変換機能が常識知らずで「いのうえふたば」と入力しても井上フタバとか猪上フタバとか。
なんということ。フランス音楽の演奏で有名な井上二葉さん。この方のお父様が外交官だったのでオーストラリア・シドニーで生まれ幼少期をヨーロッパで過ごされた。その後東京音楽学校(現在の東京藝術大学)卒業。1930年生まれというから95才。今もなお演奏し続けておられる。
フランスのガブリエル・フォーレ没後50年を記念して1974年日本人初のフォーレ作曲のピアノ曲の全曲演奏会を催した。2024年フォーレ没後100年記念演奏会。これは去年ですね。
今年は本日、二葉さんを囲むコンサート、代官山ヒルサイドテラスにて。ここは少人数の会場だけれど、ベーゼンドルファーのピアノがあるので選ばれたのでしょう。彼女を尊敬し慕う人たちの集まりらしく、私は彼女とずっと一緒に演奏していたヴィオラのAさんからのお誘いで聞かせていただけることになった。
昨日の「くにたちの会」で芳しくない演奏をしてしまった私にとっては戒めとなるコンサート。真摯に二葉さんの音楽に浸ってこよう。
ところで私は二葉さんのご家族とは深い関係がある。私の音楽生活の中に重要な時期に長い間サポートしてくださった方がいる。二葉さんのお姉様でチェリストの翠さん、彼女には大変にお世話になっている。
なぜか翆さんは私を育てようと考えられたようだ。もしご存命ならば今おいくつになることか。残念ながら10年ほど前にご逝去された。いつも褒めてくださった。「nekotamaさん、また上手になったわね」と。まんまと載せられ私はいい気になって次々に演奏の機会を与えられ最後には合奏団を作っていただき、某航空会社の会長の「Y田のおじさま」(翆さんがそう呼ぶ)が後援会長になってくださった。彼女の上流生活の凄さはそれだけにとどまらず、東京工業クラブで、昔韓国に嫁がれた皇族の方の前で演奏する機会も与えられた。ヴィヴァルディ「四季」のソロを弾かせてくださった。
その大恩ある翠さんに対しても私はいいつもふざけていた。「nekotamaさん、また上手になったわ」いつものように褒めて育てる口調で言われて私は「もうすぐハイフェッツになれますかしらね」と冗談を言ったら流石に怒られそうになった。そして私は今日まで二葉さんの演奏に触れる機会がなかったことも悔やまれる。翆さんは時々声をかけてくださったけれど、忙しさにかまけて飛び歩いていて大事なことが疎かになったのが悔やまれる。なんとまあ、思い出すたびに後悔することが多すぎて、最近は私の人生は失敗ばかりという思いに悩まされている。
不真面目、注意散漫、多動、生意気でいた私をあんなにもかわいがってくださった翠さん。その翠さんのご遺志をついで私はまだ頑張れと言われているのか。、まだ私に活動の余地があるのか、井上双葉さんの演奏とは恐れ多くて比べるべくもないけれど、これから聽きに行って参ります。きっぱりとやめて呑気な老後という決意が緩んできている。これは想定外の出来事です。
今日は冷たい雨が降る中、代官山のヒルサイドプラザで二葉さんの素晴らしい演奏に心洗われた。最初はモーツァルト、こんな方でも緊張なさるのかという思いだったけれど、多少のミスタッチや音の不均衡さが僅かに聞き取れた。ところが最初の5分間くらいがすぎると、みるみるうちに会場の音響にピタリと標準が合う。それからはゆるぎもない。
とても響いてしまう会場であることは知っていた。以前コンサートの会場探しにいったときに、この会場も候補の一つにあがっていた。かなり響きのコントロールが難しいのではないかと思い、別の会場にしたことがあった。
音が響きすぎると、ピアノの音のヴォリュームを抑えるのは難しい。ときにはピアニストはヴォリュームお構い無しに弾く。そんなに音が大きくては音楽が死んでしまうと言いたいほどの大きさ。けれど二葉さんのパッセージはクリアで最適なヴォリュームで細部の音の動きもすべて聞き取れる。聞いていてヴォリュームに過不足なく、知的で優雅で、これ以上ないほどの素敵な時間を楽しめた。
後で聞いたところでは、モーツアルトは苦手だそうで緊張なさったのかもしれない。お得意のフランス物になったら完璧!揺るがない。二葉さんがフランス物がお得意なのは、単にヨーロッパで幼少時代を過ごしたからというだけでなく、彼女自身が本当に理性的で優雅であることによるものだということでしょう。
ドレスもフリルの襟以外になんの飾りもない。カットと生地の良さとがわかるスーツスタイル。品の良さが際立つ。お育ちの良さが忍ばれる。それが演奏にも現れる。なんと美しい時間だったことか。
プログラム紹介
W・A・モーツァルト: アダージオK540 小さなジーグK574
ガブリエル・フォーレ: 即興曲2番 バラード作品19 夜想曲10番
モーリス・ラヴェル: ハイドンの名によるメヌエット 水の戯れ
エマニュエル・シャブリエ: 牧歌 スケルツオ・ワルツ ハバネラ
ギュスターヴ・サマズイユ: セレナード 蛍