言った。「でも今はゾンビちゃんですね」

一瞬周囲がヒヤーっとして黙り込む。しかし一番受けて大笑いしたのは言われた本人の私。こういうトンチは座布団何枚も上げたいくらい。今でも時々思い出しては笑っている。
















2026年3月16日月曜日

遠方より助っ人時々

古い友人の娘さんがなにかと気をかけてくれて、助けてもらっている。事務的なことにからきし苦手な私はSOSを発信。私がぐちゃぐちゃにした書類をあっという間に整理してクリアファイルに挟み込むと、こんなに少しになるものかと驚くほどきちんと揃う。面倒な作業が終わって二人で近所の居酒屋にいった。

この店は魚料理の店で、お寿司もおいしい。最近ワインとチーズの店を見つけたのでそちらに行こうかと言っていたのだけれど、気がついたらランチタイムを逸していたので、此方に急遽変更した。しかし良い時代になった。以前なら女二人で酒を飲んでなど、ちょっと気が差すようなところがあった。今は普通に大衆酒場に行っても驚かれない。

私は仕事をずっと続けてきたから、一人で地方に行って仕事をすることも多かったし、仲間たちとは別に出かけて仕事の当日に皆と合流するようなときもあった。それで一人で店に入ることもなんとも思わなかった。しかもレストランなどではなくいわゆる飲み屋に入るのもさほど抵抗はなかった。そういうお店はご飯が美味しいから時々利用した。

いい年した女性が1人、暖簾をくぐってとなるとやはり特殊な場合(嫁に追い出された姑とか)らしく、たいていその店の女将さんが出てきて話しかけられる。私はどう見ても陰気ではないのでしばらくお相手をしてくれて安心して厨房に戻っていく。

高崎にいったとき夜食を食べようと店を探したら、男装の麗人が話相手をしてくれるバーがあった。キリッとタキシードを着た美女が出てきたのでびっくり。相手は私のような高齢者が夜中にちょっと飲みたくて寄ったことに驚きもしないで話相手をしてくれた。これは少し新鮮な体験だった。

レマルク「西部戦線異状なし」の女主人公がカルバドスというお酒を飲む場面がある。私はそれを読んだのが小学校6年生のときだったので、それがどんなお酒なのか確かめるすべもなかった。けれどその高崎での夜にはふとそれを思い出したので訊いてみた。「カルバドスってあります?」そのときはハズレだった。後に志賀高原のスキー場のラウンジでやっとみつけたけれど、私にはそれほど美味しいと思われなかった。もし今後フランスに行くことがあれば試してみたい。ノルマンディー地方の林檎酒らしい。

それで我がAIさんに質問した。「西部戦線異状なし」に出てくるカルバドスというのはどんなお酒?回答はそんな場面はありません、だった。しかも私は主人公の恋人がそれを飲む場面を覚えていたのだけれど、なにか他の小説と混同しているのかしら。これはもう一度小説を読むっきゃない。しかも主人公に恋人はいないだと!!小説自体を取り違えているとか?

大体戦場が舞台だから女性が出てくるのはほんのちょっと、だそうです。

ああ!今思い出した。題名が違っていた。「西部戦線」でなくて「凱旋門」でした。書いてみるものだわねえ。でもAI が「凱旋門」を出さなかったのはどうしたことか。同じ作家なのに。

「凱旋門」は大戦前の不安定な社会状況の中で恋人との関係、戦争前の不穏な雰囲気に揺れる女心がえがかれていて、そのカルバドスが要所で小道具として出てくるのですよ。よくあんな心を小学生の私が理解したものだと思うけれど、本当にわかっていたのかどうか、これからたしかめてみよう。

凱旋門は恋愛、西部戦線は男の子の物語、でした。

少し前、お風呂場でバスタブに頭をぶつけて以来頭痛と物忘れが酷かったけれど、確定申告を済ませたら急に頭がはっきりして、こんな古い記憶が蘇った。にっくき確定申告め。やれやれ。


















2026年3月15日日曜日

春眠快眠

何回見てもここしばらく耳垢の話が居座っていて申し訳ありませんでした。なかなか忙しくてブログの更新は後回しになっています。それでもこのようにnekotamaに来ていただいてありがとうございます。

