2026年9月9日水曜日

線状降水帯

毎日毎日・・・なんでこんなに不快な気候が続くのか。まったくおひさまにお目にかかれない日、日本のどこかで車が水没して人が亡くなる。私のインフルエンザはどうしても私を見放してくれない。食慾がない。もう1週間以上ご飯がのどを通らない。果物は卒業したものの、固形物が食べられる日はくるのかしら。

昨日線状降水帯が発生するというので、猫たちをしっかりと家に閉じ込め、眠れぬ時間を過ごした。けれど、テレビ放送の騒ぎにも関わらず、ほとんどしょぼしょぼの雨がわずかに通り過ぎたに過ぎない。今朝勢いよくグレちゃんが入ってきて、おいてあった餌をむしゃむしゃ食べてまたすぐに出て行った。今日も午後からは線状降水帯がお通りになるというから、早めに買い物に行く。

やっと今朝からおはぎがのどを通った。1週間ぶりの固形物。近所のお米屋さんがおはぎを売っているのを思い出したら食指が動いた。お米屋さんの若主人が出てきて、餡と黄な粉を出してきたので両方いただいて帰ってきた。久しぶりでコメを食べる。普通のご飯にしてはずいぶんおいしくない。お米屋さんだからもう少しおいしいかと思ったのにと、胸の内でつぶやきながら。炊き方が悪い。

たぶんお兄さんは普段自宅のご飯も炊いたことがなさそうな。米屋の跡取り息子、だいじょうぶかい?本当のこと言えば、少し歩けばすごくおいしい和菓子屋さんがあって、そこまで往復できる体力がまだないのだ。それでも味が変わるのはいいことで、久々のおはぎはのどを通過してくれた。もうそろそろ元気にならないと練習にも差し障るので、無理しても食べることにした。

しかしコメの威力は絶大で、急に食事をした気分、間もなく元気になれるでしょう。インフルエンザに罹ったのは思うような練習の進捗がなく、それを気に病んでのことと思う。熱帯性の気候は穏やかな秋の日を期待していた日本人の心を折るのに十分だった。いまだに楽器を持ち上げる気力もわかない。困ったことで。これほど毎日湿度の高い熱帯性気候が続くと、日本はこの先やっていけるのだろうかと心配になる。

ヨーロッパを旅行している私の英語の先生のルースさんからメールが届いた。そろそろ日本に帰るからお目にかかりましょうと。彼女は本当に旅が好きで、私だって英語ができれば一人でさっさと旅するさ。でも私は語学力がないからきっとどこかで路頭に迷うだろう。彼女は世界中どこでも大丈夫だからうらやましい。

それならルースさんと一緒に行けばいいじゃないかと思うかもしれないけれど、二人とも超マイペースだから勝手に行動するに違いない。私も周りをはらはらさせるのがいつものことで、エジプトでもニューヨークでも、とっとと一人で出かけて周りの人たちをはらはらさせてしまう。なに、人類みな兄弟ですからね。

一番はモンゴルで初めて大草原を馬で走ったとき、あまりの嬉しさに一人で疾走したとき、現地の子供につかまって、それ以来単独行動禁止にされた。といっても現地の人方見ればほんの駆け足程度の速さ。現地人の乗馬テクニックはとんでもなくすごいので、私が走ったのは猫の散歩程度の速さだったと思う。

あの元気さはいまや私にはない。いまや、インフルエンザでゴホゴホとせき込みながら明日の練習を気に病んでいる1人の老人に過ぎない現状。早く元気にならねばという思いは、もうそれだけのエネルギーが枯渇し始めている証拠なのだ。若いころ、もっともっと世界中を暴れまわればよかったなあ。

チェスタートンやクリスティーやコナン・ドイルものを原書で読むのが来年のテーマなのだ。読めたからと言ってどうこうするものではないけれど、原書で読むと本当に面白い。これは翻訳者のせいではなく、これが長年の歴史によって作られた文化というものなのだろう。中国語なんかはもう手遅れだと思うけれど、あと10年あれば勉強してみたい。









2026年9月5日土曜日

主食は果物

インフルエンザは完治したけれど、食慾はまだ戻らない。 ひたすら水分と糖分が欲しい。心の声に従って朝ごはんは大きな桃1個とイチジク2個。コーンスープ。昨夜、会場練習のあった三鷹の風のホールからの帰宅途中で買い物でもしようかと思ったけれど、食慾がないのでさっさと帰って久しぶりに髪を洗って寝てしまった。あらったのは4日ぶり、やっとさっぱりしたのでぐっすりと、しかもあまりにも疲れていたのでほとんど途中で目を覚まさなかった。

