2016年6月30日木曜日

食べたくはない?けれど・・・

コンサートが終ったら遊びましょうコールが後を絶たない。
今週は食べっぱなし。

日曜日は品川のインターコンチネンタルで、ほっぺが落ちそうな美味しい中華。
その後の二次会のバイキングでも、満腹でもう食べられないと言いながら、我慢しきれず全ての味見をしてしまった。
下ぶくれの顔だから、本当にほっぺが落ちてくれると有り難いのだけれど。
月曜日がなくて火曜日は近所でランチ。
水曜日は品川でインドカレー。
木曜日の今日はクラス会の打ち合わせで、丸ビルでイタリアン。
明日は友人宅の夕食にお招きいただいて、明後日は荻窪で中華の予定。
ほっぺは膨らむばかり。

私は目と歯と胃だけは丈夫なのと豪語していた時期もあった。
しかし目はこのところ悲しいほど視力が衰え、歯はなんとか持ちこたえている。
肝心の胃は、暴飲暴食しなければまあまあ。
初めからあまりお酒は量がいけるほうでなく、嗜む程度。
ビールはジョッキ一杯。
ワインはグラス一杯か二杯。
日本酒は一合も飲めるかどうか。

飲み過ぎて家にどうやって帰ったか覚えていないという人がいるけれど、そんなことには今まで一度もなったことがない。
しばらく飲んでいると急に、ここでストップというサインが出る。
なぜか急にお酒が不味くなる。
疲れているときには、猛烈な睡魔に襲われる。
札幌のすすき野でラーメンを食べていたら眠ってしまい、丼に顔を突っ込みそうになった。
一緒に食べていた人達が周章ててホテルに連れ帰ってくれた。
寿司屋で気が付いたらカウンターに突っ伏して寝ていたり。
私がお酒を飲むとひどい笑い上戸なので、やたらヘラヘラと笑っているか眠っている。

それで今まで飲んだ上での事故というのはないけれど、最近は飲むこと自体がたいして魅力的ではなくなってきた。
それなのに、飲めば美味しいとは思う。

美味しいと思うのだから家でも飲みたいかというと、ほとんど飲まない。
お酒なんてものは、楽しい会話と美味しいつまみがあればそこそこいけるけれど、しんねりむっつりテレビなんか見ていると、全く美味しくはない。
そのテレビが又、本当につまらない。
時々覗くといつも同じ顔ぶれで、よくぞこんなに手抜きを・・・と思うくらいのものばかり。

制作費を安くあげようと、ネットから動画を取りだして流しているのには呆れた。
そんなのあり?
ということはテレビ局が作るのより、素人の撮った動画の方が面白いということにならないだろうか。
テレビマンの面子にかけて、そんなことをしない方がいいのに。

ひまなので家でゆっくりしようと思っていたけれど、次々に来る誘惑に打ち勝てず食べ歩いていれば、どういう結果になるかは目に見えている。
体重は今の所増えてはいない。
しかし、いつまで維持出来るか。
不思議な事に体重はジワジワ増えるのではなくて、ある日突然数字が跳ね上がる。

知り合いが16時間食べないダイエットをやっているそうだ。
例えば夜食べると次の日の朝食を抜くとか、とにかく最後の食事をしたら16時間食べない。
食べられる時間は8時間。
その間はなにを食べても良くて、彼女は夕飯を抜くことが出来ないので朝食を抜くのだそうだ。
私は1日の食事のうちで朝食が1番好きだから、抜くことは出来ない。
そのダイエットをするとしたら朝食後、その日の午後4時くらいまでには食べる事をやめないといけない。
それなら出来る可能性はあるけれど、お付き合いってこともあるでしょう。
いえね、私は食べたくはないんですよ、でもね、皆が食べているのに私だけ食べないって訳にはいかないでしょう?しらけるし。
出かけなければ良いじゃないって・・・そんな殺生な。

























2016年6月27日月曜日

四十肩?五十肩?

今朝目が覚めたら右肩が痛い。
時々横向きに寝て私の全体重が腕にかかると、痺れたり痛い事は時々あるけれど、今回の様に肩と腕の筋肉が痛むという事はあまりない。
私猫ですから。

今、ラヴェルやコダイの小難しい曲を練習しているので、それが堪えているのかと思ったけれど、楽譜が難しいだけで、右手のボウイングが特にハードなことをやっているわけではない。
滅多に故障はしないから、放っておけばそのうち治るといつもの楽天主義が顔を出す。
それで腕を回したり肩甲骨を開いたり閉じたり、近所の公園に散歩に行ったりしている内に、痛みは和らいできた。
午後には治ると思う。

こういうのを四十肩というのかな?と思って広辞苑をひいてみた。

四十肩・・・40歳頃になって慢性的に肩の痛むこと。
慢性的ではないから、四十肩ではない。
それでは
五十肩・・・50歳位になって時々起こる肩のこりやいたみ。

ちなみに六十肩、七十肩、八十肩とひいてもそういう言葉はないらしい。
その年齢になると肩が痛いのは当然で、敢えて名前をつけることもないのかもしれない。

症状から言えば私は今五十肩。
うふふ、あくまでも症状ですからね。
実年齢はさておいて。

肩が痛いので起き上がったために、目が冴えてしまった。
3時前に目が覚めたので、そのままベッドでグズグズ。
1時間ほどしても眠れないから、早朝の散歩に出かけた。
いつもは散歩は夕食前。
けれど、早朝は気持ちが良いので、時々早起きした時は日差しが強くなる前に一回りする。

