2026年7月27日月曜日

酷暑に考える

早くも暑さは頂点を迎え、これでもう頂点ならいいけれどもっと高温になったら人間半生状態になるなと、心から心配している。猫は人より体温が高いからこんな時にも毛皮のコートを脱ぐわけでなくのほほんとしているようではあるが、さすがにグレちゃんは うんざりした顔で珍しくご機嫌斜め、いつものフレンドリーさが消えてにこりともしない。

毛皮を脱ぎなさいと言ってファスナーを探しても猫の体にファスナーはみあたらない。お腹のあたりを探ると喜んでクネクネしている猫たちのなんと穏やかなことか。早朝の日課は猫との散歩。二匹の猫が私の後をが尻尾をピンと立てながら歩いてくる。向こうから来る人たちが笑う。平和な朝の日常。

人間の寿命は百年時代、こんな世界に、長生きは決してめでたくはない。寿命が50年くらいの時のほうが幸せだったのではないかと、暑さ大嫌いの私は考えている。猛暑といえば30年ほど前にもひどく暑い年があった。

その年はいつまでも暑くて9月に入ってもなかなか涼しくならなかった。それでも、その後また涼しい年が来たからほっとしたけれど、今年はこのまま暑さに向かって収集のつかないことにならないかと、心配性の私は考えてしまう。

それなのに戦争をしている人たちの、自分のメンツのためにみなを道ずれにしかねない愚挙はとどまるところをしらない。本当に人類が協力して地球の温暖化を考えなければいけないときに、何をしているのか。兵士たちはごみのように捨てられている。何万もの若者の命が日本が輸出する武器で殺されるならそれは殺人者と同じではないですか。

自国の利益を最優先にして自分のメンツを維持することしか考えない人、それを陰であおる陰険な人、おべっかを使ってへらへらとしている人、醜い世界の指導者たち。日本だけはこうならないようにしたい。こういう時にこそ冷静でいなければいけないのに武器の輸出をするなんて。自分が殺さなければ殺人者に武器を渡していいの?納得できない。

そして古臭い歴史を現代に再現しようと戦前の亡霊のような人たちが画策している。世界に女性の優れた君主がいないような振る舞い。今頃時代錯誤の女性蔑視。本当にバッカじゃないの!おじいさんたちの歴史は戦前で止まっているようだけれど、女性の皆さん、前に進みましょうと呼びかけたいが、その女性が亡霊たちの手先に成り下がっているから、もう、何をかいわんや、わんわんわんわん!ついでにご自分で女性の総理大臣もなくせばいいのよ。無力だなあ。投票に行くとどうせ自分の一票は紙くずになるんだなあといつも思う。

そんなことばかり考えるから無気力になって寝てばかり。最近自分を取り戻して健康もついでに取り戻した私は長い暗いトンネルを抜けてただいま、コンサートの練習に没頭している。しかし一人でできるものではないので足並み揃わない老人集団の調整はなかなか難しい。長年にわたり好きにやってきた人たちだから、自分のペースがある。

お互い長い付き合いだからときには喧嘩になりそうなものだけれど、そこは偕老同穴ならぬ夫婦ではないから友情洞穴。洞穴に住む老女たちの巧みな衝突回避の術で取っ組み合いの喧嘩は回避している。時には怒ったり文句言ったり、でも最後はニコニコと一緒にランチ、とまあこういう状況で楽しい老後が実現している。某国大統領T氏に私たちの爪の垢をお送りして差し上げたい。しかもこのT氏、ノーベル平和賞を狙っているとか・・・呆れて物が言えない。何回も攻撃を仕掛けては中止してご自身が平和の使者とでもおっしゃるの?

