2010年12月31日金曜日

大晦日

今日から明日に変わるだけのことと言ってはみもふたもないけれど、今日は今年最後の日。私の人生の中で子供時代を除いて、最ものんびりとした幸せな年だった。それも、このブログに依るところが大きい。仕事に明け暮れ休む間もなく働くのが生きがいだった者が、徐々に暇になって燃え尽き症候群のようになりかけていた。体調も最悪。疲れ切って物も考えられずにぼんやりして、このままウツラウツラとなにも出来ない日々に突入かと思われた。パソコンは前から便利につかっていたけれど、自分の表現手段としては、考えられなかった。人目、それも不特定多数の人たちに、自分のことをさらすのは、恐ろしい。そう思って初めは恐る恐る、なるべく正体がばれないように、ほんの数人の友達だけに送るメッセージのつもりではじめた。子供の時から文章を書くのは好きで、毎日の作文は苦にならない。日記のようになってきた。そして、ほんの数人でもよく読んでくださる人たちがいるみたい。これは大変な励みとなる。コメントくださる方、ありがとうございます。コメントがあったときは、やったー、という気分。メールで感想を下さる方もいる。お会いしたときに、読んでますと言ってくださる方も。文章にすることで、考えがまとまるという思いがけない副産物が、貴重なものになった。ここには投稿しなくても、ブログに書くことを想定して、じっくりと本も新聞もテレビのニュースも考えることが出来る。これも収穫のうち。今年のハイライトはチベットに行ったこと。ほかのどの地に行ったときよりも素晴らしく、しかもブログにのせたことで、この旅行はさらに特別のものとなった。読んでくださった皆様の更なるご多幸をお祈りします。そして、このページをわたしに作ってくださった方には、本当に感謝しています。皆さん良いお年をお迎えください。

2010年12月30日木曜日

病み上がりのヴァイオリン

今日は頼んでおいたお正月用食品をとりに行く日だった。うっかり忘れていたので受け取ったら、先日買った物と重複する物があって、ほい、しまった。しかも物を見ないで頼んでいたから、巨大な大根や大量の泥ネギを渡されてしばし、呆然とする。こ、こんなに沢山食べ切れるのか・・・大根などは私のすねより太い。そういえば大体見当がつくでしょう。昨日も一日遊んでしまったし、今日はそんなわけで昼過ぎまで走り回っていたので、せっかく修理の済んだヴァイオリンを弾くひまがなかった。ようやく午後になって、取り出してみるとなにやら不機嫌そう。鼻がつまり胃もたれしている音がする。(あ、それは私か。)駒が厚すぎたかしら。それとも剥がれた箇所がまだあるのかしら、などとご機嫌ななめの楽器をなだめすかしていると、だんだん鳴ってきた。そうそう、その調子。弦も新しいから調弦しっぱなし。どんどん音が下がる。今日は調弦だけで終わりそう。寝起きの悪いヴァイオリンもようやく調子が出てきたころ、私が疲れてしまってコーヒータイム。昨日の残りのケーキを食べて、又胃もたれ。この調子でお正月に突入すると体調崩しそうだから、今夜から明日にかけて食欲をセーブしないとえらいことになる。体調が悪いと不思議なもので、楽器もうまく鳴らせない。これ、不思議。声楽家の声なら体密着だからわかるけど、ヴァイオリンもそうなのだから始末が悪い。明日朝ケースを開けたらヴァイオリンがあくびしていないように、祈るばかり。お願いしますよ。

ささやかな忘年会

今日は友人たちと6人だけのささやかな忘年会を開いた。本当は教室の生徒さんたちや他の先生との合同もかんがえていたけれど、ここ2,3日風邪気味で気分がすぐれない。それで規模を小さくした。朝、準備にとりかかる。お客様には慣れっこなので、アッという間に準備はできる。というより、昨日のうちにほとんどの用意はすんでいる。当日バタバタするのがいやで、お客様がみえたときに自分も一緒におしゃべりがしたいので、早めに準備はすませてしまう。ローストビーフ、スモークサーモン、野菜とウィンナーソーセージの蒸したもの、沢山のお菓子、五目おこわ等、ワインとビール、日本酒。いつも代わり映えしないメニューだけれど、お料理よりお話が大切。話が弾んで楽しく過ごした。ワイン2本、ビールが4本、日本酒半升、酒豪の若い女性がいても、その程度。本当に飲まなくなってしまった。以前は、資源ごみの日に出すのが恥ずかしいほどの、空き瓶、空き缶の山だったのに。よく遊びよく飲みよく食べ、だったのに。ワインなど以前からずっと取り寄せていた会社の電話にも断ることが多くなった。「せっかくだけど、この頃飲めなくなってね」どんなにすすめられても手が出なくなってきた。若いときのようにはすべて行かないのはわかっているけれど、ほんの少し残念。もう少し大食いでいたい。目が食べたいと思うものは全部たべたいもの。

2010年12月28日火曜日

ヴァイオリンの帰宅

一昨日預けたヴァイオリンの修理が済んで、今日引き取りに言った。渋谷のクロサワ楽器。ここにEさんという楽器製作者がいて、私の生徒が2人、彼の作った楽器を使っている。選んだ理由は、バランスが取れていて音が素直に出ること。初心者から中級者にも優しい楽器といえる。腕を見込んで初めて彼に修理をたのんだので、これからどんな音になっていくのか、楽しみにしている。というのも、ヴァイオリンは修理や調整をしたからといって、すぐに音がよくなるものではない。1ヶ月はおかないと、本当に鳴ってこないので、まだどんな音に変わっていくかはわからないけれど、帰宅してから弾いているうちに、どんどん音が出始めている。最近どうしてもいい音が出なかった。乾燥しすぎや自分の体調のせいかと思って、だましだまし弾いていたが、どうも、これはおかしい。やはり剥がれた箇所が見つかった。それと、駒が薄すぎるのではないかと思っていたので、厚目の駒に取り替えてもらうことにした。薄いと音は楽にでるけれど、どうしてもパワーが不足するよう思える。それもこれから良いほうへ向かうかどうか、不安でもあり楽しみでもある。出来上がってお店で弓を借りて弾いてみた。ドミニク・ぺガット製作。1000万円、正確には1050万。なるほど、低弦のハイポジションがらくらく出る。でも、今の私にはそんなお金はないから、自分の弓の毛を張り替えて我慢。普段お金のないのは一向に苦にならないけれど、こんなときには、もう少しお金持ちだったらよかったのにと思う。うちの玉三郎が「長靴をはいた猫」だったら、よかったのに。

