2019年11月30日土曜日

男手がほしい

北軽井沢の家を整理するときに一番欲しかったものは男手。
高いところにあるヒューズボックスがこわい。
吹き抜けの天井の電球は誰がどうやって取り替えるのかしら。
ひたすら故障しないことを祈るのみ。

庭の終わりには清流がながれている。
そこでわさびや水芭蕉を栽培したい。
クレソンもよく育つ。
その川まで行くのは、降り積もった滑りやすい落ち葉をフガフガと踏んで降りていく。
結構な急斜面で落ちるとまっ逆さまになりかねない。
行きつく先には冷たい水が滔々と流れている。
危険だからこの傾斜に丸太で階段を造りたい。

ヒューズボックスが物置の高いところに設置されているから、グラグラする踏み台に乗って操作しないといけない。
背の低い私は手がとどかないから、必要なときは業者に頼むことに。
ブレーカーをオン・オフくらいは自分でできないといけない。

寝室にはおそろしく重いベッドが置いてあって、動かすことも出来ない。
今日はジャムの瓶と格闘したけれど、ついに蓋が開けられなかった。
日頃ペットボトルの蓋さえ開けられないくらい力がない。
握力は子供並みではないかと思う。

12月に入ったら第2次断捨離をするつもりでいる。
やっと様々な手続きが最終段階に入った。
あとひとつ手続きが終わればすべて終了。
終わったと思っていたら、さいごにまだひとつやることが出てきて、また親戚に頭を下げて印鑑証明を送ってもらった。
なんと煩わしいことなのか。
幸い、だれもうるさいことを言う人がいなくて、本当に良かった。

やっと以前の生活に戻れると思ったら、煩雑さに乗じた運動不足のおかげで、筋肉量がすっかり低下してしまった。
影響はすぐに音に出る。
ヴァイオリンを弾いても音がでない。
無理して力を入れるともっと出なくなる。
ずっと力を抜くことの追求をしてきたから、筋肉量はいらないかというとそうはいかない。
腕の重さで弾くので筋肉は大事。
それと体のインナーマッスルがものすごく大事だということを今痛感している。

それも徐々に戻ってきて、やっと音が出るようになった。
今年は山の家はもう閉鎖してしまったけれど、春になったらすぐに行って新しい駐車場をつくったり、エアコンを入れたり、天井に扇風機を取り付けたりしたい。
テラスにペンキを塗らないといけない。
庭の一部分をハーブ栽培の畑にできるかも。
大木の下に生える細い若木も少し間引きしたい。
男手がほしいなあ。
今やっと一人暮らしの自由さを謳歌し始めたばかりだから、男の「人」はいらない。
力のある「手」がほしい。
追分のヴィオラ弾きのKさんは体格がよく力持ちでなんでもやってくれるけど、女性だからこき使うわけにはいかない。
しかも楽器を弾く人だから怪我でもされると困るし。

ロボット開発の人たちは何をやっているのだろう。
癒やし系のロボットなど作っていないで、早く男手ロボットを作って欲しい。
スルスルと長梯子を登って、天窓の掃除をしたり、天井の電球替えたりしてもらいたい。
ついでに天井の掃除もお願いしたい。
例えばお掃除ロボットの天井用なんかを作ったら売れるんじゃない?
壁を掃除しながら伝わって天井まで掃除するなんてロボットがいたらいいなあ。
充電が切れて頭に落ちてきて、怪我したりすると大変だから作らないとか?

完全犯罪にも使えそう。
タイマーに細工してアリバイ作り。
今後、犯罪の手口は限りなく広がるのでは?
作家もたいへん、情報通でないとやっていけない。

老人ホームでも老いてなお恋愛問題があるという。
そこでもモテるのは、以前の生活で社会的地位や教養があるとかの男でなく、大工さんなどの腕に技のある人だという。
「たまさん、棚こしらえて頂戴」「あいよ、ほら、出来たよ」「わあ、すてき、ありがとう」となるらしい。



























2019年11月29日金曜日

物忘れ鍵忘れ

某サイトでこんな記事。
https://tamatora.36nyan.com/?p=15088

これはまさに私の要求にピッタリ、でも待てよ!
果たして自分がこれを活用できるのだろうか?
甚だ心許ない。

ここは「たま」がつくので親しみを覚えるサイト。
なかなか有用な内容なのだけれど、読者が猫(私)である場合、この内容を理解できるのかどうか。
この物忘れ防止装置を検索したら、すぐにアマゾンのタイムセールで安くなったので注文した。
次はこの器具につける物忘れ防止用グッズを買うことになりそう。

ホームセンターで可愛いキャラクターのグッズを見つけた。
マグネットなので冷蔵庫などに貼り付けてキャラクターのしっぽを曲げると、そこに鍵をかけられるというもの。
クマのプーさんやドナルドダック、最近のゲームのキャラクターなど可愛いからつい買ってしまった。
テーブルの上に小さいビニール袋が置いてあったので何かと思って開けてみると、そのキャラクターたちが出てきた。
買ったことすら忘れていた。

物忘れと言って世の中が騒ぐほど大したことはないのだ。
忘れることは時として救いでもある。
時間を忘れるほど楽しいこととか、われを忘れるほど夢中になれるとかは幸せなこと。
辛さや苦しみも時を経て忘れることができる。
それがなければずっと苦しみ続けることになる。
時間は心の万能薬。

私は幼少期から天才的に物忘れの達人だった。
物を取りに行って、なにを取りに来たのか忘れるとボケの始まりなんて言うけれど、そんなことは子供の時からだった。
小学校へ行ってランドセルを開けると中は空っぽ。
宿題は出たことすら覚えていない。
教室に貼ってあった物忘れの個人別グラフのダントツはこの私。
先生も呆れ果てて叱られることもない。
中学校では忘れないように、すべての教科書は学校に置いて帰った。
当然予習復習なんていうこともしない。
高校でも同じ。

