2026年8月4日火曜日

寝坊

本当なら今頃横川のサービスエリアにいるはずだったのに。

目が覚めたのは7時前、私の左手を枕にして爆睡しているのんちゃんがいる。最近の夜の暑さにめったに帰宅しなくなったのんちゃん。昨夜帰ってきたらそのまま家にいて、一緒に寝たらしい。気が付かなかった。その安らぎにつられて朝まで目が覚めなかったのも珍しい。昨日は気候がやや穏やかだったのかもしれない。

いつも北軽井沢に出かけるときには早朝4時起き、5時前に出発しないと環状八号線が大混雑。もう5時ころには大型トラックの大行列となる。特に環八から目白通りに曲がる手前のトンネルはトラックの轟音が響いて猫にとっては恐怖の的。車の轟音がこもってトンネル内は地獄の恐怖らしい。大泣き鳴かれると私も泣きたくなる。

だからこの季節には4時ころ出発が好ましい。毎日午前3時ころには目が覚めるから昨日から準備しておいた数個の荷物を積んで出かける予定だったのに、なぜか目が覚めなかった。急にやる気が失せてそのまま猫たちにえさを食べさせて、しばらくぼんやりしている。今日はもう出かける気にならない。

朝食を食べたらなお疲れがどっと出て、今、腑抜けのようになっている。猛烈に眠い。ちゃんと7時間以上寝ているはずなのに。最近睡眠のサイクルがバラバラでとんでもなく眠る日は10時間以上、ほとんど覚醒していないこともある。かと思うと3時間ほど寝ただけでずっと眠くならない日もある。ちょうどその覚醒日が昨日だったのかもしれない。それで今日は埋め合わせの睡眠日にあたるのか。

仕方がない。やっと猫を置いて出かける決心がついたのに、今朝は皮肉なことに家にめったに帰ってこない猫二匹が家を覗きに来た。なんか用?そりゃあ、飯に決まっとるだろう。グレが言う。ハイハイようこそ。今日は店内でお召し上がりですか。

頭が重い。人名も地名もなかなか出てこない。脳みそが殆ど機能していない。そして今テレビが告げたのは台風のニュース。今回はこちらにはほとんど関係のないコースをたどるけど、やはり気圧がぐっと下がっているのだろう。私は典型的なお天気女。なるほど気圧が重苦しいのだ。低気圧というのに重たいとはこれ如何に?それで昨日は楽器の鳴りが悪かったのだ。納得。

今まで数回体験した低気圧による体の異変がある。その一つは片頭痛によるもので、ある朝目が覚めて新聞を読んでいると、新聞紙のヘリにぎらぎらとしたプリズムのような光が出現した。びっくりして何事が起きたのかはわからないがとりあえず眼科で診てもらうことにした。これはどんな異変なのか、見当もつかなかった。しかし医師は驚きもせず「片頭痛ですね」と言う。片頭痛って、頭は痛くないのに。時間がたてば治りますといわれて半信半疑。しばらくするとぎらぎらのプリズムが消えた。

それが最初で最近も現れたけれど、もう驚かないぞ。それから耳の異変。耳がいたくなることがあって、大事な商売道具だから少しの痛みでも気になる。しかしそれは、耳垢がたまっていだけのことだった。私はありがたいことに健康体で、なにもかも標準値の枠内にいる。健康診断でも医師の説明はいらないくらい。常用している薬もない。病院へ行くのは歯の掃除を年間4回、耳掃除を4回、ただそれだけ。まだ脳の萎縮もない。変だな、それにしては物忘れが激しい。










 

2026年8月3日月曜日

北軽井沢へ

ここ数年間の私の運の悪さは目を覆うばかりだった。なにもかも空回り、何をやってもうまくいかない。ついに隠遁するつもりでヴァイオリンをほったらかしにしたツケが回ってきた。

約10ケ月以上 一切楽器に手を触れなかったしnekotamaの投稿もおろそかになって。しかしうまくしたもので人は、前に進むことができるのだ。ふと楽器を手に取って鳴らしているうちに人も共鳴してこころがほぐれてきた。何よりもコンサートの練習が始まったのが再生の糸口となった。

