毎年私が自慢げに自宅前の川沿いに咲く桜を語るので、もう聞き飽きたと思う方々、でもまあ聞いて下さい。
ソメイヨシノの寿命は大体60年と言われるけれど、実際には100年のものもあり、管理が良ければ130年以上の個体も現存しているという。私の家の前は用水路があって、川の両側に桜が植えられたのは戦後まもなくだから70年ほどの年齢。
今や老木が目立ち、幹にきのこが生えているものや枯れ枝を切り取られて木としての形が変形しているものも多く、ややみすぼらしい。幸い我が家の前は護岸工事で切り倒されてその後若木が植えられたので今壮年期。一時期、満開のときには両岸から覆いかぶさるように川に向かって頭を下げていたものが、これも工事のため手前が切り倒されてスカスカの状態だから、目黒川などの名所と比べると見劣りするけれど、それでも毎年お花見は我が家の恒例行事だった。
スキーの仲間「雪雀連」と言うグループが一時期は20人近く狭いレッスン室に集まった。しかしながら彼らは花などどうでもいい、お酒が飲みたいという連中なのだ。花見後のごみ捨てのときはさすがの私も恥ずかしいくらいの酒瓶がゴロゴロ捨てられ、あまりの量に二週間に分けて捨てるなどしたものだった。その頃が最盛期、今やもう飲める人もいない。せいぜいワインが2,3本。日本酒の四合瓶が2本くらい。寂しくなりました。
そして今年はメンバーの一人が体調を崩したので花の咲くうちに花見はできない。多分来月後半にでも花なしの「花見たつもり会」でもしようと。何よりいいのは我が家の二階から花を見下ろして、ついでに道を通る人達を眺め、時には通行人から声がかかる。ベランダでサンマを焼いていたら「わあ、おいしそうだなあ」なんて。通行人に向かって挨拶をするメンバーも居る。「僕、アオちゃんです」たまたま下を通りかかった私の姉が笑いながら今でもおかしそうに笑う。
思い出しては私も笑う。思い出だけでもこんなにおかしいのだから、当時は毎日泣き笑い。泣くのが3%、笑うのが90%。残りの7%が怒っていた。今は怒りが50%くらい。戦争が終われば多分もとに戻るけれど。
パールハーバーが卑怯なら同じことした大統領、あなたもおなじですよ。墓穴を掘ったわね。
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