2010年12月26日日曜日

ショパンコンクールの優勝者アブディーバ

友人からメールが入った。今アブディーバがショパンのコンチェルトを2チャンネルでやっているから見て!と言うので返信。うちのテレビは原始時代のものだから、2チャンネルは入らない。すると、教育テレビよ。という返信。なあんだ、それならうちのでも映るわ。でも、うちの教育テレビは3チャンネルなんだけど。テレビによってチャンネルは違うのかなあ。とにかくあわててテレビの前へ。なんと、生きのいいお姉さんが力演している。恐ろしいほどのテクニック。すごいスケールの大きさ。音の立ち上がりのクリーンなこと。なるほど、これは他を圧倒したに違いない。でも、素晴らしい人はほかにわんさかいたらしく、メールをしてきた友人は現地ワルシャワで聴いて、あまり納得できなかったらしい。好き嫌いはともかく、圧倒的な力を見せつける演奏でした。体も大きく顔も立派。演奏家としては申し分ないオーラがある。ショパンをこんな風に弾く人はあまりいないと思える演奏で、なにか他の曲も聴いてみたい。明日メールの友人と会う予定なので、彼女がワルシャワで聞いた時の演奏のDVDを持っていきますといってきた。でも、そのDVDが見当たらなくてというから、ダビングしたのは確かなの?その辺から疑ったほうがいいわね、なんて憎まれ口をたたいたから、今に抹殺されそう。

ないものねだり

ヴァイオリンの調子が悪く、乾燥しすぎか自分の体調のせいか、しばらく様子を見ていた。一向によくならないのと、かすかなビリつきを感じたので、ついに修理に出した。渋谷のクロサワ楽器。クロサワといえばプロよりもアマチュア相手で手広く営業するイメージだったので、いままで敬遠してきた。職人さんが直接つききりで、じっくりと修理や調整をしてくれる個人の工房と違って、誰がどんな仕事をするのかわからない感があった。しかし、音楽教室の出入りの人から、最近は職人さんに名の知れた楽器つくりの方がいるということを聞いて、初めて修理をお願いすることにした。昨日は楽器をあずけ、帰りは山のように買い込んだセーター類とハンドバッグだけで帰宅。楽器がないとものすごく開放された気分になると同時に、体の一部がスースーするような感じもある。物忘れをしたような。今朝起きて、毎日の習慣でレッスン室の窓を開け、電灯のスイッチを入れて、さて、いつもならここで楽器のケースを開けて楽器にごあいさつ。午前中ダラダラと練習したり、パソコンに向かったりするのに、することがない。それなら掃除でもすればいいものを、それもしない。楽器も勿論スペアをもっているけれど、弾く気はしない。英語のレッスンの予習をしていたら、眠くなって転寝をしてしまった。ちなみにうたた寝を英語で、catnap というそうです。練習嫌いでろくすっぽ練習もしないのに、手元にないとなると、こんなに手持ち無沙汰なものか・・・。いまさらっているプロコフィエフの1番のソナタの楽譜をチラチラと横目で眺め、ああ、弾きたい。いつもとは逆のセリフが出でくる。

2010年12月25日土曜日

音楽教室は面白い人ばかり

今年最後のレッスン。渋谷の音楽教室は大人のためのオアシスを作ろうという目論見から生まれた教室。そこで講師をはじめてから早や十数年。生徒は多種多様の職業を持つ。音楽が好きで好きでという人から、ちょっと興味を持ったのでという人や、ヴァイオリンを弾くこと自体が格好よいからという人、持っているスタイルを人に見せたい人、さまざまだけど、忙しい合間にやめずによく来てくれるのがありがたい。それでも暮ともなると多忙を極めて、風邪をひいたり起きられなかったり、二日酔いだったりで休む人も多い。そうでなくても仕事上の悩みを抱えて調子が悪いひともいる。そんな時はヴァイオリンを弾かずに話を聞いてあげると、終わるころにはニコニコして帰るひともいる。そのなかでも頑張りやさんのNさん。大学の卒業旅行のバス事故で大怪我をして、足をいためてしまった。その事故のとき世話になったトルコの医師の治療に感激して、もう一度医大を受験しなおした。長い勉強期間を終えて今年国家試験に合格、研修医として働きはじめた。今日レッスンの最中、「先生の手はいい手ですね」というからなぜかと思ったら、「血管が浮き出て注射針がよく通りそう」ですって。初心者の研修医としては、注射をするのも大変なのでしょう。もう一人「変な夢をみました」というからなにかと思ったら「知らない人が夢に出てきて、ヴァイオリンの練習が少ない」と言われたそうで、クリスチャンの彼は「あれはイエス様だったかもしれない」と言う。そうです。神様は全部ごらんになっています。私は無宗教ですけど。初めからずっと在籍していてくれるM子さん。丸の内の花の建築士。わたしの「ほら、それがあれだから」という意味不明のレッスンに腹も立てず、やめないで来てくれる。少し前にやめたけど「その、それとかあれというのはなんのことですか」と詰め寄ったのは、素晴らしいキャリアを持った科学者。時々私が質問すると明快な答えが帰ってきた。たとえば、弓に圧力をかけて弾くのと、重さをかけて弾くの違いはなに?即座に答えはもらったけれど、理解不能だったのでご披露できないのと、「また絶対に戻ってきます」と言っていたけれど、まだ戻ってこないのが残念。自分でカバンまで作ってしまう器用な人もいる。隠れた楽譜を掘り出すのに長けている。へー、こんな曲があるの、といつも驚き。遅刻の常習者の銀行マンが決まって言うせりふ。「遅れました」わかってるわい、言わなくったって。レッスン時間は私が楽しむためにあるみたい。悪いですね。生徒さんたち。