いまはもう前に進んでいます。しかし放っておかれた楽器はいまだに根に持っているらしく、なかなか響かない。何よりもお天気が左右するので雨の日には元気がない。そしてあの森の中の小さな家もきっと私を待っているでしょう。ほぼ一年近く留守だったので。

猫の問題もある。グレちゃんはもともとこの辺のボス的な存在だから置いて行ってもなんの心配もない。ファン層も厚く、近所のえさ場を渡り歩いている。問題は妹猫の、のんちゃん。彼女は神経質で容易に人に馴れない。二回ほど北軽井沢に連れて行ったけれど、その道中の大変なこと。一度は車の中でキャリーバッグの網目を食い破りファスナーを下ろして車内に脱出。死ぬほど怖い体験をした。もし足元にでも来てブレーキが踏めなければ大事故につながる。片手で確保しながらパーキングまで15キロ、あんな怖い思いはしたことがない。

それで猫を連れて行くのはもうこりごりなんだけど、おいていくのも心配でぐずぐずとしていた。しかし家のことも心配で、最近私が本当に元気になってきたので出かけることにした。のんちゃんはお兄ちゃんとしばらく二人だけで生きてもらおう。ときどきトカゲでも捕まえて食べてもらおう。

今回ものんびりとはいかないけれど、家に風を入れたい。

去年たくさんいただいた球根がどうなっているか。クリスマスローズが大繁殖していると嬉しいけれど、次の練習の合間にチェックしておこう。浅間山は噴煙を上げているかしら。牧場の牛さんたちは元気でしょうか。

北軽井沢に到着すると、次の朝はなんとなくだるい。標高が高いので軽い高山病。しかしそれが過ぎると体調は瞬く間に回復する。輝く朝日と夕日にシルエットを浮かべる木立の美しさ。

片道4時間のドライブができるうちはまだ通える。庭の落ち葉はどうなってるかなあ。心配でもあり、楽しみでもあり。








熊本大地震

熊本の地震の時に書いた文ですがあまりにも悲しくて投稿をためらっていました。しかしこのブログは自分史のようなものなので、一週間以上過ぎましたが、やはり残しておきましょう。

大地震発生。また同じ場所に?とびっくりしたのは熊本の大地震。やっと熊本城の修復が始まったのに、また石垣が崩れたとか。今回のほうが人的被害が大きいのかもしれないと聞いて、気の毒を通り越して悲しい。

熊本には仕事で毎年のように出かけた。オーケストラでもテレビ放送でも、しょっちゅう仕事があったし、だから人々の文化的活動の盛んな土地という印象だった。年間数回というようなこともあった。姉の連れ合いの義兄が熊本の玉名で育ち、その母親が住んでいたので泊めてもらいに行ったり、本当にお世話になった。

静かだけれど明るいおじさん、おばさんと一緒にからしレンコンをいただいた。自分の直接の親戚でもないのに、のびのびと過ごして、先方にはさぞ迷惑だったであろうと今更反省している。まったくねえ!それで前回の地震の時にはまだ存命されていたと思うけれど、今回は姉の義兄も姑も 亡くなった後だった。それでも思い出のある土地の大災害は特に心が傷む。熊本の人たちは本当に親切でどこに行っても嫌なことは一つとしてなかった。都会的な人たちも朴訥な良さを併せ持っている。

地震当日は友人と食事をしていて、災害を知った。テレビの報道が進むと二人ともだんだん無口になって、いつもより早く友人は帰っていった。もうのんびりと食事している気分ではないけれど、何もできない無力感が漂った。珍しく私は食慾をなくし時々涙ぐんだ。次の朝になって災害の大きさを知って言葉もでなかった。

