2026年3月26日木曜日

物書き

子供の頃からたいそうませていたので大人の小説を読み漁っていた。そして思ったことは、小説家は自分のことをなんでこんな赤裸々にかけるのか、恥ずかしくはないのかということだった。私なら恥ずかしくてこんなことを公にはできないわ。書くだけでも恥ずかしいじゃない。

今こうしてnekotamaなど書いているといつの間にか随分みっともないことも平気で書いるので、自分が大人になったからなのか、年取って羞恥心が希薄になったからなのか、よくわからない。最初のうちは公開する気もなく、おずおずと日記のように書いていた。自分のための記録であり、当時の周囲の出来事であり、後に読んでみたら面白いだうと言う気持ちがあった。

しばらく書いているうちにいつの間にかフォローしてくれる人が五人、未だにその数はふえないものの、時々時期にヒットした話題などでは100人超えたり、ほそぼそと続いて読んでくださる人がいるため、やめられない。私としては私がまだ生存しているぞというメッセージのつもりなので、もしある日からふっつりと投稿が途絶えたら死んだと思っていただきたい。こんなことを読んでくださっているのかと思うこともあって、それなりに嬉しいけれど、責任もあることだなあとじっかんしている。

今はこうして毎日のように投稿できるけれど時々大きなショックを受けたときとか、心にわだかまりが充満しているときには全くかけなくなることがある。そういうときには、作家というのは大変な仕事だなあと思う。新聞の連載などは毎日本当に大変なことで、こんなたわ言のブログであっても、スランプはちゃんとくる。

最小単位のこだわりといえば、政治の分野での投稿は差し控えようと思っていたのが、今はだんだんむかっ腹がたってきてムズムズする。なんともなく書いたことで大騒ぎになるようなネットの世界は怖い。ちょっとした悪意で大事になる危険性を孕んでいる。それでも臆面なく自分の非を認めないどこぞの大統領のように鉄面皮ならいざ知らず、ひ弱な一個人としては今生きているだけでも青息吐息なんだから、これ以上の揉め事は手に余る。というので楽しいことだけ考えようと思っている。

昨日健康診断を受けて思ったのは、私の取り柄は健康だけだということで、毎年ところどころ具合が悪くても今までは無事に生きてこられた。私の年代で自分で車を運転して付き添い無しで病院へ行けるということだけでもありがたい。そのありがたい人たちが集まって、時々食事を一緒にとる。皆さん頭も足もしっかり、だれもまだボケていないというところがすごい!本当はボケているのかもしれないけれど、今のところ皆うまく隠蔽しているのかもしれない。

気の確かな5人、本当は6人だったのが一人欠けてしまって、花の季節には思い出す。思い出すと涙ぐんでしまう。ヴァイオリニストの北川靖子さん。ドイツのオーケストラでコンサートミストレスを務め、日本に戻ってからは私たちのボスとして中心的な存在だった。

非常に泰然とした性格で小さなことにはこだわらない。けれど、仕事に対しては、N響のヴァイオリン奏者であったお父上の教えを守り、非常に厳しかった。もう8年ほどにもなるかもしれない、それ以前から入院や手術を乗り越えて非常な苦痛にも耐えていたのに、誰にも弱音を吐かないから、情報がなくて心配していた。

多分彼女が最後と覚悟したとき、私は彼女と旅に出た。京都、奈良で神社を巡り、ご開帳でたまたま見られた仏様たちに快癒を祈ったけれど、翌年4月ひと足先に逝ってしまった。彼女が入院中は毎日メールで話をしていた。最後のメールは一日前のものだった。当時のコロナ禍の中で、最後に会えなかったのが返す返すも悔しかった。「病院の窓から見える車のヘッドライトは、こちらに向かうあなたの運転する車ではないかと思うのよ」と。泣きました。

ときには腹を立てて喧嘩もしたけれど、4月になると無性に悲しい。そしてこんなことを毎年書かなくてもと思っても、またどうしても書いてしまう。










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