2026年7月7日火曜日

猫の足かせ

 最近とんと北軽井沢に行かないのは、猫のノンちゃんがドライブを好まないというところに原因がある。まず車のエンジンをかけたところで大鳴きに鳴き始める。その後ドライブの約4時間ほど鳴き声は止まらない。運転よりもその鳴き声でわたしはまいってしまうのだ。

森に到着しても滞在中はずっと不機嫌で、宥めてもすかしてもご機嫌斜め。斜めだけならいいけれど、トイレや食事にも差しさわりが出てくる。トイレの我慢で膀胱炎になったり、便秘したりするらしく、体調が悪くなってしまうので大変なのだ。

最近ずっと車にはいつでも出発できるように最小限の荷物を積みっぱなしにしてある。この数日は忙しくないからあの森の中の一軒家に行ったらさぞや気持ちがよかろうと思っているのに、いざ行くとなると考えてしまう。そういう事情なので今朝は何が何でも出かけるつもりでいたけれど、結局猫の体調が悪そうで延期になってしまった。

猫はいつもなら夜明けとともに外に出る。外で最小限のトイレを済ませて朝ごはんを食べに戻ってくる。そのタイミングで捕まえてケージに放り込もうと待ち構えていると、さすが猫は魔物、気配を察して逃げられる。どんなに平常通りにふるまっても殺気を感じるらしくつかまらない。

それで出かける数日前からそうっと荷物を車に積んで、後は猫を捕獲するだけにしておいてもわかってしまうらしい。いつまでも待ってはいられないから今日こそはと夜明け前に起きて待っていた。そして予定通り、後は猫次第となったころ、ノンちゃんはいつもの元気がなくて私にずっとしがみついていた。気が付くとどうやら熱があるらしい。猫の体温は人よりも高いのは知っているけれど、それでもいつもよりずっと熱く感じる。

必死で私にしがみついて離れない。これはちょっと変だと思ったからずっと抱いていた。あまりスキンシップを好まないノンちゃんにしては珍しい。かなり高熱と食慾不振があるみたいで、これでは4時間のドライブはかわいそう。せっかく昨夜は早く寝て今朝の寝覚めは上々だったのに、明日でもいいかとあきらめた。そして今日は珍しくノンちゃんは家から出なかった。

昨日大きなトカゲを咥えてきて私を震え上がらせたノンは、私への捧げものだと思ったトカゲをその場で食べ始めた。私は遠巻きにして「やめなさい、逃がしてやりなさい」とわめくのに、結局全部食べたらしい。野生動物は毒がありそうでこわい。そのせいで体調が悪いのかもしれない。今朝トカゲの残骸を探しても何も残っていなかったから完食したらしい。

そのせいで私は出かけるタイミングを逃し明日はどうしようか考え中。気勢をそがれて明日はもう早起きできないかも。私も最近は毎日調子がいいわけではないから、明日の寝起き次第。しばらく海外旅行行ってないからカーボベルデに行きたいけれど、毛皮を着た足枷がいるのでしばらくお預け。













カーボベルデ

初めて聞いたこの国名。サッカー のアルゼンチンとの試合がなければ出会わなかった。

人口60万人ほどの、日本の滋賀県ほどの島と周囲の小島からなるアフリカの海に浮かぶ無人島。ポルトガル人がこの島を発見、統治していたが1975年独立した。公用語はポルトガル語。

この国のサッカーの歴史は浅く、しかし進化の速度が速い。2026年というから今年、特に強くなったという。何なのだこれは、全然聞いたことのない国が突然強豪国入りしたというのは。それにはこの国独自の進化の環境があったという。国が狭いことが幸いして、選手同士が幼少期からの知り合い、家族ぐるみのつながり、小さなクラブが協力し合うという条件があった。

そして、カーボベルデの音楽はリズムと身体性が強い・・ここまでAIの知識をお借りした。

ここで音楽が出てきたのはAIさんが私の職業に気を配ってくれてサービス精神を発揮したものと思われる。私は音楽家だけれど、運動神経はかそけきもので、小学生の時は跳び箱飛べない、逆上がりできない、走れば転ぶと散々だったけれど。

