2020年12月31日木曜日

ノラ同居作戦失敗

 ノラは朝食は駐車場で、昼食はうちのベランダで食べることにしたらしい。早朝、駐車場に餌を持っていくと凍えきっている。おはようと言って抱きしめると冷たい。さすがのノラも寒さが堪えているらしく黙って抱っこされるようになった。しばらく温まるとさっさと餌に向かう。

ベランダまで来るようになったのでしめた!と思ったものの、そこから先が進まない。先住猫のコチャが行く手を阻む。コチャは心底嫌だということを私に訴える。にゃにゃにゃーうにゃーにゃ・・・なにを言っているかよくわからないけれど、いつもの鳴き方とは明らかに違い、必死の形相で私に語りかけてくる。たぶん「私あの子はいやなの、いやなのよ、ほんっとにいやなのよ、おうちに入れないで!」わかったわかった、じゃあ、もう少し待つから考えてあげてね。

長年の野良生活で身につけた勘でノラはすぐに状況を察知して、窓が開いていても室内には入らなくなった。本当に賢い。怒られてもじっと我慢して歯向かいもせず、静かにその場を立ち去る。数日前までは室内に入れてあげると温かい床にゴロゴロと横たわって気持ちよさそうにしていたのに、それも一切しなくなった。不憫だなあ。

近所で猫が殺される被害が起きて警察が調べていると聞いた。自分より弱いものをいじめてなにが面白い。幸いノラは私の家でたらふく食べているから、今の所安穏としていられる。けれど環境が変わって餌がやれなくなり他所の家のものを盗み食いでもしたら、殺猫者たちのいい口実となる。そのためにも早く家に入ってほしいのだが、うまくいかない。

そんなことで騒いでいるので大晦日なのに大掃除も年賀はがき書かきもできていない。この3日間、お客様が続いた。いつもの年ならまとまって集まって忘年会と称する宴会が続くのに、今年の寂しいことったらない。一人ずつ、あるいは二人ずつ。兄と姉が来て珍しく我が家でくつろいでいった。いつもなら兄の家に集まるのだが、今年はそろそろ私の出番かなと。

時々3人で集まる。他の兄と姉は、住居が離れていたり療養施設に入っていたりで来られないので、もっぱら近所の3人で集まって会食をする。兄の話が去年辺りから、自分の幼少期の話題になってきた。どんどん時代を遡っているらしい。今までほとんど聞いたことのないような戦争中の話。父親との確執とか田んぼの真中で米軍の機関銃掃射に遭遇したことなど、生々しい話題はずっと聞いたことがなかったから、衝撃だった。いつも物柔らかな兄が実は軍国少年で、幼年学校に入りたかったとか。陸軍士官だった伯父の制服と長靴、腰に下げていたサーベルが格好良かったから憧れたという。

今聞くとゾッとするけれど、当時の子供は皆ごく自然に愛国心を持つように教育や環境に支配されていた。しかも兄は飛行機に乗ることを夢見ていたから、もし戦争が終わらなければゼロ戦に乗っていたかもしれないという。そうなったら兄は今ここにいないわけで、私は兄の影響でヴァイオリンを弾いたのだから、ヴァイオリン奏者になっていないかもしれない。すると私は何をしていたのだろうか。獣医さん?競馬の騎手?猫を周りに従えたホームレス?

近所の公園のベンチに毎日寝ていたホームレスさんの姿がずっと見えない。その人の集めた空き缶などはまだ残っているので、一時的に宿泊所などに泊まっているのだろうか。コロナ禍の今、シングルマザーなども困窮しているという。政治やのおじさんたちはお身内が儲けることしか考えていないから、実態を知らないでしょうが。そのことで昨夜はうちの上の階に住んでいるOさんと怒り狂った。

実は一日早いけれど、ジルベスター・パーティーをしましょうと彼女から誘われたので一緒ワインを飲むことにした。彼女は言うなればエリートだし私も今のところはまあまあ安穏と暮らしている。それに比べて今の日本の若い女性たちのあまりにも可哀想な現実を聞くにつけ、なんとかならないものかと焦りに似た気持ちになる。自分で運命を切り開ける力があれば現代は女性には住心地が良いけれど、運命に翻弄されて子供を連れて離婚した女性に世間はあまりにも冷たい。養育費を払わないずるい男のなんと多いことか。男性と同じだけの仕事をしながら家事はすべて女性、育児も丸投げされたあげく不倫されてしまったら、女性にも非があるという言葉は絶対に口に出せない。

無料の食料品提供場所に現れてこれで少し助かりますというシングルマザーの言葉を聞くと、テレビ局は変なバラエティー番組など作っていないで制作費を彼女たちにまわしたらどうか。私は毎月ある福祉団体にわずかばかりの寄付をしていたけれど、それをシングルマザーに回せないかと思案中。今困っている女性たちにと思っている。

それよりも政治屋の「おじさん」たち、「たったの」何千億円を無駄使いせずに困っている人に今すぐに回してほしい。昨日深夜まで上の階のOさんとえんえんとそのことを話し合った。なんとかならないの、日本のおじさんたち、おじいさんたち。それに小動物をいじめる者共、そこへ直れ、まとめて成敗してくれる。










2020年12月27日日曜日

ご飯はマジック

暮れに頂いたのはわかめ、海苔 、筍、山椒など。日本の昔からの食べ物。私は基本的には夕飯は主食抜きだから、それらのもので薄い焼酎のお湯割りをちびちびと飲む。あまりにも薄いお湯割りだからほとんど白湯に近い。

今日の献立は生湯葉に山椒の実の塩漬けをちらして、あとは筍の煮物と茹でたさつまいも、生わかめ。とても簡素な食事だったから食事をした気にならない。全部酒の肴みたいで。最近は少しでも食べすぎると胸焼けがするから、夜はなるべく肉食は避けている。それでも時々無性に肉類が食べたくなることがあって、久しぶりに食べると美味しすぎて食べすぎて太りすぎて。

今日は食べる量はいつもと同じくらいなのに、なにか物足りない!と思ったら、ご飯がない。これらの惣菜はご飯がないと締まらない。ご飯と一緒に食べればこの上なく美味しいのに、ご飯なしだと野菜というより野草を食べているようで。日本人はご飯という素晴らしいものを発明したので、簡素な食事でも美味しくいただけるのだとこの歳で今頃になって気がついた。特に筍は油揚げと一緒に御飯に混ぜて食べると最強。

それなのに私は昔からご飯よりパンが好きだった。演奏旅行でアメリカに一ヶ月半ほど行っていたけれど、そのときには全くご飯が食べたいとも思わなかった。時々中華料理の店に入ると、日本人だからと言ってご飯を出してくれるところもあったけれど、あまりありがたいと思わない。中華のご飯はお米が違うし、私はパンが好きだからパンで十分なのだ。よく海外に行くのにレトルトのご飯やフリーズドライの味噌汁を持っていく人がいるけれど、なんで?向こうに行けば向こうの美味しいものを食べればいいじゃない、と思っていた。

大家族で育つと、自分の好きなものだけ食べるというわけにはいかなくなる。目の前のものを食べなければ他の兄弟に食べられてしまう。好きの嫌いの言っていられない。食べなくても誰も気にしてくれない。食べたくないなどと言おうものなら、兄弟が「あ、そう」と言って持っていってしまう。私の母は私がやりたくないといえば絶対に強制しなかった。「ご飯が食べたくない」といえば「じゃあ残しなさい」「学校に行きたくない」といえば「じゃあ休みなさい」拒食症や登校拒否になる余地がなかった。

だから好き嫌いはほとんどない。強いて言えば人参よりじゃがいもが好き、姉は人参が好きで、ジャガイモのサラダは私がじゃがいもを食べ、姉は人参を食べてうまくいった。大豆とごぼうの鉄火味噌は、私が大豆、姉がごぼうを食べてうまくいった。多勢がお互いに折り合いをつけないと、大家族は生きにくい。

パンが好きだというのも、その頃の食事はほとんどがご飯で、パンはたまにしか食べなかったからだと思う。珍しかったのだ。うちでパンを食べたい人がいると隣の駅まで歩いて買いに行かなければならなかった。まだ我らが街にはパン屋さんがなかったので。時々兄に手を引かれパンを買いに行った。途中に進駐軍のキャンプがあって守衛さんが門の前に厳しく立っているのが怖かった。パンを買いに行く途中、私はその守衛さんの前でおもらしをしてしまったことがある。兄が「ほら、兵隊さんがこっち見てるよ、叱られるよ」と言ったけれど、笑いながらだから冗談だとわかった。それが返還されて日本の警察学校になった。今でもその門の前を通るたびにそのことを思い出す。

幼かったから恥ずかしさはなかったかと思うけれど、鮮明に覚えているので自尊心は多少傷ついたのかもしれない。それよりも、これから先そんなことがあったらどうしよう。あははと笑ってごまかそう。でも漏れない下着のコマーシャルで随分若い人たちが出ているのが気になる。本当にその若さで?と訊きたい。まさかね。こういうコマーシャルでも若くて美人が出たほうがいいのだと、変なところで感心している。なにも若くなくても、あんな美人でなくてもねえ。

足の痛みは日毎に軽くなってきている。日によってムラがあるけれど、昨日は痛くなる前と同じくらい歩けた。今朝は痛みはなかったけれど、時々休みながら歩いた。ここ数ヶ月の足の痺れはほとんどなくなった。片足立ちができるようになった。このまま良くなっていけばいいけれど、とにかく体重を増やさないことが一番大切なのだ。ほんの1キロ違っても症状が変わる。それとよく動くことが一番の薬。姿勢を保つのに努力がいる歳になった。だから当分夜はごはん抜き。

少しだけ努力をして体重を徐々にに減らしてきたら、足がぐんぐん良くなってきた。筋トレとセットにして、毎日の歩数を伸ばすことに成功した。けれど、意志が弱いからすぐに体重が増える。時々甘いものが無性に食べたくなってドカ食いすると、それまでの苦労が水の泡になる。じっと長い間我慢してやっと1キロくらい減らしても、ほんの少しの油断であっという間にリバウンドする。今まで何回こういうことを繰り返してきたことか。

ダイエットはかんたんだ、私は何回もできたのだから・・・といった人は誰でしたっけ?禁煙もダイエットも一度身につけたものを剥がすことは難しい。人はみな、欲望のままに生きたいので心の中ではいけないと思いながらつい易きに流れる。結局欲望が勝つか人としての良識が勝つかのせめぎあいの中で心を病んだりする。野生動物なら強いオスはボスになれるのに、人間社会では刑務所に入れられたりする。人は人間らしく生きようとして動物の幸せを捨てたので、今後はもう少し動物に戻ったほうがいいのではないだろうか。

そうすればもう会社勤めをしなくてもいい。無理に残業なんてクソ喰らえ!地面の落ちているものを拾って食べればいい。強いオスは何人ものメスをゲットできる。複数のメスに手を出しても週刊誌に書き立てられて、謝罪の場に引きずり出されずに済む。弱いオスは・・・これが面白いことに、強いオスよりもモテるという研究があるのだ。2,3番手はボスのいる中心から少し離れておこぼれのメスをいただくというわけで。弱いオスのほうが子孫を残す率が高いとか。うまくできている。

なんでこんな話になってしまったのだろうか?そう、私の足の痛みから。支離滅裂でまとまらなくなってしまったので、このへんでまた!










