2021年5月26日水曜日

予後

 一夜明けて、世はすべてこともなし。

ワクチン接種後だんだん腕が痛くなってきたから、これは副反応、腕が腫れ上がったり熱が出たりしたらどうすればいいのかと思っていたけれど、痛かったのはその日の夜まで。今朝目が覚めたらけろりと治っていた。とりあえず1回目のワクチン接種ができて安心したのか、いつにもなく熟睡できたらしく、全てスッキリとしていた。腕は横に上がらなかったけれど、ヴァイオリンを弾く体勢を取ると全く痛まない。どこまでもヴァイオリンを弾くことは体にいいのだと妙に感心した。けれど2回めとなるとそうはいかないらしい。1回目よりも更に反応が大きいというから気持ちの準備だけはしておこう。

昨日はワクチン接種後ということで、あまり激しく動いてはいけないという良い口実ができたから、思い切り怠けられた。普段はぼんやり怠けていると、気持ちは後ろめたい。なぜこうなってしまうのかしら。だれでも自分の中に驚くほど勤勉な部分と、休みたい気持ちがあると思う。私の場合は怠け者7割、勤勉で恐ろしく集中するところが2割、あとの残りは半分勤勉半分怠け者。

大学時代、友人の別荘に泊まり込んでいた。野尻湖の湖畔にあって外国の老婦人がゆったりと木陰の籘椅子に座っていた。その姿を見たとき「あんな老後が送りたい」とつぶやいたら友人が笑っていた。まだ19歳くらいだったから、友人たちは老後のことなど考えもしなかったと思う。けれど、私はいつもはるか先の年齢のことを考えていたようだ。

若い頃猛烈に働いたのもゆったりとした老後が送りたかったから。老後と言われる年になったら、実際にはゆったりとできないことがわかったけれど。理想はオオナマケモノのように数時間でもじっとして木にぶら下がっていること。飛んできた虫をパクリと食べると、あとは次の獲物が飛んでくるまで待つ。なんて幸せなの!

そういう私の姿を間近で見ている人たちの目には、私は保護するべきものと映るらしい。おかげで皆さんにお世話になっている。ちょっと頭の弱い虚弱な年寄と思うらしい。実際そうなんだけれど。そこが思うつぼで知らない人まで荷物を持ってくれる、スーパーのお姉さんはカゴを運んでくれる、お兄さんは重たい水や猫砂などをカートに積んでくれる。家に帰ってその荷物を持ってえいや!とばかり階段をのぼる姿は見せられない。

そんなわけで、昨日午後はずっと映画を見ていた。「リリーのすべて(The Danish Girl)」デンマーク・コペンハーゲン。主人公リリーはゲルダのもと夫のアイナー。二人は画家夫婦。実は彼は性同一性障害者で、妻を深く愛しているものの自分が男であることに耐えられない。ゲルダはそんな夫を励ましアイナーとしてでなくリリーとして生きたいという夫を助け、リリーは性転換手術を受けて女性となる。しかしその手術の予後は悪く、彼はゲルダに見守られて死んでゆく。美しくも哀れな物語。

画面が美しい。二人の作品である絵も美しい。リリー役の俳優の物静かな振る舞いが生き生きとしたゲルダと対照的で、心を揺さぶられる。決して大げさな苦悩の表情をしないから、なおさら彼の深い悲しみが伝わってくる。近来まれなほど感動した。アマゾン・プライムヴィデオでは、様々な古い映画や日本ではマイナーな映画などが見られて、その中でも秀逸ではないかと思う。決して劇場にまで足を運ぶことはなかったと思うけれど、こうしてみると映画館まで観に行けばよかったと思う。









2021年5月25日火曜日

ワクチン接種1回目

 今朝ワクチンうちました。肩のすぐ下、チクッとしますよという医師の言葉に身構えたけれど、なんと言うことなくチクリともしない。手がしびれませんかと言われてもなんのことはなく終わった。元々痛みには強い。赤ん坊の頃から虚弱児、予防注射やペニシリンはお友達。一切泣くこともなく、良い子だと褒められても単に鈍かっただけ。終戦間近の買い出しで、じゃが芋を詰めたリュックサックを背負った人たちで混み合った電車の中にぎゅうぎゅう詰められてもニコニコしていたらしいから、馬鹿なんじゃないのと自分で思う。

