バスタブに頭をぶつけて大きなコブができた。夜だったからこんな時間に救急車を呼ぶのも近所迷惑。あの変な人が頭をぶつけてますます変になられたら困ると、近所から思われるのも嫌だから、大っぴらにするまいと密かに甥に電話した。「明日朝、もし私から連絡がなければ家に来てね」というと甥はびっくりしている。ぐっすり寝て気分よく目が覚めた。あら、生きていたのね。
次の朝甥がやってきて、コブ大丈夫?と聞くから後頭部のコブを見せた。 昨日よりも小さくなったし痛みもない。触ってみると5センチ位の範囲でぽっこりと出っ張っているけれど、丈夫な頭蓋骨がしっかりと守ってくれたらしく、頭痛すらない。前回テーブルに頭を打ち付けたときにはしばらく軽い頭痛が続いたものだけど、今回はそれよりも軽かったのか頭の打ちどころが良かったのか。甥は「なにかあったらすぐに知らせて」と言いおいて帰っていった。
母親である私の姉には内緒にするようにと口止めしておいた。姉に知られたら心配かけるからというので。私たちは兄弟も姉妹もお互いにあまり干渉しないので、時々彼らが入院していたとか手術をしたとか、後で知ることになる。この姉もつい先日まで入院していたというのでびっくりした。なんだ、知らせてくれれば良かったのにと言ってもフフンというばかり。時々近所の人から私の家族の情報がもたらされる。他人のほうが実家の事情に詳しいのには驚かされる。
コブ騒ぎは一件落着、落ち着いて今考えるに、お湯が入っていれば浮力で軽くなった体は簡単にバスタブから抜け出せる。けれど掃除のために全部お湯が抜けるまでバスタブに座っていたのが悪かった。体重が支えきれなくても、もう一度お湯を張れば良かったのだ。それに気がつかずパニックになったのが敗因なのだ。もしかして認知機能が衰えた?ハプニングにはいつもわりと冷静なのになにを慌てたのかしら。
そんなことを最近繰り返すようになった。筋トレをやっても欲を出してもう少しと思ってやりすぎる、これも我慢できない性格かまたは認知症の始まりか。昔友人から「あなたはもう少し我慢ということを学ぶべきよ」と言われたことがある。それはまさに真実で、いまだに変えることのできない心の弱さは成長していない証拠。成長していないのか成長できなくなってきたのか、そのへんは自分でもわからない。
老いはじわじわとふみこんでくる。階段に昇降機をつけないとそのうち上がれなくなる。四つん這いで如何に優雅に効率よく階段が登れるか、そろそろ練習しておかないといけない。問題は下り、パラシュートのようなスカートをはいて飛び降りようかしら。面白そう。
エレベーターをつけようと思ったら、設置するだけの空間が必要だそうで、それも叶わない。もちろんお金もない。健康法だと思って階段の昇り降りをすればいいけれど、下りがきつい。面白がって考えてくれる建築家さんいないかなあ。どうせならビョーンと放り出されてストンと着地するとか。
こういうバカをいうところが人として成長していないことなので、今後はお風呂でひっくり返ったりせず、年輪を感じさせる沈着さを身に着けよう。とにかく毎日の練習は欠かさないで、少しでも技術のブランクを埋めようとただいま奮闘中。音楽は本当に私の生きる力なのだと最近思う。
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