人の顔はよほどのことがないと、一度会ったくらいでは覚えられない。
それなのに、近所の猫の顔はすぐに分かる。
興味のないものは、目で見ていても脳みそを素通りしてしまうらしい。
だからみなさんも大丈夫ですよ。
私ほど記憶力が頼りない人でも、こうして元気でいられるのだから。
むしろ、記憶しないから元気でいられるのかもしれない。
うらみや嫌悪感をずっと持ち続けたら病んでしまうでしょう。
おおいに忘れよう・・・なんて、今日も又鍵を探して青くなっている猫が一匹。

しかし気に入らないのは「たま」サイトの最初のこの言葉。

鍵や携帯電話などさっきまで使っていたものを探し回るのは性格的なもの。25歳過ぎてもこの状態の人は、もう何やっても改善されません。それが立派な大人としての完成形なんです。 

もう手遅れなんだ。
それなら堂々と手遅れ人生を歩もうではないか。
































2019年11月26日火曜日

片足立ちができない

約一年間、食生活の乱れと運動放棄により体調はめちゃくちゃになった。
体重はそう変わらないのに体脂肪率が増え、基礎代謝量が減って運動年齢が急激に年老いた。
結局筋肉が衰えたということ。

先日友人と足腰の弱りについての話になった。
友人のWちゃんは立ったままソックスを履こうとしたら、後ろ向きにひっくり返ったそうだ。
私が階段から落ちて口を怪我したときに、ふと~いストローを送ってくれた彼女も、口からころんだ経験がある。
前からも後ろからも転んだので足腰を鍛えようと思い、今では片足立ちが2分以上できるらしい。
なんでも、拇指球に乗ることが大切らしい。
2分って、これはすごい。
なんでも努力する人だから、驚きはしないけれど。

その話の後、自分でやってみてびっくり仰天。
なんと!片足立ちが全くできなくなっていた。
右足はわずかに2秒、左足はもう少しできるけれど、それでも長くて10秒、短いときには4秒ほど。
それで毎日練習をしていたら、左足は長くて20秒ほどできるようになったのに、右足は長くて4秒ほどしか続かない。
これは一大事。

私の左足は外反母趾で、親指の付け根が突起している。
見るぶんには左足のほうがダメで右足はほぼ正常な親指なのに、それがいざ片足で立つと右は全くダメ。
立とうと思って考えても、一体どうやって立って良いのかわからないから、脳の1部が壊れたのかと思った。

半年以上、右足にしびれやチクチクした違和感があって、足首も痛かった。
足首がかすかに腫れている。
その頃から鏡に映すと、こころなしかO脚がひどくなったように見えた。
無理して歩き過ぎると腫れと痛みがひどくなって、朝起きる頃にはよくなっている。
やたらに転ぶ。

これは早く病院で診てもらおうとと思っても病院嫌いにつき、なかなか足が向かない。
そうこうしているうちに、足首はいよいよ痛く腫れ上がってきた。
それで滅多に歩くことはなくなって、安静を心がける。
ところが、もう限界と思っているころに演奏することが増えてきて、どうしても外に出ないといけなくなった。
気がつくと、外に出て人に会ってくると元気になる。
足の痛みも少なくなる。
コンサートのためにヴァイオリンの練習時間も多くなる。
練習はいつも立って弾いているから、終わると全身が温まって体調が良くなる。

ふうむ、やはり体を甘やかしてはいけないのだ。
それで無茶なことだけれど、痛くて回らない足首を回し、つま先立ちで10秒間キープすることや、片足立ちや、痛かろうがなんだろうが構わずやっていたら、少しずつ治ってきた。
O脚度も少し改善されたようだ。
特に両足のつま先で立って両踵をぐっと寄せる運動がかなり効果があった。
これはお尻の筋肉が鍛えられるので、結果体幹が鍛えられるらしい。

この数ヶ月、筋トレをサボっている。
一番最後にジムに行った時トレーナーから「nekotamaさん、体動かさないとだめですよ」と言われた。
それは百も承知なのだけれど、練習が混み合ってくるとジムに行く気になれない。
心に余裕がなくなってしまうのだ。

12月のコンサートが終わったら、久しぶりにジムで汗流してこよう。
泳ぎたいけれど、プールは苦手。
市民プールにはへんなおにいさんとおじ(い)ちゃんがたくさんいてわざとぶつかってくる。
監視員も見て見ぬふり。
時々喧嘩して帰ってくる。
全く男ってのはなにを考えているのか!

1年間の不摂生が、これほど体調を損なうのだということにやっと気がついた。
食も運動も大切。
いまや蕁麻疹持ちになって、お腹周りのプヨプヨしたところが時々赤くなる。
まだかわいい蕁麻疹だけれど、このまま不摂生を続けて慢性化したらどうしよう。
すべてリセットして、出直しすることが来年の課題。


















2019年11月25日月曜日

ランチはダブルで

携帯電話は生徒たちと飲んだくれて、お寿司屋さんに置きわすれたことがわかった。
当日夜中に私の元生徒からパソコンメールに連絡がきた。
持つべきものは面倒見の良い生徒。
丁寧にお寿司屋さんの電話番号まで添えてある。
すでに真夜中過ぎていて電話してみたけれど、当然誰も出ない。
お店には迷惑なことだった。

次の朝、電話するとすぐに出てくれたので、開店の時間に合わせて取りに行くことにした。
開店時間は12時。
前の日、いつもになく日本酒を飲んだおかげで気分が悪くなって、その時出されたお寿司をたくさん食べられなかったので、未練が残っていた。
食い物の恨みはおそろしい。

冬になると日本酒が美味しくなる。
普段は先ずビール、それから他のお酒に移る。
そういうときにもめったに日本酒は飲まない。
体質に合わないかもしれない。
寒い時期には特に美味しいと感じるけれど、たくさんは飲めない。
飲むと時々蕁麻疹様のものが出る。

私は何を食べても飲んでも美味しいと感じる特殊体質だから、残念なことで。
その時も大好きな人達とにぎやかに騒ぎながらの食事で、なんでも美味しいと思っていたのに、突然気分が悪くなってしまった。
よほど疲れていたのかも。

携帯を取りに行く時、せっかちだから時間前に現地に着いてしまった。
開店時間の30分ほど前、ドアは開いているから早く来てもだいじょうぶですよと言ってくれたけれど、しばらく時間潰しで駅前で行われているイベントを眺めたりしていた。

