2020年12月7日月曜日

歩く速さ

 毎日欠かさずだと思う、我が家の前の桜並木の下をゆっくりと歩いている人がいる。私よりかなり年上、社交ダンスでもやっているのか、いつもロングスカートに華やかなフリルやレースをふんだんに使ったブラウス、顔はバッチリすぎるくらいのお化粧。メガネも宝石ピカピカ。すべてが行き過ぎで最初に遇ったときにはぎょっとした。けれど慣れるとさほど気にならなくなって、時々見かけると、ああ、今日もお元気なんだなと。

その人が買い物帰りの私の前を歩いていた。私は最近の足の痛みから以前のように歩けなくなってしまった。一昨年までは渋谷の雑踏の中でもいつも他の人を追い越すくらい早く歩いていた。去年もだいぶ遅くなってもまだ普通に歩けた。それが今年後半からすっかり蝸牛の歩み。それでも今日出会ったその女性よりは少し早い。追い越しながらその人が連れと話す声が聞こえた。なんだか、私の旧姓が聞こえるではないか。

私はこの土地で生まれ育った。変わり者のご先祖様にふさわしい少し変わった姓で、ほとんどこの辺に数軒しかいないと思う。その声を聞いて私は自分のことを言われたのかと思って立ち止まって挨拶しそうになった。そばを通り過ぎると全く相手は気がついていないようで、どうやら私とは関係ないnekotamaさんのことらしい。今は辛うじてその人を追い抜いたけれど、この先追い抜かれる立場になるかもしれない。

以前、渋谷駅からテレビ局に行くため歩いていると、その日同じ仕事をするチェロの女性に出会った。一緒に歩きだすと彼女はとても歩くのが早い。放送局は駅からは少し小高いところにある。渋谷駅からはずっと上り坂。当時は私は健脚で歩く速さには自信があった。けれど、彼女は私より若いせいか大きなチェロを抱えてスタスタ歩く。ああ、やはり若さには勝てないなあ、悪いけど先に行ってもらおうと思っていると、急に彼女が立ち止まった。少し息を切らしている。「あのー、お急ぎですか?でしたらお先にいらしてください。私はゆっくり行かせてもらいますので」笑った!お互いに気を使いすぎていたのだ。

「あら、私もそう言おうと思っていたのよ。若いから足が早いなあって」二人で立ち止まって足を休めて笑い転げた。

そんな時期もあったので、私はまだ早足で歩ける気がしている。それで時々散歩するときにも昔の早足が出てしまうのだ。するとその日は足が攣ったり痛みが激しくなったりするので、最近は慎重にゆっくり歩くようになった。何事もせっかちで我慢ができないので、様々な弊害を引き起こす。ろくすっぽ説明書を読まないで新しい製品を使って壊しかける。ある時乗馬をしていて、股関節が硬い。なかなか足がおりていかないから自分の左手で左の股関節を広げたらメリッと股関節を傷めたのが、今の足痛につながっているのだ。

傷めた当時は今よりもっとひどい状態で、ほとんど立っていられないし、寝ていてもあまりの足のだるさで眠れない。それでも数年経ったらいつの間にか治っていた。その時は左足、しばらくは左が調子が悪かったのに今年になってから右足に移行した。体はどこも繋がっているから左を庇えば右に負担がくる、反対もまた同じというわけで、どちらかが調子悪い。

足が短いのに大きな馬に乗るのがそもそもの間違いだけれど、今でも乗馬をしたい。鞍に座ってしまえば大丈夫なのに、最近は筋肉が弱っていて鞍にまたがることもできない。鐙に足を入れてもそこから先自分の体重を押し上げることができないので乗馬は諦めた。

今は自分の足に筋肉をつけてスタスタと歩けるようになるのが課題。それでもO脚が治ってきたのは筋トレの賜物。もう少し早く歩きたい。それよりステージで椅子から立ち上がれなくなると困るから、立ち上がりの練習しないと。椅子から立ち上がるときにまず足を伸ばしてゆっくり2、3歩歩いてからでないとちゃんと歩けないのだ。ヴァイオリンの練習よりそちらの練習のほうがつらそうだけれど。それにしても上半身はヴァイオリンのおかげでほとんど筋肉は弱っていない。どれほど人間は運動を持続していなければならないかを痛感する。

上半身よりももっと達者なのが口なのは、さんざん他人の悪口を言っているから。意地悪は健康のもとですぞ。






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