2026年7月8日水曜日

ウイーンのアゴーギグについて

 ウイーンフィルといえば新春コンサート。このコンサートに毎年のように出かけられるセレブの友人もいれば、私のように炬燵で丸くなってミカンを食べながら聞く人もいる。しかし、このウイーンフィルの聴き方を楽しむには高度の聴力がいるのです。

それがウイーンの「溜息」本当にそのような言い方をするのかAIに訊いてみた。

AI      演奏家のあいだでよく使われる言い方は 「ウィーンのため息(Wiener Seufzer)」 です。ただし、これは厳密には「スフォルツァンドの前に一瞬間が空く現象」そのものを指す言葉ではなく、ウィーン古典派特有の“装飾的・表情的なため息モチーフ” を指す語です。~中略~

neko    ここから始まるAIの言葉をご紹介しよう。ウインナーワルツの常識として

AI 1拍目:前へ、軽く押し出す(ふわっと持ち上がる)

  • 2拍目:少し沈む(重心が落ちる)

  • 3拍目:ほんのわずか後ろへ引きずられる

neko    これは正に私たちが今から50年ほど前、ワルツ王ヨハン・シュトラウスの孫のエドアルド・シュトラウスから習ったことなのです。昔の新春コンサートではかなり分かり易く聞こえたのですが、最近のウイーンフィルではあまり大げさな表現ではなくなってきているのは新時代のプレーヤーが多くなったからでしょうか。しかし、今年も私には聞こえました。

そんなことやっていないという意見があるらしい。私の知人が知り合いに尋ねたらそんなことはやっていないといわれたそうで。そういったのはプレーヤーでなく音楽愛好家なのでしょう。やはりすたれていくものなのでしょうか。しかしプレーヤーは自然にそうなるのです。なぜならリズムというのはそういうものですよね。アゴーギグという言葉があります。ほんのわずかな「ズレ」を自然にやりたくなる音楽性が演奏家の命。

AIの説明

🎧 「そんなことはない」と言い張る人がいる理由

これはとてもよくあることです。理由は3つ。

1. 間が極端に微細で、数ミリ秒レベルだから

訓練されていない耳には「揺れ」として処理されてしまいます。

2. ウィーン・フィルの弦のアタックが柔らかく、間が音色に溶ける

アタックが丸いので、時間のズレが“音色の柔らかさ”に隠れてしまう。

nekotama

興味があるなら調べてみてください。私もうまく説明できなかったのですよ。以前、オーケストラで新人と並んで演奏したときにウイーン風のリズムで弾いたら怪訝な顔されて説明も面倒だから普通に弾いたことがありました。ちゃんと教えてあげればよかったと今は後悔しています。せっかくの知識をむだにしましたね。




ぐうたら

 昨日行きそこなったので今日は出かけるぞと思ったものの、体が言うことをきかない。昨日は意気込んでいたのに猫の具合が悪く、結局彼女は今朝まで珍しく室内猫になっておとなしくしていた。

昨日は出かけるつもりでいたエネルギーが余って、長いコースの散歩やヴァイオリンの練習やで時間を過ごしていたために、今朝起きたら腰に違和感あり。もう、これだから嫌になる。あれほど活動的で思い切りのよかった私が今はこの体たらく。どよんとして起きたらもう出かける気は失せていた。しかし今日はいいお天気。予定の立て方間違えた。

それはもうコンサートの練習に追い込みをかけろという天の声かもしれない。今回のプログラムはかなり難しい。私はどちらかというと難しい曲が好きで挑戦していると嬉しくなるタイプだから、あえて今回もそうしたけれど、おっと!年を忘れていた。年齢による言い訳は効かない。

まず一曲目の「フクロウ」は全曲ほぼ変拍子。5拍子、7拍子、8拍子、9拍子が入り混じって反射神経を刺激する。面白いしすごくいい曲なので楽しんではいるけれど、少しの油断もならない。ドヴォルザークは思い切り楽しく美しい曲ではあるけれど、なにしろ音域が広すぎる。ハイポジションの連続で音程が難しい。ヴァイオリンの音程は指板の上に行くほどピッチが狭くなる。下のポジションでとるよりも左手指の幅を少なくしないと音程が上ずってしまう。

