2026年4月27日月曜日

ヴィオラ三昧

 先日2日続きでヴィオラのリサイタルへ通った。二人のヴィオラ奏者はNさんとHさん。古典音楽協会の旧体制から移行するとき、お二人とも快く参加してくださった。

御本人の許可を取っていないので、実名は差し控えますが大体あの方たちと察してお読みください。

Nさんとは私はこの交代の時期に初対面、ヴィオラ奏者が一人やめるので次のメンバーを決めなければならないときに、悪条件の交渉にも関わらず快く参加してくださった。古典の継続に貢献された第1号の参加者だった。見ず知らずの私が友人の絶大な推薦に推されて恐る恐る彼に電話すると、あまり多くを語らずとも快諾されたのも並々ならぬ音楽への情熱の故だったのだと、今感謝の気持でいっぱいになる。

それ以来古典の強力なメンバーとなってソロにアンサンブルに、音の素晴らしさ、緻密な演奏は仲間たちから信頼されトップ奏者として今絶賛活躍中。

もう一人のHさんは私とは旧知の間柄、Nさんの参加から数回の定期演奏会を経て、古典のメンバーに加わり、持ち前の人付き合いの良さと確実なテクニックですでに古くからのメンバーのような落ち着いた存在となっているようだ。「ようだ」というのは私は彼が入団する時にリタイアしたためで、私の最後の本番で参加、その時もすでに古くからのメンバーのように発言も演奏も馴染んでいた。

そのお二人が日をついでリサイタルをするというので、嬉しい忙しさになった。私は膝の痛みが消えたというものの、足は確実に弱っているので2日続きの外出が難しいかもしれないと思ったものの、なんのことはない、とても楽しい、2日間だった。

私はヴィオラという楽器が好き。あのなんとも言えないおおらかな風体と中途半端な音域、ややもするとキーキー高鳴りするヴァイオリンの陰で密やかに鳴っているのかいないのかわからない存在なのに実はいないと大変なのだ。音の質や響きに重大な欠損が生じる。

実は私は、本当にヴィオラ奏者になりたかった。音大付属高校の一年生のときに学内の弦楽合奏で初めてヴィオラを弾いた。と、いっても学校には学生に貸し出すための楽器がなく、ヴァイオリンにヴィオラの弦を張ったものを渡された。まだ社会全体が戦後の貧乏な時期だったからそんなことで我慢するしかなかった。

その時ヴィオラパートを受け持ったおかげで内声部の面白さを知ったのだった。普通は華やかな第一ヴァイオリンに魅力を感じる人が多い中で珍しい存在だったと言えるけど、生まれながらの変わり者はヴィオラの音域の魅力を嗅ぎ取っていた。自分のヴィオラを買ったのはもう少しあとだった。ただ私は非常に小柄なので、ヴァイオリンより一回り大きなヴィオラを弾くのは体への負担が大きすぎて、正式にヴィオラ奏者となるのは断念した。

2日間のリサイタル第一日目はNさんと学生時代からの楽友の、これもまた頭文字Nさんとのヴィオラのデュオ。この組み合わせはあまり曲がたくさんはないけれど、聴いてみると本当にチャーミングな曲に次々と出会えて楽しかった。なによりも大好きなヴィオラが鳴っていればストレスなしの幸せな時間が流れる。

ルクレール、ロッラ、ボウエン、ドハテイ、ブリッジ、ターテイス。知らない曲ばかりでも曲名の面白さもあって、私は最後まで眠りもせずに楽しく過ごした。よくこんなに集められたものだと思う。あまり知られていないのに面白い曲ばかりで「ヴィオラのためのヴィオラ・ゾンビ」って、一体なんなのだ。二人の奏者が離れて立ち、特殊奏法でゾンビの生態を描く。二人の名手によって様々な技法がゾンビを生き返らせる。面白い!非常にユニークだけれど、奇をてらってはいない、正統的な二人の奏者の技術と才気が光る、素敵なひとときだった。

次の日はSさんのリサイタル。こちらはどんと最後にシューベルト「ます」が待ち構えていた。独奏曲はフンメル「ソナタ」初っ端はモーツアルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」ゾンビは出てこなかったけれど、華やかで楽しく定番の名曲コンサート。安心して眠れるはずだったのに、これもまたワクワクできたのはピアニストの衣装。弦楽器の男性奏者たちの正装に対し艶やかな衣装でまず目を楽しませてもらった。

私の隣の席の友人Sさんとおもわず拍手喝采。これも音楽の一部、素敵な夢。達者な演奏者たちの音に組み込まれた彩りとして。ベテラン揃いの演奏は本当に安心感があって、少しはドキドキさせられないかと期待していたけれど、無事終了。大変好意的な拍手で沸いた。ゆったりと安心して演奏が終了。その後も嬉しそうに帰らない人たち。ロビーがごった返して歩けない。

前日のコンサートがワクワクした興奮であるならば、こちらは温かい居間でゆったりと寛ぐような安心感。どちらもヴィオラの持つ雰囲気が反映された素敵なコンサートだった。

2日目のコンサート会場で大変年配の男性が同じ列の座席に座っておられた。隣の友人Sさんが私に囁いた「あの方はM先生じゃない?」M先生は私が付属高校入学直後から弦楽アンサンブルの指導をしてくださった方で、ずいぶんお世話になったのだ。けれど、面影はあるようなないような。終演後Sさんが声ををかけると、やはりM先生だった。思わず私も声ををかけた。「高校時代大変お世話になりました」するとM先生はじっと私を見て「***さん?」私の旧姓を口にされた。

驚いた。先生もお年を召されたけれど、私はもっと様変わり、元気いっぱいの女子高生も今は女子老生、頭は白く当時の面影はないはずなのに、どうしてわかるの?本人ですら自分の旧姓を忘れていたのに。すごい記憶力でまだ矍鑠とされている。ああ、私はまだひよこなのだ、世の中にはすごいお人がいるのだ。ヴィオラが弾けるようになったのもこの先生のおかげだったのですよ。運命を感じました。






















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