お盆のころ思い出すのは 母のこと。この年になってもまだ母が恋しいのはもういい加減にしろと言われそうだけど、特にこの季節は様々な行事の中の思い出が多い。
私の実家は旧盆というのかな?8月がお盆で、仏壇にはほおずきや花が飾られて、母は毎日のように仏壇の奥まで拭き掃除をしていた。別に取り立てて宗教心があるわけではない我が家も、この季節にはご先祖様のお出ましを心待ちにしている様子だった。
キュウリやナスの牛馬で送り迎えするというのもユーモラスで私は好きだった。掃除をしながら母は様々な話を聞かせてくれた。変わり者の先祖たちは母の臨場感のある語り口で子供たちは抱腹絶倒、ぜひ会ってみたい人たちとなって記憶に残っていた。
母は歴史が好きで、例えば源義経と弁慶の話なども母から様々なエピソードを聞かされ、嘘か誠か虚実入り混じった話にあまりにもかわいそうで涙したり、母自身も特別感情の豊かな人だったから自分で涙したり笑ったり、それはもう面白かった。
特に思い出すのは夏の食べもの、冷たいソーメンやスイカなどはおいしかった。古い井戸があってそこにスイカやトマトなどの野菜を冷やしておく、これが本当に新鮮でおいしかった。子だくさんの家庭では父は庭の半分くらいに畑を作って野菜を育てていた。私は父親の跡をついて回って、取り立てのニンジンをかじったりしていた。特に美味しかったのはトマト!今でも忘れない。今のトマトのように甘くもなく青臭い香りだったのに、あのおいしさは二度と味わえないのだとがっかりしている。
母は取り立てて珍しい料理はしなかったけれど、ちらしずしのおいしさはいまだに覚えている。寿司酢の加減が絶妙で、実を言えばあんなにおいしいすし飯は母を超えるものは食していない。なんという塩梅なのか、決して豪華な種が乗ってはいない。ちくわにキュウリや魚のほぐし身などいつも食べなれているものばかり、それがおいしいすし飯に乗っていると特別な日のごちそうになる。
お菓子類も戦後で乏しいころ、夏は白玉団子が一番のスターだった。つるりんとのどを通る冷たい団子、しょうゆと砂糖で甘辛く絡めたたれのおいしさ。急に思い出したので作ってみようかと思い立った。
白玉粉は先日見つけて買ってある。まず団子を作ろうと適当な量をボウルに入れて水を足しながらこねてゆく。その辺まではよく見ていたから見様見真似で。ところがどうも水加減が怪しくどんどんぬるりとしたぐにゃぐにゃした怪しい物体になってゆく。どうやら水が多すぎたらしい。こんなもの水を入れてこねれば丸くまとめるのは簡単と思っていたがそうはいかない。
緩いから粉をドンドン足すとまとまりが悪くなる。水を足すとぐにゃぐにゃして団子にならない。四苦八苦していたけれど、面倒だからこのままゆでてしまおうとお湯を沸かして放り込む。まとまりが悪いから変な形の粉の塊が散らばって、とても団子とは言えない形状のものが浮かんでくる。浮かんだものを取り出して水にさらして熱を取る。
食べれば味は紛れもない白玉団子。形はアメーバーのような、なんとも言えない変な形。大きいのや小さいのや。ぷかぷか浮かんできたのを掬い上げて。母の白玉団子はきれいな形をしていて透明感がありおいしかった。そろそろ母が亡くなった年齢に近くなったのに、私はいまだに白玉団子が作れない。なにもかも、母を超える事はできなかった。