2023年12月27日水曜日

軽井沢のクリスマスと藤田嗣治

去年はホワイトクリスマスだった軽井沢は今年は晴天微風。暖かく穏やか。ごった返す東京駅から逃れるように出発して明るい澄んだ空気の軽井沢駅に着いて、安東美術館に向かった。藤田嗣治の作品だけの美術館でオーナー夫妻が大の藤田ファン。

フジタの名前も作品もかねてから知ってはいたけれど、実物を見るのは初めてかもしれない。いや、まさかのことで通りすがりには見ているはず。

音楽教室の合宿は今年も北軽井沢で行われた。そのとき安東美術館に行ってきたと言ってメンバーの一人からパンフレットをおなじみのフジタの猫の絵が書いてあるクリアファイルと一緒にもらったのだった。フジタの絵の印刷されたものはよくみかける。けれど実物は初めてではないにしても、ほとんどじっくりと見たことはなかった。

さて初めて本気で見たその絵は、私に衝撃を与えた。女性と猫、これらをこよなく愛したフジタは想像するだに男の夢を全部叶えた幸せ者ではないかと。柔らかく手触りがよくコケティッシュで言うことを聞かない女性と猫、その共通点はわがままでありながら献身的、気まぐれで甘えん坊、それらをすべて飲みこんで愛することのできる男はザラにはいない。思わずため息が出る。

自分の夢に突き進んで異国の地で名誉も愛する人も猫も手に入れて、自然体で生きることの難しさをらくらくと乗り越えていったに違いない。絵の素晴らしさもだけど、一人の人間としてなんと素晴らしいことか!特に衣類のひだの柔らかさを表現するにこれほど単純でありながら生地の手触りまで感じられる技術の確かさには息を呑んだ。

こういうことを言うと人の苦労がわかるのか?とか苦労しないでこんなことができるわけがない、人間努力が肝心なんぞという人がいるけれど、自分が本当に好きなことをやっているなら人は寝なくても食べなくても幸せなのだ。いつも絵は美術館で見るのが一番で、自分でほしいと思うことはなかったけれど、初めてこの絵たちが欲しい、自分のものにしたい、と思った。美術館のオーナー夫妻の気持ちがよくわかった。

撮影はオーケーなので接近して撮っていたら叱られた。撮影できるのは一回に付き2枚以上一組でないといけないとか。意味がわからない。注意の立て看板が傍にあったけれど、こういうものをちゃんと読む人ばかりではないのだ。特に私は取説読まない常習犯。怪しいと思うならその人に密着していないといけない。スタッフも大変。特に私はその絵全体でなくその絵の中の一匹の猫が撮りたかっただけで複写する気などさらさらない。説明してもらえばよかった。この次行ったら訊いてみよう。

見終わって今回の宿主のY子さんに迎えに来てもらい、どこかでお茶でもということになったのだが、どこも評判の良いカフェは満員御礼、テイクアウトのコーヒーを買って帰った。Y子さんのマンションはクリスマスツリーが飾られ床暖房でホカホカ、軽井沢のまちなかでも一等地にあるのでここで住み込みの家政婦さんになろうかと思うけれど、雇ったが最後ものを壊す、掃除は雑、よく寝てよく食うなんて猫の化身のような私を雇う気はY子さんにはさらさらあるまい。だからずっと客として滞在するほうが彼女も安心するなんて勝手な理屈をこねてのんびりさせていただく。今年一年の疲れがすうーっと抜けていく。床暖房は体に優しい。電源の入っていないこたつを置いて床暖房のぬくもりだけで暖を取る。これは初めてだったけれど、実に快適だった。

とりとめのないおしゃべりや美しいヴィデオなど見てから、ロイヤルコペンハーゲンのクリスマス用の食器でいただくディナーなど、自分の家で猫の鳴き声に追われながら狭い台所であたふたしないでいられることの癒やしの効果は絶大!今年中の嫌なことはすっかり頭から消え失せた。

好事魔多し、夜明けにセコムの電話で起こされた。「ああ、ご無事ですか」ホッとしたようなセコムさん。私の留守中、猫のために姉が来てくれるので警報が鳴るのを解除してきた。それをセコムに言って来なかったので、家の中で倒れていると思ったらしい。しょっちゅうやるのでいい加減慣れてくれないかと思うけれど、毎回警備員が駆けつけて私が倒れていないかと家の中を見回る。アハハ、あのごちゃごちゃの部屋をみられてしまうのよ。

「猫が鳴いていましたよ」だって。はいはい、すぐ帰るからね。






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