2020年12月25日金曜日

なにお買いワンや(なにをか言わんやにゃ)

タイトル「なにお買いワンや」は変換の妙!こういう変換って・・・・誰が考えるのだろうか、Googleさん教えて!ねえねえ。

数ヶ月先の話で実現するかどうかわからないけれど、ひとつ仕事があるのだが・・・コロナで先行き不安だけど、とりあえず準備だけはしておこうと。

関西方面での仕事なのでホテルの手配を始めた。今なら60日以上前の早割が手に入る。というので調べていた。ホテルだけ確保すれば新幹線はジパング倶楽部がつかえるから、かなり割安。新幹線は普通に買うなら1ヶ月前から売りだしなので、とりあえずホテルだけでも予約しておこうと近所のJTBへ行ってみた。

ホテルは今や叩き売り状態。かなりのランクのホテルでもシングル5000円以下で泊まれる。国内ツアーで頼んで新幹線往復をつけると35000円ほど。私は以前日本中を駆け巡っていたから、この手の安いチケットを探すのになれている。数年前だけれど、そういう国内ツアーでは2万円台が普通だったのに、いまや少し高めに設定されている。行く場所が観光地ということで仕方がないのかと思ったが、京都などは割安がいっぱいある。大阪はもっと安いからホテルによってはツアー全体が2万円台の前半くらいでも見つかる。

そして旅行社のカウンターで色々訊いてみた。そして驚いたのは国内ツアー代金の他に新幹線の座席指定の料金がかかるということなのだ。そんなこと初めて聞いた。ツアー料金は新幹線自由席往復とホテル代のみ。座席指定に片道3500円請求されるという。すると35000円の基本料金(食事なし)にプラス新幹線往復の座席指定7000円、少なくとも42000円以上。しかもそれならGo Toキャンペーンが適用されるという。普通にばらばらで買えば、私の場合、ホテルを別に頼んで新幹線はジパングを使うとトータルで25000円ほどで済む。もちろん指定券込みで。

なんじゃこれ?Go Toを使うと10000とか5000円とか割引があると見せかけて、全然安くはないのが判明した。結局損するのは何も知らないで国民の税金から給付金もらって喜んで旅行に行った人たちと我々納税者たち。政府も旅行会社も全く損をしないのだ。最初はほとほと感心した。しばらくして猛然と腹がたった。どこの誰がこんな悪知恵を使ったのかしら。それはあの「おじさんたち」に決まっている。

これってオレオレ詐欺より始末が悪いのでは?のせられてホイホイ旅行した人たちは、普通に自分で手配すれば、もっと安く行けたのに。旅行の手配は慣れれば本当に簡単なので知っておいたほうが良いと思う。ホテルは料金を調べて自分でホテルに電話するなり旅サイトで予約する。30日とか60日以上前に頼めば早割がきくことがある。ちゃんと確かめてから予約。その際、キャンセル条件を必ず訊いておくこと。現地で支払うことにしておく。クレジットだとキャンセル後が面倒。年齢が高ければ、ジパング倶楽部に入っておくと便利。

キャンセルは必ず指定された日以内にホテルに直接電話するのが最小限の礼儀。ネットでの取り消しもできる。期限が切れるとキャンセル料が発生するけれど、たいていの場合ホテルは泣き寝入りになる。キャンセルの部分だけ何故か客対ホテルになる。旅行会社は知らん顔。ホテルは客を回してもらう立場上、会社には弱い?

JTBが仮押さえしてくれたホテルは私が気に入ったホテルと同じなのだけれど、どうも部屋のランクがひとつ下のようだ。禁煙室を頼むと消臭の喫煙室だという。そんな馬鹿な。タバコは匂いだけでなく有害物質が残留しているから、本当の禁煙室でないと困る。いちおう朝食抜きで暫定的に確保してもらったけれど、やはりこれはまずい。家に帰ってからじっくりと同じホテルの条件を見ると、旅行会社のよりもランクが上の部屋で朝食付きが同じくらいの値段で出ているではないか。ははあ、ここでも旅行会社は差額で儲けるつもり。それは彼らも商売だから納得できても、やはり信用できない。もう自分だけが頼りの世知辛い世の中なのだ。それにコロナが拍車をかけて、この先住みにくい世の中になることは目に見えている。各々方、しっかりと生きていかないとむしられますぞ。

翌朝旅行社にホテルのキャンセルの電話を入れた。呼び出し音1回で女性が出た。昨日ホテルの手配をお願いしたものですがと言うと、多分満面の笑顔と思しき声で「ありがとうございます」と言う。「大変申し訳無いけれどキャンセルお願いします」といっても声音は変わらず最後まで感じよく対応してくれた。こうして末端で働く人達は努力をしているのに、相変わらずおじさんや今回はおばさんまでもが高級料理店で自分たちが言い出した人数を超えて会食をしている。後で謝りゃいいってものじゃないのよ。




静かすぎるクリスマス・イブ

二匹の猫の仲裁でドっと疲れほんの少し昼寝のつもりが数時間眠った。目がさめたら世の中は日がくれかかっていた。 今日は曇天で少し寒い。それでノラが昼食前にベランダにやってきた。うち猫のコチャが少しずつノラに慣れて来たようで、最初の頃みたいな吠え方をしなくなった。ノラも安全な間合いを学習したらしく、この調子だともしかしたら案外早く仲良くなれるかもしれない。

昼寝をしたのでノラに餌をやるのが遅れた。外でまさか待ってはいるまいとベランダの窓を開けたら、居た。もうすっかり様子がわかったらしく落ち着いている。コチャは私が窓を開けるたびに様子を見にくる。今日は思い切ってご対面!一応コチャは怒るけれど、迫力がない。ノラは長年の世渡り上手が幸いして、だんだん核心に迫ってくる。コチャが自分の餌場で食べている後ろでこっそり自分も餌をもらって食べている。コチャは文字通りの箱入り娘。大勢の猫に囲まれても唯一人、押入れの巣穴の毛布の上で一日の大半を過ごしていた。ノラは様々な猫と遭遇しながらも、持ち前の社交性が幸いしてうまくいきてきた。これはノラの勝ちになるかな。だからといってコチャが意地悪されるわけではなく、ノラは本当に性格が良い子なのだ。私が数日家を空けるとコチャはすっかり神経質になっているけれど、ノラが一緒なら寂しくはないと思う。

夜になって、ああ、今日はクリスマスイブなんだとちょっとわびしい気分になった。いつもの年なら、なんだかんだ口実を作って友達が集まって賑やかに過ごす。今年は全く予定がない。昨日、英語の先生が「七面鳥を焼くので食べに来られない?」と言ってくれたけれど、家と家が遠すぎて少ししんどいからためらって結局行かないことにした。車で行けばワインも飲めないし。彼女は私がクリスマスもお正月も一人ぼっちと聞いて声をかけてくれた。七面鳥は4キロあって、それにクリスマス・プディングも焼くらしい。イギリスのクリスマスいいなあ。4キロというから以前飼っていた猫を思い出した。

4キロの雄猫はカーテン上りが得意で、スルスルと登っていく。上まで行くと両手の爪をカーテンの布地にかけたまま十分すぎる体重で滑り落ちてくる。布はひとたまりもなく縦に裂けてボロボロ。猫を飼う人は、コーヒーの中に猫の毛が浮いているのとか、ソファがボロボロになるのが平気でいられないといけない。うちの椅子は猫の爪とぎに使われて両サイドがフリンジになって垂れ下がっていた。

猫たちの騒動に巻き込まれたあとは静かなクリスマスイブ。今年は私だけでなく、大勢の人が一人ぼっちのクリスマスを送ったと思う。本来クリスマスはどんちゃん騒ぎの日ではなく家族が集って楽しく過ごす日なのだから、原点に戻れてよかったかもしれない。

数年前まで、毎年来日していたロンドンアンサンブルに付き合って、私はいつも12月は忙しかった。彼らと一緒に演奏するだけではなく、車で送迎したり練習の後の付き合いだったり、箱根が好きな彼らと一緒に箱根に泊まりに行ったり。そんなことも中心的な存在だったピアニストの美智子さんが亡くなって終わりとなった。彼女のご主人のリチャードは、いつもイギリスの家族から「クリスマスは今年も日本でなの?」と言われていたらしい。今では彼はご家族と一緒にイギリスでクリスマスを過ごしているのだろうと思う。「美智子のいない家は廃墟だ」と言っていたそうだから、一緒にいられる家族がいてよかったと思っている。外国で日本人が成功するには大変な努力が必要。特に音楽の本場はヨーロッパ。その本場で活躍していた美智子さんは、人一倍の努力をしたと思う。それが彼女の体を蝕んだのかもしれない。

家の冷蔵庫を漁っても、先日冷凍品を片付けたのでほんの少ししか残っていない。その中で正体不明のジップロックを見つけた。なにかの肉らしい。これを解凍して食べよう。解凍したらなんとまあ、どんぴしゃり!去年のクリスマス用チキン残り物だった。つい先日一年ぶりに解凍して食べきれなかった分。すっかり忘れていたのが出てきて一応形ばかりの一人クリスマス。ケーキはないからこれもカチカチに凍ったアイスクリームを食べた。このアイスクリームのカロリーを消費するのにどれだけ大変かと思ったけれど、ま、今日は自分へのプレゼントだと思ってと言い訳しつつぺろりと平らげた。明日の口実はなんにしようかと考えながら。

大家族で育っていつも暮れから正月はにぎやかに過ごしてきて、今こんなに静かな年末を迎えるとは想像もしていなかった。子供や孫に囲まれてにぎやかに過ごせたらどれほど楽しいかとも考えるけれど、これで良かったとも思える。もしたくさん人がいたらうるさくてかなわんと思っていそうで。それでも人間の言葉が話せる生き物と話がしたい。猫ではねえ。