幼児期の写真はいつもキョトンと大きな目を見開いて、あたりを見回しているらしきものばかり。それもほんの僅か、両親は一番上の姉をお姫様のように育て、記念写真はいっぱいある。しかもプロの写真やさんが撮っているのだ。兄はがくんと写真の枚数が減り、二番目の兄は池に落ちて泣いている醜い写真くらいしかない。最後の私に至ってはほぼ全滅。他の者達の添え物としてだけしか写っていない。フィルムがもったいないから一人でなんて撮ってはもらえなかった。

今日は30分かけてテクテクと歩いて、予約したクリニックにでかけた。予約開始の初日、朝から午前中まで試してみたけれど電話もネットも繋がらず。あとで聞くところによれば、開始から数分でネットがパンクしていたらしい。そうとは知らず午前中無駄に悪あがきをした。諦めて日常の生活を送って午後6時ころ、何気なくアクセスしたらぱっとつながった。ニュースではちょうどその頃回線が回復したらしい。だからラッキーといえばラッキーだけれど、そうとも知らずずーっと努力していた人たちは本当に気の毒だった。だめならだめと通知すればいいのに・・・グチグチ・・・いつもの怒りがふつふつとこみ上げる。テレビでもそういうことを言えばいいのにとも思った。繋がりませんばかり言っていないで、今なら取れます!とかなんとか。

最初の予約をとったとき、6月15日から2回めが予約できますと出たから「ああ、そうなのか、2回めもとれるんだ」と思って手続きをしてしまった。同時に2回分取れたので一安心したら、全く別のページに2回目は取らないでくださいと書いてあった。慌てて2回めをキャンセルしようとしても、それをキャンセルするにはせっかく手に入れた1回目もキャンセルしないといけないようになっていた。精魂尽きていたのにまたこの時点で同じ作業をしなければならないのだ。なぜ片方ずつ訂正できないのかわからない。とりあえず1回目だけは保存して2回目はなにか役所から言ってきたら対処しようと思って保存しておいたら、正式の接種表が2回めの分も届いた。ならいいんじゃない。わけわからん。2回目は予約してはいけないと、その同じページにどうして書かないのだろう。

今朝行ったクリニックでは、1回目を注射した時点で2回めの予約を取るようになっていたらしい。それが私はもう2回目は他に予約してあると言ったら、看護師が、ヒエッ!というような素っ頓狂な声を上げたので、やはり悪いことをしたらしい。ありがとうございますと言ってそそくさと逃げてきた。

副作用が出ると聞いていたけれど、今のところ腫れも倦怠感も特にない。以前チベットに旅行するために狂犬病のワクチンを打ったことがある。そのときには次の日から3日間くらい熱が出た。ただそれがワクチンのせいなのか風邪なのか知恵熱なのかは、はっきりしない。高山病の予防薬とか、色々あって薬をどっさり持参したけれど、結局ひどい高山病になった。毎年日本人は高山病で死んでいますよ、とは予防注射をしてくれた医師の言葉。あまり世の中にはしられていないらしいけれど、スキューバダイビングや高山病で亡くなる人は多いらしい。狂犬病とは言われなかったけれど、狂犬病が安心なのは世界でも日本くらいしかないらしい。しかもこの病気は確実に死に至る病だという、しかも苦しいらしい。コロナも苦しいらしい。

こういう禍々しい病が流行って、時々人数を淘汰しているのではないかと自然の摂理は恐ろしい。私の長い人生の中で、こんな怖い病気は初めて。スペイン風邪、サーズは対岸の火事だったけれど、コロナ新型肺炎はもう誰もが隣の人を怪しいとみなすくらい身近なものになっている。しかも変異株が次々と現れて、今回のワクチンがパーフェクトであるとは言えないのではないか。この先ずっとマスクをして暮らすのは私のようなオヘチャにはありがたいけれど、美貌を誇る人たちは早く外して顔を出したいかもしれない。初対面の人などは目だけしか見えないから、マスクを外したら案外ハンサムだったり意外とブサイクだったり、今後の展開も面白い。病が去って素顔になるころ、私はファンデーションくらい塗ることにしよう。それまでは猫みたいに顔を洗うだけ。楽でいいけど・・・ああ、しんどい。







2021年5月24日月曜日

可哀相なヘビさん

気持ちの良い日曜日、素敵なカフェでのコンサートは無事終了。開け放った窓から爽やかな風が吹き渡り、気温も湿度も申し分なく、お客様からの温かい拍手を頂いた。帰宅して聞いたのは網戸を開けて逃げ出した巨大ニシキヘビが捕獲されたというニュースだった。随分探し回ったのに結局自宅の天井裏にいたという。

