2026年9月28日月曜日

富良野の小屋

「富良野は今頃ラベンダーが真っ盛りですよ。それはもうきれいですからぜひ行ってみてください」

大手楽器店のスタッフがそういって勧めてくれたので私は一人レンタカーで札幌を出発した。友人が故郷札幌でリサイタルをするので室内楽をプログラムに入れたいと依頼してきた。まだ私も若かった。仕事は大忙しでめったに休暇がとれなかったのに、その時は珍しくそのあと10日も休みだった。奇跡的!しかも北海道で。これは絶対北海道全域を車で回ろう。

というわけで、私は意気揚々と走り始めた。そのころの北海道は梅雨がなくて、ちょうど本州は梅雨入りしたころ。なんて運がいいのかしら。車はすいているし気候は暑からず寒からず、気分は否応がなしに高まった。それにしてもやけに道が空いているなあ。車とはめったに出会わない。

山に登って途中の山道に車を止めた。窓を開けると鳥のさえずり一つ聞こえない。なんて静かなんだろう。シートを倒してしばらく横になって静けさを楽しんでいたら、山岳パトロールのような車が近ずいてきた。不審そうにこちらを見ているのでシートを戻して山を下りた。自殺でもすると勘違いされると面倒だし。海辺に行ってみた。浜に咲いているのはハマナス?それもまだ咲きそめたばかり。寂しい。

帰り道で狐に出会った。旅行中だというのにたくさんのお土産をいただいて持て余していた。それは生もので賞味期限のあるもので、この旅の中で一人でこれを平らげるのは不可能だから車を停めた。仕方がない、狐さんに少しお裾分けしよう。すいません、これはいけない行動だったのだけど、2・3個、練り物をばらまいて逃げた。

そろそろ富良野が近いはず。ラベンダーが道路の左右にびっしりと咲き誇っているはず。でもそんな光景はまったく見当たらない。草もまだ生えていない。無機質な色合いの畑や周囲の丘などが見えるけれど。もうすぐ宿泊のプリンスホテルに到着するから、そこで聞けば教えてもらえるのかなあ。

ホテルに着いたのは午後4時ころだった。宿泊客の姿は見えなくてホテルも静まり返っている。部屋に荷物を運び入れてくれたスタッフに勢い込んで尋ねた。「ラベンダーはどこで見られますか」「ラベンダーですか?ラベンダーはまだ芽が出たばかりですよ。あとひと月くらい後で花が咲きます」だまされたー!なんてこった。

ホテルの周囲を見ても観光客の姿もない。これ何十年も前の話です。今のようにどこもかしこも外国人観光客がいるわけではなかった。しかも富良野はまだ名前が知れていない。私はスキー場として知っていた。しかし、後に安いスキーツアーに参加したら、同行者も少なく、宿も寒く、ゲレンデは凍り付くようで、リフト3本で凍え死にそうになった。さすがに雪質が良いので、最近は海外でも有名らしいけど。

「それではこの辺に面白いものが見られるところがありますか」「それなら小屋があります。北の国からの撮影で使った小屋です」えー、それはほとんど興味なし。しかし倉本聰さんのお名前に免じて見てやろうじゃないの。行ってみたら想像していたものよりはるかに小さく、これはなんだといえば答えは「小屋」ここまでやっと来たのに一言で済んでしまう。ほぼ感激もしない。

一晩プリンスホテルで眠った。私はしばらくうろついてクマ牧場を見て、山を見て「ああ、きれい!」傍らに同行者もいないしつまらないことこの上もない。たまに一人旅の若い女性に出会うと、そういう人は静かにたたずんでいるだけでは話相手にはならない。同じ雲を見て「きれいねえ」といえる相手がいれば楽しいのになあと思う。クマ牧場にいた中年女性とか、途中のパーキングで出会ったおじさんもとりとめのないことをしゃべるだけ。一人旅はあこがれだけれど、どうも北海道は広すぎて過疎感が強すぎて、私はやはり共感を持ってくれる友達が欲しい。10日の予定が4日となって飛行機に乗って帰ってきてしまった。