その頃には公園内にチラホラ、犬の散歩やジョギングの人達が集まってくる。
自販機の傍の空き缶入れを漁って、大量に袋に詰めている人がいる。
以前そういう人と話した事があって、初めはにこやかだったのに私がふと「この空き缶は何処へ持っていくの?」と訊いたら急に貝のように黙ってしまったホームレスさん。
ああ、職業上の秘密を聞いてはいけなかったのかと思った。
私が商売仇になっては困ると思ったらしい。

この地域で、あきかんなどのリサイクルゴミを勝手に持ち出してはいけないという条例が施行された最初の日、段ボールを集めていた人が警察官に注意を受けていた。
その人は毎日自転車で段ボールを集めて、危なっかしくバランスをとりながらせっせと働いていた。
とても大人しく真面目にそうやって生計を立てていると思うので、私は時々段ボールをあげていた。
ほとんどいくらにもならないと思うのに、一所懸命集めてどこかで売るのだと思う。
そんな人は見て見ぬふりをしてあげれば良いのに。
側に行って警察官に「あなたたちの裏金回してあげなさい」と言ってみたい衝動にかられた。
条例違反は違反なので黙っていたけれど。
ちなみに私の居住区は、裏金作りで悪名高い警察の管轄下。

散歩から帰るといくらか肩の痛みは解消。
結局運動不足かと思ったけれど、今原因がひらめいた。
パソコンの部屋はレッスン室のつながりにあって、エアコンが1台。
冷風をこちらまで届かせるのに扇風機を使っていた。
常に右側から風がくる。
それで多分からだの右側が冷えて、日頃酷使している肩腕に痛みがと、
こういう流れでは。
それでも風がダイレクトに当たらないように、斜めから送風していたのだけれど。





















2016年6月24日金曜日

モヤの命日

今日はモヤが天国へ旅立ってからちょうど1年。

モヤは私が通院していた市立病院の庭で遊んでいた。
飛んできた蝶を追いかけて、元気で愉快そうだった。
びっくりしたのはその顔。
両目が感染症でピンポン球くらいに腫れ上がり、良く見ると、その球体のほんの僅かに空いた隙間から外を見ているようだった。
あまりにもひどい状態なので車に乗せて、動物病院に連れて行った。
しばらく入院させたら腫れは引いたけれど、片目は薄い膜がかかったようになっていて、あまり良く見えないようだった。
それでも生命力に溢れた賢い子だった。

治療が終ったらもう一度、市立病院の庭へ連れて帰るつもりだった。
その病院はスタッフが優しくて、ノラ猫が庭で暮すのを許していた。
それどころか、医師や守衛さん達が段ボールハウスを作ったり、患者(主に私)が餌をはこんだり、病院としては不潔なノラ猫を排除するのが当たり前なのに、そういうことはしなかった。

治療が終って獣医師に訊かれた。
「この子どうするの?」
病院に連れ戻すと言ったら、「ここまでしたらもう飼うしかないんじゃない?」
そして、すでに3匹先住者の居る我家の一員となった。

ジャコ、たまさぶろう、ナツメ。
新入りは、毛色がいわゆるサビ猫。
模様がモヤモヤしているから、モヤと名付けた。
全く争う気配もなく受け入れられて、ひっそりと隅っこのほうで暮していた。
多頭飼いに人も猫も慣れっこ。

ジャコが間もなく死んだ。
そのあと道を歩いていたら、目の前に飛び出してきてバッタリ倒れた猫がいて、それが今最後に残っているコチャ。
ずっと4匹で飼っていたから、全員同じようには目をかけられない。

特にモヤは物静かで自己主張しないから、どこにいるのか時々行方不明。
時には全く姿が見えないから血眼で捜すと、押し入れの奥に潜んでいる。
身体が弱く喘息気味で、天候で体調が左右される。
気分が悪いと人目につかないところでジッとしていた。
それなのに、性格は活き活きとして冗談が好きだった。
部屋の隅でなにかかさこそとしているかと思うと、モヤが悪戯をしている。
目が合うと「ん?」楽しげに見返してくる。

タマサブロウが唯一の男性で、身体も大きく1番の甘ったれ。
ほとんど私を独専していた。
モヤは、隙を見つけてはちょっと甘えたりもする。
タマサブロウが戻ってくると、クールにさっと場所を空けて部屋の隅っこで独りあそび。

私が病気になったり落ち込んでいると、枕元に来て静かに見守ってくれる。
時々手をそっと伸ばして、私の顔を触って「大丈夫よ」と言ってくれる。
気が付くとこちらをじっと見ている。
目が合うと、愛情深げに瞬きをする。

モヤ、決して忘れないよ。
モヤは私の守り猫だった。
今もモヤが見守ってくれているような気がする。



















2016年6月22日水曜日

八ヶ岳音楽祭はギャラリーとして

今年も八ヶ岳音楽祭出演の依頼があったけれど、音楽監督氏と話し合って観客として行く事に決めた。

オーケストラの仕事はまだ時々お声をかけてもらえるけれど、最近はお断りしている。
なぜ大好きなオーケストラが弾けないかというと、弦楽器は同じ楽譜を2人で見なければいけないから。
正面から楽譜を見られないというのは、老眼乱視にはひどくつらい。
どんなに練習していっても、楽譜がぼやけて見えないのはひどく恐怖なのだ。

今年の八ヶ岳音楽祭の曲目は、ベートーヴェンの「第九」
オーケストラ人生の最後を飾るにふさわしい曲だから、4月頃声をかけてもらったときには勿論引き受けるつもりだった。
第九で締めくくれるのはラッキーと思っていたのに、いざ現実になるとどうしても憂鬱な気分になってしまう。
2ヶ月ほど考えた。

