2014年2月7日金曜日

馬のネイルケア

よそのブログ(2014年2月4日)から動画転載


私が乗馬クラブに通っていた頃よく見かけた風景でした。
懐かしい。
馬は賢いからなにをされているか、いや、なにをしてもらっているか、よく分かっているので静かにしていますが、臆病なので突然物に驚いて暴れ出すこともあり、危険と隣り合わせですね。
馬の足を上げさせるには寄りかかって自分の体重をかけると馬の体が傾いて、自然に足を上げます。
その時に感じる馬の体温が温かくて、可愛い。
馬の手入れは乗ることよりももっと好きで、インストラクターが驚いていました。
乗るのは良いけど手入れはいやという人が圧倒的に多いそうです。
私は乗った後、馬にバケツからゴボゴボ水を飲ませたり、蹄鉄の間に挟まった泥やゴミを掻き出したり、ボロ(ふん)をかたずけるのも嫌じゃなかった。
匂いもぜんぜん気にならない。
今なんでも除菌、消臭ってやっているの見ると、なんだかなあ!って思います。
ま、私の方が世間からは、ばっかみたい!って思われる方でしょうけど。







2014年2月6日木曜日

親のすね

弓の専門家Hさんの工房で、弓の毛替えをしてもらった。
「弓の」Hさんとお名前の前に付くくらい有名な専門家で、私はお父様の代からずっと通っている。
先代も名人だったけれど、2代目もたいそう腕がいい。
他の楽器屋さんで張り替えても、中々満足がいかず、結局Hさんのところでもう一度張り替えてしまう。
毛を張り替えて乾かしてもらって(水で濡らしながら作業するので)家に帰ったときにすぐ使える状態になるまでに1時間くらいかかる。
その間他の部屋で待っているのだが、退屈なのでその辺に置いてあるコンサートのチラシを見ていたら、ヴァイオリンにここのご主人と同じ姓のHさんという若い男性がメンバーとして載っていた。
経歴を見るとまだ学生さんで、しかももうキャリアを積んでいて、コンクール歴入賞など華やかで、将来を嘱望されているようだ。
しばらく見ていて、そうか!もしかしたらこのお宅の息子さんかも、と思いついた。
毛換えが済んで帰り際、この方はお宅の息子さん?と訊くと、そうなんです。やっぱりね。
それから話を聞くと音大の授業料の高さに話がいって、本当にたいへんです、と言う。
私の元生徒と同じ大学なのだが、今や、その大学は最も授業料が高いと評判の大学になってしまった。
以前はそうでもなくて他にもっと高い大学があって、私の古い知識では、「そちらは高いから、こちらにしなさい」と生徒に勧めてしまった。
ところが後から聞いたらとんでもないことに、今やその大学が一番高いそうなのだ。
そしてHさんは、なんと3人のお子さんが全員ヴァイオリンをやっていて、そのお金のかかりかたは尋常でないらしい。
チラシに名前の載っていた息子さんのお兄さんは留学中だとか。
3人にヴァイオリンを買うということだけでも、気の遠くなるほどの出費になる。
玄関に下りてからも、悲痛な表情でその大変さを語っていた。
演奏で身を立てるのは生半なことでは出来ない。
かといって私みたいになんだかぼんやりしているうちに仕事が回ってきて、不思議にうまくいくこともある。
こればっかりは、運としか考えられない。
3人のお子さん達が1人くらい弓の専門家になってくれれば、お父さんとしては教え甲斐も仕事のし甲斐もあるというもの。
しかし、後を継ぐ人はいないらしい。
惜しいなあ。
ある人に言わせればHさんの腕は世界の中でも上位にランクされるらしい。
その腕を受け継ぐ人がいないのは、どう考えても惜しい。
Hさんのところへ行く前に行きつけの美容院に寄った。
弓のケースを後生大事に手元に置いていたら、値段はどのくらいなのかと聞かれたから、指でこの位と示したら・・・ですかというから、その10倍と答えたら美容師さんがびっくりしていた。
とんでもない嘘っぱちだと思われたかも知れないが、本当に高すぎる。
何故かというと、弓は楽器と違って消耗品で(楽器は弾き込むと良くなっていって何百年も生きながらえる)良い作品が良い状態で残るのが難しく、数が少ない。
良い状態の物を手に入れたい人はごまんといる、というので、値段がつり上がる。
私が新しい弓を手に入れるために楽器屋さんに引き取ってもらった弓は、即座に次の買い手が見つかったらしい。
その値段には唖然とした。
私は下取りとして出したので現金収入はなかったけれど、楽器屋さんはたいそう儲かったと、当人の口からうれしそうに聞かされて苦笑した。
Hさんはこのあとまだ暫くお子さん達にガリガリ脛をかじられて息も絶え絶えになると思うけれど、なんと言っても強いのは、最高の弓が与えられるということではないか。
弓は第二の腕だから、そういうお父さんがいたら絶対の強みになる。
私もHさんの娘になりたい。
でも私は彼のお父さんの年代に近い。やっぱり無理かなあ。








































