2019年1月29日火曜日

絆創膏が私を救う

私はデブで小さいけれど、およそヴァイオリンで体型のハンディは感じたことがなかった。
最後に運弓法を習いにいったときのこと、他の生徒さんのレッスンを見学し終わって初めて先生と向かい合うと「貴女はそのままできるよ」と言われた。
他の生徒さんのレッスンをしながら、先生は密かに私のことを観察していたようだ。
体型や手指の形がヴァイオリンに向いているらしい。
四角い手、肉厚の指先、親指が中に向いているなど、そのまま自然に弓が持てる形なのだそうで。

なるほど、子供の時初めて楽器を構えたときにも、なんの苦労もしなかった。
指の長さもバランスが良いらしく、音程でもあまり苦労はしなかった。
ほぼそのまま指をならべていけばよかったので。
手指の湿度も最近まで十分だった。

放送やスタジオでの録音関係の仕事は、マイクを直接楽器の駒に取り付けることが多い。
だから個人個人の音はミキサー室で、もろ拾える。
マイクテストのときには一人ずつチェックされる。
だから他の人達にも全部聞かれてしまう。
そんな中で数十年仕事をさせてもらえた。

しかし、年齢という悪魔が私の指を曲げてしまって、最近音程が上手くとれなくなった。
指の曲がりはしかたがない。
早く耳が悪くなれば気がつかないかもしれないけれど、あいにく耳の機能は衰えるのが遅いから、自分の音程が気になる。

特に左手の中指の曲がりが致命的で、クロイツェル・ソナタの冒頭部分の音程が合わない。
どうにかして指を捻じ曲げて音程を合わせようと四苦八苦する。
そこだけ何十回、いや、何百回となく練習しても以前のような響きがとれない。
そして今、手の形や指に特徴がある人達、例えば小指の付け根が極端に他の指より低い位置にある人、右手の親指が内側に入りにくい人、手が乾燥肌の人などが、ヴァイオリンを弾くためにどれほど苦労したかに気がついた。

私がヴァイオリンを初めたのは他人に遅れること5年ほど。
それでも音大を出て仕事に恵まれ、楽しくやってこられたのは、ヴァイオリンに向いた体型だったからなのだ。

以前教えていた生徒で小指の音程がとても低くなってしまう人がいた。
私は小指を伸ばすように毎回指摘していたら、ある日切れられた。
「私だって努力しているんです」わあわあ泣かれた。
その人の小指は、指関節一本分下に下がってついていた。
私は彼女の努力がたりないだけだと思っていたけれど、自分の指が変形し始めて初めてその大変さに気が付かされた。
最近、弓を上手く持てないことが多くなった。
指の湿度が極端に低くなって、弓を柔らかく持てない。
緩めに持つと、弓が落ちそうになる。
以前は湿度が適当にあったので、弓は固く持たなくても、じんわりと手に落ち着いていたのに。
レジ袋の重なりも手の湿気がないと上手く剥がせない。
ツルリと滑ってしまう、あれと同じ。

いままでどれほど自分がめぐまれていたのか、ようやく気がついた。
これからの練習でそれらのハンディをどう克服するか。

以前、チェコのヴァイオリニストのスークさんの最後の演奏会に行った。
これが日本で聴ける最後の演奏。
それはそれは素晴らしい演奏で、会場は総立ちになって拍手をした。
みんな泣いた。
なぜこんなに上手いのに引退してしまうのだろうかと、そのときは思った。
しかし、年齢は容赦なく彼にも影響していたのだろうと、今になればわかる。
毎日年齢と戦って出した結論が引退だったのかと。
その時の彼は、ちょうど今の私くらいの年齢だったと思う。

弓が滑り落ちそうになることは、右手指に絆創膏を貼ることで多少しのげることに気がついた。
怪我をしていないのに、右手は絆創膏だらけ。
ただ左手の指の曲がりはまだ対処法が見つかっていない。
0コンマ何ミリのことで音程が狂う。
今まで普通に並べていればよかった指が曲がると、いちいちそれを修正するのは至難の業。
でも、長い時間をかけて、修正していかないといけない。
最初に小指が曲がり始めたときにはなんとか修正できたけれど、老化が加速している現在では♫どちらが先にかけつくか♫だわね。
そして指先の湿気が音色にまで影響することもわかっているので、時々ぺろりと自分の左指を舐める。
私の楽器は汚い!

どこの誰かは知らないけれど、この楽器の次の持ち主には言えない。





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