今年に入って、オーケストラの仕事を次々と断っているうちに、もう復帰は無理という結論に達した。
やればまだ出来るとは思う。
猫のわりには責任感はあるほう(だと思う)だから、多分努力を惜しまないでなんとしてでも目的達成するはず。
しかし、その間の緊張はもうたくさん。
楽譜を独占して正面から見られれば良いけれど、2人で見るとどうしても斜めに覗き込む事になる、
自分サイドのページは大丈夫でも、相手側のページがかすんでしまう。

オーケストラの弦パートは大勢で一緒に弾くから、楽だと思っている人が多い。
と~んでもない!
大勢だから難しい。
1人がこけると、周り中に影響する。
お互いの音程やちょっとしたタイミングがずれると苛々する。
全員の緊張が伝わってくる。
それはプロのオーケストラで弾いてきた人には、良く分かる怖さ。

私はもう充分働いて、出来るだけのことはやった。
これからは、先日のコンサートのように、気の合った人と自分の好きな曲を弾いていきたい。
1人で弾くのは本当に楽。
色々音色も考えて好きなボウイングを決める。
時には決めないで、本番が始まったときの調子で決めることもある。
ニュアンスも自分の思い通りに出来る。
煩い指揮者がいない!これが最高。
なによりも楽譜を正面から見ることが出来る。

最近、オーケストラでも一番後ろの席で1人で楽譜を見られるようにしてもらってはいたけれど、そうそうワガママが通るワケではないし、そんなことを言うなら若い人を使ったほうがいい。
若者は綺麗で上手くて、楽譜が斜めでもちゃんと見える。
それなのに私たちの年代を使うのには訳があって、角が取れているというか臨機応変というか、突っ走らず上手く人の間をくぐり抜けることが出来る。
要するにバランスがとれる。

演奏のスキルはあまり衰えていないけれど、長時間の練習や人のペースに合わせるのはしんどい。
というわけで「今年は弾かないで聴きに行きます」と言ったら、音楽監督が「遊びに来て下さい」と言う。
キラリ☆!遊びにねえ。秋の高根町は本当に綺麗。
楽器を持たずに行けば、どこへでも行ける。
小淵沢の昔の仕事仲間のお店にも行ける。
ちょっと足を伸ばせば北軽井沢のノンちゃんの別荘へも。

人間引き際が大事。
噺の途中で分からなくなり「勉強し直してきます」と言って高座を降り、復帰できずに亡くなった落語家がいた。
ひどく気落ちしたにちがいない。
私もオーケストラを弾いている最中に急にネズミを追いかけ始めたりしない内に、やめておこう。

本当にオーケストラが好きだった。
子供の頃オーケストラのコンサートに行って、いたく感激した。
ヴァイオリンもまだ本格的に習ってもいなかったのにこのオーケストラに入りたいと思ったら、まるでレールが引かれてでもいたように夢が実現してしまった。
本当に幸運なことだった。

その大好きなオーケストラを辞めても、少しも寂しさはない。
これからは、少人数でのアンサンブルを楽しんでいく。
それがダメになっても、次々と面白いことは湧いてくる。
何事も深刻に受け取らない性格だから、音楽家として大成できない。
悩める心がないと芸術家にはなれない。
半猫だからしかたがない。




















2016年6月21日火曜日

電脳obaba

コンサートが終ってしばらくは疲労困憊。
知人に頂いた水素水などを飲んで元気の回復を図ったけれど、老体につき中々芳しくない。
いつもに増してモタモタして歩くのもつらい。
それでも約1週間過ぎると、ようやく元気が出てきた。

私の最も苦手な夏がやってくるので、ここから3ヶ月は死んだふり。
去年は3回も熱中症にかかって、ダウンした。
今年はどうなりますことやら。

疲れたからと言って身体を動かさないのが一番いけないので、毎日の散歩と楽器の練習は欠かさない。
1ヶ月近く休んでいたハリー・ポッターの講読日が迫っていて、昨日まで殆ど予習をしていなかったことに気がついた。
大変!
周章ててタブレットの電子書籍を開く。

電子書籍のハリー・ポッターを購入してタブレットで読めるようにしてもらってから、進捗状態は格段に上がった。
最初は書き込みも出来ないかと思ったけれど、それは上手く出来ていて栞やハイライトもつけられて、紙の本に書き込むような感じでの使い方が出来る。
しかも文字の大きさが変えられて画面も明るく出来る等々、使い勝手はすこぶる便利。

たいてい、ハリー・ポッターのレッスンの1時間前に目的地近くのコーヒーショップに行って、予習と腹ごしらえを兼ねる。
コーヒーショップには、会社員や学生たちがノートパソコンやタブレットなどを広げて、仕事や勉強をしている。
そこに小さなobabaがチョコンと座って、同じようにタブレットで画面の操作をしているのを見た人は「ほう、世の中にはこんなオバンもいるのか」とビックリするかも。
同じような年代(30歳はすぎたということです、あはは)の女性が電子機器を操っているのはあまり見かけない。
老後の楽しみにはもってこいなのに。
もっとも私の場合はサポートが凄くて、至れり尽くせりの設定がされ、故障しても万全の態勢がとられているという条件に恵まれているのだけれど。

パソコン歴は長いのに、進歩は遅い。
万一足腰が立たなくなっても、ネットで買い物、楽しみも無尽蔵にありそうだから、ヴァイオリンが弾けなくなっても退屈はしないと思う。
特に読書は便利に出来そうで、目と頭さえ残っていれば死ぬまで退屈知らず。
一度ネットカフェなるものに行ってみたいと思うのだが、逃亡中の犯人が潜んでいたとか、そこに寝泊まりしている人がいるとか、あまり良い環境ではなさそうで二の足踏んでいる。
漫画喫茶、カラオケにも行ったことはない。