2010年12月24日金曜日

クリスマスイブ

あちらこちらで電飾が輝いて、なんだか大人になって初めてクリスマスらしい気分になる。オーバーな言い方だけど、クリスマスが楽しかったのは高校生くらいまで。あとはもう常に1月の試験で弾く曲の心配ばかり。一度お正月にスキーに行って、先生にこっぴどくしかられた。試験前にスキーに行くどころか、大学4年生までスキーは禁止されてしまった。その後はオーケストラでクリスマスはかきいれどき、フリーになってからはなおのこと、この季節に稼がないでどうするとばかり、走り回った。「メサイア」「第九」は定番。イブの夜中にテレビの生本番だったりすることも多く、バレエの「くるみ割り人形」そこからNHK紅白、お正月にはホテルの仕事、やっと終わって一息つく暇もなく、その年の通常の仕事が始まる。そんな生活だった。仕事は大好きだったけれど、今やっと一息ついて普通の生活のリズムをとりもどしている。今日は新しいスマートフォンを私用に頼んであるというので、わがパソコンの師匠とショップへ。彼は今猫のサイト製作中なので、猫にとりつかれている。話の途中で「そんにゃことは・・・・」ん?いま「そんにゃ」って聞こえたけど?空耳?しばらく黙っていたけれどやはり「そんにゃ」って聞こえたなあ。恐る恐る「今、そんにゃって言わなかった?」それから大爆笑。「わかりましたか。気がつかないといいなと思っていたのに」帰りの車で一人運転しながら、時々思い出してはプッと吹き出してしまった。

2010年12月23日木曜日

イギリス英語

私がノロノロとハリーポッターを原書で読み進めているのを知っている方から、イギリス人が朗読しているCDを頂いた。第一巻、もうすっかり忘れてしまっていたが、聞いているうちに読み始めた時のことを思い出してきた。それまで英語を特に好きというのでもなく、中学でも熱心な生徒でなく(主に先生が好きでなかったという理由による)海外に行っても得意な人にくっついていけば何とかなるし、自分でも買い物や食事くらいなら不自由しなかったので、あえて勉強する気もなかった。あるとき仕事場で原書を読んでいる人がいて、辞書なしでよんでいるのはすごい。私でも読めるかしら、と思ったのが運のつき。どっぷりとはまっていった。到底自分だけでは歯が立たないことに気が付いて、それではというので近くの英会話教室の個人レッスンを申し込んだ。初めはカナダ人、次はロスアンジェルスの人、やはりあの世界を理解するのは無理があるようで、質問しても答えてもらえないこともしばしば、これではというので、イギリス人の先生を紹介してもらった。オーケストラでヴァイオリンを弾いているルースさん。超まじめで、わからないことは宿題として、必ず次回に回答をくれる。私がつまらない事まで興味を持って細かく質問するので、一回のレッスンで10ページくらいしか進まない。だから、まだ4巻の半ば。困ったのは発音の違い。アメリカ英語とイギリス英語はとても発音が違う。辞書の発音記号はアメリカ式だから、それを頼りに読むと直される。やっとアメリカ式発音で褒められるようになったのに、訂正されてしまうのでがっかりすることもしばしばある。でも、どちらかというと私はイギリス英語の方が好き。アメリカ英語より、響きがすっきりしている。

2010年12月22日水曜日

受験生

来年音大受験が迫っている元生徒が来て、バッハのソロソナタ1番の2楽章、フーガを聴かせてもらった。穏やかでのんきな子なので、マイペースでゆっくりやってきた。ここへ来てお尻に火が付いたかと思っていたら、相変わらずのんびりした様子。とても受験生とは思えない。芸大志望だから、5年生の時にいち早く芸大系の先生にお願いして、研鑽をつんできた。いろいろな先生にみていただいたけれど、どの先生からも基礎はしっかりしているけれど、自分の音楽になっていない、という手厳しい批評をいただいていた。自分がどう弾きたいのか、それが表に出ていない。とにかくしやべり方もゆっくり、動作ものんびりだから、際立って目立つわけではないが、着々と事を進めていく。初めから大器晩成型だと思っていたが、あと一月余りの時間しかないので、大器になるのを待っているわけにはいかない。しかし、身びいきというか、聴いてみるととてもたっぷりとした良い演奏をする。何箇所か目に付くところを指摘して終わったが、又きますと言って帰っていった。今の音楽界は私が仕事を始めたころに比べ、格段にレヴェルアップしている。私たちがようやく身に付けたようなことを、今の子たちはすでに子供のころから知っている。音の出し方も力まず素直に出すことを知っている。出発点が格段に上なのだ。この子が芸大に入れなくても、他の音大でも、いい音楽家になると確信した。見掛け倒しの派手な演奏でなく、じっくりと熟成した演奏家になってくれることを、心から祈っている。

2010年12月21日火曜日

環八を走っていると

今日は師走というのに環八の荻窪方面はすいていた。最近まで環八はすいていた、ためしがなかった。混雑の原因だった踏み切りが立体になったとはいえ、この空きかたはどうしたものか。それほど不景気なのか。すぐそこへ、考えがいってしまう。就職できない若者が大勢いて、不安をかかえて寒空に走り回っているかと思うと、かわいそうでたまらない。それほど仕事がないものなのかしら。会社に就職するだけが仕事ではないといわれても、いったいどうやって仕事が見つかるのか、見当も付かないに違いない。今、日本中に休耕地が沢山あって、そこは利用できないものなのか。体力と知力があれば、農業も悪くない。手入れの行き届かない森もいっぱいある。林業も悪くない。この情報時代にコンピュータで仕事も出来る。いろいろ考えれば、職業は多種多様。むしろ会社なんか(失礼)にいないほうが面白い人生が送れそうな気がするけど。やはり、会社に入らないと世間の目が冷たい?私の母は最後まで私の職業を認めようとしなかった。「今日は遊び?仕事?」いつもそう聞かれたっけ。今日練馬に行ったのは遊び。ピアニストとベートーヴェンを弾いて遊ぶ日。しかし、朝目が覚めると、どんよりと体が重い。珍しく寝起きが悪い。約束をキャンセルしようかとも思ったけれど、行って弾けば元気になるさ、と思って出かけた。具合が悪くても運転は苦にならない。でも、いつもより慎重に走る。今日はベートーヴェンの8番のソナタ。スプリングやクロイツェルの間に挟まれて目立たないが、これが大変明るくて素敵な曲。何回かあわせて、まあまあ妥協できるかと言うところで練習をやめて、10番を初見で弾いてみようとはじめたとたん、胸にキューっと痛みが来た。あらあら狭心症の発作だわ。実は元気なわりには意外と大病をやっている。だから、時々発作が起きる。「お水を頂戴」と言ってコップに二杯、ゴクゴクと飲み干すと痛みは消えた。いつもこんな感じで心臓をなだめている。今日は皆既月食の日だから、天体が体に及ぼす影響が作用しているかもしれない。

