お花見で流石に疲れたらしい。
1年に何回も無いけれど、珍しく昼寝をした。
目が覚めると夕方。
起き上がろうとしたら、肩に激痛が走った。
何だこれは。
思うに大きな寸胴鍋や、沢山のおでんの入った土鍋などを持ち上げたからかもしれない。
肩の痛みは去年からあったけれど、楽器を弾くには差し障りがないので放置していた。
けれど、今回は右腕が持ち上がらない。
これは一大事。
考えて、これは動かさないほうが良いのか、無理にでも動かしたほうが良いのか?
後者をとった。
動かさないで固まってしまったら一大事。
今のところはヴァイオリンを弾くのはやめておこう。
でも腕の周りの血行が悪くなるといけないから、出来る範囲で回したり上下させたり。
短気だからヴァイオリンが弾けなくなった時のことを考えた。
私はヴァイオリンが人生の大半を占めるけれど、もし腕がだめになったら他にやることを見つけるのは容易い。
本を読む、なにか勉強する、絵を描く、動物の世話をする、旅行に明け暮れる等々。
今まで怪我が心配でセーブしてきたスキーを極める、自給自足の生活をするために畑を耕す。
最後の畑は無理。
力がない、虫が嫌い。
まずは家の掃除から始めるのが良いかも。
それでもまだヴァイオリンを諦めるのは無理。
一晩寝たら肩の痛みはもっとひどくなっていた。
ベッドの中で腕の運動、肩回し。
湿布薬を探してあちこちかき回したけれど、こういう時に限ってみつからない。
普段はそこいら辺に散乱しているのに。
起き上がって朝食の支度中にも痛む。
今日はモーツァルトのソナタの音合わせの約束があるのに、困った。
キャンセルするのは残念だから、間際まで様子を見ることにした。
高名な女流チェリストのKさん。
以前ブラームスの「弦楽6重奏曲」でご一緒したことがある。
彼女は素晴らしいチェリストで、ダイナミックな演奏をする。
楽しく練習を重ねていたけれど、ある日「私は今日右肘が痛くて弾けないから、音をあまり出せないけど」と言って練習が始まった。
最初は慎重に弾いていた彼女だったけれど、練習が進むと肘の痛みは吹っ飛んでしまったらしい。
大丈夫かなと思うほど練習に熱が入って、結局肘をかばうこと無く弾いている。
ハラハラしながら見ていた。
いつもの彼女の朗々とした素敵な音が部屋中に鳴り響いた。
練習が終わっても何も言わないから、たぶん大丈夫だったのだと思うけれど。
それを見ていたので、たぶん私も弾けば治ると思っていたら、起床以来3時間。
すでに肩の痛みは消えた。
消えたというよりヴァイオリンを弾くには差し支えない。
長年の鍛錬は恐ろしいもので、他の部分が駄目でもそこの部分だけセーフ。
さて、今日の音合わせはモーツァルトのK.296 inC 。
単純でキラキラして、こういうのが1番難しい。
曲の最初と最後はオペラの幕開けのような愉快なファンファーレ。
満開の桜の季節にふさわしい。
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