倉本さんのご逝去を聞いてふと思い出したこと。テレビでお元気なころの映像が流れた。良いお顔ですねえ。













2026年9月27日日曜日

声楽を始める

もともと歌が大好きで、幼少のころ家にあったレコードのアルバムには、シャリアピンの歌う「蚤の歌」なんかも入っていた。シャリアピンだからヴァイオリンはもちろんハイフェッツ、ピアノはルビンシュタイン、チェロはピアティゴルスキーの時代のSP盤。

ヴァイオリンを始めるまで一切音楽教育を受けたことがないから、それが私の音楽の全部だった。SP盤からLP盤になってからはあっという間にレコードが増えて、シュワルツコップ、モナコ、カラス。そのうちにディスカウ、シュライヤーなど。夢中で聞いた。

中学生のころ、学校から帰るとまずモーツァルトの「シンフォニー40番」それからマーラーの「巨人」または「なき子をしのぶ歌」もちろんディスカウで。それからほかの曲を聴くというのがコースとなっていた。シュワルツコップのモーツァルトの歌曲などは一番のお気に入り。ませた子供だった。ただし音楽の趣味だけの話だけれど。音楽以外は猿で、遊び惚けて蜂に刺されたりしていた。

ヴァイオリンを弾くときも歌の人ならどう歌うかなんてよく考える。ここで、ブレスしてとか。それで、もしヴァイオリンが弾けなくなったら歌いたいとずっと思っていた。

放送関係の仕事をしていた時に毎週のように会った女性コーラスのY子さん。仕事で地方に行くときも一緒に行動するなど仲良くしていただいた。私は歌が好きでいつかは自分でも歌いたいという夢を語ると先生を紹介してくださった。

そして第一回目のレッスン。若く美しい、しかも以前はヴァイオリンを弾いていたというソプラノ歌手が我が家に。あっという間にこの方ならというインスピレーションを受けた。お米じゃないけどひとめぼれ!

発声練習が始まると壁を震わすほどの声量で、かつてロンドンアンサンブルが毎年我が家で練習していた時のことをおもいだした。そしてその説明が、本当にわかりやすい。自分が楽器を弾いているときに考えることも声を出すことも、同じように説明できると思ったら、先生も同じように考えたらしい。ヴァイオリンの発声にたとえられると、ああ、なるほど。

楽しい時間はアッという間に過ぎた。ほんの一時間弱なのにへとへとでもう寝込むほど。体全体を使って声を出すとかなりの運動量らしく、翌日はなかなか起き上がれないほどだったけれど、これで誤嚥が改善されると確信。誤嚥のためだけでなく精神面にもとてもいい。ああ、もっと早く始めるのだったなあとかすかな後悔の念。

先日のコンサートの混乱を拭い去ろうと、バッハのチェンバロ伴奏付きのソナタ第3番を練習し始めるとすがすがしく心洗われるようだった。ああ、ヴァイオリンも歌もいい!








2026年9月25日金曜日

後遺症

疲れがじわじわと私をむしばんでいく。若い時には、コンサート終了当日にはぐったりして眠れば翌日は元気になった。 今は少し違う。

昨日はその前日の疲れで長時間連続の睡眠ができず、それでもいつもより長い7時間。今朝はレッスンがあるのに、夜中3時ころ起きた。これはいかん、もう少し眠っておかないと仕事にならん。でも次の睡眠がなかなか来なくて、昼近くからレッスンが始まったので昼寝のチャンスがなくなった。3時間後、古典音楽協会の定期演奏会に出かけるために、少し眠っておこうかと思った。

けれど疲れが出たせいか急におなかが痛くなってまたまたこれはいかん!鈍い痛みが続く。そのうち友人が来て駐車場の柱の破けたところを直してくれた。しばらくしてもおなかはしくしく痛い。

一年ほど前、リサイタルのご招待を受けて新国立劇場のリサイタルホールへでかけた。二部が終了するころおなかが痛くなって困った。どうしよう、間もなく終了するまで大丈夫だろうか。時々痛みが治まったり急に痛くなったり。プログラムが終わったら一目散に飛び出すつもりがアンコールで会場の照明が明るくなって、観客参加のアンコールが始まってしまった。最後の曲で皆さんが余韻を楽しんでいるのに、私は真っ先にドアへ向かう。