チベット旅行には1人でさっさと出かけていったのに、ネットカフェにはどうも行きにくい、これどうしてかな。



















2016年6月17日金曜日

後片付け

コンサートが終り、沢山の方々のご厚意を感じながらの幸せの余韻も、1番苦手な経費の収支決算などの残務整理であっという間に現実への帰還。
元々2人で弾く予定だったからチェリストはゲスト。
後始末はピアニストと2人で。

2人ともこういうことは大の苦手。
こんな時にはマネージャーがいてくれると本当に助かる。
今回、客席数が少ないため収入が見込めないので、マネージメント経費の節約をした次第。
100人を越えるとまあまあの収入になってトントンだけれど、今回のようにキャパが少ないと多少赤字覚悟。
ただし、広くて音響の良いホールはホール代が高い。

私が以前自主公演で使ったホールは定員220人。
当時ホール料金は20万円少し。
今はもう30万円に値上げされている。
その時も満席になって、プログラムが足りなくて大騒ぎ。
そんなヘボマネージャーでも、マネージメント料を払うとトントンで、赤字ではないという程度。
今回そこを使う事も考えたけれど、あれから10年、今それほどの観客動員力があるかどうか危ぶんでいたから、二の足を踏んでしまった。
惜しいことをした。

今回本当に少数の方だけにお知らせをしたので、仕事仲間や身内などには声をかけなかった。
それでも沢山の方が来て下さったので、次回があるならば、もう少し広いホールにして知人友人親戚縁者、ことごとく伏してお願いすればもう少し大きなホールでも大丈夫の感触を得た。
さて次回があるかどうか・・・
今回の会場は、会場費もまあまあで、音響や楽屋の設計など非常に行き届いた会場だったけれど、キャパシティーの少なさが問題だった。

戦いすんで日が暮れて・・・おや、古いこと。
今年後半は軽井沢のコンサート、八ヶ岳音楽祭、古典音楽協会の定期演奏会。
今、チェリスト某さんとデュオをして遊んでいる。
ラヴェルのヴァイオリンとチェロのための「ソナタ」
これもいつかどこかで聴いていただきたい。

今回思ったのは、ピアニスト達と行っている例会の研究会が非常に役に立っているのではないかということ。
今年前半は終了したけれど、夏休み過ぎの9月から再開。
3人のピアニスト達は、大きなグランドピアノが2台入っている広い音楽室を持っている。
しかもスタインウエー。

それぞれの家を回り持ちで会場にして、自分が弾きたい曲、これから演奏会に出す曲などを聴いてもらう。
私の家にはスタインウエーがないから、来てもらえない。

6人のメンバー(ピアノ3人、ヴァイオリン、ヴィオラ各1,ソプラノ1)が毎回冷や汗をかきながらの演奏。
もし練習が足りていなければ途中まで弾くとかなんとでもなるけれど、意地っ張りが揃っていて、負けじと猛練習をしてくる。
しかも音大で教えていた人ばかりだから、聴く耳も肥えている。
いい加減に弾いたら、相手にされなくなるかも。
最近は2ヶ月に1回くらいのペースになったけれど、初めの頃はひと月1回。
それは厳しかった。
あっという間にひと月過ぎると周章てて楽譜を引っ張り出して、ちょっと練習して聴いてもらうことになる。

今回はその研究会でも練習のため、コンサートのプログラムを弾かせてもらった。
当日一番前の席にそのメンバーが座っているのを見つけたら、いつもの研究会の様な気がして、最初からくつろいだ気分になった。

いつも誰かに守られ支えられて、皆さんには感謝ばかり。
特にアンコール、フォーレ「ラシーヌ賛歌」は、しみじみとそんな気持ちを込めたつもりだけど・・・伝わったでしょうか?





























2016年6月15日水曜日

セコ知事

桝添都知事の、公費で家族旅行とか寿司やでの飲食とかが世間の怒りを買っているけれど、驚いたことに、これは法律違反ではないという事。
あの目から鼻に抜けるような悪知恵の持ち主が、ギリギリ大丈夫と判断してやっていたことだから、なんとでも言い逃れが出来ると思っていたに違いない。
私はてっきりこれは法律違反なのだと思っていたから、彼が知らないでやっていたというより、そこの処は熟知していたのだと思う。
マスコミはそこのセコさを叩くけれど、この様なことが法律違反ではないということの方がビックリではないかしら。
なぜマスコミはそこの所を追求しないのかしら。

なんで都民の大事な血税でこんなことが出来るのか、不思議に思っていた。
法律に違反しなければ何でもやって良いというものではないことは、私たちは皆知っている。
人は法律に縛られる前に、常識とか倫理とかを社会生活を行っていく上で教育される。
両親からも学校生活からも、それらを学んでいく。

庶民が汗を流して家族を養い、やっとの思いで生活して税金を払っているのに、その税金を自分の物のように考える輩はごまんといて、今回はその氷山の一角。
桝添さんを辞めさせるなら、まず法律でその様な事を禁止しないといけないのでは?というのが素朴な疑問。
なぜ改正しない?
他に飛び火して、辞めなければならない人があぶり出される前に、辞めさせてしまえと言う底意が見える。

政治と言うのはお金がかかるらしい。
余りにも規制しすぎると、自由に政治資金をつかえなくなるから、たぶん改正案を出す議員はいないのだと思う。
庶民の感覚からすると、自分の家族の遊興費から食事代までその中から出すのは、とんでもない話しに思える。
お給料をもらっているのだから、その中で生活するのは当たり前。
だから、政治資金は純粋に政治のためだけに使って欲しい。
それが法律違反でないというのが、解せない。

桝添さんを知ったのは、彼が東大から飛び出した後の華々しく活躍を始めた時期だった。
テレビタックルでの発言はしかし、不愉快な人のイメージだった。
共演者の女性に対するパワハラ、セクハラともとれる発言で、嫌な奴という印象が強かったけれど、ここまでとは・・・
たぶんもの凄く頭が切れて、楽々と法律の網の目をくぐって、今回も大丈夫だと思っていたのだろうか。
庶民の気持ちを逆なでしたのが敗因。
法律違反で有罪になっても未だに愛されるキャラクターの角栄さんなどもいるけれど、桝添氏の場合、たぶん味方はいない。
そこが彼の可哀相なところかもしれない。

今猛烈に彼を叩いている人達、マスコミ、法の抜け道に目を向けて欲しい。
法的に問題なければ、辞めさせられないのでは?
ただ単にケチ、セコだけで出来るわけ?
