アミメニシキヘビはやっと保護された。あんなに大きな蛇と同居するには どれだけ平常の生活を我慢しなければならないのだろうと、飼い主に聞いてみたい。案外無口な蛇は飼いやすいのかもしれない。保護された映像では少しグンニャリしていて元気がなさそうなので、逃走中は食事も摂れず寒さは寒しで飼い主がすぐ下にいるのに帰れず怯えていたかもしれない。とりあえず元気で近所の動物にも被害がなくてよかった。

しかし天井裏から音がするのを聞いた隣人は怖かったろうと思う。ちょっとした隙間からチロチロと舌が見えたりしたら心臓麻痺を起こしそう。爬虫類好きの気持ちを理解したいけれど、私には全くできない。蛇を飼うのが子供時代からの夢だったという飼い主さんは、夢を叶えたおかげで今後色々罰金の支払いとか大変だと思う。しかし彼のことを悪く言う人は少ない。それは最初からの彼の態度が心底反省しているように見えたからであり、蛇への愛情がよく汲み取れたからであり、どこぞの国の政治家さんたちの態度とは月とスッポンだったから。

平気で嘘をつく人たちがいる。厚顔無恥、どの面下げて、白を黒と言い急に物忘れをしたりするのか。国民の過半数から疎まれいるのに、命よりも経済が優先される。私達の命はオリンピックよりも軽いのだ。それに比べて蛇の飼い主さんは仕事も休み、毎日謝りながら必死で捜索していた。ただ自宅の天井裏を探さなかったのはなぜなのか知りたい。隣人は蛇が逃げてからわりとすぐ、上から物音がすると言っていたらしいのに。

蛇は温かい密林あたりでのうのうと暮らすはずだったのに、狭い日本の小さな部屋のケージの中で過ごす毎日。本当に蛇が好きなら飼い主があちらへでかけて、密林で一緒に暮らせばよかったのだ。まず、命の保証はないとは思うけれど。3メートルを超える長いものが部屋をズルズルと歩くことを思うと、鳥肌がたつ。それでも飼いたいと思うなら、動物園の飼育係とか爬虫類専門の水族館に勤務するとかではいけなかったのかしら。やはり自分ひとりの所有蛇でないと我慢できないのか。

だから私は蛇に同情する。不思議なのは、あんな長くて手足のないものになぜ他の動物は恐怖を覚えるのか。見ればきれいな模様もあり、シンプルで毒さえなければ別に嫌悪する理由がないのに。私は本のなかの挿絵に蛇がかいてあったら、その本に触れなくなるくらい怖い。子供の頃は蛇を掴むこともできた。それがいつごろからか恐怖と嫌悪の対象となってしまった。

だから最近は蛇を見ても、これを好きな人もいるのだからきっとなにかいいところがあるに違いないと思おうと努力している。顔を見ると小さな目にチロチロと細い舌、ヌメヌメした肌・・・きゃあ、書いているだけで鳥肌がたつ。子供の頃に何が原因で蛇が苦手になったのか思い出せない。

ところで蛇さん自身は飼い主のことをどう思っていたのだろうか。冷凍のネズミが餌だそうだけれど、それをくれる人だと認識していたのかどうか。目の前に美味しそうな若者がいるのにまずい冷凍ネズミで我慢していられたのはなぜか。ちょっと巻きつけば温かい食事ができたものを。来世には捕まらないようにして暖かいボルネオで暮らすのだよ。

なにか今回のアミメニシキヘビには情が湧いてしまった。これからどこかへ売り渡されて優しい飼い主さんとお別れ。飼い主も反省してすべての蛇を手放すらしい。今後の人生を蛇なしで過ごせるのかな?

時々猫が気持ち悪いという人がいる。私も気持ち悪い。しっぽの長い猫がそれをくねらせるときに猫嫌いの人の気持がわかる。それでも毛がふさふさしているから平気でいられる。それなら蛇も毛があったら可愛く思えるのか。どうだろうか、巨大な毛虫のようなものが向こうから近づいてきたら・・・ウワ~!