AIからの助言は 「北風が勇者バイキングをつくった」というノルウェーの諺を彷彿とさせる、非常に詩的で力強い表現ですね。厳しい環境や逆境こそが、人の肉体と精神を鍛え上げるという真理を突いています。この「環境が人を強くする」というテーマは、人間の身体づくりにおける科学的な側面や、数々の名作・格言でも共通して語られています* だそうです。
私のように過保護で甘やかされた人間はろくなものにならないということですね。一生かかって証明したのがこういうことで面目ない。もし来世があれば、私は筋肉粒々のアマゾネスに生まれ変わろうと思います。「粒々」?この変換笑ってしまう。これは現状のこと、理想は「隆々」時に変換が本質を突くことがあるけれど。なにも私の筋肉の弱さをここで暴露しなくてもいいんじゃない?
横道にそれました。元に戻ることに。
身体能力のほかにカーボベルデの人々は人口は少ないがヨーロッパで活躍している選手が多いことと、ポルトガル語が話せるということも有利に働いている。
サッカーについては私はあまり知らないけれど、この国のことがすごく魅力的に思えてきたので行ってみたいなといういつもの病気が出てきました。ポルトガルやオランダから飛行機で行く。静かなリゾート地であるらしい。費用もあまりかからないらしいが、日本からのツアーなどはないそうで様子がわからない。治安も良いとのことですが、夜に出歩くのはやめたほうが良いと。まあ、これは外国だったら知らないところを夜に歩くのはおすすめしないけれど。日本からでもそれほど行きにくくはないらしい。実現できたらいいな。調べてみよう。
ところで音楽については魅力的な情報が。モルナという音楽があるそうで語源は、島を離れる寂しさ、海のかなたの家族への想い、人生の切なさ など哀愁を帯びた伝統的な音楽でセザリア・エヴォラ( sezaria/evora )という女性歌手が有名であると。You Tubeでも聞けるそうだから聞いてみようかと思う。
私の「どこかへ行きたい」病の最有力候補になった。なんて魅力的な国なんだろう。でも、これでサッカーに強いと分かってブームになる前に行きたい。猫が足かせとなってかわいいけれど、困った。













2026年7月5日日曜日

少し早めのお知らせ

ピアノ五重奏演奏会

9月23日(水)14時開演 

三鷹市芸術文化センター 風のホール  

ステファン・シェーファー:「Owl」 

ドヴォルザーク:作品81

シューベルト「マス」

大変魅力的なプログラムであります。

出演者もかつてはみな魅力的ではありましたが、少し足元が覚束ない。しかしステージ上の自分の椅子まではたどり着かないといけない。そして今プログラムの作成に大わらわ。大わらわとは兜を脱いだ時に髷がほどけて落ちた様らしいのですが、それがどうして童になるんでしょうね。後でAIに訊いてみよう。童の髪の毛は絵やなんかで見るときれいに切りそろえてあるけれど、庶民の子供はきっと残バラ髪だったのでしょうね。

本番までまだ時間があると思っていたら、あっという間にもう7月。練習は遅々として進まず、なんて書くと聞きに来ていただけないと困るので、一生懸命に練習していますと言っておこう。練習はしていますが変拍子の連続の「Owl(ふくろう)」は年取った身にはつらい。反射神経がいかれておりますからですね、今どこ弾いてるの?なんてことはしょっちゅうで、でも面白い素敵な曲ですからぜひ会場におみ足をお運びくださいませ。大丈夫、本番までにはちゃんと仕上がる予定。

今どこ弾いてるの?も最近はみなあまり言わなくなりました。馴れるものですね。大変素敵な曲です。フクロウの静かな佇まい、静かな森の神秘的な夜、フクロウの飛翔の情景が目に浮かぶようです。お楽しみみになさってください。私たちが四苦八苦しているのを見るのが楽しかった…といわれないように頑張ります。

