去年は、いやはやまいった。彼女と行動をともにするとろくなことはない。大風、大雨、去年はまさしく大雨、駅を出るなり土砂降りの雨。道路は冠水、長靴を履いてこなかったことを悔やんだ。ようようたどり着いた中華料理の店は来た甲斐があったというもので、たいそう美味しかった。それで今年もあそこでと提案したら主役が同意したから決まり。でもこのまま平穏に終わることはないのではと危惧して、前日から眠れない夜を過ごした・・というのは嘘で、バクネのお陰でぐっすり。
元町・中華街の中でも地味に見えるけれど、味は抜群。狭い店内にところ狭しと野球選手の色紙やユニホームが貼ってある。開店早々乗り込んでメニューを見てせっせと注文した。ノンアルコールビールで乾杯して、なぜか今年は緑色の髪の毛ではなく、ややまともな雰囲気の主賓としばらく会話をしながら待つことしばし。ランチの注文優先らしく私たちの周りのオフィスから昼ごはんを食べにきたような会社員風の人の注文した料理はさっさと運ばれてくる。
けれど、超短気な私たちでも流石にめでたい日に騒ぐほどのパワーはもうないので、静かにゆったりと料理を待つ。二人ともおとなになったというか、年相応に進歩したものかと考えていると、ランチの注文が一段落すると、こちらに順番が回ってきて次々に料理が運ばれてきた。パクチーの水餃子、フカヒレスープ、海鮮炒め、焼きそば・・・届くそばからペロリと平らげて最後は何一つ残っていないきれいなお皿が残るのみ。
私は最近食欲がなく、胃腸の調子がいまいち。これも歳のせいでと諦めていたけれど、とんでもない。美味しければ胃もたれもしないことを発見したのだった。最近は、なんでもいいから口に入れてしまえば空腹が満たされるという乱暴な気持ちでいたけれど、それは大きな間違いだった。自分が作ったいい加減な料理は、体のための栄養やエネルギーを得るためだけで、心の満足感はなかった。それが大いに問題だったのだ。やっと気がついた。
この店の味はふくよかで優しい。きっと丁寧に出汁をとり、肉や野菜を下ごしらえして、いや、それ以前に野菜の美味しさが表すように材料が選ばれていたのだろう。中華街には美味しいと評判の店がごまんとあるのに、この店は特別。
食事が終わってカフェでコーヒーを飲みながら、ああ、美味しかった、何回も言いたくなった。いつもなら1時間くらいすると胃の少し上に刺激がくる。だから、毎日食べすぎないように控えめに食べる習慣になっていたけれど、目一杯食べて、いくらなんでも食べすぎよとつぶやいていたのに、胸は焼けず満足感のみが得られた。少し反省。
最近の物価高騰による危機感もあって、なるべく安価で経済的な食生活を心がけようと思っていたけれど、それはもうやめようと思った。許される限り食事は大切に、美味しいものは私たちの年代ではあと何回食べられるか数えられるほどだから、もう我慢するまい。若い頃ならお腹が満たされれば満足できたけど、今はもう豊かな気持ちになれる食事をしよう。それは高価なものというわけではない。正しく作られた日本古来の食文化を大切にすること。
最近見つけた味噌で作った味噌汁は、先日友人たちから絶賛を受けた。すぐに調査が始まって長野県の御代田で地元の主婦たちが作っている無添加味噌だと判明。幸い追分に友人がいるから早速店を探してみようということになった。ちゃんと作るとこんなにも優しい味なのだという証明のような味噌。贅沢ではなく正しい食事がこれからの私の課題なのに、今朝の食事はインスタント・カフェオレとおかきのみ。初っ端から残念な。ちょっと胸焼け。
ところで、その美味しい味噌を私はどうして、どこで、いつ、買ったのだろうか。ずっと考えているのに思い出せない。それも味噌をスーパーの商品棚から手に取った記憶は鮮明なのに、どこの店かどうしても思い出せない。味噌を買うより脳味噌を買ってきたほうがよさそう。どこかに性能の良い脳みそを売っている店を知りませんか?
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