2010年12月20日月曜日

大人のためのレッスン

最近はおとながレッスンを受けに来ることが多い。以前は学生や子供だったのが、自分の年齢が上がるにつれて、生徒の年齢が上がってきた。今日は弁護士のお二人。大変達者に弾く。、3月にアマチュアアンサンブルのコンサートでソロを弾くので見てほしいと言う。法友会という法律家、弁護士、裁判官、などの集まり。お金持ちだから、トッパンホールを借りては、年に何回かコンサートを開いている。いいなあ。私の所属する「古典音楽協会」などはお金がないから、上野文化会館の小ホールがとれないと、お手上げとなる。幸い日本オーケストラ協会の枠にはいっているので、優先的に使わせてもらえるが、プロの楽団は赤字が多い。わが「古典」はその中でも赤字ではない、稀有の存在と言える。お客さんが毎回増えていくのが、本当にありがたい。「最近は空いている席を探すのが大変なんですよ」とよく言われる。今日みえたお二人もそんな「古典」の聴衆として何回か来てくださっている。この方たちは子供のときからヴァイオリンを弾いているので楽だけど、大人になってからはじめた人は、気の毒に大変苦労する。初めにお断りするのは、ヴァイオリンという楽器は、自分で音と音程を作っていくのだから、入り口のところがむずかしいですよ、と念をおすことにしている。やめるなら今のうち、というニュアンスをこめる。それでも習いたいと言う人は、お引き受けする。それからが大変。こんなに大変な楽器だとは思いませんでしたと、泣きが入る。でも私は人間も大好きだから(猫だけでなく)人付き合いはいいほうで、たいてい永続きしてくれるし、何かの事情でお休みしても、戻ってきてくれる。私の生徒はなぜか高学歴、エリートが多いのが不思議。先生がおバカな分生徒が大利口というわけか。うまくバランスがとれるように出来ているのだなあ。生徒から教わることもたくさんあって、時々こちらが生徒になっているようです。

2010年12月19日日曜日

宮永岳彦記念美術館でのコンサート

秦野市のオーケストラ・アンサンブル・西湘は出来立てのほやほやのアマチュアによるオーケストラ。立ち上げからのお付き合いでトレーナーをおおせつかっているが、地元秦野の宮永岳彦記念美術館で今日は室内楽のコンサート。弦楽アンサンブルとホルン、クラリネット、フルート、トロンボーンが数人の小編成で開催された。このオーケストラは初めから数人のトレーナーがついて、きっちりとしたアンサンブルを心がけている。多くのアマチュアオーケストラは練習の人数も集まらず、なかには転々とオーケストラを渡り歩いてきた、いわゆるベテランと称して知ったかぶりをして引っ掻き回すおじさんなんかがいるところが多い。しかし、ここのメンバーは非常に真摯に練習をかさねている。練習の出席率も高い。それで、創立から間もないのに音は抜群によく、よく人のいう事に耳を傾けるので、上達も早い。身びいきでなく、いつもいい演奏をする。プログラムは室内楽の定番。モーツァルト「アイネ クライネ ナハトムジーク」「フルート四重奏」「メヌエット」バッハ「アリア」など。やく一時間ほどの短いプログラムだったが、練習を3回、みっちりとやったおかげで、切れのいい演奏となった。終演後はいち早く会場を抜け出す。なにしろ毎回日曜日の東名高速の上りはひどく混雑する。午後4時ころから9時ころまで、20キロくらいの渋滞はあたりまえとなっているので高速に乗らず、国道246をひたすら走って帰ってくるようになった。今日もテクテクと一般道を走っていたが、いつもよりすいている。歳の暮で遊んでいるひまがないのか、不景気で外出をひかえているのだろうか。それとも高速に集中しているのか、いつも混んでいる大和付近も結構スンナリ通りぬけた。もしかして、お気に入りのお菓子やさんがあいていないだろうか、期待していたけれど、残念!閉まっていました。開いていたらクリスマスケーキを予約したかったのに。

忘年コンサート

毎年12月のこの時期に、スキー仲間の雪雀連の忘年会コンサートが開かれる。会長の山田さんが調律士である関係で、舞台関係の仲間が多い。映画や著述業界などの人が多い。勿論音楽、舞台関係も。今年のコンサートは世代交代が著しく、まず司会をつとめたのが山田さんの愛孫の翔君。2代目会長にしてはまだ歳が若すぎるけれど、堂々たる司会ぶりに場内に感嘆の声があがる。演奏者もANAのパイロットの一家、両親から子供4人が次々に出演して喝采を浴びた。私とコントラバス奏者の本間さん、朝の電話で、今日は楽器を持っていくかどうか打ち合わせをする。結局持っていこうということになって、私はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、楽譜、譜面台など車に積み込んででかけた。出演者が多ければ弾かないつもりで。コンサートが進んでいくうちに、ヴァイオリンを弾くはずのお嬢さんが、バレエのお稽古が遅れて間に合わなくなってしまった。それで急遽私の出番。葉加瀬太郎のなんじゃらいう曲を弾く羽目になった。ところが楽譜をわたされてみると、コピーが薄くて音符が見えない。それに加えて老眼。ま、いいさ。こういうのはお手の物だから、いつものいい加減さでやっつけ仕事。そのあと子供たちを押しのけて、おばさん、おじさんが合奏を始め、興に乗ってくるとやめなくなるのはカラオケと同じ。オペラのアリア、ピアノトリオ、あげくに踊りだす人もいた。クリスマスソングでお開き。偉大なるマンネリの行事だが、毎年ここでしか会えない人もいるから、大切な一年の締めくくりとなる。

2010年12月17日金曜日

腹巻

昨日は今年一番の寒さだったそうで、北海道では-20数度を記録。今年は雪が多くてスキーシーズンが楽しみだと思ったら、そうはいかないらしく、どこのスキー場も雪不足らしい。友人から冷えがよくないから、首やお腹をあたためるように勧められた。そう言われてさっそく腹巻を買って巻いて寝た。一番薄い絹のなめらかな物だったので、お腹のカーブに沿ってくるくると巻き上がって、朝起きたときには一本の紐状になってしまった。ちょうどウエストの所に巻き付いているものがあるので、何かと思ったら腹巻だった。私は殆ど冷えないからあまり必要ではないので、その後一度も使ったことがない。手足が冷たくても布団に入るとすぐ温まってしまうから、寝付きもよい。子供の頃は冷え性で、母の布団と父の布団を行ったりきたり、父は喜んで抱っこしてくれるのに、最後はやはり母の布団が良くて眠るのはいつも母の方。こうして思い出すと、本当に可愛がってもらっていたのだと思う。もっとも両親も私を湯たんぽ替わりにしていたかも知れない。冷え性だったと言っても、当時の家屋はすきま風も入るし、暖房設備も無かったから、本当に寒かった。建てられてから約200年とかいう大きな古い家で、間仕切りも障子か襖しかなく、だだっ広い部屋がいくつもあって、冬ともなるとこたつと石油ストーブ、そんなものでは到底温まらない。トイレも廊下の突き当たりにあって、暗く怖かった。今の樣に明るく温かい部屋で暮らしていると、もう元にはもどれない。地球温暖化防止のための省エネも、快適さの前には脆く崩れてしまう。人間は本当に身勝手なんだから。世界中に飢えと寒さに苦しんで居る人達がいるのはわかっていても、目の当たりにしなければ実感出来ない。せめて毎月僅かなお金を、募金団体に寄付する位が関の山なので、マザーテレサのような人は本当に尊敬する。どうして我が身を捨てて他人に尽くせるのだろうか。