テレビの仕事の会場はいつも熊本城の近くで、リハーサル後の長めの休憩時間にはいつも熊本城に行って散歩した。美しく反り返った城壁の石垣は日本の城の中でも最高だった。その修復も済んでいないのにまた崩れてしまうなんて。この暑さの中で被災された方々のご苦労を思うと、他人ごとではない。私たちもいつか、大災害に見舞われると思う。

いろいろ思い出すのは熊本で4月に時ならぬ雪の朝を迎えたことや、ステージの後ろにある照明器具の上に楽器ごと墜落したことや、仕事の後、一人でレンタカーを借りて阿蘇山を巡ったことや、帰りの飛行機にぎりぎりの時間になって山道を必死で運転したことや、阿蘇のやま並みで地元の人からだご汁をごちそうになったことや・・・あれもこれも思い出す。

少し前の能登の地震の時に、私はその直前に能登を巡り歩いた。その美しい風景が目に焼き付いている。熊本の美しさは人と結びつく。快活でおおらかな人々が今苦しんでいるかと思うと涙が出る。自然が相手ではかなわないし、いつどこにいても自然災害に襲われるのは仕方がないことだけれど、やはり温暖な地と激しい自然の地があるのは仕方がない。その激しさを受け入れて暮らす人々がたくましく再生することを祈っています。

まだ私は本当の災害に出会ったことはないけれど、もし、自分がそんな目にあったときに果たしてどう行動するか、今までの生き方が試されるに違いない。見苦しく騒ぎ立てるか、静かに忍耐するか。まあ、どちらかというと見苦しくかなあ。熊本の被災者たちは二度も同じ目にあいながらなお、大騒ぎせずにじっと耐えているように見える。被害を淡々と話す人たちのあきらめの表情を見るのもつらい。後ろの映像は10年前に被災して建て直したばかりの家が無残に壊れている。

10年間で2回の大震災は想像を絶する。これからまだ酷暑が続くという。聞くだけでも心臓の鼓動が早くなる。熊本の皆さん、頑張ってください!言葉が空回りする。







2026年7月27日月曜日

酷暑に考える

早くも暑さは頂点を迎え、これでもう頂点ならいいけれどもっと高温になったら人間半生状態になるなと、心から心配している。猫は人より体温が高いからこんな時にも毛皮のコートを脱ぐわけでなくのほほんとしているようではあるが、さすがにグレちゃんは うんざりした顔で珍しくご機嫌斜め、いつものフレンドリーさが消えてにこりともしない。

毛皮を脱ぎなさいと言ってファスナーを探しても猫の体にファスナーはみあたらない。お腹のあたりを探ると喜んでクネクネしている猫たちのなんと穏やかなことか。早朝の日課は猫との散歩。二匹の猫が私の後をが尻尾をピンと立てながら歩いてくる。向こうから来る人たちが笑う。平和な朝の日常。

人間の寿命は百年時代、こんな世界に、長生きは決してめでたくはない。寿命が50年くらいの時のほうが幸せだったのではないかと、暑さ大嫌いの私は考えている。猛暑といえば30年ほど前にもひどく暑い年があった。

その年はいつまでも暑くて9月に入ってもなかなか涼しくならなかった。それでも、その後また涼しい年が来たからほっとしたけれど、今年はこのまま暑さに向かって収集のつかないことにならないかと、心配性の私は考えてしまう。

それなのに戦争をしている人たちの、自分のメンツのためにみなを道ずれにしかねない愚挙はとどまるところをしらない。本当に人類が協力して地球の温暖化を考えなければいけないときに、何をしているのか。兵士たちはごみのように捨てられている。何万もの若者の命が日本が輸出する武器で殺されるならそれは殺人者と同じではないですか。

自国の利益を最優先にして自分のメンツを維持することしか考えない人、それを陰であおる陰険な人、おべっかを使ってへらへらとしている人、醜い世界の指導者たち。日本だけはこうならないようにしたい。こういう時にこそ冷静でいなければいけないのに武器の輸出をするなんて。自分が殺さなければ殺人者に武器を渡していいの?納得できない。