2021年5月15日土曜日

年の差演奏会

 あまり長いこと投稿がないと私がコロナで動物病院に入院しているなどと思われるといけないから困った!私は無事です。もう書くことが尽きたというか、話題がコロナばかり。怒りは沸点に達して吹きこぼれてしまいました。ほんとにもう全く、ブツブツブツブツ・・・毎日家にばかりいるので話題が限られてきた。体重は毎日厳重に管理して増えないようにしてはいるものの、体型は明らかにブヨブヨになってきたのが悲しい。それでも・・・

最近の楽しいことは、はつらつとした若き音楽家たちが訪れてくれること。我が家の古ぼけたレッスン室がその時だけ華やぐのが嬉しい。チェロ、ヴィオラ、ピアノと私で演奏することになっているのは、とあるカフェ。大規模なコンサートはできないので客数は予約のみにて10人限定。もういっぱいなので皆さんにお知らせする余裕はなくごめんなさい。でも年の差半世紀の人と共演できるときが来るとは思いもよらなかった。

私を引っ張り出してくれたのはヴィオラのFUMIKOさん。彼女は相変わらずファッショナブルでモデルさん顔負け。チェロの女性はよく笑う明るい人。ピアノはそれこそ半世紀の年齢差で、達者になんでも弾きこなす。若いパワーについ私もノリノリになるけれど、目が霞むし老眼鏡かけて弾くのはいささか気がひける。でもこれが私の健康のもとなのだ。

運転もそうだけれど演奏のテンポ感も私は早めなのでちょうどいい。会場が薄暗いといいのにと私は思う。夜目遠目笠の内でないと年齢差が一目瞭然、なるべく肌の露出のない衣装を選んで着ることになった。しかし暗いと楽譜が見えないし、良し悪しではあるけれど。オーケストラのエキストラであちこちに顔を出していた時期、若いコンミスに言われたことがある。「nekotamaさんは私達と全く同じ。少しも年齢差を感じない」と。喜んでいいものか、悲しむべきなのか、ま、良いほうにとっておきましょう。

私が音大を卒業してオーケストラに入ったとき、エキストラで来ていた人がいた。N響を定年退団した北川さん。初心者の私に様々なことを教えてくださった。「ここの指使いはね、どんなポジションでも同じ指を使って弾くのがいいよ」とか、あたふたしている私に的確な助言を頂いた。それから年を経て出会ったのがお嬢さんの靖子さん。私がお父様にはさんざんお世話になってと言うと、あら、私にはなんにも教えてくれなかったわといささかおかんむりだったけれど、それから長いお付き合いが始まった。最後のメールは彼女がなくなる前日まで続いた。その日私が彼女のメールに返信したら、そのあとプッツリと返信が途絶えた。

私が今若い人に伝えられるほどの知識がないことが悔やまれる。もっといっぱい何かを教えることができたらと思うけれど、ぜめて一緒に弾いて楽しかったと言ってもらえればいいかな。子供のいない私には愛情を注ぐ相手は猫しかいない。こうして時々にでも若者に会うのは、私が以前年上の人たちから頂いた沢山の愛情を彼らに還元しているような気がする。私の知識はとんと役たたずだけれど。

ほんとうのところ書きたいことはいっぱいあるはずなのに、それを思いついたときにすぐ書かないと忘れてしまうのよ。脳みそはもうスッカスカ。頭が軽くなってなかなか良い気持ちです。もうすぐワクチン接種するから動物病院への入院は延期ですのニャ。












2021年5月8日土曜日

スワッテクダサイ

大谷翔平くんの大活躍を連日テレビで見ることができる。スポーツのなかでも特に野球が好きというわけではない私も彼の活躍を楽しみにしている。彼のことを知って以来、私はショウヘイファンなのだ。顔が可愛い、性格が可愛い、足が長い、何をやっても可愛い。

最近はアメリカで片言の日本語を使っての実況中継が聞こえる。翔平君が討ち取った打者に対して「スワッテクダサイ」これはベンチに戻って座っておれということらしい。こう言われては立つ瀬がないこの打者も、苦笑いするっきゃない。一種の怪物。コロナ禍の中での明るい話題はこれしかない。オリンピックが中止になるかもしれないこの時期に、うれしいニュース。テレビ東京のアナウンサー、片言の日本語でと言いながら「シット・ダウン」と片言の英語で解説していたのがおかしい。なに?嫉妬駝運?