2010年12月15日水曜日

ロンドンアンサンブル

モーツァルト    フルート協奏曲2番第一楽章
シューマン     幻想小曲集    作品88  (ピアノトリオ)
ショパン       序奏と華麗なるポロネーズ 作品3  (チェロ ピアノ)
作曲者不明     尺八 古典本曲
ショパン       夜想曲 嬰ハ短調  遺作  (ヴァイオリン)
パガニーニ     ラ・カンパネラ (ヴァイオリン)
イギリス民謡    スカボロフェア
ヴィラ ロボス    ブラジル風バッハ第5番より 「アリア」
プロコフィエフ    バレー組曲「ロメオとジュリエット」より抜粋

リチャード・スタッグ(フルート)
松村 美智子(ピアノ)
タマーシュ・アンドラーシュ(ヴァイオリン)
トーマス・キャロル(チェロ)

旧東京音楽学校 奏楽堂

毎年この時期に来日するアンサンブル。毎回チケットを予約するのに、どうしたことか、行かれなくなってしまう。ある年は熱を出し、ある年は仕事がはいり、今年やっと聴くことが出来た。非常にすばらしいアンサンブルで、一人一人が名手であるにも拘わらず、というか、だからこそというべきか、調和をこわさない。まるでおしゃれな会話を聞いているような、今まで聞いたグループの中でも突出した見事なアンサンブルだった。会場で会った知人と一緒に帰りの電車に乗って話をしていたら、なんと、あのフェリックス・アーヨの演奏を最近聴いたそうだ。初めアーヨの名を聞いてしばらく理解できなかった。もうとっくにお隠れになったと思っていたから。私が中学生のころ、横浜県立音楽堂で聴いたことがある。それからもう何年経つのか。しかしまだまだ素晴らしいそうで、大変驚いた。私が聴いたときはすでに世界的な名手だったから、相当年上だと思っていたけれど、18歳で「イ・ムジチ」を創立したという。それでは、私が聴いた当時もまだ若かったのか。でも、ステージの上にいる人は雲の上の人だから、そんなに若いとは思えない。まして、こちらは中学生。そのときの「ローマ合奏団」の演奏を聴いて弦楽アンサンブルに憧れ、夢を実現できた。あの演奏を聴かなかったら、今の私はないかもしれない。

2010年12月14日火曜日

懲りもせず自転車

2週間ほど前に、男の子が猛烈な勢いで私の自転車に突っ込んできたので、あやうく事故になりかけた。急ブレーキで難を逃れたけれど、わき腹を打ってタイヤがパンクした顛末は先日の投稿の通りだが、その後左肋骨下が痛んで時々思い出したようにキュイーンと筋肉が縮む。そのときにひどく痛かったのがやっと収まってきた。その話をしたら「その後自転車には怖くて乗れないでしょう」といわれびっくり。「なんで?乗ってますよ」と言ったら今度は相手がびっくり。それしきのことで、大好きな自転車に乗れなくなったりはしないでしょう。少し雨模様だったけれど、川崎まで自転車をこぐ。「聖者が街にやってきた」をでたらめ英語で歌いながら。デブのおばさんがデキシーを歌いながら漕いでいる姿はこっけいでしょうね。他人が自分をどう見るかなんていう事も、あまり気にもならない。今朝突然「ハリーポッター」の映画の最終編パート1を見に行こうと思いついた。川崎チネチッタはその一角だけがイタリアン。広場を丸く囲んでピンク色の映画館が建っている。まだ冬休みになっていないのか、映画館はガラガラ。年末のこの時期に映画を見ていられるなんて、夢のよう。毎年、鼻水を啜り上げ、咳をしながらヨロヨロと仕事場に通っていたのが、遠くのことのように思える。まだ1年もたっていないのに。ハンバーガーとコーヒーを買って、指定席に着く。なぜか映画はこの二つがつきもの。ときどきポップコーンの時もあるけど。映画が始まってすぐ、フクロウのヘドウィックが死んでしまった。思わず涙が溢れてしまう。なにも殺さなくってもいいじゃない。しもべ妖精のドビーも死んでしまう。ほかに方法はなかったの?ローリングさん。 帰りは少しションボリして、歌も出なかった。

2010年12月13日月曜日

美肌大作戦その2

2週間のノーメーク期間を終えて、今日は最初のレーザー照射の日。2週間ノーメークだったのに、誰一人気が付かない。いかに日ごろからほとんどメークをしていないかがわかる。というより、メークする甲斐のない顔と言うことなのだ。メークをすると、別人のように美しくなる人もいる。でも、その人は元々きれいな人だから、メークが映えるのだ。まあでも、基本的なお肌だけでもマシにしておこうという魂胆で、北里研究所病院の美容センターに行った。予約時間の2時間半前に、麻酔用のパッチを貼っておくように言われる。ほんの少し緊張。痛みには我慢強いほうだから、痛みに対してではなく、未知のものに対する緊張。ベッドに横になって、まずはちょっと盛り上がっている部分にレーザーをあてる。ピチピチと言うような刺激。かすかに痛みはあるけれど、眉毛に墨を入れるときと同じか、それ以下の刺激。次は機械が変わって、広がったしみに移る。これは輪ゴムでパチンパチンとはじかれるような痛さ。それもあっという間にすんで、はい、これでおしまいですと言われたときにはキョトンとしてしまった。こんなに簡単に取れるなら、もっと早く来ればよかった。鏡を見てはいやだなあと思っていたシミがこれでなくなったのか。顔の造作がまずいのはもうとっくにあきらめている。というより、意外と自分の顔が好き。たとえばペルシャ猫だって、ずいぶん不細工。あれでもかわいいという人がいるのは救いだなあ。フレンチブルドッグや狆だってかわいい。私もその類だけど、普通に美人であるより、人から覚えてもらえそう。変わったタイプの顔だけど、世界に二つとないこの顔は大事にしないと。でも、シミはいや。

