2016年8月21日日曜日

競争 協奏

連日のオリンピック報道を見ていると、むなしくなってきた。
記録に挑戦することは技術や体力の向上につながるから悪いことではないと思うけれど、レスリングの吉田選手のようにプレッシャーに押しつぶされて金メダルを逃して泣いている姿を見ると・・・
なんだかなあ。
かわいそうでもあるし、そんなに欲張らなくてもいいんじゃないかと思う。
周りで期待して押しつぶすことはないのにと、こういうのって変ですかね?
銀も金も同じくらいの価値があると思うのに、金と銀では世間は手のひらをかえすように扱う。
彼女は今後悔しくてしかたのない人生を送るとなると、今までの業績はなんだったのかと本人は思うかもしれない。
なぜそんなに欲が深いのか信じられない。
一回でも十分では?
一回もチャンスがなくても、オリンピックに出ただけで満足する人もいるだろうに。
オリンピックに出られること自体がすごいので、その先はスポーツの祭典として全員で楽しめばいいのにと、能天気人間は考える。

選手たちのむき出しの闘争心を見ると、生き残るためにはこういう気持ちを持たないといけないけれど、見ていてあまり気持ちのいいものではない。
ライオンと人を戦わせて喜んでいたローマ人みたいに、人々は興奮して勝者に喝采する。
私はこういうのはあまり好きではない。

元々人と自分を比べることもなく、自分のできる範囲で好きなことを好きなようにというスタンスだから、自分の中での努力は好きだけれど、人と競うことができない。
スポーツも個人でするのが好き。
以前ゴルフをやっていた時には、一緒に回る人が負けて悔しがる姿を見るのが嫌だった。
私はへたくそで初心者だったのに、アマチュアゴルフにはハンデというありがたいものがあって、下手は下手なりに勝てることもあるのだ。
私が打つと、球はまっすぐに飛ぶ。
飛距離が出ないから、曲がる前にポトリと落ちてしまうので。
だから短いコースで確実に尺取虫のように進めば、時には勝てる。
グリーン周りの小技は得意なほうだったし。
たまに勝つと相手にもうしわけなくて、小さい体をもっと小さくして恐縮。


そんな性格だから好きなのは協奏のほう。
私がヴァイオリンを始めたのは専門家になるには遅すぎる8歳。
その道を目指す人は大体3歳4歳から始める。
おそくとも6歳。
両親はヴァイオリンを習わせる気はなかったのに、なぜか8歳の時にヴァイオリンを買ってもらって一人で弾いていたら、兄が近所のアマチュアのお兄さんのところへ連れて行ってくれた。
初めからなんとなく弾けるので見処があるとでも思ったのかもしれない。
けれど、そのお兄さんは2年ほど経つと引っ越してしまって、その後2年間は先生なしで勝手に弾いていた。
2年後に兄が先生を見つけてきてくれて、再開。

中学に入ると同学年にヴァイオリンを弾いている人がいて、そそのかされて音大付属高校を受験。まさかの合格。
人に遅れること5年以上のハンデがあるから、もとよりソリストは無理だけれど、オーケストラを受けて、まさかの合格。
まさかまさかと言っているうちにこんにちに至っている。

なぜ私がこの世界でたいそう仕事に恵まれ、そこそこ生活ができたかというと、音を合わせるのが好きということに尽きる。
子供の時から一人で弾くのではなく、同時にヴァイオリンを弾いていた兄にねだっては2重奏をしていた。
音の響きを作るのがとても好きだった。
二つの音が重なると、何倍もの響きになる。
4つなら宇宙的に広がる。
弦楽四重奏に目覚めたのも高校入ってすぐ。
それからは夢中で和音を探し続けてきた。
人と競争しないで、協奏する人生は本当に幸せだった。

吉田選手、泣かないで。
気持ちはわかるけど、人生の幸せは他人に勝つことばかりじゃない。
脳のなかにも素敵な宇宙がある。
その中で揺蕩っていると、勝ち負けなんざあ気にならなくなる。
と、そんなことを言っては死ぬほど練習している人には失礼。
次のオリンピック目指して頑張ろう。

大体スポーツ番組は見ないほうだけど、今朝のサッカー、ドイツ対ブラジルはすごかった。
いやー、両チームとも神業でした。
サッカーだけはどういうわけか私の性に合っているらしく、これだけは興奮する。
それでもどちらに味方するのではなく、技に拍手。




























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