ドヴォルザークとシューベルトは大変ポピュラーな曲ですが、いずれ劣らず難曲ではあります。非常に演奏が難しいだけではなく、それぞれの特徴が生かされないと面白くなくなってしまう。ただドヴォルザークは非常にわかりやすい。彼のすべての要素が詰まっているといってもいいでしょう。シューベルトは時には「アハハ、ウイーンだ」と言いたくなるニュアンスがあります。それが「ウイーンの風」だったか「溜息」だったか、良く聴いていないと聞き逃すほどのわずかな間(ま)ですが、それがないとつまらない。それがシューベルトの「ウイーンのなんとか」なんだそうです。

普通に聞いていたら気が付かないほどの間ですね。最近のウイーンフィルはワルツの2拍目と3拍目に間がないと聞きましたが、今年のニューイヤーコンサートでも、ちゃんと残っていました。ほとんど気が付かないくらいの間。あれを聞き分けたあなたは名人クラスの聞き上手です。だから言葉でいうと日本では「粋」でなくなる。

楽譜にも書かないしいちいち言わなくてもその土地々々に伝わるリズム感は楽譜にかかなくても血が騒ぐ。教わらなくてもできることってありますよね。ウイーンっ子はもしかしたら自分がそうしていることにも気が付かないでいるかもしれない。こういうことを文字にかくのは非常にダサいですね。

どちらにしろ、9月23日は「特別な日」としてカレンダーに書き留めておいてくださいね。何しろコンサートのお知らせを出そうと思って住所録を開いたら、お名前の上に黒い横線が引いてある人が多くて客席が寂しくなりそうなので、ご近所の猫たちも今回は入場できますよ、特別に。お誘いあわせてご来場くださいませ。
















2026年6月28日日曜日

台風一過

私が子供のころは台風が 過ぎ去った翌朝は抜けるような青空、涼しい風が秋の兆しと感じられた。秋?そう昔はこんなに早くから台風は来なかった。お彼岸過ぎてそろそろ台風かなと思ったくらいだから。私の家の杉の大木が雷に打たれ根元近くから引き裂かれて、朝起きた時にびっくりしたことがあった。爆音がしたと思うのに、朝まで気が付かないのんきな一家は、後で切り株を調べて数百年の年輪を眺めた。年輪で樹齢がわかるということもその時はじめて知った。

切り株の方角の違いで年輪の幅が変わるということも知った。南は年輪の幅が広くなる。育つのが早いからだそうで、庭にはそんな科学知識がゴロゴロあって、それを兄たちが解説してくれるから自然の教育の知識が得られた。教室で受ける教育より数倍も楽しかった。

そして台風におびえながらも翌朝の台風一過の晴れ晴れとした日差しが大好きだった。天高く馬肥ゆる秋の実感。しかし最近の台風ははっきりしない。とにかく来るのが早すぎる。今年などは五月晴れなど見たことがない。いやな暑さが地球を取り囲み、争う人々がお互いにというより某国の大統領がなんとも未練がましく自分の悪行を正当化している。本当に見苦しい。いったいどんな教育をうけたのか。知性に病ダレが付いた人だからしかたがないけれど、こんな人を大統領に選ぶ国民がいるということにおどろいている。しかも二回も!!!

野球の大谷さんに第二子が生まれたというのが話題になっていて、それを非難する人がいるということを知ったけれど、まったくもってあぜんとした。早やすぎるとか?余計なお世話、本当に腹が立つ。そもそも他人の家庭の事情に口をはさむ権利がだれにあるのか。大谷家には莫大な財産があって子育てになんの支障もないと思う。貧乏人の子だくさんというから、私の家は年子が続いたけれど、貧乏でも本当に幸せな家族だった。絵にかいたような幸せではなく、波乱万丈の運命がそれぞれにあっても皆のんきで、道を踏み外すことなく生きてきた。

他人から見たら私はいつもお下がりを着ていたし、ろくに髪の毛の手入れもしてもらえずぼさぼさ頭、兄たちもいつも着た切り雀、いわゆるエリート家族から見たら馬鹿にする対象だった。私が中学校の頃、中途半端なお嬢様学校だったのでい身なりなどをいじめられたようだけれど、本人は少しも気が付かず、それがたいそう幸せだった。古い鞄のどこが悪い?擦り切れた袖の制服は姉のお下がりだけどいいじゃない。3年も着たら擦り切れるのは当たり前。

