姫路に来るのは半世紀ぶり?美しい姫路城が見たいけれど、まずは会場入り。大ホールのステージに立ったとき、目に飛び込んできたのは美しい天井。キラキラと照明が宇宙の星々のように輝いている。会場の両サイドとステージのバックはこのステージのためだけに焼いたというレンガが曲線を描いている。床板は固く足裏の感触はしっかりとしている。ステージに入っていくと、すでに先客がリハーサルをしていた。
ピアノは梯剛之さん、音の美しさはなんと形容しようか。指が鍵盤上を滑るように動いていく。ショパン、ノクターン8番。この曲は貴婦人のノクターンと呼ばれて、ノクターンの中でもいちばん人気なのだ。もちろん私も。このステージは特にピアノに向いていると思う。柔らかい中に音の粒がクリアに聞こえ、床板の硬さが良い影響を与えているものと思われる。
過酷な2日間が始まった。皆いざとなると練習をいとわない。あまりに集中するので設計者から休まないで大丈夫ですか?と心配する声も上がった。他の人はわからないけれど、私はほとんど1年ぶりのステージ。勘を取り戻さねばならない。会場の音響がつかめない。私の弾いた音はどこかへか細く消えていく。こんなはずでは・・・。焦りが生じる。確かに楽器のコンディションは良くないけれど、でもこんなに聞こえないのはおかしい。
全員でのリハーサルが始まったとたん、皆に焦りが見えてきた。1曲終わるとステージと観客席から 落胆に似たため息が漏れた。お互いの音が聞こえない。慌てるスタッフと私達。
椅子の位置やピアノとの距離、立ち位置、演奏者の向きなどを模索する。もう一度、でもお互いに音が聞こえない。初めての音を会場が拒否しているような。私は楽器の調整がうまくいっていないのと、自分自身の筋肉の衰えや練習不足などを今更ながら痛感した。数曲練習が終わり、数時間が経ったとき、不意に会場が応え始めた。これが不思議なことだった。会場の一角から自分の音が戻ってきた。誰かが言った。「会場もこうやって成長していくんだね」
何回合わせてもピアノ協奏曲は不安だった。梯剛之さんは本当に楽譜に忠実で、曲を捏造したりすることはないから非常に合わせやすい。けれどショパンのこの曲は動きが複雑で耳をダンボにしていないと合わせられない。指揮者がいない上に弦楽四重奏で伴奏するのだから。そしてこの日は全員、細部に至るまで完全に合わせられるようになった。多少ルバートしても誰もがきちんと呼吸が合わせられる。私がこのメンバーを選んだのはそのためだった。楽器を弾くのが上手い人は世の中にごまんといるけれど、ソリストに呼吸を合わせるのは本当に難しいから。
耳を「ダンボ」にしてという言葉をご存知の人は私と同世代かも。
あまりにも長い練習に皆ヘトヘトになった。少し時間オーバーして会場を出たのは20時少し前。飲食店が閉まるギリギリの時間になってしまった。ただでさえ地方都市の店じまいは早いのに緊急事態宣言の出ている今、もしかしたらコンビニのお弁当で我慢するしかないかも。本来ならにぎやかな商店街も店じまいが早く、やっとお蕎麦が食べられた。入る際に8時までですからねと念を押されながら。
私は初めてのホテルだと枕が合わなかったりしてよく眠れないけれど、その日はあまりにも疲れていたのですぐに爆睡した。次の朝、姫路城まで散歩した。美しい!
当日9時半からゲネプロ。かなり会場に慣れてきたので少し安心した。前日は大ホールで、その朝は中ホールでのリハーサル。茶系統のシックな色合いの中ホールは、壁に囲まれる安心感があって、少し狭いぶんだけお互いによく聞こえる。ここでやや安心した。どんどん会場に馴染んでくる。
午後1時半から客席は関係者のみの寂しいコンサートが始まった。ほとんど人がいないので風邪をひきそう。今回プログラムについて考えたのは、7人でできる限りの様々な組み合わせを試してみたいと言うことだった。弦楽四重奏とコントラバス、ホルン、ピアノでは限られてしまうけれど。
中ホール幕開けは、モーツァルト:ディヴェルティメントK.136 これはまあ定番といったところ。次はミヒャエル・ハイドン:ホルン協奏曲の一楽章、ディッタースドルフ:ヴィオラとコントラバスのデュオソナタ、コントラバスソロでマラン・マレ「人の声」、最後にシューベルト「マス」の4楽章。
大ホールでは、ショパン:ノクターン8番、モーツァルト:ホルン5重奏曲、ヴィオラソロでエルガー「愛の挨拶」チェロソロでサンサーンス「白鳥」と日本人作品、モーツァルト:ホルン協奏曲より「ロンド」最後にショパン:ピアノ協奏曲第1番の1楽章。
中ホールの最初で私はメガネを忘れたことに気がついた。なければほとんど楽譜は見えない。そのまま弾いてしまおうかと思ったけれど、万一のためにメガネを取りに戻った。わりあいいい感じでの演奏が終わってやれやれ。でもまたもしでかした!次は大ホールで持っていく楽譜を取り違えていたので、またもしずしずと舞台袖に退去、同じような間違いを2度もするとは!!演奏者はよりすぐりだから申し分ない出来栄えだったのに、そこに一人おっちょこちょいが混じっていたのが玉に瑕だった。しかも首謀者なのに。
コンサートでのハプニングは往々にしてあるけれど、同じ人間が二度やるのは珍しい。
今回はコロナ感染の緊急事態宣言が解除されていない中での仕事だったので、安全対策には細心の注意を払った。練習の段階でも空気清浄機をフル回転、休憩ごとに窓を開ける。飲食はお弁当と使い捨ての紙コップを使用、使った食器はすぐにゴミ袋に入れて捨てる。アルコールを部屋の数カ所において手を消毒してもらった。ずっとマスクは使用しっぱなし。それで練習時の感染はゼロ。
姫路に向けて出発の日は、自宅から車で新幹線の駅に向かった。駅前のコインパーキングに車を停める。エレベーターのすぐ目の前に。そこから新幹線乗り場までの動線は予め数日前にシミュレーションしておいて、最短距離を移動した。平日の駅は人気がない。新幹線のチケットを買うときには、最も空いている車両の一番うしろの座席を指定した。しかしそんなことをするまでもなく、客室にはほとんど人がいない。往きに乗った車両にはほぼ5人いるかいないか。帰りの新幹線は私を入れても2人だけ、こうなると不気味だけれど、ひっきりなしに警察官が巡回してくるのでやや安心。気の毒なのはワゴン車を引いて売りに来る車内販売の人、人気のない車両を行ったり来たり、無駄なことはしないで座ってくつろいでいれば?と言いたくなる。
会場は楽屋口のドアが開け放たれていた。通路は寒い。客席には数人の関係者のみ。新しい会場ができたのに華やかさとは程遠く、最小限の会話が行き交うのみ。数年後にはここのロビーも客席も楽屋も人がいっぱいになって談笑できる日が来ることを願っている。ここを設計したのは若き女性建築士。せっかくの作品をこんな状況で披露することになろうとは思わなかったに違いない。彼女の今後の活躍を心から願っている。
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