そこでは女性歌手がマイク越しに歌っている。
本格的な発声の人がマイクを使うとうるさいことこの上ない。
これならマイク使いの上手いポピュラー系か演歌歌手をつれてくればいいのに。
プロの歌手なら、マイクの有無によって発声を変えられないのかと考えた。
しかし、こういうイベントで歌う人は主に若い人だから加減するのが難しいのかも。
ソプラノが声を張り上げているのが心地悪いので、早めにお店に到着。

マイクといえばある時期日本で、ベルリン・フィルのメンバーの12人のチェリストが脚光を浴びたことがあった。
チェロという楽器は低音から高音まで多彩な音域と音色の出る楽器なので、自由自在に弾ける名人が揃って、こんな素晴らしいアンサンブルができるのかと、その当時私の感激はMAX。
今でも彼らは演奏していると思うけれど、日本ではテレビコマーシャルで有名になって数回来日してその後忘れられてしまったみたい。

その彼らがNHKの夕べのリサイタルに出ることになり、録音が行われた。
ところが彼らの音があまりにもボリュームがあって、マイクからはみ出してしまう。
最初は個々の奏者毎にマイクを置いた。
するとマイクがビリビリと振動してしまう。
それで全体の演奏場所から少し離して、マイクを設置。
それでもだめで、とうとうスタジオの一番遠くからマイク1本で録ったという。
これは、私がカルテットで夕ベのリサイタルに出演した時の、ディレクターから聞いた。
ディレクターがここで録ったと言ったのは、スタジオのドアの近くだった。

彼らの凄さは、私達の音がせせらぎの音とすれば、大滝が轟々と流れるくらいの比。
最初は彼らも心しておとなしく弾くらしい。
そのうち興に乗るとすっかり忘れてしまうらしい。

毎年来ていたロンドンアンサンブルのチェリストのトーマス。
我が家のレッスン室の壁が落ちるのではないかと、心配したことを思い出す。
彼らは楽器を鳴らすすべを心得ているだけでなく、その音量がごく普通に出せる体を持っている。
腰が怪しいのでマッサージを受けたいというから、私がいつも行く整体院を紹介した。
かなり凄腕の整体師で力持ち。
あとで彼に訊いたら、筋肉が硬くて指が入っていかなかったそうで。
トーマスはトーマスで「ものすごく痛かった、nekotamaが整体師になんか言ったのか?」
「もちろん、痛めつけてやれって言ったわよ」・・・それは嘘だけど。

話がそれてしまって。
寿司やに到着、無事に携帯が戻ったところでまだ開店前だけど食べられる?と訊くとどうぞどうぞ。
お礼の手土産の一つももっていきたいところだったけれど、その代わりほんのお礼にという気持ちで。
色々お話をしながら食べ終わって、その後友人たちとの飲み会にでかけた。
別に空腹だったわけでなく、お礼だからね、これは。
これではねえ、体重計の針が行ったり来たりするワケよねえ。























2019年11月24日日曜日

困ったひとたち

私の仲間たちはアンサンブルの名手たち。
今日青葉台教会で一緒に弾いた人の殆どがその仲間たち。
ヴィオラのFUMIKOさん、チェロの舘野さん、ピアノの太田さんは数十年来の古い付き合いで、いつも真剣ながら楽しく演奏ができる。
だれがどんなことをしてもいつの間にか寄り添ってうまく進行している。
いくらベテラン揃いでも中にひとり困った人が居ると、アンサンブルができない。

最近のあるコンサートでの話。
ひとりだけ不慣れな人がいて、3回の練習のうち2回までは我慢してなんとかうまくいくように熱心に練習したけれど、3回目でついに私が切れた。

音はきれいなんだけど・・・数が数えられない。
経歴は立派、でもほんとかどうかわからない。
経歴に騙されて一緒に弾いたらとんでもない人だった。
3回も練習があるのだから、1回めは我慢した。
次回はちゃんと練習してくるだろう。
2回め、注意されると全くあさっての返事が返ってくる。
このへんでおかしいぞと思い始める。
それでも彼が主催者だからと思って我慢。
主催者を引きずり下ろすわけにはいかない。

3回目、ちゃんと練習してください!
私が鬼になった。
メトロノームを譜面台に置いて、このテンポで弾いてください。
相手をプロだと思っていたから信用した私が馬鹿だった。
出来の悪い生徒だと思って、もっと早くに鬼になればよかった。

できの良い私の元生徒も練習に加わっていたけれど、震え上がっていた。
生徒はちゃんと弾いているのに、プロがこのざまとはなんなの。
いやしくもお金を取るコンサートを開くと決めたらミスは許されないのは当たり前。
それをヘラヘラと世渡りしてきたらしいその人は、言い訳ばかり。
言い訳する時間があったら、徹夜で練習しろっての。

と、カリカリしていたら、携帯をどこかに置き忘れ、帰宅して背負っていた楽器を肩からおろしたら、ケースの取っ手が壊れていた。
背負っていてよかった。
取っ手を握っているときに壊れたら、楽器は地面に落ちたかもしれない。
それでも楽天的な私は次があるさと気を取り直す。

明日は小田原に出かける。
卒寿を迎えるオーケストラの元団員のお祝い。
卒寿の色は紫色だそうで、きれいな赤紫のセーターをお祝いに差し上げるために用意した。
喜んでくれるといいいけど。

ただ一つ心配なのは、幹事さんのこと。
最近しばしば電話があって「俺言ったよね、24日のこと」
「ききましたよ、JR駅改札口集合ね」
「誰に連絡したか忘れちゃってね」
数日たって又電話。
「小田原のこと言ったよね」
「はい、聞いています。JR駅改札口集合、24日ね」

もう3回目。
この人のほうが卒寿の人よりもずっと心配だわ。
今携帯が手元にないので、この幹事さんは私に連絡がつかないといって、パニックにならないだろうか。

先日は12月のコンサートのリハーサル。
練習場に行くのに渋谷で待ち合わせをした。
渋谷警察署前集合。
さて、出かけようとしたその時、鍵が見当たらない。
楽器と持ちものもすべて準備して、隣のレッスン室においてある。
そのレッスン室に入る鍵がない。