スワッテクダサイの反対は立ってください。

私はいつも言うように非常に小柄で、弱い犬ほどよく吠えると言うように気性が荒い。それでよくトラブルを起こす。ある時期、オーケストラに男性の小柄な人がいた。私より少し高いくらいの身長。オーケストラピットでバレエの音楽を演奏することがよくあって、彼はコンサートマスターをつとめていた。

チャイコフスキーの「白鳥の湖」には非常に有名な場面、王子と白鳥の化身のオデット姫との愛のシーンがある。音楽はヴァイオリンとチェロの美しいメロディーでよく知られている。そこに来るとコンサートマスターは立ち上がって演奏するのが、当時の流行りだった。オーケストラピットは客席から低いところにあるので、音が聞こえにくいということもあるし、誰が演奏しているのか見せたいという理由でもあったのだと思う。今はどうなっているのかは知らないけれど。彼はいつも美しく演奏して拍手を浴びていた。

その後私はオーケストラを離れ数十年後、彼に再会した。色々懐かしい思い出話などで彼が話し始めた。「僕はね、白鳥の湖のソロを弾いていた時立って弾いてくださいって言われたんですよ。僕は立って弾いていたのに」

「あら、誰がそんな失礼なことを言ったの?」すると彼は私をじっと見て、人差し指を私の鼻先に突きつけて「あなたですよ」アハハ冷や汗かきました。

言った方は軽い冗談と思っていたけれど、言われた方はずっと覚えていたのだ。私自身は多少の不便はあるものの、小柄なのは苦にならない。けれど人によっては気にする人もいるのだということを忘れていました。ごめんなさい、コンマス様。

若さにかまけて傍若無人に振る舞っていた私。今でもその気はあるものの、今だったらそんなこと・・・うーん、まだ言うかも。口は災いのもと、お気をつけて。

翔平くんは大活躍、それを日本のこととして喜んでいるけれど、彼はもはや日本の枠を超えている。日本という狭い枠にとらわれず純粋に応援したい。まさか私が野球のファンになるなんて思いもよらなかったと言うと語弊がある。野球でなくて翔平ファンなのだ。









強い味方

車の運転中に足がつったことを友人に報告したら、情報網から知った別の友人が電話をしてくれた。あいにく私は運転中で自宅に戻ったら留守電が入っていた。非常に心配してくれている様子なので電話を返したら、もしこの次にそのようなことになったら、夜中でも構わないから電話してと言われた。いつでもすぐに駆けつけるからと心強い言葉が。心底感謝した。

今までどれほどこの友人にはお世話になったことか。私がとても苦労していたとき高熱を出したことがあった。電話で今熱があって寝ているのと言ったその1時間後くらいに駆けつけてくれて、冷蔵庫にお粥やポカリスエットや、そういうときに必要なものをぎっしり詰め込んですぐに帰っていった。その後の1週間、私は買い物に行くこともなく、安心して眠り続けた。胃腸に優しくすぐにエネルギーになるもの、脱水症を防ぐものなど行き届いた配慮だった。

普段私と友人たちの関係は淡々としている。用事がなければメールもしない。しかしいざとなると強引なほど割込んできて有能さを発揮する。今回北軽井沢に行ったのは庭の階段を作る作業の打ち合わせのため。高速道路の目の前で足がつって立ち往生。追分の友人に家に戻ると連絡したら、私がだめなら工事のことは自分が立ち会うからと言ってくれた。彼女は建築家の娘でこと建築に関しては父親譲りの能力を発揮する。力も強い、行動が早い、頭の回転が並でない。追分から北軽井沢は20~30分、食器棚が届いたときも私は具合が悪くなって受け取ることができなかった。それで彼女が管理人さんと一緒に荷物を受け取ってくれた。

軽井沢在住の人は買い物のリクエストを快く引き受けてくれる。目が弱くなってブルーベリーの効き目に頼ろうと連絡したら、すぐに知り合いの店から濃縮されたブルーベリーが届く。世の中のことをよく知らない私に色々教えてくれる。様々なことでみんなのお荷物として私は生きている。お返しはなし。私ができることと言ったら・・なんだろう?なにもない。

今回コロナワクチンの申込みができて、5月末と6月半ばに摂取する予定。その申込の段階でとても運良く初日にワクチン予約サイトが繋がった話をしたら「そうなんですよね、nekotamaさんはそういうふうに運がいいんですよね」と言われた。今までも運がよかったでしょうと。なるほど、そうかもしれない。

つくづく思うのは、このブログがかけるようにネット環境を整え、パソコン初心者の私に手を焼きながらワクチンの予約がさっとできるまでに仕立て上げた我がパソコンの師匠どの。隙きあらば怠けようとする私をなんとか初心者マーク付きのネット民に育ててくれた。さぞ腹が立ってうんざりしたと思うのに、忍耐強く支え続けてくれたのだ。長い間のご苦労を思うと涙がこぼれます。