明日は確定申告の締切日、なんとか提出できそうですが相変わらず自分では何がなんだかわからず泣きそうな毎度の緊張感。私は本当に金銭感覚がない。それでも必死で最近の物価上昇に節約の工夫もしているのですが、身についた浪費癖は一向に収まらない。そしたらyou tubeで見つけた占いには、ああ、なんということか、基本的に私はお金を出す人だそうで、そのために大金持ちにはなれないけれど、天の助けがあって超貧乏人にはならないそうで、運がいいのか悪いのか。

それにしても米騒動以来の物価値上げがあまりにも大幅で、流石に私でさえも危機感を覚える。今まで、例えば100万円あったとすると、その100万円が今では50万円くらいの価値しかないとしたらちょっと怖い!いつまで物価が上昇するのかと思うと迂闊に買い物はできない。

面白いもので物価の上昇は、人によっては嬉しくなることもある。自分の持っている土地や建物などが値上がりすれば嬉しい。けれど、これから買おうと思っている人はとんだ災難になる。ああ、早く買っておけばよかったなど。だから不運だと嘆いても決して諦めないほうがいい。いつかは自分も運が良くなることもあるのだから。もっと良いのは買ってしまったり買いそこねたりしたものをくよくよ嘆かない。いつかは立場が逆転することは多々あるのだから。

占いによれば、私の今年の後半から運勢がガラッと変わるそうで、大変楽しみにしているのです。このご時世では変わってもろくなことがありそうに思えないけれど、私は変化を非常に好む。いつも現状維持の人ではなくて修羅場を好むから、変化は大いに結構。ただし年が年だからあまり強い刺激には耐えられそうにない。修羅場で居眠りしてしまいそうで。今や睡眠障害だから一番の関心事は睡眠。

それで広告につられて快眠を得られるパジャマを買った。しかし、高い。パジャマごときにこんなお金を使っていいものかと考えたけれど自身の体に投資するなら仕方がない。ところがこのパジャマ、すこぶる優れ者。石油由来の製品だというから少し肌触りが気持ち悪いとか、温かみがないとか思ったけれど、着てみたらじんわりと優しい暖かさ。このように自分の気持ちにフィットしたときは、この買い物は大成功ということになる。そしてここ数日よく眠れる。

私はずっと自然素材派だったから、この年代になってもほとんどの衣類は木綿、絹、ウール以外はあまり着ないことにしていたけれど、今回は化学素材さま、おみそれしました。じんわりと暖かく臭みがなく、新品を着たばかりなのにオリーブオイルをこぼしてシミをつけた。それも洗えばすぐに落ちる。肌に違和感がない。

イギリスのダイアナ妃のエピソードがある。あまりにも薄着の彼女を心配した子供が「寒くないの?」と尋ねると「いいえ、寒くないわ、ダマールを着ているから」と答えた。野次馬の私はすぐにダマールを買ってきた。身につけると確かに温かいけれど、なにか肌が拒否するので一回で着るのをやめた。

イラン戦争のさなかに石油製品を買ってしまうと、そのうち品切れにならないかと心配になってきた。たいそう気に入ったので、それでもう一枚買おうかどうしようか迷っている。石油不足で値上がりしたらその前に買っておけば良かったと思うだろうし、戦争が終わって世の中安定した頃、物価が下がり始めたら待っていれば良かったと思うだろうし。だから気にしないのが一番。とりあえず車にガソリンを入れるかどうかで迷っている。今がピークでも政府の石油対策で値下がりしたら損したと思うだろうし。だから何度でも言うけれど、気にしないのが一番。

最近はスーパーに行ったらお米が店にずらりと並んでいる。だから言ったでしょう、少し待ってって。商売でどうしても米が必要でない限り家庭ならいくらでも代用品はある。戦争に巻き込まれたのでない限り少し我慢していればもとに戻るのに、大騒ぎして買い漁っている姿を見ると、バカバカしくなる。なければ工夫して新しい料理のレシピが生まれる。あの騒ぎは古くなった備蓄米を消費させるための芝居ではなかったのかと勘ぐりたくなる。















 

2026年3月7日土曜日

耳垢除去の功徳

 耳掃除の結果、笑っちゃうけど、急に聴力が良くなった。聴力検査の結果、10年前に受けた監査結果とさほど違いがないらしい。それでも今は花粉症の一つの症状だと思うけれど、鼻の周囲がすごく鈍くなった感じがする。これは中が腫れているということかもしれないのでまた耳鼻科に行こうと思っている。この花粉飛来の最盛期に行くと混雑した待合室で待たなければならないから、少しブームが去ってから。