いつも鍵のことであたふたするから、こういうときには必ず身につけてある・・はず。
両サイドのポケットを探してもない。
冷や汗が出てきた。
急激に気温が下がってきたから、皆を寒空の下で待たせてはいけない。
冷蔵庫の中までで探した。
そんなところにあるわけはない。
いや、私に限ってこれがあるのよ、いつだったか洗濯機の中にあったことも。

連絡しようにも携帯も隣の部屋に。
キャインキャイン!
腰に手を当てて思案したら、なにかお尻のポケットに硬いものがある。
あった~!
というわけで、いつも少し余裕をもって行動するおかげで約束に間に合った。
騒動は日常茶飯事だけど、なんでうしろのポケットに入れたのかは意味不明。
普通に前ポケットに入れればいいものを。

本当に年をとった。
私だけでなく皆もね。
私の場合は年のせいというより、生まれつきでもあるけれど。







2019年11月20日水曜日

起雲閣

さて、このところ非常に多忙。
横浜青葉台のナザレン教会でフィンランドとの友好を記念するコンサートがあって、その練習に入ったところ。
今年は日本との外交関係樹立100周年記念となるらしい。
フィンランドゆかりのチェリスト舘野英司さんを中心に、フィンランド留学を経験したヴァイオリンの高濱剛さんのヴァイオリンソロなど、すべてフィンランドの国民的作曲家シベリウスの作品だけを取り上げている。

シベリウスといえばフィンランディアが有名。
ヴァイオリン協奏曲や交響曲も親しまれているけれど、壮大なスケールの大きさが特徴的。
少人数で弾ける室内楽は数が少ないらしく、色々集めないと一つのコンサートを構成する時間には達しない、というので、舘野さんや私の生徒も参加して、弦楽アンサンブル要員として参加することになった。

私も業界の古狸ながら、初めて知る曲ばかり。
短い曲もフィンランディアの1部を彷彿とさせる壮大さや、賛美歌のように、森と湖の夕暮れを感じさせるような染み入るような旋律などに満ちていて、なかなか素敵な曲ばかり。
ぜひ聴きにいらしてください。

日本・フィンランド外交関係樹立100周年
11月23日(土)15:30時開演 青葉台ナザレン教会(田園都市線青葉台下車)
ピアノとストリングス
ロヴィーサトリオ他シベリウス作品

12月1日(日)には熱海の起雲閣音楽ホールでクロイツェル・ソナタを弾きます。
村上和子さんのピアノ・リサイタルに客演することになった。
まだ若い・・・と言っても、どっしりと生活に根をおろした女性として子育て、義両親の介護、家族との生活、仕事の他にピアノのレッスンを受けるために三島から通ってくることの大変さを考えた。
彼女がリサイタルをすると聞いて、あの忙しさの中で準備をするのがどれほど大変か、こちらのほうが目が回りそうにクラクラした。

2時間近い時間の中で、自分がこれまでやってきたものを最上級に表現しなければならないリサイタル。
並大抵の覚悟でできるものではない。

起雲閣はこちらで http://www.city.atami.lg.jp/kiunkaku/index.html

会場練習のために昨日熱海に出かけた。
横浜から踊り子号で降りると、熱海の駅前は観光客でごった返している。
時間に余裕があったので、駅から約20分、ブラブラと歩いていくことにした。
急な坂道の多い町中は、非常に歩きにくい。
体が前のめりになって、夏の北軽井沢でのように、顔から転ぶのではと恐ろしい。
通りに面した歩道に製作中のからすみが干してあったりして、面白い。

起雲閣の音楽ホールは広いサロン。
ピカピカの木の床。
広い窓ガラスが庭に面しているので、外を歩く人が見える。
植木の手入れをする職人が見える。
一時代前の典型的な日本家屋なので、郷愁を感じる。

そのサロンの真中に、デン!と置かれたベーゼンドルファーは王者の風格。
ほれぼれと眺めた。
北軽井沢の家を買わずに、これを買うべきだった。
家の代金よりも、もしかしたらこの方のほうが高いかもしれない。
でも我が家にこんな大きなピアノを置くスペースはない。
だいたい、玄関も通れない。
収納するのには、ドアを壊さないと入れないだろう。

そしてその音ときたら、幸せいっぱいになる。
ただし、人がたくさんはいらないと部屋が響きすぎる。
当日の盛況を期待したい。
聴く方たちは音の吸収板みたいにつかわれるのですよ。
みなさんもコンサートの成功の1つの要因としての役割があるので、大いに口を開けて音楽を飲んでいただきたい。

村上和子リサイタル
12月1日(日)14時開演 起雲閣

ベートーヴェン:ワルトシュタイン
ショパン:ワルツ 舟歌
ベートーヴェン:クロイツェル・ソナタ











2019年11月15日金曜日

軽井沢

軽井沢に住むチワワのスミレコちゃんとその飼主Yさんと、朝食の約束をした。
エロイーズ・カニングハムさんの別荘跡にあるエロイーズ・カフェの朝食は私達のお気に入り。
ほかではお目にかかれないような美味しい朝食が食べられるので朝から行列が出来て、90分待ちなどはザラのお店。
到着すると、いつもの行列がない。

このカフェのサロンでコンサートをしたいという目論見があったのに実現できないのは、街の条例に引っかかっているからだという。
たぶんあまりにも流行っている店にやっかみ半分、近隣の住人の苦情等が重なって、問題が起きているらしい。
車が列をなして、でも観光客で成り立っているこの地で、それは避けられないと思う。

だいたい、今どきの軽井沢でシーズン中静かに過ごせないのはわかっているはず。
その人気の秘密はやはり、素敵なお店がたくさんあるし、このカフェのような美味しい朝食にありつけるからだし。
静かなのが良ければ、北軽井沢はうってつけ。
こちらにいらっしゃい。
キャベツ畑とのんびりした住人と、だれもいない森。

