2022年9月18日日曜日

伸びる人たち

 小田部ひろのさんという人がいた。クラリネット奏者で音楽教室「ルフォスタ」の創立者だった。その小田部さんとジャズのサキソフォン奏者の大友さんと私がたった3人で始めた音楽教室だった。すぐに教師は5人になったけれど生徒は3人だけ。この先果たして入会する人いるのかどうか危ぶまれたが心配は無用だった。あっという間に生徒も教師も増えて、そこから試行錯誤を重ねた。

生徒は増えて私は食事をする時間がないくらい、朝から夜までレッスンで楽しく過ごしていた。しかし好事魔多し、小田部さんはその後亡くなった。私の悲しみは今でも癒えていない。ユーモアと明るさに誰もが惹きつけられた人だった。喧嘩もたくさんしたけれどいつも彼女と一緒に教室のこと、アマチュアオーケストラの立ち上げなどで奔走したことを懐かしく思い出す。

小田部さんが残した音楽教室の発表会が伝承ホールで行われた。コロナ禍で生徒も減少したけれど、特別熱心な生徒たちは意気盛ん、聴いていると毎年の成長が目覚ましい。特にこの教室は大人のための教室「おじさんたちのオアシス」を作りたいという小田部さんの理想が花開いている。

競争社会に疲れた大人たちが来るとホッとするような教室を目指していたので、はじめのうちは何でも緩かった。発表会のステージでもみなさんあまりお上手ではなく、途中で苦笑いやおしゃべりをしたり客席も笑いに包まれることが多かった。年月が経つとだんだんオアシス的傾向が競争に代わっていった。私にとってはそれは寂しかった。おとなになってから楽器を始めた人が何を求めているかというと、ここに来ればホッと息がつけて緊張がほぐれる空間がほしいのだと思っていたから。

だから特に楽器の演奏がうまくなりたい人には真面目に向き合い、癒やしを求めてくる人には話し相手となり、レッスンだかカウンセリングだかわからなくなることもあった。年に数回しか来ない人も20年近く在籍してくれた。月謝がもったいないわよというと「いいんです」と言ってお酒の席で会うことのほうが多かったり。

そのうちだんだん教室の中に向上心盛んなグループができ始め、それが全体に波及して演奏技術はどんどん上がっていった。やはり人は競争心旺盛なものなのだと改めて思う。競争しているつもりはないかもしれないが、他人を見てその努力に巻き込まれていくらしい。

毎年一回発表会を聴いていると彼らの進歩はめざましく感じる。一般社会でそれこそ寝る間もないほどの仕事をこなして、いったいいつ楽器の練習をしているのだろうか?それでも確実にうまくなっている。それは、わかるような気がする。

私が超多忙なオーケストラで働いていた頃、私の先生が漏らした言葉。「時間がたくさんある生徒よりもあなた達のような忙しい合間に練習する人のほうがうまくなるのよね。時間がないから集中するのね」なるほど、それか!

私の所属した貧乏オーケストラは超多忙、寝る間も惜しまないと練習なんてできない。私の場合、朝チェリストが迎えに来てくれて自宅を出るのが午前6時、7時に室内楽の練習を始める。9時に終わってすぐオーケストラの練習所に向かう、10時にオーケストラの練習開始、午後も夜もというときもある。もっと厳しかったのは午前の練習が終わると演奏会場で午後1時からゲネプロ、午後7時本番なんて日もあった。だから室内楽の練習を午前7時に始めると、夜に本番のある日は14時間拘束されることになる。もっとすごかったのは本番が終わってから練習するとき。営業の終わった不動産会社の部屋を借りて夜中に練習する。周りは畑で音出しは大丈夫。夜明けまで弾いて朝帰りなんて。そんなスケジュールを良くもこなしたと思う。好きでなきゃできない。

結局オアシスはのんびりしたい人はのんびりと、技術の向上に励みたい人はせっせと、それでいいのだ。ただしお互いに相手のことをバカにしないこと。あんなにせかせかしなくても、とか、あんなに怠けているから下手なんだ、とか言わないこと。他人のことをとやかく言わないというのが鉄則でしょう。

若さは強い、今上達街道まっしぐらの教室の生徒たちは、かつての私の姿かもしれない。







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