2014年2月4日火曜日

猫もそろそろにゃんげんになります。

ここにいる猫さん達は 
進化して人間に近づきつつあります。

2人でなにを見ているのでしょうか。










にゃんてかわいい!
可愛すぎるう~!
このねこさん、なんかおっさんぽくないですか?

春まだき

立春が来て昨日は一足先に初夏のような暖かさ。
まいったなあ、もう私の嫌いな暑い日々が来るのかと思っていたら、なんのことはない、今日は一気に真冬の寒さ。
最近暖かいのでノラのチャアは物置御殿で寝ていなかったのに、今朝ビデオカメラを見ると、あんかの入った段ボール箱に丸くなって寝ている姿が久々に確認された。
様子見のためにビデオカメラを設置して、パソコンから見られるようにしてもらったので、わざわざ見にいかなくてもいいようになっている。
この暖房付きのマンション・シェッドはチャアのために壊れた物置をそのまま使ったものだけれど、時々他の猫さんたちもご利用になる。
餌も水もあって暖かくてノラ達の楽園となるかと思っていたが、今旬のチャアがナンバーワンのようで、彼の専用になっている。
チャッカリ屋の三毛猫ミッケは一番有利なポジションを確保するために、常に旬の雄猫に侍っている。
それで時々チャアの餌をこっそり先に食べている。
チャアがいないかどうか確かめてから、餌に口をつける。
なかなかの世渡り上手。
可哀相なのは大きな白猫。
かなりの実力者と見えるが、物事を荒立てるので私に追い払われる。逃げるとき悲しそうにこちらを見て鳴くのがあわれだけれど、もめごとを起こされてご近所に迷惑になるといけないので、やむを得ない。
ただでさえノラに餌をやるのを快く思わない人達が居るのを十分承知の上でしていることなので、なるべく物音を立てないようにノラの姿を見られないようにしている。
ところが余計なことをする人がいて、好意でやっているのはわかるけど、餌をまいていく人がいる。
それも目につきやすい人通りの多い道に面したところへ。
なるべく分からないように車の後ろでこっそり餌を食べさせているけれど、ご近所では周知のことと思われる。
なんで近所の人達はこんなことまで知っているのかとびっくりするほど、観察されているらしい。
父が亡くなったとき遺産の相続のことで、近所の人が私より先に内容を知っていたのにはびっくり仰天した。
私は驚いて「あら、そうなの」と聞いていた。
そのご近所の口さがないおばはん達もまだ寒くて表での立ち話も始まっていないが、これでもう少し暖かくなって啓蟄あたりから虫どもと一緒にゾロゾロ表へ現れて、又私の知らない私の家のことを教えてくれると思う。
私はそれで初めて私の家族のことを聞いて「あら、そうなの」と返事をする。
他人の家庭のことを知るのは、そんなに面白いことなんですかねえ。私にはわからない。
