それで朝食にあぶれた私達は別のお店でフレンチトーストにありついた。
軽井沢で親類縁者にお歳暮を送りたいという姉のために、Yさんの案内で漬物のお店に行った。
Yさんの顔は広い。
フレンドリーな女主人、そのお兄さんの経営する漬物店は大はやりのお店で、バスで買い物客が来るらしい。
店に入った途端にお茶をごちそうになり、そこらへんのものは何を食べてもいいらしく、試食品がいくらでも出てくる。
その上、売り物ではない煮物とか果物とかまで。
こんな事して商売になるのかしらと心配になるくらい。
店のものをほぼ食い尽くし(それほどでもないか)お土産を買う。

軽井沢駅近くのブティックに私に似合う服があるからと、Yさんに連行された。
私は別に服を買う予定もないし欲しくもないから断ったけれど、Yさんのお仲間の人たちの全員一致で私に似合うということに決まったらしい。
冬支度のために店じまいの準備をしているお店を、無理やり開けてもらったのはYさん。
彼女の顔はここでもなんでも実現する「開けゴマ」らしい。
私はもとより警戒態勢。
プリーツ加工?私は超絶プリーツが似合わない。

手にとってもまだ疑心暗鬼。
でも閉めかけていた店をわざわざ開けてくれた店主に免じて着てみるか。
試着したら、これがなんと素敵なんだわ。
小さなカジュアルなコンサートなら十分使える。
プリーツだから体型の欠点をすべて隠してくれる。
身長だけは大きくはならないけれど、それもハイヒールを履けばグッド!
くしゃくしゃにして持ち運んでもシワにならないうえに軽い。
色は大好きなブルー基調で、値引きの他にアクセサリーとショールまでおまけが付いた。

商売としては、来年まで持ち越すよりはこの際売ってしまったほうが良いのかもしれない。
店主は流行りのないものだから、来年でも売れると強気なのだけれど。
これは役に立ちそうな買い物になった。
今まで、他人から勧められるものはその後役に立ったものが多い。
ほんとに皆さん大きなお世話と思ってごめんなさい。
この次から嫌というほど皆さんにお目にかかるときに着て行くわね。
これ一枚しか着るものがないと思われるくらいに。

お蕎麦を食べてもう一軒お土産を買って、北軽井沢に戻ると、前日よりもさらに灯りの点いた家が増えている。
森の中は静かでいいけれど、一軒も人の居ないのは寂しい。
こうして近所に人が来ていると、とても安心感がある。
クリスマスが来たみたいで、木々の間からの灯りを眺めた。

水抜きは16日、電源も落とす。
これで今年はもう来ないというのもつまらないから12月にもう一度行ければと思うけれど、猫をつれて、寒さの中を出かけるのも億劫で。
年取ったなあ、私も。
Yさんに言わせればこれは言ってはいけないセリフらしい。
「もう」とか「年だから」とかいうと、老いが促進されてボケるらしい。
私はそう言わなくても子供の時からの天然ボケだから、大いに言ってだいじょうぶ。
子供に還って周りに迷惑をかけても許されるのではないかと思っている。


















カラ松の落ち葉

早朝、外に出ると、黄色い車ーパパゲーノ・ノートに落ち葉が降り積もっていた。
屋根には大きな葉が、サイドのガラスには細い針葉樹のカラマツの葉がベッタリと張り付いている。
ほらね、この車はやはりパパゲーノ。
体中に鳥の羽根を纏ったパパゲーノそっくり。

明け方の空を見ると、明るい月。
それがゆっくりと明け始めて柔らかいバラ色の光に変わり、木々のシルエットの間から雲が光って見える。
あまりの美しさに寒さを忘れて落ち葉を踏みながら散歩を始めた。
帰ると姉が起きてきたので、もう一度外に誘って一緒に眺めた。

その日は追分にいるヴィオリストの友人Kさんが遊びに来て、浅間大滝を見に行った。
管理事務所で訊くと、先日の台風で滝の付近は立入禁止かもしれないと言われた。
たどり着くと、矢張り黄色い規制線が張ってあって滝は一部分しか見えない。
滝の手前の駐車場のそばの崖が山崩れを起こしていた。
無残に土肌が見えて細い木はなぎ倒され、根っこが露出している。
どれほどの凄まじさだったのか。
滝に降りる下りの山道は、川のように水が流れ落ちたことが想像される。

それでも体を乗り出して下を見ると、滝の一部が見えて、初めて見る姉は感激していた。
この滝は本当に素晴らしいのに、あまり観光客を見たこともない。
来ないのは静かでいいかもしれないけれど、こんな良い滝をアピールしない手はない。
のんびりした北軽井沢らしい。
その遅れた北軽井沢も、最近は新しいカフェなどが増えてきた。
新しくできるとなんとなくおしゃれなんだけど、とにかくこの地は寒いから人はあまり集まらない。
寒さも札幌などのように本当に寒いのはそれなりの魅力だけれど、中途半端な上に身を切るような寒さはどうもいただけない。
帰り道、おしゃれなパン屋さんに寄ったら、冬期は休業だそうでがっかり。
店が開いているかどうか確かめている間にも、ゾクゾクとした寒さ。
雪でも降ればもう少し楽しいのに。

午前中軽井沢から電気やさんがエアコン設置の下見に来た。
森の中は湿度が異常に高いから楽器には最悪。
吹き抜けとロフトが大部分を占めているので家全体の除湿には大きなエアコンが必要となる。
前の持ち主ノンちゃんの旦那様の画室が唯一密閉できる空間なので、そこにエアコンを取り付けて楽器を保管しようという目論見。
画室はかなり狭いけれど、ヴァイオリンの練習には差し障りはない。

軽井沢から来たその電気屋さんは、テキパキと点検して納得がいったらしく、今年はもうこの家を閉めるので、来年の春に設置をしてもらうことになった。

昼食が終わってKさんが帰ったあと、夕方の散歩。
もう少し早い時期ならカラ松がその細い葉っぱをサラサラと風に落としていくのだけれど、もう殆ど散ってしまったらしい。
夕日にカラ松の葉がチラチラと散る様は、いくら見ても見飽きない。
ノンちゃんが生きている間は、一緒に窓からその風景に眺め入ったものだった。

