2026年8月3日月曜日

熊本大地震

熊本の地震の時に書いた文ですがあまりにも悲しくて投稿をためらっていました。しかしこのブログは自分史のようなものなので、一週間以上過ぎましたが、やはり残しておきましょう。

大地震発生。また同じ場所に?とびっくりしたのは熊本の大地震。やっと熊本城の修復が始まったのに、また石垣が崩れたとか。今回のほうが人的被害が大きいのかもしれないと聞いて、気の毒を通り越して悲しい。

熊本には仕事で毎年のように出かけた。オーケストラでもテレビ放送でも、しょっちゅう仕事があったし、だから人々の文化的活動の盛んな土地という印象だった。年間数回というようなこともあった。姉の連れ合いの義兄が熊本の玉名で育ち、その母親が住んでいたので泊めてもらいに行ったり、本当にお世話になった。

静かだけれど明るいおじさん、おばさんと一緒にからしレンコンをいただいた。自分の直接の親戚でもないのに、のびのびと過ごして、先方にはさぞ迷惑だったであろうと今更反省している。まったくねえ!それで前回の地震の時にはまだ存命されていたと思うけれど、今回は姉の義兄も姑も 亡くなった後だった。それでも思い出のある土地の大災害は特に心が傷む。熊本の人たちは本当に親切でどこに行っても嫌なことは一つとしてなかった。都会的な人たちも朴訥な良さを併せ持っている。

地震当日は友人と食事をしていて、災害を知った。テレビの報道が進むと二人ともだんだん無口になって、いつもより早く友人は帰っていった。もうのんびりと食事している気分ではないけれど、何もできない無力感が漂った。珍しく私は食慾をなくし時々涙ぐんだ。次の朝になって災害の大きさを知って言葉もでなかった。

テレビの仕事の会場はいつも熊本城の近くで、リハーサル後の長めの休憩時間にはいつも熊本城に行って散歩した。美しく反り返った城壁の石垣は日本の城の中でも最高だった。その修復も済んでいないのにまた崩れてしまうなんて。この暑さの中で被災された方々のご苦労を思うと、他人ごとではない。私たちもいつか、大災害に見舞われると思う。

いろいろ思い出すのは熊本で4月に時ならぬ雪の朝を迎えたことや、ステージの後ろにある照明器具の上に楽器ごと墜落したことや、仕事の後、一人でレンタカーを借りて阿蘇山を巡ったことや、帰りの飛行機にぎりぎりの時間になって山道を必死で運転したことや、阿蘇のやま並みで地元の人からだご汁をごちそうになったことや・・・あれもこれも思い出す。

少し前の能登の地震の時に、私はその直前に能登を巡り歩いた。その美しい風景が目に焼き付いている。熊本の美しさは人と結びつく。快活でおおらかな人々が今苦しんでいるかと思うと涙が出る。自然が相手ではかなわないし、いつどこにいても自然災害に襲われるのは仕方がないことだけれど、やはり温暖な地と激しい自然の地があるのは仕方がない。その激しさを受け入れて暮らす人々がたくましく再生することを祈っています。

まだ私は本当の災害に出会ったことはないけれど、もし、自分がそんな目にあったときに果たしてどう行動するか、今までの生き方が試されるに違いない。見苦しく騒ぎ立てるか、静かに忍耐するか。まあ、どちらかというと見苦しくかなあ。熊本の被災者たちは二度も同じ目にあいながらなお、大騒ぎせずにじっと耐えているように見える。被害を淡々と話す人たちのあきらめの表情を見るのもつらい。後ろの映像は10年前に被災して建て直したばかりの家が無残に壊れている。

10年間で2回の大震災は想像を絶する。これからまだ酷暑が続くという。聞くだけでも心臓の鼓動が早くなる。熊本の皆さん、頑張ってください!言葉が空回りする。







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