連休中に具合が悪くなった風邪は、そろそろ連休が終わって病院も開業するころになってようやく快方に向かった。明日から病院へ行けるという今日、私は独自の自己治療法で病気に勝ったのだ。
結局ほとんどの風邪は時期が来れば治るということ。けれど年齢が年齢だけにこじらせると肺炎になって大事になるから焦るわけで。3年前にいやというほど入院の辛さを味わったから、今回は絶対に肺炎になりたくなかった。けれど、病気というものは初期症状から悪化の一途をたどり、ピークに達しなければ快方に向かわない。病気の方にもそれぞれの理由があっておいそれとは手放してはもらえない。
連休明けにやっと病院があいたので必死でかけつけた。開業前なのに待合室は大勢の患者さん、ドアが開くと一斉に元気のない顔がこちらを見る。やれやれ、今日の先生のご機嫌はいかに。ここの先生は少し変わっている。なぜか、受け付けた患者さんを分類するのだ。スタッフが大勢いるのでびっくりする。先生一人に看護婦さんやらなんやら、こんなに?その人達が何らかの理由でさっと動き出して患者をいくつかの部屋に振り分ける。先生が一人なんだからおなじ部屋で患者が入ってくるのを待てばいいのに、振り分けられたそれぞれの部屋に先生が通ってくるのだ。
あちらの部屋からこちらの部屋、先生は運動のために歩くのだろうか。それとも病状によって振り分ける?まだ診察もしていないのに病気がわかるわけがない。これは変。もっとおかしいことに毎回先生の表情が全く違うので、うっかり屋の私は他の先生もいるのだと思ったこともあった。しかも先生は日によって全く顔つきも態度も違うので驚くことが多い。やっと慣れたけど、はじめの頃はこの人あの人?みたいな。
理由がわからないからいつか質問してみようかと思っている。なぜ私はここにいるの?と。私はめったに病気にならないから病院へ行くと、そこの病院のしきたりがわからない。ずっと前にコロナ騒ぎの頃、検査をするのに、病院と隣の建物の壁の間の狭い通路に連れて行かれた。そこで検査?なぜ?まあ、表だから空気の通りは良い。それ以外なんのメリットが?寒いし、雨でも降ったらどうする。
先生独特の思考回路であるのか。とにかく不思議。常に看護師さんたちが一連の動きを当たり前のようにこなしている。割と年配でやさしいおばちゃんたちという雰囲気だけど、身軽に音もなく動くのが無駄がなくて特に愛想は良くなくても優しさが伝わる。面白い。それぞれの病院には先生をうまく働かせるシステムみたいのがあるらしい。
例外としては、私が幼少から30歳ころまで通った皮膚科の先生。その先生は無口で優しいおじいちゃん。看護師たちから思い切り甘やかされているように見える。看護師の目は患者よりも先生の方ばかりに向いていて、先生の言葉を皆で待っているというふうに。先生を見る彼女たちの目は優しい。その代わり患者の目は殆ど見ない。
ある時急に雨が振り始めた。おじいちゃん先生は窓の外を見て「雨降ってきたよ。傘を用意してやんなさい」誰に言うということもなくつぶやく。玄関に出るとたくさんのビニール傘が傘立ていっぱいに入っていた。その先生がなくなって次世代に変わって、いつの間にか病院は消えていた。
去年から友人の紹介で通い始めた歯科医院。港区の高台にあって、病院は昭和、大正時代のような木造建築。窓の高さが高くすりガラスのもようなど、古い時代の洋館のような趣のある建物でゆったりと治療を受ける。治療と言っても私は虫歯もないしお掃除をしてもらうだけなので気楽に横たわる。それでも歯科医恐怖症だから終わってみれば肩が凝っている。
ずいぶん長い間歯科医院をさがしていた。我が家の近所の先生はなにか私に恨みでも?と尋ねたくなるような乱暴さで腕はいいかもしれないけれど、本当に行くのが嫌だった。あるときはインターンみたいな息子に治療を任せた医師がいた。冗談じゃない!ある時友人に相談したら今通っている病院を紹介してもらって、やっと安住の地が見つかった。それも今回の風邪ひきでお休み中。
サバサバとした女医さんだけのスタッフ。時間は短く痛みは少なく、とにかくこんな病院を探していたのだった。しかし担当医の都合で木曜日にしか診てもらえない。木曜日は野暮用が多くてなかなか行けない。一度キャンセルすると当分空きがなくて予約が取れない。
昨日から風邪の症状が静まってきた。やっと咳きが治ってきた。けれど暑くてだるい。この先数ヶ月、私の嫌いな夏が居座るから、私はしばらく元気がない。やれやれ。
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