ごはん、パンの類の主食もいらない。しかし途中でふと頭をよぎったのは、焼いたサケの切り身、珍しい。数日肉も全く興味なく卵もいらない。普段は必ずタンパク質から献立を考えるのに、今週はまったく興味がわかない。こういう時は自身の内なる欲求に従うのが一番いいのではと考える。でもサケが出てきたので今日の昼あたりから普通にご飯、みそ汁焼きサケにしてみようかと思う。お寿司がいいかもしれないとも。

昨日は珍しく家に早めに戻ってきたのんちゃんが一緒に寝てくれたので幸せに就寝。こんな小さなことでこれほど幸せな気分になれるのかと思った。信じられないほど疲れたリハーサルの後でのドライブも快適で、車好きの私には運転は最適の気分転換。周りでは高齢の私が運転するというと必ず心配するけれど、私は結構面倒くさいことが好きなのだ。あれこれ考えながら運転していると家に戻るまで退屈しない。逆にリラックスしてふんぞり返って運転していると疲れる。

物事すべてパズルを楽しむ風に解いていけば退屈知らずで注意力も落ちないというわけ。だから日頃から緊張するのはいいことだと思っている。ヴァイオリンを弾くのも謎解きだと思えばいい。でも昨日はさすがに限界だった。4日間楽器に触らず食事もせず、とにかく行かないといけないという義務感で参加したリハーサル、最後はもう何を弾いているのかわからないボロボロで、背中の筋肉が悲鳴を上げる。あら、あなたたちこんなところにいるの?と再確認したほど背筋が存在をアピールしてきた。

隣で弾いていた若者がわれ関せずとサクサクと弾いてくれたおかげで私はやっと生きていた。6歳のころから私が教えたSちゃんは、いまやもう立派なプロとして今回の老人クインテットの一部を担当してくれる。頼もしく成長した彼女は私の世話を焼きながらしっかりと演奏して揺るがない。こんなうれしいことってあります?いつも自分の幸運を感謝している。

私の音程の悪さ、リズムの乱れなどをさりげなくカバーするところなどはもう立派な名プレイヤー、そして彼女は今メンバーとして「古典音楽協会」のステージに立ち始めた。次回の定期演奏会が9月25日横浜みなとみらいホールにて行われる。毎回上野の東京文化会館での定期演奏会だったけれど、文化会館がしばらく改修工事に入るため、来年からもしばらく様々な会場を使うことになる。今回の定期ではSちゃんもソロを弾く。すでに数回のソロを体験させてもらってのびのびと成長する姿が頼もしい。

これでもう私の世代が間もなく終わる。今日の果物は梨。そして今日は驚くほどの美しい夕焼けまで見せてもらった。これで世界が平和だったらどれ程よかったかと思う。まあ、仕方がない。自分の周囲のことのみだけど 、穏やかな夕暮れの残照が消え入りながら夜になってゆく美しさを堪能した。


2026年9月3日木曜日

病み上がりなのに

今日は我々のコンサートの会場練習が行われる日。まだ食べるものもほとんどのどが通らないというのに、一日バイオリンを弾くという初めての挑戦、しかもこの年になって、まあいいでしょう生きている証と思えば。心配は車の運転、慎重の上に慎重に。

風邪薬は昨夜で飲むのをやめたから午後からの外出は影響なし。一番の焦点はそのことで、私の素晴らしい運転経歴に傷がつかないよう祈るのみ。ただいま自動車保険の私のランクは20等級、これは最高の等級なのです。

車がないと私はもはや演奏できない。楽器を持って歩くこともそのほかの荷物をさらに持つなどもってのほか。我が家に執事がいて後ろから捧げ持ってくれるなんてこともないし、本当に今回のコンサートが最後になるとじっかんしている。猫が二匹無駄になついてくるだけでは何の役にも立たない。

その猫二匹、なんだか雲行きが怪しくなってきた。この夏の終わるころ、雌猫のノンちゃんがやたらと遠くを見ながらベランダで張り込んでいる。何かを待ち受けているようで、時には夜中もじっと。家に入らず徹夜で見張っている。時々声を出して誰かを呼ぶようなしぐさ。一日一回は顔を出すものの、時々餌も食べない。そして昨日は夕ご飯のあと、どこかへ行ってしまった。夜中に駐車場で抱っこして家に入れる毎日だったけれど、昨日は深夜になっても戻ってこなかった。