2010年12月12日日曜日

富士山

東名高速道路を走っていると、今日は真っ白な富士山に出会った。私は信心深いほうではないけれど、山には神々しさを感じる。人間が上へ上へと上って行くようになって、征服されていない山はほとんどないと思うけれど、本当はそんなことをしないで、下から恭しく眺めているのが一番良いのだと思う。一時期瞑想にはまっていて、テクニックを身に付けたことがあった。やはり効果はすばらしく、感覚が研ぎ澄まされ、幸福感に満ち溢れた時期があった。そのころ月山に夏スキーに行ったとき、自分の魂が自分の頭の上を漂っているような、そんな幸せな感覚でリフトに乗り頂上付近に近付いた。突然自分には及びも付かない大きな力を感じて、思わずリフトから飛び降りて地面にひれ伏したくなった。それまでのフワフワした安っぽい幸福感は掻き消えた。ほんの少し修行したからと言って、本当のパワーが身に付くわけはない、そんなことを言われたような気がして、たぶん顔青ざめていたことだろう。その後も瞑想は続けていたけれど、今はもうすっかりやめてしまった。やればいい効果が出るのはわかっていても、月山に住む荒ぶる神の前にひれ伏した記憶がよみがえると、自分の小ささ、いい加減さを思い知らされる。本当は瞑想は宗教も人も自然も超越したものにならなければいけない。その境地にまで行かれれば、本物になる。ちゃらんぽらんに多少齧っただけで、本物になれるはずがない。もしそこまで到達した人がいたなら、その人はモーツァルトになれる人だと思う。凡人にとっては、そんな大それた大物になるより、小物でいるほうがそこそこ幸せに生活できるところに落ち着く。ありふれた人生もまた良し。でも瞑想はお勧めしたい。あのシーンと澄み切った世界を思い出すと、いつか又はじめようとおもっている。

中国よ、どこへ行く?

いまや超経済大国になった中国。しかし、今の勝手気ままさはどうしたことか。あまり政治のことは書きたくないけれど、ノーベル平和賞に対する振る舞いは最低。これほど情報が行き渡っている今の世の中で、中国内部にはまだ真実が知らされていない人たちがたくさんいるというのも驚く。もともと私は中国が好きで、中国の人も日本人にはない大陸的なところが好きだった。自分も細かいことにはあまりこだわらないので、ウマがあうのかもしれない。しかし、今の中国の金の力をかさにして、すき放題する姿は非常に下品さを感じる。私は今まで中国にはなんと、4回も言っているけれど、いつも一般の人たちは優しく、親切だった。文明の発祥の地としても、その後の優れた文化の発達した国としても尊敬してきた。しかし、いまやお金の力で世界をブルトーザーでなぎ倒す勢い。理屈も通らない。普通なら恥ずかしいと思うような振る舞いをしても、他の国の批判もなんのその。かつて、日本もバブルのころはお金を見せびらかして、世界に顰蹙を買っていた。しかし、今の中国ほどの横車は押さなかったと思う。中国は今後の世界のリーダーとなるなら、品位を取り戻してほしい。どうして、一般の人たちと政治がこんなにも違うのだろうか。大国として太っ腹なところを見せたら、世界中から尊敬されるものを。国は大きくても指導者の肝っ玉が小さいとしか言いようがない。それでも私は中国が面白く、また行きたいと思っている。

2010年12月10日金曜日

IHヒーター

やかんをいくつ焦がしたことか。かけたことを忘れて他のことをしているうちに、真っ黒こげになっていることがしばしばあった。紅茶のティーバッグをカップに入れて忘れ、真っ黒な紅茶ができあがったり、なにかひとつのことに夢中になると、ほかのことは忘れてしまう。安全の面でも今にとんでもないことになるといけないので、ガスヒーターからIHヒーターにかえることにした。変えたからと言って安全とは言いかねるけれど、少なくとも何分かすれば切れてくれるそうだから、多少安心感はある。でも、こうして安全を器具に頼ってばかりいる生活は、人から危機管理の感覚を無くさせていくに違いない。車の安全装置についても、最近は、車がコンピュータ制御で勝手にブレーキをかけてくれるようなものも出るらしいけれど、なにか恐ろしい気がする。いつもそういう車に乗っている人が、装置のない車にたまたま乗るようなころがあるとしたら、どうなるのかな。たまたま装置が故障したらどうなるのかな。この頃、子供が怪我をする遊具の一位はブランコだそうで、よく事故がおきるとその遊具を取り除いてしまう公園も多いと聞く。そのうちどこの公園からもブランコが姿を消してしまわないか、その代わり全く安全な動かないブランコがおいてあったりして、なんだか寒気がする。大体人が成長するときに、いくらかは怪我をしながら学んでいくものなのに、そうしないで育った子供はいつか大怪我をしないだろうか。自分は安全にとヒーターを変えて言うのは変だけど、年は十分とったからお許しを。火事は近所迷惑ですから。

2010年12月9日木曜日

ステージは面白い

私たちの仕事はいろいろあって、スタジオ内での録音、テレビの録画、生中継、オーケストラやアンサンブルのステージ、たまにはソロも弾く。その中でも一番面白いのはステージでお客様の前で弾くこと。今日も(日付けが変わって昨日になってしまった)早めのクリスマスコンサートが王子の北トピアで開かれた。演奏は銀河管弦楽団。レギュラーメンバーではなくエキストラとしてだけど、コンサートマスターはじめメンバーは親しい人たちなので、楽しくリハーサルが進む。でも、今日はじめて見る楽譜はどれも、難しい。クラシックの時以外はたいてい楽譜は当日渡される。テレビの仕事もスタジオの仕事も、ひどいときは楽譜が出来上がっていないこともある。現場でいきなり難しい楽譜を渡され、初見で弾かなければならない。 それを10数曲、一回弾いただけですぐ本番の時もある。今日も行ってみれば、難しいリズムや調子記号がたくさんついている曲が多い。わあ、大変。でも、この緊張感がなんともたまらない。クラシックのオーケストラのように、何回も練習を重ね、練り上げていくのも面白いが、これはこれでスリル満点、誰がどう出るか思いがけない展開があったりして、予断を許さない。練習を重ねているはずのクラシックのオーケストラの場合であっても、ハプニングは常に控えている。たとえば指揮者でよくステージから落ちる人がいたり、繰り返しをウッカリ忘れる人がいたり、決して油断はできない。やり直しがきかないから皆極度に緊張するために起こる。普段なんでもないことが出来なくなったり、出来なかったことが出来たり、楽器を取り落としたり、一番すごい話は着替えのときにウッカリ下着を脱ぐのを忘れ、本番中にずり落ちてきた人がいた。・・・面白いと言っては不謹慎だけど、刺激に満ちている。一度ステージに立つとやめられなくなるのは、そのせいかもしれない。