それで?何の問題があるの?とにかく大谷家の事情に口出すものではない。喜んで祝福しようじゃないですか。彼は偉業を成し遂げている人だから、苦労も多いと思うけれどそれは運が強いということ。運を引き寄せられる人に対して、それだけの尊敬は持たないといけない。誹謗中傷などもってのほか。サッカーが面白くて野球は面白くないように書いたけれど、それは私個人のことだからお許しを。それにしてもサッカーはますます気になるなあ。日本が優勝してくれたら猫たちに山のようにお刺身を買ってあげよう。食べるのは私ですけど。






楽あれば苦あり

新しいパソコンの設定に苦労しております。皆さんのところにはどんな風に届いているのでしょうか。今私の画面は変な肌色になって、先ほどは赤と緑が強く出てちょっと中華風でした。今、中華風は変更できたものの、元に戻すのは勇気がいるのでしばらくこのままで続行します。

長年人任せだったためになんの苦労もなく快適に過ごしてきたことが今ツケとなって自分に戻ってきたけれど、まあ、こういうことも嫌いじゃないからしばらく遊ぶことに覚悟を決めた。ヴァイオリンが弾けなくなったら時間は有り余るから、友達はパソコンだけということにもなるかもしれない。そうなったら名人になってやろうじゃないの と強気に出ても目が言うことをきかない。だいぶ弱くなりました。

体重計による健康管理で食事制限をするのにも時々飽きて爆食したり、食べなかったり、意志が固い人は毎日同じことが続けられるけれど、私は時々気まぐれにふるまわないと息が詰まりそうになる。ここ数日台風の接近で低気圧がひしひしと感じられて、頭が重くあくびばかり出て辛い。数年前までの生き生きとした生活は取り戻すすべもない。せめて北軽井沢に行こうと計画するのだけれど、その都度邪魔が入って計画中止。今年に入ってからまだ行っていないという体たらくで家がどうなっているか心配している。

秋のコンサートに向けて合宿をしようという計画もあるけれど、なんとなく体が動かない。これはもう仕事を辞めてスキーをしなくなったせいだと思う。毎日散歩を欠かさずきちんと食事もとり体調管理はしているものの、結局は仕事に追われて睡眠不足やストレスを抱え込んでいた時のほうが何倍も楽しかった。人によるかもしれないけれど、私はストレスがないと生きていけないらしい。

過度のストレスはごめんだけれど、猫のストレスなら幸せいっぱい。長年の野良生活でピリピリしていたノンちゃんはすっかり甘えん坊になって私にべったり。よしよしと甘やかしていると突然野良の本性でがぶりとかじられる。そう、これは幸せなストレスの一つ。今も私の膝でくねくねしているからキーボードの打ち間違い、膝から降ろせば大泣きになく。こんな夜中にどこへ行くというの、外に出せと泣き喚く。熊が出るぞと脅そうにもネコの知識はスズメまで。それ以上大きな動物は人間だけしか知らない。

さてしばらくは毎日決まりきった日々だけれど、月日の経つのは早いもの。すぐに9月になってしまうから修羅場はもう目の前に迫っている。大好きな修羅場が。








2026年6月26日金曜日

すごいぞサッカー

スポーツ観戦にはほとんど興味がなくて、せっかく大谷さんが大活躍している野球は見たいと思うこともない。一度だけ球場に連れていかれたことがあったけれど、30分も見ていられない。いったい何が起きているのか理解できないからつまらない。早く帰ろうと連れをせかして帰ってきてしまった。それ以来野球はどんなに観客が興奮していようと、面白くない。大谷さんが野球史上最高の記録を打ち立てているけれど、まあ、記録は破られるものよと冷静でいられる。

日本のサッカーがまだあまりうまくなかった頃はサッカーは立腹のもとだった。あのぼんやりしているのは誰?あんな所にいたら球が追えないじゃない!見ているほうは何とも言えるから、思わず言いたい放題。ドーハの悲劇の時には本当に立腹して、夜中まで見た甲斐もなく布団をかぶって寝てしまった。

