電話の友人の声がだんだん元気がなくなってくる。
初期のころには睡眠時間がどんどん少なくなって、運動ができなくなって、体力も気力も奪われてしまった。
初めのうちはあり余った時間を使って、いままでできなかった勉強もしたし、新しい曲も譜読みして今後誰かピアニストと合わせる準備をしていた。
いったん譜読みができると、あとはぼーっとしてうつらうつら寝てばかり。
このまま痴呆症にでもなるのではないかと心配した。
その後、睡眠時間が延びて眠ってばかりいるようになった。
記憶力は低下してすぐ目の前で起きたこともすぐに忘れるようになった。
これはもしかしたら痴呆につながるのではないかと思った。
自由とハサミは使いよう、自由も過ぎれば自制が必要。
毎日うつらうつらの日々を送っていたら、何事もすべて重要ではなくなってきた。
今まで一生懸命にやってきたことがうたかたの夢と化し、ああ、これが老いるということなのだと思った。
あんなに歯を食いしばる必要はあったのだろうか。
今安楽に暮らせるのはそうしてきたからではあるけれど、でももっと楽にしていてもよかったのではないかとも思う。
睡眠時間が増えたらよく夢を見るようになった。
特に母が出てくるように。
昨日は母が私の背中をさすってくれて時々くすぐるから、やめて、くすぐったいと言ったら、母は、こうすると楽しいでしょと言う。
まあ、ちょっと笑えるけれど。
まだ母は私を心配してくれているのだ。
私は今幸せに暮らしているから心配しないで。
毎日家から出ずにコロナを避けていることが果たして正しいのだろうか?
結局第2波第3波が来た時に、抗体を持たない人は症状が重くなるのではないかと、心配は付きまとう。
今日は買い物に行ったら目的の店が閉まっていた。
それで少し歩いて運動不足を解消しようと、にぎやかな隣町まで足を延ばした。
以前よりは多少空いてはいるものの、非常事態宣言が解除されてすぐにしてはたいそう混んでいる。
解除は感染拡大が終わったということではない。
こういう時期にこそもう少し我慢が必要なのではと思ったけれど、自分もその人込みの中にいるから、説得力はない。
パチンコ店も外から見る限りでは、椅子の間隔も空けていない。
今まで我慢してきたことが無駄になりませんようにと祈りたくなる。
友人から電話があった。
彼女は暇ができたのでハープを始めたという。
え!ハープってグランドハープ?
まさかと思ったら、そうなのグランドハープなのと言う。
あんな大きなものが部屋にあったら、大変。
しかもグランドハープは手よりもむしろ足のほうが大変なのだ。
足でペダルを踏んで転調する。
ハーピストは美人で髪の毛が長くて優雅に見える人が多いけれど、実際はすごく重労働。
絶えず足を動かして、演奏している近くで見ると、とても忙しい。
今度見に来てというから野次馬はすぐにでも見に行きたくなった。
でも見れば私もやりたくなるに決まっている。
ハープは楽器が高価。
持ち運び不便。
君子危うきに近寄らずかもしれない。
今から10年以上前、近所のカルチャーセンターにアイリッシュハープの講座が始まったので、受講を申し込んだ。
アメリカ人のD・ケニー氏が講師だった。
彼は戦後日本に駐留してそのまま日本に居ついてしまった元軍人。
もともとピアノを弾いたり歌を歌ったり、日本の狂言に興味を持って自分で演じるようになったという変わり種。
かつてNHKの英会話の講師としても名前が知られていた。
鎖国時代の日本の歴史のドキュメンタリーなどでは、ペリーの役で出演していた。
ペリーの役はいつも僕なんだよと言って。
ハープ講座の受講生となって、小さなハープを買って練習に励んだ。
アイリッシュハープというのかライアーというのか、膝にのせて奏でるタイプで、半音が出ない。
だから弾ける曲は限られる。
当時アニメ映画の「千と千尋の神隠し」が大ヒット、その主題歌が流行っていた。
歌のバックはこの小さなハープだったので、まずはその曲が弾けることが目的となった。
最初の発表会で私はその曲を弾いた。
ハープか、懐かしいな。
友人はアイリッシュハープに飽き足らず、本格的なグランドハープに挑戦している。
ほほう、こんなコロナ休暇の使い方もあったのか。
私はもう疲れたから新しいことを始める気力はない。
それにしてもこの毎日の眠さは一体、なんだろう。
もしかしたら、私の理想の生き方、大ナマケモノに生まれ変わろうとしているのかも。
家の中にぶら下がれるような装置を作らねば。
観葉植物をたくさん置いて雰囲気もそれらしくしよう。
ん、楽しくなってきたぞ。
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