近所の家に明かりが灯って、どうやらこの辺の家々も冬支度のために来ているらしい。
森の冬はどんなに静かで素敵なのかと想像する。
冬は星が綺麗よと、ノンちゃんはいつも冬にご主人と一緒に来ていた。
いつか貴女もいらっしゃいと言われたけれど、一人ではあまりにも寂しすぎるかもしれない。
シンシンと音のない世界。
身を切るような寒さ。
あまりにも美しすぎる世界。
本当に魅力的なんだけど。





















2019年11月11日月曜日

冬支度

北軽井沢に来ています。
山に来るのはたぶん今年最後。
地元の人達に言わせれば、この先水抜きとやらをしないと水道管が破裂しておおごとになると。
でも私は冬も来たいの。
冬に来たらどうすればいいの?というと、さあ?と言わんばかりに首をかしげる。
だって、地元の人達は暮らしているわけだし、この狭い日本、冬はだめと言われたらどこにも安住の地はないでしょうが。

地元の人は自分たちと外来種を完璧に分けているようだ。
自分たちはここの人間だからだいじょうぶ。
それに引き換えあんたらは石油ファンヒーターの点けかたも知らない。
ヒーターが点かないと言って呼び出される我々の身にもなってほしい。
あはは、わるいわるい、でも私はどこに行ってもこうなんだから。
とお互いに胸の内での会話。
スタッドレスタイヤに履き替えて、4輪駆動に切り替えられる車を選んで、張り切って来たのに、冬は来ないほうが良いと言わんばかり。
迷惑なんでしょうね。
でもそんなこと言ってたら、新しい人は来ないし新しい風は吹かない。

今日は昼過ぎ、ペコペコのお腹を抱えて山道を登ってきた。
紅葉を愛でるつもりだったのに、山の上は紅葉どころかあらかた葉が散ってしまっている。
けれど、わずかに残った葉と時々赤く色づいた木を見るだけで十分美しい。

夕方散歩にでかけた。
もう薄暗くなってきたので、短い散歩になった。
9月に一人できたときには、この森に人影はまったくなかった。
夏休みが終わって一斉に引き上げていったらしい。
いつも停まっている車や常住しているはずの人の家にも明かりがない。
全く私一人でこの森を独占していたけれど、今回は数軒の家に明かりが灯っていた。
皆、冬のために水抜きに来たのかもしれない。

今回は7歳年上の姉と一緒。
姉いわく、私は最近年寄りに見えるらしくて、電車で必ず席を譲られるのよ。
見えるらしくではない、本当にとしよりなんだからね。
全く自覚がないようだ。

姉もニックネームはノンちゃん。
ノンちゃんの家に別のノンちゃんがいるのもなにかのご縁。

夏の間あんなに広がっていた木の葉がすっかり散って、青空が見える。
夜の星もよく見えるかしらねと言っていた姉は、散歩から帰ってお風呂に入ると、たちまち眠ってしまった。
今一人で風呂上がりのハイボールを楽しんでいる。
おいしい!
自宅に帰ったらその後は修羅場が待っている。

12月1日のクロイツェル・ソナタは私の最後のクロイツェルになると思う。
もうこの先演奏できるような、生易しい曲ではない。
寂しいようなホッとするような。
来年はこの森で静かに暮らそう、と思っていたら、来年の弦楽アンサンブルの合宿は北軽井沢にしましたと、生徒から告げられた。
静謐の安住の地は若者たちの元気さで、興奮の坩堝となる。
練習が終わったら先生の家で宴会です、と。
何じゃそれは。
家主に相談無しで決めるなー。
その上、来年の水沢でのコンサートは私の最愛のモーツアルトの曲になりそうで。
勝手に決めないで、私は弾けるかどうかわからないと言っているのに、メンバーは次々決まっていく。

この子達は年を取ると,どうなるのかわかっていない。
もっとも私も若い頃はそうだったので、彼らの気持ちをありがたいと思う。
















2019年11月10日日曜日

胃カメラは不味い

健康診断の延長で、久しぶりに胃の内視鏡検査を受けることにした。
最近は、やいのやいのと検診のお知らせが届く。
ほとんど無視していたけれど、体重計の健康年齢が急激に変化したので、少し心配になった。
健康年齢はずっと、実年齢より10~12歳若かったのが急に9歳にまで落ち込んだ。
もっとも、この半年ほどは運動しない、睡眠はめちゃくちゃ、食べ物は行きあたりばったりと生活習慣は最悪だった。

この先一人で、人手を借りず自立するには病気になってはいけない。
健康を心がけるような殊勝な性格ではないけれど、まず食生活の改善、適度の運動、心の平和が必要。
それには自分の今の状態がどうなのか知ることが必要、ということで検診を受けることにした。
本当はこの先も健康診断は受けず、病気になったその時が人生のお終いだと思えばいいと考えていた。
以前、血液検査で肺がんのリスクありと言われたから、それだけはごめんだと思うのと、少し血圧高めかな?と思うことがあって調べてもらうことにした。
食生活を変える必要があるかもしれない。

検査の予約は朝9時。
せっかちだから8時には病院の待合室に座っていた。
おかげで一番最初に検査を受けられたけれど、気分は最悪。
まず、大好きな朝ごはんが食べられなかったことで超不機嫌。
そのうえ、検査に対する恐怖で(実は小心者なので)珍しく無口になる。
受付が始まって、私を付添の人と間違えた受付嬢。
私はいつもたいへん若造りで、その日も派手なTシャツの上に明るい青のダウンベスト、キャップとマスク着用と、顔が見えないから一見若者風。
「受けられる方はお連れになっていますか?」
「は?誰?」不機嫌に訊くと、ぱっと人の顔を見て「あ、良いんです」
最初から顔を見なさい、あなた!