世界中から眉を顰められているとはご存じない?こういう自覚の無さは御本人には本当に平和だなあ。自分の野望のためにもう何万もの人がなくなっているのですよ。将来ある若者が、子どもの生まれたばかりの新婚の夫が、母親の頼りになる息子が、皆自分にはなんの罪もないのに戦場に送られて将来の夢を絶たれてゆく現実に胸が締め付けられるような思いです。

今の日本は幸いまだ物資の不足や物価高で戦争の影響が見えるほどで人的被害はないけれど、いつどうなるかはわからない。一部の大戦の亡霊が生き残っている以上油断はならない。その手先が御自分で素敵だと思っているニヤニヤ笑いをする、おっと!この方の頭文字もTですね。亡霊の手先とならぬように心から祈っています。













2026年7月20日月曜日

白玉団子

お盆のころ思い出すのは 母のこと。この年になってもまだ母が恋しいのはもういい加減にしろと言われそうだけど、特にこの季節は様々な行事の中の思い出が多い。

私の実家は旧盆というのかな?8月がお盆で、仏壇にはほおずきや花が飾られて、母は毎日のように仏壇の奥まで拭き掃除をしていた。別に取り立てて宗教心があるわけではない我が家も、この季節にはご先祖様のお出ましを心待ちにしている様子だった。

キュウリやナスの牛馬で送り迎えするというのもユーモラスで私は好きだった。掃除をしながら母は様々な話を聞かせてくれた。変わり者の先祖たちは母の臨場感のある語り口で子供たちは抱腹絶倒、ぜひ会ってみたい人たちとなって記憶に残っていた。

母は歴史が好きで、例えば源義経と弁慶の話なども母から様々なエピソードを聞かされ、嘘か誠か虚実入り混じった話にあまりにもかわいそうで涙したり、母自身も特別感情の豊かな人だったから自分で涙したり笑ったり、それはもう面白かった。

特に思い出すのは夏の食べもの、冷たいソーメンやスイカなどはおいしかった。古い井戸があってそこにスイカやトマトなどの野菜を冷やしておく、これが本当に新鮮でおいしかった。子だくさんの家庭では父は庭の半分くらいに畑を作って野菜を育てていた。私は父親の跡をついて回って、取り立てのニンジンをかじったりしていた。特に美味しかったのはトマト!今でも忘れない。今のトマトのように甘くもなく青臭い香りだったのに、あのおいしさは二度と味わえないのだとがっかりしている。

母は取り立てて珍しい料理はしなかったけれど、ちらしずしのおいしさはいまだに覚えている。寿司酢の加減が絶妙で、実を言えばあんなにおいしいすし飯は母を超えるものは食していない。なんという塩梅なのか、決して豪華な種が乗ってはいない。ちくわにキュウリや魚のほぐし身などいつも食べなれているものばかり、それがおいしいすし飯に乗っていると特別な日のごちそうになる。

お菓子類も戦後で乏しいころ、夏は白玉団子が一番のスターだった。つるりんとのどを通る冷たい団子、しょうゆと砂糖で甘辛く絡めたたれのおいしさ。急に思い出したので作ってみようかと思い立った。

白玉粉は先日見つけて買ってある。まず団子を作ろうと適当な量をボウルに入れて水を足しながらこねてゆく。その辺まではよく見ていたから見様見真似で。ところがどうも水加減が怪しくどんどんぬるりとしたぐにゃぐにゃした怪しい物体になってゆく。どうやら水が多すぎたらしい。こんなもの水を入れてこねれば丸くまとめるのは簡単と思っていたがそうはいかない。

緩いから粉をドンドン足すとまとまりが悪くなる。水を足すとぐにゃぐにゃして団子にならない。四苦八苦していたけれど、面倒だからこのままゆでてしまおうとお湯を沸かして放り込む。まとまりが悪いから変な形の粉の塊が散らばって、とても団子とは言えない形状のものが浮かんでくる。浮かんだものを取り出して水にさらして熱を取る。

食べれば味は紛れもない白玉団子。形はアメーバーのような、なんとも言えない変な形。大きいのや小さいのや。ぷかぷか浮かんできたのを掬い上げて。母の白玉団子はきれいな形をしていて透明感がありおいしかった。そろそろ母が亡くなった年齢に近くなったのに、私はいまだに白玉団子が作れない。なにもかも、母を超える事はできなかった。












わんにゃんトイレ事情

 今朝玄関先に液体の跡。わー、こんな所で犬におしっこをさせたの?

