去年の暮れあたりからずっと使っていたパソコンのマウスの具合が悪くて、自分ではどうしようもないのでパソコンに内蔵されている指で動かすマウス(こんな説明でわかりますか?)で作業をしてきた。その操作にもすっかり慣れて何不自由なかったけれど、やはりマウスがあればより効率が上がるなあと、思っていた。
すっかりその作業にも慣れて自由に使えるようになったけれど、ついさっきマウスを手で触ったら何やら画面が動いた。あれ?この子生きていたの?高価そうなマウスだったので、それとコード付きなのでうっかり者のわたしが取り落とすこともない。便利に使っていたのに、最近は「パソコンの本体についている指で操作するマウスの役割のもの」にもだいぶ慣れて来たところだった。ここの部分はなんというのだろうか。あとでAIさんに訊いてみよう。
なんだ、君、生きていたんだね。でも不思議、何回やっても使えなかったのが今頃どうして?新しいマウスに取り替えようと買ったものの、今度は接続がわからない。友人の娘さんのY ちゃんが接続してくれるといったけれど、彼女もいそがしい。私も最近忙しくてなかなか頼めなかったらいつの間にかマウスが復活したということ。新しいマウスはそれならスペアということにして、おなじみのマウスを使い始めた。
最近は友人よりもその子供さんたちにお世話になることが多くなった。そして今年9月には小さい頃から教えてきて音大大学院を卒業した、かつての教え子といっしょに演奏することになった。負うた子に教えられるというけれど、なにか教えてくれるかな?
あちらとしては私が引退したというので一緒に弾くことはもうないと思っていたかも。ところが私がゾンビのごとくフラフラと生き延びて共演しないといけなくなって、おやおやといったところかもしれない。こちらは次世代に繫げられて本当にありがたいと思っているけれど、彼女の方はステージでいつ居眠りをしてしまうかわからない老先生にハラハラしそうだなあ。
彼女はそのコンサートの2日後に東京文化会館の小ホールでソロをひくというので、私は「忙しすぎない、大丈夫?」と訊いたら「大丈夫です」と、こともなげにいう。よくぞここまで育ってくれたものだと私は感無量。
だいぶ前にnekotamaに書いたけれどもう一度。
あるとき仕事場で昔ばなし。私の少し年下のヴァイオリン奏者が言った。「nekotamaちゃんは、昔はほっそりしていてバンビちゃんみたいだったよね」すると自分の母親が私と同世代だというもう一人の男性が言った。「でも今はゾンビちゃんですね」
一瞬周囲がヒヤーっとして黙り込む。しかし一番受けて大笑いしたのは言われた本人の私。こういうトンチは座布団何枚も上げたいくらい。今でも時々思い出しては笑っている。
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