私が人生で最も辛かった時期に、北軽井沢の家を譲ってくれたノンちゃん。この家があったから私は辛さに打ち勝つことができたのだった。いつでもあの静かな森を思い浮かべると心が平和になる。脳裏には風にそよぐ木々のイメージが浮かぶ。家の中を片付け、改善して、その楽しみが私を救ってくれたのだった。コロナ禍の中でも逃げ場所ができた。温暖化の時代、都会よりも10度ほど気温の低い場所は貴重な存在。惜しむらくはこの家を手放した途端彼女が天国へ行ってしまったことで、私は随分お世話になったのに恩返しができなかったことなのだ。

去年4月になくなった北川靖子さん。そっけない態度ながらなにかにつけ誘ってくれて、一緒に見た吉野の桜忘れません。花吹雪の平安神社、東大寺の御仏たち、楽しかったですね。彼女は自分の命が長くないことを悟っていた。しずかで強いひとだった。他人に自分の具合の悪さを見せないでじっと忍耐していた。最後まで冷静沈着、まるで他人事のように病状を語っていた。決して辛いとは言わなかった。

4月は寂しい。ロンドンアンサンブルのピアニスト、美智子さんも数年前の4月の誕生日直前に亡くなった。一緒にいてこれほど楽しい人はまれだった。私も4月生まれ、たぶん同じ頃がおしまいの時期かなと思う。

ねがわくば 花の下にて だわね。

しんみりしてしまったのは、最近友人の一人がうつ状態になっているということを知ったので。非常に行動的、実務的な人で頭が良くたいそう活躍していた。コンサートのお知らせが来て少し具合が悪いのでと書き添えられていた。詳細を尋ねると思いも寄らない病名。うつ病だという。自分でもびっくりしたと言う。

でもわかるわかる、コロナ以来、多かれ少なかれ皆病気みたいになった。私も勿論その1人だったけれど、さっきも言ったようにノンちゃんの家が救いになった。会えない友人たちとはメールや電話で話していたけれど、それもだんだん間遠になっていく。やはり顔を見ながら話をしたい。時々会ってもマスク越し、違和感は否めない。









2021年5月6日木曜日

足が攣る

 いい子しているつもりでいたらやはり北軽井沢に用事があって、急遽1日だけ出かけねばならなくなった。朝関越に向かって出発。環状8号線は連休だというので車は順調にながれている。しかし、瀬田の交差点を過ぎた頃から妙に足がピクピクする。嫌な予感!案の定足がキーンと攣った。足の形が変形してブレーキを踏むのに苦労する。なんとか関越道の入り口付近までたどり着いた。

そこで路肩に車を止めて考えた。今までこんなに長い時間足攣りが治らないことはなかった。普段なら数分で治ってじっと我慢していればその日一日大丈夫なのに、これは尋常ではない。そうだ薬があったはずだから一服するか。トランクを開けてそれらしいところを探しても見つからない。

考えたら一日だけだから余分な荷物はいらないと思っておいてきた。多分その中に薬があったのだ。しばらく車の中で思案した。このまま高速に入って足がつって万一急ブレーキを踏まなければならない事態になったら大事になる。本当は私の車は最近の安全装置が装備されていて、エンジンブレーキがかかるようにセットすればアクセルを踏まないと自然にブレーキが掛かるようになっている。しかし、どれほどの効果があるかは未経験。目の前の高速入り口から入ってしまえばゆっくり行けば危険は少ないかもしれないけれど、保証はない。運転はどんなときでも保証はないけれど、足がつっているのにそのまま運転するのは無責任。今日は自宅に引っ返して薬を飲んで明日出直そう。

自宅に戻って薬を飲んでぐっすりと眠った。夜中に猫がギャンなきするので目が覚めた。時間は午前1時過ぎ、よし今だ。激しく嫌がる猫をケージに放り込んで2時半出発。猫は抗議の声を上げてずっと喚いている。午前5時、足も攣らず順調に森に到着した。あれほど嫌がっていた猫が、気分良く餌を食べてトイレを済ませて自分の巣にこもって寝てしまった。夜明けの美しさに私はうっとりしながら、少し散歩することにした。いつもより停まっている車の数は多いけれど、明日にはこの人達は帰ってしまう。明日から森は人っ子一人いなくなるだろう。