まだ出演者がいるのにまったく失礼な奴だと思われたにちがいない。

そんなことがあって今日はおなかが痛いのでどうしよう。友人に言ったら「疲れているのだから出かけないほうがいいんじゃない」「それはおなかの病気ではなく疲労から来るのよ」そうか、また以前のあの急なおなかの痛みが思い出されてしばし考えた。そして電車に乗ったり人込みを歩いたり、やはり疲労が強い時にはおばあさんは頑張ってはいけない。

そういうわけでご招待してくださった「古典」の皆様、今回は大変失礼ながら初めての欠席です。申し訳ない。皆さん頑張ってくささい。

一昨日のいただきものの大量のお菓子を、今日の楽屋に持ち込んで食べてもらおうとしていた企みを見透かされたようで、ご親切な方々からいただいたお菓子。すべてきらびやかな包装紙につつまれ、女性の一人暮らしでは三か月以上お菓子屋さんができるくらいの量。きれいなお花も。

でもこんな年になってもい花もお菓子もいただけるということがうれしい。皆さんありがとうございます。それで、今日は外出を控えて猫とパソコンで遊んでいる。まだ少ししくしくするお腹はやはり疲労から来るものらしい。私も弱くなったものだわ。







2026年9月24日木曜日

コンサート終了

盛大とは言えないけれど、連休の最終日、雨の中、三鷹まで来てくださったお客様たちでロビーはにぎやかだった。私の新旧の生徒たちも駆けつけてくれ て、中には生まれた赤ちゃんを見せに来てくれた昔の生徒、かわいい、抱っこしたいけれど手が汗で大変なので我慢。

私の晴れ女伝説は終了したようで、小雨が降っていた。長年の習慣がくずれることもあるさ。自分でも驚くほど最後まで疲れなかった・・・と思っていたけれど、家に戻ってお風呂に入って、少しだけラインをして、そのあとは意識不明。目が覚めたらまもなく翌日になろうという時間。

そういえば昔コンサート後、お風呂に入ろうとお湯を出しているうちに眠ってしまったことがあった。翌日目が覚めて水音がするので驚いて見に行ったら、浴槽からあふれたお湯が夜中じゅう流れていたらしい。本当に全精力使い果たすのがいつものこと。お湯は一晩中浴室の掃除をしていたのだ。水道代、もったいないと思ったけれど、案外安いのだとその時知った。日本は水天国なのだ。

三鷹の風のホールは本当に音が良い。気持ちの良い木の柔らかい反響。とても好きなホールの一つ。最初の曲「ふくろう」は良かった。二番目のドヴォルザークも楽しかった。けれど、さすがに三曲目の「ます」はすったもんだ。シューベルトはいつでもどこでも難しい。体力の限りを使っても時々破綻する。「ます」はこのグループでもよく弾くから安心感があったけれど、私は「ます」は一番こわいよとリハーサルの時から言っていた。だから一番最後まで集中力を切らさないようにとも。

しかし限界が来たようだ。「ます」を弾く前に私はエネルギー補給のパウチを飲んだ。自分はのんだけれど、ほかのメンバーの分を持ってこなかった。持ってくるべきだったと後悔した。お疲れさま、本当にお疲れ様。年齢を盾にして演奏をごまかすのはやめようねと私は言っていたけれど、やはり現実は相当きつかったようだ。

それでもロビーに集まった人たちは嬉しそうに笑ってくれる。優しいのは時には毒となる。甘やかさないでと言いたい。年寄りを大事にするのと甘やかすのでは大違い。私は75歳まで現役だったけれど、その間一度も甘やかされなかった。絶対に時間を守ること。音を間違えないこと。仕事は厳しかった。それでも仕事は楽しい。ミスをするのは許されないし、練習に多大な時間を使ってもやはり、それはすごく幸せなことなのだ。それを怠って年に免じて許されると思ったら大間違い。だから演奏家は猫の中でもトラかライオンまたは豹。