2016年6月14日火曜日

修羅場を好む

コンサートの次の日は久し振りのオフ。
私は眠りの達人で(エヘン)コンサートが終った夜も、興奮冷めやらないという訳でもなく、ストンと入眠。
しかし、どこかに緊張が残っていたらしく、3時間ほどで目が覚めてしまった。
その後は眠れなかったので起き上がって、ノラに餌をやったりコンサートの御礼のメールを出したり、色々用事を済ませてから車で出かけた。
睡眠時間が短いので車の運転が心配かというと、短い睡眠時間の時のほうが目が良く見えると言う不思議人間なので、どうということはない。

何気なく腕を見ると、右腕の血管が一箇所盛り上がった所を見つけた。
小豆大の瘤が出来ているから暫くゆっくりと指で押していたら、内出血して紫色になった。
やはりかなり血圧が上がっていたものと思える。
これが腕だからまだ大事に至らないけれど、脳血管だったら脳内出血となって障害が出来るかもしれない。
自分が気が付いていないだけで、さんざん出血しているかも知れない。
2年ほど前の脳ドックでは異常なし、脳の萎縮もなし。
それから又歳をとったから、危ない。
そろそろ検査に行かないと。
最近の記憶力の衰えは、もしかしたら・・・いやいや、子供の時から変わりなし。
小学校の時には、ランドセル忘れ教科書忘れ、宿題が出たことは下校するとスッポリ頭から消え去って、クラスでダントツのもの忘れ嬢だった。
音大のオーケストラの授業にお弁当だけ持って出かけたことも。

出かけた先で友人とお茶して他愛なくお喋りを楽しんだら、異次元の世界から日常へリセット完了。
私にとって演奏すると言うことは日常生活の一部だけれど、今回は少し頑張ったので、今日は自分を甘やかして整体院でリラックス。

自分自身が修羅場にいることも面白いと考えるほうだから、野次馬としてひとが争ったりする現場に行くと、つい仲裁をしたくなる。

2週間ほど前のはなし。
私が長年お世話になっている中国人の整体院。
身体を酷使する私には整体は欠かせない。
私の担当はK先生。
中国の人には悪いけれど、あの国の人には珍しいほど寡黙で真面目。
仕事中は殆ど声を出さず、黙々と手を動かしている。

たいてい3人の先生が常駐していて、先日ヒマだった1人の先生が大きな声で他の先生と話しをしていた。
その時私はk先生の施術を受けていた。
突然K先生が声を荒らげた。
隣のお喋りさんはぴたりと黙って、K先生は何事もなかったように仕事をしていた。

終ってエレベーターを待っていたら、今出て来た整体院から突然怒号となにかが壊れるようなすごい音がした。
すぐにとって返してドアを開けると、さきほど怒鳴られた先生がK先生に馬乗りになっている。
まさに殴りつけそうになるのを飛び込んで止めに入った。
やめなさ~い!
大の男が喧嘩しているところに、小の女の力ではどうにもなるわけではないのに、後先見ずに割り込む。

上にいた先生を引き離すと、その先生は鼻や口から血を流している。
もう1人の先生が傍から見ていて止めようともしないので「何してるの。あなた見ていないで止めなさい」と叱りつけた。
K先生は上にいた先生が立ち上がったので身体が自由になると、そばにあった灰皿を取り上げて、相手に殴りかかりそうになる。
それも必死で止めて「とにかくやめて!ここから出て行きなさい」と部屋から追いだした。

血を流している先生は歯がぐらついているらしく、しきりに歯に触っている。
施術台の白いカーテンにも血が飛び散って、シミになった。
「とにかく貴方が大声で話すのが悪いのよ、他のお客さんに迷惑でしょう」とお説教していると、追いだしたK先生が又戻ってきた。
必死でズボンのベルトを掴んで引きずり出してエレベーターに乗せて追いだした。

高みの見物だった先生は「中国人はダメね。すぐ喧嘩する。日本人は喧嘩しないね」とニヤニヤしているから、中国の人は血の気が多くてこういうことは日常茶飯事なのかしら。

外に出たらK先生が居て、私が「殴ってはいけないでしょう」と言うと「先に手を出したのは向こうだから。あの人大きいから私は負ける」と言う。
でも怪我をしたのは相手の方だし、この後どうするのかと思ったけれど、放置して帰って来た。
どうでもいいけど、他にお客さんがいなくて良かった。

先週、整体院に行くと皆何事もなかったかのように、仕事をしている。
怪我をした先生は居なかった。
どうした?とK先生に訊いたら「大丈夫、私お金払った」

以前ヤクザの喧嘩の仲裁に入った話しもここに書いたけれど、何故か私の周りは風雲急を告げるみたいな出来事が起こる。
私自身は至って穏やかな生活を送っているのに、なぜか周りが修羅場。
好奇心が猫を殺すというけれど、余りにも好奇心が強くてつい喧嘩の仲裁に入ってしまう癖は、そろそろ直さないといけない。
若い頃ならともかく、今時分巻き込まれて転んだりしたら、それこそ寝たきり老女になりかねない。
くわばらくわばら。



















