2018年12月23日日曜日

時間が錯綜

nekotama ニューヨークお上りさんの巻を読んだ優秀な専属ツアコン兼通訳のY子さんから、指摘があった。
どうやら行動日が1日ずれていたようだ。
しかし猫がなにしようと読んでくださる方たちには重大な影響はないから、そのままにしておこう。
オペラの鑑賞はマチネー以外たいてい遅い時間なので、1日ずれていても時間的には昼間中観光可能。
トランプタワーでトイレを借りた話は、まだでしたっけ?
トランプさんの家のトイレではないから、誰でも入れるんだけど。

で、ニューヨークと東京での違いについて。
人々のあるきかたが違う。
歩く速さが日本での倍くらい早い。
しかも決してぶつからない。
他人との間合いをとって計算して歩く。
私は元々とても歩くのが早いから、渋谷などではいつもイライラしている。
若い子たちですらダラダラ、周囲のことはお構い無しでスマホを見ながら歩く。
歩きにくいったらない。
時々蹴散らしたくなる。

海外旅行から帰って自宅までの電車やバスで見ると、暗い疲れた顔をした乗客のなんと多いことか。
疲れて背中丸めて歩き、座席でだらしなく眠りこけている姿を見ると、日本大丈夫?
いつもそう思う。
たとえ発展途上国と言われるような国であっても、日本人のあるきかたよりマシなのはどうして?

座席でだらしなく眠りこけると言えば、昨夜、豊田ファミリーのコンサートに行った。
かつての日本を代表するヴァイオリニスト、豊田耕児さんの息子さんが二人。
ヴァイオリン豊田弓乃、チェロ豊田里夫、ピアノ海老彰子。
みなとみらい小ホール。

シューベルト:ピアノ・トリオ第2番
ドビュッシー:チェロ・ソナタニ短調
ブラームス:ピアノ・トリオ第1番

こんな素敵なプログラムなのに、時差ボケか本物のボケかわからないけれど、終始爆睡。
音がとても良かったせいもあるかもしれない。
みなとみらい小ホールは音響も見かけも素晴らしい。
最初のプログラムのシューベルトは、長くて熟睡するにはピッタリの曲なのだ。
私はこの曲をかつてトリオのコンサートで弾いたとき、あまりにも長いのでどこかでカットできないものかと3人で相談したことがあった。
結局転調に次ぐ転調で、どうしても短くできないので諦めたことがあった。
素敵な曲だけど長いというのが、シューベルトの特徴。

私はトリオの第1番より2番のほうがすきなのに、昨日メロディーを歌おうと思ったらとっさに出なかったのがショック。
でも友人が「いつ頃の作品なのかしらね」と言ったときすぐに「作品100よ」と口をついて出たのは、我ながらびっくり。
非常に切りの良い番号だと覚えていたけれど、急に自分の口から作品番号が飛び出したので自分で腰を抜かしそうになった。

しかし、条件反射というか、私はシューベルトを聴くと、はじめの音と最後の音しか聴いていない状態になるのは困ったもので。
「冬の旅」などのリートを聴くときにはそういうことはないけれど、心地よく眠れる要素がシューベルトにはあるらしい。
目覚めたときスッキリ。
それで作品番号がすぐに出たものかとも思える。

ニューヨークに滞在中、日本で故障していた膝と足首が一切痛まなかった。
これが不思議。
寝起きに体が固く少しギクシャクしても、動き始めてしまうとほとんど普通に動けた。
これもあるき方に関係あるかもしれない。
帰ってきたら又猛烈に痛い。
階段が降りられない。
今から半世紀前にアメリカに行ったときに、此の国で行動するのはなんて楽なんだろうと思ったことがあった。
実際暮らしてみたら全然違うと思うけれど、ちょっと滞在する分には、海外は日本より過ごしやすい。
彼らの文化が個を大切にするからかもしれない。

日本の公共の場で驚くのは、平気で距離を詰めてくる。
周りに気を使わずだらしない。
おばさんだけかと思うと若い子でも同じ。
あれが不愉快でたまらない。
え!こんなに近くに寄る必要あるの?みたいに。
国民みな家族の考えなのかもしれない。

以前ゴミの問題で私がご近所と丁々発止!えいやっと切り結んでいた頃、匿名の手紙がきた。
「ご近所とは仲良くしないといけないと思います」という内容。
冗談じゃない、こちらは決して喧嘩を売っているわけではなく議論したいだけなのに、それができない人たちでまいったことがあった。
本当にあきれるほど感情的で話し合うことができない。
それが日本人の体質かと思って絶望したことがある。
これがいじめの根源になることに気がついてもらわないと、なにが仲良くかと思う。
仲良くしなくてもいいから、ちゃんと話し合いができる、議論ができるような近所関係ならいいのにと。

話がどんどんずれていくけれど、たまに海外に行くとガス抜きになる。
日本の良さも十分承知しているけれど、ものすごくテンポが早いのにゆったり感のある外国と、ダラダラしていてぐちゃぐちゃな日本。
私は足が短いくせに歩くのがひじょうに早いし個人主義者のところが、どちらかというと外国の方があっているのかもしれない。
ただ「ハレルヤコーラス」で聴衆が一斉に立ち上がると、象の大群にかこまれたような気持ちになるのにはどうしても慣れないかもしれない。















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