そして古臭い歴史を現代に再現しようと戦前の亡霊のような人たちが画策している。世界に女性の優れた君主がいないような振る舞い。今頃時代錯誤の女性蔑視。本当にバッカじゃないの!おじいさんたちの歴史は戦前で止まっているようだけれど、女性の皆さん、前に進みましょうと呼びかけたいが、その女性が亡霊たちの手先に成り下がっているから、もう、何をかいわんや、わんわんわんわん!ついでにご自分で女性の総理大臣もなくせばいいのよ。無力だなあ。投票に行くとどうせ自分の一票は紙くずになるんだなあといつも思う。

そんなことばかり考えるから無気力になって寝てばかり。最近自分を取り戻して健康もついでに取り戻した私は長い暗いトンネルを抜けてただいま、コンサートの練習に没頭している。しかし一人でできるものではないので足並み揃わない老人集団の調整はなかなか難しい。長年にわたり好きにやってきた人たちだから、自分のペースがある。

お互い長い付き合いだからときには喧嘩になりそうなものだけれど、そこは偕老同穴ならぬ夫婦ではないから友情洞穴。洞穴に住む老女たちの巧みな衝突回避の術で取っ組み合いの喧嘩は回避している。時には怒ったり文句言ったり、でも最後はニコニコと一緒にランチ、とまあこういう状況で楽しい老後が実現している。某国大統領T氏に私たちの爪の垢をお送りして差し上げたい。しかもこのT氏、ノーベル平和賞を狙っているとか・・・呆れて物が言えない。何回も攻撃を仕掛けては中止してご自身が平和の使者とでもおっしゃるの?

世界中から眉を顰められているとはご存じない?こういう自覚の無さは御本人には本当に平和だなあ。自分の野望のためにもう何万もの人がなくなっているのですよ。将来ある若者が、子どもの生まれたばかりの新婚の夫が、母親の頼りになる息子が、皆自分にはなんの罪もないのに戦場に送られて将来の夢を絶たれてゆく現実に胸が締め付けられるような思いです。

今の日本は幸いまだ物資の不足や物価高で戦争の影響が見えるほどで人的被害はないけれど、いつどうなるかはわからない。一部の大戦の亡霊が生き残っている以上油断はならない。その手先が御自分で素敵だと思っているニヤニヤ笑いをする、おっと!この方の頭文字もTですね。亡霊の手先とならぬように心から祈っています。













2026年7月20日月曜日

白玉団子

お盆のころ思い出すのは 母のこと。この年になってもまだ母が恋しいのはもういい加減にしろと言われそうだけど、特にこの季節は様々な行事の中の思い出が多い。

私の実家は旧盆というのかな?8月がお盆で、仏壇にはほおずきや花が飾られて、母は毎日のように仏壇の奥まで拭き掃除をしていた。別に取り立てて宗教心があるわけではない我が家も、この季節にはご先祖様のお出ましを心待ちにしている様子だった。

キュウリやナスの牛馬で送り迎えするというのもユーモラスで私は好きだった。掃除をしながら母は様々な話を聞かせてくれた。変わり者の先祖たちは母の臨場感のある語り口で子供たちは抱腹絶倒、ぜひ会ってみたい人たちとなって記憶に残っていた。

母は歴史が好きで、例えば源義経と弁慶の話なども母から様々なエピソードを聞かされ、嘘か誠か虚実入り混じった話にあまりにもかわいそうで涙したり、母自身も特別感情の豊かな人だったから自分で涙したり笑ったり、それはもう面白かった。

特に思い出すのは夏の食べもの、冷たいソーメンやスイカなどはおいしかった。古い井戸があってそこにスイカやトマトなどの野菜を冷やしておく、これが本当に新鮮でおいしかった。子だくさんの家庭では父は庭の半分くらいに畑を作って野菜を育てていた。私は父親の跡をついて回って、取り立てのニンジンをかじったりしていた。特に美味しかったのはトマト!今でも忘れない。今のトマトのように甘くもなく青臭い香りだったのに、あのおいしさは二度と味わえないのだとがっかりしている。

