2019年6月22日土曜日

浄化作用

北軽井沢の林の中の小さな家で、1週間ほど過ごした。
今回は姉と猫が同行。
植物好きの姉は木々を見て歓声を上げた。

ああ、こんなに素敵なところとは思わなかった。
家を買うというから、とんでもないことをと思ったけれど、これは良いわ、と。

家はひたすら林の中。
他になにもない。
夜は真っ暗で、懐中電灯がなければ自分の足元も見えない。
買い物に行くには車がないと店にたどり着けない。

気温が低いからきれいな花が咲き乱れる時期は少ない。
ただ木がニョキニョキと生い茂っている。
その木も特に珍しいものではないけれど、落葉樹だから冬は葉が落ちて空が見える。
しかし、今の時期には葉が空の全容を見ることを妨げるくらい、伸び伸びと手足を伸ばしている。
だからノンちゃんの家は、この時期日差しを遮られている。
只々緑色の海の中を漂っているような感じがする。

初めてこの家に来たとき、私がこの景色をたいそう喜んで、飽かずに眺めていたのがノンちゃんの気持ちに沿ったようだ。
その後、ノンちゃんは私を後継者として考えてくれた。
私もここに住みたいけれど、それにはなにもかも2倍の費用がかかることを考えて、およそ不可能なこととして半ばあきらめていた。

ある時、ノンちゃんが突然「あの家を買ってください」と言い出した。
熟考の末の決断だったようだ。
去年ノンちゃんがこの家を手放すと決めてから、彼女は急激に元気をなくした。
私は家が私のものになったら、ノンちゃんをゲストとしていつでもお世話する用意があることを告げた。
私は今までさんざんここで時間を過ごしたのだから、来年からは私がノンちゃんをおもてなししますねと言うと、寂しそうに笑っていた。
彼女は自分の最後の時が迫っているのを理解していたのか。
それともここを手放すことがノンちゃんの生命力を奪ったのか。

実は私の姉もニックネームはノンちゃん。
無類の植物好きで、植物のことになると気が狂う。
自宅の庭は木を植えすぎて、ジャングルのよう。

2日目、軽井沢在住のY子さんの案内で白糸の滝や植物園を訪れた。
植物園で姉は無関心な私とは違って、いかにも楽しそうに見ている。
喋りだしたら止まらない。
特に大マムシソウという変な名前の花に気をとられていた。
こんな変な名前で可哀想などと同情している。
それがどうした、と私は無関心。
花の形が蛇が鎌首をもたげたようだからじゃないの?

よく見ると、花の形も鎌首みたいだけれど茎がダンダラの蛇模様なのに気がついた姉は、自分の発見に大いに気をよくしていた。
ああ、だからこんな変な名前なんだわと自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。
3日め、姉は北軽井沢から渋谷へとバスで帰っていった。
3日前到着したときの姉は具合が悪く、ほとんど物を食べなかった。
2日め、起床とともに「ああ、お腹空いた」
帰宅するときにはシャキシャキとバス旅行を楽しんで帰ったようだ。

その日の夜、猫は自分のねぐらのクローゼットから晴れて部屋を徘回できるようになった。
家中を点検して私以外の人間がいないことを確かめると、やっと伸び伸び遊ぶようになった。
どこまで意固地で人見知りなのか。
こんな子に育てたつもりはないのに。

それからは猫と二人で静かな夜を過ごした。
お隣さんと温泉に行ったり、ルオムの森のオーナーの明美さんも加わって夕飯をごちそうになったり。
楽しく過ごしていたらあっという間にときは過ぎて、今朝夜明けに出発、帰宅した。

2日め、軽井沢のK子さんと待ち合わせをしたのはエロイーズカフェ。
エロイーズ・カニングハムさんという女性がいた。
戦後、日本人の子供達に音楽教育をするために音楽会を開いていた。
私は中学校の音楽の教師から、その音楽会のチケットをもらった。
曲目はスメタナのわが祖国より「モルダウ」
演奏は東京交響楽団。
それを聞いたとき、私はふと「このオーケストラに入りたい」と思った。
まさかそれが実現することになるとは・・・

人に遅れること5年、しかも始めて2年で中断、2年後中学生になってから再開したヴァイオリン。
とうていプロになれるような環境ではなかったけれど、大学を卒業する頃にやっと人に追いついて、その後はチャンスに恵まれて今の私がある。
それもカニングハムさんの音楽会がきっかけだったことをエロイーズカフェのマスターに話したら「鳥肌がたちました」と感激された。
今このカフェではコンサートを開いていないらしい。
軽井沢の条例で、カフェとコンサートの両立ができないとか。
おしゃれな街がこんな野暮な条例を作って文化的なことの芽を摘んでどうする。
サロンに置かれたピアノが寂しそう。
エロイーズ・カニングハムさんが使っていたピアノだそうで。

その後私はカニングハムさんと、ここ軽井沢の彼女の別荘に来たことがあった。
どうしてそういうことになったのかは忘れたけれど、こんなに暗い場所があるのかとびっくりしたことだけ覚えている。

エロイーズカフェで朝食を食べた。
フレンチトースト、エッグベネディクト、サラダ、紅茶。
すてきに美味しいから、軽井沢を訪れたときにはぜひお試しあれ。
でも、北軽井沢もずいぶん開けてきましたよ。
これからの伸びしろは北軽にあり。






































2 件のコメント:

  1. nekotama様
    素晴らしい縁、というか運命的な出会いだったのですね。
    エロイーズさんの音楽教育の熱意がまわりまわって、nekotama様という一人のヴァイオリニストを生み出すことになって、今軽井沢で邂逅するなんて。
    いつかエロイーズカフェで、nekotama様がコンサートを開かれる日が来ますように。

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  2. エロイーズカフェのマスターは署名運動をしようと準備しているみたいです。
    本当に鳥肌モノの話ですよね。
    鳥肌が立つは良い意味には使わないと池上彰さんがおっしゃってましたが、この場合、私にとっては素晴らしいことだったのです。
    日本の音楽会やオーケストラにとって、私の存在は大迷惑だったかもしれませんが。

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