2026年9月21日月曜日

台風接近、三原綱木さん訃報

私の居住区ではまもなく線状降水帯接近警報が出ている。今日は東京ベートーヴェンカルテットのコンサートにご招待いただいているけれど、これから接近する台風におびえて外出はできない。明後日は自分たちのコンサートなので、今日万一のことがあったら取り返しつかないし、本番が行われるかどうかもわからない。

ほぼ毎回聞かせていただいているから、今日は仕方がない。お休みさせていただこう。うちのほうはもう数時間とないくらいの猶予らしいのだけれど、一向に雨風が強くならないから、同じ県内でもコースが外れているのかもしれない。そう思わせていきなり風雨が襲ってきてえらい目に合わないとも限らない。最近の気象異常は手加減なしの暴風雨。

ここ数日リハーサルのため三鷹の風のホールに通っている。一か所気になる場所がある。盛土した住宅の外側のコンクリートが曲がりくねっていて、いかにも内部の土が押し出しているような気がする箇所が。深大寺付近の静かな公園などのあるところで、毎回車で通ると思わず凝視してしまう。

一時間ほど前にテレビでまもなく私の住居あたりに接近すると警報を出していたけれど、まだ雨は静か、時々猫が外を覗いては帰ってくる。・・・と、今にぎやかにテレビから警報音が鳴った。まもなく台風接近だそうでドキドキ。猫はとみればベランダのエアコンの室外機にのんきに座っている。彼らがのんびりしているうちはまだ大丈夫かな。

実は最近はもう引退するのしないのと迷っていて、ステージドレスもステージ用の靴もほとんど処分してしまったので、手元にあるのはほんの少し。お気に入りのものはたいていウエストサイズが合わなくなっている。靴も現役時代は9センチのヒール、いまや不格好なロウヒール、いつまでも素敵でいたいと思っても現実はどんどん魔女化。

そうそう、北川曉子さんの訃報の数日前、ブルーシャトーのヒット曲のある三原綱木さんの訃報も聞こえた。綱木さんは私の二つ年下、一世を風靡したころからの同業者だから、これもショックだった。彼の類まれなテンポ感はバンドのメンバーたちの絶大な信頼を得ていた。長年ビッグバンドのリーダーとして人気を博していた。紅白歌合戦の音の責任者としての立場はすごくプレッシャーもあったと思うけれど、常にニコニコと明るく機転が利いて、時々放送局側に歯に衣着せぬ発言をした。時にはハラハラしたけれど、メンバーたちはそれで自分たちの代弁者としても彼に頼っていたと思う。稀な才能だったなあと思う。

ご冥福をお祈りします。









 

北川曉子さん

 訃報がとどいた。私と曉子さんは同世代。学生時代からその演奏の優秀さは聞かされていた。武蔵野音楽大学で学ばれていたけれど、のちに東京芸術大学の教授として数多くの演奏をされていた。私は何かとご縁があって、時々コンサート会場などで出会うと「あら、今日はなんでいるの?」なんて立ち話。

その後妹さんの靖子さんと非常に親しくお付き合いさせていただいた。このnekotamaには亡くなった靖子さんとの悲しいお別れを投稿したので読まれた方もいらっしゃるかも。

もともとは私がオーケストラに入ったころ、新人の私を特に認めてくださった彼女たちのお父様との交流が事の始まりだった。

当時、お父様の北川さんはNHK交響楽団を定年退職、私が新人オケマンだった東響にエキストラとして時々来られていた。温厚でやさしく、新人の私に貴重な演奏の知識を教えてくださった。「ここの指使いはこうやると簡単なんだよ」「この形は全部シフトを同じにするとどこにあっても使える」など。本当に現場での知識はのちに私の貴重な財産になった。

それから数十年後、立派なヴァイオリニストとして出会った次女の靖子さんとは、彼女の最後の日までメールをやり取りするほど仲よくしていただいた。彼女が亡くなる直前に京都や奈良のお寺を巡る旅をした。そしてお姉さまの北川暁子さんとは某演奏団体でのご縁や妹さんとの交流で、曉子さんのベートーヴェン連続演奏という偉業にも参加できた。