母は取り立てて珍しい料理はしなかったけれど、ちらしずしのおいしさはいまだに覚えている。寿司酢の加減が絶妙で、実を言えばあんなにおいしいすし飯は母を超えるものは食していない。なんという塩梅なのか、決して豪華な種が乗ってはいない。ちくわにキュウリや魚のほぐし身などいつも食べなれているものばかり、それがおいしいすし飯に乗っていると特別な日のごちそうになる。

お菓子類も戦後で乏しいころ、夏は白玉団子が一番のスターだった。つるりんとのどを通る冷たい団子、しょうゆと砂糖で甘辛く絡めたたれのおいしさ。急に思い出したので作ってみようかと思い立った。

白玉粉は先日見つけて買ってある。まず団子を作ろうと適当な量をボウルに入れて水を足しながらこねてゆく。その辺まではよく見ていたから見様見真似で。ところがどうも水加減が怪しくどんどんぬるりとしたぐにゃぐにゃした怪しい物体になってゆく。どうやら水が多すぎたらしい。こんなもの水を入れてこねれば丸くまとめるのは簡単と思っていたがそうはいかない。

緩いから粉をドンドン足すとまとまりが悪くなる。水を足すとぐにゃぐにゃして団子にならない。四苦八苦していたけれど、面倒だからこのままゆでてしまおうとお湯を沸かして放り込む。まとまりが悪いから変な形の粉の塊が散らばって、とても団子とは言えない形状のものが浮かんでくる。浮かんだものを取り出して水にさらして熱を取る。

食べれば味は紛れもない白玉団子。形はアメーバーのような、なんとも言えない変な形。大きいのや小さいのや。ぷかぷか浮かんできたのを掬い上げて。母の白玉団子はきれいな形をしていて透明感がありおいしかった。そろそろ母が亡くなった年齢に近くなったのに、私はいまだに白玉団子が作れない。なにもかも、母を超える事はできなかった。












わんにゃんトイレ事情

 今朝玄関先に液体の跡。わー、こんな所で犬におしっこをさせたの?

集合住宅だから1階の共用玄関。その外になにやら液体が流れた後があった。相当量の液体が痕跡として残されている。これは大型犬!猫や小型犬ではこんなに大きな跡は残らない。なにも他人の建物のしかも玄関前にこんな跡をつけるなんて。

うちは管理者である私が怠け者だから掃除が行き届いていない。駐車場のコンクリートと外の部分のわずかな土にぼさぼさと草が生え、野放図に伸びている。かわいい赤い花が咲くので私は伸び放題にしている。目に余るほど伸びると時々半分くらい刈り取るけれど、基本あるがままの状態にしておく。コンクリートの都会に雑草がはえていてもいいのではと許容しているのが近所のきれい好きなおじさんたちには不評なのだ。

早朝、この辺を毎日掃除をするおばさんがいる。几帳面というかチリ一つ残さず見事な掃除っぷり。声が大きいから窓の下で通行人としゃべると近所迷惑だけれど、私が掃除するとは雲泥の差。私が掃除した後は掃除したようには見えない。なにしろ雑なので。

そのうえ雑草を好んで伸び放題にするとあれば、おっさんたちには受けが悪い。そのじいさんたちが何かと目障りなところにチリの山を残してゆく。例えば共用玄関前とかに。犬のおしっこと同じように。ガラスのドアの外側の真正面に三角のピラミッドのようにほんのすこしのごみが積まれている。ご苦労さんなこった。

私はあまりきれい好きではないし、そんなことは気にしないから数日間放っておくといつの間にか消えている。いやがらせやったご本人が気になってしまうのだろうと思う。なにか気を引きたいの。孤独なんだねえ、おじさん。(もしくはおばさん)

私は育ちが悪く野生の猿のようだったから、ほかの動物も大好きで、犬のおしっこくらいにはびくともしないけれど、飼い主には猛烈腹がたつ。なにか構ってほしいのかな?だったらかまってあげるわ。洗剤の入った水でもかけてあげましょうか?見つけたらただじゃ置かないと腕まくりして待っている。