特に今年はコロナのせいで、気のおけない人たちとも中々会えなくて本当に寂しい。いつも合わせてもらっているピアニストとも、なんだかやる気しないよねと電話で話した。今年中には新しい曲を一回合わせようと言っていたのに、年明けにしようということになった。その頃コロナの感染者数はどうなっているのかなあ。空恐ろしい蔓延の仕方で来年はどうなることやら。





2020年12月23日水曜日

悲しいノラ

コロナがらみの議員たちのやりきれない特権意識。毎日毎日テレビに向かって怒り狂っていても、ここに怒りをぶつけてもごまめの歯ぎしり。ドヨンと死んだ魚の眼をしたおっさんたちが頭を下げて心にもない謝罪。俺たちゃ運が悪かったよなあ、おい、などと後で飲みながらぼやいている姿まで目に浮かぶ。情けない。書いても書いてもきりがないから気分転換にうちのノラの話をしましょう。

毎日我が家のノラネコ食堂に現れて、最近は朝昼晩と3食のお得意様のノラ。穏やかで優しく臆病な女の子。彼女は数年懸りでやっと 私に抱っこされるようになった。それもほんの一瞬だけ。長い間他の猫や人間に意地悪されていたらしく、絶対に警戒を緩めない。それでも最近は我が家のベランダまで来るようになった。初めてベランダで食事をさせたら喜んで、自分はこに家に受け入れられたものだと思ったらしい。しかし、この家には先住猫のコチャが番を張っていた。

温かい床に足を踏み入れ、ああ、天国と思ったのも束の間、コチャの逆鱗に触れて惨めに外へと追いやられた。ノラがやっと部屋に入ってきたときに、うちの猫の攻撃からすぐに逃げ出られるようにと窓を開けておいたけれどあまりの寒さに耐えかねて閉めようとしたら、私の動向を機敏に察してあっという間に外へ出てしまった。それが2回続いたらもう家の中には入ってこない。野良生活で身につけた悲しい生活の知恵。面白そうに遊ぶのでしばらくかまってやっていたおもちゃ遊びも、もはや効き目がない。可愛そうでならないけれど、万一うちの猫になっても今までの自由がなくなってしまうのは彼女にとっていいことか悪いことか、判断しかねるところなのだ。

それでも毎日ベランダがお陽さまでいっぱいになる頃に、のんびりと寛ぎにくる。決して閉じ込められないので夕方寒くなると窓を締める。それが彼女にとっては私から拒絶されたと思うらしい。寒くなったら窓閉めるっきゃないでしょうが。私は体に毛皮がないから、冷えてしまうじゃないの。外でしばらく足踏みしなら鳴いているけれど、今まで暮らしていたところもあることだから仕方なく締めてしまう。

ある日彼女が部屋にいるときにやっと窓を締めて捕獲したと思ったら、そのパニックたるや恐ろしげに鳴く声に耐えられず結局諦めて外に出してやった。いつも思うのは、こうと決めたら相手に遠慮せず絶対に家から出さなければいい。けれど私は気が弱いから(猫に対しては)、つい見ていられなくて出してしまう。でも出してしまうと猫は警戒心が増大して疑り深くなってしまうのだった。逆効果と知りながらやってしまうのは愚かしいことだと思う。

猫にしてみれば、いきなり家から出られなくされてわけのわからない先住猫に脅され、それは恐怖だと思う。長年かけて築いた信頼関係がすこしばかり後退する。最初の日、彼女はもうすっかりここに住み着く気でいたらしい。しかし、あまりにも警戒が強くて窓が閉められない。私の動きを察知して逃げ場を確保するその機敏さと言ったら、さすが。少しでも私が彼女より前に窓に近づこうとすると、もう外に出てしまう。窓が閉まらないと私は凍えてしまう。閉めようとするとすぐに外に出るノラ。一度まんまと閉じ込めに成功したもののパニクるノラ、結局その日はついに夕方寒くなって外に出してしまったことが彼女にはショックだったのかもしれない。その時私が我慢して出さなければよかったのかな。

こういうときには断固として人間が決めたようにしないといけないと思うけれど、私は人にものごとを強要できない。自分がそうされたくないから。猫といえども多分嫌なものは嫌。そう思うとどうしても引けてしまう、この弱さが人生のすべてにおいて敗因なのだ。

ノラは長年人や他の猫にいじめられながらも天使のように性格が良い。しかも人の気持がちゃんと分かる。この猫がうちの猫と仲良くしてくれたら、私が留守の間コチャは寂しくないと思うけれど、頑なに拒否する。今までたくさんの猫を飼ってきたけれど、たった1匹だけ、すべての猫を受け入れる稀有な存在だったのがニブという雄猫だった。

ニブは我が家の駐車場の車のそばで、息も絶え絶えだった。痩せこけて鼻が鼻汁で塞がれて呼吸困難になっていた。しばらく動物病院のお世話になって我が家へ入った。本当に不思議な顔をしていた。目と目が離れていて、体はテリア犬のように筋肉質でガニ股。性格は穏やかでどんな猫も受け入れる太っ腹。なによりもその雰囲気は、家に来た友人曰く「まるで修行を積んだお坊さんみたい」

新しい猫が来ても絶対にいじめない。しかもうちの猫たちの保護者を自認しているらしく、外で犬がうちの猫に遭遇するとボディーガードよろしく追い払う。外で騒ぎ勃発、犬がニブに吠えている。私は飛び出していって犬の飼い主に言った。

「うちの猫をいじめないでください」すると「でも猫が・・・」と飼い主。「犬はちゃんとリードがあるのだから引っ張って連れて行ってください」すると「でも、猫が・・・」犬も飼い主もなぜか怯えている。するとニブは猛然と犬に飛びかかった。キャイ~ン!しっぽを巻く犬。そして「ほらね」と飼い主。わあ、恥ずかしい、ごめんなさい。

勇敢で男気があって物静かな哲学者みたいなニブ。人間の男だったら私は絶対こういう人がいい。「ニブ、来世でもし人間になれたら結婚しようね」と約束したけれど、来世でもし鼻水垂らした男が現れて結婚を迫られたら、うーん、どうしよう。少し考えさせていただきます。






2020年12月16日水曜日

呆れたおじさん

 なんといいましょうか・・・呆れてものも言えない。菅総理大臣。あなた本当にプロの政治家ですか?総理大臣の陰で今までは無事に過ごしてきたけれど、急に日の当たる場所に出たらすべて露呈しましたね、能力のなさが。

私はこのブログを始めたときには政治や宗教といった問題には一切触れず、楽しいことだけ書こうと思っていた。けれど、今年のコロナ発生以来、政治家おじさんたちの想像力の欠如、常識の無さに呆れ果てて毎日グチグチと文句ばかり。書くのも嫌だけれど、言わないともっとお腹が膨れてしまうから全くもう!なんてこった!

今までの官房長官という立場なら右顧左眄して、アチラコチラの意見をまとめることでなんとかやってこられたとおもうけれど、確固たる意見を持たないでうまく立ち回るということは総理大臣になったらもう無理でしょう。確固たるというのも困ったもので、先代の安倍さんはそれで随分法律違反をしてものらりくらり、人が自殺しても我関せず。全くもう、どいつもこいつも!

それにしてもGo Toなんぞは最初からやらなければよかった。もう少し感染が収まってからならやってもいいけれど時期尚早だったわけで、もう数ヶ月待てば少しはマシだった。今年いっぱいお正月すぎるまではじっと我慢すればいいのに。誰だって今の時期苦しいのは当たり前。なんと言っても未曾有の感染被害なんだから、中にはうまく立ち回る人がいても、ほとんどの人は青息吐息。でも政治屋さんたちは大企業や観光業者に優しく、今にも押しつぶされそうな個人営業、中小企業や母子家庭などには目もくれない。

この時期に旅行に出られる人たちは比較的余裕のある人達だから、彼らは自腹で遊べばいい。キャンペーンのキャンセルで出た損失を補填するといっても、そのお金は国民の税金から支払われる。補填されればまだましで、その恩恵にあずかれるのはごく一部。菅さん、あなた達の私財をなげうって補填すればいいのよ。

少しばかり安くなるからと言って、こういう時期に遊びに出かける人も人。キャンペ-ンに乗らないと損するとばかりで、本当にさもしい。遊びのお金はきれいに自腹でいきましょう。自分で稼いだお金で遊ぶのはどんなに清々しいかと、私は思うけれどね。

感染拡大はわかりきったことだった。だれが考えたって人の移動が始まれば、ウイルスも移動するでしょう。どこでどう感染ったっておかしくはない状態なのに、それをわざわざ補助金出してやらせるなんて、もう私の腸は煮えくり返ってホットドックになって、お腹の中で湯気を出している。そして中止した場合の経済破綻は何百、何千億円にもなるという。このつけを払うのは一体誰?あなた?あのバカバカしいマスク以来の無様な経済損失。こんな人たちに誰が票を入れたの。

マスコミにも言いたい。Go Toが始まったときになんの批判もなしに毎日報道していた。観光地に大勢で押しかける人の群れが映し出され、それなら自分も行ってみようかなという思いを煽り立てているようだった。せめてオリンピックが終わるまで待てなかったのか。私はオリンピックも延期したほうがいいと思うけれど、流石に国の威信をかけて感染拡大防止に努めるのでしょうね?おじさんたち。

テレビの報道も危険だなと思ったけれど、放送局もスポンサーなどの圧力もあろうかと少しは同情の余地はあるかと。しかし、国民の目がまず注がれるのはテレビの報道だから、偏った報道は誤った方向に大衆を導いてしまうことになるという危惧はいつも持っていてほしい。楽しそうにはしゃぐ観光客の様子を見せられて、それなら自分も乗り遅れまいと思う人は多いと思う。

コロナ感染のせいで人生が狂ってしまった人もいると思うけれど、長い人生のうちのたった1、2年。その間起きたことが後々のためにどう役に立つかはわからない。長い目で見ると案外トータルは良かったりするかもしれない・・・そう考えないとやってられないわね。こういう時期に生活環境を変えることもできるのだから。







2020年12月14日月曜日

冷凍食品一掃キャンペーン

 以前からずっと気になっていた冷凍庫の中身。一体これはいつからここに住み着いたのかと思うようなものが眠っている。一年前のクリスマス用のチキンとかミートパイとか、食べても大丈夫?状態のものが未だにゴロゴロ。思い切って全部食べつくすことにした。

恐る恐る解凍するとなーあんだ、普通に新鮮ではないか。最近ダイエットをしていたので、肉食我慢が限界に達している。焼き上がったチキンの匂いに釣られて猫が騒ぐ。はてな、今までうちの猫は魚しか食べないと思っていたのにこの騒ぎはなに?あらま、美味しそうに食べてる。数万年前のマンモスだって食べられるのだから、一年やそこいらは大丈夫。久しぶりに肉食を堪能した。