集合住宅だから1階の共用玄関。その外になにやら液体が流れた後があった。相当量の液体が痕跡として残されている。これは大型犬!猫や小型犬ではこんなに大きな跡は残らない。なにも他人の建物のしかも玄関前にこんな跡をつけるなんて。

うちは管理者である私が怠け者だから掃除が行き届いていない。駐車場のコンクリートと外の部分のわずかな土にぼさぼさと草が生え、野放図に伸びている。かわいい赤い花が咲くので私は伸び放題にしている。目に余るほど伸びると時々半分くらい刈り取るけれど、基本あるがままの状態にしておく。コンクリートの都会に雑草がはえていてもいいのではと許容しているのが近所のきれい好きなおじさんたちには不評なのだ。

早朝、この辺を毎日掃除をするおばさんがいる。几帳面というかチリ一つ残さず見事な掃除っぷり。声が大きいから窓の下で通行人としゃべると近所迷惑だけれど、私が掃除するとは雲泥の差。私が掃除した後は掃除したようには見えない。なにしろ雑なので。

そのうえ雑草を好んで伸び放題にするとあれば、おっさんたちには受けが悪い。そのじいさんたちが何かと目障りなところにチリの山を残してゆく。例えば共用玄関前とかに。犬のおしっこと同じように。ガラスのドアの外側の真正面に三角のピラミッドのようにほんのすこしのごみが積まれている。ご苦労さんなこった。

私はあまりきれい好きではないし、そんなことは気にしないから数日間放っておくといつの間にか消えている。いやがらせやったご本人が気になってしまうのだろうと思う。なにか気を引きたいの。孤独なんだねえ、おじさん。(もしくはおばさん)

私は育ちが悪く野生の猿のようだったから、ほかの動物も大好きで、犬のおしっこくらいにはびくともしないけれど、飼い主には猛烈腹がたつ。なにか構ってほしいのかな?だったらかまってあげるわ。洗剤の入った水でもかけてあげましょうか?見つけたらただじゃ置かないと腕まくりして待っている。

酵素入りの水をまいた後はクエン酸をまくとよいそうな。酵素の水で消毒はできるけれど、ワンちゃんはもう一度同じところでやるから、ワンちゃんに受けの悪いクエン酸で犬除けするといいとAIさんに入れ知恵された。役に立つねえ君は。何でも知っているね。後でクエン酸を買ってこよう。確か最近までクエン酸はお風呂場に転がっていたはずが、いざ使うとなると見当たらない。いつも私のやること中途半端。

クエン酸を買うことを忘れないように。でも多分忘そうで。

うちのそと猫たちもどこかのお宅で迷惑をかけていると思うとすみません。外に出すなと言われても本来のらなので困った。でも皆さん優しくてえさはいつもどこかの家で食べてくるらしく、丸々太っている。ありがとう、ご近所の猫親さんたち。猫はえらいことに我が家のトイレでちゃんといたすのですよ。でも時にはどこかの庭で・・・見つけたら叱ってください。賢いからちゃんと覚えるので。













2026年7月14日火曜日

楽器のご機嫌

それはそれは困ったことに、この暑さと湿気のおかげでヴァイオリンはご機嫌斜めなのです。

世間様にうそをついて引退するとわめき散らし、何か月もの間放置された楽器の恨みを今返されているのか。 先月、今月と調整をお願いして弦楽器工房に通っているけれど、どうもいまだに理想の音は出ていない。 この季節はもう無理だから我慢するしかないと周りの人たちも言うし、マイスターもなかなか難しいというし、でも私は短気な割にはしつこくて、何回も調整に通う。