もともと野良猫だからいつかはこうなることを期待していた。彼らが我が家でしか餌を食べないとなると、私はいつも家にいないといけない。外出もましてや旅行もできなくなる。野良だったのだから自分で何とかするとはおもっていても、一度面倒を見たらこちらに責任がある。しかしもう一軒私のような家が見つかったら私の責任は半減する。

本当に心配していた。特にノンちゃんは人なれしない神経質な子で私以外の人には手を触れさせなかった。もしノンちゃんが馴れて餌をもらえる家があれば私は旅行にいけるのです。雲のようにふわふわと何処へでも流れていきたい私にとって、じっとしているのはこの上なくつらい。しばらく海外へも出かけていない。

もしのんちゃんが安心できる家が見つかったら私はどこへ出かけたい。今の私の夢は雲になることなのです。





2026年9月2日水曜日

涼しくなったら

やっと涼しくなってきたら、のどが痛い。風邪気味でだるい。

音楽教室の発表会に向けて弦楽アンサンブルの総仕上げの段階に入る。毎年夏に合宿をしていた。コロナの影響でこの数年いろいろあって、時にはスケジュール変更でばたばたした。越後湯沢や北軽井沢に宿泊してみっちりと練習をして楽しく過ごすというのが恒例だったけれど、その後は都内での宿泊なしの合宿、練習後のビールが楽しみな一日を過ごす、それが定着した。

メンバーがほとんど変わらず、長年の間には結婚や出産、転勤など人生の大きな節目に休んだとしてもまた戻ってくるというような形で維持されている。結成当初からのメンバーのほとんどがいまだに中心になって結束が固い。思えばnekotama家の音楽室から始まったこのアンサンブルの源流。その後渋谷の音楽教室で新たに継続されて、今年で何年目になるのだろうか。

今年はもう一人新しいメンバーが入会予定で、また充実しアンサンブルになることを期待している。今回の都内合宿は本番前の最後から二番目の練習で朝10時から午後4時半までの長丁場だったけれど、簡単なことの繰り返しをいとわず黙々と練習に励むメンバーたち。このコツコツと努力できるというところがこのアンサンブルの最大の長所。

特に今回ハイドンのシンフォニーの「エコー」が曲目と聞いて私は少し困ったなと思った。実は楽譜を見れば実に簡単な譜面ずら、こういうのが一番難しい。時々こういうアンサンブルには腕自慢がいてこんな簡単な曲は退屈とばかりにまじめに取り組まない者もいたけれど、周りの生真面目さに淘汰されてしまって今は超真剣な純粋さが全体を覆っている。

ハイドンの素晴らしいところは純粋な音楽とユーモア、人間的な温かみ、よく知られているのは驚愕シンフォニーのようなものがあるけれど、実際に演奏してみると決してごまかしの効かない厳格さもあり、それこそが彼の音楽の基本ではないかと思う。

そして今やわれらの音楽教室アンサンブルもその神髄をつかむべく練習にいそしんでいるというわけで、今回の都内合宿も無事終了した。終わった後でみんなで食事をするつもりだったけれど、どうも私は妙に具合が悪く先にお暇することにした。

帰宅するまでは気が張っていたらしく無事だったけれど、その先はもうここには書くことができない惨状が待ち受けていた。何が何だかわからないけれど、もはや気分が悪く起き上がれない。ひたすら横になって動けない。次の日近所の病院へ行ったら診断はインフルエンザだった。でもよかった、合宿に穴をあけずに済んで。今日やっと初めての食べ物を口にして三日間の断食終了。

少しはやせたかと思ったけれど、なんだかあまりウエスト周りは緩くならない。これは本当に残念なことで。












2026年8月21日金曜日

自殺未遂

 私はどれほど悲しくてもどれほど悔しくても死にたいと思ったことはない。生きているのがうれしくて死ぬことを考える暇があったら、次はなにをしようかと面白そうなことを考える。

その私が…自殺しそこなったのよ。すべてが粗忽者の自分のせいなんだけど。

数日前のこと、食器を洗っていた。マグカップの底にコーヒーのシミが付いていて取れないから漂白剤をヒュッと一吹きかけておいた。ほかの食器を洗ってちょっとその場を離れて戻ってみると、なみなみと水の入ったマグカップ。ちょうどのどが渇いていたから取り上げて口元までもっていった。そして違和感が!あ、しまった。このマグカップはさっき漂白剤を吹き付けていたものだ。