あれから何年かしら?今の日本のサッカーはめざましくうまくなっていよいよ決戦トーナメントまで漕ぎつけた。そしてサッカーなら私も現場を見たいと思う。何よりスピード感、一瞬たりとも油断ならない。キーパーの重責を担っている若者のけなげなこと。すごく頭の良い人たちの集団であることがわかる。すごいなあ、あの展開でよくぞと思うことがある。後ろにまで目がある人たちなのだ。

しかし一人ずつ見れば目は二つしかなく、皆精悍な面魂。身は引き締まり目はらんらん、大型猛獣の気配ときりっとした口元は、冷静沈着、頭脳明晰の証し。戦場に出たら勇猛な戦士として戦えるだろう。でも戦争はダメ、試合にとどめよう。解説者でなくともきちんと話ができるのも素敵。

もしこれでブラジルを破ったらどんな展開になるのだろうか。楽しみですねえ。

もし優勝したら私はサンバの衣装で商店街を踊り歩きましょう。サンバって、産婆?ってだれ、そんなこと言うのは?

がんばれニッポン!








2026年6月25日木曜日

新しいパソコン

 新しいパソコンを手に入れて初めての投稿、まだ慣れないけれどしばらく我慢。以前は完ぺきに私用に設定されたものを渡されて至れり尽くせりの環境で作業ができたけれど、もう一人立ちしないといけないから我慢我慢。

古いほうのパソコンは長年使いなれていたけれど、本体の蓋の蝶番がガタが来て蓋のヘリの接着部分がはがれがだんだんひどくなってきた。修理に出したら治ったことは治ったけれど、経年劣化でいつ崩壊するかわからないといわれてぞっとした。私にとってパソコンは本当に長年のお友達。なくてはならぬ存在となってしまった。

今どきの若者はスマホが命、でも私はスマホの小さな画面では見えないし、見えないことで委縮して物も考えられない。のびのびと大画面で作業するのは本当に楽しい。それもずいぶんお世話になった管理者のおかげと感謝は尽きない。仕事に追われ毎日ろくすっぽねずに飛び回っていたころ、どれほど役に立ったことか。新しい仕事先に出かけるとき、列車や飛行機のチケット、宿泊するホテルの予約、海外にも安心して旅立てるので私の行動範囲は広かった。生活の知恵、楽譜の手配、音楽会のチケット予約、自分のことはnekotama に書き込めばこれを読んでくださる方たちへの情報となって広がる。

ネットで見つけた近所のショップはAIが絶賛する優良店らしい。AIは巨人軍監督の阿部慎之助さんの事件以来信用がぐらついているけれど、ショップの検索にはめっぽう強い。安心して任せられる。そのAI が私の家の近くではこのショップという太鼓判を与えてくれたので行ってみた。

今発展途上真っただ中の隣町は工事だらけで車だらけ。駐車場は見つけてもどこも満車でうろうろしているうちにだいぶ離れた場所でやっと停められた。そこからがっしりとして重たい病気のパソコンを抱えて歩いてショップにたどり着いたら翌日から腰痛になってしまった。本当に年をとったものだとこういう時につくずく思う。

そして病気のパソコンは無事なおったものの、もはや蝶番の部分だけでなくその周辺の接着がガタついてきているので大事に保管しないといけない。いつでも交代してくれる予備のパソコンを手に入れたけれど、まだ慣れないのでnekotama の書き込みも時間がかかる。新しいものすきな私もここ数日すこし大変な思いをしている。

もともとこういうことは嫌いでないから、パソコンの前にワープロを始めた時にはすごくおもしろかった。新しいワープロが届くとすぐに箱から取り出すと説明書を見ながら使い始めた。ようやく使えるようになったときびっくりしたのは、始めた時朝だったのに周囲が真っ暗だったこと。もうすっかり日が暮れていたのに気が付かなかったのだ。

集中というより自分の好きなことに執着する性質はいまだに健在だけれど、ここまでの持続力はなくなった。ヴァイオリンの練習も1時間もするとへとへとになる。そしてちょっと休憩しようと横になると眠ってしまったり。残念なのは使える時間はたっぷりあるのに、それを有効に使えないこと。無理に頑張ると次の日体のどこかが痛む。

私と私の古いほうのパソコンは同年代?大事に使っても、もう若返ってくれない機械と思い出。