2010年12月8日水曜日

ステージ衣装

今日のステージは、どうかと思うほど派手な衣装でという注文。さて、何を着るか。いろいろ引っ張り出してきても、普段がクラシックの演奏だからあまり派手なのは持ち合わせがない。今日は行ってみないとわからないけれど、たぶんセミクラシックかポピュラー系だと思う。若いころはジャズなどもたくさん弾いていたので、それらしい衣装も持っていたけれど、いまは主に落ち着いた色調のものが多い。インドに行ったとき買ったサリーの生地で作ったドレスがピカピカしていて派手といえば派手。これに下に黒いパンツを合わせて・・・でも、出来上がってきたときからなんだかお仏壇みたいな柄だなあと思ったので、あまり好きではない。それではスワロフスキーの光り物がついた黒のスカートにシースルーのブラウス。いまいちだなあ。いろいろ着てはやめ穿いては脱ぎしているうちに、毎度おなじみの枯れ葉色にスワロフスキーの光るブラウスになった。毎回このブラウスになってしまう。これは友人と行ったブティックの女主人が選んでくれたもの。私はまったく自分の趣味ではなかったので選ばなかったけれど、すすめられてついでに買ったものなのに、今一番重宝している。自分の好みと似合うかどうか、よく着るかどうかは時々外れることがある。ほしくてたまらなかったのに、買ってから一度も袖を通していないものもある。高価なレザーのコートなどはクローゼットの中で猫の爪とぎになり、泣く泣く処分してしまったこともある。思えばずいぶん無駄なお金を使っている。ステージ衣装もたった一度しか着ていないものがあるので、そのうちコンサートを開くときに着ようと思って捨てないでいるが、そのときがきたら果たしてサイズが大丈夫か、似合わなくなっているかもしれない。かつて上越市でのこと、ステージ衣装を楽屋できてみると・・・いつのまにか太ってしまって入らなくて大騒ぎ。裏地をはさみでジョキジョキ切ってやっと体を押し込んだことがあった。この頃は前日入るかどうか確かめてから持っていくようになった。油断も隙もない。そのときの衣装は私より細い人の手に渡り、その人もいまではそれが着られなくなっているという。

2010年12月7日火曜日

かわいそうなマイカー(ヴォルフガング アマデウス 日産シルフィー)

ガソリンスタンドで給油していたら、スタンドのお兄さんが目ざとく見つけたバンパーの傷。さっそく修理しますよと、勝手に見積もりを出してきた。はいはい、でも修理する気はさらさらない。だって、こすっただけだし、走りにまったく影響はない。先日定期点検に出したとき、こすってしまったことを伝えると、日産マンはこんなのかすり傷ですからと言って、修理のしゅの字も出なかった。彼も元レーサーだったから、走りにうるさくても車体のこすり傷など、どうと言うこともないらしい。営業的にはどうか知らないが、そういうところが気に入っている。スタンドマンは新しい年をきれいな車で御迎えになれます、と言う。あいにく、そんな趣味はない。今まで何十年も新年をきれいなうちで、迎えたことはなかった。暮れから新年にかけて大変忙しく、大掃除をするどころか体調を維持すっるのがやっとという有様では、御節もつくれない。2日に実家に行ってかろうじてお正月らしくしたのも、両親が亡くなってからは殆ど行かなくなってしまった。昨年までは朝から駅伝を見て過ごし、たまに目に付いた埃を払うだけ。でも、今年は少しお掃除をはじめている。長年たまったゴミはなかなか減らないけれど、少しずつ処分している。暮にまとめてというのは無理だから、今から少しずつ。ところが、長年の汚れはすぐには落ちない。浴槽だけで3日もかかるとなると、浴室全体では一週間、居間ははたして新年に間に合うだろうか。なにしろ狭いところに猫が4匹。いすでつめを砥ぎ、毛玉はそこら中に散って、吐き戻したり、トイレの砂をせっせと撒き散らす。猫を処分しない限り・・・・・と、とんでもないことを。どんなことがあってもこの子たちは猫鍋にしてたべようなんて・・・まあ、おそろしい。やはり、きたないままお正月かあ。車には傷に絆創膏はって我慢してもらいましょう。

2010年12月6日月曜日

病院へ行く

数日前に自転車のハンドルで左肋骨の下を強打した。痛みはそのうち引くと思って放っておいたところ、だんだんひどくなってきた。それもそう、前輪がパンクするくらいの急ブレーキをかけて、そのハンドルが食い込んだのだから、そうとうなダメージは受けていると思える。寝た姿勢から起き上がるのが大変。歯を食いしばって起き上がる。起き上がれば、もう痛くはない。だから、内臓に異変があるようなことも考えられないので、このまま放置しておけば治るとは思うが、多少心配だから、一度病院に行ってみようと思った。それで近所の総合病院にノコノコでかけると、そこは患者であふれかえっていて、予約も一ヶ月先まで取れないと言う。すぐそばにその病院を退職して開業した先生がいるからと、紹介された。なるほど、ものすごく頭のいいやり方だなあ。大病院時代の患者さんもついてくるし、こうして新しく来てもはじき出された患者も回してもらえる。そこも大変混んでいた。結局レントゲンを撮っても骨に異常なし。シップ薬を調合され、その間2時間30分。待合室でヴァイオリンが弾けたら、ずいぶん練習がはかどるのに・・・と、いつも練習をサボる人に限って、そんなことを考えるものだ。しかし、本当にどうにかならないのかなあ。歯医者さんなどは、完全に予約制だから時間の予測がつく。まあ、怪我はいつするかわからないから、完全に予約では困ることもあるでしょう。持って行った本の約半分読んでしまった。そうか、読んでいない本を読む時間と考えればいいのだ。