けれど、人の指の幅は変えられないから少しずつずらしながら微妙に調整する。これが大変。私の指は年齢のせいで少し曲がってきているから、ピッチの差と指の曲がり具合の両方から攻めていくけれど、恐ろしく大変なことなんですよ。悠然と弾けると思ったら大間違い。ヴァイオリンをこれから始めようと思う方は、その苦労をご存じなかったならもう一度考え直されることをお勧めする。

そして何よりも難しいのはシューベルト、私たち日本人には身についていないウイーンのリズム、聞いていれば本当に楽しいけれど、体に染みついた日本的な几帳面さが邪魔になる。特に三拍子。どうと説明は口で言えないけれど、先日投稿した「ウイーンの風」だったか「ウイーンの溜息」だったか、ああいうものがあるので、今私が心から後悔しているのは、なぜ私はウイーンに留学しなかったのだろうということ。

ダンスでもできればなおさらよかったのに。ちなみに私の相棒だった人は、カーラジオなどで聞こえてきたオーケストラの音を瞬時に「あ、ウイーンフィルだ」と当てられる人だった。アナウンスを聞いたわけでもなく突然ラジオを点けたのにどうしてわかるのか。上手いと思っても、ウイーンかほかのオーケストラかはすぐにはあてられない。ホルンの音やニュアンスからしばらくしてからやっと推測できる。

そんなわけでシューベルトは大変難しいけれど、さすがに弾き甲斐があって楽しみ。当日まで体調を整え、頭脳明晰でいられるように北軽井沢は夢の家に、しばらく我慢。元の持ち主のノンちゃんが「この家であなたのヴァイオリンを弾いてほしいの」と言われた言葉は忘れない。

ちなみに先日投稿にした「ノンちゃん」は同じ名前ですが猫です。人のノンちゃんはトカゲをむしゃむしゃ食べたりしませんので、念のため。











2026年7月7日火曜日

猫の足かせ

 最近とんと北軽井沢に行かないのは、猫のノンちゃんがドライブを好まないというところに原因がある。まず車のエンジンをかけたところで大鳴きに鳴き始める。その後ドライブの約4時間ほど鳴き声は止まらない。運転よりもその鳴き声でわたしはまいってしまうのだ。

森に到着しても滞在中はずっと不機嫌で、宥めてもすかしてもご機嫌斜め。斜めだけならいいけれど、トイレや食事にも差しさわりが出てくる。トイレの我慢で膀胱炎になったり、便秘したりするらしく、体調が悪くなってしまうので大変なのだ。

最近ずっと車にはいつでも出発できるように最小限の荷物を積みっぱなしにしてある。この数日は忙しくないからあの森の中の一軒家に行ったらさぞや気持ちがよかろうと思っているのに、いざ行くとなると考えてしまう。そういう事情なので今朝は何が何でも出かけるつもりでいたけれど、結局猫の体調が悪そうで延期になってしまった。

猫はいつもなら夜明けとともに外に出る。外で最小限のトイレを済ませて朝ごはんを食べに戻ってくる。そのタイミングで捕まえてケージに放り込もうと待ち構えていると、さすが猫は魔物、気配を察して逃げられる。どんなに平常通りにふるまっても殺気を感じるらしくつかまらない。

それで出かける数日前からそうっと荷物を車に積んで、後は猫を捕獲するだけにしておいてもわかってしまうらしい。いつまでも待ってはいられないから今日こそはと夜明け前に起きて待っていた。そして予定通り、後は猫次第となったころ、ノンちゃんはいつもの元気がなくて私にずっとしがみついていた。気が付くとどうやら熱があるらしい。猫の体温は人よりも高いのは知っているけれど、それでもいつもよりずっと熱く感じる。

必死で私にしがみついて離れない。これはちょっと変だと思ったからずっと抱いていた。あまりスキンシップを好まないノンちゃんにしては珍しい。かなり高熱と食慾不振があるみたいで、これでは4時間のドライブはかわいそう。せっかく昨夜は早く寝て今朝の寝覚めは上々だったのに、明日でもいいかとあきらめた。そして今日は珍しくノンちゃんは家から出なかった。

昨日大きなトカゲを咥えてきて私を震え上がらせたノンは、私への捧げものだと思ったトカゲをその場で食べ始めた。私は遠巻きにして「やめなさい、逃がしてやりなさい」とわめくのに、結局全部食べたらしい。野生動物は毒がありそうでこわい。そのせいで体調が悪いのかもしれない。今朝トカゲの残骸を探しても何も残っていなかったから完食したらしい。