それからご飯のパック。最近私はご飯を炊かなくなってしまった。一人ならパックされたご飯を電子レンジでチンしてホカホカの炊きたてが食べられる。すべて省エネ。味噌汁はフリーズドライ。日本の食文化の衰退が我が家から始まっている。お餅もいつ買ったのか忘れるくらい前のものだけれど、時々銀座久兵衛の海苔を送ってくれる人がいて、それがえらく美味しい。その海苔で焼いたお餠をくるむと、いくらでも食べられそうで怖いくらい美味しい。薄いのにしっかりと香りの強い上等な海苔は、滅多なことでは口に入らない。普段は近所のスーパーで買う安い海苔を食べているから、同じ海苔でもこれほど違いがあるのにびっくりする。

なんでも良い物を選ばないと、本当の味を忘れてしまいそうだけれど、経済的にそんな贅沢はできないから、時々いいものを食べて味の記憶を絶やさないようにしないといけない。味の違いくらいはわかるけれどグルメではないので普段はなんでも美味しくいただく。味覚が鋭い人は辛いだろうなと思う。嗅覚の鋭敏な人も辛いだろうなと思う。私は五感の中で少し突出しているのは聴覚だけ。これは職業的に訓練されているのと、子供の頃から良い音楽を聴いて育ったので非常に敏感だけれど、それ以外は全くの凡人。

クラシックでなければだめとか、音楽の好き嫌いが無いので助かっている。ロックでは流石に無理だけれど、ジャズのコンサートに行ったらはじめから終わりまで爆睡だったので我ながら呆れた。アート・ブレーキーとジャズメッセンジャーズ、始まったらドラムのリズムが心地よく眠りに誘ってくれたので、目が覚めたらコンサートは終わっていた。音の大きさではなく質が問題なので、小さな音でも悪い響きはたまらなくいや。

それでなにを語ろうと思ったのか・・・

そうそう、冷蔵庫の中身を処分して掃除をしよう。めったに思いつかない考えだから、思いたったら百年目、まず中身を空にすることに専念。次々に出てくる化石や発掘物。これ食べて大丈夫?全部食べつくしたけれどまだ生きている。すみませんね、往生際が悪くて。食べ尽くしたらもう掃除をする気力がない。新しい食料を買い込む前に掃除をしないといけないのに。

文明の発達のうちで冷蔵庫ほどありがたいものはない。最近の地球の温暖化にもし冷蔵庫がなかったら、ゾッとするような事態になっている。もはや調理する気力もなく、レトルトやコンビニや缶詰に宗旨変えをしようと思っている。まず腐敗の心配がない。置き場所をとらない。保存が効く。新鮮さが保てる等、いい事ずくめ。ポテトサラダくらい自分で作れと言ったおじさんがいるというから、そういう人はご自分でお作りください。そうすれば奥さんの苦労がわかるから。何十年も毎日人のために作らなければならなかった時代は終わった。食べ物のために浪費した時間がもったいない。むしろよくやったと自分を褒めてやりたい。

レッスン室はレッスンのためと、友人たちとの憩いの場としての役割があった。春にはお花見で何十人もの人たちがすし詰めでお酒を酌み交わした。今コロナの時代、めったに人は来ないから、そちらにおいてある冷蔵庫は中身を空にして電源を切った。時代が終わった、と思った。これから断捨離、膨大な楽譜は見ると捨てられないから、見ないで捨てる。CDとカセットテープはすべて処分する。ステレオ装置も。そうなれば部屋は随分広くなるから、コロナ騒ぎが終わったら、ミニコンサートができる。

食料一掃というより人生の垢を削ぎ落とすことにする。サバサバするよね、きっと。生きるということは無駄を生じる。ゴミだらけの人生、一番のゴミは自分だけれど、時々は皆さんを楽しませられたのかな?

ここ数日、足の調子が良い。毎日の筋トレとウオーキングが功を奏したかもしれない。体重のコントロール、食事の質と量など、いつもいい加減な私には珍しく頑張ってみた。やはりまだコンサートで演奏したいということがモチベーションとなっている。弾き終わって椅子から立ち上がれなければせっかくの名演奏(?)が台無しになる。片足立ちもだいぶ復活してきた。スキーもまだしたいし、老後の明るさは足にかかっているのだ。

まだ冷蔵庫の掃除はすんでいないけれど、これから食料品の買い出し。筋肉に必要なタンパク質のためにまた肉食に戻ることにした。ピアニストの室井摩耶子さんは90歳を超えても未だにステーキを召し上がるらしい。私も90とまでいかなくてももうしばらく皆さんのご迷惑を顧みず弾かせていただきたい。聞きたくなければ耳栓をご持参の上会場におでかけくださいませ。











猫のジレンマ

もう何年になるかしら、うちのノラに餌を与え始めてから。白地に黒のはっきりした模様のノラは賢くて少し臆病な女の子。誰かが面倒見たらしく不妊手術済の印で耳が切れている。数年前から我が家のノラ猫食堂の常連さんとなった。しかしそれは厳しいノラの世界、散々意地悪されたりボス猫に執拗に追い回されて、雨に濡れながら悲しげにこちらを見ているのが哀れでたまらない。ところがあるときからボス猫が急に姿を消した。やっと彼女は晴れてノラ猫食堂一番のお得意さんになった。

他の猫が次々姿を消す中で彼女だけは無事でいるのは、おそろしく臆病だから。私が毎日餌を与えているのに少しでも近づくとサッと距離を取る。夢中で食べているときにそっと近づいて、数年かけてやっと背中を撫でさせてもらえるようになった。それからしばらくしてやっと抱っこができるようになったけれど、その間も油断はしない。私の動きを抜け目なく伺っていて、怪しい動きをしようものならすぐに身をくねらせて逃げていく。

駐車場で餌を与えて自室に戻るから、私がこの建物のどこかに住んでいるらしいということはとっくに知っていた。玄関まで見送ってくれるから。それでもその玄関から更に上の階の部屋にいることは最近ようやく理解するようになった。

ある時何気なくベランダを見たら、ノラがいてこちらを見ている。いつの間にか私がこの部屋に住んでいることを知ったらしい。けれど、そこは臆病な子だからすぐには上がってこない。時々ベランダの窓が開いていると網戸越しに小さな声で鳴いて存在をアピールしてくる。私はうちの猫姫さまに気兼ねしながらそっと餌を与える。

うちの猫は多頭飼いからやっと開放されていまや一人っ子。我が世の春なので、他の猫がまた来たら嫌がるだろうと思って餌やりは内緒にしているけれど、やはり動物の鋭い勘は侮れない。すぐに察したようだ。ある時網戸越しに対面させたらノラを威嚇し始めた。そこは長年の野良生活で培った処世術で、ノラはおとなしくベランダから退散した。そういうことが何度かあって、ノラはこのうちには先住民がいて、自分は踏み込んではいけないのだと納得したらしい。その態度が良かったらしく、うちの猫はやや敵意を収めているけれど、この先何年経ったら同居できるようになるかはわからない。

家に入れてしまえば一ヶ月ほどで大抵の猫は馴れてしまうからそうしようかと思ったけれど、年老いたうちの猫が不憫でノラにはもう少し辛抱してもらってゆっくりと慣れさせていきたい。何年も外で暮らしていたのだから。けれどこれから寒波襲来、寒さに震えながらじっと食事を待っているノラも可哀想で、私はもう気が揉めて仕方がない。野良だっていつまでも若いわけではないのだから。

近隣住民に猫嫌いがいるらしく、こともあろうに毒を盛ったりする。最近も警察が調べていたそうなのだけれど、うちのノラに手を出されたら大変なのだ。嫌いだからといって殺す人はどんな人なんだろう。猫が殺せれば人も殺せるというから、ノラの飼い主の私も危ないかも。そんなことされたら私は絶対に化けて出てやる。

もしかしたらノラには飼い主が他にいるような気もする。毛並みが艶々していて甘え上手、そのところがボスねこのお気に召さなかったようなのだ。人間の機嫌ばかり取りやがって!と言わんばかりだったから。それでも私が差し出す大盛りのご飯をぺろりと平らげるから、どうやら自宅では食べさせてもらえないのかもしれない。

以前ここに通ってきた三毛猫の飼い主が昨日訪ねてきて「あれ以来ミケは家にかえってこないけれど、どこかで飼われているんでしょうかね」という。私は他の家の猫のことまでは知らないけれど「きっと飼われていますよ」と言って慰めておいた。猫はたくましく何軒もの餌場の保険をかけている。ここが駄目ならあちらというように。うちのノラだってボス猫に追い払われて暫く来られなかったけれど、別に栄養失調にはなっていなかった。

三毛猫の飼い主さんはしおしおと肩を落として帰っていった。話を聞くと、どうやら三毛猫はその家が嫌いらしく、子供がいるのが気に入らないらしい。

私の母がよく言っていた。猫は新しい家にもらわれていくとき「その家には子供は何千匹いるの?」と訊くそうなのだ。嘘でしょうって?いえいえうちの卑弥呼様のご託宣に間違いはない。子供は一人で猫にとっては鬼の千匹に匹敵する。猫にとってそのくらい子供は苦手らしい。しばらく飼っていたトラ猫は気性が荒く私は引っ掻かれてばかりいたのに、近所の子供にはいくら手荒く扱われても一切抵抗しなかった。猫だって弱いものには手出しをしない。それなのに毒を食べさせる人間は卑怯者の権化。





2020年12月11日金曜日

ヅメ先生

散歩の途中が道路工事中。片側通行になっていて警備員さんが交通整理をしていた。そばを通り過ぎるときに会釈をしてくれたから私も軽く頭を下げて通った。その時不意に思い出したのがクラリネット奏者の故北爪利世さん。仲間たちからはヅメさん、ヅメ先生と呼ばれていた。 

ヅメ先生は無類の車好き。同じオーケストラの大先輩で、演奏旅行の時には必ず車を連ねてでかけた。ハンサムで優しくて女性たちからは絶大な人気を集めていた。オーケストラきってのジェントルマンで愛妻家、二人のお子さんの良き父親としても知られていた。・・・

けれど、一旦ハンドルを握ると豹変!年がら年中パトカーに捕まりネズミ捕りに引っ掛かる。久しぶりに会うと開口一番「また捕まっちゃってね」がお決まりの挨拶となった。私は先生の助手席によく乗せてもらったけれど、工事現場を通り過ぎるときなどは警備員に挨拶をして通る。すごく礼儀正しかったので、今朝はそのことを思い出したのだった。こういう人たちにも気配りを忘れない人って素敵だなあと思った。