2010年12月5日日曜日

文京シビック

1時からアンサンブルのリハーサルがあったので、12時に行って35階のレストランでランチを食べることにした。ここはよく利用するが、割にちゃんとした料理を出す。さて何を食べようかとメニューをみていると、本日はステーキランチが割安になっているらしい。注文すると「フォアグラをお付けしますか?」と聞かれた。勿論いらないと答えようと思いふと見ると、フォアグラ12円・・・・目が点になった。フォアグラといえば、キャビア、トリュフなどとともに世界の珍味。エエーッ。なんでー。何周年目かの記念のサービスらしい。「はい、付けてください」勢い込んで言う。でも、まずいかもしれない。期待するのはよそう、とおもったけれど、だいぶ時間がかかって出されたものは、とても上等。ステーキは小ぶりながらやわらかく、ミディアムレアの焼き方もうまく、非常においしかった。そして問題のフォアグラは期待以上においしく、ウームとうなりそうになった。本当は、ごくふつうのフォアグラがこの値段で食べられたという感激のせいかもしれないけれど、とにかく付け合せの野菜も全部満足。満足ついでに食後のケーキにモンブランをたのんで、本格的なコースになってしまった。その前は、後楽園駅の外にある立ち食いのおそばでもいいなんて、考えていたのに。おいしいものを食べると、幸せな気分になって元気になる。もともと、食いしん坊な上に大食。男の人たちと飲み屋にいってもひけをとらない。自慢するようなことではないけれど、けっこうこれって幸せなことなのです。

2010年12月3日金曜日

糾える縄の如し (ミニコンサート例会)

禍福は交互にやってくるので、大抵の人は平均的な人生になる。一昨日練習が面白いようにはかどって、その後、家を出たら自転車の事故にあった。昨日は練習しようと楽器を出したら、前日の疲れでろくに音も出ない。無理の効かない年齢になってしまった。でも、先日北里病院で指導されたように、顔に一切の化粧品を塗らない、洗顔も水だけと言われ実行していたら、なんとスベスベ。信じられない。しかも気持ちが良い。この乾燥の時期、それは無いでしょうと思ったけれど、なんの心配もいらない。驚きと、今まで化粧品会社に騙されていたとの思いがする。考えて見れば、首などは化粧水もつけないのに、顔よりもしっとりしている。なるほど、納得した。
今日は毎月の例会。ピアニストと曲を持ち寄ってホームコンサート。懲りずにバッハのパルティータ2番、今日は全曲。先月はチベット疲れのため、シャコンヌは割愛してしまったので、今日はリベンジ。シューマンの「幻想曲」ショパンの葬送行進曲入りの「ソナタ」ベートーヴェンの「ソナタ」作品番号は111?だったかな。最後のピアノソナタ。3人のピアニストが共演。いいなあ、ピアノは。時々無性にピアノが聞きたくなるけれど、こうして生でしかも眼と鼻の先で聴けるなんて、なんという幸せ。この会のおかげで、とにかく練習がさぼれないのがありがたい。自分一人なら、なにかと口実をみつけてはさぼってしまい、すぐに弾けなくなってしまうに違いない。参加させてもらったことに感謝している。これは福。禍のほうは、夜来の暴風雨で道がひどく混んだこと。家を出たとたん、バスが3台も連なって信号待ちをしていた。家のそばでこんな事はめったにないことで、あまりにも混んでいるので、別のコースに変えても又混んでいる。いつもなら1時間余りのドライブが2時間を超えてしまった。例会後の楽しいランチタイムの後帰宅すると、強風で枯れ葉が降り積もり、散々お掃除をしなければならなかった。こうしてみると、本当に糾える縄のように、いいこと、悪いことは交互にやってきて、均衡を保っているのだなあ、と思う。私の場合、禍も福も振幅が少ないので、比較的穏やかな生活なのがありがたい。でも、チョットつまらない。

2010年12月1日水曜日

好事魔多し

今日は練習がはかどったので、良い機嫌で午後から川崎に出かけた。こんな晴れて暑くも寒くもない天気なら、自転車が一番。川崎駅まで7キロ位だから運動量としても最適。ふと面倒くさいから車?なんてチラッと思った。でも、運動不足だし、やはり、自転車と思い直して家を出た。なぜ面倒かというと、途中陸橋が3箇所あること。回り道をしないと結構急坂を登ることになる。それと駅近くの陸橋でとても道幅が狭いのと、次の交差点は自転車、歩行者の歩道がない。大回りをするか、決死隊のように自動車をかいくぐって渡るしかない。それで、川崎駅付近には危険がいっぱいなのだ。でも走り始めると風が気持ちよく、鼻歌が出る。2番目の陸橋を避けるため回り道に入った時、アクシデントは起きた。私は車を運転するから、自転車の時も交通規則はちゃんと守っている。とまれの標識には止まるし、左側を走行するし、ライトは暗くなれば点灯する。ところが最近自転車に乗る人をみていると、恐ろしいことに「世界は私のためにある、」という人が多い。右も左もない。好き勝手な方を走る。対面して避ける時も当然左側に避けなければいけないのに、右側に来るから正面衝突しそうになる。回り道に入って3差路に差し掛かったとき、右の小道からものすごい勢いで飛び出してきた自転車。小学生くらいの男の子が止まりきれず、私の自転車に直角にぶつかりそうになった。激しくブレーキをかけてかろうじて衝突はまぬがれたものの、ハンドルで左の肋骨の下を強打してしまった。彼は左折するなら私の右側にいけばいいし、右折なら私の前にでればいいのに、たぶんスピードがですぎてコントロールがきかなかったのだろう。いっときお説教。「あなたねえ、とびだすんじゃないわよ。私が車ならあなたは轢かれて死んでたよ。」  このセリフ前にも言ったことがある。その時はおばはんだったけど。子供は素直にすみませんとなんども謝ったけれど、肋骨の下が痛い。彼が行ってしまってから走りだすと、ん?みごとにタイヤがパンクしていた。すぐそばにホームセンターがあったので、自転車売場で修理を頼み、バスに乗り換えて時間には間に合ったけれど、考えてみたら自転車の修理代と、もし痛みがひかなくて病院に行ったとき、治療費も自分持ち?名前と電話を聞いておけば良かった。片手落ち。ホームセンターの宝くじ売り場で「当たるよ当たるよ」と連呼しているのが気になった。こんな時買うと当たるかも知れないな。でも、当たらないと二重の損だな。そうしたら後ろから来た人に又自転車をぶつけられ腹立たしい。やはり宝くじは買ったものだろうか。なんでも3度あるって言うじゃない?