そのせいで私は出かけるタイミングを逃し明日はどうしようか考え中。気勢をそがれて明日はもう早起きできないかも。私も最近は毎日調子がいいわけではないから、明日の寝起き次第。しばらく海外旅行行ってないからカーボベルデに行きたいけれど、毛皮を着た足枷がいるのでしばらくお預け。













カーボベルデ

初めて聞いたこの国名。サッカー のアルゼンチンとの試合がなければ出会わなかった。

人口60万人ほどの、日本の滋賀県ほどの島と周囲の小島からなるアフリカの海に浮かぶ無人島。ポルトガル人がこの島を発見、統治していたが1975年独立した。公用語はポルトガル語。

この国のサッカーの歴史は浅く、しかし進化の速度が速い。2026年というから今年、特に強くなったという。何なのだこれは、全然聞いたことのない国が突然強豪国入りしたというのは。それにはこの国独自の進化の環境があったという。国が狭いことが幸いして、選手同士が幼少期からの知り合い、家族ぐるみのつながり、小さなクラブが協力し合うという条件があった。

そして、カーボベルデの音楽はリズムと身体性が強い・・ここまでAIの知識をお借りした。

ここで音楽が出てきたのはAIさんが私の職業に気を配ってくれてサービス精神を発揮したものと思われる。私は音楽家だけれど、運動神経はかそけきもので、小学生の時は跳び箱飛べない、逆上がりできない、走れば転ぶと散々だったけれど。

AIからの助言は 「北風が勇者バイキングをつくった」というノルウェーの諺を彷彿とさせる、非常に詩的で力強い表現ですね。厳しい環境や逆境こそが、人の肉体と精神を鍛え上げるという真理を突いています。この「環境が人を強くする」というテーマは、人間の身体づくりにおける科学的な側面や、数々の名作・格言でも共通して語られています* だそうです。
私のように過保護で甘やかされた人間はろくなものにならないということですね。一生かかって証明したのがこういうことで面目ない。もし来世があれば、私は筋肉粒々のアマゾネスに生まれ変わろうと思います。「粒々」?この変換笑ってしまう。これは現状のこと、理想は「隆々」時に変換が本質を突くことがあるけれど。なにも私の筋肉の弱さをここで暴露しなくてもいいんじゃない?
横道にそれました。元に戻ることに。
身体能力のほかにカーボベルデの人々は人口は少ないがヨーロッパで活躍している選手が多いことと、ポルトガル語が話せるということも有利に働いている。
サッカーについては私はあまり知らないけれど、この国のことがすごく魅力的に思えてきたので行ってみたいなといういつもの病気が出てきました。ポルトガルやオランダから飛行機で行く。静かなリゾート地であるらしい。費用もあまりかからないらしいが、日本からのツアーなどはないそうで様子がわからない。治安も良いとのことですが、夜に出歩くのはやめたほうが良いと。まあ、これは外国だったら知らないところを夜に歩くのはおすすめしないけれど。日本からでもそれほど行きにくくはないらしい。実現できたらいいな。調べてみよう。
ところで音楽については魅力的な情報が。モルナという音楽があるそうで語源は、島を離れる寂しさ、海のかなたの家族への想い、人生の切なさ など哀愁を帯びた伝統的な音楽でセザリア・エヴォラ( sezaria/evora )という女性歌手が有名であると。You Tubeでも聞けるそうだから聞いてみようかと思う。
私の「どこかへ行きたい」病の最有力候補になった。なんて魅力的な国なんだろう。でも、これでサッカーに強いと分かってブームになる前に行きたい。猫が足かせとなってかわいいけれど、困った。













2026年7月5日日曜日

少し早めのお知らせ

ピアノ五重奏演奏会

9月23日(水)14時開演 

三鷹市芸術文化センター 風のホール  

ステファン・シェーファー:「Owl」 

ドヴォルザーク:作品81

シューベルト「マス」

大変魅力的なプログラムであります。

出演者もかつてはみな魅力的ではありましたが、少し足元が覚束ない。しかしステージ上の自分の椅子まではたどり着かないといけない。そして今プログラムの作成に大わらわ。大わらわとは兜を脱いだ時に髷がほどけて落ちた様らしいのですが、それがどうして童になるんでしょうね。後でAIに訊いてみよう。童の髪の毛は絵やなんかで見るときれいに切りそろえてあるけれど、庶民の子供はきっと残バラ髪だったのでしょうね。

