2013年1月16日水曜日

リボンやフリル

子供の頃から女の子らしい花柄やリボンやフリルの付いた服が大嫌いで、おままごともお人形遊びもしなかった。ところが、今日の自分の着ている物を点検したら、コートにはビーズの大きな刺繍、雪解け道のために履いたレインシューズの後ろには可愛くリボンが付いている。やはり大きなリボン付きの帽子をかぶっていると、後ろから見たらちょっと太めのかわいらしい小学生に見えそう。願わくば前に回って顔を見ないでほしい。最近少し服の趣味が変わってきたような気がする。相変わらずシンプル イズ ベストではあるけれど、同じシャツにしても前立てにフリルのあるのも着るようになった。前だったらフリルが付いているだけで拒否していたものだけど。今欲しいのは大きな花柄のワンピース。デザインも頭の中に浮かんでくる。生地と作ってくれる人がいれば是非とも欲しい。今はおデブさんになってしまったが、かつてはあまりにも細いので、サイズの合う服がなくていつもオーダーメードだった。デザインも自分でしたし、生地も自分で選んだ。当時着ている人はほとんどいなかったアニマル柄をいち早く採り入れたりしていたので、よく「服飾関係の人でしょう」などと言われた。親元にいたから、服を作るたびに帽子とバッグと靴をあわせて元町に買いに行くなんてことも・・・贅沢だったなあ。今それが出来ればいいけど、そんなことしたら破産する。そうしなくても破産寸前ではある。趣味は変わらないが、守備範囲が広がったのだろうか。だんだん女性的な物も好むようになってきた。仕事があまり忙しくなくなって気持ちに余裕が出来て、女性らしくなったのかもしれないが、今頃女性として生きるのはちと手遅れ。男女平等はもちろんその通り。でも女性が男性と対等に仕事することで女性らしさを出さないようにするのは、ある意味で少子化につながり、国家力の衰退につながると言ったら、ウーマンリブの人たちにしかられる。でも、私自身が男性と同等に仕事してきたのでよくわかることは、仕事場で女性として振る舞ってはならないと言うこと。一個の人である以外にあってはならない。この枷が取れたから、時すでに遅しだけど、女性らしくありたいと思うようになったのか、あるいは惚けてきて物事どうでも良くなってきたのか、その辺がはっきりしない。

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