胃の内視鏡検査は10年ほど前から2回受けたことがある。
最初の担当医師はものすごく下手くそで、食道の両側にゴツンゴツンとカメラが当たって、次の日まで痛かった。
もう懲り懲りと思ったら、次の医師は天才的に上手かった。
あれ、もうお終い?と思うほど違和感なく、終わったときに思わず拍手をした。
「先生お上手」「いやいや慣れているだけで」と。
今回は余計な心配しないで済むように、麻酔をしてもらうことにした。

麻酔の部屋に通されて、最初に胃の働きを止める嫌な味の水薬を飲まされた。
しばらくすると、喉に変な液体を吹き付けられ、そのあと恐ろしく不味い液体を2杯飲まされた。
「まずーい、もう少し美味しく出来ないのかしらね」
看護師は全く無視。
忙しくてこんな馬鹿な会話に取り合っている暇はなさそう。
それにしても看護師はすごい、複数の患者に間違えずに時間通り薬を与えていく。
私が看護師だったら、あっという間に数人毒殺しかねない。

呼ばれて施術室に入ると、次は麻酔の注射。
以前この検査を受けたときには喉の麻酔だけだった。
検査の予約のときに麻酔希望しますかと訊かれたので、ついお願いしますと言ってしまったけれど、やめればよかった。
でも、もう遅い。
チクリとしますよと言われてチクリと感じたら、もう何も覚えていない。
終わりましたと起こされたら、口の周りに液体が。
わあ、恥ずかしい唾液?
前にも言ったけど、私だって恥じる気持ちはあるのよ。
医師はこの顔を見ていれば、どんなきれいな女性でも幻滅するだろうなと思った。
きれいでなくてよかった。
論点が違うけど。

結果は来月のお楽しみ。

今回血圧は備え付けの血圧計で自分で測った。
なんと初めて見る高数値。
薬飲めっていわれるかも。
人は老いれば血圧も高くなる、血流も悪くなる。
脳みそにシミもできる。
結果運動機能が衰えても、それがあるがまま。
薬で数値だけ下げて良いことなんてあるのだろうか。
血圧が高くないと体の隅々に血が巡らないのでは?
と、素人は考える。

さて、次は歯の検診。
なにが嫌って歯医者さんの椅子に座るのは、拷問に等しい。
幸い私は歯が丈夫。
予約を保留している。















2019年11月9日土曜日

ベッドの硬さ

1年前にベッドのマットを変えた。
前に使っていたのは、かなり硬めの物だった。
私は眠っている間ずいぶん動くらしく、目が覚めると掛け布団はカバーと布団本体がずれてグシャグシャの塊。
どこが上か横か、わからないくらい動いている。
カバーと布団を結んである紐がところどころ外れて、中で布団がねじれていたりする。
1年半ほど前、新しいマットを買いに行った。
展示されているベッドに横になって色々試してみた。

以前買ったのは、某老舗家具店。
その時はコンシェルジュが付きっきりで一緒に選んでくれた。
そのマットはかなり固めだけれど、全く体が沈まないのもいけないから多少体が沈むものを、という説明だった。
思い切って良いものを選んで長年愛用してきた。
そのマットにしてからは腰痛が起きなくなって、快眠を貪っていた。

しかし長年の使用で汚れて、側面は猫たちが爪とぎに使うので、フリンジができてしまった。
これでは万一介護が必要になった時恥ずかしい。
私でも少しは恥じる気持ちはあるのですよ。
幸いにも介護が必要になるまではまだまだ余裕がありそうだけど。

老舗店に行くのも面倒だから、近所の家具センターに出かけた。
扱っているのは、フランスベッドとシモンズのベッド。
いずれもブランドものだけれど、実際に寝てみると今まで使っていたものがどれほど良いものだったかわかる。
さんざん試してまあこれならと思うものを買ってみた。

少し柔らかめで、それはそれなりに心地よい。
最初は良かった。
新しいから気持ち良いし、体が包まれるようで安心感がある。

使い始めて1年過ぎて、なにか違和感が。
最近、寝起きがあまり良くない。
私はあっという間に寝付くのが特技だった。
寝起きも非常に良い。
ところが最近は目が覚めると、どんよりして体が重い。
以前のベッドでは、掛け布団がぐちゃぐちゃになるほど寝返りを打っていたのが、このところ布団は殆ど動いていない。
ということは、体が沈みすぎて動けない状態にあるらしい。
マットに体の形のくぼみが出来ていて、それが復元しない。
たった1年でこんなに沈むのも珍しい。
マットの位置をローテーションしていけばいいのだけれど、非力な私には重いマットは動かせない。
体重計に健康年齢が出るものを使っているけれど、その値が急激に高齢化した。
あまりの急激な老化現象に驚いている。
なにがそうさせたのか色々考えた。

そしてやはりマットのせいではないかと思い至った。
上等なものを買ったつもりだったけれど、やはり以前使っていたものより品質が悪かったようだ。
それとも柔らかすぎたのかもしれない。
もう少し良いものを買っておけば、買い換える必要がなかったものを。
我慢して使おうかと思ったけれど、ベッドのせいで健康を害するようなことがあってはいけない。

そう思ったのは、数日前に泊まった水沢のホテルのベッドでは熟睡できて、とても目覚めが良かったから。
自宅で目覚めると最近は首や肩が凝っている。
これは明らかに寝返りが打てていないからだと思う。
眠るためでなく横になって猫と話しをするにはとても心地よい。
体の形に凹んだところに横たわると、すっぽりと包み込まれて喉をゴロゴロ鳴らしたくなる。
そこから抜け出ようとすると、努力しないと出られない、ということはかなりくぼみが深いということ。
これでは寝返りはおろか、体を拘束された形で夜通しじっとしていることになる。
血流は滞り、筋肉は硬くなり、それが急激な老化数値になっているのだと思う。
とにかくマットを替えてみよう。
それでもダメなら諦めて体重計を捨てよう。

老化のもう一つ考えられる原因は、数ヶ月前に足首を軽く捻挫したこと。
その後、何ヶ月経っても痛みがおさまらないから、大事をとって散歩もしない、なるべく動かさないようにしていたら右側の下肢にしびれが出てきた。
ジンジンといやな感覚があって、時には我慢できないほどのだるさ。
骨折などしていればもっと痛いと思うから、たぶん血流が滞っているのだと思う。
けれど、歩けば痛くなるし、マッサージの効果も一時的。
半年以上、不快な症状が続いた。
病院へ行けばいいものを、だましだまし毎日過ごしてきた。