本番までまだ時間があると思っていたら、あっという間にもう7月。練習は遅々として進まず、なんて書くと聞きに来ていただけないと困るので、一生懸命に練習していますと言っておこう。練習はしていますが変拍子の連続の「Owl(ふくろう)」は年取った身にはつらい。反射神経がいかれておりますからですね、今どこ弾いてるの?なんてことはしょっちゅうで、でも面白い素敵な曲ですからぜひ会場におみ足をお運びくださいませ。大丈夫、本番までにはちゃんと仕上がる予定。

今どこ弾いてるの?も最近はみなあまり言わなくなりました。馴れるものですね。大変素敵な曲です。フクロウの静かな佇まい、静かな森の神秘的な夜、フクロウの飛翔の情景が目に浮かぶようです。お楽しみみになさってください。私たちが四苦八苦しているのを見るのが楽しかった…といわれないように頑張ります。

ドヴォルザークとシューベルトは大変ポピュラーな曲ですが、いずれ劣らず難曲ではあります。非常に演奏が難しいだけではなく、それぞれの特徴が生かされないと面白くなくなってしまう。ただドヴォルザークは非常にわかりやすい。彼のすべての要素が詰まっているといってもいいでしょう。シューベルトは時には「アハハ、ウイーンだ」と言いたくなるニュアンスがあります。それが「ウイーンの風」だったか「溜息」だったか、良く聴いていないと聞き逃すほどのわずかな間(ま)ですが、それがないとつまらない。それがシューベルトの「ウイーンのなんとか」なんだそうです。

普通に聞いていたら気が付かないほどの間ですね。最近のウイーンフィルはワルツの2拍目と3拍目に間がないと聞きましたが、今年のニューイヤーコンサートでも、ちゃんと残っていました。ほとんど気が付かないくらいの間。あれを聞き分けたあなたは名人クラスの聞き上手です。だから言葉でいうと日本では「粋」でなくなる。

楽譜にも書かないしいちいち言わなくてもその土地々々に伝わるリズム感は楽譜にかかなくても血が騒ぐ。教わらなくてもできることってありますよね。ウイーンっ子はもしかしたら自分がそうしていることにも気が付かないでいるかもしれない。こういうことを文字にかくのは非常にダサいですね。

どちらにしろ、9月23日は「特別な日」としてカレンダーに書き留めておいてくださいね。何しろコンサートのお知らせを出そうと思って住所録を開いたら、お名前の上に黒い横線が引いてある人が多くて客席が寂しくなりそうなので、ご近所の猫たちも今回は入場できますよ、特別に。お誘いあわせてご来場くださいませ。
















2026年6月28日日曜日

台風一過

私が子供のころは台風が 過ぎ去った翌朝は抜けるような青空、涼しい風が秋の兆しと感じられた。秋?そう昔はこんなに早くから台風は来なかった。お彼岸過ぎてそろそろ台風かなと思ったくらいだから。私の家の杉の大木が雷に打たれ根元近くから引き裂かれて、朝起きた時にびっくりしたことがあった。爆音がしたと思うのに、朝まで気が付かないのんきな一家は、後で切り株を調べて数百年の年輪を眺めた。年輪で樹齢がわかるということもその時はじめて知った。

切り株の方角の違いで年輪の幅が変わるということも知った。南は年輪の幅が広くなる。育つのが早いからだそうで、庭にはそんな科学知識がゴロゴロあって、それを兄たちが解説してくれるから自然の教育の知識が得られた。教室で受ける教育より数倍も楽しかった。

そして台風におびえながらも翌朝の台風一過の晴れ晴れとした日差しが大好きだった。天高く馬肥ゆる秋の実感。しかし最近の台風ははっきりしない。とにかく来るのが早すぎる。今年などは五月晴れなど見たことがない。いやな暑さが地球を取り囲み、争う人々がお互いにというより某国の大統領がなんとも未練がましく自分の悪行を正当化している。本当に見苦しい。いったいどんな教育をうけたのか。知性に病ダレが付いた人だからしかたがないけれど、こんな人を大統領に選ぶ国民がいるということにおどろいている。しかも二回も!!!