2016年6月13日月曜日

御礼とお詫び

昨日のコンサートを聴いて下さった方々、本当にありがとうございました。
おかげさまで無事終了、沢山の方が喜んで下さったようで、感謝の念にたえません。
が、客席数よりも沢山の方がお見えになって、会場が混乱したことをお許し頂きたいと思います。
もし、入れてもらえず帰られた方、後ろの小部屋に押し込められて窮屈な思いをされた方がいらっしゃいましたら、お詫び申し上げます。
最小限のお知らせで人数合わせをしたはずが、やはり友人の輪が広がって思いがけない人が来て下さったり・・
中々難しいものです。


梅雨入り宣言でガッカリしていたけれど、コンサート当日は薄曇り、日中は陽が射して、気温もまあまあの絶好のコンディションとなった。
湿度も丁度良く手の平に潤いが戻ってきて、ハンドクリームのお世話にならなくても弓が楽に持てる。
これが何よりもうれしかった。

超まじめなピアニストに引きずられるように練習を重ね、なにがあっても生き延びられるくらいのレベルまで持っていったけれど、本番前の不安はいつでも絶えない。
急に頭が真っ白になったらどうしよう。
楽譜が見えなくなったら、手が震えたら、弾いてる最中クシャミが出たら、お腹が痛くならないだろうか・・・
1番不安だったのは、客席が足りなかったら・・・
それが的中。
受付は大混乱。
客席に座れない方には二階にあるスタッフや演奏者のための小部屋に入ってもらう。
後で聞いたらそこも満杯だったらしい。
私の元生徒も入れなくて、帰ってしまった。
何人かそのような人がいたらしい。
申し訳ない。

お知らせを出したけれど返事が無かった人は欠席としてカウントしたら、私の席がないとおこられるし、てんやわんやの大騒ぎ。
本番が始まって1曲目のバッハを弾きながら、あの人座れたかしらと余計な心配が頭をよぎる。
幸いしっかりと練習してあったから、指が自動的に動いてくれたけれど、危ない危ない!
2楽章からは普通に集中できて、気持ち良く演奏出来た。
ベートーヴェンの8番のソナタは、弾いていて心躍るような楽しい曲で、それが客席にも伝えられたらしく沢山の拍手を頂いた。
20分の休憩のお茶タイムは、喫茶コーナーに行って皆さんとお話をしたかったけれど、遠慮して楽屋で狸寝入り。

1番の心配はブラームス。
楽器の数が増えるほどトラブルは多くなる。
2人で弾いていた所にもう1人加わると、バランスや音程の修正が必要となるし、曲の構成も複雑で練習の時には度々中断していたけれど、チェリストはベテラン、ピアニストも私も古狸。
本番は全く不安なく終った。
たまたまだけど、3人同い年だった。
なんとか無事終了、暖かい拍手を沢山頂いた。
アンコールはフォーレの「ラシーヌ賛歌」を用意した。
元は合唱の曲をピアノトリオに編曲したもので、ほんの短い曲だけれど心に染み入るようなフォーレの美しい旋律が私は大好きで、半ば強制的にこれをアンコールの曲にさせてもらった。

隣のビルのイタリアンレストランが第二会場で、そこには17人の仲間達が集まってお祝いしてくれた。
いつもの「雪雀連」
長年の友人達の心からの応援が、なによりの栄養源となる。
会場が狭すぎたこと以外は、幸せな1日だった。






















2016年6月10日金曜日

チケット完売

12日のコンサートのチケットはすべて売り切れました。
今からお求めになりたいという方には、ご遠慮いただいております。
もうしわけありません。
ただし満席でも、客席後ろのほうに演奏者やスタッフの控え室のようなものがあり、そこからもお聴きになることができます。
そこでよろしければ、入場なさってください。
その方が気楽だと言う方もいらっしゃるので、人それぞれですね。

やはり70席では狭かったようで、私もほんの一部の遊び仲間にしかお知らせしていません。
仕事仲間にまでお知らせするとわっと範囲が広がってしまうので、お知らせしなかった方々すみませんでした。
共演者もここへきてチケットの問い合わせに対し、お断りしているようです。
皆さまがご来場下さるのはとても嬉しく、お断りするのは心苦しいのですが、キャパシティーに限りがあるので致し方ないとおもっています。
この次はもっと広い会場がいいねと話していて、おや、私たち又やる気なの?と2人で笑ってしまいました。

若くはないので体力気力ともに限界。
こんな大変な事二度とするか!と思っていても喉元過ぎると又なにやら始めてしまう・・・業ですかね。
それでは当日お待ちしております。

三軒茶屋の駅からは非常に近いのですが、ちょっと分かりにくいかもしれない。
キャロットタワーの近くです。
コンビニとファミレスのあるビルの左側に入り口があって、そこからエレベーターに乗って下さい。











2016年6月8日水曜日

幸福の7箇条

やっとベッキー騒ぎが収まった。
今度は北海道の子供置き去り事件と桝添問題が取って代わった。

私は週刊文春の何十年来の読者で、毎週欠かさず買っているのに、盆暮れの付け届けはこない。残念!
何故読んでいるかというと、エッセイや連続小説が面白いから。
書き手が粒揃い。

伊集院静「悩むが花」は人生相談。
でも解答が酷い。
「そんなこと俺に訊くな」とか「お前さんばかか」とか。あはは。
土屋賢二「ツチヤの口車」は哲学者のイメージからほど遠い、ユーモラスな自虐的エッセイ。
その他、宮藤官九郎、林真理子、尾木直樹、みうらじゅん、山藤章二、池上彰