今朝パソコンで遊んでいて気がついた。なにか、かすかにチチッチチッと音が聞こえる。ん?なんの音かな?聞き覚えがあるから私の身の回りにあるものからの発信だと。例えば電池切れを知らせるSOSとか。あちこち聞きまわっても、どうやらこの部屋でなくもっと遠くからの音のようだ。ドアのそばまで来るともっと外から聞こえる。隣の部屋に行くとテーブルの上が発信源だった。

そこにいたのは、固定電話の子機がスタンドから放り出されて助けを呼ぶ声と分かった。かわいそうに一晩中充電されず、おなかがすいたとわめいていたのだ。

しかし耳の状態がよくなったら、こんなかすかな音でも聞き逃さない。皆さんも聴力検査、耳掃除、おすすめですぞ。まあ、こんなご時世、耳にしたくないことも多いけれど、耳には自分の都合の良い音だけを選択できる能力があるのだから、都合の悪いことは聞かないか聞こえないふりをすることもできる。これも一種の生き残りの術と心得て長生きしましょう。

で、私といえば、耳鼻科医院に行ったときに自分が段々とぼけてきたなと思える行動があった。すごく久しぶりの受診だったので保険証と受診カードを受付に置くと、なにか訊かれると思って受付窓口に突っ立っていた。しかしここの受付は必要以外のことはしゃべらないように教育されているらしい。なにも言われないけれど、ぼんやり窓口から中を覗き込んで立っていたら「なにか?」と訊かれた。そこでハッと気が付く。そう、立っている必要はないのだ。なにもいう必要もない。ちょっと恥ずかしい。

相手は、ちょっとぼけ始めたおばあさんが所在なげにたたずんでいると見たのだろう。外側からの図を想像して思わず笑いそうになった。でも「今朝はまだご飯食べてないから」なんて言ってみればよかったかも。観客の期待に添えたかもしれない。こういうけったいな思考が私を間抜けに見せるのは重々承知しているけれど、馬鹿なユーモアセンスが私にやれやれとけしかけてくる。そのセンスのおかげで今までどれほど損をしてきたことか。











今日もまたシニア連合

私は困っていた。レッスン室のトイレが故障して水が流れないで溢れそうになる。これは一大事。今までだましだまし使ってきてときには困ったことになっていたけれど、なんとか薬を使って乗り越えてきた。慌ててリフォーム業者さんに連絡をすると、春先の引っ越し の多い時期で職人さんが大わらわ、ずっと先まで空いていないという。

今日は友たちが集まってシューベルトなどを奏でる日。

まあ、仕方がない、客人には他の部屋のトイレを使ってもらおう。今回は親しいというより、もうあまりにも長い付き合いで裏も表も皆ご存知の仲間たちだから恥ずかしがることもない。汚い猫部屋の方のトイレをどうぞと言って使っていただいた。

のっけから尾籠なお話で申し訳ない。しかし、こういうことはいつ何時災害が起きるかもしれない。その時にとても大事なことで、もしかしたら一番大事かも、今回はせっかくだからこれを機に備えることにしようと思った。災害用のトイレとか食料の備蓄とか。しかし、只今すべての物価上昇の上、イランを襲うアメリカ、イスラエルの戦争で石油価格も高騰しそうだし、お金はおいそれとは使えない。またいつだったかのオイルショックが我が国を襲うのだろうか。

あの時慌ててトイレットペーパーを買いに走った人たちを、私は冷たい目で眺めていた。時が経て静まるさと。今回もその時と同じなら慌てることはない。数ヶ月くらいは持ちこたえられるからと。ほらご覧!お米の値段が急落しているとか。

でも今回の世界の指導者たちのなんとお粗末なことか。こんな人達を選挙で選ぶ国民も国民だし。人の家に勝手に上がり込んで、そのうちの問題を頼まれもしないのに解決してやると言って、自分の利益や戦争の口実に使うとは何たる暴挙。学校や病院に爆弾を落とすとは!