先日水沢に行って気がついた。
足がだるくない!
楽器を背負ってバッグを持って混み合った東京駅をスイスイと歩いた。
なにか目的があればそちらに気を取られてしまうのだ。
家に居て刺激がないと、考えるのは体の不調のこと。
頭痛い、足がだるい、腰が・・・

新幹線に乗って、乗り換えて、どこのホームに行けばいいのかな?待ち時間は?
駅からホテルまで歩こうかタクシーに乗ろうか・・・なんて考えているうちに、足首の痛さを忘れていた。
家に帰ってからいままで甘やかしてきた足首に活を入れることにした。
とんでもないと思えたことをやってみた。
10センチ以上のハイヒールを履いているポーズ。
足首をギュッと持ち上げて静止10秒✕5回。
膝から下を曲げてスキー滑降の格好をする。
足首が内側に折れる。
それを10秒✕5回。
なるべく動かすようにしたら痛みが軽減してきた。
しびれも少なくなった。

ほんの数日やっただけで、運動年齢が若くなった。
一番不調だったときに健康診断に行った。
結果はまだ聞いていないけれど、最悪の数値が出ていると思う。





















2019年11月4日月曜日

水沢にて・奥州市チェロフェスタ

水沢に行って来ました。
チェリスト舘野英司氏を中心として、アマチュア・プロが入り混じっての楽しい催しで、私の元生徒のY夫妻と参加。
ご主人のYさんは舘野さんのお弟子さん。
奥さんのKちゃんは私の元教え子、というわけで、二人に引きずり出されて恒例行事となった。

私はここ2年ほど不参加で、久しぶりに水沢駅に降り立った。
水沢は例年と変わりもなく、同じ様にゆったりと時が流れているようだ。
以前来たときには毎回ひどく寒かった。
暖かいことは一度もなく、ダウンジャケットの分厚いのを着込んでも、なお寒かった。
毎年同じ時期なのに、みぞれが降った時も、初雪に見舞われた時もあった。
それで今年は、スキーに行くときに着ていく裏がフリースの腰まで隠れるコートを着ていったら、暑い!
私は特別暑がりなので、これはしまった!
ホテルに着いたら、びっしょりと汗をかいていた。

毎年東京から、新潟から、地元からと様々な場所から舘野さんの縁の人たちが集まってくる。
私は数年前までは友人二人と一緒に参加していた。
コンサートが終わると、友人たちとそのへんで遊んでから帰る。
平泉や猊鼻渓やなど、レンタカーで巡って楽しんできた。
いつもは友人がいたので、他の人達との交流はあまりなかった。
今回は一人なので、いろいろな人と話ができて、これも又大変楽しかった。
何回か出会っているのでお互い顔見知りだけれど、一緒に飲んだり話したりということは少なかった。
今回は仲間の一人としてみなさんと盛り上がってきた。

今回の私の曲目は、ショスタコーヴィッチ「2つのヴァイオリンとピアノのための5つの小品」をKちゃんと、シベリウス「ロヴィーサ・トリオ」をピアノの関田さんとチェロの舘野さんと演奏。
ショスタコーヴィッチは今年の夏、北軽井沢で演奏した。
その時はセカンドヴァイオリンを弾いたので、今回はファーストヴァイオリンを弾くことにした。

トリオの練習は前日のみの1回だけ、私は初めて弾く曲だった。
楽譜を見るとそれほど難解な曲ではなさそうで、実際合わせてみると弾きやすい。
不慣れな私のためにゆっくり練習が始まったけれど、結局本番はかなりのアップテンポで爽やかに終わった。
ただ、初めて演奏するので油断はできない。

本番の前日練習後は駅近くのお店で盛り上がった。
東北の人たちはお酒が強い。
誰一人乱れず酒宴が続く。
私はお先に失礼、Kちゃんにホテルまで連行されておとなしく夢路をたどった。

本番後の打ち上げは、メンバーの一人が経営するカフェ兼ギャラリーをお借りしてのパーティーとなった。
可愛らしい木造の簡素な建物は、屋根の梁がむき出しで、全体が白く塗られている。
そこに木製の彫刻作品がいくつか置いてある。
面白かったのは、寄木細工の技術で作ったという人の顔。
丸木から掘り出したとおもったけれど、そうではなく、薄い板を寄せて曲線をうまく出している。
大変な技術ではないのかと感心した。
一体だけ丸木を掘った人物の立像があって、どの顔も穏やかでなにかこころ休まる表情だった。
作者の心の現れかなとも。

むき出しのコンクリートの床に様々な形のテーブルや椅子が雑然と置かれていて、どこに座っても構わない風。
さっさと奥の方に座ったら、そこにコントラバスが一挺。
今回のゲスト出演のコントラバス奏者のライブが始まった。
私は初めて出会ったベーシストのKさんという方で、素晴らしく上手い人だった。

作曲も手掛けるそうで自作からバロックのソナタ、ジャズ、民謡、なんでもござれ。
その音の豊かさに皆魅了された。
かつてコントラバスといえば、オーケストラの中でも不器用な楽器ということでソロ楽器とは思えなかったけれど、最近のコンバスはチェロをも凌ぐほどの達者な奏者が多い。
易々と高い音程も狂いなくこなしていくので、私は目が釘付け、耳も貼り付けになって聴き入った。

しかし彼にとっては同じ演奏家からそんなに密着されるのは嫌だったようで、やりにくいと連発された。
私の友人にコントラバス奏者がいて、毎年北軽井沢のフェスティヴァルで弾いてもらっている。
彼女にもいつもソロの曲を弾いてもらうので嫌がられている。
それでもコンバスのあの豊かな響きを皆さんにお伝えしたいので、無理を言って頑張ってもらう。
コントラバスにはすべての響きが含まれていて、豊穣そのもの。
私は体が小さくなかったら、もう少し大きな楽器を弾きたかった。
例えばヴィオラ以上の大きさのものを。

そんなことで、水沢の今年のチェロフェスタはこの上なく楽しかった。
人の前で弾くことは非常なエネルギーを必要とするけれど、エネルギーを使うことで新たなエネルギーを産み出すことができる。
人間楽したらあかん!と帰りの新幹線の中で考えた。
死ぬまで勉強かあ、それは嫌だなあ。