酵素入りの水をまいた後はクエン酸をまくとよいそうな。酵素の水で消毒はできるけれど、ワンちゃんはもう一度同じところでやるから、ワンちゃんに受けの悪いクエン酸で犬除けするといいとAIさんに入れ知恵された。役に立つねえ君は。何でも知っているね。後でクエン酸を買ってこよう。確か最近までクエン酸はお風呂場に転がっていたはずが、いざ使うとなると見当たらない。いつも私のやること中途半端。

クエン酸を買うことを忘れないように。でも多分忘そうで。

うちのそと猫たちもどこかのお宅で迷惑をかけていると思うとすみません。外に出すなと言われても本来のらなので困った。でも皆さん優しくてえさはいつもどこかの家で食べてくるらしく、丸々太っている。ありがとう、ご近所の猫親さんたち。猫はえらいことに我が家のトイレでちゃんといたすのですよ。でも時にはどこかの庭で・・・見つけたら叱ってください。賢いからちゃんと覚えるので。













2026年7月14日火曜日

楽器のご機嫌

それはそれは困ったことに、この暑さと湿気のおかげでヴァイオリンはご機嫌斜めなのです。

世間様にうそをついて引退するとわめき散らし、何か月もの間放置された楽器の恨みを今返されているのか。 先月、今月と調整をお願いして弦楽器工房に通っているけれど、どうもいまだに理想の音は出ていない。 この季節はもう無理だから我慢するしかないと周りの人たちも言うし、マイスターもなかなか難しいというし、でも私は短気な割にはしつこくて、何回も調整に通う。

特に下から二番目のD線がシャリシャリいうのが気になる。 工房のご主人のTさんは非常に穏やかな生真面目な人だから、努力を惜しまず私の注文に合わせて調整してくださる。 強めとか固めとか理解に苦しむ言葉でしか言えないのがもどかしい。

ある時我が家の周辺で消防自動車の出動が多かった時があった。 毎日のようにサイレンが鳴り別に火事らしいこともない。 けれど、いつもは完全に空調の効いた別室に置いてあるのも心配になったので、私の寝室に楽器を移動させたのが良くなかったようだ。 私と猫の湿気のこもった寝室は、一応エアコンはかけているものの湿度は少し高かったから楽器のコンディションに響いた。 

移動させて数日したら少し調子が悪くなってきたので元の部屋に戻したけれど、ああ、調子が落ちてしまったと感じて調整に出した。 Tさんは穏やかながらいつもよりきっぱりと「寝室はいけません」という。 わかっていたのに火事が心配で浅はかなことをしたと思った。 それ以来どうも調子が悪いと思ったら微小なはがれが見つかって修理をしてもらった。 

これでもう大丈夫と思ったけれど、それ以来鳴り方がいまいち。 皆さん梅雨時対策はどうしているのかしら。 長年の楽器との付き合いがまだ苦労の種。

最後の調整でシャリ感は減少、調整の翌日、久しぶりに乾いた音がしたと喜んでいたけれど、台風が発生するたびにくぐもった音になったりする。 幸い今は私の家での練習が多く、外に楽器を持ち出すことなくやっと小康状態になったのがありがたい。 

私の運命はこのところ猫のご機嫌取りと楽器の調整に明け暮れる日々になってきた。 なんということか、楽器も猫も共通点が多いことに最近気が付いた。 まずは両者ともに変幻自在、文字通り猫の目のようにご機嫌がかわる。 どれほど気をつかうことか。 決してこちらの言い分はとおらない。 しかもとんでもなく魅力的で扱いにくいのに決して嫌にならない。 毎日下手に出てご機嫌を損ねないようにご奉仕する。

猫は好き嫌いが激しく、時々餌が気に入らないといって食べてもらえないこともある。 ヴァイオリンも、せっかく買った弦が気に入らないと鳴ってくれなかったり。

早く梅雨が明けないかなあ。 最近そのことばかり考えている。