頼んでおいた新しいウッドデッキが完成してあとは川に向かって降りる階段を付けることになった。その階段の設置のことで打ち合わせに来てくれないかと工務店から連絡があった。ウッドデッキの仕上がりは予想を遥か超えていた。今まであったデッキは幅も狭く材質の木が朽ちていて踏み抜きそうな感じだった。小さくて人が数人乗ったらいっぱいになってしまう。見るからに危なっかしかった。それが一回り大きくなって手すりがついて、その手すりの下にはベンチが。手すり付きのベンチのようなもの、これなら椅子を並べる必要もないし大勢の人が座れる。一回り広げた大きさのおかげでまるで部屋自体が広くなったような気がする。

キッチンのシンク前に居座っていた巨大な備え付けの食器棚を撤去して、広いウッドデッキをつけただけで広々とした開放的な空間になった。朝日の入り方まで違う。食器棚のおかげで風通しが悪いと悪評だったリビングがスッキリと見違えるようになった。これでノンちゃんの家のリフォームの計画は一段落。3年がかりでやっと自分のものになった気がする。未だに表札はノンちゃん夫妻の名前のままなので、これからかわいい表札を作ってくれる人を探している。

やっと家は整ったのに、私はポンコツであと何年ここに通えるかわからない。いっそのこと住み着いてしまおうと管理人さんに相談した。ここは冬が厳しい。年老いて住むには厳しすぎる環境だけれど、一人暮らしをしているという管理事務所の女性はこともなげに「大丈夫ですよ。冬は普段と景色が変わってそれはそれはきれいですよ」こともなげに言う。今は初夏のきれいな景色。真冬に水道管が破裂したり電気が止まったりしたら命がけだなあ。しかしそういう経験したことないし、一冬過ごしてみようか。

昨日来て用がすんだから今日帰る。なんてこった。帰路の高速で攣らないように、私の足よ頼みますよ。







2021年5月2日日曜日

ゴールデンウイークは

本当なら先月末からゴールデンウイークは北軽井沢の森にこもるつもりだった。車にはすでに衣類や寝具などと食材が積まれて、あとは猫とヴァイオリンと私が乗ってエンジンをかけるばかりになっていた。明日は出発しようと思うと雷注意報が出たりして一日延ばす。そしてもうこれ以上待てないから明日目が覚めたらすぐに出発というとき、テレビで医療現場の映像を見た。あまりの 修羅場に絶句した。

何回も言うように私が北軽井沢に行くのは、本当に安全だと思うから。自宅のドアを出て車に乗り込めば、あとは一目散。大抵は深夜から早朝にかけて車が最も少ない時間帯を選ぶ。サービスエリアにもほとんど人がいない。森に着けばそのまま家に入る。出入りするのはたまにコンビニに行くときだけ。それも店内にいるのは5分ほど。手の消毒は怠らない。外に出るのは広大な浅間山の麓の牧場でランチをするときだけ。これなら迷惑をかけないと思うものの、他県ナンバーで来られると地元ではやはり不愉快なのでは?と思ってしまう。

医療現場の映像とは、ただ一人の患者を10人もの人たちが寝返りをさせている場面だった。体の自由が効かなくなった人は本当に重いらしい。呼吸が困難なので時々寝返りをさせてうつ伏せにすると、わずかに酸素が肺に追い込まれて呼吸が少し楽になるらしい。寝返りをさせるのもゆっくりとさせないといけないから、とても時間がかかる。患者を並べておいて点滴をするだけではなく、ひとりひとりの呼吸を楽にするために、そうやって大勢の人手が必要になる。これを見て医療関係者の大変さを初めて実感した。想像はできていたけれど、この状態を目の当たりにしたとたん、私の認識がかなり甘かったのではないかと思った。

北軽井沢に行くのも自分なりの安全の基準を満たしていると思っていたけれど、今回は自宅でじっとしていることを決心した。自分的に森の中にいるほうがずっと健康的でいられる。自宅が安全とは言い切れない。時々スーパーに買い出しに行くと、以前よりずっと人出が多い。一人で買い物すればいいのに、家族で来る。運転手でついてきたおじさんは車で待機していればいいものを、通路をウロウロして邪魔なこと、この上ない。しかも商品に触る、あれ、いやよねえ・・・電話の向こうでも息巻いている人がいる。会話の最後の締めくくりは大抵これ。

私がせっかくの森の生活を諦めたのは、東京都知事の悲痛な叫びに共鳴したから。彼女は色々批判を浴びながらも冷静に対処している。特に自民党の議員のいじめとも言えるような悪意を感じる批判にも耐えて日々努力している。これは好き嫌いは別として評価されるべきではないかと思う。もしオリンピックを実現するなら恨みを忘れて協力しなければいけないときに、敵味方に分かれるようなことはしてはならない。失敗したら知事のせいにする意図が見え透いている。菅総理、もういい加減しっかりしてください。この時点でオリンピックなんて・・・私はコロナ感染が始まった時点で、やめたほうがいいと思っていた。このウイルス普通ではない。

