2021年2月17日水曜日

弾ける!

姫路市に新しいホールができた。まだ杮落とし前だけれど、そこの中ホールと大ホールで、音響の効果を試すためのコンサートを企画・演奏してほしいとの依頼があった。

日本音楽コンクール、ロン・ティボー国際コンクールなどの上位受賞者、オーケストラのトップ奏者などの腕っこきの演奏者が集まった。その中に下手くそなヴァイオリンを弾く私が混じっているのが不思議。不思議と言っても今回は私が依頼したわけだけれど、いつも皆さん快く一緒に演奏してくれる仲間たちなのだ。

今回集まってもらったのは、弦楽四重奏とコントラバス、ピアノとホルン。管楽器を入れてほしいとの依頼で最初はクラリネットの友人に声をかけたけれど、姫路には悲しい思い出があるというのでホルンに変更。自分自身の体験と重ね合わせると無理に依頼するのも気が引ける。本当は一度足を踏み入れれば悲しみも消えると思うけれど。

一番の苦労はこれだけのメンバーを揃えたのに演奏時間が少ないということ。私自身は長い曲を彈くのを好むけれど、今回のコンサートの趣旨を考えるといろいろな楽器の組み合わせで音響の効果を見られるように、短い曲を数曲ずつ用意した。演奏時間は一曲5~10分というところ。一番長いのはショパンのピアノ協奏曲の1楽章の20分、せっかく名手が彈くのだから少しだけ長めに、あとはシューベルトの「ます」の4楽章など。

ホルン奏者は陽気な若手で今回が初共演。オーケストラの新規採用は一度の募集で50名以上の熾烈な争いになる。チェロの募集で70倍だったときいたこともある。中でも管楽器は席数がすくないから、どれほどの倍率になるか想像もつかない。だからこのホルン奏者はものすごい難関を突破した人。若いのに偉い!でも若くないとできない仕事でもある。

まだコロナが今ほど蔓延していなかった頃の話では、大ホールは2000人満席にしますとのことだった。しかしそれはもう敢え無く夢と消え、関係者のみの寂しいコンサートになってしまった。コロナで人生変わってしまった人がたくさんいるから、まだコンサート自体が中止にならずに良かった。それでも真っ更なホールで最初に音を出すのが自分たちと言うのは嬉しいじゃありませんか。

楽器の調子がイマイチなので調整するために世田谷の絃楽器工房へいった。数日前から音がひっくり返る。すっと弓を滑らせるとキュルン!一日中それと戦って弓の毛につける松脂の量を変えたり、弓の持ち方を変えて弦に乗せる重力を加減したり、様々やっても改善されないから電話をかけた。たぶん湿度との関係でしょうと言われた。乾燥し過ぎかもしれませんなど。次の日はひっくり返らなくなったけれど、調整を予約しておいた。

弦を張り替えたのはひと月前、今頃丁度良いコンディションのはずはず。張替えのときに弦をねじるようなことがあったかもしれない。弦自体の問題ではなさそう。魂柱か駒の位置がずれたか。古い楽器は気難しい。

弦楽器工房までの通りを歩いていると、たくさんの人が行列している。なんの店かと思ったら肉饅頭やさん。行きがけだったから帰りによってみようと思って先を急いだ。結局駒と魂柱の位置を調整して鳴りは改善された。0コンマ1ミリ単位の移動でこれほど鳴り方が違うとおもうとヴァイオリンの構造の凄さに驚く。がらりと音が変わるのだ。

帰り道肉まんやさんの前にはさっきの半分ほど人が並んでいたからしめしめ、私も並ぼうと最後尾に行くと、とんでもない、道のカーブに合わせて曲がった先に行列が伸びていた。正面からだとカーブの先は見えない。並んでいる人に「美味しいですか?」と訊くと「美味しいって有名なので」と。なんだ食べたことはないのか。今日は日曜日だから混んでいるのね。結局並ばず次は平日に来ようと密かに決心した。サンマは目黒だけれど、弦楽器の調整は世田谷の平日に限る。

練習はずいぶん早くから始まった。今年の正月もまだあけないころに一度集まったけれど、皆さんぼんやりしている。もちろんこの私が一番の重症者。音が出ない、楽譜を目で追えないなど。心配そうなもうひとりのヴァイオリン奏者。しかし長年の経験から、本番までにはみんなキリッとすることを知っている私は、のんきに構えている。コロナの感染が心配だから、練習と次の練習の間を2週間ほど空ける。次の練習に誰かが出られなければ次の手が打てるように。人を探すのは時間がかかる。どんなになれている曲でも本番で弾くのは常に練習をしなければならない。頼んだからと言ってすぐにホイホイとまとまるわけではないから。

次の2週間目にもう一度練習をとった。それからもう1度、次の練習を入れるというように慎重にことを進めた。3度めの練習の時の雰囲気は暗くて、皆むっつりと黙っている。思い通りにことが進まない。そして今日は最終練習日、今までと見違えるような出演者たち。覚悟ができたといったところ。明後日からホールで練習、翌日に本番とやっとここまでこぎつけた。一昨日は疲れ果てて眠り続けた。

メンバーを決める、各自に連絡して出演を依頼、承諾を得る、曲を決める、各自の要望をまとめる、その間ひっきりなしに主催者と連絡を取り合って細部に亘る打ち合わせ。今回短いけれど多くの曲を入れたので、時間を調整したりプログラムの解説を書いたり、曲順を決めたり、それはもう大変だったけれど、それだけにやりがいがあって楽しかった。

いつもは超大雑把な私が急に心配性になる。楽譜を忘れる人がいないかどうか、万一のことを考えて皆の楽譜をコピーしてスペアを作っておく。車を新幹線の駅のコインパーキングに駐めて帰りが深夜になるのに備える。駅のパーキングがどうなっているか下見に行くなど、ものすごく慎重になる。普段もこれくらい慎重に事を運べばもう少しマシな人生だったかも・・なんて思うけれど、他のことにはとんと無頓着なので、それで神経質にならずに済んでいるのかもしれない。

とにかく弾けることの喜びが大きい。チェリストがボソリと言った。「もう楽器売り払って悠々自適にすごそうとおもっていたけど、やっぱり弾けるのはうれしいね」









0 件のコメント:

コメントを投稿