2025年12月28日日曜日

練習って忘年会のこと?

明日は来年のコンサートに向けて練習を行うという予定なんだけど、メンバーの電話の内容はといえばフランスパンにするかクロワッサンにするかとか、ローストチキンはどこのお店で買うかとか・・・なんだか怪しい。やる気あるのは練習?それとも宴会?

まあ、人生ずっと遊びのようなものだった私としてはどちらも楽しい。遊びと言ってもずっと真剣な遊びだったわけで、練習も真剣、本番への恐怖感も本物だったけれど、はたから見るととても楽しそうに見えるらしい。よく言われたのは「いいですねえ、お好きなことが出来て」

あなた、本当に好きなことをするときは誰でも死に物狂いなのをご存じないのね。しかもその好きなことを仕事にしたために、普通の人生よりも老後に近づいたらなおさら真剣に練習をしないといけないことも、ご存じないのね。いまや必死で練習しているのですよ。本当に病膏肓、体も頭も弱ってきたら楽器を弾くのはこんなに大変だったのかと思い知らされている。けれど、見えない力が私たちを駆り立てている。
今回のメンバーはものすごい!何がって年齢が。私自身想像を絶する事態となった。

去年私が引退宣言をしても誰も驚かないくらいの年で、むしろさっさとやめてしまった同年齢の人たちのほうが多いくらいだった。なくなった方たちもわんさと。けれど、演奏していないと精神も肉体もどんどん衰退していく。いっそのこと、ボロボロになってステージで死んだほうがマシかと思うくらいだった。森の中の家でゆっくりと本を読んだり花を育てたり、そんな生活をいっときは夢見たけれど、どうも性に合っていないようなのだ。

花を植えれば全滅されてしまうし、目が疲れて読書もままならぬ。くまが怖くて森の中をさまよう楽しみもお預け。あーあ、くまさんと仲良くできればなあ。そのうち昔のオーケストラの仲間からのお誘いで彼らのグループと仲良しのピアニストと、私たち世代よりも若いチェリストが集まっての企画となった。

すでに一旦、火を落としてしまった私は気力も体力も失せて失速しそうになっていた。そんなときに声をかけてもらえて誰ともなく色々誘ってくれる。本当に昔の仲間たちの優しさが心に沁みる。ポンコツ寸前で、少しずつ元気になって今はもうすっかりやる気になったので、一番の心配は体力のこと。

2年以上私はストレスの最中にいて、性格も悪くなって無愛想で怒りっぽくなり、我ながら可愛くない。そんな私をちょっと身を引いて、それでも時々見放さないよとサインを送ってくる旧友たちは私を蘇らせてくれたのだった。その間ヴァイオリンはケースの中であくびをしていた。引退したのだから売り払ってしまえばさっぱりするなんて、ろくでもない考えでいたけれど、ケースから取り出して約半年、楽器も蘇ってきた。本当に美しい音の楽器なので死ぬまで手放せないとは思っていたけれど売らないで良かった。

レッスン室の改造も良かった。ドアの防音を強力にして窓を一つ閉じてしまったことで、音のまとまりが良くなった。これは思いがけない付加価値となった。一人で弾いていてもすごく楽しいし、アンサンブルにも良い。と、何もかもうまくいっているように聞こえるかもしれないけれど、そうは問屋が降ろさないのが人生の面白さ。

やはり脳と体はポンコツだから来年のコンサートまで生きていられるか勝負。もっとも私はタニタの体重計によれば、健康年齢の数値が実年齢より12歳から15歳若いと。フフン、なら今私は二十歳じゃん。おっと先祖返りが激しすぎる。自慢話のついでに、先日歯科医院に行って歯磨きをしてもらったら先生から「お見事」のお言葉を賜ったのよ。

歯と胃は丈夫でも脳と容貌がいまいち残念、一番大切なものが良くないから、悔しいですねえ。歯をむき出して見せびらかすわけにはいかないし、顔は美容整形できるかもしれないけれど足は長くできない。しかもその足が毎日のように痛むのであれば、ほぼポンコツではないか。それにヴァイオリンがいまいちときたら「皆さん、可哀想なのはこの子でございます」と言って見世物小屋に陳列されかねない。

来年私は明るいステージに立っているか、見世物小屋にいるか、運命やいかにでございます。




































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