ところが行儀の悪いドライバーに出会うと、いきなり窓を開けて怒鳴りつける。「バカヤロー」なんて。いつものジェントルマンが突然猛々しくなって、はじめのうちはびっくりしていたけれど、そのうち私もけしかけるようになった。粋がって追い越していく車がいると「先生!追い越されて悔しくないの?追い越しましょうよ」なんて。悪い子でしたね。

私がオーケストラをやめてしばらくした頃、軽い狭心症になって東京女子医大に通院していたら、ロビーでばったりヅメ先生に出会った。「え、君もかい?」と訝しげに尋ねられた。ヅメ先生は少し心臓が悪かったようで、治療していたようだった。しばらく立ち話をしてお別れしたのが最後の思い出となった。

その時のロビーでの話、東京女子医大はその頃はまだ予約制でなかったので、受付は猛烈に混んでいた。ベンチはどこもいっぱいで座るところを探していたら、ある一角だけ妙に空いているところがあった。スタスタと歩いていって座ってやれやれ、前のベンチの人が両手をイーグルのように背もたれに伸ばしてゆうゆうと座っているのを見ていた。となりに奥さんらしい女性が座っていた。長いベンチなのに、そこは二人だけしか座っていない。その真後ろの私が座ったベンチには私以外誰も座っていない。ミステリーサークルのようにそこだけポッカリと空白が広がっているのだった。

普通ならこういう情景を見れば変だな?と思うところだけれど、私は観察力が欠落というか、他人のことにはほとんど関心を示さないから普通に座っていた。しばらくして前の男の人の手を何げなく見たら、小指の先が欠けていた。そういえばこの座り方、隣の女性のケバさ、本人は服装がやっちゃん。でも、ま、いっか!何もしなければいくらなんでも私を脅すこともないだろう。腹をくくって見なかったことにした。しかし、病院で患者として来ているわけだから普通にしていれば別に暴れたりしないと思うけれど、ちょっと小指が短いからと言ってこの敬遠されようでは、普段の生活は面倒が多そうだなと思った。

やはり好きで入った道なのかしら。どう見ても機械工とか作業員とか危険な機械を扱う人には見えないから、仕事中に手を挟まれてという説明は難しい。しかし、こういうのを格好いいとか貫禄とか考える人も世の中にはいるのだと、変に感心した。私はゴメンだわ、だって小指だけ短いと音程が悪くなるじゃない。

その後でヅメ先生に出会ったから、ヅメ先生の思い出とやっちゃんがセットで出てきてしまうのが少し残念なところ。

数年前、奈良に友人の家を訪ねたことがあった。その家は立派な古民家で由緒正しい家柄らしく、明治天皇が泊まったという部屋まであった。鉄道が敷かれるとき、ご先祖様が自分の家のそばを通すように鉄道会社に要請したので、そこだけ線路がカーブしているとか。

その家を受け継いだ友人夫妻は、そこでアンサンブルの練習や合宿をしていた。それに参加していたクラリネットの女性と知り合い何げない話をしていたら、ヅメ先生が話題に登った。彼女は学生時代、先生に師事したのだという。そして家が近所なのでレッスンの帰りは学校から家まで車で送ってもらったと。二人でずっとヅメ先生を偲んでしみじみと語り合った。


2020年12月10日木曜日

コロナと天候

今年を振り返ってみると本当にひどい年だったと言わないわけにはいかないけれど、一つだけ良かったことは天候が穏やかだったということ。大災害が多発した一昨年はたくさんの人が被災した。ここ10年以上前から大地震や大津波、洪水で日本列島はズタズタだった。コロナ感染が始まって、これでもし大地震でも来たら大変だなあと思っていた。災害の被災者の避難所などは本当の修羅場になってしまう。

 まだあと半月ほど残っているものの、今年は稀有な穏やかさで締めくくれることを期待したい。万一のことがあっても自宅で待機することになれた人たちは、うまく切り抜けられるのではないかとも。自然が猛威をふるうのにはわけがあるのかもしれない。過度な快適さをもとめるあまり、木々を切り倒し、電気を使い、贅沢を求める人間の欲深さはとどまるところを知らず、いつの間にか自然破壊につながっているものと思われる。

今年は世界中の経済活動が制限されて、人々は窮屈さや味気なさを味わったとはいえ、多分その御蔭で自然が穏やかだったのでは?と飛躍しすぎた理屈かもしれないけれど、私は思った。ほんの少し人間が活動を抑制すれば、もしかしたら地球は救えるかも?

私の山の家は森の中にある。夜になるとあたりは真っ暗、本当に足元が見えない暗さ。その代わり日の出の美しさ、夕日の見事さはどんな絵を見るよりも私にとって癒しになる。ひと時たりとも退屈しないのだ。黙って木々を眺めているだけで深い休息を感じる。

こんな不便なところで年老いて暮らそうとするのは、傍目に見れば暴挙と言って良い。けれど、今年一年の生活の大半の幸せを、山の中の家で過ごすことによって味わえた。冬が来たので、猫と二人の静かな明け暮れを満喫した山を降りてきたけれど、できれば冬もそこで暮らしたい。けれど、それには準備がいる。体力も気力も若い頃より半減しているので、どのようにすれば安全でいられるかを模索している。幸い冬の間毎年スキーを欠かさずにやっていたから、寒さの基準もわかっている。寒さ対策の装備は揃っている。

まさか北極ではあるまいし、零下数十度なんてことはない。近所には家もあり管理事務所もある。雪かきをしてもらえるとなれば、それほど暮らしには困らないと思う。ただ一つ、車を使わないと買い物もできないということが心配のタネ。私の車には冬季は必ずスタッドレスタイヤが装備されているのに、一度も雪道を走ったことがないというのも変な話しなのだけれど。

家にたどり着くには急な坂道を急カーブに沿って登らなけれはいけない。それがまず自信がない。今年12月の初めころ、その坂で滑った車の事故で前方を塞がれて、大渋滞に嵌った電気屋さんに来てもらえなかったことがあった。たいした工事ではなかったので、それでは来年春になったらお願いしますと言って、工事は中止した。その頃にはすでに凍結が始まっていたのだ。もし事故にあったら、猫と私では世の中の役たたずの代名詞、なにもできないから誰かに助けてもらわないといけない。それでは周り中が迷惑する。だから極力危険は避けることにしている。

無理に危険をおして行動して事故ったら、それ見たことかと高齢者の免許証を取り上げる議論が復活する。しかし、もしかしたら今年から来年の春までは好天気が続いて絶好の運転日和になるのではと期待している。それなら時々冬の森の中で暮らすのもいいかなと。

雑木林は冬にはすっかり葉が落ちて、夏にはほとんど日が差さない森も明るくなる。その御蔭で小川の流れも姿を表して清流の勢い良いさまを眺めることができる。厳しい冬もとても明るい。今年の穏やかさが今後も続くといいなあ。人が欲望を追求するあまり、自然や他の動物に迷惑をかけているのではないかと最近ずっと思っている。私が元凶かもしれない。

日本が好きで日本に住んでしまったニコルさんという冒険家であり自然保護者である人がいる。先程「徹子の部屋」で追悼番組をやっていたけれど、北極で方向を見失い流氷に乗っていたら、アザラシの大群が来て大勢で陸まで導いてくれたという話をしていた。「これは本当の話しです」と言っていたけれど私は信じる。彼が困っているさまをずっと見ていたアザラシたちが相談でもしたのかしら、大勢で周りを取り囲んでカヤックのパドルを押したり舳先を押したりして運んでくれたそうなのだ。陸が見えるところまで来たところですっといなくなったという。こういうことがあったら他の動物も本当にいかに大切かということを身にしみてわかるというもの。その瞬間を私も共有したかったなあ。これ以上の幸せってあるかしら?

危険が多いから喜びもひとしお。危険だと言って雪道を運転しないで終わるのはいかがなものか。だからといって雪道の運転はこわい。うーん、珍しく私がおっちょこちょいになれないのはそこのところなのだ。













2020年12月9日水曜日

スーパーコンピュータ

 性能ランキングで世界一と認定された「富岳」がコロナ対策にも一役買っているらしい。

富岳氏によれば、乗り物のリクライニングの背もたれを倒すと飛沫感染のリスクが増えるそうで、飛行機だけでなく新幹線もバスも同じだという。こんなところまで感染の理由があるのだ。対面する電車の座席などは一番ダメなのではないか。人が人と向き合えないなんて世も末。そのうち猿のように、目があうと威嚇するようになるかも。向かい側の人がこちらを向くとフーッなんて齒をむき出す光景がアチラコチラで見かけられるようになるかも。おお嫌だ。人が進化?して猿になってしまえばコロナに感染しなくなるのではと、儚い希望を抱いている。そうなったら・・・シュールだなあ。

で、馬鹿なこと言っていないで、富岳はその他にもウレタン製マスクと不織布マスクを比べて、ウイルス飛散防止効果がより高いのは不織布マスクだとご託宣をされたそうで、スーパーコンピューターは現代のシャーマンとして人を導き始めた。

私の次兄の専門は数学だか物理だかわからないけれど、大学院時代は東海村の原子力研究所に通って当時のコンピュータを操作?していたらしい。帰ってくると興奮状態で私にその話をしてくれた。わけがわからない私はフンフンと鼻先であしらって聞き流していた。私のような子供に聞かせても理解してもらえないのに、10歳以上年の離れた兄は一生懸命説明する。

「すごく大きいんだよ、部屋全部がコンピュータなんだから」「へえー」ってなもので当時はコンピュータにデータを入れるのに長時間を要したらしく、度々東海村まででかけていた。これは子供の頃のうろ覚えだから、どういう状態なのかはっきりしないけれど、とても大変だったらしい。それなら人が自分でやったほうが早いじゃないかと密かに考えていたけれど、兄の嬉しそうな説明を聞いてあげるのは私くらいしかいないのだろうと思っていた。日頃無口な兄が嬉しそうなのは私も嬉しかったから。

そんなことが懐かしく思い出される。今や子供でも(この私でさえ)パソコンを使いこなす時代だから、そう言う話をしても実感がわかないでしょう。こんな便利なものはないと思うけれど、こんな怖いものもない。すべての個人情報がここに詰まっているかと思うと、これが悪用されたらと心配になる。もうすでに悪用されているかもと思う。

悪いことをすることに快感を覚える人は数多い。自分の額に汗して稼ぐことを信条としている私にしてみれば、ずるく立ち回ってお金を儲けてなにが嬉しいかと思うけれど、人をうまく出し抜いたことで自分の力を誇る人たちがいるのは確か。それも一つの頭脳労働だと思えばわからないでもないけれど、騙された人が不幸になって、それまでして自分だけ幸せになっていいものか。良くないっ!!!猿以下。比べたら猿に悪い。

それにしてもニュートンという人はすごい。当時コンピュータなんてものがなかった時代、今でも通用する物理の法則を考え出していたということに驚愕する。案外人の頭脳は電気ショックかなにか加えるとスパコンなみに働くのではないかしら。なにしろ使っていない領域がたくさんあるというから。

人は筋肉も脳力も限界まで使わないようにプログラムされているらしい。限界を超えると壊れてしまうのを防ぐためと聞いたことがある。だから火事場の馬鹿力みたいにいざというときにそれが取り払われると、おばあさんがタンスを持ち上げたりできるのだそうだ。限界点ギリギリまで能力を使えるようにしたら私だってスーパーマン、家の猫もスーパーにゃんになれる。


2020年12月7日月曜日

関節リュウマチ

私の足はまだ良くならない。かかりつけの内科医と大学病院の整形外科医と血管クリニックでもらった薬は皆同じ、ビタミン12の錠剤と痛み止めだけ。これでは根本的な治療とは言えないからどうしたものかと思案。ぼんやりテレビの健康番組を見ていたら、関節リュウマチを取り上げていた。骨や関節の整形的な機能ばかりを調べていたけれど、もっと内部的な原因かもしれない。しかし、血管の柔軟性、血流には問題なくむしろ非常に状態がいいと数値的には出ている。それでは その他に炎症を起こすことと言ったらリュウマチ?