2014年2月3日月曜日

筋トレの勧め

8月に体験トレーニングを受けて9月に入門。
運動嫌いの私が続くわけないと思っていたけれど、今のところ1ヶ月に3回くらいのペースでジムに通っている。
行くとトレーナーが、私のその日の体調や気分に合わせて、プログラムを組んでくれる。
スポーツジムの会員になっていたこともあるが、トラブルがあってやめてしまった。
ロッカールームでの仲良しごっこもいやだし、他の人達の自慢話も聞きたくない。
そんなわけで根っからの猫族の私は、いつでもマイペース。
たまたま通りかかった近所の小さなジムに入ってみた。
髪の毛の先をツンツン尖らせた筋骨隆々のおにいさん。
聞けば格闘技の選手だそうな。
それにしては優しそうな気の弱そうな感じだから、これは少しくらい我儘言っても聞いてもらえそうだと判断した。
それから半年、ナマケモノだから家では一切トレーニングなどしない。
それでも最近おや?と思うことがある。
足腰がしっかりしてきた。
この数年、立った状態でソックスがはけなかった。
片足立ちになると、バランスが取れなくてぐらつくので、座ってはいていたソックスを、最近は立ったままはけるようになった。
トレーニングは私にとってはかなりハードで、初めの頃は数日間は疲れが残っていたのが、最近はあまり疲れなくなった。
やっていることは体の各部分の筋肉を順に鍛えていくもので、腹筋、背筋などの強化。
外から丸見えのそのジムで、太った私の見苦しいトレーニング風景を見せられる通行人の苦痛はいかばかりかと思うものの、結構重たい用具を振り回しているのを見て、奮起するひともいると思うから、ステージにのっているつもりでやっている。
自己顕示欲の塊と思うなかれ。
これは啓蒙なのですぞ。
年をとると、周りの人が親切心から、手を貸してくれるようになる。
先日も生徒達とスキーに行ったら重い道具を皆が持ってくれようとするので、断った。
これが1人で持てなくなったらスキーはやめる。
高齢者に親切にするのは、体の不自由な人だけに限ったほうがよろしい。
今の年寄りは栄養状態もいいし、ただでさえエスカレーターや宅配便など便利で楽できるのだから、あまり親切さに頼ろうとしない方がいい。
とかなんとか言って私もつい人を頼る。
特に頭を使う分野では。
頼らないで1人で強く生きていくのが本来だとは思うけれど、そうするとかわいげの無いおばあさんになってしまう。
そこそこ可愛くてしかも強くて雨にも負けず風にもまけず・・・
そんなひとにわたしはなりたい。






























2014年2月2日日曜日

究極の難曲はモーツァルト

行ってきましたよ。
急遽頼まれた穴埋めの演奏に。
エグモント序曲、新世界は思ったよりずっと良く覚えて居て、初見に近い状態でもなんとかいけた。
問題は「ハフナー」
見た感じ、すっきりとした美しい譜面で、楽そうに見えてこれがくせ者。
昨日コンサートから帰って来た時にはすでに疲労困憊状態だったのに、楽譜が到着していたからどうしても全曲おさらいをしないと気がすまない。
ハフナーを最後に弾いたのはいつだろうか。
指がもつれる。作曲家名はモツレルトだったかな。
本番前のゲネプロが終ってからも楽屋でコソコソさらいっぱなし。
他の人がいても構うものですか。
本番直前までさらい続けた。
エグモントは気持ち良く弾いた。
しかしハフナーが終った時には、背中が汗で濡れていた。
新世界はまあ、こんなものかな。

帰り際に今日の指揮者のH氏の奥さんに出会った。
彼女は優秀なヴァイオリニストなのに、なぜ彼女にピンチヒッターを頼まなかったのかしら。
そう言ったら彼女は客席で聴きたかったからと言う。
私だって客席で聴いた方がどんなに気楽なことか。
その彼女もハフナーはすごく難しいのね、との感想。
よほどハラハラさせられたのかもしれない。
どんな作曲家よりも熱烈に愛され、演奏するのは誰よりも難しいと言われるモーツァルト。
一体何処がなぜ難しいのだろうか。
1音たりともゆるがせに出来ない、最小単位の音で最大の音楽が込められているから・・・でしょうか。

腕の疲れは限界に達していて、今日は早く寝なければと思いながら、それでもパソコン中毒者はこんな駄文をまき散らしている。
はい、もう寝ます。皆さんおやすみなさいませ。
















