2026年9月16日水曜日

成長する教え子たち

 先日の音楽教室の発表会を皮切りに、今後続々とコンサートが続く。

音楽教室「るふぉすた」の弦楽アンサンブルは生徒たちの入れ替わりがほとんどない。メンバーの気心が知れていて穏やかでまじめな人が集まっているから。こういうグループが長く続くと、中にはだんだん威張り始めたり、知識をひけらかせたり、時にはそういう人も参加してくれるけれど、あまりにも大人たちが集まっているので手ごたえがなくてつまらないらしい。しばらくするとそういう人はいつの間にか消えている。

うれしいことに今年の音は上々の出来、曲はハイドンのシンフォニー「エコー」最も単純で最も難しい。そしてそれを純粋な音で本番を終えた。ウルウルするほどの音の美しさ。良かった良かった。なんでも長くすればいいというわけではない。アンサンブルの場合、それもアマチュアであれば技術の差が出るのは仕方がないけれど、皆がしっかりと目標に向かえば無敵になる。その音ときたら、モーツアルトが聞いたなら絶賛してくれたであろうと・・・ちょっとほめすぎだけれど、ハイドンを崇拝するモーツァルトに聴いてもらいたかったなあ。

ほめておくと来年はもっともっと上達すると期待しているのだが、来年は私はもう教えられるエネルギーがないかもしれない。本質は健康そのものだけど、日によってコンディションの差が大きすぎて、つらい時がある。例えば今年のように異常な大雨とかでは歩けないと思うので。

今年もアンサンブルの練習が集中した8~9月、私はひどく不健康になって、インフルエンザや風邪になやみ食事ができない日々が続いた。手足に力が入らず、それでも不思議にヴァイオリンを弾くだけの気力が残っていたためになんとか練習に参加できた。引退するといいながらいまだに未練がましく練習は欠かさない。こればかりは呼吸と同じで、本人が望むと望まないに限らず自然にできてしまうものらしい。

8月のほとんどを病んで過ごした。やっとご飯がのどを通ったら、すぐに体力が戻ってきた。考えれば70年以上も弾いているのだから、もはや呼吸と同じで自然にできてしまうのかもしれない。しかし筋肉は確実に弱っていくのだからいつかは弾けなくなる時が来ると思う。楽器を持ち上げられなくなったら・・・うーん、考えたくもないけど。

その時のために私は声楽の練習を始めることにした。おととしころ、不思議と誤嚥が続き、しょっちゅうむせていた。口の周りの筋肉を鍛えるといいと思ったから、時々やっていたけれど、実に退屈でいけない。それで歌が好きなのでいっそのこと声楽家に華麗に変身する野望が芽生えてしまった。

9月23日のコンサートが終わったら、最初のレッスンが始まる。先生は若く美しいソプラノ歌手だそうで、私はもうワクワクして待ち構えているのです。呼吸器の弱さや、気管支炎気味の私がもっと健康になれることを期待している。

レッスン室の防音を強化しておいてよかった。私の絶叫が外に漏れたら毎日救急車か警察がとんでくるかも。









0 件のコメント:

コメントを投稿