2026年3月2日月曜日

ヴィルトゥオージ・ディ・ローマ

 「ローマの巨匠たち」この合奏団の演奏は、私は中学生か高校生のときに聴いた。横浜県立音楽堂しか近くにめぼしいコンサートホールもない時代だった。何を聞いたかはあまり覚えていないけれど、トップはフェリックス・アーヨ。生まれて初めてきいた素晴らしい弦楽合奏の音に魅せられたのが私の運命を決めた。

その時のプログラムで知ったのはアーヨがいかにいたずらかということで、周りを悩ましていたという。これもおぼろげな記憶だから、またお叱りをうけそうだけれど、となりにいる人は、いつの間にか靴紐を左右結ばてしまうとか、椅子の脚に繋がれてしまうとか、様々ないたずらを受けたらしい。それって危険だなあ、と子供心に思った。楽器持っている時にはまさかやらないでしょうね?

へえ、ヴァイオリン弾く人は変な人たちだなあなんて。その後私がヴァイオリン弾きの端くれとなってよくわかった。ヴァイオリン奏者はいつも緊張している。奏法が飛び抜けて難しい。音程も幅が狭く、正しく演奏するには常に緊張する。練習時間も飛び抜けて長い時間を要する。半分気が狂った状態で何かあれば膨らんだ風船を針で突いたときのように、破裂する。もうみんな破裂寸前。常にハイになっているから、ハチャメチャやりたくなる。わかるわかる、私も随分いたずらして叱られていたもの。

オーケストラに入った頃、先輩にいたずら小僧がいて、自分の楽器を椅子においたまま席を離れ、戻って来るとすっかり調弦が変わっているとか、調弦だけならいいけれど、弦が張り替えられていたり、鉛筆の芯がゴムでできていて書けないものにすり替わっていたり。弓の根本にネジがあって、外せるようになっている。そこを外すと弓の本体の木と馬の毛が2つに分かれる。その馬の毛をひとネジリしてネジをもとに戻し、なに食わぬ顔で獲物を待つ。なにもしらない持ち主は弾き始めると馬の毛がねじれているからまっすぐに弾けない。もう散々いじられたものだった。

今は皆楽器も弓も大変高額なものだからそんなことしたら訴えられるけど、その頃はまだ高額な楽器を持っていつのはごく限られた人だった。その後は他人の楽器に手を触れるような人はいなくなった。古き良き?時代の話。

一番やられたのは新人に楽譜を見せない。ある大先輩はご自身が暗譜しているから楽譜はいらないとばかり、裏返しにされてしまう。まだ覚えていない新人は諳譜では弾けないから泣くところだが、私は超人的な視力の良さで難なく切り抜けられた。両目視力が1・5だったので前の席の楽譜が普通にみえたので。いくらやってもめげない私に今度は嫌味で色々言われたけれど、大家族で育った強み、何を言われてもどこ吹く風。それから何十年も経ってフリーになった頃、私は彼より立ち場が強くなってしまった。だから弱いものいじめはするなという教訓なのだ。

フェリックス・アーヨはイタリアの弦楽器を背負って立つ名手だったけれど、私はその時以来彼に会うことはできなかった。ある時パスクワーレ・ペレグリー二さんというアーヨのお弟子さんと「四季」を弾かせてもらうチャンスがあって、彼の持っていた楽器を譲ってもらったことがあった。ペレグリーニさんはその時はイ・ムジチのサブコンサートマスターだったけれど、日本で演奏会のあと明日成田を飛び立つという二日前、日本で彼の楽器を売りに出そうと思って持参したものが売れなかったので持ち帰るという。

ちょっと見せてもらったらあまりにも汚く鳴りも悪いけれど、かすかに芯のところに手応えがあるのを聞き取った。ガブリエリという名のしれた制作者、それまでフレンチの楽器を持っていたけれど、今ひとつ迫力のない自分の楽器にあきたらずでいたので興味が湧いた。しかもこういう事態だから言値は半分までに下がっていた。

一晩貸してもらえたら買うかもしれないと言って、彼を成田まで車で送るからその時に返事をする約束をした。彼は日本の食べ物が合わず「海苔、あのブラックペーパーは悪魔の食べ物だ」なんて喚いていた。食べ物が合わず体調不良で気の毒だったけれど、成田までのドライブは快調、一晩弾いて楽器はよくなるようになった。かれも体調が回復したようで商談成立。それから何年かガブリエリは下手くそな私に弾かれて嫌だったかもしれないけれど、音色の良さは評判が良かった。その後私は今の楽器に出会ってガブちゃんは下取りに出してしまった。今は新しい女性演奏者に渡ったというところまではわかっている。

ローマの看板に偽りあり、話がそれていってしまった。もしかしてローマの巨匠たちの話が聞けると思ったでしょう?でも、その思い出はあまりに若かったので記憶があまりないのよ。昨日聞いたベルリンの巨匠たちで、ちょっと思い出したので。しかし、昨日の演奏は心の内部に深く入りこみ、ローマ合奏団は輝かしい明るい響きに未来を見せられた、私の進路を決めるような音。どちらも私にとって運命の出会いでした。







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