間一髪、口に含みそうになった水を飲むまいと思ったけれど、すでに遅し。口にほんの少し含んでしまった。踏みとどまろうと思ったけれど、年のせいで反射神経が弱っているから、ちょっとのどを通過してしまった。嫌なにおいと味。でもすぐに大半は吐き出せたと思うけれど、どうしていいかわからないから、とりあえず口を漱いだ。何回も何回も。

そのあと大量に水を飲んで胃液を薄める。これで正解かどうかはわからないけれど、しばらく嫌な焼けるような刺激があって、のどが痛い。飲んだ量はスポイトの一滴くらいだろうから命に別状はないと思った。それでも口の中は、とりわけのどの粘膜は少しヒリヒリし続けた。次の日、声を出すのが少しつらい。けれど今日で三日目だから痛みも消えて、生きている。良かった。

これからこんなことが続くようになると、粗忽で命を落としかねない。死ぬなら苦しまずに死にたい。漂白剤で死ぬのはあまり気分のよさそうな死にざまではない。何よりもおいしくない。

そのうち、北軽井沢で一人で住むことも選択肢の一つなんだけれど、うっかりやの私は誰かがそばについていないと何をしでかすかわからない。例えばあの家で階段から落ちて足を痛めてあるけなくなり、スマホがそばになく外部と連絡も取れないとなったら孤独死しかない。

別荘の管理人さんが自宅のウッドデッキを踏み抜いて足が腿まで入ってしまった話を聞いた。彼女は独り住まいで、すぐに足を引き抜いて事なきを得たけれど、もし足が抜けなかったらデッキで凍死するところだったという。こういう森の中の一軒家は危険がいっぱいだから必ずスマホを持っていたほうがいいですよと助言された。

でもいつでもスマホを持っているとは限らない。例えばトイレのドアが何かの拍子に開かなくなったら、庭に熊が来たら、イノシシが庭の下を流れる小川を伝って現れたら・・・とか自然がいっぱいの森の生活は危険もいっぱい。

私はあまりものをなくすのは惜しまないけれど、若さだけはもう少し残ってほしかったなあと思うのです。体力と気力、戻っておいで!






2026年8月20日木曜日

後悔はあとで

 岸恵子さんが亡くなって一時代が終わった感がある。

本当にきれいな人だった。私はきれいな女性が好きで、自分にないものをたくさん持っている人は常に羨望の的だった。彼女もそういう人だった。ただ美しいだけでなくしっかりと己を確立したまれにみる才女。知性と行動力と情熱と、どれもが私には不足しているものだから、本当に尊敬の的。

私が見た映画は「修善寺物語」なぜか母親と二人で見たのだった。まだ私はそのころ大人未満の年齢だったと思うけれど、内容はともかく岸さんの妖艶さに目を見張った。今脳みその奥からその時の印象を引っ張り出そうとしているけれど、あまり出てこない。しかし全体の雰囲気からの恐怖感、特に彼女の首筋の緊張感がなぜか思い出される。

今朝のモーニングショーでのインタビューの思い出では「私は決心と行動は早い、後悔は…あとから考える」といった言葉。それが彼女の人生のモデルなんだと思う。いいですね、後悔はあとで考えればいいのよね。生きている以上行動するという姿勢が素晴らしい。

私も決心と行動は早いけれど、知性の裏打ちがないから昨日のように失敗する。あまりにも稚拙な行動であったと反省している。今頃になって。でもね、これはコンサートの前だからであって、何も予定がなければちんたらと高速道路を通らずとも、下の道を悠然と走っていたかもしれない。

私は引退を決意したのはもともと最初から80歳になったら引退と決めていたからだった。さすがに80になったら指も動かず脳みそもぐずぐずで役立たずとなっているであろうという見通しだったけれど、いざその年齢になったら、あれ?まだ大丈夫かな?

客観的に見れば本当に大丈夫ではないけれど、自分が許せばなんだってまだ、大丈夫。ついでに周りの皆さんにも我慢していただければまだやっていけるのではないかと。ごめんなさいね。

しかし、今回のプログラムは考えていた以上に重かった。というか、老化の速度が考えている以上に速い。なにかで読んだけれど、80歳を超えた老化は1年間に若いころの3倍の速度で進むのだそうで、さもありなん。実際に進行の速度は思ったよりも早い。去年何でもなかった指が少し強張ってきている。花もしおれかかるとあっという間に枯れてゆく。

それで考えたのは指を使わなければいいのでは?声はまだ出るかも。以前から気になっていたのは誤嚥が頻発した時期があった。のどの筋肉の衰えが始まったらしい。のどを丈夫にする運動などもあるけれど、やってみると実に詰まらない。歌が好きだから声楽を習うことにした。

