2021年3月29日月曜日

親友たち

中学時代からの友人のM子さんのお嬢さんがリサイタルをひらくというので、雨模様の中、牛込柳町へ。M子さんは私の中学時代からの友人。何年になるか数えたら、64年に亘る。おっと!歳がばれる。

加賀町ホールは牛込の閑静なお屋敷町の中にある。ちょうど庭園の桜が満開で休憩時間にベランダに出て、その桜に小鳥がたくさん押し寄せて来ているのを眺めた。文字通り押し寄せるという言葉がピッタリするほどこの都会の真中で小鳥たちが花に歡喜している様子が可愛い。

廿樂彰子ピアノ・リサイタル vol 1

ベートーヴェン:ソナタ17番「テンペスト」

シューマン:ウイーンの謝肉祭の道化

ショパン:ノクターン9番  スケルツォ2番

ドビュッシー:前奏曲集

せっかく1年前から準備していたのにコロナ禍で客席を減らしての開催となったのが気の毒。そのかわりオンライン配信をするそうなので、会場に来た人たちの何倍もの人に聞いてもらえたと思う。

堂々たるコンサートだった。M子さんも着々と準備をする方だったけれど、その気質を受け継いで、危なげなく豊かな音を響かせて人々を楽しませるところは、初のリサイタルとは思えないほどだった。彼女はデュオを組んで最近まで活躍、共演者が出産のためにお休みとなって今回のソロリサイタルとなった。アンサンブルもソロも上手い一人の立派な音楽家を育て上げたM子さんはえらい。

M子さんは中学校時代、クラスは違ったけれど同学年。ある日突然私のクラスにやってきて「あなたヴァイオリンをやっているんですって?」それからお付き合いが始まった。いわば運命的な出会いだった。

その頃の私は音楽の道に進むなどこれっぽっちも考えなかったけれど、M子さんはそうではなかったらしい。くにたち音大付属高校というものがあるから受けてみない?ある日彼女がそう言ったので好奇心旺盛な私はつい乗ってしまった。中学校はいわゆる良妻賢母を育てることを目的とした退屈な学校で、そこの高校に進むのは私も気が進まなかったせいでもある。彼女のせいでというかお陰で私はとんでもなく面白い人生を歩むことになる。感謝してもしきれない。

しかしまともな音楽教育を受けてこなかった私は、その後えらく苦労した。ヴァイオリンを始めたのが遅い上、性格がいい加減だからまともに練習したこともない。それでも幼少の頃から家にあるレコードを毎日、それこそ擦り切れるほど聴いていたのと家にピアノがあって毎日弾いていたこともあって、副科のピアノもクリア。しかし専科のヴァイオリンは残念なことに芳しくない。高校にはかろうじて合格した。

ここからが私のおもしろ人生の幕開けとなる。下手くそなヴァイオリンで皆についていくのは大変だったけれど、くにたちの自由な明るい校風は暗かった中学時代を忘れさせてくれた。M子さんとは大学、オーケストラも一緒。お互いの結婚で住む場所が違っていても交流が途絶えることはなかった。着実に事をやり遂げる性格の彼女は子育てもしっかりとして、今日がある。私は子供にも恵まれず、寂しい老後となった。あなたとは親友だわねと先日彼女から言われて、なるほど私にもこういう人がいたのだと少し慰められた。今回のコンサートは、50年間ずっと一緒に合わせてもらっているピアニストのSさんと聴きに行った。彼女もいわば相棒として親友のうちにはいる。同学年のなかでも優等生で母校の教授となったあちらには迷惑かもだけれど、勝手にそう思っている。

今回のコンサートのプログラムのうち、ショパンのスケルツォには思い出がある。

この曲を初めて聴いたのは小学校5年生のとき、音楽の先生が学校のイベントで演奏した。その先生はとても美しい人で黒い長い髪の毛を縦ロールに巻いて私のあこがれの人だった。いつもやかましい私がその先生の前に出ると急に無口になって、担任から笑われたことがあった。スケルツォという言葉もその音楽も私には初めてだったけれど、その時聴いただけでしっかりと覚えたのは美しい先生へのあこがれと曲の素晴らしさによるもの。今でもこの曲は私の特別なものとなった。















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