北軽井沢の森は今頃が一番きれい。新芽の吹き出す春先もきれい。一体どちらが1番なのか訊かれても判定はつけがたい。朝日が木々の間から輝いて冷たい空気が肺の奥まできれいにしてくれる。猫も寒さをものともせずウッドデッキを歩き回る。
森の家は北国仕様に建てられていて暖房設備はばっちり。裸足でTシャツ1枚であるき回り、時には暑すぎて暖房を止めることもある。一度温まってしまうと外気が遮断されているので温かい空気が逃げ出さない。その代わり庭に出れば身震いする寒さ。そんなところから先程自宅に戻ったら、おお、寒い。今日は関東地方も寒気に襲われるそうなのだ。
自宅駐車場に私の車が入っていくと野良が飛び出してきた。数軒に保険がかかっていて食べ物には不自由しないようだが、よしよし、やっぱりうちのご飯が一番好きなのね。抱き上げると少し痩せたような気がする。うちの猫が許してくれるなら一緒に森の家に連れていけるのに、と恨めしい。
北軽井沢は気持ちの良いお天気が続いていたので新幹線で富山まで足を伸ばしてきた。当日の天候は無風快晴、流石にセーターは着たものの、ライナー付きの薄いコートで事足りるほどの暖かさ。山を下りたときに道路上の温度計はマイナス4度、しかし寒さはさほど感じない。日差しがあればコートを脱いでも大丈夫なくらいだった。浅間は冠雪したかと思えるくらい全身真っ白、しかし本当に雪なのか霜なのかは遠目ではよく分からない。
山を降りて軽井沢の駅前のコイン駐車場に車を停める。ここは列車の乗客の送迎用で短時間の駐車を主に扱うので、はじめの30分まで無料、30分を超えると駐車料金は一気に跳ね上がる。しかし夜帰ってきたときにすぐ車に乗れるのはありがたい。これは決して贅沢ではない。足が痛むのでこれは治療費と考えればいい・・・という屁理屈。
7時34分発金沢行の列車で1時間50分ほどで待ち合わせ場所へ。そこに待っていてくれたのは古い友人のKさん。じつは放送大学の学友なのだ。私が放送大学に入学したのは41歳のとき。高校から音大付属~音大だったのでひどく常識に欠けている。そこに出現したのが放送大学だった。最初はNHKかなにかの通信教育かと思ったら、これがれっきとした通信制の大学だった。入るのは条件を満たせば誰でも試験無しで入れる。しかし、出るのは難しかった。うちにあった教科書を見た某大学の数学科出身の人が「なんでこんなに難しいのか」と驚いたくらいだから、きっとそうなんでしょう。私は普通の大学をしらないからこんなものかと思っていたけれど。
学友同士お互いに年をとったものの健康で再会を喜びあった。私は仕事の関係で富山にはしばしば行くことがあった。時々連絡すると車で富山湾に連れて行ってもらったり地元の名所を案内してくれたりしたものだった。私はたいてい仕事が終わればさっさととんぼ返りで、数時間話しができるだけ。そんな希薄なお付き合いでも今まで続いたのは浮世の柵の少ない学友ということだからかもしれない。
富山の次の新高岡で下車、まず連れて行ったもらったのは国宝の瑞龍寺。https://zuiryuji.jp/
私が富山にしばしば仕事に行っていた頃国宝に指定されたと聞いて、その時から行ってみたいと思っていたところなのでまず見せていただいた。期待以上の素晴らしさで、前田家ゆかりの北国の名工が魂を込めて作り上げた迫力に圧倒された。建物はいずれも屋根が重々しい。雪に耐えるような設計がされているのだと思うけれど、分からないながら天井の木組みの装飾までもが計算されつくされた感じが見える。単に彫刻というだけではなく重たい屋根を支える役目も果たしている構造になっているに違いない。息を飲むほどの迫力だった。もう少しその方面に詳しければもっと興味深かったかもしれない。
次は高岡市万葉博物館
大伴家持が今から1272年前に高岡に越中国守として在住したという。そんなことも知らなかったのでひどく感激した。かつて私の愛読書は斎藤茂吉の「万葉秀歌」だったのでそのくらいのことは知っていても良かったはず。しかし来てみないとわからないし覚えない。Kさんはすらすらと歌を諳んじている。地元は強い。こんな雅な土地に生まれ育った強み。
最後に富山湾に連れて行ってもらった。無風快晴温暖、もうこれ以上の条件はないと思える小春日和、海の深い青、空の柔らかい青、その境目に見えました、蜃気楼。
今年春、どうしても蜃気楼が見たいのでとKさんに尋ねると、色々教えてくれたから夏中魚津市役所からの情報を待っていた。しかし今ひとつ強力な出現情報もなく諦めていたらこんなところで!
海岸に高く伸び上がるエレベーター。それで上に登ると地球は丸い!と実感できるほど高いところまで到達する。その上の方から岬が左右に突き出ている場所を眺めていると「蜃気楼」とKさん。「どれ?」「ほら、右側の突き出た岬は本当はあんなに長くないから、その先に見えるのが蜃気楼ですよ」なんかもっとゆらゆらとして船が中空に浮かんでいるようなイメージの蜃気楼が案外地味に島の先みたいな顔をして居座っている。劇的な出会いではなかったけれど、これで蜃気楼にも出会えた。
海から戻り慌ただしく3時の新幹線で軽井沢に戻った。猫を森の中に一人ぼっちでおいてきたのでさぞや寂しがっていると思っていたら、息せき切って帰ってきたのにぐうすか眠っていて出迎えようともしない。私の気まぐれに快く付き合ってくれたKさんにも、ろくすっぽご挨拶もせずに戻ったというのに。その猫の姿はまさに私そのものかもしれない。