すぐに調べてもらおうと思ったけれど、コロナ感染拡大の今、病院へ行くのは極力避けたい。しかしこのままではずっと痛みと戦って歩くことも不自由では行動範囲が狭くなってしまう。もちろん行動範囲は年齢とともに狭まってはいるけれど、まだ中国の山間部とか南極とか行ってないところが山ほどある。それらを見ないで人生の幕を閉じるのはいかにも残念。コロナが終わったら・・・いつになることやら・・・ガンガン飛び回りたい。たった一箇所足が痛いだけでこんなに活動が狭まるとは思ってもいなかった。

2年前、ニューヨークに行ったときも足首が痛かったけれど、編上げの足首をキュッと締められるスニーカーを履くと痛みが収まった。けれど今は同じ靴を履いても、もう効果が薄い。筋トレやストレッチで治る範囲はもう超えているから、リュウマチ科のある病院を探した。いつも行く市立病院にその科があるので早速行ってみようと思ったら、診察は月曜日のみ。しまった、今日は月曜日だったのに。

その前に風邪をひいたら咳喘息をぶり返して、軽く咳が出る。今の御時世、うっかり咳をすると白い目で見られるから、そちらの治療を優先することにした。あんなに病院嫌いだった私が最近は病院通い。情けないじゃありませんか。咳はステロイドの吸引がよく効くから安心していられる。

それよりも最近低体温になってしまった。妙に寒気がするから熱が出たかと体温を測ると、むしろ体温が低すぎるのだ。これは食生活と関係がありそうで、足が痛いから少し体重を減らそうとダイエットを始めたのが原因と思われる。カロリーの低いお豆腐や野菜類を摂って肉類を減らした結果。もともと肉食系女子だからお肉大好きだけれど、最近消化する力が弱くなって胃もたれや逆流性胃腸炎になりやすい。糖質を控えて主食は朝と昼のみ、夜は全く炭水化物を摂らない。その結果ノロノロと体重は下がってきたけれど、どうも元気が出ない。

難しいものですね。素人だからカロリーさえ減らせばいいと思うけれど、代謝を上げることを考えないと痩せることはできないらしい。むしろ肉類は積極的に取るべきという説もあるくらいだから。

最近ずっと健康の話題ばかりで自分でも嫌になる。若い頃、周りの中年すぎのおじさんたちが健康のことばかり話題にするのがとても嫌だった。ほかにもっと楽しい話をしてもらいたいと。私はほんの数年前までは体のことには無頓着だった。けれどある年齢から、突然体力が落ちてきた。毎年ガクンガクンと、若い頃のようにゆったりとしたスロープ状ではなく階段を降りるように健康が衰えてくる。これは部品がどんどん古くなって耐用年数を超え始めた証拠。

我が家は築25年を超えてここ数年リフォームを繰り返した。一部を治すと他が目につく。一部だけきれいにしてもそこだけ目立ってしまうから、やはり全部やらないといけない。それで数年かけてすっかりリフォームをした。やっと終わって、これで後10年は安心と思った。そういうふうに体も部品を替えながらいけたらいいのになあと思う。脳みそが取り替えられたらどんなにいいことか。







歩く速さ

 毎日欠かさずだと思う、我が家の前の桜並木の下をゆっくりと歩いている人がいる。私よりかなり年上、社交ダンスでもやっているのか、いつもロングスカートに華やかなフリルやレースをふんだんに使ったブラウス、顔はバッチリすぎるくらいのお化粧。メガネも宝石ピカピカ。すべてが行き過ぎで最初に遇ったときにはぎょっとした。けれど慣れるとさほど気にならなくなって、時々見かけると、ああ、今日もお元気なんだなと。

その人が買い物帰りの私の前を歩いていた。私は最近の足の痛みから以前のように歩けなくなってしまった。一昨年までは渋谷の雑踏の中でもいつも他の人を追い越すくらい早く歩いていた。去年もだいぶ遅くなってもまだ普通に歩けた。それが今年後半からすっかり蝸牛の歩み。それでも今日出会ったその女性よりは少し早い。追い越しながらその人が連れと話す声が聞こえた。なんだか、私の旧姓が聞こえるではないか。

私はこの土地で生まれ育った。変わり者のご先祖様にふさわしい少し変わった姓で、ほとんどこの辺に数軒しかいないと思う。その声を聞いて私は自分のことを言われたのかと思って立ち止まって挨拶しそうになった。そばを通り過ぎると全く相手は気がついていないようで、どうやら私とは関係ないnekotamaさんのことらしい。今は辛うじてその人を追い抜いたけれど、この先追い抜かれる立場になるかもしれない。

以前、渋谷駅からテレビ局に行くため歩いていると、その日同じ仕事をするチェロの女性に出会った。一緒に歩きだすと彼女はとても歩くのが早い。放送局は駅からは少し小高いところにある。渋谷駅からはずっと上り坂。当時は私は健脚で歩く速さには自信があった。けれど、彼女は私より若いせいか大きなチェロを抱えてスタスタ歩く。ああ、やはり若さには勝てないなあ、悪いけど先に行ってもらおうと思っていると、急に彼女が立ち止まった。少し息を切らしている。「あのー、お急ぎですか?でしたらお先にいらしてください。私はゆっくり行かせてもらいますので」笑った!お互いに気を使いすぎていたのだ。

「あら、私もそう言おうと思っていたのよ。若いから足が早いなあって」二人で立ち止まって足を休めて笑い転げた。

そんな時期もあったので、私はまだ早足で歩ける気がしている。それで時々散歩するときにも昔の早足が出てしまうのだ。するとその日は足が攣ったり痛みが激しくなったりするので、最近は慎重にゆっくり歩くようになった。何事もせっかちで我慢ができないので、様々な弊害を引き起こす。ろくすっぽ説明書を読まないで新しい製品を使って壊しかける。ある時乗馬をしていて、股関節が硬い。なかなか足がおりていかないから自分の左手で左の股関節を広げたらメリッと股関節を傷めたのが、今の足痛につながっているのだ。

傷めた当時は今よりもっとひどい状態で、ほとんど立っていられないし、寝ていてもあまりの足のだるさで眠れない。それでも数年経ったらいつの間にか治っていた。その時は左足、しばらくは左が調子が悪かったのに今年になってから右足に移行した。体はどこも繋がっているから左を庇えば右に負担がくる、反対もまた同じというわけで、どちらかが調子悪い。

足が短いのに大きな馬に乗るのがそもそもの間違いだけれど、今でも乗馬をしたい。鞍に座ってしまえば大丈夫なのに、最近は筋肉が弱っていて鞍にまたがることもできない。鐙に足を入れてもそこから先自分の体重を押し上げることができないので乗馬は諦めた。

今は自分の足に筋肉をつけてスタスタと歩けるようになるのが課題。それでもO脚が治ってきたのは筋トレの賜物。もう少し早く歩きたい。それよりステージで椅子から立ち上がれなくなると困るから、立ち上がりの練習しないと。椅子から立ち上がるときにまず足を伸ばしてゆっくり2、3歩歩いてからでないとちゃんと歩けないのだ。ヴァイオリンの練習よりそちらの練習のほうがつらそうだけれど。それにしても上半身はヴァイオリンのおかげでほとんど筋肉は弱っていない。どれほど人間は運動を持続していなければならないかを痛感する。

上半身よりももっと達者なのが口なのは、さんざん他人の悪口を言っているから。意地悪は健康のもとですぞ。






2020年12月6日日曜日

遊びモード脱却

北軽井沢の家を整備するために週替りで通っていたら、たいそう疲れた。本当なら夏の間はあちらにずっと滞在したいけれど、自宅の方にも用事は山積だから猫を連れてせっせと高速道路を走って往復している。その猫だけれど、最近やたらに甘えん坊で表情がますます多彩になってきた。こんなに感情の豊かな猫だったのかと、改めてそれまでの扱いを反省した。

山の家を閉鎖してあと4ヶ月ほどはこちらで暮らすので、労力は半分になって退屈でしかたがない。それで最近はヴァイオリンの練習時間がだんだん戻ってきた。コロナのせいでコンサートがことごとく中止になったとき、もう年齢的にも第一線で活躍するのは無理だと思っていたけれど、来年にはステージで弾けることになって今その企画を練っている。すると急にやる気満々、足の痛みも遠のいて練習時間が倍増した。あまりにもサボっていたから手がだめになっていると思ったけれど、思いの外よく動く。これならまだいけるかも。未練がましいけれど、半世紀以上のルーティーンはそうそうやめられるものではない。

たしかに動体視力は落ちている。楽譜を目で追う速さが遅くなった。これは視力の問題もあるから仕方がない。残された力で最大の努力をしないといけないので、ややつらい。それでも私は他の人達よりも遅く始めた分だけ長く彈くことに決めている。健康状態は良好で、検査結果の数値はとても良い。それだけで本当に健康とは言えないかもしれないけれど、それが頑張りの源になる。

今の私くらいの年齢で引退したのがチェコのヴァイオリニストのヨゼフ・スーク氏。日本での最後の演奏会は完璧で、なぜこんなに素晴らしいのに引退してしまうのかと訝った。けれど彼は世界的な名演奏家、それだけにミスは許されない。私のレベルの比ではないから辛いものがあるのだと思った。会場に足を運んでくれる人たちは、私に世界的水準の演奏を求めて来るわけではない。身近なおばあさんが一生懸命弾いているのを励ましに来てくれるのだから、私は楽しく彈いていられるのだ。私がスーク級の名人なら、もう引退していたかもしれない。