その当時、私は彼女に訊いたことがる。「どうしてこんなに膨大なベートーヴェンの曲をおぼえていられるの?」彼女は何事もない様子で「うん、脳みその抽斗を開けると全部入ってるのよ。それを時々ちょっと取り出すだけ」抽斗ほしい。でもそんなものを持っている人は世界にも稀でしょう。

妹さんが逝ってしまってからも何回かコンサートは聞かせていただいた。バッハの有名なシャコンヌをブゾーニ編曲で東京文化会館で演奏したときは暗譜でなかったので、珍しいことがあるものだと思った。さすがの曉子さんもこの複雑な曲を演奏するのは大変なのかと思った。

最近北川さんが亡くなったと聞いて、まさかと半信半疑でいたけれど、今朝電話で訃報を知らされた。本当に寂しく悲しい。特にお父様からのご縁と二人の姉妹との交流があった華やかな時代の楽しい思い出は尽きない。まもなく私も行くのでまた仲良くしてくださいね。

ご冥福を心からお祈りします。






2026年9月19日土曜日

シルバーウイークの天気は?

私の相棒のピアニストSさんが、台風の影響で20日のコンサートの中止をやむなく決定したという知らせ 。一年かけて準備したコンサートがなくなるというのは、本当に気の毒で胸が痛む。

いつも共演を誘ってくれたけれど、今年は私はほかのメンバーとのピアノ五重奏のコンサートが重なり、また次回一緒に弾こうねと別々に弾くことになった。私たちの23日のコンサート直前で、Sさんのほうの中止の知らせを受けたときには人ごとではなくがっかりした。

彼女のち密な演奏は常に周りを凌駕している。私の演奏のいい加減さを彼女がいつも手綱を取って修正してくれる貴重な存在なのだ。去年、彼女からブラームスを弾かない?ということになったときに私はまだ引退の考えでいたので、引き受けるのを躊躇していた。ほかのグループからの気楽に弾けるピアノ五重奏曲の話に乗って、ブラームスはもう少し復活してからと断った。ピアノ五重奏のほうは曲が楽しい。シューベルトの「ます」以外は気楽だし、老後の楽しみとして弾けるかと思ったけれど、いやはや、これがちょっと辛いことになった。

年齢はみな70~80代。かつて華やかに活躍した時期はすでに過去のこと。練習がなかなかすすまない。譜読みの遅さがまず気になる。長年オーケストラで演奏していた人たちも、もはや現役から遠ざかり、おい、生きてるかと揺さぶりたくなるくらいのんきになってしまった。休憩時間の元気さとは反対に、変拍子の続く新しい曲では途方に暮れたようになっている。やっとその段階から脱却したのがついこの間。

ようやくなんとか本番ができるかなと、昨日は会場の三鷹市芸術文化センター「風のホール」で最後の音合わせがおわった。幸い私たちは23日が本番なので、台風は過ぎ去った後、これは非常に幸運だった。21日には東京ベートーヴェンカルテットの演奏会が武蔵野市民文化会館であるので、それも聞きに行く予定だったけれど、台風真っただ中でどうなりますことか。ベートーヴェンカルテットのチェリストのNさんも同窓生で他人ごとではない。

私は非常に晴れ女で、ほとんどの本番は晴れる。長野県の松原湖のコンサートの時は、本番開演と同時に青空が広がった。たいていそういうことになるので今度もなんとか晴れると期待しているけれど、最近の気象事情は生易しいことではないから、期待しないほうがいいかもしれない。

9月23日(水)14時開演 三鷹市文化センター「風のホール」

1)ステファン・シェーファー: ピアノ五重奏曲「ふくろう」

2)ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲 イ長調

3)シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」

「ふくろう」とは聞きなれない曲名と思いますが、AIによればドイツ系?の作曲家であるらしいシェーファーさんの大変楽しい曲です。あまり情報量がなくて私たちも良くわからないけれど、日本的なふんいきもあり、非常に魅力的です。

怖いもの見たさに駆けつけてくれる人たちもいれば、生存確認の同年齢もいれば、会場でお目にかかれればうれしいです。