2014年2月1日土曜日

ベルリン八重奏団 黄金のピアニシモ

樫本大進(第一ヴァイオリン)
ロマーノ・トマシー二(第二ヴァイオリン)
アミハイ・グロス(ヴィオラ)
クリストフ・イゲルブリンク(チェロ)
エスコ・ライネ(コントラバス)
ヴェンツェル・フックス(クラリネット)
シュテファン・ドール(ホルン)
モル・ビロン(ファゴット)
横浜みなとみらいホール

このコンサートを聴くために、雪山からたった半日滑っただけで帰ってきてしまった。
こんなドジは生れて初めてというワケではなくて、しょっちゅうだから周りも驚いたりしない。
自分ではすっかり達観していて悟りの境地に入っている。

以前はベルリンフィルのメンバーと言えば、顔も名前も知っていたのに、さすがに世代交代が激しくて最近の人はとんと覚えられない。
樫本大進は最近リサイタルを何回か聴いたので、落ち着いたスケールの大きい音楽は、私の琴線に激しく触れるものがある。
初めて彼の演奏を聴いたのは東京フォーラムで行われたスマトラ沖大地震のチャリティーコンサートで、私は各オーケストラの選抜メンバーによって編成されたオーケストラの一員として演奏していた。
オーケストラに属していないフリーの私がそこに居るのもおかしいけれど、色々なオーケストラの懐かしい人達に会えてうれしかった。
それよりも初めてそこで樫本大進の演奏を聴いて、本当に素晴らしいヴァイオリニストが日本人から出現したことを知って、もっと嬉しかった。
それ以来私は彼の大ファンとなった。
しかし、その時には彼がベルリンフィルのコンサートマスターになるとは想像もしていなかった。
ずっとソリストとして行くのかと思っていたので、ベルリンフィルに入ったと聞いて驚いた。
世界の最高峰のオーケストラのコンサートマスターと言えば、オーケストラ経験の豊かな人・・・と思いきや、彼は経験無しでいきなりコンサートマスター、さぞや緊張の連続に違いない。
聞くところによれば他のメンバーからも愛され、試用期間中に協奏曲の伴奏をしていたとき、ソロに聴き惚れて出る場所で出なかったけれど、それでも他の団員たちが笑って許したそうだ。
オケマンは意地の悪い人が多くて、そんなときにはここぞといびるものなのに。

今日はみなとみらいホールの超満員のお客さん達が息をのむすばらしさ。
プログラムは
R・シュトラウス  もう1人のティル・オイレンシュピーゲル
モーツァルト    クラリネット5重奏曲
シューベルト    8重奏曲ヘ長調
シュトラウスは私も大好きな作曲家で、洒脱で、個性的でメロディーの美しさは蕩けてしまいそう。
そして私の「神様」モーツァルトのお馴染みの曲は、耳を澄まさないと聞こえないほどの繊細なピアニシモ。
満員の聴衆が吸い込まれるようにシンとなって聴いている。
鳥肌がたつ美しさ。
普段のコンサートでは得られない、心の奥底深い意識の中でたゆたうような、精妙な心の分野に分け入っている自分を感じた。
それは瞑想などで得られる心地よさと同じだった。
もう少し自分に文字での表現力があったら伝えられるのに、というもどかしさがある。
クラリネット5重奏が始まって1楽章では妙な違和感があった。
それはヴァイオリンとクラリネット奏者の微妙なテンポ感のずれ。
音の立ち上がりがクラリネットのほうが早い。
なぜかヴァイオリンがわずかに遅れて居る。
それはほとんど気が付かない人が多いかも知れないけれど、発音する一瞬がしっくりこない。
さすがの樫本大進もモーツァルトに臆しているのかと思った。
それが2楽章に入るとずれは無くなり、その後はもう渾然一体となって私たちをとりこにした。
こんな美しいピアニシモは今まで聴いたことがない。
これを聴くためにスキーを放り出したかいがあった。
休憩後も美しかったけれど、なぜかシューベルトの曲は私には全部「子守歌」になってしまうのです、ここだけの話ですが。