ヴォイストレーニングを始めよう。コンサートの前は無理だけど、終わったら若い先生が私の面倒を見てくださることになった。若く美しく知性的だそうで、本当に楽しみ。今から時々声を出してみると、夢と現実のはざまでがっかりするけれど、後悔はあとでね。岸恵子さんの言葉が私を力ずけてくれる。

















2026年8月18日火曜日

やっと来たチャンス

朝目が覚めたら素晴らしく気分がよい。目ははっきりと見え、いつも気分が悪い寝起きのなんとさわやかなことか。 午前3時、チャンス到来、この機を待っていた。

今週水曜日に軽井沢でランチの約束をしていた。土日はまあ、避けたほうがよい。けれど今週はアンサンブルの練習も中休みだし、お盆が終わったから道路は渋滞なしであろう。さすがの軽井沢方面も道はすいていると見た。やっと北軽井沢に行ける。うれしくて鼻歌交じりで準備オーケー。天気はここ数日晴天らしい。昨夜の道路交通情報によれば渋滞なし。完璧!

4時には出発できる。冷蔵庫を調べ残り物がないか、ごみはまとめてあるかチェック。外に出ると猫が朝のご挨拶。君たち少し長めの外出だから餌は置いとくけど、明日朝来るお兄さんがくれるまでよそのお家でもらってね。

4時はまだ暗いからもう少し明るくなってから出よう。ふと先日買った楽譜を思い出した。ちょっと目を通しておこう。「ちょっと」が結局3時間。気が付くとおひさまは燦々といかにも暑そう。あわてて交通情報を見直す。やはり渋滞はないけれど、見慣れないマークはこれはなんだ。

電話がつながる時間になったので電話で問い合わせると、怪しいマークは高速道路の落し物の処理とからしい。「特に渋滞の予報は出ていません」と交通情報のお姉さん。しめしめ、なんと幸運な。

ゆったりとした気分で車を出す。一般道も全く渋滞なし。いつもは目も当てられないほど混んでいる環状八号線もあっという間に中央道の交差点まで到着。その前に大体何時ころ到着できるか調べよう。カーナビを点ける。ヒエッ、4時50分?14時の間違えじゃない?いや、数字の後にPMとついている。何回見ても同じ。今10時を回ったところ。この後約7時間。思ったときにはハンドルを切って右折車線へ。その決断の速さが後悔のもと。

自宅にUターン。昔、軽井沢に別荘を持つ友人が13時間かかってもまだ着かなかったといっているのを聞いて、軽井沢イコール渋滞の文字が頭をよぎる。しかし交通情報のお姉さんが渋滞しないって言ったじゃない。路線図にも赤い色は少なかったじゃない。どうしてどうして。でもこの後7時間運転はできない。熱中症にもなりかねない暑さだし、私はもう年だから自信はない。逃げるが勝ち。涼しい家に帰ろう。

明日会う予定の軽井沢のY子さんに電話するとびっくりして「変ですね」という。変なのよね、どこが渋滞なのかしら、でも7時間の運転は無理だからと約束をキャンセルした。帰宅するとすぐ情報を確認、相変わらず高速道路は真っ白だし事故情報もない。やはり軽井沢周辺の観光地がこんでいるのだろう。

ショックですっかり疲れて眠り込んだら、目が覚めたのは午後6時。いくらでも眠れる。近所のスーパーで帰宅途中に買ったトンカツと大きなおにぎりをもさもさと食べる。私は普段はすぐ胃もたれするのにショックを受けたりしたときには馬鹿食いする。そういう時には巨大なエネルギーが作用するらしく、なぜか胃もたれしない。そもそもトンカツなんて1年に数回も食べないのに。

夜、軽井沢のY子さんに電話をした。「変ですねえ、どこが渋滞だったのでしょうね。軽井沢も渋滞はほとんどしていませんけど。あ、もしかしてカーナビの検索条件を一般道優先にしていませんか?」それだ!しまった。重大な早とちり。

自分で自分をなぐりたい。せっかくの1年に何度もない空いた高速道路を走る幸せをのがしたのだ。あそこで急にUターンしなければ、落ち着いて考えれば・・・

すべては私のせっかち及び早とちりに尽きる。そのうかつさで行倒れの人を抱えて「お前は俺?こんな死に方しちまって。死んだのはおれ?するてえと、抱えてるおれはだれなんだ?」落語を思い出しましたよ。今夜は北軽井沢で落語を聞いて笑おうと思っていたのに。

はい、お粗末様でした。