2021年3月9日火曜日

定期演奏会再開できるかも

 今や夢の中で「起きろー」と言われても目が覚めない状態。すっかり世間と隔絶されて世の中には私たった一人ぼっち、と時々思う。私には猫しかいないと嘆いているときに、なにやら時々まだ生きているんだと思える出来事がポツリポツリと起こってくる。

私はここnekotamaにもだいぶご無沙汰で、これではいけないと啓蟄の虫よろしくモゾモゾ動き出した。友人のお嬢さんがスキーに誘ってくれたので3月の連休あたりで連れて行ってもらおうかと思っていたけれど、やはりまだワクチンも打ってないことだしと消極的。白馬で滑っているからいつでもどうぞと誘ってくれた人もいたけれど、いまいち気がのらない。そこで一人で行くなら誰にも迷惑かからないからと、軽井沢のスキー場で滑ることにした。そろそろ緊急事態宣言も解除される予定と甘く見ていた。

軽井沢なら新幹線で行けばスキー場は目の前、さっと滑ってホテルに一泊してさっと帰れる。人工降雪機だから雪の心配はないと思う。実は一回も行ったことがないので様子はわからない。60年近くの間一年に一回は必ず滑ることにしていたので、今年滑らないとこの先ずっと休みになってしまいそうでこわい。感覚を忘れないためにも雪の上に一度は立ちたい。去年買った新しいスキーの板が泣いている。

軽井沢のホテルはどこもツインが主流、シングルは割高になるので必死で探すとシングルルームのある駅近くのホテルが見つかった。予約した途端に緊急事態宣言延長が出されてウーンと唸ってしまった。こういう時期に無理に滑りに行くなということらしい。ここで我慢するかどうかで感染拡大の流れが変わるかも。たった一人で頑張ってもどうにもならないと言われそうだけれど、一人ひとりの我慢の積み重ねが大事だからと予約を解除して家でじっと我慢を決め込むことにした。ああ、つまらない。

だが家の内外にいる猫たちは私がずっと家にいることで精神が安定している。うちの猫はどんどん甘えん坊になり、外猫は毎日来て部屋に上がり込んで1時間ほど遊んでいく。それでもまだ警戒心は解けず、寒いから窓を閉めるとパニックになる。いつでも逃げ道を確保しておかないと心配という野良猫の悲しい習性なのだ。この用心深さが彼女を生き延びさせているらしい。本当に悲しいほど賢い。

2月の仕事が終わってしまったのでもうやることがない。友人のお嬢さんが4月にリサイタルをするので聴きに行くことにした。かわいそうに、もう1年前から計画してしっかりと練習してきたのに、コロナ禍で計画が狂ってしまったらしい。中止も考えたようだけれど、観客を減らして実行することになった。小さなホールなので観客は満席でもいくらも入らない。それでもここで中止してしまうと今までの努力が水の泡になる。

リサイタルの日に標準を合わせて準備する。当日演奏も体調も最高になるようにじわじわと練習を重ねるから、その日にできないとすべてのタイミングがずれてしまう。だから今更中止とか延期とか言ってもおいそれとは動けないのは仕方がない。観客を減らすということは今まで応援してくれた人たちを呼べないことになるかもしれない。あちらにもこちらにも不義理を重ねることになる。

古典音楽協会の定期演奏会は、去年の3月からすでに休止状態。去年9月と今年の3月も中止となったけれど、今年9月には再開できるかもしれない。まだ先行き不透明だからなんとも言えない。ぬか喜びになるかもしれない。それでも暗い道の向こうにかすかに明かりが見えたような、頼りなく覚束ない心地だけれどコロナの収束を期待している。今年9月?まだ油断はできない。

それにしてもオリンピックはどうなるのかしら。本当にできるのか・・・もう一年待ったらどうかと思うけれど、動き出してしまった歯車は途中でとめられないものなのか。本当ならもっと前にきっぱりと延期宣言をすればよかったのに。相変わらず優柔不断なおじさんたちは女性の人権問題で右往左往するばかり。ワクチンが世界中に行き届いた時点で華やかに開催できれば良かった。無理して今年開催してまた感染拡大となったら目も当てられない。

なんでもグズグズしないできっぱりとやめるものはやめる。もう少しというところでGo Toなんてやらなければ今頃はもう少しマシだったのでは?と今更言っても仕方がないけれど。










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