2025年10月7日火曜日

とっても痛い話し

 今日は円山応挙展覧に行く予定だったけれど、昨日の東急線の事故の後遺症を考えて少し先延ばしにすることにした。しかも踝が腫れているし・・・

事故は見習いの運転手がスピードを出しすぎて制御する信号に引っかかって指定の場所より前でとまり、車両が後ろにはみ出して止まってしまったらしい。そこに別の電車が突っ込んでしまったということらしい。らしいらしいのことばかりで私にはよくわからないけれど、単純な疑問としては、オーバーランが運転中のスピードの出しすぎだったなら、指導員がなぜ気が付かなかったのかということ。それと前方に障害物があるのを後続の電車にわからなかったということ。停止信号は出ていなかった? あまりにも距離が近くてブレーキが間に合わなかった?そういうことを自動的にできるようなシステムが働かなかった?

最初にニュースを聞いた時、見習い運転手と聞いて技術が未熟だから起きた事故かと思ったけれど、どうもそれよりもシステム自体が問題なのかもしれない。この運転手さん今後は免許が取れるのだろうか?子供のころから電車の運転がしたくて一生懸命勉強してきたのではないのかしら。こういう事故の時にとっさに働くシステムと機敏な指導員がいればどうだったかと気の毒に思えてきた。こんな恐ろしい目にあったら二度と運転したくなくなるのではないかと思う。

事故のせいでもあるけれど、今日、出歩かないことにしたのは足首が腫れてしまって歩くと痛いので、丸山応挙を見るよりも病院へ行かないといけないから。足首が腫れるのは一年半前に始まった。そのころ私は体調不良で肺炎で入院していた。病院へ行くには自宅から歩ける距離だったので、ひどい咳をしながら荷物を持っての入院。ほんの5、6分くらいの徒歩が足にきて、くるぶしがはれ上がった。そこの病院はスポーツ外来が有名なのでこの際肺炎とくるぶしを治療してしまおうと思った。

多分その外科にはこんなおばあさんが来ることはめったにないのだろうと思った。暇そうなスタッフ。くるぶしを見た医師は「これはくるぶしに石灰がたまっているのでその治療をしたいのですが痛いですよ」くるぶしの出っ張ったところを指さして「ここから器具を入れて石灰を粉砕します。痛いですよ。どうしますか」私は一気に痛いなら構わないと思ったので「お願いします」覚悟をしたけれど、それはもう痛いなんてものではない。本当に今まで生きてきた中でも一番痛かった。麻酔なしだったので。

その治療を受けに行くのはいささか気が重いけれど、今後のためには今のうちにやっておいたほうがいいと思っている。毎日ずきずきと軽く痛むのも気が滅入るので一気にやってしまおうかと。

心の痛みのほうがずっと耐え難い。足首がずきずきは地味に嫌だけれど、思い切り痛くてもそれでよくなれば覚悟はできる。でも、本当に痛いので決心がつかない。覚悟しても決心がつかないならば、それは無駄な覚悟。気が向いたらということにしておこう。

そこの病院の診察券を探し出したから、ああ、出てこなけりゃ行かなくても済むのになあとグジグジ考えている。いつもなら必要なものはうちでは探しても出てこないことになっているのに、こんな時に限ってすぐに出てくるのよね。さてどうする?行くか行かないかそれが問題だあ!診察券を探したということは行く気があるってこと?ねえ、そうなの?ああ、めんどくさい人ねえ。さっさと行きなさいよ。



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