お気に入りは福岡伸一「パンタレイ・パングロス」
彼は生物学者で、フェルメールの熱狂的愛好家でもある。
生物の話しが面白い。
今週は彼の恩師であるロックフェラー大学のマキュアン教授の説を紹介している。

その説とは、「ストレスは生命の動的平衡に刺激を与え、動的平衡はそれに反発しようと動く。
押せば押し返してくるのが生命。しかもその押し返しは、以前の状態よりもより高い状態にまで達するので、ストレスは健康に良いという」

但しストレスも過剰では健康を害するとは思うけど。
私もストレスのない生活は退屈で耐えられない。
だから時々、人前で下手くそなヴァイオリンを弾くはめになる。
この説の前に福岡博士がアメリカ時代にさんざん苦労した、ストレス過剰なエピソードが書かれているので、いっそう印象に残る。

阿川佐和子の対談「この人に会いたい」も毎週楽しみにしている。
落ち着いた大人の週刊誌と思っていたら、いつの間にかスクープの連続ヒット、時々どうかと思うくらい過激になってきた。

今週の文春、平松洋子「この味」で見つけたのは、水木しげるのはなし、面白いので一部ご紹介。

水木しげるは食べることと寝ることが大好きだった。
「好きなことだけやって楽をしろ」を実践していた。
生前揚げていた「幸福の7箇条」がこちら。

『第1条』成功や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない
『第2条』しないではいられないことをし続けなさい
『第3条』他人との比較ではない、あくまでも自分の楽しさを追求すべし
『第4条』好きの力を信じる
『第5条』才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ
『第6条』怠け者になりなさい
『第7条』目に見えない世界を信じる

笑ってしまった。
なあんだ、私はほとんどこの通りの生き方をしてきた。
同じような考えの人は少ないと思っていたけれど、同類を見つけた。

以前教室に通ってきた高校生の生徒に訊かれたことがある。
その子は、いったい自分がどんな人生を歩むか不安だと言うから「好きなことをトコトンやってごらん、自然に道が出来るから」と答えたことがあった。
後で考えてあの回答で良かったのかしらと思ったけれど、自分がまさしくそういう生き方だったから、そう答えるしかなかった。
親御さんにしてみれば、無責任にそんなこと言うよりも具体的に勉強しろとかなんとか言って欲しかったかもしれない。
大学受験のためにヴァイオリンの練習は中断してしまったので、その後の事は分からない。
とても頭が良くて心も健康な子だったから、今頃大好きな動物相手の仕事に就いているかも知らない。

私も動物園で働きたかったので、大学卒業の時に上野動物園に電話して就職できないか訊いてみようと思っていた。
その話を姉たちにしたら、お説教された。
「動物園では動物を飼育するだけじゃなくて、事によると自分の手で死なせることだってないとは言えない、それに耐えられる?」
なるほど、それはイヤだ。
後で考えれば、獣医師又は他になにか資格がなければ、飼育にかかわることはできないかもしれない。
ただ動物が好きと言うだけではとうてい務まる仕事ではない。
学生時代からオーケストラの仕事をしていたので、動物園は諦めてそのまま音楽の道に進むことになった。
音大を出たら当然と思われるかと思うけれど、私は沢山の選択肢があって、音楽はその中の一部分だった。
先日テレビで、特殊な工事用機械の操縦をする人達の特集を見た。
男性だったらこんな仕事は素敵に面白いだろうなと、思った。

自分のヴァイオリン演奏は上手くないと分かっていても、それで落ち込むことはない。
周りの人達は皆上手いけれど、引け目を感じたこともあまりない。
彼らは彼ら、私は私。
特別努力をするわけでもなく自分のペースでノロノロ弾き続けていたら、最近なんだかとても楽しい。
まだまだ新しい発見が日々続く。























2016年6月6日月曜日

梅雨入り

今日から梅雨に入ったという。
ほんの少しの差で梅雨になるとは運が悪い。
この次の日曜日のコンサートの日の天気予想は雨。
弦楽器奏者にとって天候は1番気になるところで、弦楽器の音は湿度の影響が非常に大きい。
雨の日は本当にがっかりする。

最近の会場はどこでも温度湿度の管理が行き届いているとはいうものの、外から侵入する湿気は防ぎきれない。
雨の日は開始時間になると、外から衣服や髪の毛に湿気を含んだ人達が入ってくる。
それだけで、湿度が上がる。
会場練習で楽器が丁度良い状態になっていても、開場してから湿度が上がってバランスが崩れるのはつらい。
弓の毛が緩む、弦が伸びて音が下がる、胴体が湿気って響かなくなる等々。
指板が湿気ると、ポジション移動がスムーズにいかなくなる。

特に古い楽器だと、大変気難しくて、それらの影響をもろに受ける。
それと指先や手の平などの湿度も弓の運びに非常に影響するので、神経質にならないように平常心を保つのが難しい。
梅雨入りの声をきいたとたん、ガックリしている。

そうは言っても、長い演奏活動の間にベストコンディションに恵まれてばかりいたわけではなくて、様々な体験をしてきた。
私がオーケストラに入った頃は、今どきのように良い会場はそんなにあるわけではなかった。
都内のホールにしても、今思えばずいぶんひどかった。
これが全国の演奏旅行ともなると、とんでもない会場があって、オーケストラピットを開けるとムカデの大群がいたこともある。
ネズミが走り回ったり。
緞帳が上がらなくなって、急遽客席の可動式のイスを動かして下で弾いたりも。

