歌には道具がいらないから自分の健康を維持することを考えればいい。しかしヴァイオリンはただ練習しているだけでお金がかかる。だからこれからヴァイオリンをご自身で、あるいはお子さんに習わせようと思っている方は覚悟がいりますよ。
幸い私の楽器は健康で修理の必要もなくいままでやってこられたけれど、今年の猛暑と長雨ですっかり体調を崩した。レッスン室の空調は24時間つけっぱなし、何回も工房に通って調整を試みても鼻声を出す。挙句の果て横板と表板のはがれが見つかり、その都度お金が飛んでいく。ひらひらと。弦や弓の毛の張替えもたいそう高価で泣きたくなる。それでも常に良い音にしておきたい。
何回もの調整の結果、どうしてもD線とG線にシャリシャリと異音がはいるのに、修理する人はそんなことないという。いや、私には聞こえるのよ。結局、プレーヤーと技術士の音に対する認識の違いなのかも。
先日つらつらと楽器を眺めていたら、もしかしてこれ?という箇所が見つかった。顎あての金具の締め方がきつすぎない?よく見ると横板が少したわんでいる。なんでこんなにきつく締めたのかわからないけれど、これでは楽器は苦しいだろう。もう二度と同じ人に調整してもらうことはできない。工房をさがそう。
私自身もガタが来ているからあまり遠くない場所で、見つけた楽器工房に予約を入れた。電車で5つ目の駅にあった。子供のころはそのあたりに有名な弦楽器工房があって、よく通っていたけれど、最近は都内に通っていた。近所ならとても助かる。さっそく電話すると受付の人が「今日なら何時でも大丈夫です」たいてい楽器工房は予約でいっぱいのことが多く、あまり暇だと「もしかしたらなにか問題があるの?」なんて心配する。けれど、最近懇意にしている工房もないからイチかバチか行ってみよう。
たぶん初対面ではないと思う。あちこち長年にわたりいろいろな工房を渡り歩いているから多分ここにも来たことがある。そしてお目にかかったのは楽器が好きで好きでたまらない、一種のマニアックな技士。のっけから楽器以外の話はまったくでない。私は最初は自分の楽器を手に取ってもらいたくてしばらく我慢をしていた。しかし、彼は古い楽器の製作や修理に関する知識を披露するのに夢中で、私の楽器はちらっと見ただけで、むなしくケースに入りっぱなし。
ちょうど昼時、お腹がすいてきた。すきを見て「私お腹が空いて死にそう。食事してきてもいいかしら」逃げ出した。40分ほどで戻るとちゃんと仕事してくれていた。しかしそれからも楽器に関する話は尽きず、とうとう4時間経って話し疲れたようで会計を済ませて帰宅できた。しかし、一人に4時間かけて顎あての金具を緩めるだけだと大してお金はとれない。生活大丈夫?他人事ながら心配する。
彼の腕は確か。今私の楽器は健康に暮らしている。けれどあんなにマニアックでは時間はいくらあっても足りないでしょうが。ヴァイオリン弾きも変だけれど、技士も変人が多い。私は以前、この工房の近くにあった別の工房で修理を頼んでいたけれど、そこで大喧嘩をしてやめたことがあった。その後どこの音楽会に行ってもその時の担当者に出会うと、彼は壁に向かって隠れたつもり。わたしが近付いて彼の肩をポンとたたくと毎回跳び上がっていた。おかしい。失礼なこと言ったのはわかっているのだ。
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