2020年12月11日金曜日

ヅメ先生

散歩の途中が道路工事中。片側通行になっていて警備員さんが交通整理をしていた。そばを通り過ぎるときに会釈をしてくれたから私も軽く頭を下げて通った。その時不意に思い出したのがクラリネット奏者の故北爪利世さん。仲間たちからはヅメさん、ヅメ先生と呼ばれていた。 

ヅメ先生は無類の車好き。同じオーケストラの大先輩で、演奏旅行の時には必ず車を連ねてでかけた。ハンサムで優しくて女性たちからは絶大な人気を集めていた。オーケストラきってのジェントルマンで愛妻家、二人のお子さんの良き父親としても知られていた。・・・

けれど、一旦ハンドルを握ると豹変!年がら年中パトカーに捕まりネズミ捕りに引っ掛かる。久しぶりに会うと開口一番「また捕まっちゃってね」がお決まりの挨拶となった。私は先生の助手席によく乗せてもらったけれど、工事現場を通り過ぎるときなどは警備員に挨拶をして通る。すごく礼儀正しかったので、今朝はそのことを思い出したのだった。こういう人たちにも気配りを忘れない人って素敵だなあと思った。

ところが行儀の悪いドライバーに出会うと、いきなり窓を開けて怒鳴りつける。「バカヤロー」なんて。いつものジェントルマンが突然猛々しくなって、はじめのうちはびっくりしていたけれど、そのうち私もけしかけるようになった。粋がって追い越していく車がいると「先生!追い越されて悔しくないの?追い越しましょうよ」なんて。悪い子でしたね。

私がオーケストラをやめてしばらくした頃、軽い狭心症になって東京女子医大に通院していたら、ロビーでばったりヅメ先生に出会った。「え、君もかい?」と訝しげに尋ねられた。ヅメ先生は少し心臓が悪かったようで、治療していたようだった。しばらく立ち話をしてお別れしたのが最後の思い出となった。

その時のロビーでの話、東京女子医大はその頃はまだ予約制でなかったので、受付は猛烈に混んでいた。ベンチはどこもいっぱいで座るところを探していたら、ある一角だけ妙に空いているところがあった。スタスタと歩いていって座ってやれやれ、前のベンチの人が両手をイーグルのように背もたれに伸ばしてゆうゆうと座っているのを見ていた。となりに奥さんらしい女性が座っていた。長いベンチなのに、そこは二人だけしか座っていない。その真後ろの私が座ったベンチには私以外誰も座っていない。ミステリーサークルのようにそこだけポッカリと空白が広がっているのだった。

普通ならこういう情景を見れば変だな?と思うところだけれど、私は観察力が欠落というか、他人のことにはほとんど関心を示さないから普通に座っていた。しばらくして前の男の人の手を何げなく見たら、小指の先が欠けていた。そういえばこの座り方、隣の女性のケバさ、本人は服装がやっちゃん。でも、ま、いっか!何もしなければいくらなんでも私を脅すこともないだろう。腹をくくって見なかったことにした。しかし、病院で患者として来ているわけだから普通にしていれば別に暴れたりしないと思うけれど、ちょっと小指が短いからと言ってこの敬遠されようでは、普段の生活は面倒が多そうだなと思った。

やはり好きで入った道なのかしら。どう見ても機械工とか作業員とか危険な機械を扱う人には見えないから、仕事中に手を挟まれてという説明は難しい。しかし、こういうのを格好いいとか貫禄とか考える人も世の中にはいるのだと、変に感心した。私はゴメンだわ、だって小指だけ短いと音程が悪くなるじゃない。

その後でヅメ先生に出会ったから、ヅメ先生の思い出とやっちゃんがセットで出てきてしまうのが少し残念なところ。

数年前、奈良に友人の家を訪ねたことがあった。その家は立派な古民家で由緒正しい家柄らしく、明治天皇が泊まったという部屋まであった。鉄道が敷かれるとき、ご先祖様が自分の家のそばを通すように鉄道会社に要請したので、そこだけ線路がカーブしているとか。

その家を受け継いだ友人夫妻は、そこでアンサンブルの練習や合宿をしていた。それに参加していたクラリネットの女性と知り合い何げない話をしていたら、ヅメ先生が話題に登った。彼女は学生時代、先生に師事したのだという。そして家が近所なのでレッスンの帰りは学校から家まで車で送ってもらったと。二人でずっとヅメ先生を偲んでしみじみと語り合った。


6 件のコメント:

  1. ブルのSSSに乗って、かっこよかったっけ。

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  2. すぐに捕まるから格好良さ半減だったけどね(笑)
    ゲモさんと仲悪かったの知ってる?

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    1. ほんと?知らなかったけどさもありなんだね。

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  3. リハーサル中にしょっちゅう大げんかしていたって聞いたことがあるけれど、指揮者は困ったでしょうね。

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  4. 旧き良き(?)時代かな。

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  5. そうね、良くも悪くもハチャメチャで面白かったですね。

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