それに比べて我が友、シニア連合の平和なこと。各々武器ならぬ楽器を持っていざ戦いを。丁々発止と火花が散るけれど、終われば持ち寄った手料理やお菓子で大いに話が盛り上がる。戦うだけのために行動するのは失礼ながらおバカさん。なぜいい年してそれがわからないのか。年はこうやってとるものですよ。

私は若いときとても元気で年をとることがどういうことか、よくわからなかった。そして今後悔することは、家を建てるときに将来のことを考えて作るべきだったと。今一番困っているのは足のこと。最初からエレベーターをつければよかった。それは決して安くはないけれど、足の弱りは誰にでも来るから必需品になる。エレべーターがあれば一人で自立して老後が暮らせる。私の楽友たちが重たい楽器を持ち上げて階段を登らないですむ。

そしてお風呂のこと。一人で入れるようになるべく低めのバスタブ、寝ながら入っていられるから楽だし安全。バスタブの出入りもしやすい。中には集団で暮らすのが苦にならない人もいるけれど、私は集団生活ができないのだ。だから施設では暮らせない。最後まで自宅にいたい。

お互い年をとってもなお楽器の演奏ができるのは仲間たちのおかげ。この楽しみを捨ててなるものか。




















2026年3月4日水曜日

雨がやんだら

 今日は晴れて強風の一日、昨夜は夜通し猫が表に出たがって大騒ぎ。オス猫のグレちゃんはトラウマがあるらしい。きっと以前に、知らない間に家に閉じ込められて逃げられなくていじめられたのではないかと思う。私はずっとかわいがっているのにそれでも人間は信用できにゃいのだ。窓を締めてしまうと恐れて大騒ぎする。雨だろうと風だろうとお構い無しに逃げてゆく。ちょっとした音と温度の変化で窓が空いているかしまっているか感じ取る。この敏感さが彼を生き延びさせているのだ。

人間はこの寒さでまさか窓を開けっ放しで眠れないから、気が付かれないようにそっと閉める。餌を離れた場所においたりして。それでも途中で、ハッと気がつくと「あけろー!」と言って大騒ぎする。その時には温厚なグレは豹変してヤクザ猫になる。

幸い今朝は早くから晴れて夜中に出ていったグレもいつの間にか帰って来て澄まし顔で自分のタオルの上で毛づくろい。早朝出かけたのんちゃんが何処かで彼を見つけて「お兄ちゃん、もう開いたよ」なんて言うのだろう。二人揃ってあちこちでご飯をもらっているらしい。お陰でこの物価高の日々、猫の餌代が半分くらいで済むのはありがたい。

今朝、目が覚めると、片方の耳が痛い。これは心配。先週から鼻が腫れたような感覚があって耳が痛かった。病院の定休日だったので明日行こうと思っていたけれど、次の日は痛みが消えていた。それで診察も受けず放置したら、その後良くもならない悪くもならない状態。しかしちょうど一週間目にまた耳の痛みが始まった。

耳はヴァイオリン奏者の命。これはもう急いで病院へ。ところがものすごい混雑で1時間半も待たされた。先週、この病院のホームページを覗いたらひどい口コミを見つけた。医師の態度が悪いと言って、最後にヒステリックに「もう二度と行きません」と。そうかなあ、私はこの病院はとても気に入っているので不審に思った。これだけ患者さんが来るというのは信頼されているということでしょう。

要するに医師が雑談に応じてくれなかったいうだけのことのようだ。お世辞も言わないし必要以外のことは言わない。まさに私が気に入っているのはそこなんだけどなあ、色々な人がいるなあ。おかしかったのは先生を擁護する熱烈な書き込みがその後2通あったこと。うちの先生を悪く言うなという常連さんのものらしい。

大体誰にも好かれることは不可能なんだから、先生は気にもとめないと思うけれど。無口な代わり、診察はとても早い。今日は稀に見る花粉の災害日だったらしいので混み合いが半端なかった。

私の耳は最近少し遠くなったかと思っていたら、あな、恥ずかしや!耳垢が溜まっていた。除去器具で吸い出したら、まあ!じっと自分のブツを見ていたら「まっすぐ向いて」と注意された。その後聴力検査を受けたら、問題なし。これで安心してヴァイオリンに戻れる。以前この医院で聴力を調べた記録があって、それがちょうど10年前。それと大差ない内容だから私の耳はまだ使えるらしい。良かった!