やめたために被る損害は莫大なものになると思うけれど、今の状態でこの時点で実行できるとまだ思っている人がいるのが不思議なのだ。万一実現してそのときに国内外の選手たちに感染拡大したらと思うと、ゾッとする。ただでさえ足りない看護師を500人もよこせと言われて派遣できる医療機関があるとは思えない。本当はその数倍も必要らしい。派遣したとして、その間の一般人の患者の危険性はどうするのか。オリンピック関係者が優先されるのかな?

そんなこんな考えていたら、北軽井沢にいるのと自宅にいるのでは危険度は自宅のほうだし、傍迷惑度も自宅の方だけれど、心情的に身動きが取れなくなってしまった。どこで何がどう展開するのか予想がつかないのがコロナ禍の恐ろしさ。金縛りにあっている。まもなくワクチンの接種がうけられる。それまではとにかく動かなくていいときには動くのをよそうと考えた。せっかくの良い季節だけれどじっと我慢の子。

口内炎は無事に薬が効いて治った。いつもなら薬すら飲まないけれど、きちんと1日3回食後に飲んで塗り薬も塗って、コロナ感染が始まってから私はだいぶいい子している。果たしてワクチンが新種型のウイルスに効くのかどうかも心配だけれど、ひとまず安心できるかな。








2021年5月1日土曜日

セコムは忙しい

たいてい夜中か明け方に電話がかかってくる。あ、しまった、またやっちまった!

最初は驚いた。こんな夜中に電話というと身内の訃報か急病、兄はもうかなり高齢だし兄だけではない、ほかの兄弟かもしれない。電話口に出ると 「セコムです、大丈夫ですか?」はあ、なにが?「生活反応がしていませんが倒れられているのではないかと」

私は一人暮らしだから、万一自分が倒れたときに身内に知られないと困る。それである一定の時間にセットした生活反応のセンサーが働いて、その時間に人の動きが感知されないと自動的にセコムさんの方へ連絡が行くという仕掛けになっている。私は生活空間とレッスン室が別れているので、それぞれにその装置がセットされている。それでレッスン室の方でよく失敗する。ちなみにこのセンサーは猫くらいの大きさのものでは感知しないそうなのだ。

今日も眠る前に確認した。ヴァイオリンはいつものベッドの横に寝ている。それではレッスン室のセットはしたに違いない。しかし、あくまでも己を知らない私は確認もせずに眠ってしまった。なんでもした「つもり」できているに「違いない」そして夜明けの電話となる。

普通の人なら2,3回失敗すれば学ぶことを、私は延々と繰り返す。最初のうちはセコムの警備員さんも緊張した声だったけれど、最近はこころなしかのんびり聞こえる。またあの家か、全くもう手間取らせて・・・とか、必要ないんじゃないの、どうせセットミスなんだから・・・とか考えているかも、いや、そんなことを言ったら毎回怒りもせずに電話してくれるセコムさんに悪い。とにかく老人の孤独死は避けたい。

よく小さな古い木造アパートの一室でおばあさんが亡くなって、畳を取り替えようとしたら1億円出てきたなんて話聞くでしょう。でも私に限ってそんなことは一切ないから期待しないでね。なぜなら家に畳がないから。その前にもちろんお金もないから。

今夜は電話が鳴る前に目が覚めた。猫が大騒ぎしている。お腹が空いたのかと思って餌を与えても食べない。隣の部屋で警報がなっているのを耳ざとくキャッチしていたらしい。電話がかかってきて警報装置をもとに戻したら、さっさと寢に行ってしまった。変な時間に目が覚めて困っている私。まだ1時間半しか寝ていないのにこのすっきりした寝覚めはどうしたものか。これでまた寝ると朝起きたとき、どんよりして午前中使い物にならない。

動物の聴覚はすごい。うちの猫は人間で言えば90歳以上なのに、階段の踊り場を隔てた部屋のドア1枚隔てたそのまた次のドアが閉まっている部屋の中でなっている音をキャッチするなんて。さて、もう一眠り。コロナで仕事がないのが幸いして、ずっと寝ていられるのは助かるけれど、本当のこと言えば寝なくていいから仕事があったほうがいい。