いまや私は人生のフィナーレに突入、この残りの生活をいかに楽しく過ごすか考えている。健康ではあるけれど、体はすでに動きが鈍くなっている。いつ転んで寝たきりになってもおかしくない。これを避けるための運動や筋トレ、何よりも心の持ち方が大切。常に独立した人格でありたい。一人ぼっちは心細い。けれど一人で生きていくと決めたからには心に従って最後までキリリと生きたい・・・と言いつつ毎日気がつくと椅子に座ったままで居眠りをしている。外から見ても中からしても、もう立派なばあさんなのだ。

来年のコンサートは特殊な事情で、一般公開ではなく関係者のためだけのコンサート。時間も少し短いけれど、メンバーは素晴らしい人が集まった。だからすごく楽しみにしている。願わくばコロナ感染拡大に影響されず無事に演奏ができるといい。私の周りのプレーヤーたちにはまだ感染者の情報はない。皆、本当に気をつけて暮らしていると思う。某オーケストラのメンバーは頻繁にPCR検査を受けているようだ。100人以上のプレーヤーが集まるのに感染者がいないということは称賛に値する。私達はその場にいなければ仕事にならないから、健康には必死の思いで気を使う。

やればできるのではないかと思っているのに、今日もまた都内の感染者は爆発的なのはどうしてなのか。オーケストラのメンバーは公共交通機関で集まり、数時間の練習をともにして、2時間の本番を行うから感染の機会はたくさんあると思うのに、皆無事でいる。仕事場でというより、仕事が終わってからの飲み会やカラオケなどがいけないのではないか。それと何回もしつこく言うけれど、Go toキャンペーン、あれはもうどうしようもない失政、あの当時それまでのまま気をつけながら生活をしていればよかったのに、いきなり遊びに行かせてお金ばらまいて、挙げ句の果がこの始末。アホとちゃうか?これでまた自粛生活が始まれば、経済には二重のショックになる。なんのためにあれほど我慢したのか!

万一自分が感染したら大きな口がきけなくなるけれど、こういう時期に我慢のできない人たちって人間性を疑う。感染者が全部そうだとは言わない。医療や介護に従事して不幸にも感染する人も多い。そうでない人の中にマスクを付けない人、手洗いや消毒を実行しない人が感染したとすれば、自分ひとりの行為が周りにひどいことをしていると自覚すべきなのだ。いわんや、こんな時期に旅行とは・・・Go toキャンペーンは感染拡大に一役買っていると思う。

死んだ魚のような目をしている現首相、あの鈍そうな目は数年前まではもう少しマシだった。器としては幹事長が最適で、首相は無理そうな。何もできないで現役引退しそう。私のコーダはこのようにあまり素敵な導入とはなっていない。フィナーレを華々しく終わるには自分で頑張るっきゃない。本当にもういつまでがんばらないといけないの?ゆったりと遊ぶつもりがこの始末。大型犬を傍らに、静かに林の中で過ごしたかったのに。そんな事書くと猫が僻む?このブログを読まれないようにしないと。












2020年12月5日土曜日

大物は叱られない

お笑いコンビの片割れの渡部という人が不倫発覚で謝罪会見をしたと言って今日のテレビは大騒ぎ。あのねえ、コロナが感染拡大しているときにこんなことやっている場合じゃないでしょう。薄っぺらな男が時々涙目で釈明している姿、みっともない。不倫する人は多いけれど、多目的トイレでというのは恐れ入った。だからといってあれほど叩かれるって・・・しかし本人が本当に反省しているとは思えない。反省するくらいなら最初からしないでしょう。結局仕事に復帰したいから形を付けているだけ。普通考えつかないよね、こんなこと。

今朝は渡辺謙が主役のテレビドラマの番宣にご本人が登場した。司会者やコメンテーターなるスタジオ内の人たちはひたすらへらへら。でも私は忘れない。この人が乳がんの治療中の奥さんを捨てて他の女に走ったのを。こんな人でなしにはもう少し罵詈雑言が浴びせられるかと思ったら、いつの間にか火は消されていた。いくら愛情が消えたとしても、なにも奥さんが闘病中にすてるなんて人非人も甚だしい。せめて手術が済んで寛解したときまで待てばいいじゃないの。だいたい渡辺謙は今までも女性遍歴だらけ。それをへいこらとお世辞を言って持ち上げ、かたやもう一方の渡部はどん底までつき落とされる。レポーターと称する人たち、何様なの。

この渡部さんは本当に中身が薄っぺらであくまで自己中で、こんな人の奥さんがあんな可愛子ちゃんでは世の中の男たちは憤懣やる方ないでしょう。しかし奥さんを見ると顔は可愛いけれどしっかりしていて、案外お似合いの夫婦かもしれない。トイレもびっくりしたに違いない。いくら多目的といったってねえ!このトイレでの嫌悪感はすごい。呼び出されて来る女性もなんだかね。

テレビ業界もこんなことに大切な時間を浪費しているようでは世も末。ハリウッド映画に出る大物俳優は不倫しても大して叱られない。まあ、彼の場合は多目的トイレは使わないと思うけれど。このことで二人の力関係が露骨に示された。普通犯罪者などは罪によって同じような量刑になるけれど、個人的な不倫になると、一応犯罪ではないからご本人の世間的な立場で激しく追求されたり隠匿されたり。世間ってそんなものなんだと妙に納得した。ちなみに私が不倫しても猫が騒いでいるくらいの話題にもならないでしょう。え、うそ、ありえないなんて言われるのが関の山。不倫は文化だと言って世の中の女性たちから総スカンをされたコロナにかかった男性タレントがいたけれど、あのくらい開き直ってしまえばもう呆れて文句言う人もなくなる。

池袋で車を暴走させて母子を殺した元お偉いさんは無罪を主張しているらしいけれど、なぜか逮捕もされず全部車のせいにして罰を逃れる算段をしている。こういうのを卑怯者という。いくら高齢者であっても罪は逃れられない。謝罪らしい態度も見せない。有能な弁護士がつくだろうから、刑が軽くなるかあるいは無罪を勝ち取ったりしたら許せない。この人は渡部以下。人でなしとはこういうことを言う。

私なんか高速道路で40キロオーバーで捕まって免停、罰金6万円。これだって車の故障と言ったら許されるのか。いやいや、あなたが故障しているのですよと言われて病院送りされそうな。頭のネジが一つ二つ飛んでいるのは事実だけれど。

このときの講習のテストはバカバカしいほどの易しさ、これで試験を落ちる人がいるとは思えなかったので試験官に訊いてみた。この問題で落ちる人っているんですか?そうしたらいますよと言うから驚いた。例えば「青いリンゴは毒がない」「黄色いリンゴは食べるとお腹をこわすかもしれない」「赤いリンゴは毒があって食べると死にます」「さて、あなたはどのりんごを食べれば安全ですか?」もちろんこの問題は架空のものだけれど、例えて言えばこの程度の問題なのだ。これで落ちる人って・・・運転してほしくない。



 







2020年12月4日金曜日

セコム泣かせ

またやっちまった!

夢の中で電話がなっている。電話に出ようと広いお屋敷の門から車寄せに向けて歩いている。どうやらここはイギリスの上流階級のお屋敷。門を入ると静けさが戻ってきた・・・ところで目が覚めた。夢で電話がかかってきたのだと思ったら、今度は本当に呼び出し音が鳴った。ああ、またやっちまった!

昨日寝る前に隣のレッスン室のセコムを点検しようと思ったけれど、たしかちゃんと外出のセットしたよね?と自分に言い聞かせて寝てしまった。この警報は生活反応の警報。一人暮らしで、万一誰にも知られず意識を失ってそのままになってしまったらいけないので、外出しているというセットがされていず12時間生活反応がなければ警報が届く仕組みになっている。実は前日も夜中に電話がかかってきたばかり。

レッスン室は階段の踊り場を挟んで居住スペースの真向かいにある。だから、ここはレッスンのとき以外は基本的には使わない。昨日は外出したので外出のセットがされている「はず」この部屋は使わなかった「はず」だから外出装置はセットされたままになっているものだと思っていた。思っていたではいけないので、時々夜中に点検しに行ったりすることもある。そういうときにはちゃんと外出セットがされている。昨日も「つもり」だったので寝てしまったら、真夜中の電話が。

外出のセットがされていないで、人が動くことで作動するセンサーが一定時間動かなければ、中で倒れている可能性があるとみなされる。猫が動いても反応してしまうのでは?と訊くと、猫くらいでは大丈夫だそうなのだ。二晩続けてのミスだったけれど、セコムさんは穏やかに対応してくれた。これが家族だったりすると「またほらそんなことばかりしていて」と叱られる。その点うるさい家族がいない分だけ心は平安なのだ。

夢の中のお屋敷は、最近アマゾンのプライムヴィデオで連続で見ているミス・マープルシリーズの影響に違いない。私は熱烈なアガサ・クリスティ~のファンで、すべてのミステリーは読破している。彼女の自伝的な小説などには興味がないので読んでいないけれど。その中でもミス・マープルはシリーズで映像化されているので、何回も見直してイギリスの上流階級のお屋敷に住んでいる気分になっている。

思い出してみると私は若い時からイギリスの映画が好きだった。イギリスの霧の中みたいにもやもやした映像や筋書きやらが性に合っているようなので。アメリカ映画のように色が鮮やかで話が割り切れていてというのではなく、見終わったあとになにかモヤモヤしたものが残る、その余韻が楽しい。フランス物などとも違った皮肉っぽい感じがあって・・・どう言ったらいいかわからないけれど、苦笑してしまいそうになる偏屈なユーモア感があって。

昔「マダムと泥棒」という映画があった。アレック・ギネス扮する銀行強盗と、少しボケていて警察に行っては宇宙人を見たとか言って訴える老マダム。彼女の言うことは誰もまともに取り合わない。銀行強盗団が大金をばらまいたところをマダムに見られてしまう。それでマダム殺害の計画を立てた強盗団4人はお互いに殺し合ってしまい、最後の一人は線路の切り替え装置の腕木に頭を打たれて死んでしまう。大金が残されてマダムは警察に訴えるけれど、まともに相手にされず「それはあなたがもらっていい」と言われて彼女は大金をせしめるという、ユーモラスな映画だった。調べてみたら1955年のイギリス映画、その年には私まだ・・・もう、生まれていた。そうよ、とっくにね。配役の中にピ-ター・セラーズの名前を見つけて驚いた。そんな古い人だったのか。