宿泊施設も少なくて、ホテルがないような場所では民宿に泊った。
お風呂の時間食事の時間をうるさく管理されて、怒りまくったことも。
そうかとおもうと、従業員さんたちの親切に感激したり。
今でもそうかもしれないけれど、当時は国鉄の列車の時刻表の裏に宿泊施設の名前が載っていた。
そこにビジネスホテルと書いてあるから予約していくと、ある種の職業のおねえさんたちのビジネスの場であるらしい。
料金が異常に安くて怪しいとは思ったけれど、その安宿を覗いて見ようという好奇心が先立って失敗した。
タクシーで向かうと畑の中に色鮮やかなネオンが見えて「まさかあそこじゃないでしょうね?」とドライバーに訊くと「いえ、あそこです」と言われ怯んだけれど、時間も遅くてもう手遅れ。
他に行く当てもないので泊ったけれど、その汚さには閉口した。
私の家より汚いところがあったのだと、妙に感心した。

今は全国何処にでも安くて清潔なビジネスホテルがあるけれど、当時はまだそんな宿が沢山あった。
今ではネットで充分調べられるから、滅多に外れはない。
私が若い頃にネットがあったら、ずいぶん助かったと思う。
それでも、若い頃の体験は懐かしさと可笑しさに充ちていて、なんて面白い人生だったかと思う。
だったと過去形で言うのはまだ早い。
これからどんな目に遭うか楽しみだけれど、とりあえず来週のコンサートをやってのけないことには落ち着かないので、がんばります。
え~い、矢でも鉄砲でも雨でも・・・持ってこないで!
















2016年6月5日日曜日

古巣は花盛り

半年ぶりに古巣の音楽教室「ルフォスタ」のイベントに顔を出した。
今日はクラシックパーティー。
発表会に向けて練習している曲を、その前に人前で弾いてみる。
発表会では出来ない合奏を組んでみる。
違う楽器の人との室内楽等々、思い思いの参加形態。
練習が足りていなくても初見でも、曲の半分まででもOK。

ジャンルはクラシックに限る。
ジャズの講座を受けている人達は、ジョイフルパーティーというイベントがあって、そちらで楽しむ事が出来る。
ジャズの生徒さんでも演し物がクラシック系なら、勿論参加出来る。
その反対もあり。

今回は私が会場のオーナーを紹介したので、責任上パーティーが始まる前に出向いて、オーナーに挨拶をした。
このサロンのオーナーはアマチュアのヴァイオリン奏者で、たいそうお金持ち。
アマチュアでないヴァイオリン弾きは、たいそう貧乏と相場が決っている。
そもそも、幼少からヴァイオリンを習って音楽大学卒業して良い楽器を買って、それでまだお金が残っている人は、元々お金持ち。
そうでない私のような者は、楽器を買ったら赤貧洗うがごときになる。
世の中お金だけではないと言っても、それはやせ我慢。
本当に元の取れない職業なのだ。

いやしくも芸術を志す者が下品な事を言ってはいけないと非難されそうだけれど、これが現実。
それでも皆幸せそうに楽器を弾いていられるのは、元々こういう道に進む人は多少???の人達だからかもしれない。

今回のイベントには、私が音楽教室の講師を辞めた後私の生徒達を引き継いでくれたT先生の生徒達も参加して、賑やかな楽しい会となった。
Tさんがタイースの「瞑想曲」を披露。
彼女は非常に優秀なヴァイオリニストで、演奏活動も今油がのりきっている。
強く美しい音が印象的だった。
引き継いでもらった私の元生徒も、チャイコフスキーの「協奏曲」を途中まで。
譜読みの段階だけれど、頑張ってくれている。
新しい先生との相性も大変良いようなので、一安心。

私の個人的な生徒がベートーヴェンの「スプリングソナタ」を弾いて、今回本当に頑張ったようで音もすごく良かったし、今までは本番でグズグズになってしまうことが多かったのに、今回は立派に弾き遂せることが出来た。
皆大したものだと感心した。
確実に進歩している。

このクラシックパーティー、元はと言えば私の家で、生徒達と楽器で遊んでいたものが教室に移行したもの。
最初は私の個人的な生徒と教室の生徒達の交流の場として、我家で月に一回「バッハ会」なるものを開いていた。
その時はなんの決まりもなく、最初に来た生徒から弾き始めて、一曲でも半分でも数小節でも弾けば飲ませてもらえる。
弾かなければお酒にはありつけないというハチャメチャな規則で始まった。

曲順も曲目も決っていなくて、私が引っ張り出してきた楽譜を次々に弾いたり合わせたり。
1番可笑しかったのは、バッハ「シャコンヌ」を弾くと言ってきたので「ほう!」と感心したら、いきなり2ページ目から弾き始めた人がいた。
なんで初めから弾かないのかと尋ねると、冒頭の部分は難しいから弾けないと言うので皆爆笑した。
酔っぱらって延々と弾き続ける人もいて、大騒ぎ。
その中で音楽の楽しさに目覚めてしまった子がついにプロを志して、ただ今音大の大学院で勉強中。
そこで揉まれて初見力もアンサンブル力もついているから、オーケストラに入れば即戦力になれると思う。

うちで楽しくやっていたのだけれど、しばらく休んでいたら1人の生徒が教室に申し入れて、そちらで同じような事をやってもらえることとなった。
初めは我家での会と同じようにバラバラだったのが、最近は進化を遂げてプログラムも出来、ピアノ伴奏付きで練習してから出演することが出来る。
発表会のリハーサルには、もってこいの場所になった。

私も若かった。
死ぬほど仕事していたのに、その上生徒達と大騒ぎ出来るほどのパワーがあったわけで、今思い出してもよくまあそんなに動けたものだと思う。

大学受験と就職で暫く休んでいた自宅の方の生徒が、今月から戻って来る。
家でのんびり教えるのは今の私にはちょうど良い。
教室の方とも蜘蛛の糸のように細くつながって居るので、ごくたまにこんな感じで参加することになると思う。
今日見た限りでは弦楽器のレベルが一段上がったようで、これからがとても楽しみ。