野球の大谷さんに第二子が生まれたというのが話題になっていて、それを非難する人がいるということを知ったけれど、まったくもってあぜんとした。早やすぎるとか?余計なお世話、本当に腹が立つ。そもそも他人の家庭の事情に口をはさむ権利がだれにあるのか。大谷家には莫大な財産があって子育てになんの支障もないと思う。貧乏人の子だくさんというから、私の家は年子が続いたけれど、貧乏でも本当に幸せな家族だった。絵にかいたような幸せではなく、波乱万丈の運命がそれぞれにあっても皆のんきで、道を踏み外すことなく生きてきた。

他人から見たら私はいつもお下がりを着ていたし、ろくに髪の毛の手入れもしてもらえずぼさぼさ頭、兄たちもいつも着た切り雀、いわゆるエリート家族から見たら馬鹿にする対象だった。私が中学校の頃、中途半端なお嬢様学校だったのでい身なりなどをいじめられたようだけれど、本人は少しも気が付かず、それがたいそう幸せだった。古い鞄のどこが悪い?擦り切れた袖の制服は姉のお下がりだけどいいじゃない。3年も着たら擦り切れるのは当たり前。

それで?何の問題があるの?とにかく大谷家の事情に口出すものではない。喜んで祝福しようじゃないですか。彼は偉業を成し遂げている人だから、苦労も多いと思うけれどそれは運が強いということ。運を引き寄せられる人に対して、それだけの尊敬は持たないといけない。誹謗中傷などもってのほか。サッカーが面白くて野球は面白くないように書いたけれど、それは私個人のことだからお許しを。それにしてもサッカーはますます気になるなあ。日本が優勝してくれたら猫たちに山のようにお刺身を買ってあげよう。食べるのは私ですけど。






楽あれば苦あり

新しいパソコンの設定に苦労しております。皆さんのところにはどんな風に届いているのでしょうか。今私の画面は変な肌色になって、先ほどは赤と緑が強く出てちょっと中華風でした。今、中華風は変更できたものの、元に戻すのは勇気がいるのでしばらくこのままで続行します。

長年人任せだったためになんの苦労もなく快適に過ごしてきたことが今ツケとなって自分に戻ってきたけれど、まあ、こういうことも嫌いじゃないからしばらく遊ぶことに覚悟を決めた。ヴァイオリンが弾けなくなったら時間は有り余るから、友達はパソコンだけということにもなるかもしれない。そうなったら名人になってやろうじゃないの と強気に出ても目が言うことをきかない。だいぶ弱くなりました。

体重計による健康管理で食事制限をするのにも時々飽きて爆食したり、食べなかったり、意志が固い人は毎日同じことが続けられるけれど、私は時々気まぐれにふるまわないと息が詰まりそうになる。ここ数日台風の接近で低気圧がひしひしと感じられて、頭が重くあくびばかり出て辛い。数年前までの生き生きとした生活は取り戻すすべもない。せめて北軽井沢に行こうと計画するのだけれど、その都度邪魔が入って計画中止。今年に入ってからまだ行っていないという体たらくで家がどうなっているか心配している。

秋のコンサートに向けて合宿をしようという計画もあるけれど、なんとなく体が動かない。これはもう仕事を辞めてスキーをしなくなったせいだと思う。毎日散歩を欠かさずきちんと食事もとり体調管理はしているものの、結局は仕事に追われて睡眠不足やストレスを抱え込んでいた時のほうが何倍も楽しかった。人によるかもしれないけれど、私はストレスがないと生きていけないらしい。

過度のストレスはごめんだけれど、猫のストレスなら幸せいっぱい。長年の野良生活でピリピリしていたノンちゃんはすっかり甘えん坊になって私にべったり。よしよしと甘やかしていると突然野良の本性でがぶりとかじられる。そう、これは幸せなストレスの一つ。今も私の膝でくねくねしているからキーボードの打ち間違い、膝から降ろせば大泣きになく。こんな夜中にどこへ行くというの、外に出せと泣き喚く。熊が出るぞと脅そうにもネコの知識はスズメまで。それ以上大きな動物は人間だけしか知らない。

さてしばらくは毎日決まりきった日々だけれど、月日の経つのは早いもの。すぐに9月になってしまうから修羅場はもう目の前に迫っている。大好きな修羅場が。