特に下から二番目のD線がシャリシャリいうのが気になる。 工房のご主人のTさんは非常に穏やかな生真面目な人だから、努力を惜しまず私の注文に合わせて調整してくださる。 強めとか固めとか理解に苦しむ言葉でしか言えないのがもどかしい。

ある時我が家の周辺で消防自動車の出動が多かった時があった。 毎日のようにサイレンが鳴り別に火事らしいこともない。 けれど、いつもは完全に空調の効いた別室に置いてあるのも心配になったので、私の寝室に楽器を移動させたのが良くなかったようだ。 私と猫の湿気のこもった寝室は、一応エアコンはかけているものの湿度は少し高かったから楽器のコンディションに響いた。 

移動させて数日したら少し調子が悪くなってきたので元の部屋に戻したけれど、ああ、調子が落ちてしまったと感じて調整に出した。 Tさんは穏やかながらいつもよりきっぱりと「寝室はいけません」という。 わかっていたのに火事が心配で浅はかなことをしたと思った。 それ以来どうも調子が悪いと思ったら微小なはがれが見つかって修理をしてもらった。 

これでもう大丈夫と思ったけれど、それ以来鳴り方がいまいち。 皆さん梅雨時対策はどうしているのかしら。 長年の楽器との付き合いがまだ苦労の種。

最後の調整でシャリ感は減少、調整の翌日、久しぶりに乾いた音がしたと喜んでいたけれど、台風が発生するたびにくぐもった音になったりする。 幸い今は私の家での練習が多く、外に楽器を持ち出すことなくやっと小康状態になったのがありがたい。 

私の運命はこのところ猫のご機嫌取りと楽器の調整に明け暮れる日々になってきた。 なんということか、楽器も猫も共通点が多いことに最近気が付いた。 まずは両者ともに変幻自在、文字通り猫の目のようにご機嫌がかわる。 どれほど気をつかうことか。 決してこちらの言い分はとおらない。 しかもとんでもなく魅力的で扱いにくいのに決して嫌にならない。 毎日下手に出てご機嫌を損ねないようにご奉仕する。

猫は好き嫌いが激しく、時々餌が気に入らないといって食べてもらえないこともある。 ヴァイオリンも、せっかく買った弦が気に入らないと鳴ってくれなかったり。

早く梅雨が明けないかなあ。 最近そのことばかり考えている。








2026年7月8日水曜日

ウイーンのアゴーギグについて

 ウイーンフィルといえば新春コンサート。このコンサートに毎年のように出かけられるセレブの友人もいれば、私のように炬燵で丸くなってミカンを食べながら聞く人もいる。しかし、このウイーンフィルの聴き方を楽しむには高度の聴力がいるのです。

それがウイーンの「溜息」本当にそのような言い方をするのかAIに訊いてみた。

AI      演奏家のあいだでよく使われる言い方は 「ウィーンのため息(Wiener Seufzer)」 です。ただし、これは厳密には「スフォルツァンドの前に一瞬間が空く現象」そのものを指す言葉ではなく、ウィーン古典派特有の“装飾的・表情的なため息モチーフ” を指す語です。~中略~

neko    ここから始まるAIの言葉をご紹介しよう。ウインナーワルツの常識として

AI 1拍目:前へ、軽く押し出す(ふわっと持ち上がる)

  • 2拍目:少し沈む(重心が落ちる)

  • 3拍目:ほんのわずか後ろへ引きずられる

neko    これは正に私たちが今から50年ほど前、ワルツ王ヨハン・シュトラウスの孫のエドアルド・シュトラウスから習ったことなのです。昔の新春コンサートではかなり分かり易く聞こえたのですが、最近のウイーンフィルではあまり大げさな表現ではなくなってきているのは新時代のプレーヤーが多くなったからでしょうか。しかし、今年も私には聞こえました。

