2023年12月22日金曜日

絶望的な

タイトルに引かれてどんな重大な事が起きているかとここを覗いたた方には申し訳ない。私のことだから軽いことこの上なし。もう今年も数日という今日このごろ、家の中はぐちゃぐちゃ。見事な散らかりっぷりには我ながら惚れ惚れする。これ毎年のこと。

まず、靴。最近10足くらい捨てて、ああ、さっぱりしたと思ったら、もう10足くらい靴を買ってしまった。たぶん麻薬中毒みたいなもので、先祖はムカデらしい。家系図を見ると、ムカデ之丞とか太郎左衛門ムカデンとか・・・いるわけないか。ちなみに私の二人の祖父は源之丞と太郎左衛門。遥かな時代を感じるでしょう。

ここ一年間の物価の上昇を考えると、こんな無駄遣いしてはいられないと思っているけれど、元々危機感の薄い経済バカだから軍資金が底をつくまで気が付かないかもしれない。露頭に迷ったらご親切な皆さんよろしくね。贅沢は言いません、ダンボールの箱とキャッツフードさえあれば文句なし。

今朝もそろそろ猫の餌が底をつくので買い物にでかけた。ずっしりと重い高齢猫用のペースト状の餌を求めて、それだけにすればいいものを目についたものをついでに買うという悪い癖。帰宅するとたいていストックがあって、そのうちストックしたのを忘れてまた買うという計画性のなさ。だらしないというかおおらかというか、言い方によって人格が変わるところが面白い。この性格が家が片付かない大きな原因となっている。断捨離という考えがあって、一気にものをすてて一時期さっぱりするけれど、後で困るのではないかと思っている。

軽井沢方面から北軽井沢に行くには急カーブの急斜面を登らなければならない。中軽井沢駅前からまっすぐに山登りすることになる。その登山道はバイクの走り屋にとって絶好のコースとなって休日には上からも下からもバイクが連なってやってくる。そしてある日大型バイクの横に女性らしいとおもえる人が道にうつ伏せになっていた。後日新聞記事でわかったことは、その人は断捨離で有名な人だった。こんな急斜面をバイクでさっそうと操縦していくのはすごく気持ちがいいに違いない。しかしその代償が命。御本人は素晴らしい人生を全うしたと思うけれど家族はいつもハラハラしていたと思う。

読んでいる方たちはこんなことくだくだしく書いているならさっさと片付ければ?と思っていらっしゃるでしょ?もう言われなくてもわかっていますよ。でも掃除しても見てくれる人がいなくちゃね。

昔の大掃除は楽しかった。一家揃って朝から晩まで働いた。障子を張り替え畳を上げて、特に二人の兄たちはよく働いた。最後に障子紙に霧を吹いて出来上がり、と思うともう一仕事、猫の通り道を作る作業が一番楽しかった。一番下の端っこの枠の紙は上の部分だけ残して切り離される。そこが猫専用通路なのになぜか猫はその都度自分の都合で好きなところを通る。だから張り替えても早くてお正月中にもあちこちに爪痕ができる。そんなことをしても猫は叱られないのだ。

大勢で働くのは楽しい。けれど一人ぼっちは本当につまらない。大掃除が終わってみんなでお蕎麦を食べたり鍋を囲んだりしてにぎやかに過ごした大晦日。次の朝はもう世界がガラッと変わったような雰囲気になる。百人一首や福笑いなどのゲームに興じお餅でお腹がいっぱいになると羽つきで顔に墨を塗られて笑われる。

そのうち獅子舞が家庭訪問。私は子供の頃獅子が怖くてそれだけでお正月が嫌だった。獅子舞が通過したあとが私の本当のお正月になるくらい。泣くことはなかったけれど、いつも母の膝で震えていた。その後は消防団の人たちが庭に来て出初式を見せてくれた。寝たきりの祖母が寒い中、その時だけ障子を開け放って庭の様子を見て手を合わせていたのを覚えている。

思い出すと日本の文化はなんと雅だったのだろう。大家族は消滅、個人主義が幅を効かせ始めるると、スマホだけが自分の全世界の人たちが大半になってしまった。孤独は好きだけど誰も傍らにいないのは悲しい。こんな時猫だけではなく一人子供がいたらと考える。だっているじゃない。自身が子供でしょう・・・と言われかねないけど。仕方がない、これからも永遠の子供でいることにしよう。そういえば、私は50歳過ぎてもなお両親や次兄からお年玉をもらっていた。なんとまあ、だからいつまでもおとなになれないのよ。

でも明日は某家の奥様の誕生会、クリスマスは軽井沢の某家にお泊りという楽しみが。まだ当分キャッツフードをダンボールの家で食べなくてもいいらしい。もちろん遊んだあとで片付けるから部屋がきれいになるのはお正月過ぎてからかな。それも怪しいけれど。











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