その映画の中で使われていた音楽がボッケリーニ「メヌエット」。強盗団のメンバーは4人。下宿しているのはマダムの家の2階。そこに楽器ケースを持って集まる。そしてレコードをかけては弦楽四重奏の練習をしていると見せかけて悪事の相談。ところがマダムは親切なのでお茶をいれてくれたりなにかと世話を焼きたがる。そのたびにレコードを止めて言い訳をするときのアレック・ギネスの表情がなんとも可笑しかった。楽器のケースの中には盗んだ大金が入っている。チェロのケースには、いったいどのくらいの金額が詰め込まれるのか、あんなにあったら、野良猫救済の家を建てるための広い野原が買えるに違いない。

子供の時からイギリス映画のほうが面白いと思っていたのは、私がひねくれたユーモアを好む性向があるからだと思う。日本の落語なども一捻りした落ちがあって面白いのに、最近のお笑いは外側で笑わすばかり。たけしなんかは見る影もなく老いて、早く引退なさいとおすすめしたくなる。それって自分もたぶん言われていることかもね。

ところでミス・マープルシリーズ、面白いからおすすめです。なによりもイギリスの田舎の風景がいい。数年前にイギリスへ遊びに行ったときも、映画などで見た昔の景色とあまり変わっていないようだった。この保守的な頑固さも今の時代貴重だと思う。







2020年12月2日水曜日

夜中に思い出すこと

時々ハマってしまうのが掲示板と称するネット上の投稿ページ。見つけたのは、蕎麦の茹で汁を飲んだ彼氏に冷めたという投稿。笑ってしまった。蕎麦の茹で汁って蕎麦湯のことでしょう?れっきとした蕎麦食いの行動。このお嬢さんは自分と違う食べ方をする人(彼氏)を貧乏くさいと言う。けれど、蕎麦の茹で汁にはたくさんのミネラルが含まれていて、茹でる際に蕎麦から出てしまったそれらのミネラルを茹で汁を飲むことで無駄にしない。先人の知恵なのだ。それを知らないということの方がよほど恥ずかしい。

それに対するコメントもひどいもので、蕎麦湯を飲む習慣がない人ばかり。駅前の立ち食い蕎麦ならいざ知らず、ちゃんとした蕎麦やならもりそばを頼めば必ず蕎麦湯を一緒に持ってくる。

どう見ても自分が知らないだけなのにそれが全くわからなくて、周り中から叩かれてやっと気がつく。これなんかも知識不足と言うか、それぞれの家の習慣の違いかと思う。

今日はいつも宅配してもらう蕎麦が届いて美味しく頂いた。蕎麦湯も無駄にしない。残りのそばつゆに入れて飲んでもまだ余った分は、小麦粉と山芋のすりおろしと混ぜてパンケーキにする。これが中々おいしい。ちょっと癖があるので塩加減は少しきつめにする。こういうのもケチくさいっていわれるのでしょうね。

群馬県長野原町の山の中に美味しいお蕎麦屋さんがある。そこはお蕎麦が絶品なのは勿論だけど、蕎麦湯も超絶品、こんなおいしい蕎麦湯飲んだことがない。蕎麦湯だけ別に作っているのかと思うくらい。掲示板の投稿者にこれを飲ませてあげたい。これが蕎麦湯でなくそばガレットになると皆おしゃれ~って言うのでしょうね。横文字にすればいいかな?そばドリンクとかそばポタージュとか。

生まれてはじめてもりそばを食べたとき、なんて不味い!こんなものもう2度とたべないわと思った。その後音大付属高校に入ってから、どうしても欲しい弓があった。それを買うためにスタジオ録音の仕事をしたり、お小遣いを節約して貯金を始めた。昼食は学校の前の蕎麦屋の一番安いもりそばのみ。それがずっと続いた。兄弟が多いから自分だけ高価な弓を買ってもらうのはいけないと思っていた。ある時何気なく母にそれをこぼしたら、母はそれなら弓を買ってあげる、楽器も一緒にと。天にも登る心地だった。うちにそんなお金があるはずはないと思っていたら、就職したばかりの兄のボーナスも全部、私の楽器で消えてしまったらしい。

あれほど私が音楽をすることに反対していた母が協力してくれたのは、娘が必死で自分の力で人生を切り開こうとしていた、そのことに対してのご褒美だったのだと今もすごく感謝している。こんな年になっても母のことを思うと涙が出る。自分は一切贅沢をしなかった。子供のためなら火にも水にも飛び込もうという、たくましい日本の母だった。亡くなって形見分けのとき、私達は母の持ち物のあまりにも質素なことに泣いた。わずかの着物と指輪だけ。私達は自分がやりたいと言えば、母がなんでもやらせてくれた。戦後の貧しい時代に、母は自分は決して贅沢をせず、6人もの私達兄弟を教育してくれた。教育にだけはお金を惜しまなかった。

亡くなる直前まで母の病室に家族がいなかったことはなかった。全員がローテーションを組んでいっときも母を一人にしないようにと。たった1度、私が差し入れた納豆巻きが美味しいと言うから母が眠ったのを見計らって病院の外まで買いに行った。いそいで病室に戻ると母が泣いていた。どこへ行ってたの?と、まるで子供のように。納豆巻きが美味しいと言うから買ってきたのよ。その頃は立場が逆転、私が母の保護者になった。

いくら感謝してもしきれない。私が幸せだったのも母の恵みの暖かさが心に残っているから。いつでも今でもきっと見守ってくれているに違いない。この年になってもまだ親離れできない自分が情けないけれど。









2020年12月1日火曜日

公園から人が消えた

北軽井沢から無事に戻ってやれやれ。森の生活は春まで凍結。ホッとしたような寂しいような。猫も私もあちらにいると呼吸が楽になる。冬の厳しさをもう少し若いときから知っていれば、適応して生活できたかもしれない。あるいは世話をしてくれる人を探してみようか。一日数時間でも手伝いに来てくれる人がいればいい。地元で見つけることも考えているけれど、私はもともと一人でいるのが好きだから、相性が悪い人だと我慢できないかもしれない。

実を言えば最近の健康に自信がない。体に問題はないけれど、足が弱ってきている。万一家の中で一人でアクシデントにあったら、携帯が手の届くところにあればいいけれど、なければ助けを求めることもできない。自宅ではセコムが見張り番をしてくれるから安心して一人でいられる。あるいは、北軽井沢でもセコムを使うことも考えているけれど、たぶん救助がくるのに1時間位かかりそう。自宅では先日5分で駆けつけてくれた。これは私の留守の間のハプニングだったけれど。

ノンちゃんの息子さんが北軽井沢の家に来たとき、高山病のような症状を発症したことがあって、救急車が来るのに40分もかかったと聞いたことがある。それでは間に合わないこともあるでしょう。森の中で深夜、助けが来ても自宅の鍵も開けられない状態だったら困るなど心配のタネは尽きない。

そんな心配してもこの森に住みたいというのはやはり圧倒的に自然の美しさ。四季それぞれの雑木林の変化の魅力は、言葉では言えないほどのものがある。

「ぽつんと一軒家」というテレビ番組がある。高齢女性が深い山の中で一人暮らしをしていたりするのを見ると、なんと勇気があるのだろうと感心する。たいていそういう人には山の麓に家族がいて連絡は毎日とっているとは思う。私のように子供がいないと「兄弟は他人の始まり」で姪や甥にはそこまで頼れない。

それで友人にグチグチと相談したり。それはこのところ風邪気味で体調が良くなかったからでもあった。毎年この時期、私は風邪から気管支炎になって咳が止まらなくなる。去年は最初の風邪でそうなったときに手をうった。咳喘息でステロイドの吸入をして、4ヶ月ほどで治ったので今年も、もしそうなったらすぐに治療を始めようと思う。

まず体力と足の筋肉のために散歩は欠かさないようにと思って、近所の公園にでかけた。いつも家族や犬の散歩で大賑わいのこの公園が、今日は穏やかで温かい絶好の散歩日和なのに、人気がない!隣に中学校があって、毎日野球やサッカーの練習を見物人が出るほどなのに、それも一切なし。どうしたの?何がって、コロナ感染がひどいから?

それにしてもこんなに人気がない公園を見るのは初めてなのだ。柔らかい初冬の光が暖かく降り注ぐ今日のような日に、誰もいない。白昼夢を見ているような気がした。いつも同じベンチで集めた空き缶に囲まれて寝ているホームレスさんまでいない。広場まで行くとやっと3人ほど見つけた。子供の頃読んだSF小説にこんな情景があったような記憶が。慣れ親しんだ場所のはずがいつの間にか別の空間に来て同じ景色に遭遇とかなんとか・・・

そこまでコロナの脅威が及んできているのかと、心底がっかりした。あれほど気をつけていたこの1年間はなんだったのだろうか。アメリカはものすごいことになっているらしい。安心できるようになるまでどれほどの我慢が必要になるのかしら。オリンピック、本当にやるの?

今年最初にコロナ感染が報じられたときに、私はすぐにオリンピックはやめないといけないと思ったけれど、巨額の契約金がフイになる人達は何がなんでも実現しようと画策している。選手だって4年間頑張ってオリンピック参加のこれが最後のチャンスとなると、絶対に出たいと思う気持ちは本当によく分かる。けれど、これでオリンピックを実現すれば日本中が病人で溢れてしまう。お願いだからもう1年延期してほしい。それとも海外の選手は参加させないとすれば、日本人でメダルを独占できる、ウヒヒとなる。そんなうまい話はないかしら。

私のように外に出なくてすむなら感染する確率は低いけれど、毎日出勤しないといけない人たちの危険度と気苦労はどれほどのものかと思う。私でも感染ゼロとは言い切れない。たまたま入ったお店や、たった一駅乗った電車でも感染の危険はあるのだから。通行人に道を聞かれて教えたり、病院の待合室にだっていくらでも感染の機会があるのだから。

バカバカしいほど想像力のない政治家のおじさんたちが、コロナ感染拡大の一端を担っているかも。もうため息ばっかり!Go toが感染拡大に一役買っているのは明白ではないですか?もちろんマスコミもいけない。悪いのは業者ではない。困っている業界は救わなければかわいそうだけれど、なにも少し収まったからと言ってそれっとばかり遊びに行かせた馬鹿な大臣たち。しかも税金使って。もういや!

毎日餌をやっている野良猫がどうやら我が家に入りたいらしい。ところが先住猫のコチャががんとして彼女を拒否している。おとなしく優しい野良だから不都合はないとは思うけれど、やっと私を独り占めできたコチャにとっては大問題。ついにベランダにまで迫ってきた野良の運命やいかに。今後の展開に乞うご期待!