そんなことやっていないという意見があるらしい。私の知人が知り合いに尋ねたらそんなことはやっていないといわれたそうで。そういったのはプレーヤーでなく音楽愛好家なのでしょう。やはりすたれていくものなのでしょうか。しかしプレーヤーは自然にそうなるのです。なぜならリズムというのはそういうものですよね。アゴーギグという言葉があります。ほんのわずかな「ズレ」を自然にやりたくなる音楽性が演奏家の命。

AIの説明

🎧 「そんなことはない」と言い張る人がいる理由

これはとてもよくあることです。理由は3つ。

1. 間が極端に微細で、数ミリ秒レベルだから

訓練されていない耳には「揺れ」として処理されてしまいます。

2. ウィーン・フィルの弦のアタックが柔らかく、間が音色に溶ける

アタックが丸いので、時間のズレが“音色の柔らかさ”に隠れてしまう。

nekotama

興味があるなら調べてみてください。私もうまく説明できなかったのですよ。以前、オーケストラで新人と並んで演奏したときにウイーン風のリズムで弾いたら怪訝な顔されて説明も面倒だから普通に弾いたことがありました。ちゃんと教えてあげればよかったと今は後悔しています。せっかくの知識をむだにしましたね。




ぐうたら

 昨日行きそこなったので今日は出かけるぞと思ったものの、体が言うことをきかない。昨日は意気込んでいたのに猫の具合が悪く、結局彼女は今朝まで珍しく室内猫になっておとなしくしていた。

昨日は出かけるつもりでいたエネルギーが余って、長いコースの散歩やヴァイオリンの練習やで時間を過ごしていたために、今朝起きたら腰に違和感あり。もう、これだから嫌になる。あれほど活動的で思い切りのよかった私が今はこの体たらく。どよんとして起きたらもう出かける気は失せていた。しかし今日はいいお天気。予定の立て方間違えた。

それはもうコンサートの練習に追い込みをかけろという天の声かもしれない。今回のプログラムはかなり難しい。私はどちらかというと難しい曲が好きで挑戦していると嬉しくなるタイプだから、あえて今回もそうしたけれど、おっと!年を忘れていた。年齢による言い訳は効かない。

まず一曲目の「フクロウ」は全曲ほぼ変拍子。5拍子、7拍子、8拍子、9拍子が入り混じって反射神経を刺激する。面白いしすごくいい曲なので楽しんではいるけれど、少しの油断もならない。ドヴォルザークは思い切り楽しく美しい曲ではあるけれど、なにしろ音域が広すぎる。ハイポジションの連続で音程が難しい。ヴァイオリンの音程は指板の上に行くほどピッチが狭くなる。下のポジションでとるよりも左手指の幅を少なくしないと音程が上ずってしまう。

けれど、人の指の幅は変えられないから少しずつずらしながら微妙に調整する。これが大変。私の指は年齢のせいで少し曲がってきているから、ピッチの差と指の曲がり具合の両方から攻めていくけれど、恐ろしく大変なことなんですよ。悠然と弾けると思ったら大間違い。ヴァイオリンをこれから始めようと思う方は、その苦労をご存じなかったならもう一度考え直されることをお勧めする。

そして何よりも難しいのはシューベルト、私たち日本人には身についていないウイーンのリズム、聞いていれば本当に楽しいけれど、体に染みついた日本的な几帳面さが邪魔になる。特に三拍子。どうと説明は口で言えないけれど、先日投稿した「ウイーンの風」だったか「ウイーンの溜息」だったか、ああいうものがあるので、今私が心から後悔しているのは、なぜ私はウイーンに留学しなかったのだろうということ。

ダンスでもできればなおさらよかったのに。ちなみに私の相棒だった人は、カーラジオなどで聞こえてきたオーケストラの音を瞬時に「あ、ウイーンフィルだ」と当てられる人だった。アナウンスを聞いたわけでもなく突然ラジオを点けたのにどうしてわかるのか。上手いと思っても、ウイーンかほかのオーケストラかはすぐにはあてられない。ホルンの音やニュアンスからしばらくしてからやっと推測できる。

そんなわけでシューベルトは大変難しいけれど、さすがに弾き甲斐があって楽しみ。当日まで体調を整え、頭脳明晰でいられるように北軽井沢は夢の家に、しばらく我慢。元の持ち主のノンちゃんが「この家であなたのヴァイオリンを弾いてほしいの」と言われた言葉は忘れない。

ちなみに先日投稿にした「ノンちゃん」は同じ名前ですが猫です。人のノンちゃんはトカゲをむしゃむしゃ食べたりしませんので、念のため。











2026年7月7日火曜日

猫の足かせ

 最近とんと北軽井沢に行かないのは、猫のノンちゃんがドライブを好まないというところに原因がある。まず車のエンジンをかけたところで大鳴きに鳴き始める。その後ドライブの約4時間ほど鳴き声は止まらない。運転よりもその鳴き声でわたしはまいってしまうのだ。

森に到着しても滞在中はずっと不機嫌で、宥めてもすかしてもご機嫌斜め。斜めだけならいいけれど、トイレや食事にも差しさわりが出てくる。トイレの我慢で膀胱炎になったり、便秘したりするらしく、体調が悪くなってしまうので大変なのだ。

最近ずっと車にはいつでも出発できるように最小限の荷物を積みっぱなしにしてある。この数日は忙しくないからあの森の中の一軒家に行ったらさぞや気持ちがよかろうと思っているのに、いざ行くとなると考えてしまう。そういう事情なので今朝は何が何でも出かけるつもりでいたけれど、結局猫の体調が悪そうで延期になってしまった。

猫はいつもなら夜明けとともに外に出る。外で最小限のトイレを済ませて朝ごはんを食べに戻ってくる。そのタイミングで捕まえてケージに放り込もうと待ち構えていると、さすが猫は魔物、気配を察して逃げられる。どんなに平常通りにふるまっても殺気を感じるらしくつかまらない。

それで出かける数日前からそうっと荷物を車に積んで、後は猫を捕獲するだけにしておいてもわかってしまうらしい。いつまでも待ってはいられないから今日こそはと夜明け前に起きて待っていた。そして予定通り、後は猫次第となったころ、ノンちゃんはいつもの元気がなくて私にずっとしがみついていた。気が付くとどうやら熱があるらしい。猫の体温は人よりも高いのは知っているけれど、それでもいつもよりずっと熱く感じる。

必死で私にしがみついて離れない。これはちょっと変だと思ったからずっと抱いていた。あまりスキンシップを好まないノンちゃんにしては珍しい。かなり高熱と食慾不振があるみたいで、これでは4時間のドライブはかわいそう。せっかく昨夜は早く寝て今朝の寝覚めは上々だったのに、明日でもいいかとあきらめた。そして今日は珍しくノンちゃんは家から出なかった。

昨日大きなトカゲを咥えてきて私を震え上がらせたノンは、私への捧げものだと思ったトカゲをその場で食べ始めた。私は遠巻きにして「やめなさい、逃がしてやりなさい」とわめくのに、結局全部食べたらしい。野生動物は毒がありそうでこわい。そのせいで体調が悪いのかもしれない。今朝トカゲの残骸を探しても何も残っていなかったから完食したらしい。

そのせいで私は出かけるタイミングを逃し明日はどうしようか考え中。気勢をそがれて明日はもう早起きできないかも。私も最近は毎日調子がいいわけではないから、明日の寝起き次第。しばらく海外旅行行ってないからカーボベルデに行きたいけれど、毛皮を着た足枷がいるのでしばらくお預け。